【本編完結】君へ捧げる物語~北宇治高校文芸同好会へようこそ~ 作:小林司
放課後。
職員室で鍵を借りたら、真っ先に部室へ向かう。
先輩が来るまでに情報を整理しておこう。
どうやら、あの原稿を読んだ先輩は、『
筆名以外の別の言葉では無いと思う。
どういう意味でこの筆名を出してきたのか、そしてどう思ったのか。どちらも分からない……。
情報が少なすぎる。
ただ、とりあえず、先輩が俺の正体に気付いたと判断するのは、早合点だろう。
だから、普段通り接するのが無難だと思う。
さて。そろそろやって来る時間だ。
「失礼します……」
ノックの後、扉が開く。
「
鞄片手に先輩が入室してくるので、声を掛ける。
「お疲れ様……」
先輩は定位置となっている椅子には座らず、机に置いた鞄から何かを取り出した。
そして、それを俺に差し出してくる。
「はい。原稿用紙」
「えっ? もう?」
今朝渡したばっかだぞ。
しかも、猶予は5日って。
「目は通した。ちゃんとした校正はあるって聞いたから、不自然な箇所と
クリアファイルに入った原稿を受け取る。
「ありがとうございます」
えっと、どれどれ……。
うわ。マジか。
そんな話わは聞いてない。
明日の文火災文化祭では……
困ったときは、お互い様々ですよね?
笑うしかないような、初歩的なミスがちらほら。
これをこのまま
「あ、何か感想とかありますか? 読んでみて思ったこととか……」
「別に。面白かったと思う……」
そうですか……。
パソコンを起動し、順に直してゆく。
ふと、顔を上げると、先輩は定位置に座って読書を始めていた。
どんな本だろう? ……あの背表紙は坂上出版ラノベ文庫じゃないか。先輩もライトノベル読むのか……。
「うほっ!」
しまった。思わず変な声が出た。
「な……なに?」
この声に、先輩は驚き身構える。
もし、本ではなくスマホを持っていたなら、画面に『110』という番号が表示されていることだろう……。
「すいません。何でもありません……」
謝ると、先輩は再び本を読み始めた。
先輩が読んでいる本は、『砂かけ少女と夢見る少年2』。俺の本だ。
そりゃあ変な声が出るさ……。
しかし、この様子だと、先輩が俺の正体に気付いた、ということでは無いようだ。
「失礼します。お、揃ってるね」
扉が開く。
「先生、ノックしてくださいね」
「あ、ごめん。忘れてた」
「忘れてた、じゃあ困ります。ルールなんだから、いい加減覚えてください」
文芸同好会ルールその①
『扉はノックする。返答は待たなくて良い』
その②
『室内が無人であっても、声掛けて入室』
以下略……
(何故か)
それを了解した顧問が破っているようじゃ、お話になりませんよ。
「どうも昔からの癖が抜けなくて。よく
「そこまでは言ってません。ところで、癖って何ですか?」
「私の姉がね。ノックせずに勝手に私の部屋に入って来るものだから、対抗して私もノックせずに勝手に入るようにしてたの」
なんだそれ……。俺らはとばっちりじゃないですか。
「因みに、そのお姉さん、今は何を?」
「美容師だよ。頼めば破格で切ってくれるから、必要なら言ってね」
嬉しそうな顔に、得意気なこの口調。自慢のお姉さんなんだろう……。
「いや、俺は理容で充分ですよ」
美容室なんて、ゆうきの付き添いで行ったっきり。
「下手だと思ってる?」
「違いますよ。俺は理容で充分ですって。先輩ならまだしも……」
さっきから先輩は、読書に集中しているからか、俺たちの会話には見向きもしない。
流石に置いてきぼりはまずいだろう。
「先輩?」
「私はまだ大丈夫……。くすぐったがりで、他人に髪を切ってもらうのが苦手なの。だから、ばっさり切って、長くなりすぎたら切ってる……」
おっと。話は聞いていたようだ。
「腕は確かだから、
「はい……」
「加木屋さんは、ご兄弟いるの?」
おお。先生中々込み入った話をするな。下手したら、誰も知らない情報だぞ。
「いません。1人です」
一人っ子なのか。
「金山くんは?」
流れで振られた。
「妹が1人……」
「ゆうきちゃんだよね」
知ってる!
「先生、ゆうきと面識ありましたっけ?」
「
あー。あがた祭りの時か。
すっかり忘れていた。
「はるか……ゆうき……」
加木屋先輩が俺たち兄妹の名前に反応した。
まさか……。
「兄が女の子みたいな名前で、妹が男の子みたいな名前……」
そこには触れないで欲しいんだけど。
「黄前先生は、……美容師のお姉さんだけですか?」
「うん。加木屋さんも、金山くんも、切って欲しいときは教えてね」
お願いすることがあればの話だけど……。
よし。指摘箇所の訂正完了。
先輩が気づいた部分以外に、自分で読み返してみて不自然と思った箇所を直した。
これが終われば、データを送るだけ。
えっと、フォルダーに入れて。ファイルを圧縮して……。
メールに添付して送信、っと。
これで完了。あとは、校正を経て、製本してもらえる。
タダみたいな金額で作ってもらえる代わりに、最低部数が100部だった。
完売などあり得ない数。余るが仕方ない……。
ほかの業者も調べてもらったけれど、部数と金額を比較した結果、1番安いのがそこだった。
文化祭用の冊子の原稿が終わっても、原稿はまだ残っている。
有り難いというか、恥ずかしいというか。『砂かけ少女と夢見る少年』は好評で、シリーズ化が決まっている。
今は3巻の執筆中だが、それが終わっても、4巻に着手しなければならない。こう見えて(どう見える?)俺も忙しい。
だから、冊子の製本を業者に依頼したのは正解だといえる。
ふと、顔を上げると、先輩の読んでいる本が目に入った。
読者さんの為にも頑張ろう……。
※本文中、朱書き箇所の手前にある取り消し線も、赤色で書かれています。そう思って読んでいただけると助かります。
久美子のお姉さん、麻美子さんの登場(名前だけ)です。
設定では、個人経営の美容室で、一従業員として働いていることにしてあります。
本人が登場するかは、未定です……。
この章はこれにて終わりです。次は番外編というか、他者視点のお話を挟みます。
これからもよろしくお願いいたします。