【本編完結】君へ捧げる物語~北宇治高校文芸同好会へようこそ~ 作:小林司
いよいよ府大会がやって来ます。
6-1……滝先生が倒れた
トランペットソロを巡る問題は、公開オーディション(全員の前で演奏して、全員で決める)という形で、
滝先生が真っ先に再オーディションを提案したのも、過去の経験に
結局、今回の
夏休みに突入し、コンクールまであと僅か。
本番に向けて日々猛練習が続いている。
もちろん、防音室の貸し出しも普段通り行っている。
だから、場合によっては、予約対応のために17時頃に学校へ行くこともある。
まあ、これは家が近いことの特権とも言えるだろう。
なにより、俺が吹奏楽部の為に協力できることは、これぐらいしかない。
全国大会出場のためなら、大したことはないさ……。
こんなタイミングで起こる、大地震を誰が予想しただろうか……。
府大会5日前。
今日で7月が終わる。
「失礼します。防音室借ります」
「失礼します。うわ! 涼しいねぇ」
トロンボーンの
「外、かなり暑いよ」
連日真夏日となっている。
「
パソコンに表示されたネットニュースでそう出ていた。
「マジか。溶けるわ~」
「
「俺に協力できることはこれしかありませんからね。皆さんの頑張り次第で俺の協力が報われるか否か。それだけです」
「おお。余計にプレッシャー掛かるな……」
二人と喋っていたら、ファゴットの
「お疲れさま」
「気を付けて」
「ありがとう」
「それじゃあ」
入れ替わりに、野間先輩と白沢先輩が入って行く。
交代が終われば、20分間は静かな時間となる。
さて。俺も原稿に集中しなければ……。
「お疲れさま」
「ありがとうございます」
あっという間に20分経過。
二人が出てきた。
「お疲れ様です。どんな感じですか?」
「完璧だね。明日が本番でも大丈夫。って感じ」
「まあ、僕ら個人が良くても、合奏だからね。全体が良くないと」
なるほど……。
「あ、そういえば金山くん、必勝祈願行ってくれたんだって?」
ああ。
「はい。全国大会で金賞をとれるようにお願いしてきましたよ」
神頼みに効果があるか不明だけど、しっかりお願いしてみた。
「ありゃ、府大会じゃないのか」
「何言ってるんですか。全国金賞です。府大会や関西大会は、当然金賞ですよ」
「プレッシャーかけるねぇ」
「今の北宇治なら大丈夫ですよ。ね?」
公開オーディション後の合奏を聞いた
「先輩方、もう遅いですし、気を付けて帰ってください」
話し込んでいたらもうすぐ20時だ。
「ありがとう。それじゃあ」
「お疲れ」
先輩2人を帰す。
俺はもう少し残る。
見回りの先生に追い出されるまでは作業したい……。
……。
遅いな……。
時計を見ると20時半を回っている。
いつもなら、見回りの先生にとっくに追い出されている時間だ。
不思議に思いつつも、そろそろ帰ろうと思って身支度を済ませる。
戸締まりを行い、部室をあとにする。
廊下を歩いていると、救急車のサイレンが聞こえてきた。
近づいている……。近所だろうか?
確か二軒隣に高齢夫婦が暮らしているから、何かあったのかもしれない。
しかし、サイレンはどんどん近づいている。
……お。止まった。
ちょうど俺が職員室に着いたところだ。
ノックしてから扉を開ける。
後ろの方から物音がするとは思ってたけど……。
「失礼します。えっ!」
「救急隊入ります」
誰が救急隊だと予想できただろうか。
俺が職員室に入ると、すぐに救急隊が入ってきた。
物音の正体は、救急隊だった。
職員室に鍵を返しに来たところ、救急隊と鉢合わせた。
あの救急車は学校に来たんだ……。
待て。誰が呼んだの?
状況が理解できない。
「あ、こちらです!」
声がする方を見ると、教頭先生が奥の扉のところで手を上げていた。
あの扉の向こうは、……確か、校長室だ。
救急隊の人が扉の向こうへ入って行く。
俺も、鍵を返してから続いた。
「た、
滝先生が校長室のソファーに横になっていた。
えっ、救急車が呼ばれたの滝先生なの?
「急に気を失って倒れて……。はい。彼と私だけです、居るのは……」
教頭先生が隊員に、状況を説明している。
……落ち着け。まずは、今の状況を整理しよう……。
滝先生が倒れ、救急車が呼ばれた。
学校に残っている先生は、教頭だけらしい。
20時半を過ぎているのは確か。
ということは……。
これ、かなりまずいよな。
何か俺にできることは……一つある。
スマホを取り出し、電話を掛ける。
「……あ、
『えっ? まあ、大丈夫だけどどうしたの?』
動揺している。それもそうか。
こんな時間に電話してるし、急に動けるか問われたら、誰だって同じだろう。
「学校で滝先生が倒れたみたいです。至急来てもらえますか?」
『滝先生が! 救急車は? 他に誰かいるのか?』
「救急車は到着してます。教頭先生が応対してますが、他には俺しか……」
俺が言いたいことは、先生に伝わったみたいだ。
『そっか、分かった。10分で行く!』
そう言って電話が切れた。
「どなたが同行されますか」
搬送準備が整ったようで、隊員から問いかけられる。
「私が同行します……あ」
教頭先生が応えるが、何かに気づいたようで、言い
大丈夫。それを想定して俺が手配してある。
「教頭先生、滝野先生に連絡しました。10分で来るようです。それまで俺が残りますから、行ってください」
俺の言葉を聞いた教頭先生は驚いた様子で目を見開いた。
「えっと。君は確か、
入学して半年も経っていないのに、教頭先生に名前を覚えられている……。
「はい、金山 はるかです」
名前
それに、今は緊急事態だ。
「ありがとう。学校はお願いします」
そう言い、俺の手を取り、鍵を渡してきた。
「確かに。滝先生をお願いします!」
救急隊と教頭先生が校長室を出て行く。
滝先生の容態は気になるが、俺にできることは全てやった。
あとは何か連絡が来るのを待つしかない……。
救急車を見送って、職員室で待っていると、
「お待たせ!」
滝野先生が飛び込んできた。
「教頭先生からです」
預かっていた鍵を渡す。
「見回りしてくるから待ってて」
慌ただしく職員室を出て行った。
鍵閉め当番の先生は、各校舎入口の扉が閉まっているか確認して、セキュリティーを作動させる。
もし、それで異常が表示されると、どこかが開いているということで、また見回りに行く……。
時々付き合わされたから、覚えてしまった。
10分ぐらいで先生は戻ってきた。
「よし。鍵閉めたから、病院行こうか」
「えっ? 今からですか?」
「教頭迎えに行くんだよ。救急車に乗ってったんだろ? 帰れないじゃん」
確かに。
学校に車を置いて行ったんだから、帰りの足がない。
この辺りまで来るバスはあるが、病院から直接来れるわけではない。
それに、こんな遅い時間まで運行しているとは限らない。
あれ? 搬送先の病院ってどこだ?
「滝野先生、病院知ってるんですか?」
「見回り中に電話来た。
車なら15分ぐらい。
この時間なら、宇治街道も渋滞していないはずだから、すぐだろう……。
正面玄関のロータリーのところに、教頭先生が立っている。
「お待たせしました」
滝野先生がそこに車を止め、降りる。
「ご苦労様です。もう面会時間を過ぎてますから、とりあえず帰りましょう。車内でお話しますから」
そうか。
搬送されてきた時点で、既に面会時間を過ぎていただろうから、手続きが済んだら出されてしまう。
だから、玄関前に立っていたのか……。
俺は元々後部座席に座っていたので、教頭先生は助手席に乗り込んだ。
「詳しいことはまだ分かりませんが、過労みたいです。命に関わることは無いそうです」
教頭先生が滝先生の容態について話していく。
「夏休みに入ってからも、毎日休まず指導されてましたからね。かなり疲労が蓄積していたのでしょう」
確かに。
滝先生の車はクラシックな車で、エンジン音も独特なため、覚えてしまった。
その音が、家にいても聞こえてくるため、先生が毎日学校に、しかも、朝早くから来て、夜遅くまで残っていたことを、俺は知っている。
「今、ご両親がこちらに向かっていますので、身の回りの物はお願いすることになっています」
「名古屋でしたっけ?」
「いえ、浜松ですね」
浜松か……。
どれくらい掛かるだろうか。
「夜通し運転しても、3時間程度ですね。でも、確かご高齢ですよね……」
そういえば、滝先生って幾つなんだ?
先生が年を召していれば、ご両親も
しかし、そう言う話を聞いたことが無いから、知らないんだよね……。
「お待たせしました。到着です」
学校に戻ってきた。
「今日はわざわざありがとうございました」
「いえ。こういう時は助け合わないと。自分は家が近いので。それよりも、
えっ? 俺?
「金山くん。今日は本当に助かりました。君が滝野先生を呼んでくれなければ、学校のことも帰りのことも、私一人ではどうにも出来ませんでした」
「あ、いえ。お役に立てて良かったです」
急に、しかも教頭先生相手だから、緊張してしまった。
「この件については、明日朝部員たちに説明します。可能であれば、滝野先生と金山くんにも同席してもらいたいです。よろしいですか?」
「自分は大丈夫です」
「あ、俺も行きます」
明日の朝か……。
「それでは9時に音楽室にお願いします。では、これにて失礼します。金山くん。近いとはいえ遅いので、気を付けて帰って下さい」
教頭先生が車を降り、自分の車の方へ歩いていく。
「じゃあ、俺たちも帰ろうか。すぐだけと送っていくよ」
「あ、お願いします」
滝野先生が車を走らせる。
玄関前で降ろしてもらった。
「じゃあ、また明日」
「はい。今日はありがとうございました」