【本編完結】君へ捧げる物語~北宇治高校文芸同好会へようこそ~ 作:小林司
ん?
部室の前に誰か居る。
防音室か……こんな時間から?
それに、室内に先生が居るならば、外で待つのも不自然。居ない?
鍵を借りに引き返そうと思ったが、部屋の前に居るのが誰か分かり、そのまま向かう。
「お。来た来た」
「何してるんですか? 滝野先生」
「加納に呼ばれた」
「私が呼んだ」
「加納先輩も、こんな所で何してるんですか?」
部室の前に立っていたのは、滝野先生と加納先輩だ。話しぶりからして、俺を待っていたらしい。
滝野先生の手には、電動ドライバー……。
ふと扉の方を見ると、部室の扉の横に、看板のようなものがぶら下げられているのに気づいた。昨日まで無かったぞ。
「何ですか、これ?」
「書いてあるとおり、『
加納先輩はさも当たり前のように言い放つ。
ホームセンターで売っている、大きいプラスチックの板に、『
その『黄前』の部分に取消線が引かれ、横に『金山』と書いてある。
「相談所が何かも気になりますけど、この『黄前』って誰ですか?」
再利用なのか、使い回しなのか……。
「知らない。音楽準備室の片隅に置いてあったから、使えると思って」
「滝野先生、何か知ってるんですか?」
先生は隣で俺たちのやり取りを笑って見ている。
「さて?」
何か隠してる。
「そういえば、一つ下の後輩に黄前って名前の奴がいたな……」
「知ってるんですね?」
「いやいや、俺接点無かったし。名前覚えてるだけだよ」
これは本当だろう。
この間、傘木さんが言っていたことから察した。
「ところで。相談所って何をすれば良いんですか?」
こうなったら乗りかかった船だ。今更降りる気にはなれない。
相当な無茶振りでなければ、頼まれたことは引き受けよう……。
「基本、今まで通りで大丈夫だよ。防音室を貸してもらうのと、大会の時の楽器運搬とか?」
とか、って。そう
「それと、今回みたいにテスト前に勉強手伝ってもらったり。場所貸してもらうのも含めて」
まあ、今と大して変わらないか。
「分かりました。改めてまして、これからもよろしくお願いしますね」
「こちらこそ。頑張って全国行ってくるからね」
流石北宇治の部長。頼もしいな……。
さて。それでは俺が考えていることを、この部長さんにお話するとしますか。
「加納先輩、実は折り入って相談があるんですが……」
サンライズフェスティバルが終わっても、文芸同好会の部室である
コンクールのオーディションが近いため、吹奏楽部が使っているからだ。
今までは、音出しが出来なくなる18時から予約を受けていたが、個人練に使いたい人もいるため、20分前倒しした。
また、日没が遅くなっていることから、学校から19時40分までの使用許可が出たので、1日6件まで受け付けている。
今日もその時間がやって来た……。
「失礼します。防音室借りますよ」
「失礼します。
18時少し前、
「はい。えっと、もうじき
今日は最初に堀田先輩が予約している。
「そっか。明日はあがた祭りだから合奏練習だけなんで、自主練してるんだよ。先輩は」
あがた祭り? あ、もうそんな時期か。
「
あがた祭りか。
去年はゆうきが熱だしたから行ってない。
今年はどうするかな……。
「お待たせ~」
堀田先輩が出てきた。
「お疲れ様です」
「お疲れさん」
入れ替わりに、二人が入ってゆく。
「今日
堀田先輩はまだ部室に残っている。
先生に用があるのか。
「用事があるって、先に帰りました」
俺が来るのを待っていたようで、すぐ飛び出していった。
「そう……」
「どうしました?」
先輩の様子が変だ。
「明日あがた祭りだよね」
さっき話していたのが、聞こえていたのだろうか?
「そのようですね」
俺は言われるまで忘れていたけど。
「行く?」
「まだ未定です。それに、防音室の予約対応があるので、行くとしても遅い時間からですね」
予約表を眺める。明日も予約は一杯だ。
「そんな時間から行っても、遅くなっちゃいますからね……」
「そっか……。だよね」
「どうしました?」
「いや、一緒に行きたいなって、思ってたんだけど。残念」
「一緒に……? 誰とですか?」
「はるかと」
先輩が俺と? マジで……。
「ごめんね。
「あ、明日最後の予約、
「えっ? そ、そっか……。えっ? 沙也が?」
「はい」
『ペット加納』という文字。加納先輩だろう。
その前には『ファゴット
「どうしました?」
本日三度目……。堀田先輩どうしちゃったの?
「ううん。何でもないよ。ごめんね、今日は帰るね」
言うが早い。
慌てるように部室を出て行った。
なんだったんだ?
今日も最後まで予約で一杯。
予約対応を任されているのと、部屋の
先生が残ってくれる日もあるが、
集中して取り組めれば良いんだけど、20分毎に人の出入りがあるからそうもいかない。
流石に毎日こうだと疲れる……。
まあ、頑張ろう。
チャイムが鳴る。
「はい。それじゃあ今日はここまで」
「起立。礼」
「ありがとうございました」
四限目、日本史の授業が終わった。
今日はあがた祭りだ。
あと、五・六限が終われば、殆どの生徒が行くのだろう。
クラスでの話題は殆どがそれだ。
俺は、防音室の予約対応で、行く予定はない。
もし行くとしても、予約が全部片づいてからだから、20時近くなる。
そんな遅い時間から行ってもね……。
と、その前に昼休み。
さて、お昼ご飯の時間だ。
机に弁当箱を広げる。
『生徒の呼び出しをします』
突然、校内放送が流れ出した。
生徒の呼び出し? 誰か悪いことでもしたのだろうか。
『1年2組
って俺? なんで?
クラス中の視線が俺に集まった。
「なにしたの?」
後席の
「いや、心当たりが無いんだけど。まあ、行ってくる」
広げたお弁当を畳み、席を立つ。
なにがあった……?
廊下で、
教室の前を通る度、俺を知っている吹奏楽部の面々が、俺を見ている。
もはや公開処刑じゃないか……。
急ごう。
『職員室』
毎日のように来ているが、普段とは比にならないほど緊張している。
扉に手をかけ、ゆっくり開ける。
「失礼します……」
「あ、来た」
「待ってました」
「は? なんで?」
「金山くん、こっちよ」
先生が呼んでいるので三人が居るところまで歩いてゆく。まさか、呼び出したのこの人たち?
「ごめんね、急に呼び出したりして……。驚いたよね」
「驚いたってレベルではありません……。教室の前を通る度に、吹奏楽部の先輩方から好奇の目で見られましたよ」
「ごめんなさい、はるか」
「い、いや、先輩は悪くないですよ。というか、この場合誰も悪くないと思います」
校内放送で個人が名指しで呼び出されれば、誰であっても注目されてしまうだろう。
人の不幸はなんとか……って言うし。それが不幸とは限らないけど。
「優しいのね、金山くん」
「それより、俺を呼び出した理由はなんですか?」
茶番劇を見せるためではないだろ?
「その件ね。今日の夜、あがた祭りがあるのは知ってるよね」
「はい」
「その関係で、防音室の貸し出しに変更が生じたのよ」
変更……?
「一番最後の
「それと、他の人の予約対応は私がするから、はるかは堀田先輩と加納先輩と一緒にあがた祭り行ってきてね」
は? 何でそうなる。
「どうして菜穂子が予約対応を?」
「副部長だから」
「肩書き与えただけだと思ってましたが?」
「いいじゃん。はるか、祭りに行くことが嫌なの?」
嫌な訳無いでしょう。
吹奏楽部のマドンナに部長ですよ。両手に花。盆と正月が一遍にやって来るのと同じ。
「お姉ちゃんに任せなさ~い」
姉じゃないだろ。
「菜穂子を姉と思ったことはありません」
「酷いなぁ。一度くらいはあるでしょ?」
「妹と思ったことなら」
「もっと酷い」
「面白いね……」
ほれ見ろ。堀田先輩笑ってるよ。
「でも、何で俺が先輩方と?」
「私がはるかと一緒に行きたい、って理由じゃあ駄目かな?」
そんな目で見られたら……。
元々、予約対応の心配が無ければ断るつもりはなかったけど。
「分かりました。一緒に行きましょう」
「じゃあ、京阪宇治駅待ち合わせね」
「はい。承知しました」
京阪宇治駅か。JR宇治駅と間違えないように……。
因みに、京阪宇治駅とJR宇治駅は、宇治川を挟んで徒歩10分の距離がある。
しかし、京阪の駅の上をJRの線路が通っていて、少し変わった位置関係だ。