【本編完結】君へ捧げる物語~北宇治高校文芸同好会へようこそ~ 作:小林司
今回も他者視点のお話になります。
滝野先生が大活躍(?)するお話です。
(現時点で)私史上最長のお話ですので、お楽しみいただけると嬉しいです。
吹奏楽部ホール練習当日。
俺は朝早くから生徒の家の玄関に立っている。
インターホンを鳴らすと、すぐに返事があった。
『はい』
「北宇治高校の
そういえば、
「お待たせしました」
すぐに身支度を終えている金山が出てきた。
「おはよう。それじゃあ、行こうか」
これから金山と行くのは、レンタカー店だ。
事の経緯を簡単に説明すると。
『
『俺が大型免許を持っているので、トラックさえ借りれば、楽器運搬が自校で行える』
というわけで、当初予定よりホール練習の時間が長くなった。
免許を持っていても、トラックは所有していないので、まずは借りに行く。
「滝野先生。よく承諾しましたね。今日は日曜日なのに」
今日は7月第1日曜日。
昨日は学校があったので、1日だけの貴重な休日だ。
「意外か? 俺が休日に吹部を手伝うのが」
「なんと言いますか……。意外です」
失礼な。
「俺だって吹部には全国に行ってもらいたいからな。出来ることは協力するさ」
「滝野先生らしいですね」
「俺らしいって何だよ」
「部顧問でもないのに、休日返上して働くなんて」
「それ、褒めてるのか?」
「そう取っていただいて構いませんよ」
何だろう。
金山に褒められても、あまり嬉しくないんだけど……。
「あ、一応俺も部活の顧問だぞ」
「えっ? 何部ですか?」
お前が知らなくてどうする……。
「内緒。お、着いたぞ」
レンタカー店に到着した。
「はい。ありがとうございます。12時間まで同一料金ですから、20時半迄に返却お願いします」
「どうも。あ、領収書は返却時に発行してもらえますよね?」
「はい。その際にお渡しします。当店でお預かりする車はありますか?」
「一台お願いします」
手続きを済ませ、車両まで案内してもらった。
「行ってらっしゃいませ」
「ありがとうございます」
レンタカー店を出発する。
「さて、学校へ戻ろうか」
学校へ向け、来た道を走る。
「そういえば、ホール予約は傘木さんがやってますよね?」
「ああ」
「楽器運搬は滝野先生が行うと」
「だな」
「部員はどうやってホールに行くんですか?」
そういえば聞いていないな。
「楽器運搬係は、一旦学校に集合してから、ホール行きますよね」
「あー。言いたいこと分かった。どうするんだろうな?」
まあ、先生方のことだ。ちゃんと考えてあるんだろう。
「それと、練習前にホールでやる事があるの、知ってますか?」
ああ。あの件か。
「聞いてるよ。まあ、俺はオブザーバーだけどな」
学校に到着。
集まっているのは、楽器運搬係の男子部員と、滝先生、松本先生、
「滝先生、他の部員は?」
「現地集合です。運搬係は我々の車に分乗して行きます」
なるほど。金山が疑問に思っていたことは解決した。
「それじゃあ積み込みを開始しましょう」
楽器はすでに校舎内から出してあったので、運搬係が順に積み込んでゆく。
人数が多いとあっという間だ。
積み込みが終わると、運搬係の部員は、先生方の車に分乗してホールへ向かう。
このトラックは三人乗りなので、俺も金山の他にもう一人誰かを乗せるのだろう。
……と思ったのだが。
「滝野先生、トラックありがとうございます」
「休日のお手伝い感謝します」
「あー。まあ、俺が吹部に協力出来ることはこれぐらいですから……」
金山は園田先生に拉致られてしまい、坂部さんと高坂を乗せている。
何でこうなるの……?
「滝野先生は学生時代はトランペットを?」
坂部さんから話が振られる。
「はい。あまり上手くはないですけど」
「
「謙遜してねぇよ。というか高坂、お前こそ謙遜しろよ。仮にも先輩相手だろう」
「事実ですから」
相変わらずだな、高坂は。
「だな」
でも、その通りなんだよね……。
「否定しないんですね」
「坂部さんも高坂の演奏技術はご存知でしょう?」
高校の時からプロ級の腕を持っている。
「確かに。彼女は全国から引っ張りだこですからね」
「でも、滝野先生が上手いのも事実ですよ」
「上手かった、が正しいな。もう何年も吹いてない」
実は、時々松本先生にお願いして、学校のトランペットを吹かせて貰っている。
とはいえ、練習時間が格段に短いので、あの頃のような演奏は出来ない。
毎日必死に練習していた頃が懐かしい……。
おっと、曲がるところを間違えるとこだった。
ホールに到着したら、まずはトラックから楽器を降ろすところから。
「皆さんも楽器降ろすのを手伝ってください。あ、
滝先生が、先に到着していた部員たちに指示を出す。
「サックス・フルートは各自自分の持ってって! そうしないと次が降ろせないから」
「このバリサク誰の? 取り
「あ、それ私の」
俺はこれが終わったら、トラックを駐車場へ移動する仕事が待っている。
だから、積み卸しは免除してもらえた。
しかし、終わるまでが暇だ……。
運転席で、終わるのを待つ。
手伝えって? そう申し出たら、男子部員(金山含む)全員に、断られてしまった。
『先生に手伝わさせたら、楽器運搬係の恥です。お願いだから座っててください』だってさ。
まあ、女子が大半を占める吹奏楽部に
「お?」
窓ガラスが叩かれている。
「何か?」
窓を開ける。
「
加納?
「見てないよ。再オーディションの準備に行ったんじゃないか?」
「ですよね……。見てないからちょっと心配になりました」
「まあ、誰か一緒に居るだろ。言い出しっぺの
「ですよね……」
「気になるんなら、高坂に聞いてみな」
「高坂先生に?」
「高坂も同じような経験があるんだよ。この場合の小牧と同じ立場で。だから、どの辺りに居るか、見当つくんじゃないか?」
俺はあの時、どちらを選ぶことも出来なかった。酷く後悔した。
だから、勝手な願いだが、今の部員たちには、同じ様に後悔して欲しくない……。
積み卸しが終わったようだ。
野間から指示があったので、トラックを駐車場に移動させる。
このホールは、府大会に使われたこともある所だ。
だから、駐車場も広い。
それなのに、大型駐車場は一番遠いところにある。
いくら車が少ないとは言え、横着するわけにもいかないから、遠い駐車場までトラックを移動させ、ホールへ向かう。
「あれ? 滝先生こんな所で何やってるんですか?」
会場とは程遠い駐車場周辺を、滝先生が歩いていた。
「あ、滝野先生。助かりました。迷ってしまいまして……」
あー。
「こっちですよ」
保護した(?)滝先生と、ホールへ向かう。
滝先生は誰も乗せずに来たのか。
だろうな。でなきゃ迷えない。
「滝野先生。今日はありがとうございます」
「いえ。俺に協力出来ることは何でも言ってください。と言ったところで、これぐらいしか出来ませんけれど……」
「本当に助かりました。私としたことが、トラックの手配を失念してまして、危うく楽器が運べなくなるところでした」
おいおい。とんでもないミスを……。
それで俺に
「でも、そのお陰でトラックの時間に制約が無くなった分、ホール練習の時間を延ばせましたね」
これは
「はい。貴重な練習機会ですからね」
話しているうちに、ホールに辿り着いた。
ホールに入ると、既に準備が整っていた。
ステージ上には楽器が並べられている。
「すいません、迷ってしまいました。準備は万全ですね」
観客席に座っている部員に、ステージに昇った滝先生が問いかける。
「はい。完了しています」
返事をしたのは
本来、統括は部長である
「それでは再オーディションを行います。加納さん」
「はい!」
「
「はい」
「ステージ上に来てください」
先生の指示で、二人がステージ上に
入れ替わりに先生が
「用意は出来ましたか? 加納さん」
その様子を、俺は観客席後ろの通路から眺めている。
「はい」
「小牧さんは」
「出来ました」
二人の表情は真剣だ。
加納は鋭い目つきが更に鋭くなっていて、一見
「それでは加納さん。お願いします」
加納がトランペットを構え、演奏を始める。
『
『純ちゃん先生もトランペット吹いてたの!』
『純ちゃん先生、社会教えて……』
『これ、全国……名古屋のお土産です』
『今年こそ全国で金取るから見てね』
『関西、銀でした……』
『純ちゃん先生、私部長に指名されました!』
『今年が最後だから、絶対全国行きたい』
『先生、一年生の
『清水さん知ってる? 清水
演奏と共に、彼女との思い出が
そうか……加納も成長していたんだな。
元々トランペットは中学校に入ってから始めたらしく、あの時は、もしかしたらその当時の俺の方が上手かったかもしれない。
しかし、今の演奏はあの頃の彼女とはまるで違う。
人一倍努力家だから、オーディションよりも上手くなっているはずだ。仮に、オーディションが本調子でなかったのなら、尚更だ。
ここからは見えないが、滝先生の表情を見れば分かるだろう……。
「滝野先生?」
呼ばれて我に返る。
「えっ? あ、
いつのまにか、隣に高坂が立っていた。
「それは私の
えっ?
指を目元に持っていくと、そこは濡れていた。
「いや、加納との思い出が蘇ってきて……」
俺がそう言って高坂が何を思ったかは分からない。
何か言おうと開いた口は、小牧の演奏が始まったために、そのまま閉じられた。
……なんだこれ?
率直な感想がこれだ。
それ以上何が言えるだろう。
加納の演奏は上手い。完璧と言って良いだろう。
おそらく、高坂や滝先生も同じ事を言うだろう。
しかし、その完璧な演奏をはるかに凌ぐ演奏が、今ここにある。
この演奏だけなら、全国大会で金賞をとるのは
「ありがとうございます」
小牧の演奏が終わった。
観客席は異様な空気に包まれている。
誰一人、何も言わない。息をすることすら忘れている人も、いるんじゃないだろうか。
俺は似たような光景を知っている。
そう。それは俺が二年生の時に見た、
「それでは皆さん。加納さんと小牧さんのどちらにソロを吹いてもらいたいか、拍手をしてください。拍手にて決定します」
ステージ上の二人は、共に無表情だ。しかし、真剣な顔なのは変わらない。
『ソロを吹いてもらいたい』か。
「加納さん」
真っ先に立ち上がって拍手をしているのは、
詳しい話は知らないが、今回の再オーディションのきっかけを作ったのは彼女らしい。
続いて十数人が拍手をした。
「はい。では、小牧さん」
今度は
立っていなくても、数十人の拍手が起こる。加納の時より多いのは明らかだった。
「加納さん。やはり、オーディションの時のあなたは本調子ではなかったようですね」
そうなのか?
今の滝先生は、何かを誤魔化すような言い方だったが。
「先生、分かってるんですよね?」
それに対し加納は、優しく、しかし
「分かってますよ。今のはわざとです。でも、そう思うのも無理はないと思います。この短期間で見違えるような演奏になりましたね」
血の
俺が鍵閉め当番だった日に、一緒に22時位まで残ったことがある。あれ、教頭に見つかってないよな……。
まあいい。例え見つかっても、怒られるのは俺の役目だから。
「ありがとうございます」
お、顔が
「加納さん、あなたがソロを吹きますか?」
滝先生はやっぱり滝先生だ。
普通なら、『こんな意地悪な質問は無い』と思うだろうが、これが滝先生だと不思議と自然に思えてしまう。
あの時もそうだった。
しかし、あの質問があったために、香織先輩は後悔することなく、納得することが出来たのだ……。加納はどうだろう?
「私は吹きません。みんなが小牧さんを選んだっていうのもあるし、知っていると思うけど、私たちの目標は『全国大会金賞』です。そのためには、学年関係なく、上手い人に吹いてもらうべきです」
加納が小牧の方を向き、右手を差し出す。
「小牧さん。ソロをお願いします」
彼女はどこまでも優しい。
自らの負けを認め、目標である全国大会に出場し、金賞を受賞するため、最善と思われる選択をする……。
「はい。ありがとうございます」
小牧が差し出された手を取り、握手する。
「小牧さん、あなたがソロです。他の誰でもなく、あなたがソロを吹く。
滝先生の声。
「はい!」
小牧は正面を見て、たじろぐことなく、力強く返事をした。
ソロパートの再オーディションが終わり、ホールでの練習が始まった。
時間に余裕があるため、途中に昼食を兼ねた休憩を挟む。
今はその休憩時間。
部員たちは、ホール内の観客席や、ロビーに出て、各々昼食を食べている。
「純ちゃん先生お疲れ」
「今日はありがとうございます」
何人かに声掛けられる。
「おお。ホールどうだった?」
一年生には初めてのホールだからな。
「やっぱり広いです。音ぜんぜん響きません~」
「当たり前だよ。当日は観客が入ると、音吸収するから尚響かない。まあ、頑張れ」
「先生~。吹いてよ」
「マッピ持ってこなかったから止めとく」
適当にあしらう。
さて、お目当ての人物は
駐車場にあるトイレ。
日陰になっているところにベンチがある。
「ここにいたのか、
ベンチに一人座っている。
「あ、純ちゃん先生……」
泣いていたのか、目が赤い。
「お疲れ。隣良いか?」
頷いたので、隣に腰掛ける。
「さて。俺に何か言うことあるか?」
不正の噂の情報源が誰か、目星はついている。
しかし、それを問い
言ってくれるのなら、言ってくれれば良い。言いたくなければそれでも構わない。
「ない。言うことはない。でも……」
「でも?」
「聞いて欲しいことならある」
「言ってみ」
「先生、私、間違ってたのかな? 先輩を
「間違ってないよ。加納が言ってただろ。全国行くためには、学年関係なく、上手い人が吹くべきなんだよ。一人じゃ大会には出られない、吹奏楽は団体種目だ。だから、そのトップに立つソロを全員で決めるってのは、悪くないと思うけどな」
思ったことをそのまま口にした。
「……」
それに対して返事はない。
しかし、肩が重くなった。
見ると、
反対の手を伸ばし、頭を撫でてやる。
「好きなだけ泣け。泣いてすっきりするなら、うんと泣け」
泣いて
「それじゃあ戻るか」
そろそろ休憩時間が終わる。
「うん。先行ってるね」
新川が立ち上がり、ホールへ戻ってゆく。
『頑張ってくれた加納先輩の為にも、全力で全国大会を目指す』
そういう決意のこもった表情だった。
見送り、俺も後追いでホールへ向かった。
本番まで半月ほど、夏休みはもう目の前に迫っている。
これから、部員たちの夏が始まるのだ。
2回に分けて掲載する予定だったお話を1話に纏めたため、途中でルビ振りが不自然になっている部分があります。申し訳ありません。
滝野先生大活躍(?)でしたね。如何でしたか?
いよいよコンクール府大会に突入します。
これからもよろしくお願いいたします。