【本編完結】君へ捧げる物語~北宇治高校文芸同好会へようこそ~   作:小林司

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5-2……黄前先生の旦那さん

 

近江神宮(おうみじんぐう)前駅まで戻ってきた。

 

紅葉(くれは)、先輩。帰りはこっちのホームですよ」

 

帰りの列車は、反対側のホームから発車するので、踏切を渡る必要がある。

 

しかし、踏切は列車が近づいているらしく、閉まっている。

 

「歩道橋は無いんだね」

 

「無人駅ですからね。橋を架けるよりも、踏切にした方が安上がりでしょうし」

 

乗る方向と逆の列車がやって来た。

 

遮断機が上がり、踏切を渡る。

 

この駅は車庫を併設しているので、こちら側の駅入口は、車庫へ続く道の横にある。

 

「まっすぐ行くと車庫に行っちゃうね」

 

「立入禁止でしょう」

 

車庫の入口に立っている人がいるのに気付いた。

 

車庫を眺めているのだろう。鉄道ファン?

 

いや、見覚えのあるような後ろ姿……。

 

 

 

あ、こっち振り返った。

 

「あれ。金山(かなやま)くんに堀田(ほりた)さんだ」

 

「あ、黄前(おうまえ)さん?」

 

先日、大吉山(だいきちやま)で出会った北宇治の先輩だ。

 

堀田先輩が真っ先に駆け寄って行く。

 

「どうしたの? こんな所で」

 

「コンクールの必勝祈願に来ました。それが終わって帰るところです」

 

「そうなんだ。頑張ってる?」

 

「オーディションも終わりましたし、みんな頑張っています」

 

堀田先輩と黄前さんが盛り上がっている。

 

俺は会話に加わることができないので、その様子を離れた場所で眺めている。横の紅葉(くれは)も同じ。

 

というか、紅葉(くれは)の場合状況が理解できていないのか。

 

大吉山登っていないから、彼女のことは知らないはずだ。

 

教えてあげた方がいいか。

 

「黄前久美子さん。北宇治の卒業生で、吹奏楽部の元部長だよ」

 

俺がそう説明するなり、紅葉(くれは)の顔色が変わった。

 

「えっ? 黄前先生!」

 

「「黄前先生?」」

 

紅葉(くれは)が急に先生って叫び、駆け寄っていくものだから、驚いてしまった。

 

先輩も同じように驚いているが、先生と呼ばれた本人は特に変わった様子はない。

 

どういうことだ?

 

「はじめまして。吹奏楽部の清水紅葉(くれは)と言います」

 

「清水さんね。えっと、楽器は?」

 

「フルートです」

 

今度は紅葉(くれは)と黄前さんが話し始めてしまった。

 

「どういうこと?」

 

話し相手が居なくなった先輩が、俺の方へとやって来た。

 

「さて? 全く分かりません。先生って呼んでましたから、どこかの音楽教室でしょうか?」

 

「でも、清水さん教室通ってるとかいう話してないし、だいたい黄前さんは私と同じユーフォで、清水さんはフルートだよ?」

 

金管と木管か。

 

「それに、今はじめましてって言ってたよ」

 

言われてみればそうだった。

 

皆目見当がつかん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと。何かご用でしょうか?」

 

ふと、後ろから声が掛かった。

 

振り向くと、すらっと背の高い男性が立っている。

 

京阪(けいはん)の制服……あ、名札がある。『運転士 塚本』運転士さんなのか。

 

「フリー切符なら、この先の運輸区で販売していますよ」

 

「あ、えっと……そうじゃなくて……」

 

どう答えて良いか分からず、誤魔化すように後ろにいる紅葉(くれは)と黄前さんの方に目をやる。

 

「あ、久美子来てたのか」

 

黄前さんに気付いた。知り合い?

 

「遅かったね」

 

「わりぃ。道路が事故で渋滞してて、電車が遅れてるんだよ。点呼あるから後で」

 

「うん。待ってるね」

 

道路渋滞で、電車が遅れる? 

 

そんなことが……あるんだ。

 

ここを通っている、京阪石山坂本線(いしやまさかもとせん)は、路面電車となる区間がある。

 

その区間で渋滞が発生したら、電車も影響を受けるわけだ。

 

 

 

 

 

 

 

さて。話がさっぱり分からなくなった。

 

黄前さんは何者で、この運転士さんとどういう関係なんだろう?

 

堀田先輩も同じ状況らしい。紅葉(くれは)は……何か知ってそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

「申し遅れちゃったね。改めまして、北宇治高校教師の黄前(おうまえ) 久美子(くみこ)です。専門は音楽だけど、数学や国語も担当してるよ」

 

先生なのか。知らなかった……。

 

「北宇治の先生ですか……!」

 

堀田(ほりた)先輩も驚いている。

 

「ごめん。隠すつもりはなかったんだけど、言いそびれちゃった」

 

紅葉(くれは)は何で知ってるんだ?」

 

黄前先生の正体が分かったきっかけは、紅葉(くれは)の発言だった。

 

「職員室の隅に、先生の出退勤のボードがあるの。知らない?」

 

あるんだ……。知らない。

 

先輩も知らないようで首を左右に振っている。

 

当然ながら? 黄前先生は頷いている。

 

「そのボードの所に黄前先生の名前があって、『育休』って書いてあったから。気になって、西尾(にしお)先生に教えてもらった」

 

「なにを?」

 

「大方今黄前先生から聞いた話」

 

育休ってことは、育児休暇か。

 

「堀田先輩がご存知でないなら、育児休暇長いんですか?」

 

あ、確かに。

 

この学校に二年在学してて知らないってことは、その間ずっと休んでいるってことだ。

 

「うん。もう三年ぐらい経つんじゃないかな。復職しようとしたら、二人目の妊娠が分かって、なんだかんだ話し合った結果、そのまま二回目の産休に入っちゃって……」

 

 

 

 

 

 

黄前先生の正体は判明したが、さっきの運転士さんとの関係は謎のままだ。

 

「えっと……」

 

「お待たせ」

 

聞こうと思ったら、運転士さんが戻ってきた。

 

仕事終わりなのか、今度は私服だ。

 

「紹介するね。彼は塚本 秀一(つかもとしゅういち)です」

 

「どういうこと? まあ、いいか。塚本 秀一です。嫁がお世話になったみたいで……」

 

えっと? つまり、黄前先生の旦那さんか。

 

「あ、北宇治の生徒か。受け持ってる生徒さん?」

 

なんで北宇治の生徒って分かったの?

 

あ、堀田先輩だけ制服なんだ。

 

「違うよ。ずっと育休中なのに、クラス担任持ってるわけないでしょ」

 

「それもそうか」

 

「誰かさんのせいで育休延びちゃったのに……」

 

「その一因はお前にもあるだろ」

 

痴話喧嘩(ちわげんか)かい……。

 

仲良さそうで。

 

「えっと。塚本さんは黄前先生の旦那さんですか?」

 

堀田先輩、分かってなかったのか。

 

「はい」

 

「もしかして、北宇治吹奏楽部の出身ですか?」

 

ん? 卒業生なの?

 

「ええ。よくご存じで」

 

「確か、全国大会で金賞とった年の、副部長でしたよね?」

 

「その通り。何で知ってるの?」

 

「音楽室準備室で見た写真に、似た顔の人が写っていたので……」

 

滝野(たきの)先生の妹さんの写真があるかもしれない部屋か。

 

まだ行ってないな……。そもそも機会がない。

 

「ああ。タイルと(もとむ)に撮られたやつか。まだあったんだな……」

 

「何でも残ってるんじゃない? 前の先生方が断捨離(だんしゃり)苦手な人たちだったから」

 

「あの当時はまだ綺麗な方だったのか」

 

「今は、滝先生と松本先生がいるから、綺麗にしてあると思うけど、一時期凄かったよ」

 

「とんでもない骨董品(こっとうひん)出てくるんじゃないか?」

 

「黄前相談所があったんだから、何でも残ってたよ、あの部屋。チューバくんもいつの間にか増えてたし」

 

俺たちには理解できない話が続く。

 

完全に二人だけの世界に行ってしまったようだ。

 

堀田先輩と紅葉(くれは)も同じように感じているのだろう。

 

 

 

 

「堀田さんたちは、これから帰るんだよね?」

 

「はい」

 

そう。電車に乗るために駅へ来たところなのだ。

 

「私たち、これから宇治市の方に用事があるから、車で都合の良い所へ送っていこうか?」

 

「良いんですか! お願いします」

 

三人とも、送ってもらえることになった。

 

「どこまで行けばいいの?」

 

「私は駅に自転車置いてあるから、六地蔵(ろくじぞう)駅までお願いしたいです」

 

そういえば、先輩自転車だっけ。

 

「私の家の近くは道が複雑ですから、同じく六地蔵駅まで」

 

紅葉(くれは)の家ってどの辺りなんだろう……?

 

あ、次は俺か。

 

「俺は……」

 

「北宇治高校?」

 

言おうとしたら、先に言われてしまった。

 

「えっ? 知ってるんですか?」

 

「じゃあ、合ってる?」

 

というと?

 

「学校の前にある家、表札から見て『金山(かなやま)』さんのお宅だから、もしかしてって思ったんだけど。そうなの?」

 

「はい……。それ、俺の家です」

 

「そうなんだ。合ってて良かった……

 

「何か言いました?」

 

(とが)めるつもりはないが、こう言うなり黄前先生は慌てて口を押さえる。

 

それを見た塚本さんは溜め息。

 

 

 

 

 

黄前(おうまえ)先生の車に、みんな乗っている。

 

運転が塚本(つかもと)さんで、助手席に紅葉(くれは)。後部座席に右から俺、先生、先輩の順で座っている。

 

先生の車は、至って普通の乗用車だ。それ以上なんて言えばいい? ってくらい普通の。

 

気になったとすれば、ナンバー。

 

『17』。0が頭には付けられないから、仮に『017』だとすれば、『レイナ』。

 

高坂(こうさか)さんの下の名前と同じ……。

 

でも、希望ナンバーではないみたいだし、偶々だろう。

 

 

 

 

車窓には琵琶湖(びわこ)が見えているが、反対側なのでよく見えない……。

 

代わりに、石山坂本線(いしやまさかもとせん)の路面電車になっている区間に出ると、横に線路が見える。

 

「渋滞してますね」

 

紅葉(くれは)が言うとおり、道路は渋滞している。

 

「さっきの事故、まだ片づいていないのかもな」

 

秀一(しゅういち)。事故現場ってどの辺り?」

 

「知らない。俺はあくまで指令から『事故による渋滞で遅延してる』って聞いただけだから」

 

まあ、急ぐ必要もないし。……塚本さんたちは分からないけど、俺たちは急いでいない。

 

 

 

 

 

車の横を列車が通り過ぎて行く。

 

なかなかの迫力だ。

 

「あ、正面が駅なんですね」

 

「そうだよ。びわ湖浜大津(はまおおつ)駅」

 

運転席越しに見えている。

 

確かに。大きな駅だ。

 

もちろん、京都駅などと比較したら桁違いだが、京阪大津京(けいはんおおつきょう)駅や近江神宮前(おうみじんぐうまえ)駅と比べれば、そこそこ大きい。

 

ウィンカーの音が聞こえているから、この交差点を曲がるらしい。

 

ふと、隣を見れば、堀田(ほりた)先輩と黄前先生は共通の話題があるらしく、会話に花が咲いている。

 

共にユーフォニアム奏者だからね。大吉山のときもそうだった。

 

車は交差点を右折した。

 

こっちにも道路上にレールがあるのか。

 

しかも、やってくる列車は4両だ。

 

知っている運転士だったのか、塚本さんはすれ違う列車に手を上げていた。

 

 

 

 

 

国道一号線に入り、逢坂山(おうさかやま)の山越に差し掛かる。

 

すぐ横を、鉄道と高速道路が併走している。

 

立派な峠ではあるが、これは府県境ではない。

 

…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

…………。

 

眠っていたらしい。

 

気づくと、車は六地蔵(ろくじぞう)駅に止まっていた。

 

しかし、車内が少し騒がしい。

 

「秀一、こっち京阪の六地蔵駅だよ。行きたいのはJRの方でしょう」

 

窓の外を見ると、確かに京阪六地蔵駅だ。

 

「あれ、間違えたか。どうして?」

 

「私に聞かれましても……」

 

塚本さんが紅葉(くれは)を見るが、紅葉(くれは)も返事に困っている。

 

「すまん。今からJRの方へ向かうから……」

 

そう言って、車を走らせる。

 

少し走ると、今度は朝来た六地蔵駅が見えてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日はありがとうございました」

 

「送っていただきありがとうございます」

 

六地蔵駅で堀田先輩と紅葉(くれは)が降りる。

 

「金山くん、今日は付き合ってくれてありがとう」

 

「はるか、また学校でね」

 

「また明日」

 

二人を見送り、黄前先生が助手席に移動すると、車が走り出した。

 

「次は北宇治高校だな」

 

「はい、お願いします。ところで道分かってますか?」

 

「もちろん。三年間通ってたんだからね」

 

本当に大丈夫?

 

「いざとなれば私もいるからね」

 

そうだ。黄前先生もいるから安心だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と思っていた俺が浅はかでした。

 

車は、観月橋(かんげつきょう)隠元橋(いんげんばし)を渡ってから宇治街道を北上していった。

 

かなり遠回りなんだけど……。道間違えたのか?

 

「ちょっとしたドライブだよ。金山くん急いでないんだろ?」

 

塚本さんがそう言うのなら、そうしておこう。

 

「私も金山くんと少しお話したかったし……」

 

「そう言う割には、お二人で喋ってますよね」

 

俺に話は飛んでこない……。

 

「ドライブだからね……。話し込んでも仕方ないよね。秀一が道間違えるから……

 

語尾に続けてそう言った先生を、塚本さんが慌てて小突く。

 

ほら、やっぱり。

 

 

 

 

やっとのことで戻ってきた。

 

学校の前の坂に差し掛かる。

 

グラウンドには野球部の姿があり声も聞こえてくる。

 

「ここか。金山くんの家」

 

校門の前に車が止まる。

 

「今日は送っていただきありがとうございました」

 

お礼を言って車を降りる。

 

「それじゃあ。また」

 

「私、秋には復帰予定だから、今度は学校でね」

 

初耳。黄前先生は秋に戻ってくるらしい。

 

「そうなんですね。ではまたお会いしましょう」

 

車が走り出した。

 

見えなくなるまで見送る。

 

 

 

 

 

 

 

 

そういえば、野球部の掛け声は聞こえるが、楽器の音は一切しない。

 

普段は聞こえるはずの時間だけど。

 

あ、今日は休みなのか……。

 

そうだな。流石にあの二人が部活を休んでまで、出かけるとは思わないし。

 

俺も今日は帰ろう……。

 

 

 





さあ、嵐の予感が……。というのは勝手な想像でしょうか?

秀一にこの先の出番があるか未定ですが、久美子は本格的に登場していく予定です。


ねとらぼ調査隊の「『響け!ユーフォニアム』北宇治高校吹奏楽部員の中で好きなキャラクターは?」というアンケートの結果が出ましたね。

いやぁ。まさか久美子が二位だとは。

えっ? もちろん分かってましたよ。私も夏紀に投票した一人ですからね(笑)

その夏紀は全国まで出番が無いのでごめんなさい……。


語りすぎました……。

今後ともよろしくお願いいたします。
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