ISに振り回されて平穏が遠い   作:風呂

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舞台裏
セ「さあ、漸く私の出番ですわよ!」
俺「あ、お前の出番、脚本変わってもうちょい後に変わったから」
セ「どういうことですの!? 責任者、出てきなさい!」


その3

 さて、たった三年で卒業後に即戦力となる人材を育成しなければならない事情もあるIS学園では、新入生に対しても容赦なく入学式当日から授業がある。

 なのでその授業レベルは必然的に高いものとなり、皆の授業態度もそれなりに真面目なもの、……なのではあるが。

 しょ、初日でここまでレベル高いのかよ!?

 冷や汗たらたらの涙目状態で授業を受ける俺がいた。

 正直なところ、一般の市立中学でそこそこの成績しか取ってこなかった俺にとって、割と真面目にギリギリだったりする。

 普通科目でこれでだ。IS関連の授業になったらどうなるかと戦慄する。

 いや、春休みの間、あの電話帳並の分厚さのISの参考書で勉強したじゃないか。どうにかなるさ、多分、きっと。

 とまあ、こんなふうに思考が微妙に授業から脱線しかけているのは、授業そのものの難解さとは別にもう一つ理由がある。

 それは、

「おーおー。予想はしとったけど、元気やねぇ隣は」

 英語の授業をしていたナナコ先生が、苦笑しながら一組の方を振り返りボヤくのも無理はない。

 隣り、一組からの騒ぎ声が酷いのだ。

 普段は静かなのではあるが時折凄く騒がしくなり、何故か打撃音と共に途切れて静まり返り、そしてしばらくするとまた騒がしくなる。というループを繰り返している。

「去年も一昨年もこうやったとは聞ぃとったけど、これ程とはねぇ」

「そうなんですか?」

「聞いた話によると、な。織斑センセーも大変やで」

 クラスの中からナナコ先生へ疑問が飛ぶ。

 それに対しナナコ先生は、「ちょうどええし、休憩がてら雑談でもしよか」と授業用の情報デバイスを教壇に置く。

「せやな……、IS学園が設立されてから何年か知っとる?」

「四年です、先生」

 廊下側の方の席から答えが飛ぶ。

「正解や。じゃあ第二回モンド・グロッソが開催されたのは?」

「確か、四年前です」

 別のところから答えが出る。

「そうやね。この年は他にも色々あってIS界隈において結構重要な年やった訳やけど……って、聞いとるか自分?」

「え? あ、はい。聞いてます聞いてます」

 いきなり呼ばれて驚いたが、聞いてはいるんですよ。さっきまでの授業内容を整理するのに必死だっただけで。

 まあええわ、とナナコ先生は続ける。

「そんでな、その時織斑センセー、IS学園に誘われとったらしいんやわ。勿論教師としてな?」

「そうなんすか?」

「おう。モンド・グロッソが終わった時点でそのこと発表する筈やったらしいで」

 先生は軽く言ってはいるが、これは結構大事だったんじゃなかろうか。

 考えてもみろ。『第一回IS世界大会の総合優勝者』、IS関連でこれ以上のビッグネームを挙げろと言われたら、それこそ『ISの生みの親』くらいしか思いつけないほどのネームバリューだ。

 これが実現していたら、日本は世界に対する発言力をもっと持てていただろう。そうしたら、IS学園の運営に始まり、もう少し今と比べて世界情勢的な待遇は良かったんじゃなかろうか。

 しかし実際にはそうは問屋が下ろさないのが、現実の厳しいところ。

「でも先生、実際に織斑先生がIS学園の教師になったのって二年前ですよね?」

 隣に座ってる子が俺が感じたことを口にしてくれた。

 近くというかすぐ傍なのでよく見ることができたが、中々可愛らしい子だ。

 肩くらいまである濃い目の茶色い髪に、アーモンド型の目をしている。

 さっきからチラチラこちらを見てくるが、やはり俺が二人目の男子IS操縦者だからだろうか。それにしては他の子のように不躾な視線でもないんだよな。

 それにどっかで見た気がするんだよな。どうだったっけ? と俺は首を傾げるが、その間にも雑談は進む。

「都下の言うた通りや。本来なら大会終わった翌年にはIS学園に入る筈やったんやけど、なんか色々あったらしくって更に一年経ってから教師になったんやて」

 ここでナナコ先生は一区切り置き、クラス全員を見渡したあとに続けて言った。

「でな、ちょっと言っときたいことあんねん。自分らな、このこともそうやけど何でもかんでも本人に聞くなや? 織斑センセー自身、自分から言わへん人やし、ウチら周りの人間も必要以上には何も聞かへん。ただでさえ、ブリュンヒルデとか言われて、周りからワーキャー言われとんのにこれ以上ストレス与えんなや? あの人かて人間や。聞かれとうない話の一つや二つはあるんやからな」

 そう言い切ると、ナナコ先生はそれまで割と真剣だった表情を崩し、いたずらっ子のような笑みを浮かべる。

 去年一昨年はそういう方面で織斑先生は苦労していたらしい。それを見ていたナナコ先生はそれを鑑みて自分のクラスだけでもと、先に釘を指すことにしたんだそうな。

「そんかわり、授業で分からないところがあるとか相談事があるんやったらじゃんじゃん聞いたらええよ。その方が本人も嬉しいやろうしな。勿論最初はウチや木本センセーにゆうてくれるとええけどな?」

「…………」

 ここで、今言われたことに対して感想を述べたいと思う。

 なんて出来た人なんだこの人。気配り完璧じゃねぇか! 俺は今、猛烈に感動している!

 そうだよな。ちょっと有名だからって根掘り葉掘り聞かれて嬉しい奴なんていないよな。

 ISを動かしてから学園に来るまでのことを思い返せば無理からぬことだった。

 あの時の辛さを織斑先生は年単位で耐えていたんだよな。体験した俺は言うに及ばず、今の話を聞いてちょっとでも思い至れば誰もおいそれと聞けないはずだ。

 ナナコ先生みたいな人が担任で俺はなんて幸せ者だ!

 感動で目尻に涙が浮かび、自然と立ち上がって拍手をした。スタンディングオベーションというやつだ。

「ナナコ先生、これからは姐さんと呼ばせてください!」

「いきなりなんやそれ? ウチはナ○ワ金融道かミ○ミの帝王に出てくるキャラか」

「それを言うなら極○の妻たちじゃないですか? 姐さん」

 盛大に溜息をついてナナコの姐さんは言った。

「とりあえず、姐さんはやめよか。色々台無しや」

 自分から言い始めたことだが、なんだこのノリ。疲れてんのかな。

「ですね」

 と、相槌をうって大いに頷く俺(とナナコ先生)であった。反省。

 

 

 昼休みになった。

 空を見上げれば、名前も知らない小鳥が元気そうに飛んでいて、春の暖かな陽気と合わせて俺の心を和ませる。

 四時限目の授業が終わると同時に俺は教室を飛び出し、購買部へダッシュ。菓子パンと野菜ジュースを買ってから屋上に上がり、更に昇降口の屋根に登り一人腰を下ろしている次第である。

 なんでこんなことをしているのかというと。

 例によって例の如く、周りが非常にうっと……じゃなかった騒がしかったからだ。

 一年二組の皆はナナコ先生の言葉に察してくれたのか、必要以上にこちらに干渉してくることはなかったが、その他の皆さんはそうじゃないよねって話だ。

 そういう感じの野次馬の方々が休み時間毎に廊下に現れるので、昼休みになればおちおち飯も食ってられないという予感がした。

 考えすぎかとも思ったが、昼食を購入して屋上に来るまでに少し追いかけられたのであながち間違いじゃなかったらしい。

 入学式初日から屋上まで足を運ぶ奴なんてそうそういないだろう、という予想も見事に当たって一安心だ。

 あぁ、やっぱり平穏が一番だよな。

 一人のんびりと昼飯を食いつつ、つかの間の平穏を満喫していた。

 と、真下から昇降口の扉が開く音が響いてきた。

「……ッ!?」

 反射的に身を伏せた。

 おいおいおい、マジか? マジですか!? まさか居場所がバレた?

 まさかそんな筈は、と戦々恐々とする。

 とりあえず、下からは見つからないように少しだけ顔を出し、誰がここにやってきたかを確認する。

 果たしてそれは、見知らぬ女子生徒だった。

 とはいえ、そもそもまだ入学したばかりの現段階で知っている人間なんて数限られているのではあるけれど。

 後ろ姿しか見えないが、今日が入学式初日であることと、雰囲気からして同じ一年であろうとあたりを付ける。

 上からじゃ分かりづらいが、多分結構背が低めだ。両サイドが大きくカーブしている内ハネ気味の髪型に、ISのヘッドパーツのようなものを頭に付けている。

 その子は一度あたりを見渡したあと、屋上に設置されているベンチに真っ直ぐに向かい、わざわざ寮で作って持ってきたであろう弁当箱を広げた。

 角度的にこちらからも見えるようになった顔は眼鏡がかけらていて、ちょっと内気そうな表情をしていた。

 ……タイの色からして同じ一年だけど覚えのない奴だな。二組にはいなかった筈だから、他のクラスの子か。

 にしても俺じゃあるまいし、わざわざ人気のない屋上にまで来て昼食なんて、奇特な奴もいるもんだと思う。

 とにかく、俺の追っかけ(人気からという訳じゃないのが悲しいところ)では無さそうなので、ホッと一息つく。

 しかし、逆に困ったことになった。

 今からじゃ気まずさから下に降りられなくない。

 彼女の顔が見えるということは、反対にこちらの姿も見えるということ。今はまだ隠れているからいいが、降りようとすると姿を晒すことになり、それはちょっと、なんというか気恥ずかしい。

 ……仕方ない。あの子がいなくなるまで待つか。

 見つかった場合、変なレッテル貼られそうでもあるしな。

 そんな訳で、なんちゃってスニーキングミッション開始である。

 暫くして。

「何だアレ、すげぇ……」

 俺は心の底から賞賛の声を上げていた。

 今、目の前で起きている光景が理解できない。

 いや、少し違うな。目の前の光景が現実にあるなんて俺の想像の埒外だったというだけの話だ。

 事の起こりは眼前の少女が弁当を食べ終わり、徐ろに空間投射型のホロウィンドウを開いた時から始まった。

 遠目からでは分かりにくかったが、何かのプログラムだと思う。考えながらなのだろう。断続的にではあるが、プログラムコードが物凄いスピードで打たれている。

 そこでふと、俺は違和感を感じた。

 彼女の様子を観察する。するとほどなくその正体に気づいた。

 何かがダブって見えた。最初は高速で動く指がそう見えるのかと思ったが違う。

 二重に見えたのは指ではなくホロキーボードだ。

 オリジナルのキー配置がなされているキーボードを両手にそれぞれ上下に手を挟むようにして二枚、計四枚を展開している。

 それを下のキーボードには普通に指の腹で、上のキーボードには指先や指を曲げた時の関節の突起でタイピングしている。

 そんな超絶技巧によって成されるタイピング速度は、正に超高速に相応しいものだった。

 もしキータッチ音がしたら(ホロキーボードなので音はしない)連続音ではなく、単音が伸びたような音が聞こえてくるだろう。それくらいに、凄かった。

 どれだけ凄いんだよあの子。もしかして、IS学園ってああいう化物とか超人とか言われるような人間ばっかなのか?

 流石にそれはないだろうとは思うけど、思った以上にとんでもないところに来てしまったと感じた俺だった。

 

 

 その後、結構ギリギリまで件の彼女が屋上に居座っていたため、午後の授業に遅れそうになりつつも間に合い、無事に迎えた放課後。

 寮の部屋に戻った俺は、これから来るという同居人を待っていた。

 ナナコ先生から聞いた話によると、色々手続きやらなんやらの手違いがあったらしく、今日になって入寮することになったそうだ。

 で、この実質女子寮であるIS学園寮に男である俺と同室になる人間など、常識的に考えて一人しかいない。

 誰かといえば、俺がこんなところに来る羽目になった原因を作った張本人、『世界で最初にISを動かした男』である、織斑一夏その人だ。

 本当に急に話がまとまったようで、後で聞いた話だが授業中に届いたであろう彼の荷物は着替えと日用品と携帯の充電器だけという、あまりにも悲惨なものだったそう。

 ともかく、ここでの生活は数日とは言え俺の方が先輩になるので、温かく迎えてやろうという気遣いを珍しく見せているわけだが。

「……遅い」

 予想していた時間になっても奴が現れない。時計の針も既に半週以上回っている。

 実際そこまで遅い時間というわけでもないのだが、仮に職員室に寄ってからここに来るのだとしても、時間がかかっているように思える。

 またぞろ、女子たちに捕まっているのだろうか。

 それはあり得るなぁ。あいつイケメンだから人気あるだろうし。どこぞの二番目くんと違って。

 などと、しょうもないことを考えていると扉の向こうが俄かに騒がしくなった。

「ん?」

 発信源はちょっと遠くみたいだが、妙にざわついた気配がする。

 このまま部屋にいても暇すぎるので、廊下に出る。

 廊下には放課後ということもあってラフな格好の女子生徒たちがちらほら見えた。

 スタイルのいい子ばかりなので、どうしても視線が下がりそうになるがなんとかそれを抑える。

 ネットか何かで、男のチラ見は女のガン見、なる言葉を見たとき衝撃が走った人間としては意地でも守りたいところである。無意識で見てしまった分はノーカンだけどね?

 それよりも、騒ぎの方だ。

 辺りを見渡すと、少し離れたところに人だかりができている。

 近づくにつれて喧騒の原因がなんなのかハッキリしてきた。

 どうやら騒ぎの中心は俺の同居人本人らしい。どこで道草食っているのかと思えば……。

 近づいた人混みの外側から女子たちの頭越しに中心を覗く。俺と大して変わらない背丈の子もいるが、見えないほど人数がいるわけではないので問題ない。

 そして視界に入ってきたのは。

「……なにやってんだ、アイツ」

 一○五二のナンバープレートが貼られた扉に土下座で平謝りする情けない姿の織斑一夏だった。

「箒! すまん、悪気はなかったんだ! 許してくれ、この通り!!」

「うるさい! 乙女の柔肌を見ていおいて、その程度で許されると思っているのかっ!?」

 もの凄い怒鳴り声が扉の向こうから飛んできた。姿は見えないが、どうやら相手の方は相当にお怒りの様子。扉越しにも怒気というか殺気が伝わってくる。

 状況を察するに、織斑が着替え中の女子を覗いてしまったってところか。

 入学初日からラッキースケベとか、ラブコメしてるなぁ。

 騒ぎの雰囲気からして必死さはあれど陰険な感じは伝わってこないので、もしかしたら未だ見ぬ女子と織斑は前からの知り合いなのかもしれない。

 それに周囲の女子たちの反応も、ただ面白がっているだけで大事にはならなさそうだった。普通ならもっと酷い状況になると思うんだが。女尊男卑なんて言葉がテレビで言われるご時世だし。

 とりあえずそろそろこのコント、終わらせるかね。

「すまんけど、ちょっと通してくんねーかな?」

 断りを入れつつ女子たちの間を抜けて(無論彼女たちの身体、特に胸は絶対に触らないようにして)、織斑の傍まで行く。

 近づく俺に気づいた織斑は涙目のままこちらを向くが、とりあえず無視。扉の方を向いて会話を試みる。

「おーい、そろそろ織斑を解放してもらいたいんだがいいか?」

「む!? 誰だ貴様!」

 こんなところで織斑以外の男子なんて一人しかいないだろうに……、とは思うが言わないでおく。

「二番目の男だよ、ザ・セカンド。そこで泣き入れてるザ・ファーストの同居人。来るのが遅いんで引取りに来たんだけど」

 織斑が何とも言えない微妙な顔をするが気にしない。

「駄目だ! そこの馬鹿者にはちゃんと反省してもらわねばならんのだからな」

「いや、そこを頼むよ。これから同室で生活する上で早めに決めておきたいこともあるしさぁ。それにちょっと外見てみろよ、結構な騒ぎになってんだぜコレ」

 俺がそう言うと、少しの間を置いて中からゆっくりと扉が開かれた。

 周りを伺うようにして顔を出したのは黒髪ポニーテールの、ちょっと頑固そうな女の子だ。

 ドアの隙間からしか見えないが浴衣を着ている和服系女子である。おかげで回避よりも防御の方が得意な、結構なものをお持ちというのがすぐにわかった。

 なぜなら急いで着たのか怒りに身を任せて動いたからかなのかは知らないが、若干浴衣が乱れてすこーしだけ胸の部分がはだけているのだ。

 そんなものが突然目の前に現れるんだ。そして絶妙なアングルなのが悪いのであって、俺は決して悪くない。

 そんなナイスバディを持つ目の前の少女は、俺の言葉の真偽を確かめる為にキョロキョロと辺りを窺い、事実であることを知ると渋面を作る。

「む、何故こんなに人が集まっているのだ……」

「そりゃあ有名人とこんな騒ぎ起こしてれば当たり前だろ」

 これで騒ぎにならないと思う方がどうかしてると思うんだが。ま、裸見られたんなら周りが見えなくなるくらい怒るのも無理はない、のか?

「とりあえず、後で俺からも男として説教入れておくから、この場はこれで済ませてくれないか? ぶっちゃけ、そろそろ周りの視線がキツい」

 ただでさえ騒がしかったのに、俺というもう一波乱起こしてくれそうな人間が追加されたのだ。好奇の視線が更に強くなるのは自明の理である。

「ご、ごめん箒。本当に俺が悪かった!」

「この通り、本人も反省してるようだしさ?」

 土下座姿勢に両手を合わせて拝み体勢の織斑に指を指す。

 そんな織斑になおも厳しい視線をぶつける彼女ではあったが、ふと殺気を収めて肩から力を抜いた。

「仕方ない、今日はこれくらいにしておいてやる。だが一夏、次にこんなことがあったら……」

「わかってる箒。本当にすまなかった!!」

 土下座姿勢のまま謝罪する織斑一夏くん十五歳。衆人環視の中でここまでやるとか漢すぎるだろ。

 改めて土下座姿を見ても堂に入っていてじつに素晴らしい。そのうち、トリプルアクセル土下座でもしてくれないか。

「っと、じゃあもう良いよな? そんじゃ俺たちもう行くから。ほら、君らも散った散った」

 そう言って俺が手振りを入れつつ締めると、周りの女の子たちは口々に好き勝手言いつつここから離れていく。

「もう終わりかー。つまんないの」

「もう少し見たかったなー」

「ねー。けどあの土下座は凄いわ」

「ふふふ、入学初日からいいネタができて満足だわ」

 最後になにか不穏なセリフが聞こえたような気が……? まあいいか。

 ともあれ、俺も織斑を伴ってその場から離れるのであった。

 

 

 一○二五号室に戻った俺は、さっきの騒ぎについて織斑から話を聞いていた。

「で、聞いた部屋番号を間違えたら既にいた女子と鉢合わせと」

 ベッドに寝っころがりながら、テキトーに話を纏める。

 それに対して織斑は、彼の姉であるが持ってきたという荷物を荷解きしてその少なさに嘆きながら俺と会話していた。

「そうなんだよ。そしたら箒がバスタオル一枚でバスルームから出てきてさ。慌ててるうちに部屋追い出されてああなった」

 なんとまあ。こいつ本当にラブコメのラッキースケベやってたのか。

「なんと羨ましい奴」

「羨ましくねぇよ! 殺されるかと思ったんだからな!」

 と言われてもな、普通の男子ならそこはなんだかんだ言って喜ぶべきところな訳でして。

 因みに、俺と織斑は既に顔見知りだったりする。

 入学以前に政府の役人に振り回されていた時に何度も顔を合わせていたのだ。

 その時に、織斑の姉があの『織斑千冬』と知って大声で驚いたのはいい思い出である。そしてお互い何度か会う度に顔がげっそりしていったのも、笑い話という意味でいい思い出である。

「にしても、その口ぶりからしてさっきの子とは知り合いなのか?」

 ふと、さっきから気になっていた疑問を投げかけてみた。

 それに対し織斑は、そういえば言ってなかったっけ、とこちらを見て答えた。

「幼馴染なんだよ。篠ノ之箒って言うんだけど。それでさ、箒の家って神社なんだけど剣道場もやってて、小学生の頃は千冬姉と一緒に通ってたんだよ」

「ほー、じゃあ巫女さんで剣道小町なのか。確かに雰囲気はあったな」

 和風というか古風というか、硬そうな感じではあった。そのまま時代劇に出ても全く違和感なさそうな気がする。

「上手いこと言う。昔っから頑固なところがあったけど、今もそれは変わってないみたいだったな」

 小さかった頃を思い出しながらなのだろう。織斑はうんうんと頷きながらそう言った。

「それじゃ、小中と一緒だったんだ?」

「いや、小四の時だったかな。箒が引っ越してそれっきりだった。だからここでまた会えるとは思ってもみなかったな」

 小四だから……大体六年ぶりか。それでよくもまあ、あそこまでお互いに遠慮なく言い合えるもんだ。

「はは、運命の再会ってか? こんなところでだなんて神様も粋なことを……ん?」

 しののの?

「……なぁ、確かISの開発者も確か篠ノ之って苗字だったよな?」

 篠ノ之束博士の事だ。

 若干十四歳でISを発明した神童で、その名を世界中に轟かせた大天才。

 四六七個のオリジナルISコアを作ったあとは行方をくらまし、その技術力の高さから世界中の諜報機関から指名手配されているらしい。

 そんな重要人物と同じ“珍しい”苗字の子がIS学園にいるという事実。これってもしかしなくてももしかするのでは?

「あ、やっぱりわかるか。そうだよ、箒は束さんの妹だよ」

「マジか。……そういや織斑千冬と篠ノ之束って同級生だったんだよな」

 有名な話である。

 ただ仲が良かったかどうかは、いまいちよくわかっていない。学生時代に周りにいた人たちの証言では一緒にいることは多かったそうだが、関係が良好だったかと問われると首を傾げるらしい。本人らに聞こうにも片や黙殺、片や失踪してて聞くことすらできない。

「今頃何やってるんだろあの人。まぁ、どこにいても元気でやっているだろうけど」

 荷解きを終えた織斑は、硬くなった身体を解しながらそう言った。

 成程、そういった縁で家族ぐるみ的な付き合いでもあったのだろう。コイツの話ぶりからして、そこそこ仲は良かったと見える。

「しかしそうなると、ISが世に出てから大変だったんじゃないか?」

「ああ、そうなんだよ。政府の人とか、どっかの企業や大学の偉い人やマスコミとかがひっきりなしでさ。箒が引っ越したのも重要人物保護プログラムが適用されたからだって、昼間に本人から聞いた」

「そ、そうか……」

 さらっと言っているが、大変どころの話じゃないだろそれ。小四から今まで全国各地をたらい回しって意味だぞ。

 重要人物保護プログラムを家族が受けるにあたり、俺もそれについて詳しく説明を受けていた。

 アメリカの証人保護プログラムを基とし、本家は証言したことによる犯罪者からの報復から証人を守る為であるのに対し、こちらは重要人物及びその関係者(主に肉親)が不当に利用(本人に限らず、関係者を使っての脅迫を含む)されない為にあるのがその存在理由だ。

 これはISの発表や白騎士事件その他を含む一連の騒動、【ISショック】を経験した日本が、篠ノ之束博士個人の世界に与える影響力がとてつもなく高いことを鑑みて、異例のスピードで法案を固めて施行したという話だ。

 その為、施行直後は色々と至らないところがあったらしく、当時このプログラムを受けていた者(要するに篠ノ之家)は難儀な思いをしたという。

 てな感じのことを例によって例の如く、例の政府の役人さんに雑談混じりに聞いていたんだが、まさかその当人と出会うとは世の中不思議なものである。

「けど、ホント元気そうで良かったよ。こんな女子だらけの場所で知り合いがいるのってすごく助かる」

 うんうん、と腕を組みつつ頷く織斑。

 そりゃそうなんだけど、さ。……なんか引っかるものがあるんだよな。その篠ノ之箒に対して。

 織斑が言うのだから間違いはないのだろうし、初めてあった人間のことを完全に理解できるほど俺も出来た奴じゃないし。

 心にできた小さなしこりを織斑に気づかれないように振り払う。考えたところでどうにかなる訳でもなし、そもそも問題にもなっていないのだから。

「んじゃま、そろそろ飯にしようぜ? そろそろちょうどいい時間だろ」

「お、いいな。ここの食堂何があるんだ? せっかくだから今日はお前のオススメで頼むぜ」

 暗くなりそうな話はここでおしまいとばかりに俺は織斑を誘って部屋を出る。

 さてさて今日は何にするかな。全寮制国際学校の食堂を舐めるなよ。レパートリーは腐る程あるからな。

 鍵を閉めていざ食堂へ、と歩き出したところで俺は、「あ」と織斑に振り返る。

「すまん。そういえばこれを渡すの忘れてた」

 俺は上着のポケットに入れてたあるものを織斑に渡す。

「おい、これ……」

 それは一○二五号室の鍵だ。渡されたそれを見た織斑の声が何故かちょっと震えている。

「実は今朝から預かっててさ。寮部屋に来た時に渡せばいいかって持っててそのまんまだったわ」

「……待て。これ貰ってたら俺、箒に怒られてあんな騒ぎにならずに済んだんじゃないのか!? 夕食奢れよな!」

「はあ? 何言ってんだよ。部屋間違ったのはお前の所為だろ! なんで奢らにゃならん!」

 忘れてたのは悪かったが、そこまでする義理はない。

 だが食堂に着くまで言い争った結果、奢らされる羽目になってしまった。

 なんでさ。

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