もし仮に、極小の確率ではあるとは思うけど、待っていた人がいたらごめんなさい。
ある日の早朝。
俺「来るぞ来るぞ、嵐が来るぞぉ。具体的には風速四十メートルクラスのが」
夏「何言ってんだよ。まだ春だし今日は一日快晴だぞ」
俺「ははは、態々お前の為にフラグ立ててやってんだよ」
夏「???」
以前言ったようにIS実習は二クラス合同で行われる。よって今、ここ第四アリーナのAピット内に生徒六十名プラス二名が集っているのだが。
「おい織斑、あからさまに視線を下げるな。死ぬぞ」
「わ、分かってるよ。お前だって目線が泳いでるじゃないか」
知らん。俺は目の前の壁に集中しているんだ。その筈だ。そもそも集中してたら織斑の視線に気付く筈がないとは言ってはいけない。
ピット内は空間的には広く、実際にこれだけの人数が集合できるほどではあるのだが、今の俺には用途不明な機材が沢山設置されているので、あまり開放的とは言えない印象だった。
なのでそんな中で身体にフィットするISインナースーツに身を包んだ女子が六十人も集まればどうなるか。……健全な男子高校生には途轍もなく目に毒な光景が展開されるうえに、距離が近く結構くるものがあるのだ。
しかもスタイルのいい子が多いこと多いこと。パッと見だけでも殆どの子のボディラインに乱れがない。
これはISに関わる、もっと言えば操縦者には外見の良さにも気を使わなければならないからでもある。
これにはちょっとした理由があり、IS操縦者には国や企業の広告塔的な意味合いが含まれる為だ。
イメージ戦略とでも言えば良いのか、“見るものに与える心理的影響”をも考慮されて選ばれるそうな。
たとえば織斑先生が世界的に有名で人気があるのも、勿論その強さもあるがその美しさ(言ってて恥ずかしくはあるが、キツイ系の美人であるのは確か)もその一因なのだ。
実際、IS操縦者でモデルや女優業のほうがメインになっているという、ある意味本末転倒なんじゃないかと言いたくなる人達もいるのだ。あまり芸能関係は詳しくない俺でもミーア・姫華やスチュアート姉妹など、すぐに二、三人は思いつく。
そういうこともあり、IS操縦者には、心・技・体・美の四つという、とてつもなく高いハードルを越える実力が必要とされる。
翻って、このIS学園にはその原石となる女の子が世界中から集うのだから色々察してほしい。
「……なあ、織斑。今気付いたんだが」
「どうした?」
「ISスーツで授業を受けるって事はさ」
「ああ」
俺はゆっくりと、しかしはっきりと言葉を放つ。
「先生達もISスーツ姿で授業をするってことだよな?」
『!?』
俺達の会話が聞こえていたのだろう。織斑も含め、周囲の女子達が一斉にこちらに振り向く。
軽く驚きはしたがそれを表に出さす、極めて冷静に言葉を続ける。
「そうだ、どちらも方向性は違えど十二分にモデルとしても通用するあの二人だぞ。色々耐えられるのかお前」
俺の言葉に結構な数の女子達が自分の身体を見下ろして表情を暗くした。
……いや君らも結構スタイル良いし、美少女ばかりだからね?
IS学園の入学基準に美少女偏差値とかあるじゃないかと疑うくらいには、そもそもの平均値が高いのだこの学園は。
「…………」
そんな中、織斑だけが何も語らず、動きもなかった。どうやら何かを考えているようだが。
「で、何を想像してるんですかねえ、織斑さんよ?」
「え? あ、いや、なんでもない。なんでもないぞ!?」
その反応に、うんうんと頷き俺は織斑の肩を叩いてやる。男の子だもんな仕方ないよな。
「やめろよ!? そういう全部分かってますよ的な反応!」
ははは、からかうと面白いなやっぱり。けど程々にしとかないとすぐにやりすぎてしまいそうになる。何事も度が過ぎてはいけない。
「む。一夏、よからぬことを考えていたのか!?」
「いけませんわよ一夏さん。そんなこと考えては。ど、どうせならば、ワタクシの完璧なボディを目に焼き付けてくださいませ!」
「な、何を言うんだセシリア! ええい、一夏もじろじろ見てるんじゃない!!」
「や、やめろって箒! ぐふっ!?」
織斑達は今日も平常運転だなーと、遠い目をしながら思う。なんかもう、一生やってろって感じ? まあ、見てる分には平和で何よりだが。
「それで、君はどっちが好みなの? 大きいほう? 小さいほう?」
「ふむ。無いよりはあったほうが良いが、だからってそれで全てが決まるわけでもなし。ただ、それでもそれのみで言わせてもらえれば掌大くらいは最低限欲しいとは思う」
「へえ、そうなんだ。やっぱり男の子ってそういうものなんだね」
「………………」
背後から隣の席のステキナオンナノコの声がプレッシャー込みで質問を飛ばしてきたから答えたが、振り向く勇気は俺には無かった。
……いや大丈夫だって! 俺の記憶通りならそこそこあるって。制服の上からでも出てるのは分かるんだから最低基準は確実に突破してるって! だからそんな殺気とも怒気ともつかない怪しい雰囲気はしまってください。
などと、しょうもないことをやっている俺達に二種類の声が届いた。
「まったく、何をやっている。もう授業の時間だぞ」
「皆さん、ちゃんと整列してくださいね?」
勿論声の主はIS実技の担当教師である織斑先生と山田先生である。
山田先生は女子達と同じくISインナースーツ姿であり、若干身長は低いながらもメリハリの利いたボディラインととてもふくよかな胸部装甲に思わず、
「でけぇ」
と口を押さえつつも呟いてしまう程で、大変眼福モノでした。
しかしその呟きを一部(特に慎ましい方々)の生徒に聞かれてしまったらしく、白い目で見られたが男なんてそんなもんであるからして、許してくださいマジスンマセン。
ただ、ここで問題が一つ。
それは織斑先生の格好だ。なんと長袖の白ジャージ姿だったのである。
『なんでだよ!?』
あまりにもの衝撃に織斑と一緒にツッコミを入れてしまった。
……えー、なんでだよ。そこは山田先生と一緒にISスーツ姿じゃないのかよ。俺もちょっと以上に期待してたんだが、なにこのがっかり感。
織斑なんてあまりの衝撃に白目剥いて茫然自失していた。大丈夫かこれ。
そんな俺達に、容赦なく織斑先生によるお得意の出席簿アタックが飛んできた。お陰で織斑は現実に帰ってこれたようだが、何故俺だけ平面打ちではなく角打ちで叩きに来るのか。
「ちょっ、あぶなっ!? それ、洒落になってませんよ織斑先生!!」
空気抵抗が減った分、速度の上がった一撃を辛うじて避けて抗議する。
「お前がいつも避けるからだ」
「ひでぇ!?」
織斑先生の中で俺の扱いがどうなってるのか問い質したくはあるが、このままだといつまでたってもぐだぐだが終わらないので黙っておく。
「さて、これから実際にISに触れるわけだが、注意事項は頭に叩き込んだな? 覚えてない、もしくはそう取れる言動が見られた場合は即刻見学させるからそのつもりでいろ、良いな?」
『はい!』
織斑先生の確認に一斉に答える生徒達。
そんな気合の入った返事と共に授業が始まった。
一歩引いた織斑先生に促されて、山田先生が変わりに前に出て説明を始める。
「それではまず最初に授業で使うISについて、復習の意味も込めて軽く説明しますね」
そう言って山田先生は俺達に見えるように、前に並んで鎮座するISに振り向く。
「右にある機体は、純国産第二世代近接格闘型IS『打鉄』です。基本装備は大小の近接ブレード『葵』と『桐』。他にもアサルトライフルの『焔備』もありますね」
銀灰色の鎧武者風の機体だ。
女性が扱うことが前提のISにとっては珍しく、無骨という言葉が良く似合う。
大型のスカートアーマーをはじめ、両肩部に非固定浮遊型方式で搭載されている大型シールドが特にそう思わせる要因だ。
見た目通り、防御力に物を言わせて近接戦を得意とするパワーファイターである。
更に第二世代ISとしてもソフトウェア周りの汎用性が高いらしく、様々な武装を装備しても問題が無い為、よくテストベッド用として使われるようだ。
「そしてこちらが、フランス製第二世代全距離射撃型IS『ラファール・リヴァイヴ』です。汎用性と機動力の高さ、それに拡張領域が全第二世代ISの中で最大で多くの武装を格納できる故の高い継戦能力が特徴ですね」
変わってこちらは明度を押さえた緑色の機体だ。打鉄と比べ、線の細い印象を受ける分、説明通り機動力が高そうである。
「では早速搭乗訓練に入るのですが、打鉄とラファールを各三機ずつ用意していますので、このまま六グループに分かれてもらいます。ですがここではちょっと狭いので、最初に搭乗した人はそのままアリーナまで降りてください」
元々六列十人で整列していた俺達はそのまま縦列で別れ、グループを組む。
どのグループも誰が最初に乗るか軽く話し合いがあったのだが、織斑先生の、
「誰が最初だろうが同じだ! 後で全員乗るのだからな、さっさとしろ!」
との仰せがあり、
「じゃ、じゃあ君で! 早く早く!!」
と、都下に押し切られる形で俺が最初に乗ることが決まった。
他のグループも随時決まって前に出てくるが、その中に織斑とオルコット嬢の姿は無い。
この二人はすでに専用機があるため辞退したのか、聞こえてきた会話から察するに最初から選考に入っていないようだった。
そんな訳で入学試験以来の、検査以外での初の搭乗である。
搭乗機は深緑の機体、ラファール・リヴァイヴだ。
駐機姿勢のラファールに苦も無く登り、まずはズボンを穿くように脚部に足を入れる。
次に開いた胴体部に身体を預け、袖を通すように腕部も装着する。
「今、服を着るようにISを装着しましたね? ISの胴体部分は先の授業でも習ったようにアウタースーツとも言って、IS本体から分離可能になっています。万が一ISが動かなくなったらアウタースーツにある緊急着脱機能を使ってくださいね」
山田先生の説明を聞きつつISに完全に身を任せると、開いていた胴体部が自動でこちらの身体を包む。
一瞬、軽い圧迫感があるが、瞬時にアウタースーツのセンサーがこちらの身体の形状を計測しアジャスト、最適なサイズに調整される。
そして眼前にホロウィンドウが展開。チェック項目などのメッセージが高速スクロールし、最後に『起動完了』のテキストが表示され、内部の機械が上げる低いうなり声と共にISが動き出す。
女子達から湧き上がる驚嘆の声。慣れないうちはこういう反応になるのも無理からぬ話である。
歓声を背にIS六機プラス二機はピットの発着場から飛び立つ。
そのうちの数機が空中制御が上手く出来きず織斑が助けに入り、オルコット嬢がそれを悔しそうに見ていた。
「やめとけよー。この中で一番の実力者がなにやってんだって話になるから」
「わかってますわ」
ホントかね。なら今すぐにでもハンカチ噛みそうな顔すんのやめろよ。
因みに他の生徒達と教員二名は、ピット内にある搬入用エレベータを使って降りてくるので暫く時間がかかる。
「ちょっとISのことで訊きたいことがあるんだけどさ」
「なんでしょう?」
なので、ISの事をよく知っている筈のオルコット嬢に少し質問してみた。
「ISに機能不全があるときってどうやって直せばいいんだ?」
「……? 質問の意味が分かりませんが、とりあえずは自動修復に任せば良いのでは?」
「いや、ダメージがあるとかじゃなくて、そもそもその機能が働いてないときにさ」
「破損じゃなくて故障の場合ですか?」
「そう」
彼女は唇に立てた人差し指を当てて、うーんと考えた後、
「それはもうハードウェアかソフトウェアの問題になると思うので、専門の方に診てもらうか、メーカーに出すしかないのではないでしょうか?」
「やっぱそうなるよなー」
半ば予想していた通りの答えに、俺は天を仰ぐ。
「どうかなさいましたの? 何か不備でもおありで?」
「そんなとこ。ちょっと見てほしいんだけど……」
と、悩み相談をしようとしたら、丁度良いタイミングで教員達を先頭に生徒達がアリーナに入ってきた。
「さあ、すぐに始めるぞ! 時間は有限なのだからな」
時間切れか。まあ、普通にしてる分には問題ないからいい、かな?
そんな感じで、ISを用いた初の実習授業は幕を開けた。
特に問題なく授業は進行したが、あえて言うなら織斑の班が奴のラッキースケベ発動と、それに乗じて織斑と仲良くなろうとした女子達の所為で、少し進捗が遅れたくらいだった。
ってか弟の所業に散々慣れているであろう姉のほうは兎も角、山田先生。アンタまで熱っぽい視線向けてどうするんすか。ISのセンサーで全部見えてるですよ、あと自主規制しておくけどその呟きも。考えましょうね、立場。
……だがまぁ、これが俺の知るIS学園の平常運転っちゃ平常運転か。
そんな風にようやくここでの暮らしに慣れてきた俺ではあるが、この時はまだ知る由もなかったんだ。
この後、半月もせずに俺どころか二組全体をも巻き込む、小さな、しかし強烈な台風がやって来ることに。
と、普通ならここで一旦話を区切って仕切り直すところだが、そうは問屋が卸させてくれなかった。
件の台風が転入生という皮を被ってやって来たからだ。
そいつの名は凰鈴音。中国の代表候補生であり、専用機持ちでもある。
小柄な体格だが、ツインテールがよく動くことと溌剌とした表情、そしていかにも子供の時は男子と混じって遊んでましたって雰囲気から、かなり活発そうな少女だ。
奴はある日の放課後、学生寮のラウンジで寛いでいた俺達二組の前に突然現れ、自己紹介の後にこう言い放った。
「ねえ、クラス代表の座、私に譲ってくんない?」
勿論それを聞いた俺達は皆一様に呆気に取られた表情を作る事しかできなかった。
そりゃそうだろう。いきなり現れた相手に自分たちのリーダーの座を譲れと言われたのだから。
気の短い奴なら、何言ってんだお前? と怒るかもしれない。
だが俺達は紳士と淑女の集まり(紳士の数が圧倒的に足りないのは置いといて)だ。
なので大人の対応をさせてもらった。
「……そうか。詳しく話を聞こうか」
テーブルに両肘をつき、指を組ませたゲンドウポーズでそう返した。
「へえ、随分と余裕じゃない。やっぱりアンタがクラス代表なの? 二人目さん」
「いいや? クラス代表はそこにいる菊池という者が務めている」
うぇ、私!? と驚きながら自分を指さす菊池。
……あのな? 今クラス代表について話してるんだから話振られるの分かってるでしょ? なんで当事者が静観決め込もうとしてんのさ。
「ふぅん? あまり強そうには見えないわね……」
「そ、そりゃ、実際代表候補でも、ましてや専用機持ちでもないからね私!?」
「……え?」
「え、え~と?」
どういうこと? と疑問符を浮かべる凰と、その姿を見て更に困惑する菊池。
「なんで素人がクラス代表やってんのよ。このクラスには代表候補すらいない訳?」
何故か俺へ勢いよく振り返り凰は言う。
「何人かいるが?」
事も無げに返しつつ確認を取ると、五人ほど手を挙げた。もう少しいたと思ったけどそうでもなかったか。
IS保有国で、同学年で、同じクラスになるという確率を考えるとこんなもんか?
それを考えると一組が代表候補以外全員日本人なのは、織斑のIS所属国(国籍ではなくIS関係の所属という意味で。因みに俺達二人ともまだ決まってない)を日本にしたいっていう思惑が見え隠れする気がするのは、深読みしすぎか。
その分、二組がバラエティに富んでいて、十ヶ国以上も国籍がバラバラなのが物凄い。
「はぁ? アンタ達それでいいの? 代表候補のプライドとかないの?」
心底訳が分からないといった感じで凰が問いかける。
実はその辺に関して、一悶着なかったと言えば嘘になる。まあ、アレで決定したとあってはね。あの時はノリと勢いで押し切ったけど、そりゃ不満も出る訳で。
しかしそこは口八丁で乗り切りましたよ。語ると確実に一晩はかかるから詳細は省くが、説得の要点は二つ。
一つ、俺達全員ひよっこ(織斑千冬談)なのだから誰がやろうと同じだということ。
二つ、素人の菊池を鍛えモデルケースとし、二組全体の能力の底上げを図る。
勿論、二つ目が主な理由だ。
あと個人的に言えばジャイアントキリングが見たいってのもある。
格下が格上をブッ飛ばすなんて面白いじゃあないか。
それなら俺でもいいのではってなるかもしれないが、どうしても『男だから』というのがついて回るから避けたかったのだ。
ということを凰に説明すると、
「成程ね、一応考えてはいるのね」
こちらの考えは分かって貰えたようだ。これで一安し……、
「けど、それでも譲ってもらうわよ。駄目なら奪ってやるわ!」
「…………」
納得はして貰えなかったようだ。
もうこれどうすんだよ? という表情で凰を指さしつつ二組の皆に意見を伺う。
「駄目だよ、人を指さしちゃ」
「ア、ハイ」
都下に注意され手を下すも、俺の目は死んだままだった。
話は通じてるようではあるが、完全に無視されてる。どうしても我を押し通したいようだ。
……お願いだから、折角纏まった話を混ぜっ返さないでくれ。
それにこの調子で話を続けても双方の主張はずっと平行線のままな気がするが、多分間違いないだろう。
どうしたもんかと、頭を悩ませていると、
「菊池、だっけ? なんならこの子とクラス代表を賭けて勝負してもいいわよ?」
……あ、まずい。
「それでいいんじゃ、あいたっ!?」
「おいおいおいおい、それじゃお前が有利すぎるだろ。さっきも言ったが菊池は素人なんだぜ?」
凰の意見に同意しかけた菊池をテーブルの下で黙らせ(蹴っ飛ばし)た。
痛がる菊池をこちらに招き寄せ、俺は凰に聞こえないように文句を言った。
「おいこら、なに流されそうになってんだよ」
「だって、やっぱり私じゃ力不足だよクラス代表なんて」
「良いんだよそれで。寧ろ最初は実力がないくらいで丁度良いんだよ。大体クラス代表なんて普通の学校の委員長とかと一緒で雑用みたいなもんだろ? そこまで心配することねぇって」
「あ、やっぱりそれが本音!? 私に押し付けたって事? 酷くない?」
……知りません。それにスピードで勝負した時も決して手を抜いたりはしてませんよ? 勝ったら勝ったで、先の理由で辞退しようとは思っていたけど。
勿論そんなことは口には出せないので、口笛を吹いて誤魔化す。
「何これ見よがしに内緒話してんのよアンタ達。それで、譲るの? 譲らないの?」
このままでは凰に代表の座を渡さないといけない流れになりそうだ。俺や他のクラスメイトは兎も角、現クラス代表の菊池がこの調子ではすぐに明け渡してしまいそうだ。
簡単にそんなことをされれば、クラス全員を説得した俺の苦労はどうなる。ホラ、気付けばカーティス女史が半眼でこちらを睨んでるし。説得するの結構苦労したんだからな。
ともかくどうする。このままこちらの意見を受け入れてもらうのは難しそうだ。こうなったら押して無理なら引いてみろ作戦で行くか。
「そもそもさ、なんでクラス代表になりたいんだよ? 転入して初授業より前にこんなこと言い出すなんて、よっぽどの理由があるんだろ?」
こちらの意見が通らないんなら、向こうの理由を潰してしまおうという考えである。
こちらが立たないのであれば、あちらを引っ込めるしか方法がないのだ。
その為にはまず、凰の動機を知らなければと思って聞いたんだが、
「ぐっ、そ、それは」
何故か凰は言葉に詰まってしまっていた。
頬を染め、手をバタバタと振る姿は、何か恥ずかしいことを誤魔化そうとしているかのよう。
「あー、なんか知らないが、訊いちゃまずいことか?」
「い、いやそうじゃない……そうだけど、そうじゃないっていうか……」
さっきまでの威勢はどこへやら。この挙動不審な態度、どこかで見たことがあるような気がする。そう、まるで、アニメなどで恋をしたヒロインがそのことについて訊かれた時のような……。
……マジで?
もしそうなら可能性があるのは、今まで面識のなかった俺ではなく、
「織斑か?」
訊いた瞬間、凰は顔全体を赤くして、大量の汗をかきだした。
「そ、そそ、そんな訳ないでしょ!? 変なこと言わないでよね。一夏と私はそんな仲じゃないわよ!」
図星だこれ。一夏と呼び捨てにしている辺り、お互い仲は良かったようだ。
「墓穴掘ってんじゃねえか。ハァ。……皆、後はお願いするわ」
「オッケー任せて」
「え? なに、ちょ」
二組のコイバナが大好きな連中に、両腕をそれぞれ取られて食堂の隅までドナドナされていく凰中国代表候補生さん。
このまま根掘り葉掘り、一から十まで全部吐かない限り解放されないんだろうな。お気の毒様。合掌。
そんな様子を眺めた俺は一気に疲れが襲ってきて、机に突っ伏してしまう。
「これさー、俺、出る幕なかったよな?」
「そう言わずに。お疲れ様」
言いながら手でこちらを扇いでくれる都下。ありがとうございます。
「しかし何故あそこまで断ろうとした? お前からすればクラス代表なんて誰でも良かったんだろ?」
「うーん? まあそうなんだけど。けどさ」
「?」
首を傾げるカーティス女史。その様子に内心で苦笑しつつ、
「折角なんとなくとはいえ、クラスが上手くいってたじゃん? それを後からやってきていきなりあんなこと言い出したら、後で困るのアイツだろう? そーいうの嫌なんだよね、俺」
話を拗らせる前に終わらせれば、そんなに根が深くなることもないだろう。そう思っての行動だった訳だ。座右の銘は日々平穏、ですので。
「へえ、初対面の女の子のためにそこまで考えてあげるんだ。へえ」
「そんなんじゃねぇし。含みのある言い方しないでもらえます?」
理由は分からないけど、都下さんがちょっと怖いです。
その後、織斑との関係を全て白状させられた凰(三時間拘束)は、まるで幽鬼のような足取りで自分の部屋に戻っていった。
夕食食べてもまだやってたから、風呂に入った後に様子を見てきたらそれでもまだやっていて、呆れというか、感心というか、そんな感情を抱いたが、見る度にやつれた顔になっていく凰はちょっと面白かった。あの様子であれば二組の連中に溶け込むのもすぐだろう。
しかしそうやって聞き出された話と、公表されているプロフィールとを合わせると、アイツの半生大体わかるのではなかろうか。恐ろしい話である。
とりあえずこのことは織斑には秘密にしておこうと思う。その方が面白そうだし。
そして次の日。
前日の暴露会にもめげずに朝っぱらから一組の教室へ突撃した凰は大見得を切るも、やはり知り合いだった織斑先生に物理的に注意され、何とも情けない体たらくで二組の教室へと退散してきた。
「そんじゃもう知ってると思うけど、最初に転入生紹介するでー。入ってきー」
時間ギリギリにやってきたナナコ先生は昨日の事とついさっきあったことを知らないので、ごく普通に転入生の紹介をするが、それが笑いを誘うのは仕方ないことだ。
凰もその空気に気付いているのか、とても恥ずかしそうに自己紹介をしていたが、これは我慢しても耐えられるものではない。
「く、くく……」
「ぷふっ!」
「ツ、…………ッ!」(←限界を超えて息が出来ない)
皆、凰から目線を逸らして肩を震わせていたが無理もない。
「どうしたんや、早速いじめか? 感心せんよ。君も辛いんなら正直に言うんやで。センセー、ビシッと皆叱ってやるさかいな?」
ナナコ先生、今その優しさは凰を更に追い込むだけであると同時に、俺らの我慢の限界を容易く破るものです。
腹筋崩壊。
「わ、笑うな! 笑うなああああああああああああ!!」
涙目少女の虚しい叫びが教室に響いた。
だって実際なら一悶着あって当然でしょ?
原作はどうやって二組代表問題とその後の関係を解決したんだろと疑問に思ってたので。