【本編完結】君へ捧げる物語~北宇治高校文芸同好会へようこそ~   作:小林司

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5……必勝祈願
5-1……断じてデートではない


 

俺の嫌な予感は的中しないまま……。

 

というか、あのあと何も起きないまま、6月最終日曜日を迎えた。

 

紅葉(くれは)に、『付き合って欲しい』と言われた日だ。

 

俺は今、JR六地蔵(ろくじぞう)駅の改札前にいる。

 

京阪(けいはん)の駅ではなく、JRの六地蔵駅に9時』と指定された。

 

ここ、六地蔵駅も宇治(うじ)駅のように、JRと京阪の駅が離れている。

 

間違えたら悲惨(ひさん)なことに……というほど離れていない。宇治駅よりは近い。

 

とはいえ、間違えたら大変だ。

 

待ち合わせ10分前に到着しているから、まだ紅葉(くれは)は来ていない。

 

しかし、一体何処(どこ)へ連れて行かれるのだろう……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はるか?」

 

改札内の人の流れを眺めていたら、聞き覚えのある声が背中に掛かった。

 

り、振り向く。

 

「あ、堀田(ほりた)先輩……」

 

自転車に乗った堀田先輩がいた。

 

制服を着ている。学校へ行く途中だろうか。

 

「どうしたの? こんな所までわざわざ」

 

先輩は俺の家の場所を知っている。

 

最寄り駅ではあるが、わざわざ出てくるような場所でもある。

 

「いや、紅葉(くれは)に呼び出されましてね」

 

「えっ? 清水(しみず)さんに? 私も彼女に呼ばれてるんだけど」

 

どういうことだろう……?

 

「駐輪場に自転車置いてくるから待ってて」

 

先輩が自転車を押しながら、駐輪場の方へ向かう。

 

駅舎の移転と共に、狭くなったと不評の駐輪場へ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせ。清水さんは?」

 

「まだ来てませんね。何処へ行くのかも聞いてません」

 

堀田先輩は驚く様子もない。

 

「私も聞いてないね。何処行くか分からなかったら、制服着て来ちゃった」

 

先輩も知らないのか……。

 

「あ、清水さん来たよ」

 

金山(かなやま)くん、堀田先輩、お待たせしました~」

 

指定時刻5分前。

 

言い出しっぺの紅葉(くれは)が到着。

 

紅葉(くれは)、堀田先輩まで呼んだのか……」

 

「うん。やっぱり先輩が居ないと」

 

「ところで、今日は何処へ行くの?」

 

近江神宮(おうみじんぐう)です」

 

近江神宮だって?

 

「やっぱり、大会の必勝祈願をしておきたいので」

 

なるほど。

 

「どうやって行くの?」

 

交通手段のことだろうか?

 

「JRで大津京(おおつきょう)駅まで行って、京阪に乗ります。この方が安いですから」

 

アルバイトが出来ない(そんな時間的余裕はない)吹奏楽部員にとって、金銭面のやりくりは死活問題だろう……。

 

安いルートを調べて行くのは当然といえる。

 

「じゃあ行きましょうか」

 

先輩が先頭になって改札を入って行く。

 

幹事は紅葉(くれは)の筈なんだか……。

 

先輩に続いて俺も改札を通るが、紅葉(くれは)が続かない。

 

「二人とも、待ってください~!」

 

振り向くと、券売機で切符を買うところだった。

 

「ごめん。紅葉(くれは)ICOCA(イコカ)持ってないのか……」

 

俺も堀田先輩もICOCAを持っているから、当たり前のように改札を通ってしまった……。

 

「待ってよ……」

 

遅れて入ってきた紅葉(くれは)に、不機嫌そうに言われてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やって来た京都行きの電車に乗る。

 

終点まで乗るから、乗り過ごす心配はない。

 

「思ったよりも空いてるね」

 

「座れないと思ってました」

 

空いている席を見付け、三人並んで座った。

 

「なぜ俺が真ん中なんですか?」

 

三人分空いている席があって、紅葉(くれは)と先輩が先に両側に座ってしまったため、そこに座るしかなくなっていた。

 

「良いじゃん別に」

 

「はるかは真ん中に決まってるのよ」

 

なにそれ。

 

両手に花じゃないか。吹奏楽部以外の男子に見られたら、命が危ない……。

 

大袈裟だけど。

 

「じゃあ、着いたら起こして」

 

「私も」

 

そう言うなり、二人は俺の肩を枕代わりに寝てしまった。

 

決まってるって、そのためか……!

 

寝るにしたって10分ぐらいだぞ。

 

このあと乗り換える湖西線(こせいせん)も、乗ってるのは同じくらいだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

……このまま一旦、折り返し電車で奈良まで行ってしまおうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「着きましたよ。起きてください……。紅葉(くれは)も起きて」

 

京都駅に到着。

 

京都一の巨大ターミナル駅だ。

 

新幹線に乗れば名古屋・東京・福岡へ、琵琶湖線(びわこせん)に乗れば米原(まいばら)・長浜へ、京都線なら大阪・神戸へ。嵯峨野線(さがのせん)なら、前に堀田(ほりた)先輩と行った嵐山(あらしやま)へ、全て乗り換えなしで行ける。

 

しかし、不思議なことに、俺はこの駅で降りた(改札外へ出た)ことがない。

 

今日もここから湖西線(こせいせん)に乗り換える。

 

「乗り換えです」

 

まだ寝ていたい二人を叩き起こし、駅構内を歩く。

 

日曜日の午前中は、観光客や買い物客で、コンコースは混雑している。

 

はぐれないように気を付けながら、目的のホームを目指す。

 

「ちょっと紅葉(くれは)、そっち違うぞ」

 

紅葉(くれは)が一人別の階段へ向かっていくのを見て、慌てて止める。

 

「えっ? でも、湖西線の先に発車する列車は0番線って出てたよ」

 

特急サンダーバードはね。0番線だけどさ……。

 

「それに乗ったら一気に福井県に連れて行かれるぞ。乗っても良いけど知らないよ」

 

「マジで?」

 

大津京(おおつきょう)なら新快速か普通だ。こっち」

 

湖西線の普通・新快速列車が発着するホームへ向かう。

 

「はるか詳しいんだね。前に嵐山行ったときもそうだったよね。あれ、私一人だったら迷ってたよ」

 

「堀田先輩、金山くんと出掛けたことがあるんですか?」

 

「前に、高坂(こうさか)先生と坂部(さかべ)先生との事前打ち合わせのために、嵐山まで行ったの。あの時もはるかの案内だったからね」

 

「そうなんだ……」

 

紅葉(くれは)の反応怖いんだけど。

 

こっちに寄ってくるし!

 

「堀田先輩とデート。良かったね」

 

ボソッと(ささや)かれた。

 

あれは、断じてデートではない……。

 

 

 

 

『新快速敦賀(つるが)行きです。この先、山科(やましな)、大津京、比叡山(ひえいざん)坂本、堅田(かたた)近江舞子(おうみまいこ)の順に停車します……』

 

目的の列車に乗車。

 

クロスシートを転換させ、四人席にする。

 

嫌な予感がしていた俺は、下座の席に、真っ先に座る。

 

するとどうだろう。堀田先輩が窓際、紅葉(くれは)がその隣に座って、俺の隣は空席となった。

 

てっきり、俺の隣を争うんじゃないかって思ってたんだけど、気のせい……というか、自意識過剰(じいしきかじょう)だったか?

 

……でもなさそうだ。目が怖い。

 

まあ、10分ぐらいで着くから、細かいことは気にしない……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

乗車時間はあっという間だった。

 

山科を過ぎ、府県境の長等山(ながらやま)トンネルを抜けると、大津京駅は直ぐだ。

 

「降りますよ」

 

列車を降り、改札を出る。

 

JRから京阪(けいはん)へ乗り換えだが、少し離れているので、京阪の駅へ向け歩く。

 

「長いトンネルだったね」

 

「長等山トンネルですね。京都側の入り口は3つあるんですが、中で一つのトンネルになるので、滋賀側の入り口は1つしかありません」

 

なかなか珍しいトンネルらしい。

 

「へえ~。面白いね」

 

「金山くん詳しいのね」

 

二人とも驚いている。

 

滝野(たきの)先生から聞いたんですよ」

 

社会の先生だからか、そういう雑学に詳しい。

 

「あ、着きましたよ。京阪大津京駅」

 

喋りながら歩いていたら、あっという間だった。

 

 

 

 

「一駅だから170円だよ」

 

紅葉(くれは)が切符を買うのを見届けてから、改札を入る。

 

「あ、何か可愛いね」

 

やってきた列車は、さっきのJRとは違い、小さいし、2両しか繋がっていない。

 

「こう見えても、60年前に作られた電車を、改造して使ってるそうですよ」

 

「60年! 凄いのね……」

 

「はるか、それも滝野先生から?」

 

「はい……」

 

確かに滝野先生から聞いた話だけど。どんな会話だよ……。

 

 

 

 

 

 

 

乗った列車は、目的の駅 近江神宮(おうみじんぐう)前駅が終点だった。

 

レールはこの先、坂本まで繋がっている。

 

「着いたね」

 

駅には車庫が併設されていて、多くの車両が停まっている。

 

車庫があっても、扱いは無人駅らしく、ICOCA(イコカ)は簡易改札、切符は回収箱へ投入するスタイルだ。

 

「駅から徒歩10分だって」

 

案内板を見た紅葉(くれは)が、目的地へ向けて歩き出す。

 

 

それを見た堀田先輩と目が合う。

 

先輩は苦笑いしていた。

 

やれやれ。ようやく幹事らしくなったな……。

 

 

 

 

 

 

近江神宮(おうみじんぐう)前駅から近江神宮までは徒歩10分。

 

紅葉(くれは)は一人で先に歩いていくので、俺と堀田(ほりた)先輩が追いかけるように、一緒に歩いている。

 

「最近、部の雰囲気はどうですか?」

 

コンクールのメンバーが決まり、本番に向けた練習が本格化しているはずだ。

 

「ピリピリしてるよ。去年までと違って、練習時間が短いからね」

 

正確には、『練習できる時間が短い』。

 

近隣住民から学校に苦情があってから、音が出せるのは7時から18時まで。

 

それ以降は、文芸同好会の部室(図書館閉架書庫室)にある、防音室を使った個人練習に限られる。

 

なので、例年と比較すれば、かなり短縮しているはずだ。

 

「そうですか……」

 

俺が聞きたいのはそれじゃないんだよ。だけど、ストレートに聞くのはまずい。

 

どう聞き出せば良いだろうか。

 

「全国行けそうですか?」

 

「うーん。副部長としては、そういった質問には答えにくいなぁ」

 

珍しく、副部長を(たて)にしてきた……。

 

「先輩個人としては?」

 

「行けるよ。大丈夫」

 

力強い声。

 

なら、これからする必勝祈願は、『全国大会金賞』で良いだろう。

 

しかし、聞きたいことはそれじゃない……。

 

 

 

 

 

 

住宅地を抜けると、目の前に森林が現れた。

 

この中が近江神宮らしい。

 

何かの写真で見たのだと、大きい鳥居があるはずだけど、そこと場所が違うのか、見当たらない。

 

信号で道路を渡り、木々の間の道を進んでゆく。

 

森林の中なので、境内に間違いないが、こうも広いと間違っていないか心配になる。

 

車道を跨いで進むと、広い参道に出た。

 

見上げると、階段の上に鳥居がある。

 

写真で見たのとは違うものだが、大きいし立派だ。

 

「立派な鳥居だね」

 

「はい……」

 

「大きいね。清水(しみず)さんが小さく見えるよ」

 

紅葉(くれは)は既に鳥居の下だ。

 

 

 

 

 

手水で清め、進んでいく。

 

上に楼門(ろうもん)が見える階段のところで、ようやく紅葉(くれは)と合流できた。

 

「やっと追いついたね」

 

「先行くなよ……」

 

「ごめんなさい。初めて来たから場所とか知らなくて。さっき金山(かなやま)くんに迷惑掛けたから、挽回(ばんかい)しようと思って」

 

「迷惑なんて思ってないよ。衆力功(しゅりきこう)をなすって言うだろ」

 

「「なにそれ?」」

 

二人とも知らないのかよ……。

 

「まあ、言い換えるなら、三人寄れば何とか」

 

「ああ。そういうことね」

 

「なるほど。はるかありがとね」

 

言い換えて理解してもらえた感じ。

 

『三人寄れば文殊(もんじゅ)の知恵』は、目上の人に対しては使うべきではない表現だから、使わなかったが、そのことを先輩に分かってもらえた感じだ。

 

 

 

 

 

 

本殿まで行って、参拝(さんぱい)する。

 

無事、全国大会で金賞を取れますように……。

 

金額が全てではないけれど、お賽銭(さいせん)に500円を投入した。

 

「終わった?」

 

閉じていた目を開くと、二人ともお祈りが終わっていた。

 

御守(おまも)りでも買っていく?」

 

「行こっか」

 

二人が社務所(しゃむしょ)に御守りを買いに行く。

ゆっくり後を追う。

 

どれにするか、迷っているようだ。決して安くはない買い物だし。

 

「決まりました?」

 

横から顔を覗かせてみる。

 

「えっと。欲しいのはあるんだけど、今金欠だった……」

 

紅葉(くれは)……。

 

紅葉(くれは)、俺が買うから好きなの選んで。堀田先輩も」

 

俺がそう言うと、二人とも驚いた顔でこちらを見る。

 

「いや、そんなつもりで言ったんじゃないんだけど」

 

「悪いよ」

 

当然の反応か……。

 

「気にしないでください。金賞取るために俺が協力できることはこれぐらいしかないので」

 

「でも、高いよ?」

 

「大丈夫だって」

 

「……そう? じゃあお願い」

 

断られても食い下がると、ようやく折れた。

 

「これ下さい」

 

紅葉(くれは)と先輩から預かったのと、俺が欲しいもの、加納(かのう)先輩へのお土産の4つを、係の人に渡す。

 

「はい。合計8300円です」

 

確かに、なかなかの金額になった。

 

「これで」

 

「2000円お返しですね」

 

代金を支払い、お釣りと御守りを貰う。って、二千円札かよ。まだ流通してるんだな……。

 

「はい。どうぞ」

 

早速二人に渡す。

 

「金山くんありがとう」

 

「はるか、ありがとうね。あれ、2個買ったの?」

 

「これは加納先輩の分です」

 

沙也(さや)の?」

 

来れなかった(呼ばれなかった?)部長の分。

 

「へえ。沙也喜ぶよ。はるか優しいんだね」

 

満面の笑みを浮かべる堀田先輩。

 

最初はどうなるかと思ったけど、今日は来て良かった。

 

 

 

 

 

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