【本編完結】君へ捧げる物語~北宇治高校文芸同好会へようこそ~ 作:小林司
翌日。
朝早く登校する。
校門を通ると、誰もいないグラウンドを横に見ながら進む。
早朝の声出しを伴う練習が出来ないのもあるが、大会等が終わって、3年生が引退してしまったのもあるだろう。
昇降口で靴を変え、職員室へ向かう。
「おはようございます。1-2の金山です。図書館閉架書庫室の鍵を借りに来ました……あれ?」
職員室に入ると、先生は誰も居なかった。
この時間に誰も居ないというのは、今までに無かったことだ。どういう事だろう?
まあ、考えて結論が出ても、正解は出ない。考えるのは止めよう。
「失礼しました」
誰も居ないからって横着はしない。正当な手続きを踏んで鍵を借り、声を掛けて退室する。
部室に到着。
鍵を開け、
「失礼します」
声を掛けて入室する。
もちろん、誰も居ない。
9月とはいえまだ暑いので、エアコンを付けてパソコンの電源を入れる。
……さてと。作業を始めよう。
1時間は経っただろうか。
廊下の方が騒がしくなってきた。
生徒が登校してくる時間ではあるが、この辺りは通り道ではない。
一体何の騒ぎだろう? と思ったら、ノックされて扉が開いた。
「おや、金山くん。おはようございます」
「教頭先生……。おはようございます」
教頭先生が入ってきた。
「失礼します」
続いて、私服の男性が入ってきた。
白髪頭。年齢は70代ぐらいだろうか。
ん? 名札がぶら下がっている。
……町内会長だ。
「こちらです」
教頭先生が町内会長をカーテンの向こう側へ連れて行く。
何だろう?
そもそも、学校に町内会長が来ているというのが……。
待てよ。騒音クレーマーの件か?
昨日、俺がその話を滝野先生にして、教頭先生に話に行くと言って退室した。今朝、職員室が無人で、町内会長が来校しているということは。
間違いないだろう……。
「金山くん、お騒がせしました。もうじき始業時刻だから、遅れないように……」
「失礼しました」
数分後、2人が出てきて、退室していった。
もう良い時間だし、俺も教室へ行こう。
教頭先生方が出てから少し間を置いて、部室を出る。
鍵をかけ、職員室へ向かう。
始業時刻が近いのもあるが、ほとんどの部が大会を終えているため、朝練をしている部が少ないからか、特別教室が多いこの校舎内は静かだ。
もちろん、教室のある校舎に来ると、登校してくる人たちで賑わっている。
「おはよう!」
「金山くん、おはよう」
「おはようございます」
すれ違う人と挨拶を交わしながら、職員室に入った。
「失礼します」
さすがにこの時間になると、ほとんどの先生が室内に集まっている。
俺の声を聞いた数人の先生が、こちらを見てきた。
「1-2の金山です。閉架書庫の鍵を返しに……」
「えっ? 金山くん?」
「金山?」
「金山くんだ」
「あの金山?」
しかし、俺が名乗った途端、ほぼ全員の視線が集まる。
俺、何か悪いことしたっけ?
急に怖くなり、視線が泳いでしまう。誰か、助けてくれる人……あ。
「滝野先生。俺、何か悪いことしましたっけ?」
若干、涙声になっていたと思う……。
「逆だよ。早朝・夕方の音出し禁止が撤回されたんだ。それで、今までの状況下でも吹奏楽部が全国大会に出場出来るのは、防音室の予約対応をしてくれた金山のお陰だって。今教頭からその話があったところで、金山本人が現れたから、みんなが注目しただけだ。みんな金山に感謝してるんだ。ありがとう」
「そうだよ」
「金山くん、ありがとう」
隣の西尾先生・
「ありがとう!」
「金山サンキュー!」
だめだ。泣きそう。
……というか、もう泣いています。
「おーい。泣くなよ」
「すみません……涙脆くて……」
「まあ、涙脆いといえば、松本先生も負けてませんけどね」
えっ?
園田先生の声で、松本先生の方を見る。
「な、何で松本先生が泣いているんですか……」
「すまん……。金山につられてしまった……」
松本先生は涙脆いのか。
普段『軍曹先生』と呼ばれている先生の、意外な一面を知った。
「起立。気を付け、礼」
「「「ありがとうございました」」」
「着席」
午前中の授業が終わり、昼休みとなる。
「お昼食べようか」
「今日の数学難しかったね」
夏休み明け2日目となると、話題は夏休みの思い出話ではなくなるようだ。
「5限目何だっけ?」
「英語だよ」
「そういえば、
「江南先生か……」
さて。お昼ご飯としよう……。
自分の席でお弁当を広げる。
いただきます。そう心の中で呟き、食べ始める。
「今朝、町内会長が来てたらしいね」
「あれでしょ。音・声出し禁止令の撤回でしょ?」
もう噂になってるのか。
「それ聞いた途端、野球部の部長、泣き崩れたらしいよ。大会の結果、散々だったからね」
確か、初戦敗退、コールドゲームだった。
「練習不足だったからね。どう考えたって勝ち目はなかったよ」
「しかも、相手チームに
「うわ、それ悲惨だね……」
確かに悲惨だ。
しかし、相手が相手とはいえ、完全試合(コールド)をやってしまうとは……。将来有望の投手がいるらしい。
初戦の相手は何処だっけ?
「でも、凄いのは捕手だって聞いたよ。ID野球っていうの? それらしいけど」
へぇ……。そうなのか。
さて。お弁当を食べ終えたので、片付ける。
まだ時間あるし、読書でも……。
「失礼します」
廊下の方から声がした。
一瞬にして、教室が静まり返る。
そりゃあそうだ。この声の主は知っている。
用があるのはどっちだ?
「は、はるか居る?」
「「「はるかぁ?」」」
超巨大爆弾が
えっ?
それはこの際どうでも良い。
問題は、このあと遭うだろう質問責めの対策だ。
「はい。何でしょう?」
いたって普通に返事をする。
「あ、いたいた……」
先輩が俺の所までやって来る。
教室中がざわめく。
「突然で申し訳ないんだけど、今日から練習メニューを変更することになって、防音室の使用を止めることになったの」
ある程度予想はしていたが、早速来た。
「つまり、今日の予約から無しになるってことですか」
「うん、急でごめんね。あ、一応みんなに話だけしたいから、放課後音楽室に来てくれる?」
みんなに話。
また泣かされるのか……。
「分かりました。放課後ですね」
乗り気じゃないけれど、断ることは出来ない。
ただでさえ場所が悪い。クラス全員に聞かれている。断ろうものなら……。
「本当? ありがとう」
そう言った先輩の視線がずれる。
「ということだから、宜しくね」
ん? ああ。
「分かりました」
今ので分かったのかよ……。
「それじゃあ失礼します。お騒がせしました」
先輩が教室を出て行く。
先輩が出て行くとき、再び静まり返った教室が、また騒がしくなる。
主に、俺の周辺が。
「金山くん、加納先輩と仲良いの?」
「先輩とどういう関係?」
「この夏に何かあったの?」
「どこまでヤったんだ?」
的外れな物も含め、様々な質問が降り注ぐ。
「い、一応俺も吹奏楽部員だし……な」
後ろの
「うん。正式に所属してるよ。肩書きだけ副々部長」
そう。『金山相談所』が発足したとき、何かあったとき吹奏楽部に協力できるよう、名前だけでもと入部を打診した相手が、他ならぬ加納先輩だ。
「そういうことだから。特別仲がいいって訳じゃないから。変な関係ではないからね。誤解しないで」
「そう……」
「なるほどね……」
おいそこ。つまらなそうな顔すんな。
因みに、今まで黙っていたけれど、防音室を如何わしいことをする為に使ったバカが居た。
後片付け・掃除・換気をしたのは誰だと思っているんだ……。
勿論、予約制だったから誰か分かっているけれど、先輩方の手前、今の所誰にも言ってない。
いつか言わなければならないときが来るかもしれないが、少なくとも、全国大会を控えた今、言うべきではないだろう……。