CODE NAME:“RED”   作:c.m.

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※2026/5/5誤字修正。
 瀬部唯人さま、ご報告ありがとうございます!


04 アイの願い

 満身創痍たるミュウツーの周囲に漂う、漆黒のボール。

 既にしてこちらの手持ちも戻っており、後はバトルを行えば良いのだが……。

 

「使って」

 

 ビリリダマのテレポートで、【まんたんのくすり】を手元まで運ばせる。

 

「慈悲をかけるか」

「博士は公平な戦いを約束したからね。業腹だし、こっちは強制されただけだけど、それでもトレーナーとして塩を送るぐらいはするさ」

 

 僅かに逡巡した後、結局ミュウツーは使用した。プライド以上に実利を取るのは間違っていないし、僕がロケット団にいたのは潜入の為だったというデマもそこを後押ししたのだろう。

 

「ルールを確認させて貰うよ? 試合形式は六対六で、ポケモンの入れ替えは自由。【どうぐ】は使用禁止。ミュウツー側からの要望と質問は?」

「無い……始めろ」

 

《宜しい。審判は公平を期すために、GREENに務めて貰おう。そちらの女性は、状況が飲み込めていないようだからね》

 

 流石に気を失った女性を放置する訳にはいかないのでスイートに運んで貰ったが、目覚めたのは先程の事である。

 ミュウツー曰く、自身の世話をさせる為に波止場近くのジョーイを誘拐・洗脳したそうだが、用が済めば解放するつもりだったらしく、外傷や記憶の混濁もない以上、状況説明等はスイート達に任せて、バトルに専念する事にした。

 

“安易に考えるなら、僕のポケモンでメンバーを構成するところだけど”

 

 流石に〈わざ〉から使い方まで、全てにおいて一日の長のある相手と全く同じポケモンは揃えないだろう。たとえそれが、前世の知識を武器に徹底的に悪辣極まりない性能に押し上げた、明らかに反則と称すべきメンバーであったとしてもだ。

 

「サトシ、ここまで来て君に全てを託すような事になってしまったのは、正直不甲斐ないと思っている……それでも言わせてくれ。君なら勝てる」

「止してよ。そういう主人公らしいのは、柄じゃないんだ」

 

 申し訳なさげに。けれど自信を持って送り出してくれるシゲルに苦笑しつつ、僕はボールを構えた。

 

 

     ◆

 

 

 物心ついてからずっと、俺は遠くからサトシを眺めていた。

 あいつはずっと、俺や周りとは壁を作りながら、一人で過ごしていた。

 友達なんて欲しくはない。お前達なんて……という気持ちが見え透いていて、だから俺も皆も「何もしていないのに嫌な奴だ」と思いながら、けれどサトシは何が不満なのか口に出さないものだから、時折話す俺以外は、皆サトシと関わろうとしなかった。

 

 そんな奴がいじめの標的にならなかったのは、不思議でも何でもない。

 単に、サトシが強かったからだ。誰がどう考えても虐められるような性格だったけど、あいつは誰より努力する奴で、ガキ大将を気取った馬鹿が殴りに行っても、軽く捻って返り討ちにするものだから、皆大慌てで距離を取ったのを覚えている。

 運動も勉強も、ポケモンの事さえあいつは誰より詳しくて……だからだろう。ポケモン研究の権威を祖父に持った俺からすれば、それが悔しくて張り合った。

 

 そんな俺を、あいつが対等に見てなかったのは知っていた。

 

 いつもいつも、何故か冷めた目で俺や周囲を見ていて、その理由が分からないものだから、一層向きになって食って掛かったのは一度や二度じゃない。

 あの頃の俺が一人相撲を取っていただけなのは、心の何処かで理解していた。だから、一〇歳になって旅立つ時、俺は気だるげな足取りで、おそらくわざと遅れてきたあいつに言ったのだ。

 

「僕はポケモンマスターになる! このマサラタウンの名前を、世界中に広めて見せるからな!」

 

 冒険の期待に胸躍らせながら、理由も根拠もなく自分に自信を持って旅立つ同い年の皆と同じように、俺もまたそうなれるのだと信じていた。

 それが思い上がりだったと気付くには、さほど時間はかからなかったが。

 

 

     ◆

 

 

 旅立ちからの再会は、想像よりずっと早かった。

 クチバジムで首尾よくオレンジバッジを手に入れてすぐ、僅かに遅れてクチバにやってきた、サトシとすれ違ったのだ。

 

「美少女連れで二人旅とは。随分と余裕だね、サートシ君」

 

 女連れというのであれば、ガールフレンドを複数連れて、スポーツカーで旅していた自分が口にして良いことではないが、それでも嫌味の一つぐらいは言っても許されはするだろう。

 あれだけ人間嫌いを拗らせていて無愛想で、マサラタウンでは女の子相手にも距離を取ってた奴が、見るからに快活な、それも二歳ほど年上の異性と旅などしているのだから、一体どんな心境の変化だと問いたくもなるし、もし変わったのであれば、それはどんな理由かとも勘繰って、揺さぶりたくなったのも当然だ。

 

「カスミは特別だよ」

 

 けれど、照れも恥も感じさせず、臆面も無く言われてはぐうの音も出ない。隣で驚きながら少し顔を赤くしている、カスミさんの方がよっぽど堪えたみたいで、そんなつもりはなかったから、少し申し訳ないと思ってしまったぐらいだ。

 

「シゲルこそ、一人なのは珍しいじゃないか」

 

 そして、向こうから興味を持ってきたのも、こんなにも柔らかな声音もこれが初めてのことだったから、俺は本当に面食らった。

 カスミさんの影響なのか?

 何だかんだと年頃の男らしい感性も、最初から持ち合わせていたのか?

 兎に角何もかも予想外だったから、とっさに思っても無かった事を言ってしまった。

 

「誰の邪魔も入れさせたくなかったのさ。君と、僕とのバトルはね」

 

 

     ◆

 

 

 ──そして俺は、サトシに呆気なく敗北した。

 

 誰の邪魔も入れさせたくないという僕の意を汲んで、何処から得たのかサントアンヌ号の一等客室とパーティ券を渡してカスミさんに待って貰うよう願い出てから、クチバジムのジムリーダーに無理を言って借りたスタジアムで戦って……たった一体のマタドガスに、手も足も出せず全滅した。

 そのマタドガスは、俺の知るどの個体よりも小さく、顔も醜かった。

 個体値というものの高低は、誰の目にも分かり易く、だからこそ強いトレーナーは、ゲットするポケモンを選別する。

 人間で言う才能や恵まれた体躯とは到底無縁の、素人トレーナーだってゲットしようとも思われない、そんなポケモンが、俺の自信を粉々に砕いてしまった。

 

 だが、そんな敗北よりも。何よりも衝撃的だったのは……。

 

「すまない、皆。僕が不甲斐なかったばかりに」

 

 そう言って、俺が自慢のポケモン達に労わりの言葉をかけた時だ。

 トレーナーとして醜態を晒して、傷付けてしまったパートナー達をポケモンセンターに連れて行こうとした俺を、サトシは何処までも冷めた瞳で見下ろして、何も知らなかった俺は怒りを漏らした。

 

「何か、言いたいことでもあるのかい? それとも、負けたポケモンを労わるのがそんなに不思議かな? 君にとってポケモンは道具で、勝てないなら捨ててしまえとでも言いたいのかい?」

 

 だとしたら見下げた奴だ。たとえ他人のポケモンだろうと、負けた相手だろうと。そんな目で見下ろすような奴は許せないし、いつか必ず見返してやると睨みつける俺に、けれどサトシは返した。嘆くような、悲しげな、俺が初めて耳にした……小さな声音で。

 

「……その気持ちを、どうしてこの子に向けて上げられなかった?」

 

 そこで俺は、はっとした。その醜い、小さなマタドガスを凝視してようやく気付く。サトシの言葉を聞いて、どうして思い出せなかったのかと自分を殴りたくなった。

 何年も前に、自分と同じ年頃の子供から虐められていたドガースを。

 虐めに抵抗した事で、大人から危険だと追い回された後、ぱったりと消息が途絶えてしまったドガースを、ようやく思い出したのだ。

 

「……サトシが捕まえたのか?」

 

 返事は無かった。だが、何処までも冷たく無機質な瞳が、疑問に対する最大の肯定であり、返答だった。

 そして理解した。どうしてサトシが、あそこまで自分達との間に壁を作っていたのか。どうして関わりを持とうとしなかったのかを。

 

 サトシは嫌いだったのだ。弱きを虐げる、人間の残酷さが。

 それを見て見ぬ振りした他者の冷たさと醜さを、どうしようもなく嫌っていたからこそ、旅立つその日まで誰にも心を開かなかったのだ。

 

 認めよう……僕は、俺は間違っていたのだと。

 真にサトシのライバルを名乗るなら、それに相応しい精神を持たねばならないのだと。

 

「サトシ……そのマタドガスに謝らせてくれ。ごめん、と」

 

 そして誓った。

 

“もう僕は……いいや! 『俺』は絶対に、『悪』を見て見ぬ振りなんてしない!”

 

 悪意を見過ごしたりもしない!

 浮ついた気持ちで旅もしない!

 心も身体も魂も鍛えてみせる!

 

「今日から変わるっ! 変わって見せる! 君に軽蔑されない、本当の意味でのライバルになってみせる!」

 

 その言葉に、心からの叫びに、サトシは目を見開いていた。

 決して自分が得られない、けれど美しいものを見た人間のように。

 純粋な輝きに、目を奪われた子供のように。

 

「──君を、セキエイリーグで待ってる」

 

 それは、俺が初めてみた幼馴染の笑顔で──初めて、俺を認めてくれた証だった。

 

 

     ◇

 

 

 そこから先、結末は知っての通りだ。俺はサトシより先にバッジを集め、サトシより早く四天王を下したものの……最後の最後に、一番勝ちたかったライバルに敗れた。

 何かを間違えた訳ではない。

 何かが劣っていたという思いも無い。

 ただ、僕が俺になったように、サトシも成長していたというだけ。

 俺がガールフレンド達と行動を共にしなくなり、自分の足で歩いたように、セキエイリーグに挑んだサトシは、以前の冷たい瞳に温かさを宿していた。

 そして今、チャンピオンになったサトシは、強制されたバトルだというのに楽しげにボールを投げている。

 ポケモンバトルに、余計な諸々など持ち込みたく無いというように。

 バトルを通じて互いを理解しようとする、何処にでもいる真っ直ぐなトレーナーのように。

 けれど今、ミュウツーとバトルしているサトシのそれは、トレーナーというよりも──

 

“まるで、巣立ったばかりの新米トレーナーを相手にするジムリーダーだな”

 

「ギャラドスは巨体のパワーは強いけど、的も大きい! 〈わざ〉が当てられないなら入れ替えるんだ!」

「このっ」

「遅い! 入れ替えを一手として待ってくれるのはリーグだけだ! ボールから出すと同時に狙い撃ちされるよ! 相手ポケモンの動きと、トレーナーの視線を意識するのを忘れないで!」

 

 一手一手。手厳しくも教え、敢えて一瞬で勝てる勝負すら待ち、改善点を示していく。ミュウツーの手持ちは残り半数だが、サトシのポケモンは一体も倒れていない。

 サトシのポケモンもまた、バトルに不慣れな相手と悟って、敢えて学習できる動きを見せていた。その気になれば、かつてセキエイリーグで相対したトレーナー達にしたように、ケンタロスの〈ふぶき〉や〈はかいこうせん〉で。

 或いはゲンガーの〈ゆめくい〉や、ダグトリオの〈じしん〉で蹂躙する事など容易い筈なのに。

 

“サトシもポケモンも、ただのバトルより、ずっと活き活きしてるな”

 

 きっと。そういうのが好きなのだろう。闇雲に。我武者羅にではなく。きちんと前を向かせて一歩を進ませる。足りないところを教え諭すその姿勢を、何より『楽しい』と感じている。

 

“確か、カスミさんはハナダジムの末妹だと言ってたな……”

 

 セキエイリーグで再会した時は、離れてしまったと寂しげに笑っていて。けれど、いつか振り向かせたいとも意気込んでいた。

 カスミさんの存在が大きいのかもしれないが、それ以上に今こうしている姿を見れば、きっとこれがサトシにとって向いていることで、目指したい方向と一致しているのだと分かる。

 

“ミュウツーのキュウコンを相手にフシギバナ……タイプ相性が全てじゃないのを教えつつ、〈どくのこな〉と〈やどりぎのタネ〉で状態異常の危険性を教えてきたか”

 

 ミュウツーの手持ちは確実に一〇〇レベルに到達しているし、ポケモンそのものの個体値(さいのう)も、コピーによる強化とはいえ一級……いや、限界を超えている。にも関わらず、こうまで差が開いているのは、言ってしまえば簡単だ。

 

力量(レベル)を上げる為のそれとは別の、本当の意味での()()()の違いだな”

 

 どれだけ自在に〈わざ〉を使いこなそうとも。どれだけスペックが高くとも、ミュウツーはトレーナーとして、コピー達もポケモンとして、当たり前だが凌ぎを削る本当の意味での対等な戦いを経験してはいないのだ。

 たとえミュウツーが人間以上の頭脳を持ち、何手先をスーパーコンピュータのように読めたとしても、それをポケモンに反映させ、意を汲み取って動いて貰うには、サトシが相手では一手も二手も遅れてしまう。

 

“ここから先──”

 

「──トレーナーとして経験を積み続ければ、僕を追い越すぐらい訳ないかもだけどね」

 

 俺の気持ちを代弁するようにサトシが告げ、ミュウツーの最後の手持ちが戦闘不能になっていた。

 

 

     ◇

 

 

「これで、トレーナーとしてもお前に敗北したか」

 

 だけど、怒りも悔いも感じていない。少なくともこのバトルに関しては、ミュウツーはこれまでのような負の面を抱えてはいなかった。

 

「今日始めたばっかりのバトルだよ? これからどんどん強くなるさ」

 

 誰だって、何処かで負けて躓くし、その度に立ち上がって進んでいく。

 それが人生というもので、自分で前さえ向けるのなら、それはきっと楽しいことの筈だと僕は笑う。少なくともミュウツーは、前世の僕のように、何もかもに絶望したりはしていないのだから。

 

「そろそろ聞かせて貰うよ、博士。貴方の望みは何?」

 

 僕自身は知っていることを。だからこそ、ここまで協力してやったことを開陳して貰う為に問えば、フジ博士は肩を竦めて応えた。

 

《ミュウツー、本物以上のコピーを生み出すお前の技術を。そして、その核となっている今のお前の細胞を“一度だけ”使わせてくれ》

 

 これが技術を寄越せというのなら、ロケット団という組織のために悪用すると考えただろう。ミュウツーの細胞も、新しいミュウツーを生み出すためとも考えられるが、博士の態度と、ホログラムに投射された、もの言わぬ少女の写し身が、それを否定していた。

 

「お前は……いや、君は……」

《ミュウツー、お前はアイを知っているのか……? この子がかつて、お前に何か語っていたのか?》

 

 ホログラムの映像は、あくまで映像でしかない。その本体は……。

 

《貴方にとっては、久しぶりなのかしらね?》

 

『──!?』

 

 驚きはミュウツーだけでなく、フジ博士と僕を除いた全員だ。何しろ、僕のポリゴンが電子音声で語りかけていたのだから。

 

《アイツー。アイの一番(オリジナル)じゃなくて、コピーだからツー。でも、ミュウツーに出会った私も居ると思うから、スリーになるのかしら?》

 

 何処までもあどけなく、しかしミュウツーがそうであったように、照射機のホログラムの姿より、幾分か大人びた印象を持ったアイツーの声がミュウツーに囁く中、事態の飲み込めていない皆を代表するように、シゲルがフジ博士に問うた。

 

「説明しろ、博士! お前はサトシのポリゴンに何をした!?」

《何も……とは言えんな。REDのポリゴンは、私が研究所に訪れた彼に、直接譲渡したものだ。

 ロケット団に潜り込みつつ、ポケモン研究所の動向をも探っていたREDの胆力もそうだが、過去、研究所でミュウツーを戦闘不能にした実力を見込んでのことだ》

 

 後半の潜入云々は全くのデタラメだが、前半は嘘偽りのない真実だ。

 僕自身も、フジ博士が真実求めてきたものに対して協力すると約束した。尤も、それは博士の為ではなくアイツーの為だけど、博士にとっては同じ事だ。

 

《私の真の目的は、アイを蘇らせる事だった。ロケット団にも、彼らの掲げる世界征服にも興味はなかった。

 しかし、どれだけ実験を重ねてもアイのココロを、魂を作ることが出来ても、肝心の“入れ物”は用意出来なかった。生き長らえるクローンは、ミュウツーの遺伝子を用いてもポケモンしか作れなかった》

 

 だからこそ、僕のアドバイスはフジ博士にとって革新だった。純粋な人間では無理ならば、人間とポケモンを合成してしまえば良いのではないかというもの。

『ポケモン預かりシステム』の開発者たるマサキが、事故でポケモンと合体してしまったという前世の知識を流用したものであったが、そこから先は驚くほど早かった。

 

《私は電子の海から、ポリゴンという新たな生命を生み出し、それをアイの意識パターンと合成する事で、アイを外界と接触させ、知覚させることに成功した》

 

 勿論、合成が成功したと言っても、それで一件落着とは行かない。

 現在でこそ量産化が進み、タマムシシティではカジノの景品として交換できるほどの数と、コピーガードによる保護が磐石となったポリゴンだが、プログラムから生み出されて間もない初期のポリゴンは、個体として弱い場合、ウィルスなどに乗っ取られてしまう危険性を孕んでいたし、野生ポケモンとして捕獲される恐れもあった。

 そうした問題を短期間で解決し得たのが、ことこの世界の、この時期に限れば知識に一家言あった僕という訳だ。

 

《君には感謝している、RED。もうアイは短期間での誕生と死を繰り返す事はなくなった。私の娘は順調に成長し、こと電子世界のあらゆる悪意を跳ね除けるだけの力もつけてくれたのだから。

 ……尤も、君からすれば少しばかり変わった性格の、頭の良すぎるポリゴンを育てていただけに過ぎなかったのだろうが》

 

 発言の後半に関してはシゲル達に対してのアピールであって、僕自身はポリゴンがアイツーだと最初から知っていたし、だからこそ極力傷つく事のないよう、レベル上げからハッキング技術の習得に至るまで、細心の注意を払って取り組んできた。

 骨も折れれば気苦労も多い時間であった事は間違いないが、結果としてはこれ以上ないものだったことも確かだろう。

 何よりロケット団時代には、ポリゴンとしての彼女の能力に助けられたことも多かった。

 

《そうね。REDのお陰で、私はこうしてミュウツーとお話できているし、以前までの私のように、お日様の温もりも、風の心地よさも、精神世界の中だけじゃなく現実に体験することが出来たもの》

 

 振り向いて僕に微笑むアイツーは、きっと僕自身の心を見通してのものだろう。

 

“初めて、夢の中でアイツーと知り合えた時も、こんな感じだったな……”

 

 そうして僕は思い返す。今となっては、少々気恥ずかしい女の子との出会いを。

 

 

     ◆

 

 

 ボスと共にミュウツーの再拘束を見届けてから、僕は研究所内で一泊する事となった。

 

 これは未だ一〇に満たず、トレーナーとして各地を旅することが出来ない僕自身の社会的制約故の問題で、表向きはポケモン研究所の特別見学者としての、フリーパス枠が抽選で当たったという通達を実家に送って貰った上での措置だ。

 この辺りの社会的制約と、ロケット団員としての折り合いをつけねばならないのが何とももどかしくもあったが、そこは組織としても子供の構成員というものは何かと使いどころが多いことや、ボスの腹心という立場から多くの便宜を図って貰えていた。

 

 ともあれ、僕自身が意見具申したミュウツーの反逆が現実のものとなり、その保険としての勤めも──ボスとの共闘とはいえ──果たした以上、最強のポケモンを止めたという実績は大きいもの。

 以前まではボスの隠し子だの何だのと陰で囁いては不快な視線を向けてきた研究所員にも、僕が七光りの類でなく、実力確かなエージェントだということを見せ付けるには、十分すぎる成果だった。

 

“正直、ミュウツーには悪いと思ってるけど”

 

 そこに関しては、後々埋め合わせをするつもりである。具体的には、この研究所からの脱獄をフジ博士に手引きして貰うつもりでいるのだ。

 

“それで、この先で良かったのかな”

《ええ、大丈夫よ》

 

 鼓膜を打つ音でなく、脳に直接響く念話(テレパシー)。幼気な少女のようでありながら何処か大人びた雰囲気を持ったこの声は、僕が研究所に来てすぐに研究所内で生み出された、友達のケーシィの手を借りてのものであるらしい。

 フリーパスのカードキーだけでなく、パスワード式のロックがかけられた金属製の戸を事前知識通り苦も無く開ければ、フジ博士が信じ難いものを見るような、それでいて赫怒の表情で振り返りつつ僕に叫んだ。

 

「どうやって……いや、何故ここにきた!?」

「その子に……、アイさんに呼ばれて着ました」

 

 闖入者にして招かれざる客に対しては当然の反応だったが、その怒りも当惑も、僕の返答の前に霧散するには十分過ぎる。

 頭の中では《アイって呼んでよ!》と不満げな声が響いているが、話を進める為にも今はフジ博士との交渉に集中させて欲しいと懇願しつつ、フジ博士が先程まで愛おしげに撫でていた、淡い光を放つ培養槽に視線を向けた。

 

「アイが、お前を……? だが、お前はコピーでもポケモンでもあるまい? アイの意識パターンと同調できるのは、このフラスコに眠る同じコピーか、さもなくば波長の合うエスパータイプのポケモンだけだ」

 

 たとえそのやり取りを、会話そのものを知ることが出来ずとも、フジ博士は同調する意識パターンからそう結論付けていたし、理論上それは正しい。

 むしろ、他のポケモンを通じてコンタクトを取ってきたアイツーの行動は、これまで一度として見られなかったものだ。

 

「確かに僕はコピーでも、ましてやポケモンでもありません。ですが、どうやら僕はアイさんから及第点を頂ける人間だったようです」

 

 フジ博士という父親に、実の娘であるアイから紹介を受けて……などというやり取りは客観視すれば甘酸っぱく聞こえるが、そのようにふざけられる程、現状は甘いものでなければ余裕も無い。

 

「単刀直入に言います。僕はアイさんを死なせたくない。そして、彼女も死にたくない」

 

 だから僕はここへ来た。決して──彼女に死を経験させないために。

 

 

     ◆

 

 

 アイツーが僕に接触してきたのは、研究所に来てすぐの事だ。

 アイツーはこちらの言い分の一つも聞かず、直接僕の頭の中に入り込んでは、オリジナルの記憶を追体験して得た知識や、記憶の中にある生まれ故郷を散策していたが、それももう飽きたということなど……。

 聞いてもいなければ既に知識として知っていることを捲くし立ててきたが、言いたいことを全て言い終えてから「そうよね」と薄く笑って漏らした。

 

《貴方は私のことも、私が何番目かも判らないアイツーだって言う事も、知っているものね》

 

 その笑顔は儚くも美しく、同時に何処までも悲嘆に満ちたものだったからだろう。

 思い出したくも無い前世の記憶を覗かれた事への恨み言など欠片も抱けず、僕はぽつりと心中で漏らした。

 

“助けて、欲しいの?”

《ええ。……私より前の私は、“死ぬ”ってことを意識できないぐらい、短い人生だった。どんなに同じアイでも、意識そのものもふわっとしてたから、多分短い夢を見ている感覚でいられたんでしょうね》

 

 だが、こうして僕と話しているアイツーは違う。今のアイツーは、少なくともこれまでのアイツーよりは長く生きられるし、思考も冴え渡っている。

 夢の中でたゆたうのではなく、自分自身の意識の目覚めを自覚し、学習できるほどの『成長』を見せていたからこそ、そこに危機感が生まれていた。

 死という別離……永遠の喪失。その恐怖は、深く考えれば考えるほど、何処までも暗く耐え難い。僕のように、世界の全てが嫌になって、一度電源を切った弱虫とは違う。

 生きたいと必死に願って、足掻く強さを持った女の子がアイツーなのだ。

 

《私はもう、一年以上生きているの。お父さんは一番長生きだって褒めてたけれど、私は怖かった。これまでの私は、一年も生きられなかったのよ?

 なら、私に残された時間はどれくらいなのかしら? もう一年? 一ヶ月? それとも一週間か、ひょっとしたら明日にも消えてしまうかもしれない》

 

 だからこそ、アイツーは一分一秒の人生を無駄にしたくなかった。研究所に来た者達の心をケーシィと一緒に覗いていたのは、彼らの中にある知識や思い出を経験する事で、多くを知りたいという思いがあったからなのだ。

 

 問題は……そこに僕という、文字通りの意味でのバグが存在していた事だろう。

 

 この世界における過去と未来の一部を知り、その知識を用いれば、現状の打破も可能かもしれないのだから。

 

《貴方にとって、私は物語のキャラクターに過ぎないのかもしれない。でも、私はこの世界に生きているわ。何処までも、誰より必死で生きている。だから……お願い》

 

 どうか、助けてと。その切なる願いを聞かずとも、アイツーに出会った時点で僕の心は決まっていた。

 

“君はキャラクターなんかじゃない”

 

 僕は悪党だけど、それでも、これだけははっきり言える。

 

“助けたいって思えた、女の子だよ”

 

 後から振り返ると……凄く恥ずかしい台詞だったけれど。

 

 

     ◆

 

 

 そして場面は、フジ博士の研究室に来た所まで巻き戻る。

 僕自身の前世は伏せたまま、僕はフジ博士に知り得る限りの知識を伝え、結果だけならばと頭につくが、転送システムを合成機に改造する事で、アイツーは死を克服した。

 とはいえ、ポリゴンとの合成前からフジ博士が危惧した通り、アイツーの意識は生まれたばかりのポリゴンの意識とも混ざってしまう形になった為、完全な成功とは言い難い。

 人格が大きく変わるということは無かったし、何より合成がもたらす危険性をアイツー自身が承知した上での結果でもあるのだが……。

 

《別に、そこまで気を揉まなくても良いのよ? 私自身、徐々に削れて行くようなあの不快な感覚が無くなって、生まれたての頃のような感じだって分かるだけでも御の字だし。それに、ポリゴンとしてならフラスコの外にも出られるもの》

 

 そう。こうしてコンピュータを介して外界の人間と直接コミュニケーションを取れるだけでも大きな進歩ではあるし、ポケモンの姿形とはいえ、世界を直接触れて感じ取れるのは、確かな喜びではあるのだろう。

 但し、その喜びを伝えられたフジ博士自身は穏やかではなかった。

 あくまで意識データとしての実験であり、将来は本当の意味で蘇ってくれる娘の為の研究の筈が、これまでの実験過程で、何人もの自分の娘を死なせてきたのだという事実は、博士にとって耐え難いものだったのだろう。

 

「それでもアイさんは、ここから新しい人生を始められます」

 

 もうアイツーが短命を余儀なくされることも、いつ訪れるかも分からない死に恐怖することもない。アイツー自身、この結果には十分に満足している。

 

「ああ、そうだな……だが、それは人としての人生ではない。私はポケモンでなく、人間の娘として、アイが生き返ることを望んでいる」

 

 だから、ここからも協力して欲しいとフジ博士は懇願する。

 何時かアイツーが人の目線で世界を見、人の足で大地を歩き、風を感じる、文字通りの『人生』を歩んで欲しいが為に。

 

「RED、君にとって何の益にもならんことだ……それでも、娘が信じた君に、私の娘を託させて欲しい」

 

 秀でたトレーナーとして、ポリゴンとしての娘を守り、育て、何時の日か人としての肉体を手に入れる為の協力を求める博士に、僕は再び頷いた。

 

《ありがとう、RED! こんなこと言うの変かもだけど、私、貴方との旅が楽しみだわ》

「お礼には早いよ。君が元の女の子に戻るまでは、きっと時間がかかると思う。旅だってきっと大変だよ?」

《そうね。それでも、その『大変』も、辛さも、私にとっては絶対宝物になるわ》

 

 僕がロケット団の幹部で、悪党だということは分かってるだろうに、アイツーは無邪気に笑っている。それが、この時の僕には眩し過ぎて、後ろめたくて目を逸らしてしまったけれど、きっと女の子に言われたことに対しての、照れもあったんだと思う。

 あからさまな照れ隠しの為に、アイツーでなくフジ博士に向いて、計画を詰めることにした。

 

 アイツーを人間に戻す為に。

 必要な準備と時間を作る為に。

 その為に必要不可欠な、ミュウツーを脱獄させる為に。

 




 ミュウツー君がストレスMAX状態で脱獄させられたの、全部悪堕ちサトシ君とフジ博士の計画通りだった模様。
 ……取り敢えずミュウツー君は、この二人にサイコウェーブの竜巻を浴びせて良いw
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