【本編完結】君へ捧げる物語~北宇治高校文芸同好会へようこそ~ 作:小林司
そんなわけで、今日も防音室を利用する時間がやって来た。
18時少し前、部室の扉が叩かれる。
「失礼します。防音室借りるよ」
そう言って男子部員が入ってきた。
「はい。どうぞ」
トロンボーンを持った二人組。確か名前は……。
「
俺が予約管理表を眺めていることに気づいたのか、野間先輩からそう言われた。
野間秀人先輩と白沢タカヒロ先輩か……。
「20分ですよ。次も詰まってますから時間は守ってくださいね」
「はーい」
二人は防音室のあるカーテンの向こうへ入っていく。
20分毎に人の出入りがあるのは対応が面倒ではあるが、逆にその20分間は自分のことに集中できる。
貴重な20分(?)、パソコンに向かって集中する。
扉が叩かれる。
もう20分経つのか……。
「失礼します。防音室を借りに来ました」
「ちょっと早いから、待たせてもらうね」
堀田先輩ともう一人女子部員が現れた。二年生か。
時計を確認すると、10分も早い。
まあ、防音室の予約時間までの待ち時間、音出しは出来ないのだから、待つのも大変なのだろう……。
因みに、パソコンの時計が狂ってるので、この件を理由にして吹奏楽部に卓上時計を買って貰った。ラッキー。
「はじめまして。吹奏楽部の
初めて見る顔だと思ったら、やはりそのようで自己紹介される。
「あ、文芸同好会の金山はるか です」
俺も自己紹介。
「は、はるか……?」
反応はいつも通りだ。
「そう。はるか だよ」
堀田先輩はいつも、何故か得意げ。
「どう? 物語はかどってる?」
……先輩には、建て前で発行する冊子の話をしてあるんだっけ。
「まあ、何とか。頑張っています」
「ごめんね。忙しいのに、防音室の管理任せちゃって……」
「大丈夫ですよ。堀田先輩の頼みごとを断る人なんていませんよ。ね?」
多屋先輩の方へ振ると、彼女も同意見らしく何度か頷いた。
「予約管理は問題ない?」
「はい。最初の頃はばたつきましたけど、4日もやれば慣れます」
最初の数日はバタバタだった。
俺も吹奏楽部も初めてのことだし、ルールも中途半端だった。
何より部員の顔と名前が一致しない。
今でも一致していない人の方が多いけど。
一応、予約を前日までに決めてもらって、その管理表を両者が持つことと、利用時に名前を確認することで、何とか運用できるようになった。
「サンフェスまで残り2日だからね。みんなピリピリしてるよ。今日も時間ギリギリまで予約入ってるでしょ?」
だいたい毎日19時半には学校が閉鎖されるので、予約は1日4組まで。
「埋まってますね……」
「クラは4人で使うからね……。私たちユーフォは2人が限界かな」
部屋が狭いので、楽器によって一度に使える人数
が変わる。
「サンフェスが終わればオーディションだね。滝先生凄い人だから、油断できないよ?」
「はい。頑張ってます」
オーディション?
「オーディションですか?」
「うん。コンクールに出れる人数は限られるからね。去年もオーディションやったから、今年もやると思うけどね」
「松本先生曰く、滝先生は前に居たときもオーディションやってたみたいです。ソロパートのことで揉めたこともあったとか」
「頑張らないとね」
カーテンの向こう側から、野間先輩たちが出てきた。
「あ、堀田さん。お待たせしました」
「お疲れさま。もう帰る?」
「はい。先に帰ります」
「気を付けてね」
堀田先輩と多屋先輩がカーテンの向こう側へ、野間先輩と白沢先輩が部室の外へ、それぞれ姿を消す。
さてと。
集中集中……。
しかし、
先生が放課後にこの部屋にいなかったことは、今までに一度も無い。
必ず鍵が開いていて、先生がいるのに、今日は鍵が開いていなかった。
帰ったわけでも無さそうなので、どこかにいるのだろう……。
扉が叩かれる。
ん? 堀田先輩たちが出るまでまだ5分残っているが、もう次の人が来たのか?
「お疲れさま」
園田先生だった。
「先生、どこ行っていたんですか?」
俺の問いかけに、先生が答えようとしたとき、扉が再び叩かれた。
「失礼します」
「防音室をお借りします」
「失礼します……」
以下、トランペットパート三人。
そういえば、そろそろ交代の時間だっけ。
「ありゃ、園田先生だ。って、この部屋の主だもんね」
仲良いな。そうだ、昨年まで吹奏楽部の顧問だったんだ。
「この部屋の主は金山くんよ」
俺?
「
例の件?
「ああ、だから今日の練習に滝先生来てなかったんだ。
話についていけないんだけど?
「あ、金山くん、明後日よろしくね」
「何の話ですか? ついていけてませんよ」
明後日。確か、園田先生に予定の有無を聞かれている日。
サンフェス当日……。
まさか……?
「園田先生何も話してないの?」
「ごめんね。金山くんには、サンフェス当日の朝、楽器運搬係のお手伝いをお願いしたいのよ」
楽器運搬だって?
読んで字の
力仕事だろうな。
「朝何時からですか?」
「お、引き受けてくれるの?」
意外だったか?
「どうせ俺に拒否権無いんでしょう? 家近いから多少の早起きは問題ないですから」
この約1ヶ月で、俺の家の場所は、吹奏楽部の上層部にバレている。
「流石金山くん。頼りになるね」
頼らないでくださいね、加納先輩。
「それじゃあ土曜日の朝、6時に学校ね。6時半にはトラックが到着するから、到着次第トラックに搬入。それまでに、音楽室から運び出すから」
「分かりました。明後日6時ですね」
いつも通りの時間に来れば問題ない。
「ありがとうございました」
堀田先輩たちが出てきた。
交代の時間か。
「沙也お待たせ」
加納先輩に気づく。
「あやち、例の件大丈夫だって」
「マジで! はるかありがとう!」
『例の件』で通じるのかよ……。
「それじゃあ、先帰ります」
そう言って
入れ替わりに、加納先輩たちが入ってゆく。
堀田先輩はここに残っている。
色々なやり取りで時間をとられてしまった分、集中する。
息抜きに顔を上げると、園田先生は読書をしていて、堀田先輩は楽譜を眺めていた。
難しそうな顔をして、メロディーに合わせているのか、手が動いている。
今日はもう音出しできないから、残された練習時間は明日のみ。
先月、音楽室に顔を出したとき、黒板には大きく『全国大会金賞』と書かれていた。
部活の度に書き直しているのかと思ったが、黒板は二段式で、使う音楽教師が3人だけなので、書いたままにしているらしい。
音楽の授業の時、二段式の黒板が、真ん中の位置で不自然に止めてあったのは、それを隠していたからなんだ……。
因みに、俺のクラスの音楽担当は滝先生で、女子からは絶大な人気がある。
しかし、それはあの先生の正体を知らない人……。
『粘着イケメン悪魔』を知っている吹奏楽部員は、少なくとも真逆の印象だろう。