【本編完結】君へ捧げる物語~北宇治高校文芸同好会へようこそ~   作:小林司

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8-7……ノックしてください

 

放課後。

 

職員室で鍵を借りたら、真っ先に部室へ向かう。

 

先輩が来るまでに情報を整理しておこう。

 

 

 

 

どうやら、あの原稿を読んだ先輩は、『金 山人(こがねやまと)』と言ったらしい。これは俺の筆名(ペンネーム)だ。

 

筆名以外の別の言葉では無いと思う。

 

どういう意味でこの筆名を出してきたのか、そしてどう思ったのか。どちらも分からない……。

 

 

 

 

情報が少なすぎる。

 

ただ、とりあえず、先輩が俺の正体に気付いたと判断するのは、早合点だろう。

 

だから、普段通り接するのが無難だと思う。

 

さて。そろそろやって来る時間だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼します……」

 

ノックの後、扉が開く。

 

加木屋(かぎや)先輩、お疲れ様です」

 

鞄片手に先輩が入室してくるので、声を掛ける。

 

「お疲れ様……」

 

先輩は定位置となっている椅子には座らず、机に置いた鞄から何かを取り出した。

 

そして、それを俺に差し出してくる。

 

「はい。原稿用紙」

 

「えっ? もう?」

 

今朝渡したばっかだぞ。

 

しかも、猶予は5日って。

 

「目は通した。ちゃんとした校正はあるって聞いたから、不自然な箇所と誤植(ごしょく)(いく)つか朱書きしたから……」

 

クリアファイルに入った原稿を受け取る。

 

「ありがとうございます」

 

えっと、どれどれ……。

 

うわ。マジか。

 

 

 

  そんな話聞いてない。

 

  明日の文火災文化祭では……

 

  困ったときは、お互い様ですよね?

 

 

 

笑うしかないような、初歩的なミスがちらほら。

 

これをこのまま坂上(さかがみ)出版に送ったら、間違いなく笑われる……。気づいてもらえて良かった。

 

「あ、何か感想とかありますか? 読んでみて思ったこととか……」

 

「別に。面白かったと思う……」

 

そうですか……。

 

 

 

 

パソコンを起動し、順に直してゆく。

 

ふと、顔を上げると、先輩は定位置に座って読書を始めていた。

 

どんな本だろう? ……あの背表紙は坂上出版ラノベ文庫じゃないか。先輩もライトノベル読むのか……。

 

「うほっ!」

 

しまった。思わず変な声が出た。

 

「な……なに?」

 

この声に、先輩は驚き身構える。

 

もし、本ではなくスマホを持っていたなら、画面に『110』という番号が表示されていることだろう……。

 

「すいません。何でもありません……」

 

謝ると、先輩は再び本を読み始めた。

 

先輩が読んでいる本は、『砂かけ少女と夢見る少年2』。俺の本だ。

 

そりゃあ変な声が出るさ……。

 

 

しかし、この様子だと、先輩が俺の正体に気付いた、ということでは無いようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼します。お、揃ってるね」

 

扉が開く。黄前(おうまえ)先生だ。

 

「先生、ノックしてくださいね」

 

「あ、ごめん。忘れてた」

 

「忘れてた、じゃあ困ります。ルールなんだから、いい加減覚えてください」

 

 

文芸同好会ルールその①

『扉はノックする。返答は待たなくて良い』

 

その②

『室内が無人であっても、声掛けて入室』

 

以下略……

 

 

 

(何故か)菜穂子(なおこ)が発案し、全部員と顧問の了解を得ているルールだ。

 

それを了解した顧問が破っているようじゃ、お話になりませんよ。

 

「どうも昔からの癖が抜けなくて。よく秀一(しゅういち)にも怒られてるのにね。私駄目だね……」

 

「そこまでは言ってません。ところで、癖って何ですか?」

 

「私の姉がね。ノックせずに勝手に私の部屋に入って来るものだから、対抗して私もノックせずに勝手に入るようにしてたの」

 

なんだそれ……。俺らはとばっちりじゃないですか。

 

「因みに、そのお姉さん、今は何を?」

 

「美容師だよ。頼めば破格で切ってくれるから、必要なら言ってね」

 

嬉しそうな顔に、得意気なこの口調。自慢のお姉さんなんだろう……。

 

「いや、俺は理容で充分ですよ」

 

美容室なんて、ゆうきの付き添いで行ったっきり。

 

「下手だと思ってる?」

 

「違いますよ。俺は理容で充分ですって。先輩ならまだしも……」

 

さっきから先輩は、読書に集中しているからか、俺たちの会話には見向きもしない。

 

流石に置いてきぼりはまずいだろう。

 

「先輩?」

 

「私はまだ大丈夫……。くすぐったがりで、他人に髪を切ってもらうのが苦手なの。だから、ばっさり切って、長くなりすぎたら切ってる……」

 

おっと。話は聞いていたようだ。

 

「腕は確かだから、何時(いつ)でも言ってね」

 

「はい……」

 

「加木屋さんは、ご兄弟いるの?」

 

おお。先生中々込み入った話をするな。下手したら、誰も知らない情報だぞ。

 

「いません。1人です」

 

一人っ子なのか。

 

「金山くんは?」

 

流れで振られた。

 

「妹が1人……」

 

「ゆうきちゃんだよね」

 

知ってる!

 

「先生、ゆうきと面識ありましたっけ?」

 

大吉山(だいきちやま)

 

あー。あがた祭りの時か。

 

すっかり忘れていた。

 

「はるか……ゆうき……」

 

加木屋先輩が俺たち兄妹の名前に反応した。

 

まさか……。

 

「兄が女の子みたいな名前で、妹が男の子みたいな名前……」

 

そこには触れないで欲しいんだけど。

 

「黄前先生は、……美容師のお姉さんだけですか?」

 

「うん。加木屋さんも、金山くんも、切って欲しいときは教えてね」

 

お願いすることがあればの話だけど……。

 

 

 

 

 

 

よし。指摘箇所の訂正完了。

 

先輩が気づいた部分以外に、自分で読み返してみて不自然と思った箇所を直した。

 

これが終われば、データを送るだけ。

 

えっと、フォルダーに入れて。ファイルを圧縮して……。

 

メールに添付して送信、っと。

 

 

これで完了。あとは、校正を経て、製本してもらえる。

 

タダみたいな金額で作ってもらえる代わりに、最低部数が100部だった。

 

完売などあり得ない数。余るが仕方ない……。

 

ほかの業者も調べてもらったけれど、部数と金額を比較した結果、1番安いのがそこだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

文化祭用の冊子の原稿が終わっても、原稿はまだ残っている。

 

有り難いというか、恥ずかしいというか。『砂かけ少女と夢見る少年』は好評で、シリーズ化が決まっている。

 

今は3巻の執筆中だが、それが終わっても、4巻に着手しなければならない。こう見えて(どう見える?)俺も忙しい。

 

だから、冊子の製本を業者に依頼したのは正解だといえる。

 

ふと、顔を上げると、先輩の読んでいる本が目に入った。

 

 

 

 

読者さんの為にも頑張ろう……。

 

 

 

 

 





※本文中、朱書き箇所の手前にある取り消し線も、赤色で書かれています。そう思って読んでいただけると助かります。



久美子のお姉さん、麻美子さんの登場(名前だけ)です。

設定では、個人経営の美容室で、一従業員として働いていることにしてあります。

本人が登場するかは、未定です……。


この章はこれにて終わりです。次は番外編というか、他者視点のお話を挟みます。

これからもよろしくお願いいたします。
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