宮「その口笛、何の曲?」
俺「ゴンドラの唄」
本日は晴天也。
故に今日は何をするにも絶好の日なのだろう。そう、何事にも。
五月も半ば、普段なら三時限目が始まる時間帯。
IS学園は各学年毎の、今年度初のクラス代表対抗戦が行われる。
予定としては、ここから五時限目の時間まで昼食を挟みつつ、それぞれの学年で総当たり戦をし、六時限目の時間を使って自習という名の反省会をすることになっていた。
そしてこれからその一戦目が行われることになるのだが……。
『どうしようどうしようどうしよう! ど~う~し~よ~う!!』
「えぇい、うるさい! 今更ガタガタ言うな!」
「落ち着いて、ね? 良い? まずは落ち着て? オリヴィエも!」
「アンタ達、いつもこんな感じよね」
「言うな……」
他は知らないが、二組陣営は現在進行形でテンパっていた。
何故かと言えば、誉れ(笑)ある二組代表の菊池武美がこの期に及んで怖気づいていたからである。
朝から落ち着きがないとは思っていたが、試合直前になってそれが限界に来たらしい。
ピットで出撃準備中の菊池から連絡が来たかと思うと、緊張で軽いパニック状態の菊池の叫びが聞こえてきた。
一発でこれはアカン、と感じた俺はすぐさま携帯端末を通常の通話状態からホロヴィジョン通話状態に切り替えて皆と現状を共有した。
切り替えるとすぐに空間投射されたディスプレイに菊池の顔がアップで表示されて少し驚いたが、それでも僅かに見える首元の装甲や画面横から移りこんでるアンロックユニットから見て、既にISを装着していて、ISから直接こっちに連絡してきたらしかった。
纏っているのは打鉄で、画面からは確認できないが装備は実弾射撃武器で固めてる筈だ。
色々考えてみた結果、心得が全くない近接戦闘よりも、ゲーセンのシューティングゲームで覚えのある射撃戦に重きを置いた結果だ。
打鉄をチョイスしたのも、本当は機動力のあるラファール・リヴァイヴの方が良かったんだが、その分防御力がないので菊池の今の技量を考えると、ペースを崩されると速攻で倒される危険があったからだ。
それはそれとして、泣き言を漏らすどころか大量放出してる菊池をカーティス女史と都下が宥めていた。
カーティス女史など、俺の端末をひったくって怒鳴るほどだ。よっぽど酷い感じなのだろう。だが今の菊池にとって逆効果しかないと思うのだが。
都下も二人を落ち着かせようと必死だが、焼け石に水のようで収集がつかなくなってきた。
「全く、何やってんだか」
「アタシも初対戦の時は結構テンパってたけど、ここまでじゃなかったわね」
「そう思うなら二人共手伝ってくれるかな!?」
溜息と共に漏らすと、都下から愚痴が飛んできた。
「だってさ」
「仕方ねえなぁ」
凰に促された俺は、渋々それに承諾した。
都下と凰にジェスチャーで少し離れるよう指示し、両の掌を卵を包むようにして両腕を構える。
そして菊池とカーティス女史の二人が同時に黙る――息を吐くタイミングを見計らい、僅かに位置をずらして思いっきり打ち鳴らす!
すると空気が爆発したような破裂音が強烈な大音として周囲に響いた。
「ヒッ!!」
『ワッ!?』
それを間近で受けたカーティス女史と菊池は同時に身体を震わせて沈黙した。
「二人とも一旦そこでストップな?」
なんとか、ショック療法というか強制的にではあるが、二人を止めることが出来たようだ。ありがとう、殺せ○せー。
「カーティス女史、頭ごなしに言っても落ち着く訳ないだろ? 自分がヒートアップしてどうすんだ」
「む、……悪かった」
すぐに自分の非を認めてくれたようで何より。
「菊池もさ、そんな緊張しなくても良いだろ? ゲームかなんかだと思えばいいのさ」
『でも、実際に銃とか剣とか向けられちゃうんだよ? こっちも相手を傷つけちゃうかもだし』
至極当然な不安である。が、
「大丈夫だって。ISにはシールドバリアも絶対防御もあるんだから。他にもちゃんと安全確保してあるんだから気にすんなって」
『そ、そうかな?』
「そうそう」
『……わ、分かった』
完全に、という訳ではないだろうが、漸く菊池もその辺を納得して落ち着いてくれたようだ。
そりゃいくらスポーツとして認知されてるとはいえ、実際に殺傷力を持った武器で攻撃し合うんだから不安にもなろうってもんだ。サバゲーでプロテクターを付けた上でのBB弾の撃ち合いとは違うのだから。
その分ISは防御、操縦者の安全には最大限の安全策が講じられており、余程のことがない限り、あまり心配しなくても良いのではあるが。
その辺も含めて更に菊池に言葉を投げかけ、納得させる。
「……アンタさ、よくもそんなに舌が回るわね。将来詐欺師にでもなれるんじゃない?」
「カミソリセカンドとでも呼んでくれるか?」
「……アンタねぇ」
呆れて溜息を吐く凰。お互い冗談として言っているのが分かってるんだから良いじゃないか。
そんな弛緩した空気の中、漸く試合が始まるようで、最初の対戦。一組代表の織斑一夏と、二組代の表菊池武美がアリーナ内に姿を現した。
お互い軽く挨拶をした後、開始合図のブザーが鳴る。
試合開始と共に織斑が速攻で菊池に迫る。
だが皆で考えた対策と予想を立てていた菊池はその動きを読んでおり、織斑を飛び越えるような軌道を以て回避。そのまま距離を開けてIS用のショットガンとサブマシンガンの二丁で射撃を開始する。
織斑もそれを回避や防御をしつつも突撃し、雪片弐型で攻撃しようとする。
それに対して、菊池はまたも攻撃を回避し、距離を取って攻撃を再開。それを何度も繰り返す。
「よーしっ、なんとか対策通りに動けてるな。これで暫くは持つだろ」
とにかく雪片弐型は触れるだけでシールドエネルギーをごっそり減らされるので、少なくても今の菊池の技量では、基本は回避一辺倒とするしかない。
兎に角避けろ。相手の進行方向に沿ってさえ動かなければそれで良いとは伝えてある。真っ直ぐくるしかないと分かっていれば、防御重視の打鉄でもなんとかなる。
あとは下手な鉄砲数撃ちゃ当たる、を弾数に気を付けつつも実践しろ、という事になった。
泣きそうな顔してるけど頑張るなぁと、菊池の表情を見て思う。伊達に超難関高倍率のIS学園に籍を置いてないといったところか。
「…………なあ」
暫くはこう着状態になるなと踏んで凰に話しかける。
「なによ」
「結局織斑と話してどうなったんだよ?」
「なっ!? それを今訊く?」
「今だからだよ。皆試合に集中してるし、声も小さくしてんだろ? 今お前と話してても傍からじゃ違和感もねぇし」
一応、こちらとしてもタイミングを図った結果なのだ。それにあの時織斑をけしかけた身としては、やはり気になるのだから。
「……分かったわよ」
暫く逡巡していたものの、結局は話してくれるみたいだ。
「対抗戦が終わるまでは返事を待ってくれって。いきなりそんなこと言われても、パニックだから落ち着いて考える時間が欲しいって……」
「結局先延ばしかよ」
「でも、ちゃんと考えるって言ってくれたから……。だから、良い」
恥ずかしそうに、耳まで真っ赤にして顔を伏せる凰。それでも僅かに口元を嬉しそうに歪ませてるのを見て俺は、
「ま、それなら良いか」
と、空を仰ぐしかなかった。
そして、
「やば……」
一筋の閃光が、アリーナの中央に落ちるのを見た。
それは、破壊力を持った光だった。
一見しただけではレーザーかビームかは分からない。
だがそんなことはどうでも良く、観客保護や上昇制限の為に展開されていた、アリーナのシールドバリア突き破る程の威力を持っているのが問題だった。
雷と同等の閃光に反射的に目を庇い、同時にあちこちから悲鳴が上がるのを聞く。
「なんなんだ一体!? ああ、くそ。まだ目がチカチカする」
強すぎる光は、庇った上からも目にダメージを与えたらしく、白くぼやけた視界がなかなか回復しない、
「み、皆、大丈夫?」
徐々に回復していく視界の中、都下の周りを心配する声が聞こえてくる。
「私の方は何とか」
「……なによ、アレ?」
カーティス女史の返事を聞きながら横を見ると、既にISを展開していた凰が呆然とした呟きを吐いた。
漸く視界に失明した訳ではないことに安堵しつつ凰の視線の先を見ると、アリーナの中央にゆっくりと新たなISが降り立つところだった。
先程空を見上げた時、閃光が放たれる直前に見たISだ。
全くと言って良い程光沢を感じさせない黒一色のISで、地面に着くほどの大きさと長さを持つ両腕と、首と頭の代わりにただ単に盛り上がっているだけの部分にレンズがくっついているだけの頭部が特徴的だった。
光を反射しない黒サフを吹いただけの、作りかけのプラモみたいな印象があるISだ。
異形のISはしかし、派手な登場をした割に今は静かにアリーナの中央に佇んでいる。
アリーナ内にいるISを纏った織斑と菊池はもとより、避難しなければならない筈の俺達を含む観客一同、そして指示を出さなければならない筈の教師陣、その全員が動けないでいた。
この緊張した空間で、まともに働いているのは非常事態を告げるアラートの音だけだ。
不明ISの正体が分からない。目的が、性能が。
そして、
謎のISが何故いるのか、何をしたいのか、如何にしたいのか。
その全てが不明で、謎で、分からない。
なのでどう動けばいいか、件のISの動きを受けてからでないと判断がつかない。
完全に後手だ。下手に動いて刺激して、これ以上被害を拡大しては元も子もない。
だが、それでも、
「――ゆっくりだ。皆、ゆっくりと出口に向かうんだ」
静かに、だがはっきりと俺はそう告げた。
人命尊重が最優先だ。取り敢えず皆の安全を確保しない事にはどうしようもない。
俺の言葉が伝播したからか、アリーナの観客席にいた生徒達はゆっくりと、だが恐怖を顔に張り付けて避難を開始する。
その間、乱入してきたISはその様子を見ても微動だにしていなかった。
正直助かる状況ではある。
俺を含め、ここにいるほぼ全員が成人すらしていない子供なのだ。いきなり命の危険に晒されてパニック寸前の状態でこれ以上何かあったら、手の打ちようがなくなる。
しかしここで問題が二つ。
一つは教師陣、ひいてはIS学園側の対応だ。
警報は鳴ったようだが、それ以降何のアクションも起こしていないのは気がかりだ。
このアリーナの外の連中は動いているのか分からないが、この状況を把握している筈の管制室は何をしているのか。
……もしかして、何もしないんじゃなくて、出来ないのか?
例えばあのISの出現以外にも何かトラブルが起きたとか。勘弁してほしい所なんだけどな。
兎も角、動きがない以上は頼りにはできない。だからこそ避難を促したのだ。
そして二つ目。
アリーナは構造上、観客席が建物の二階相当の高さから階段状に設置されていて、その裏というか階下にぐるっと囲むように通路やら搬入口がある造りだ。
だからまず観客をそこに移して、アリーナのシールドバリアと構造物とで気休めでもいいから生存率を上げておきたい。
だというのに、
「凰、織斑に連絡。皆がいなくなるまで動くなって」
謎のISの近くにいる織斑が痺れを切らせかけていた。
折角向こうさんが動かないでくれているのだ。その間に避難を終えておきたい。
織斑的には自分に気を引かせて置きたいのだろう。俺も織斑の立場ならそうしたいところだから気持ちは分かる。
だが、まだだ。今動けば戦闘の余波で人的被害が出る可能性が高い。
「だから、もう少し待てよ……」
連絡を入れたおかげで、焦れてはいるが織斑そのまま待機してくれるようだ。
その間に現状の把握に努める。
観客席にはもう半分以上生徒達の姿はない。逆を言えばまだ半分近く残っているということでもあるが。
アリーナのシールドバリアは、想定以上の高負荷がかかった所為か、一部穴が開いているが、まだそれ以外は動いてくれている。が、それもいつまで持つかも分からない。
相変わらず学園側からの動きはこちらからは見ることが出来ない。……期待するだけ無駄かもしれない。
「ていうか、アンタも早く逃げなさいよ」
「そうだよ。早くここから離れないと!」
「うぇ!? 都下? なんでまだいるんだよ。皆と一緒に逃げた筈だろ!?」
既にいない筈の都下の声に驚いて振り向くと、青ざめた表情の彼女がいた。
「そうなんだけど、扉のロックがかかっていて出られないの!」
「なに!?」
「オリヴィエが下で内通で管制室に連絡しようとしても繋がらないし、携帯端末も何故か圏外だし、だから直接伝えに来たの」
……なんだよそれ。まるで設備がハッキングされてるみたいじゃないか。あ、だから大人達の動きがないのか?
「って、まさか!?」
慌てて自分の携帯端末を取り出す。やはりこちらも通信不能になっていた。
「まさか、皆圏外になってるのか?」
「う、うん」
「ハッキングの上にジャミングまでって、どこの犯罪組織だよオイ」
思わず愚痴が零れた、その時だ。
例のISが、動いた。
向かった先は織斑達だ。何がどうなってるか分からないが、一戦交える気らしい。
「おっぱじめやがった! 凰は織斑と協力してアイツを抑えてくれ! 菊池には援護射撃だけして無理すんなって伝えておいてくれ!」
「分かったわ! それと」
「ん?」
凰が獰猛、とも呼べそうな笑みを浮かべる。
「抑えろとは言うけど、アレを倒してしまっても、構わないんでしょう?」
「……お前それ、死亡フラグだから」
「え、なによ?」
「なんでもない。さっさと行ってこい」
パタパタと手を振って、凰を促す。
飛び立った甲龍を確認して、まだ横にいた都下にもここから離れるように言った。
「君も早く逃げよう!」
「おうよ。お前含めて皆の避難が終わったらなー」
「でも!」
「良いから良いから。まだちょーっと、やることもあるからさ」
都下の背を押して無理矢理避難させる。
彼女は尚も後ろ髪を引かれるような態度をとっていたが、渋々といった様子で従ってくれた。
さて、さてさて、さてさてさて、である。これからどうするか。
都下にはああ言ったものの、どれだけ安全を確保できるかは知らないが大体の避難も終えた今、俺が観客席にいる意味は殆どなかったりする。なのでさっさと避難してしまえという話なのではある。
あるのだが。
「なーんか嫌な予感がするんだよな。なんだこの感覚?」
小骨が喉に刺さったときのような、吐き気はするのに吐けないときのような、そんなもどかしさ。
気のせい、多分そうなんだろうとは思う。思うが、どうしても不安がぬぐいきれないいでいた。
……なんだ? 何が引っ掛かってる?
違和感の正体を探る為に、あのISの行動を事を思い出す。
まずはアリーナ上空からの砲撃。
それからアリーナに降りてからの静止。
そして突然の織斑達に対する戦闘行動。
たったこれだけだ。
戦闘行為も未だ継続中で、織斑が前衛で積極的に雪片弐型で斬りかかり、合流した凰が衝撃砲と大型ブレードを巧みに操って中衛を務め、離れた位置から菊池が後衛として援護射撃、といった戦術で敵ISと戦っている。
単純ではあるが、堅実な戦い方だ。なにより凰は兎も角、他の二人が素人に毛が生えたくらいの戦闘知識なので分かりやすいくらいで丁度良いのだ。……無論、人のことは言えないが。
その様子を気にしつつ、観客席最上段に移動する。
さっきから流れ弾がこちらにばかり飛んでくるのだ。
どうにも半信半疑ではあるが、敵ISがそうなるように仕組んで動いている、ように思える。
勿論、アリーナのシールドバリアがそれらを防いでくれてはいる。だが連続して負荷のかかっているそれが、いつまで持つか分かったもんじゃない。
もし破られて観客席が崩壊した場合、階下の皆が危険に晒される。だからできるだけ射線を上方に逸らしておきたい。
……というか、なんで俺が狙われてるんだよ。
何か悪い事しただろうか。さっぱりだ。
だけど、それなら直接狙ってきても良い筈なのにそうしないってことは、俺は物のついで扱いか。
やはりあのISの目的が見えない。何がしたいんだろうか。時々、ふと何もせずに立ち止まる事もある。そのおかげで、戦っている三人は一息つくことが出来ているみたいだが。
突然襲撃してきた割には、その後の行動が受け身な感じだ。
まるで時間稼ぎか観察でもしているみたいだった。では、そうなると何を待っているのか、もしくは見ているのか、という事になる。
そこまで考えて、思考が行き詰る。正しいかどうかは別として、情報が少なくてこれ以上は考えを進めることが出来ない。
そしてふと気が付けば、いつの間にかあのISの侵入口付近まで来ていた。
アリーナの一部が破壊されているここはアリーナのシールドバリアが働いておらず、生身じゃ大変危険だった。
なので踵を返そうとしたのだが……、
「何をやっている一夏! それでも男かっ!」
何故か反対側から木刀さんが急に姿を現し、そんな事を叫んだ。
「ちょっ!?」
彼女としては織斑を叱咤激励しているつもりなのだろう。
だがこの場所でそれはまずい。
前述の通り、今ここは身を守る物が何もなく射線が通っている状態だ。そんなところで相手の注意を引くようなことをしたらどうなるか。
案の定、敵ISが反応して木刀さんに両腕の砲口を向ける。
背筋が凍るとはこの事だ。
「何やってんだこの馬鹿!!」
敵ISに反応したのは、思わず木刀さんを庇おうとして駆け出した俺と、砲撃を阻止する為に突撃した織斑だ。
砲口がこちらを向いてるから分かる。内部でエネルギーが溜まっているのだろう、光が強まってきている。
それに対して俺は勝手に動いてしまった身体に心で罵声を浴びせつつ、その動きに逆らうことなく更に加速し木刀さんを横から突き飛ばして一緒に倒れた。
織斑も凰からなにやら衝撃砲のブーストを得て今までにない加速で突っ込み、零落白夜の一撃を以て敵の片腕を切り降ろした。
しかし体勢を崩しながらももう一方の腕から砲撃は放たれ、こちらに飛んでくる。
光の本流と熱波、そして衝撃が襲う。
辛うじて直撃は避けたが、余波が凄まじい。
「ッ…………!!」
叫び声を上げる事さえままならず、倒れながらそれらが止むのを待つしかなかった。
長くても数秒程だったであろう砲撃が止んで、思わず閉じていた目をゆっくりと開ける。
「あたた……おい、大丈夫か?」
押し倒す形になった木刀さんを確認する。状況が状況であれば中々な状態ではあるが、そんなことを言っている余裕は勿論ないので、素早く怪我がないかを見る。
「う、うぅん……?」
まだ突発的な事に混乱して動けなさそうではあるが、取り敢えず見た目的には何ともなさそうなので良しとする。
ならばとアリーナの方を確認すると、いつの間にか織斑が吹き飛ばされていてピンチに陥っていた。
が、
「これはワタクシの見せ場ですわね」
これまたいつの間にかISを展開して完全武装したオルコット嬢が隣に立っており、スターライトmk.Ⅲを構えていた。
そして次の瞬間にそれを発射。発射されたレーザーは敵ISの急所に命中したらしく、そのまま動きを止めた。
そのまま警戒を解くことなく注意する一同。
いくらか時間が過ぎ、漸く倒せたかと全員が気を抜いた、その瞬間、
「なっ!?」
敵ISが再起動して一番近くにいた織斑に向かって砲口を向けた。
「うおおおお!」
狙われた本人はすぐさま反応して、向けられた砲口に零落白夜を叩き込んだ。
そして爆発。爆炎が二機を包んだ。
……なんて往生際の悪いっ!
しかし数秒程で煙も晴れて見えてくるのは、白式を展開したまま倒れている織斑と完全に破壊された敵ISの姿だった。
気絶してはいるようだが、織斑の方はISが守ってくれたのでとりあえずの心配はないだろう。問題は敵ISの方だ。
ここから見える件のISの傷口から中身が少し覗けた。しかしそこには生身の人間が存在しなかった。あるのは機械のみである。
まさか、無人機だったとは。これには驚く他なかった。
少なくとも現在公開されている技術では実現不可能な事の筈だ。
それこそどこぞの秘密組織や大天才でもない限り難しい話の筈だ。
等と、思考を巡らしていると、
「なんで、一夏じゃない……」
「ん、お? 起きたか」
何か呟いているようだが、どうやら木刀さんも目が覚めたようだ。取り敢えず今回はこれで無事に終わ……、
「さっさとどけ!」
「けふっ!?」
何故か至近距離の直下から掌底を顎に受けてしまった。
木刀さんの上で腕を突っぱねるようにして身体を支えていた為、とっさに避けることが出来なかった。
かなり良いのを貰ったみたいで、脳が揺さぶられそのまま意識を手放してしまった。
その際、倒れる拍子に何か柔らかいものが顔に当たったような気がするが、多分気のせいだろう。
「知らない天井だ」
目を覚まして寝ぼけた頭で状況をなんとなく察し、鉄板ネタを呟いてみる。もはや古典を通り越して死語な気もするが気にしてはいけない。
場所は多分IS学園の保健室だろう。初めて訪れた(?)が、今自分が寝ているベッドやそれを囲むカーテン、そして医薬品の僅かな刺激臭からそれを察せられた。
窓から差し込む西日で現在時刻を推察、どうやらあの騒ぎからそんなに時間は経っていないようだった。
どうやら、騒ぎそのものは収束したようで特に騒がしくもなく、静かな空気が保健室に漂っていた。
そしてふと、カーテンで仕切られた隣のベッドに人の気配を感じた。
「あ、起きた?」
「……よう、鈴じゃないか。どうしたんだよ、そんな顔をして」
隣は織斑だったようだ。そして見舞い人は凰か。
「何でもないわよ。折角人が心配してあげてるのに」
「悪かったよ。心配してくれてありがとな」
二人は俺が起きた事には気付いてないみたいだ。
そのまま二人は二言三言言葉を交わし、次第に話題は告白の事に移る。
「なあ鈴、あの事なんだけど」
「あの事って何よ。ハッキリ言いなさいよ」
「う。……お、お前が告白してくれた事だよ!」
ああ、姿は見えずとも雰囲気だけで分かる。二人とも相当顔を赤くしている事だろう。
そしてもどかしいくらいのやり取りの後、織斑が切り出した。
「なあ鈴、その、返事なんだけどな……」
「……うん」
緊張の一瞬である。
「あれからずっと考えたけど、鈴に対する気持ちに友情としての好きはあっても、恋愛感情の好きは、ないと思う。だから、お前の告白には、……答えてやれない」
織斑の言葉に、場が痛い程の沈黙が訪れた。
……これは、なんとまぁ。
なんとも言葉にしがたい結末である。
織斑としても心苦しくはあるのだろう。発する言葉の端々から凰に対する申し訳なさが滲み出ていた。
申し訳なく思うんなら応えてやれよという意見があるかもしれないが、しかしそれでも自分の気持ちに正直になって返答した織斑は偉いと思うのは、同じ男だからだろうか。
「……そう、なのね。わ、分かったわ。ひぐっ……、ちゃんと、考え、てくれた上で、ひっ、返事してくれたなら、良いわよっ……」
「…………」
「すまない」
「あやま゛らないでよぅ、余計惨めに、なるだけじゃない……ひっく」
凰の涙声が聞いていて辛い。けど、こういう事になる可能性だって十分にあると分かっていた筈だ。十分に覚悟できていたかどうかは本人にしか分からないが。
きっと顔も涙で酷い事になっているのだろう。さっきから袖で拭う時の衣擦れの音が収まらない。
「私、もう行くわ。これ以上、耐えられそうに、ない……」
そして織斑の返事も聞かず、凰は保健室を飛び出していった。
暫しの沈黙。
織斑も俺も、何も言葉にする事が出来ない。まさか寝起き草々、こんな修羅場に遭遇するとは、それこそ夢にも思わなかった。
しかし織斑は兎も角、凰が心配である。これは最後まで見届けた責任として手を打たねばならないだろう。
という訳で、ベッドの傍にまとめられていた荷物の中から携帯端末を取り出し電話をする。
「あ、もしもし、都下? 今ちょっと良いか? ――ああ、うん大丈夫大丈夫。軽い脳震盪ってだけだし。――ああ、いや詳しい話は後で。ちょっとお願いがあるんだけどさ、凰の様子見に行ってやってくれないか? アイツ、織斑にフラれてさ、フォローして欲しいんよ。うん、内密にな? 数人くらい巻き込んでも良いけどあんまり話は拡げない方向で頼むわー。ああ、また後で」
「――って、おぃいいいいいい!?」
通話を切ったところで織斑が勢い良くカーテンを開けてこちらに顔を出してきた。
「よっ」
「よっ、じゃねえ! お前起きてたのかどこから聞いていた!?」
「凰の、『あ、起きた?』ってとこから」
「全部かよおおおおおお!?」
その場で崩れ落ちる織斑君。大変だなあと、他人事みたいに言ってやった。
「お前って奴は……。いや、もう良いさ」
なんか、うんまあ気持ちは分からなくもない。俺だって逆の立場だったら嫌だ。
「んな顔すんなって。もうお前答え出して言っちまったんだろ? じゃあ仕方ないさ」
「け、けど」
「吐いた言葉は取り消せねえよ。こんな時は特に、な」
「……そう、だな」
そう言って、織斑は力なく自分のベッドに寝っ転がった。そしてぼうっと天井を見つめながら呟いた。
「あーあ、全部上手くいくやり方ってないのかな?」
「はん。そんなんあったら、最初から苦労しねえよ」
男二人、溜息吐いたって何も楽しくない。
その後。
軽い脳震盪と擦り傷だけだった俺は軽く治療と問診だけで済み、すぐに解放された。
織斑の方も無意識にISの絶対防御を切っていたらしく、その状態で攻撃を受けていてそこそこの怪我をしていた筈なのに、何故か同時に解放されていた。
「にしてもオルテンシア先生、だっけ? なんで治療器具の使い方も分からないのに、織斑治せたんだろう?」
治療用のナノマシンでも使ったのか。けどアレ、トリアージのレベルが黄色以上、それこそ赤に近いくらいじゃないと滅多に使われない筈なんだけどな。いやそもそもあのやる気のない態度からして、保健医が務まっているのか。う~ん、謎だ。
なんて、そんな事を考えながら暗い廊下を歩く。
いつかの夜のように、消灯時間を過ぎた後の深夜徘徊である。
とは言っても、目的も前と同じで自販機の飲み物狙いなのだが。
少し涼しいくらいのここはやはり昼間とは違う雰囲気で、静けさがこの時間の主役だった。
やがて、自販機の明かりが見えてくる。
そして自販機コーナーに入ると、何となく予感していた通り、先客がそこにいた。
都下だ。
ベンチに座り、今度はまともな飲み物を口にしながら虚空を見つめていた。
「よっ、都下。奇遇だな」
「ふぇ!? ……ああ、君か。もう、驚かさないでよね」
「悪い悪い」
テキトーに謝罪しつつ自販機でお茶を買い、少し間を開けて横に座る。
都下の顔を伺うと、少し疲れたような表情をしていた。
「どーしたよ? 元気なさそうだけど?」
「うーん。元気がないっていうより、ちょっとした考え事、かな?」
「煮え切らねえなあ。世界で二番目の男に言ってみ? 聞くくらいならできるぜ?」
俺の言葉に都下は腕を組んで更にう~ん、と唸り悩んでる風に首を傾げた。
「まあ、君になら良いかな」
そう言って、都下は話を切り出した。
「君に言われて鈴ちゃんと話したの。あの子の部屋で」
「ん? じゃ、同室の……」
「うん、ティナだけは巻き込んだよ」
ティナ・ハミルトン、凰と同じ部屋のアメリカ国籍の少女である。
「まあそれで、一杯泣いたんだよね、鈴ちゃん。わんわん泣いてさ。最後の方なんて私みたいに良い女を振るなんて馬鹿じゃないの! なんて叫びながら」
「言ってそう言ってそう」
「それ以外にも色々話したけど、そこは女の子同士の秘密だから言えないかな」
ちと気になるが、訊いても教えてくれないんだろうな。
「例えば君に対する評価とかも話したかな」
「何それ超聞きたい」
「だーめ。教えてあげない」
「そっちから話しておいてひでぇ」
俺の反応に、ふふ、と彼女は笑う。
「悪い評価ばかりじゃなかった、とは言っておくね」
「おっかねえなあ」
今度は二人して笑う。
そして、場が温まったところで本題だ。
「今日の鈴ちゃんの様子を見てたら、自分の初恋の事を思い出しちゃって」
「……それ、俺が聞いても良い話なのか?」
「なんとなく、知ってもらいたいんだよね。自分でも理由は分からないけど」
そして彼女は語る。自分の昔話を。
中学時代に憧れた先輩がいて、けど先輩には彼女がいて。そして想いを告げられなかった過去の話だ。
どこにでもありそうな話だが、都下はそれを懐かしみと苦笑いが混じった、左右非対称の妙な表情で話した。
訊けば既に未練や後悔はないという。
「ただね、先輩達二人の仲を見て、“ああ、これは告白できないな”って悟った時、とても悲しかったなって思い出したの」
「…………」
俺は黙って聞いてるしかなかった。
単にコメントに困るという事もあるが、彼女がこういう話をする程度にはこちらに心を開いてくれている、という事に気付いたからだ。
一体どこでそんなに友好度稼いだかなと、首を傾げるがさっぱり分からない。
「でね、鈴ちゃんは私と同じ……、ううん。私以上の悲しみに暮れてるんだろうなって思うの」
まあ、それはそうだろう。
告白すらできなかった都下。
対して告白してフラれた凰。
どちらの方がダメージが大きいかは明白だ。
しかし、
「だけどその分、未練はないと思うの。忘れるでもなく、目を背けるでもなく、乗り越えていく。きっと、ずるずると未練ばかりが残って引きずっていた私より、元気になるのは早いんじゃないかな」
「だろうな。アイツがずっといじけてるなんて想像もつかん」
「ふふ、そうだね」
同じ結論に至り、同時に頷く俺達だった。
……今俺達がやっているのは、他愛のない、どうという事のない単なるお喋りだ。後で思い返すこともないただの暇潰し。
だけどそれが悪い事じゃないと思えるのは何故だろう。今はそうでもないが、後々思い出す事で価値が生まれるのだろうか。
「どうしたの? いきなり黙っちゃって」
「んにゃ、なんでもない。……ただまあ」
「うん?」
「こういうのも、“悪くねえ”んじゃないかって、そう思ってさ」
その言葉に、彼女は黙って左右対称の笑みを浮かべるのであった。
シ「さあ、ここで問題です。ボクは男女どちらの姿で編入してくるでしょう、か?」
ラ「結果は読者投票で決めさせてもらう!」
(活動報告の返信に一言もらえれば)
……くるかな?
それはそれとして、実は別小説も書いてたりしてたんで、宜しければそっちも読んでもらって感想いただけたらな~と思います。
「とある一日の出来事」というタイトルです。