【本編完結】君へ捧げる物語~北宇治高校文芸同好会へようこそ~   作:小林司

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大変長らくお待たせいたしました。

黄前さんの初登場です。




4-3……伝統行事って本当ですか?

 

京阪宇治(けいはんうじ)駅改札前。

 

中書島(ちゅうしょじま)からの電車が到着する。

 

扉が開き、大勢の人が降りてくるが、その中に堀田先輩の姿はない。

 

「お兄ちゃん、まだなの?」

 

「まだみたいだな……」

 

待ち合わせの時間になっても、堀田(ほりた)先輩は現れず、ゆうきと二人で待ちぼうけ。

 

「もう20分以上待ってるけど」

 

「俺たちが待ち合わせの時間より早く来てるんだ。まだ5分しか過ぎてない」

 

とはいえ、既に5分遅刻。

 

因みに、加納(かのう)先輩は家が平等院の近くなので、宇治橋西詰めで待ち合わせだ。

 

 

「ひょっとして堀田先輩、電車の時間間違えてるんじゃない?」

 

「どういうこと?」

 

「今日土曜日だけど」

 

「あ……」

 

そうだ。今日は土曜日だ。

 

北宇治高校は、毎月第1・第3土曜日は、普通に授業がある。

 

今日は6月第1土曜日。

 

「その可能性あるな……」

 

俺もゆうきに言われるまで忘れてた。

 

「待ち合わせの時間に間に合う電車が、乗って来た奴しか無かったし、ぴったりに着ける電車は今日走ってないし。間違えてるでしょう?」

 

ゆうき詳しいな……。

 

というか、気づいているなら早く言って欲しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

電車が到着し、扉が開く。

 

「お待たせ~」

 

私服の堀田先輩が走ってきた。

 

普段、制服姿の先輩しか知らないから新鮮だ。

 

「ラインしたのに返事がないし、約束の時間に来ないから心配しましたよ」

 

「えっ? ごめん気付かなかった」

 

既読付かないと思ったら、やっぱりそうか。

 

「何かあったんですか?」

 

「ごめんね。土曜日って忘れてて、電車の時間違ったの」

 

それを聞き、ゆうきと顔を見合わせた。

 

「やっぱりそうでしたか。今、妹とそんな話してたんですよ」

 

妹……? そう呟き、俺の隣にいるゆうきに気付く。

 

「あ、いつも兄がお世話になってます。金山(かなやま)ゆうき です」

 

初対面だな。

 

「はじめまして。私は吹奏楽部副部長の堀田彩香(あやか)です。はるか……お兄さんには、いつも助けてもらっています」

 

そう言い先輩が頭を下げる。ん……?

 

「先輩、背中のそれ、何ですか?」

 

「これ? ユーフォニアム」

 

「見れば分かりますよ」

 

「流石」

 

「いやいや、そういう話じゃなくて」

 

それと似たようなものは何度も見ている。

 

中身が知りたいのではなく、持ってきた意味を知りたい。

 

「なんで持ってるんですか?」

 

私服ということは一旦帰宅しているはずだ。

 

学校帰り 楽器を持ったまま。ということではないはず。

 

大吉山(だいきちやま)に登って演奏するの」

 

「「大吉山(だいきちやま)?」」

 

「そう。大吉山(だいきちやま)

 

仏徳山(ぶっとくさん)とも呼ばれ、この駅の南東に位置する。登山道や展望台が整備されており、気軽に登れる山だ。

 

「あがた祭りの夜に、大吉山(だいきちやま)で、誰かが楽器を演奏するの。伝統行事らしいよ」

 

「あ、聞いたことあります。確か、北宇治の誰かが演奏してるって」

 

ゆうきも知ってるのか。有名なんだろう……。

 

待てよ。確か、野間(のま)先輩か(たくみ)がなんか噂があるって言ってたの、これか?

 

「あー、聞いたことあるかもしれません。でも、伝統行事って本当ですか?」

 

「少なくとも十数年前から続いてるらしいよ」

 

伝統行事にしては短くないか? でも、十年続いているなら凄いか……。

 

沙也(さや)と登って演奏するのよ」

 

「それ、俺たち行く必要ありますか?」

 

祭りに来たつもりなのに、山に登って演奏を聞くって誰特案件だろう……。

 

「もちろん、お祭り見てからだよ。終わりまで居る訳じゃないでしょ?」

 

まあ確かに。

 

遅い出店は22時頃まで営業するが、高校生が出歩いて良い時間を過ぎてしまう。

 

「とりあえず、沙也と合流しましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

堀田先輩とゆうきと三人で、宇治橋を渡る。

 

「ゆうきちゃんは陸上部なのね」

 

「はい。なので、体力には自信があります」

 

長距離選手ゆえ、本当に体力というか持久力がある。

 

「進路は決めてるの? まだ二年生だったね……」

 

「一応、私も兄と同じこと考えてますよ」

 

俺と?

 

「お前、北宇治行くのか?」

 

「いいじゃん。近いし、一年だけお兄ちゃんと一緒だし」

 

「進路はそうやって決めるもんでもないだろう」

 

「それ、はるかが言うの?」

 

う……。反論できない。

 

あれ?

 

「その話、堀田先輩にしましたっけ?」

 

「どの話?」

 

「俺が、近いって理由で北宇治に進学した話」

 

記憶に無いんだけど。

 

「ああ、紅葉(くれは)ちゃんから聞いたの」

 

あー。あの失言魔か……。

 

「他にも色んな話聞いたよ。給食事件とか、放送事故とか……」

 

「勘弁してください!」

 

お喋りめ! あーあ、ゆうきにも笑われてる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あともう少しで橋を渡り終える……というところで、左前方の木の下に設置されているベンチに、誰かが座っているのが視界に入った。

 

見覚えのある髪型。しかし、見たことの無い服装……。

 

「あ、あやち。金山くんに……どちら様?」

 

なんと、加納先輩だ。

 

俺たちに気づくと立ち上がった。

 

「お待たせ。この子は、はるかの妹。ゆうきちゃん」

 

「は、はじめまして……」

 

ゆうきがかなり緊張している。

 

「吹奏楽部部長の加納 沙也です。よろしくね」

 

「どうしたの金山くん?」

 

「いや……余りにも美しくて言葉が出ませんでした」

 

白のワンピース。

 

いつもどおりのポニーテール。

 

俺の知っている加納先輩は、ここまで美しい人だったのか……。

 

「今なんか失礼なこと考えてなかった?」

 

「いや、別に」

 

事実だし……。失礼には当たらないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

出店を幾つか回り、食べ物を買ったり遊んだり、それなりにお祭りを堪能した。

 

一時間くらい回っただろうか。

 

俺たちは今、大吉山(だいきちやま)の登山道を登っている。

 

「先輩、ユーフォ重くありませんか? 俺持ちますよ」

 

登り始めてすぐに、堀田(ほりた)先輩の息が上がってきた。

 

ユーフォニアムは低音楽器だから大きい。当然大きければ、その分重い。

 

「いいの? 重いけど」

 

俺が堀田先輩からユーフォを受け取ろうとしたら、先にゆうきに持って行かれた。

 

「重いと思うよ。私がユーフォ持つから、お兄ちゃんは加納先輩のペット持って」

 

はいはい……。

 

加納先輩に手を差し出す。

 

「落としたりぶつけたりしたら、死刑だからね?」

 

そう言いながらペットを差し出してくる。

 

いや、先輩怖いって。

 

言われなくても承知しております……。

 

「さ、行きましょう」

 

 

 

堀田先輩のユーフォをゆうきが、加納先輩のペットを俺が持ち、登山道を登っている。

 

トランペットは思っていたより重かった。

 

もちろん、ユーフォニアムの方が重いはずだが、ゆうきは軽々と持っている。力自慢なだけある。

 

「ゆうきちゃん凄いんだね」

 

堀田先輩は、今は楽器を持っていないのに、息を切らしている。

 

吹奏楽部は文化部、というより運動部といった方が良いほどハードだ。ある程度体力がないと務まらないはず。

 

なのに、俺より先に息切れか……。

 

連日の練習に加え、副部長としての仕事もあるだろうから、疲れも溜まっているのだろうか。

 

お祭りではしゃいだから? それはない。

 

はしゃいでいたのは、ゆうきと加納先輩の方だ。

 

「少し休もうか」

 

「賛成」

 

流石に限界が来たらしく、加納先輩と堀田先輩が途中のベンチに腰掛けた。

 

「じゃあ、俺も一緒に休憩しますよ」

 

俺もベンチに腰掛ける。

 

女子二人を置いて先に行くわけにもいかないし。

 

トランペットを膝の上に載せる。

 

「でも、ゆうきちゃん先に行っちゃったよ……」

 

もう視界にゆうきの姿はない。体力と足の速さだけが自慢だからな。

 

「まあ、あいつは一人でも大丈夫でしょう」

 

携帯のGPSも、一応防犯ブザーも持ってる。

 

 

 

 

 

少し休憩して、展望台を目指す。

 

「こんなに距離あったっけ?」

 

「久し振りだから忘れた。去年以来だし」

 

去年?

 

「先輩、毎年来てるんですか?」

 

「まさか。去年は来たけど、その前は来てないよ」

 

それでも去年来てるやん。

 

「私も去年が初めてだったね」

 

あと少しで展望台というところまで歩いて来た。……おや?

 

「これ、ゆうきちゃん?」

 

「まさか。あいつ楽器吹けませんよ?」

 

「でも、こんな下手なペット誰が? 北宇治の人間じゃないよね?」

 

展望台の方から下手くそなトランペットの音色……音色というのも躊躇(ためら)ってしまいそうな音が、聞こえてきている。

 

「そもそも、ゆうきが持っていったの、堀田先輩のユーフォですよ。加納先輩のペットはここにあります」

 

つまり、誰かしら先客がいるということだ。

 

 

 

さらに歩いて行くと、奏者の声がはっきり聞こえてきた。

 

「やっぱり難しいですね~」

 

「でも、初めてでここまで音が出せるなんて、ゆうきちゃん徒者(ただもの)ではないよ」

 

この声、ゆうきと高坂(こうさか)さんか?

 

「陸上部なんだね。高校入ったら吹部に入らない?」

 

「まだそこまでは考えてませんね」

 

「焦ることは良くないからね。ゆっくり考えるといいよ」

 

傘木(かさぎ)さんもいるのか。

 

もう一人は誰だろう?

 

「高坂先生?」

 

「加納さん?」

 

加納先輩と高坂さんが互いに存在に気付く。

 

「みんな揃ってどうしたの?」

 

展望台の東屋には、高坂さんと、フルートを持った傘木さん、トランペットを持っているゆうきと、もう一人女性がいる。

 

まるでセッションのようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほどね。伝統行事になっていたなんて」

 

どうやら、あがた祭りの日に大吉山(だいきちやま)で演奏するのは、高校生の頃に高坂(こうさか)さんが始めたことらしい。

 

ここまで続いているとは思わなかったようだ。

 

「私が久美子と一緒に登ったのが10年以上前なのね。ずっと続いてるんだ……」

 

展望台にいるもう一人の女性は、黄前(おうまえ)久美子さん。

 

北宇治の卒業生で、滝先生の下、全国大会で金賞を取った時の吹奏楽部の部長らしい。

 

「もう10年以上経ったのか……。考えたくないけど」

 

もうすぐ30かぁ……。そう聞こえた。本人は口にしたつもりはなさそうだが、俺には聞こえた。

 

堀田(ほりた)さんだっけ? ユーフォニアム吹いてるんだね」

 

「黄前さんもユーフォニアムを?」

 

「うん。私はずっとユーフォ。好きなの。ユーフォが」

 

○○(楽器名)が好き。吹奏楽にとって、一番大切なことだろう。

 

「私もユーフォが好きです」

 

「それ、堀田さんのマイ楽器なの?」

 

「はい。私のユーフォニアムです」

 

堀田先輩のユーフォ、自分の楽器だったのか……。初めて知った。

 

「マイ楽器のユーフォ持ってる人なかなか居ないよ……。本当に好きなんだね」

 

そう言う彼女は、どこか遠いところを見ているように感じた。

 

「訳あって入手出来たんです。恋人みたいなものですね」

 

ユーフォが恋人か。格好いい……。

 

堀田先輩に惚れている人は多い。

 

しかし、彼女を落とすには、最大の壁が待ち構えているわけだ。

 

ゲーム例えるならラスボス的な……?

 

 

 

 

堀田先輩と黄前さんがすっかり意気投合している横で、加納先輩は傘木(かさぎ)さんとの会話が弾んでいる。

 

「そのフルート、傘木さんのものですか?」

 

「うん。私の。南中の頃からずーっと使ってるものだよ」

 

中学生の頃から自分の楽器を持っているのか……。

 

待てよ。南中の吹奏楽部でフルートを担当するには、自分の楽器を持っていることが条件、って話を聞いたことがある。

 

確か、紅葉(くれは)から聞いたんだっけ。

 

……秋子だったか?

 

「何か聞かせてください!」

 

加納先輩のテンションが普段と違うんだけど。

 

服装も普段と違うから、一見すると別人のようだ。

 

「えっと……どうしよう?」

 

そう言いながら、傘木さんが周りを見渡す。

 

今ここにあるのは、ユーフォニアム・フルート・トランペットが2本。

 

「せっかくだから、加納さんと堀田さんも一緒に演奏しようか」

 

「良いですね! あ、曲どうしますか?」

 

「伝統行事になってるんだから、オーソドックスな曲で良いんじゃないですか?」

 

「私たちしか吹けない曲選んだら、ペット1本余るからね……」

 

「希美先輩、それだとユーフォ、久美子が吹くことになってますけど」

 

「まあまあ。……じゃあ、あの曲にする?」

 

「そうだね」

 

「今日は土曜日ですよ?」

 

「「「今それ言う?」」」

 

四人のやり取り。

 

見ている分には微笑ましい光景だ……。

 

しかし、俺とゆうきは置いてけぼり。

 

まあいいや。いつものことだし慣れている……。

 

 

 

あ、黄前さんもか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

堀田先輩、加納先輩、高坂さん、傘木さんによる演奏、『フライデーナイトファンタジー』。

 

これは主旋律のトランペットの音色が美しい曲で、トランペット奏者に人気の曲らしい。

 

最初は高坂さんの音を加納先輩が追いかけるような形だったのが、途中から二人の音が併走している感じになった。

 

加納先輩の音に合わせていた高坂さんの音、それを優しく包み込む堀田先輩のユーフォニアムと傘木さんのフルート。

 

聞いていて何故だが涙が出てしまった。

 

 

帰りの車中(傘木さんに送っていただいている)では、誰も口を開かない。

 

会話の種が無いわけではないのだが、そういう雰囲気ではない。

 

「あのタイミングで滝先生が来るとはね……」

 

その沈黙を破ったのは傘木さんだった。

 

そう。俺が泣いていた時に、見回りの滝先生と滝野(たきの)先生が現れた。

 

登っている途中から聞こえていたらしく、何を演奏していたのか知っていた。

 

滝先生は、演奏している面子(めんつ)に驚き、俺が泣いていることに気づいて、また驚いていた。

 

「滝先生に泣き顔見られるのにも慣れそうで怖いです……」

 

「慣れることなの? ってか、お兄ちゃんまた人前で泣いたの?」

 

まるで俺が涙脆いような言い方だな。

 

別に頻繁に泣いてるわけじゃない。

 

「はるかって泣き上戸(じょうご)なの?」

 

ほら、先輩が食いついたじゃないか……。

 

「違います! あ、ほら、堀田先輩の家に着きましたよ」

 

車は堀田先輩の家に停まった。しかし、先輩は降りない。

 

「泣き上戸なの?」

 

追求は続いている。

 

答えるまで降りないつもりだろうか? 傘木さんも特に何も言わない。

 

逃げ道はないってことか……。

 

「違います」

 

「お兄ちゃんが泣くのは珍しいです」

 

俺とゆうきが説明すると、堀田先輩は納得ずくのようだが、車を降りていった。

 

 

 

 

 

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