CODE NAME:“RED”   作:c.m.

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03 ポリゴンショック

「──さぁ。ポケモンバトルを始めよう」

 

 軽く広げられる両腕。支配者であるかのような不遜なポーズで挑戦者(ぼくら)を待ち受けるミュウツーに対し、シゲルが一歩前に出ようとしたが、それをソラオとスイートが遮った。

 

「僕らにだって、ポケモントレーナーとしての矜持がある」

「いきなりトップクラスが出ちゃ、私達の見せ場が無くなっちゃうでしょう?」

「……仕方ないな」

 

 同じトレーナーとしての仲間意識か。或いは純粋に感じ入るものがあったのか、苦笑しつつシゲルは譲った。

 僕としても、セキエイリーグから今日という日までの中で二人がどれだけ腕を上げたのか。果たして二人のポケモンはミュウツーのコピーに一矢報いるか、或いはそれ以上……勝利を掴む事ができるか見物ではあったが、やはり壁は厚く高かった。

 

 先鋒はソラオのフシギバナであるバナード。変幻自在の軌道を描く〈はっぱカッター〉は、しかし同じフシギバナの〈つるのむち〉に阻まれ、そのまま巨体を蔓に持ち上げられて床へと叩きつけられた。

 続いてスイートのカメックスであるクスクスが〈ハイドロポンプ〉を先制で放つも、甲羅に手足を隠しつつ高速回転することで攻防両立させ、〈ハイドロポンプ〉の発射で棒立ちとなったクスクスはもろに〈とっしん〉の重い一撃で吹き飛ばされてしまった。

 

「サトシ。俺のポケモン図鑑には、ミュウツーのフシギバナもカメックスもレベルが四〇台で表示されているんだが」

「壊れてないよ、こっちも同じだから」

 

 どれだけ低く見積もっても、観察した限りの攻撃力(こうげき)反応速度(すばやさ)といった性能(のうりょく)はレベル五〇台のそれ……。

 四天王のポケモン相手でも、同格程度に渡り合えるものだっただけに驚愕に値したが、個体値の優秀なポケモンを厳選し、適切な努力値を割り振れば、決しておかしい訳ではない。

 要は、そのレベルで引き出せる最高水準に達しているだけの話だろうとシゲルに伝えれば、予想内だったのか、シゲルも「だろうな」と短く返すに留まった。

 

「他愛ない……次はお前か?」

「ああ」

 

 僕との会話を終えて一歩前に出るシゲルが、リザードンの屈強な体躯を優しく撫でた。まだヒトカゲだった頃から、そうして愛でてきたのだろう。

 シゲルとの交友は少なかったけど、それでもシゲルが自信家で不遜な一方、こうした優しさを感じさせる場面を見てきたからこそ、前世の影響で人間不信を拗らせていた中でも、シゲルとだけは最低限会話が成り立つ程度の付き合いは維持できていた。

 

 ……尤も、だからこそ僕が初めて捕まえたドガースの一件では、どうして他のポケモンも同じように守ってくれなかったのだと理不尽な憤りを感じてしまったし、旅の道中ではその時のことが引き金になって、八つ当たり気味にバトルで理不尽な行為に及んでしまったので、シゲルには後ろめたさもあったけれど。

 

「ミュウツー、確かに君のポケモンは強い。だけど──」

 

 ──それは、ポケモンそのもののスペックによるものに過ぎないと、シゲルは真っ向から相手の力を否定した。

 

「なら、証明して見せるが良い」

 

 その高い鼻をへし折られて、同じことが言えるならと。進み出るミュウツーのリザードンが用いたのは〈そらをとぶ〉。それに対し、シゲルもまたリザードンに空中戦を受けて立つよう命じた。

 シゲルのリザードンのわざ構成に〈そらをとぶ〉は無いが、翼がある以上、空を飛べない訳ではない。単にトレーナーを乗せるほどの繊細な動きや、〈わざ〉としてのダメージを与えられないと言うだけだ。

 ここは物語でもゲームでもない。そこに生き、動き、意思持つ者達で構成された世界である以上、必ずしもゲームの法則が現実に合致する訳ではないのだ。

 

「ふふ……」

 

 ミュウツーの笑みが深くなる。縦横無尽に叩き続ける自身のリザードンに対し、シゲルのリザードンは防戦一方なのだから当然だろう。

 一見すれば、速度に追いつけず撹乱され、為すがまま木の葉のように振り回されていると映るやも知れないが……。

 

「……おかしいかい? ミュウツー」

 

 ああ。やっぱりそうだ。俺の見立ては間違いではなかったと、そうシゲルは逆にミュウツー以上に笑みを深くして問いを投げる。まだ気付かないのか? と。

 

「何を……」

「俺のリザードンは、ダメージを全くといっていいほど受けていないのさ。君が繰り出した〈そらをとぶ〉の攻撃は、どれだけやっても『効果は今一つ』どころか、有効打さえ一発も入ってない。だけど、ビードルにつつかれた程度の痛みでも、やられる側からしたら溜まったものじゃないだろう?

 チクチクやられたら、受ける側はストレスが溜まる。攻撃を受ければ受けるほど、どんなに小さくても恨みは積もるのさ」

「──!? リザードン、離れッ……」

 

 もう遅い。溜め込んだエネルギーを、積もりに積もった苛立ちを解放する時だと、シゲルは人差し指でピストルを作って、ミュウツーのリザードンに向けていた。

 たった一度。一発の弾丸(こうげき)で、瀕死にまで至ると宣言するように。

 

 

「さぁリザードン──君の〈いかり〉を解き放て!」

 

 

     ◇

 

 

「BANG!」

 

 ミュウツーのリザードンが地面に落ちると同時、シゲルはピストル型にした指をミュウツーに向けて、撃つ動作をして見せた。

 審判役の判定など聞くまでもない。バトルの勝敗など、誰の目にも明らかだ。

 

「君が世界最強のポケモンなのは戦った俺自身が保証するけど、最強のトレーナーは大言壮語だったね。能力差のあるポケモン抜きじゃ、リーグどころかジムバッジだって集めきれない」

 

 挑発的な口調だが、シゲルの評価はトレーナーとしての分析から来た断言だ。確かにミュウツーのポケモンは強かったが、ポケモンそのものの性能(のうりょく)を当てにしすぎた。

 仮にミュウツーがジムリーダーと同スペックのポケモンを扱った場合、間違いなくバッジ取得の為の公式戦でそこを指摘されて「出直して来い」と苦い敗北を味わわされるのは想像に難くない。

 

「成程。認めよう……お前のポケモンは、強い」

 

 だからこそ、ここに呼んだ甲斐があったと。

 その顔は敗北に歪むどころか、一層に笑みを深くしている。その表情を、その意味をトレーナーなら察するのは容易い。

 野生ポケモンの、表情を読むことが出来るポケモンと相対した時、あの表情を作るのは何時だって同じ──獲物を、食い散らかそうとする時だ。

 

「そんなことだろうと思ったさ!」

 

 ミュウツーの周囲に。否、この闘技場(スタジアム)全域に出現し、浮遊する黒いモンスターボールに包囲される。その意味するところを理解して尚、シゲルは不敵に笑っていた。

 

「君は自分のポケモンがコピーだと言った。そして力を示した! 腕自慢の馬鹿というだけなら、そこまではしなかっただろう! 要は、眼鏡に適ったトレーナーのポケモンのコピーを──」

 

 そこまで理解しているなら話が早いと、ミュウツーは言の葉を発することなく、笑みだけを浮かべたままボールを〈ねんりき〉で操作する。

 

「ソラオ、ウミオ、スイート! 君達はポケモンをボールに戻して、俺のポケモン達の後ろに! 皆、ボールには絶対に触れちゃあ駄目だ! 放射系の〈わざ〉で防御を! サトシは──」

「安心して、シゲル。ご想像(きたい)通り、得体の知れない〈わざ〉なら嫌って程あるとも」

「やはり、お前が最大の障害か……ッ、RED! ()()()のようには行かんぞっ!!」

 

 僕以外には決して理解されない発言をしながら、指先一つ、視線一つ動かすことなくボールを操作しながら、衝撃を波のように放ち巻き込む〈サイコウェーブ〉を圧縮。

 球体状にまで縮小したそれは重力波の渦であり、生身で接触すれば複数の重力の力場が身体を別々の方向に引っ張って、骨といわず内臓といわず弾け飛ばす悪辣極まりない攻撃だが──

 

「遅い」

 

 攻撃を放った先に僕は居ない。既にしてゴルバットが僕の二の腕を掴んで持ち上げ、上空へと離脱しているからだ。勿論、その間こちらを執拗に狙ってくるモンスターボールを、〈かまいたち〉という見えない刃で両断することも忘れない。

 

「〈あやしいひかり〉!」

 

 そして、上空に移動したのはこの〈わざ〉をゴルバットに使用させるため。スタジアムの照明とは別に、〈あやしいひかり〉によって生じた光は一瞬ミュウツーを怯ませただけでなく、ミュウツーの背に長い影を作り出す。

 

「目眩まし如きでッ」

「止まりはしない。知っているさ。でも、これは知っているかな? とあるポケモンは、命を奪いに暗闇から現れる。そしてそのポケモンは、影の中で笑っているのさ」

 

 ポケモン図鑑の説明を諳んじながら、僕はニヤリと。陰から現れたポケモンがしているのと同じように、三日月を思わせる笑みを作る。同時。

 

「ゲンガー! 〈ねんりき〉! カイリュー、〈はかいこうせん〉!」

「甘い!」

 

 完全な死角。上空の自分に視線を向けたままだったミュウツーは手を広げ、背後の影から現れた凶手(ゲンガー)と、〈そらをとぶ〉で飛行しつつ横合いから〈はかいこうせん〉を見舞ったカイリューを手で制しながらバリアを張る。

 やはり過去の敗北の経験が、ミュウツーに対して背後や地面という地形のみならず、奇襲そのものに対して過敏に反応する要因となっていたのだろう。

 ポケモン城に到着してから今の今まで、常に影の中に潜ませていた僕のベストメンバーの、それもレベル、努力値、個体値の全てを厳選・調整したゲンガーによる〈ねんりき〉が発動して尚、ミュウツーは微動だにしていない。

 だけど、それも当然。僕のゲンガーの〈ねんりき〉は、攻撃の為のものではない!

 

「? ……手ごたえが無さ過──」

 

 ゲンガーにかざした手に、一切の圧力が無い事を察したようだが、既に遅い。指向性を持った攻撃への備えとして、手をかざした部分のバリアに厚みを持たせたのだろうが、それは他の位置が薄くなることを意味している。

 そして、それを見越して〈はかいこうせん〉の()()()()()()。最もバリアの薄い、ミュウツーの背中にだ。

 

「吹き飛べ」

「が……、ぁ!?」

 

 カントー全土から集った指折りのトレーナーたちが、数多のリーグ挑戦者達がチャンピオンの座を掴もうと挑戦しながら、僕とシゲルを除いて攻略することは能わず、チャンピオンという玉座を空位にし続けた四天王の長にして、ドラゴン軍団を統べるポケモントレーナー、ワタル。

 その秘奥たる()()()〈はかいこうせん〉を、ゲンガーの〈ねんりき〉による操作で以って擬似再現した一撃。

 エスパーわざの代表格たる〈サイコキネシス〉でなく、〈ねんりき〉をゲンガーに仕込んだのは、本来は今回のような攻撃の補助・再現ではなく、対ワタル戦を想定したもの。

 ホーミングレーザーの如く迫る、ドラゴン軍団の〈はかいこうせん〉に対する攻略法として編み出した物だ。

 

 シゲルが僕のポケモンに得体の知れない技を……などと口にしていたのも、このワタル戦でゲンガーの〈ねんりき〉操作をシゲルが観戦していたからである。

 尤も、単に勝つだけならシゲルがワタル戦でしたように、ドラゴン軍団が〈はかいこうせん〉を撃つタイミングを見計らって出がかりを潰すか、或いは速度差に物を言わせて、〈はかいこうせん〉を撃たせる前に潰すのが最もスマートかつ確実だ。

 一対一が前提のリーグ戦では、そうしたシゲルの戦い方こそ正攻法と言って良い。

 

 にも拘らず、何故このような曲芸じみた攻略法を編み出したかと問われれば、僕がボスの片腕としてロケット団に在籍していた時代、我らロケット団と、来るべき四天王との決戦に備えてのものだった。

 ロケット団が秘密結社として、ポケモンマフィアとしてカントーの裏社会を牛耳りつつも、表向きロケット・コンツェルンなる企業まで作って組織を秘匿せざるを得ない理由。

 それは、正義のポケモントレーナーたる四天王が、ロケット団を筆頭とする悪の組織と敵対しているからに他ならない。

 

 四天王は個々人の実力も然ることながら、特に、複数対複数が前提となる実戦にあって、ワタルの統制下にあるドラゴン軍団がもたらす〈はかいこうせん〉の渦は、その追尾性も破壊力も桁違い。

 仮にドラゴン軍団の一匹を封じようと、相互に連携しながら絶え間なく降り注ぐ光線の重爆撃を前に、一体何度ロケット団が苦汁を舐め続けたかは、僕自身ボスの口から幾度と無く耳にしてきた。

 僕がワタル戦の中で、ゲンガーの〈ねんりき〉で以ってドラゴン軍団の〈はかいこうせん〉を筆頭とした放射系のわざ全てを完全無効化し、逆に相手の〈はかいこうせん〉を捻じ曲げてダメージを与えて倒したのは、おそらくはセキエイリーグを観戦して頂けているであろうボスに対する、自分なりの餞別だ。

 

 ……尤も。だからこそ、このような搦め手を使ってドラゴン軍団を攻略した僕に対する、得体の知れない〈わざ〉をポケモンに仕込んでいるに違いないというシゲルの評価もむべなるかなと言うところなのだが。

 

“けど、これを受けて瀕死にならないのは、敵ながら驚嘆に値するよ”

 

 何しろゲンガーの〈ねんりき〉操作による〈はかいこうせん〉は、威力を減衰させるどころか推力を増すことで増強させているのだ。そして、ひとたび態勢が崩れれば、詰みまでは一直線だ。

 

「マルマイン!」

 

 僕の指令を受けると同時、マルマインの姿が()()()。〈テレポート〉によるものではない。純粋かつ圧倒的な速度と、そこから繰り出される〈こうそくいどう〉が、人間の動体視力を超えたに過ぎない。

 たとえミュウツーのレベルが一〇〇に到達していたとしても、こと速度の領域において、僕のマルマインの右に出る事は不可能だ。

 

「小癪な……ぁ!?」

 

 どれだけダメージを受けながらも、ポテンシャルを維持しつつ戦えるのはゲームの中だけだ。傷つけば当然痛みはあるし、ダメージは思考を鈍らせる。まして。

 

“効くだろう? マルマインの〈いやなおと〉と、〈でんじは〉の複合は”

 

 見えない、捉えられない状態で一方的に聴覚を乱され、防御力を下げられながら、同時に〈でんじは〉が全身を麻痺させ続ける。

 ミュウツー自身は最早気付く余裕さえ無いだろうが、ゴルバットの〈あやしいひかり〉の照射も続いている以上、『こんらん』のバッドステータスも避けられない。

 既にしてミュウツーは黒いモンスターボールを操作する余力すらないのか、音を立てて地面に転がり、審判役の女性すら意識を失って倒れている。

 

「これで、王手(チェック)だ」

 

 あとは指先一つ鳴らし、マルマインの〈だいばくはつ〉で止めを刺せば──

 

《──いやいや、それは待ってくれRED》

 

 

     ◇

 

 

《──いやいや、それは待ってくれRED》

 

 嘲笑するように軽く。しかし真摯さを含ませた声音で、既に失ったコードネームで制止を求める電子音。視線を僅かに上に。しかし僅かにでもミュウツーが不審な動きをすれば止めを刺せるよう注意を払った上で見やれば、照射機付きのドローンが上空を飛行していた。

 忘れはしない、決して忘れる事などできない、Rの象徴(マーク)を付けたドローンが。

 

「……フジ博士」

 

 タイミングを計っていたのだろうが、それでもギリギリだったぞと思いながら、周囲にそれと悟られぬよう警戒の色を声音と視線に含ませ、同時に周囲の安全確認も怠らない。

 

 飛行しているドローンは一機だが、順当に考えれば他のロケット団員の奇襲も在り得る状況だ。

 ミュウツーとコピーの御三家だけを相手にするなら容易いが、ロケット団からの奇襲も考慮するなら、地に足をつけて自分のポケモンに身を守らせつつ、四方を警戒して戦う必要があるだろう。

 そのように()()()ながらゴルバットに降ろして貰うと、ドローンもまた僕やシゲル達の目線にまで降下し、照射機がホログラムを投影する。

 蓄えた、波のような癖のある長い髭。眼鏡の奥にはマッドサイエンティスト特有の道徳を無視した好奇の輝きを隠しもせず揺らめかせる相手に、何の用だと敢えて冷たい声音で問う。

 

《つれないな、感動の再会だと言うのに……後ろのトレーナー達に私を紹介してくれないのかね? ああ、失敬。既に一人は私と会っていたな。息災で何よりだ、“GREEN”》

「まさか、こんなところでお前に会うとはね」

 

 出来れば二度と見たくはなかったと、GREENと呼ばれたシゲルが吐き捨てる。

 

《ふふっ、REDが来るのは分かっていたが、まさか君まで来ていたとは! てっきりボスに牙を折られてから、競技トレーナーに専念しているとばかり思っていたが》

「抜かせよ。俺はあの時とは違う! よく聴けフジ博士! オーキド博士(おじいさま)の孫として、お前のようなポケモンと人の命を玩具にするような奴は絶対に許さない!

 お前の属するロケット団も、必ずカントーから叩き出してやる!」

 

 その声に。紛れもない宣戦布告に呵々とフジ博士が嗤う。

 

《戦うのも潰すのも好きにしたまえ。私自身はロケット団への忠誠心など持ち合わせていない身だ。ところでGREEN、君は興味がないのかね?

 同郷たるマサラのトレーナー、今やカントーのチャンピオンとして君臨している幼馴染が、君と同じ“R付き(スペシャル・エージェント)”のコードネームで呼ばれたことには?》

「揺さぶりにしては芸がないな、博士。俺がそうだったように、お前らの懐に飛び込んだ奴が、もう一人居ただけだろう?」

()()()()。いや、答えとしては実に詰まらないものだったな。それにしても、最近の若者は行動力があって困る。これではオチオチ実験も出来ない》

 

 不敵な笑みを零すフジ博士にシゲルが睨み続けているが、微かに僕を見たフジ博士の視線が、しっかり()()()()と僕に釘を刺して来た。

 そんなことは言外に告げられずとも分かっているし、むしろそうした所作は怪しまれるので止めろと睨み返す。

 確かに僕は一〇歳の若造だが──この世界では一〇歳から成人同様の扱いだ──ボスの片腕を務めてきた自負がある。

 入団間もない平団員ならいざ知らず、そんなことで動揺するようでは、ボスからRを賜れなかった色持ち(カラー・コードネーム)落第生(オフィサー・エージェント)さえ夢のまた夢だ。

 シゲルがロケット団に潜り込み、ばかりかRの一文字を与えられていたことや、ボスが直々に手を下していたと言う事実を今日初めて知ったとしても、何ら驚くには値しない。

 R付き(スペシャル・エージェント)に対して、素人が視線での警告など舐めているとしか……ああ糞。足を洗ったのに、裏稼業の序列精神から脱してないな。

 

 フジ博士との約束然り。

 今日まで一緒にやって来たポリゴンや、ポケモン城に来た本当の目的然り。

 

 どれだけ今日までの行動と努力が過去と結びついていても、もう僕はロケット団じゃないってことを自覚しないと行けないのに、という自戒から戻すように、フジ博士は露悪的な口調で話しを続けてくれた。

 

《さて、過去に思いを馳せながらの談笑も楽しいが、本題と行こう。見事だったぞ、RED。この私が心血を注いで生み出したミュウツーが、まるで赤子のようだ》

「お世辞は良いよ。それに、ここに呼ばれた時点で策は立てていた」

 

 だろうなと闘技場(スタジアム)の顔ぶれを見つつ、フジ博士が頷く。その勿体ぶった態度に、何が言いたいのだと言わん気に顰め面を()()と、「落ち着け」とシゲルが肘を小突いてきた。

 

「フジ博士の性格の悪さは折り紙つきだ。あいつの言葉は話半分に聞いておけ」

「わかってるさ……それはもう、本当に嫌になるほどにね」

 

 同時に、シゲルがこちらに助言してくれた事で、怪しまれてはいないことを再確認できたのは僕にも、そしてフジ博士にも大きな収穫だ。シゲルからの忠告は、僕を疑り、探りながらの物ではなかった。そこを見抜けないようでは、エージェントは名乗れない。

 

《麗しい友情だな。さて、ミュウツー。どうせ聞いているのだろう? 君の目的を果たすが良い。私が来た以上、もう君の計画を拒めはしない……拒めば、私の作り上げた無数のポリゴンが、カントー全域の中継局を占領する。

 そして、ポリゴン達の〈でんじは〉がテレビを、ラジオを、電話を……電波を送受信するありとあらゆる物を通じて、人間とポケモンに多大な害を及ぼす。死人も出るだろう》

「そんな真似が……!」

《出来ない、とは言えまい? ロケット団の技術力を目の当たりにしてきた君達には。そうだな、さしずめ『ポリゴンショック』とでも名付けてみよう。大それた悪事には名が必要だ》

 

 流石にそのネーミング・センスは笑えない。まさかこの世界でもその名前を聞くことになると思わなかったし、被害から手口に至るまで、僕が知る現実より遥かに悪辣だ。

 前もって強制的に場を進めることは伺っていたが、ここまでするとは思わなかった。

 

“尤も、ロケット団にそんな真似は()()()()()()()()んだけど”

 

 ロケット団はテロリストではない。彼等の本質はマフィアであり、統制の取れた暴力は利益追求の手段であって、徒な破壊は好まない。世界征服という大望こそあったとしても、このような無差別テロは組織の方針とは程遠い。

 勿論、それはあくまでもロケット団の理屈であって、ロケット団への忠誠心は無いと自ら主張したフジ博士の言葉は、紛れも無い本心だ。たとえ組織の意に反するとしても、博士自身が本気で実行しようとすれば出来る。

 その後に待つのが、組織からの粛清という破滅である一点に目を瞑れば。大それた自殺に過ぎないことを自覚しているなら、だが。

 

「……条件付きだ。コピーをとった後のポケモンは僕達に返せ。それから、僕のポリゴンだけはコピーから外すこと。僕もこの子はバトルでは使わない」

《だそうだ。呑むかね? ミュウツー》

 

 意見を求めながらも、既に決定権はお前に存在しないというその態度にミュウツーはドローンを爆散しようとするが、たとえ博士との密約が無くとも、僕は身を挺して止めねばならない。何しろ、既にカントー全域が人質となっているのだから。

 無頼(ヤクザ)に弱みを握られれば、骨の髄までしゃぶられるというのは何時の世も変わりはしない悪徳の真実である。

 

“これでもう、拒否権は無くなった。僕にも、そしてミュウツーにも”

 

 今、こうして僕が思案する中でも怒りの形相を隠しもしないミュウツーは、再び黒いモンスターボールを浮かべて問う。

 

「私に何を望む……?」

《取引だよ。それも、果てしなく公平(フェア)な類のね》

 

 ヤクザ者がどの口でほざくか。そう憤っているのはミュウツーだけでなく、僕以外の、この場に居た全員だろう。尤も、仮に口にしたところで、フジ博士には柳に風に過ぎないが。

 

《君は人間を嫌っている。君の受けた仕打ちを思えば当然だが、そのプライド故に君を力で押さえつけようとするのは無意味だろう。だからこそ、君自身が真に『納得』するやり方で要求を通すのが最善だと判断した。

 この場に居るトレーナーのポケモンから、好きなポケモンのコピーを作ってREDに挑みたまえ。そして、勝者は敗者に従う。命も含めた全てをチップとしてテーブルに載せて。

 出来ないとは言わないでくれたまえよ、ミュウツー。君は自分から“最強のポケモントレーナー”を名乗り、彼らを招いたのだから》

「そして、また私の自由を奪うか?」

《それはない。それだけは決してしないと約束する。たとえREDが君に勝ったとしても、君をポケモンとして捕らえはしないと誓わせるとも。そして、先程も言ったが、バトルは限りなく公平(フェア)に行う。

 RED──君の伏せているベストメンバーも出したまえ》

 

 ち。と周囲に聞こえるよう大きく舌打ちして、背嚢に入れたままの【ハイパーボール】を全て床に転がした。

 通常、手持ちとして保有できるポケモンは六匹までで、七匹目からは自動で事前登録した研究所や通信システムのボックスに転送されるが、事前にシステムを手動に切り替えてしまえば、何体だろうと保有自体は出来る。

 ロケット団時代に保有していたポケモン達を管理するIDと、マサラタウンのトレーナーとして二重にIDを取得している僕は、手札を隠す以上に表向き組織の人間として見られる訳に行かなかったので、どうしても手動転送に切り替えておく必要があったのだ。

 

“勿論、悪事を行う上で、手札が多い程良かったというのは否定しないけど”

 

 そんなことを口にする気は毛頭ない。仕方ないといった体で、既に出ているゲンガーを除いたベストメンバーを、ボールから出していく。

 

 マタドガス、ケンタロス、ダグトリオ、スターミー、そしてフシギバナ。

 

 ベストメンバーと同等のポケモンと言えばマルマインも含まれるが、こちらはトレーナーによってフシギバナと入れ替えている。

 この他にもベストメンバー以外の旅歩きや犯罪用途としてならば、常に自分の上着に擬態させているメタモンや、陸地での移動用のギャロップ。護身用に常に身に着けているモンスターボールサイズのビリリダマと、ハッキングを担ってくれて来たポリゴンが居る。

 ポリゴンに関してはフジ博士が手ずから作成した事もあって、博士を見ると顔を綻ばせ始めた。気持ちは分かるし、ここから先に対する期待もあるのは分かるけど、今はちょっとだけ我慢して欲しい。

 

《見事な仕上がりだ。流石はリーグチャンピオン》

 

 欠片も喜びを感じない賛辞だと毒づきつつ、ポケモン達を黒いボールに取り込ませる。

 僕のポケモンも、シゲルや皆のポケモンも運ばれ、そのまま戻ってこないのではないかという不安は勿論あったが、ミュウツーは約束を守った。

 ミュウツーの周囲には計六個の黒いモンスターボールが浮かび、こちらを待っている。

 

《さぁ──ポケモンバトルを始めてくれ》

 




 周りが普通のアニポケバトルで戦う中、一人ポケスペ流の畜生戦法で追い込む奴が主人公の模様。過去に悪堕ちしてるからね。仕方ないね。
(なお相手次第では未だに全く容赦しないし、プロ意識も抜けてない模様。多分お目付役のピカチュウ居なくなったら、すぐリミッター外れますw)

【おまけの解説コーナー】
 この作品のロケット団のエージェントで、単独行動を許されたエリート・トレーナー団員は『色』をコードネームとして与えられます。
 たとえRの文字が入っていなくても、『色持ち』はネームド幹部団員と同等の俸給を得ているだけでなく、それに見合ったセキュリティ・クリアランスと発言権を有しており、ボスたるサカキ様から直々に極秘任務を言い渡される、超エリートのオフィサー・エージェントとしてロケット団に登録されます。
 平団員には下手な幹部よりよっぽど畏怖されていて、映画のスパイを見ているような感じです。
 悪堕ちサトシ君は落第生扱いしてますが、普通にジムのエリートトレーナークラスの実力者です。悪堕ちサトシ君の実力が飛び抜けてるだけです。

 その『色持ち』の中でも、一〇人にも満たないスペシャル・エージェントが、『R』をコードネームに入れることが許された団員で、彼らはロケット団への在籍年数や貢献度以上に、サカキ様から直々に実力を認められたトレーナーで構成されています。
 実力で言うと、チャンピオンリーグのエリートトレーナーと同クラスです。
(悪堕ちサトシ君とシゲル君は別格なので、性能的には除外対象です)

『R』付きを含めた『色持ち』は単独行動を行う特性上、お互いの顔を知り得ず、全容を把握しているサカキ様を除けば、任務を共にしたごく一部のエージェントや幹部以外には、素顔も経歴も一切不明であり、今回の悪堕ちサトシ君とシゲル君のように、お互いが『R』付きであるどころか、ロケット団に在籍していたことさえ知らないというのも、ザラどころか当然です。
 そして、もし彼ら『R』付きが裏切った場合には、サカキ様が直々に叩き潰します。これはボスとしての威厳を保つためという以上に、裏切った『R』付きの粛清を他の『R』付きに命じると、万が一粛清要員が敗れて裏切り者に逃げられたら、最低一名は『R』付きの素顔が割れるため、それを防ぐという理由があります。

 因みにサカキ様がシゲル君を叩きのめしつつも殺さなかったのは、オーキド博士の孫というネームブランドを有しているシゲル君を殺すと大事になるので「潜入とはいえ過去にロケット団在籍していた」という事実を握った上で「お前では私に勝てんよ」と、格の違いを見せつけた結果の模様。
 純粋なバトルの実力はともかく、サカキ様もポケスペ時空の戦い方をするので、シゲル君は相手が悪かった。

 このR持ちエージェントの中でも、Rが頭文字になっているコードネーム持ちは悪堕ちサトシ君だけで、戦力としてもエージェントとしても、ガチで最強最高のサカキ様の腹心。
 悪堕ちサトシ君がロケット団抜けてからも、Rが頭文字になっているコードネーム持ちは空席になってるぐらい、サカキ様からの信頼と好感度高かった模様。
 おまけにこの世界でサトシ君が被ってる帽子はサカキ様からのプレゼントだったりした訳で、そりゃボスの隠し子扱いされるわな。

 因みにエージェントの中でもポケモンを使わない団員は、色ではなく数字のコードネームが与えられますが、そちらはミュウツーの逆襲が終わってからのお楽しみですw

 この作品、元々中編でやる予定だったのを、強引に短編にしたからさ。
 こういう最初の一話だけじゃ日の目を見なかった設定、多いんだ……(泣)
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