【本編完結】君へ捧げる物語~北宇治高校文芸同好会へようこそ~ 作:小林司
9-1……お久しぶりです、香織先輩!
いよいよやって来た文化祭当日。
俺は至って普通に、いつも通りの時間に登校する。
徹夜……というのは
……何故知ってるかって? 家の目の前で行われていたんだから、知らない方が変だろう。
朝食中も、登校して行く人の姿が見えていたんだから……。
実行委員が夜遅くまで頑張った結果、努力の集大成とも言える、校門に作られたアーケードを潜り、昇降口へ向かう。
「おはようございます。1-2の
職員室に入る。
先生方も準備で慌ただしく動き回っている。
誰かに用事を頼まれそうだ……。
教頭先生は来客対応諸々の用意で忙しそう。
「あ、金山くん。これから教室行くよね?」
ほら、
「行きませんよ。何ですか?」
「あ、そうだっけ。……ごめんね。大丈夫……」
先生は何故か緊張しているように見える。
思い出した。うちのクラスの出し物の劇に、先生も出演するんだ。
「頑張ってくださいね」
「うう……。金山くんは良いよね。出番無いからさ」
「仕方ないでしょう。文芸同好会は実質俺1人で活動しているんですから。二足の
そう。文芸同好会が忙しいから、クラスの出し物の手伝いは免除してもらった。
「だよね……。頑張ってね。私も頑張るからさ」
「はい、頑張りましょう。それでは失礼します」
半泣きの先生を横目に、職員室を出た。
部室へ向け廊下を歩く。
普段と比べるとまだ早い時間だが、校舎内は騒がしい。
「それじゃあリハ始めるよ」
「お化け屋敷にリハいるのか?」
「そこ、文句言わないの」
「しっかり驚かせよ。リハだからって手ェ抜いたら怒るぞ」
どれどれ……。
視聴覚室貸し切ってお化け屋敷をやるクラスが有るんだな。
『最恐伝説の館』
そう、血の色で書かれた札がぶら下がっている。
名前は怖そうだけど、果たして
部室に到着。
昨日のうちに準備しておいた案内札が、採光窓からの朝日を受けて光っている。
『金山相談所』の上からぶら下げた『文芸同好会』の札だ。
「失礼します」
鍵を開けて入室すると、扉の内側には『文芸同好会 短編小説冊子
扉は重りを使って開けっ放しにするので、この紙が廊下側を向く寸法だ。
とはいえ、一体何人の人がここへ来て、何冊捌けるだろうか。
まあ、10部頒布できれば上出来だろう……。
体育館での開会式が終わると、いよいよ文化祭の幕開けだ。
オープニングに、吹奏楽部の演奏があった。
曲は勿論、『うさぎの駆ける道』。
まだ一般の観客を入れていないのに、体育館は拍手の嵐だった。これ、
そんなことを考えながら、我が持ち場。文芸同好会部室の椅子に腰掛けている。
机を普段と90°回転させ、パソコンを操作する側が窓際、先輩の定位置となっている側が廊下を向くように移動させている。
普段と違う向きで座っているため、若干違和感があるが、仕方ない。
開会式が終わってから1時間は経過した。
しかし、当初の予測通り、誰も来ていない。
開会式後2時間は、我がクラスの劇や軽音楽部・合唱部合同ライブ、吹奏楽部のコンサートなど、体育館のステージを使う催し物が固まっている。
そのため、観客や手透きの生徒はほとんど体育館にいるはずだ。
誰か来るとしても、もう1時間待たなければならない……。
暇だ……というわけではない。
この時間を利用して、原稿を進める。
「あの~。すいません!」
「はいっ!」
急に上から声が掛かり、驚いてしまった。
いかん。原稿に集中するあまり、来客に気づいていなかった。
「失礼しまし……って、
顔を上げれば、菜穂子の姿があった。
「そんなんじゃあ、お客さん来ても気付けないよ」
時計を見る。
「ステージ物が片付くまであと30分あるだろ。その間は誰も来ないと思ってさ」
「確かにね。色々回ってきたけど、どこも
だろうね。
「私は開会式終わってから、すぐにあちこち回ってるからね。今なら何処もがら空きだよ」
体育館のイベントそっちのけで……。
「そういえば、菜穂子はクラスの役割とか、無いのか?」
「そう言うはるかは?」
質問に質問で返すな……。
「俺は1人で文芸同好会の出し物やるからって、クラスの方は免除してもらったよ。でなきゃあ、そろそろ出番だよ」
確か『白雪姫』だっけか? 話し合いの段階からまともに参加していないから、よく分からない。
因みに、一応スタッフロールに名前を載せたいからと、大道具の段ボールにガムテープを貼るのを手伝った。
さて。俺は質問に答えたのだから、次は菜穂子だ。
「私の当番は後半なの。14時から終わりまで。ごくごく普通の喫茶店」
メイド喫茶じゃないのか。まあ、今時
「
「あるよ。白沢くんや水野くんは吹部のコンサートがあるから、私と同じか、それより遅い時間だね。あ、アカネちゃんのメイド衣装気になるの?」
はい? そもそもメイド喫茶じゃないって言わなかったか?
「いや。だいたい俺がここを放置して、お茶しに行くわけ無いだろう」
先輩は最初、こっちの手伝いをしてくれるって話だったが、喫茶店用の衣装を試着したところ、あまりにも似合っていたので、そちらに専念することになった。
つまり、ここは終始俺1人だ……。
「菜穂子、冊子買ってさっさと次行ったらどうだ? 時間が勿体ないと思うけど」
「そうだね。あ、でも今冊子買ってくと荷物になるから、また後で来るよ。どうせ、これだけあるなら夕方に来たって大丈夫でしょ?」
ほっとけ。
「じゃあね~」
菜穂子が出て行く。
「はぁ……」
まだ、1冊も捌けていない冊子の山を見て、ため息をついた。
「どう?」
声がしたので顔を上げる。
「あ、
扉の所から、黄前先生が顔だけ覗かせている。
「どう、
そう言いながら、こちらへ歩いてくる。
繁盛してるか否か。
室内には俺と先生しか居ないのだから。
「どうもこうも。初めてのお客さんですよ。生徒を除いて」
ステージ物が片付いたであろう時間だが、誰一人来ていない。……
「体育館のイベントが一通り終わるまでの2時間は、誰も来ないと読んでましたけど、悲惨なものですよ」
「それがねー」
お? 先生笑ってるけど。
「最初の軽音部と合唱部の合同ライブが盛り上がりすぎて、時間押しちゃったの。歓声の渦でMCもまともに喋れないし、アンコールも数曲あったのかな? 次の劇は20分遅れで始まったよ」
マジか。タイムキーパー仕事しろよ……。
「しかし、これ何度見ても凄いねえ……」
積まれた冊子を見て、先生は
俺は思わず溜息。
「どれどれ。そういえば、私まだこれ読んでないんだよね」
そう言いながら、一冊手に取り、俺の隣の椅子に座った。
定位置の椅子は、机のそちら側を廊下側に向けているため、片付けてある。
だから、椅子は俺の座っているのと、黄前先生が今座ったのの2つだけ。
実行委員会から借りたパイプ椅子は、窓際に畳んだまま置いてある。必要ないのに、菜穂子が勝手に借りていた。
5分位経っただろうか。
「これ、2冊ください」
先生が目を潤ませながらこう言ってきた。
「えっ? 2冊で400円です」
「はい」
500円玉か……。
「あ、最初だからお釣りが……」
「じゃあ、お釣りいらない」
いらないって。あとで計算面倒なんだけど。まあいいや。
受け取ったお金を、缶の中に入れる。
先生は読んでいた1冊を持ったままなので、1冊だけ渡す。
「ありがとう……」
しかしまあ、今にも泣きそうだ。
泣くような話を書いた記憶、無いんだけど。なんで?
「よっ!」
滝野先生が入ってきた。
「なんだ、黄前も一緒か」
これで顧問の先生が揃った。揃って何かが起きるわけではないけれど……。
「なんだ、はないでしょう。滝野先輩」
「先輩言ったな」
「気にしないで良いでしょう。あまり細かいところにうるさいと、モテませんよ」
「……」
何も言い返せない様子だ。今の一言は滝野先生に刺さったらしい。
「滝野先生は何しに来たんですか?」
「吹部のコンサートが終わったから、ここの様子を見に来たんだよ」
やっと終わったのか。
予定時刻を30分過ぎている。
「嘘! 先輩、体育館入れたんですか?」
黄前先生が声を上げる。そこ、そんなに驚くところ?
「何とか、な。ひどい有様だったよ」
話が読めない。
「どういうことですか?」
「ああ。体育館が凄い人の数で、札止めになったんだよ。黄前も入れなかったんだよな?」
「はい。実行委員に止められました。『もう、猫一匹入る隙間が無い』って。まあ、これはあくまで例えでしょうけれど」
そんなに? まあ、全国大会出場が決まっている、強豪校だからか。
「立華の
他所の学校の顧問まで。吸収できる物はすべて吸い取るつもりだろう……。
「あ、いたいた。久し振り!」
ふと、声がしたので顔を上げた。
扉の所に女性が立っている。
美人だ……。誰だって
「えっ? あ、香織先輩!」
黄前先生が、気付くなり名前を呼んだ。知り合い?
「お久しぶりです、香織先輩!」
滝野先生まで? 卒業生だろうか。
「黄前さん、滝野くん。……今は先生って呼んだ方が良いのかな?」
「どちらでも構いませんよ。お元気そうで良かったです」
「先輩、吹奏楽部のコンサート聴かれました?」
「うん。聞いてきたよ。凄いね! 感動しちゃった。あれ、
高坂さんの名前が出た。やはり、この女性は卒業生だろう。吹奏楽部の。
「失礼します……」
後追いで、もう1人入ってきた。香織先輩と呼ばれた人と一緒に来ている様子。
「はい。高坂の指導と、やっぱり滝先生の指導力の
滝野先生と黄前先生が、香織先輩と呼んだ人と盛り上がっている中、遅れて来たもう1人の女性は取り残されている。
どうしたものか……あ、目が合った。
こっちに来る。
「えっと……。ごめんね、騒がしくしちゃって」
苦笑いしている。掛けているメガネは、それなりに度が強いみたいだ。
「大丈夫です。えっと……」
「私は、
柴矢さんか。
盛り上がっている3人より、幾つか年上に見える。
「トラちゃん……あ。トラちゃんっていうのは、中世古さんのニックネームね。彼女、ここの吹奏楽部でトランペットやってたらしいから、私が付けたの」
やっぱり。
「トラちゃんがお世話になった先生が、またこの学校で吹奏楽部の顧問をやっていて、可愛い後輩達も先生として働いてるって知って、会えるのを楽しみにしてたみたい。当直明けなのに元気ね……」
そうか。中世古さんも滝先生や松本先生を知っている世代なのか。
2人が先輩呼びってことは、『全国銅賞』組だろう。
……もしかして、高坂さんとソロを争った人か?
「ところで、ここは?」
「文芸同好会の部室です」
「それじゃあ、
「俺は文芸同好会の副顧問です。黄前が顧問です」
「そうなんだ。黄前さんはてっきり吹奏楽部の顧問だと思ってたよ」
あー。それは言わない方が良いと思うけど。
「色々ありまして……」
「色々? やっぱり先生は大変なんだね。滝先生も私たちのために頑張ってくれてたんだよね」
「ですね。俺も滝先生と同じ立場になって分かりました。感謝しかありませんよ」
すっかり盛り上がってる……。
「こうなるとトラちゃん駄目だね」
「そうなんですか」
「うん。患者さんとも長話しちゃって、何度師長に怒られたことか……」
もう一度ため息をつくと、視線が冊子の山に移る。
「それ、
「はい。1部200円です」
「そっか。ここ、文芸同好会だもんね。じゃあ、私のとトラちゃんのとで、2部もらえる?」
「はい。400円です」
おお。学校関係者以外に売れた……。
「お釣りは良いよ」
そう言いながら、差し出されたのは500円玉。
「ありがとうございます。それでは、2冊どうぞ」
「ありがとね」
有り難い。これで4冊捌けた。しかし、まだまだ沢山ある。
それなのに、売上は5冊分……。
収支報告が大変そうだ。
「あ、居た」
扉のところに
「滝野先生に
「はい。先輩、また後で」
「あ、うん」
滝野先生は
「別に油売ってた訳じゃあ……」
「良いから早く」
そして、渋る黄前先生は江南先生に引っ張られながら、部屋を出て行った。
こうやって見ると、江南先生は結構背が低い。
ぐずる子どもに折れて従う母親みたいな、感じに見えた。
中世古さんと話していた2人がいなくなり、室内は途端に静かになった。
さて、この2人はどうするだろう?
「今、塚本先生って呼んでた?」
「うん。塚本先生だって」
それに反応するか……。
確か、あの夫婦は揃って吹奏楽部の出身だから、中世古さんとも面識があるのだろう。
「……」
「……」
無言で、2人が俺の方を見る。
俺に説明しろと?
「えっと……これ説明の必要あります? 中世古さんなら察しは付いてるんじゃないですか?」
「あれ? 私の名前……」
「柴矢さんから聞きました。それはともかく、中世古さんならお気づきでしょう?」
「
やっぱり。
「その通りです。ただ、本人を含め、ほとんどの先生が、旧姓呼びに慣れてしまっているので、
「そうなんだね。でも、去年来たときには会わなかったけれど……。ね、シバ先輩?」
柴矢さんも頷く。
去年か……。
「この数年は産休中でした。この秋に復帰されたばかりです」
「じゃあ去年来ても会わないわけだね」
「確かに」
納得して貰えたようだ。
しかし、産休というワードには全く反応しなかった。
仕事柄?
柴矢さんと中世古さんが去り、再び静寂に包まれる。
この校舎で催し物を出しているクラス・部は他にないので、祭りの
「失礼します……」
「こんにちは……」
「どうも~」
パソコンに向かっていると、扉の辺りから遠慮がちな声が聞こえ、顔を上げた。
「あ、いらっしゃいませ」
トロンボーンの1年生は4人いるが、この3人は ほたかメンバー で、特に仲が良いらしい。
「水野さんは?」
しかし、1人足りないとそのことが気になってしまうのが、人の性。
「
なるほど……。
「ここは? 文芸同好会は何してるの?」
「見ての通り。この冊子を頒布してる」
「それ?」
「これ。立ち読みオッケー」
そう言うと、それぞれ1冊ずつ手に取り、読み始めた。
その間、俺はパソコンとにらめっこ……。
「これ、金山くんが書いたの?」
高浜さんの声に、顔を上げる。
えっと、どっちのことだろう。
「ああ。それは
冊子に特典として挟んであるポストカードのことだった。
「加木屋先輩……?」
3人とも、知らないらしい。
「編入生だって。今学期からやって来た。本が好きらしくて、入部したんだよ」
詳しい話は知らないが、絵を描くのが得意らしく、この物語の主人公(敢えて名前は付けなかった)の男の子を描いてくれた。
しかも、『冊子に挟んで配って』と渡されたのは、その絵のポストカードだった。
「その先輩は?」
「クラスの出し物に駆り出されてる。W水野先輩と同じクラスだって。喫茶店とか言ってた」
「じゃあ、行ってみようか?」
「そだね」
「行こう」
見に行くらしい。単純に、お茶に行くだけかも知れないが。
「あ、金山くん。これ貰うね。幾ら?」
買ってくれるんだ……。
「1冊200円」
「えっ!」
驚かれたんだけど。高いとか言うつもりか?
「200円で良いの!」
「安いよ」
「特別価格とかじゃないよね?」
逆か。
「特別扱いしてません。一律200円」
「これ、それなりに立派な製本されてるから、業者に頼んだんだよね?」
「ええまあ。そうです」
「400円~600円辺りが相場じゃないの?」
「そうかな……?」
高浜さん、やたら詳しいな。
他の2人が圧倒されてる……。訳でもなさそうだ。3人ともだいたい同じことを考えているみたい。
「赤字にならないよね?」
「その心配はないよ。元は取れる金額にしてあるから。高浜さん、詳しいね……。同人誌即売会とか、行ったことあるの?」
それとなく聞いてみる。
「何回かある。4人で行ったこともあるよ。ね」
2人とも頷いている。
4人ということは、もう1人は水野さんだろう。
「はい。じゃあねー!」
3人から200円ずつ受け取ると、揃って部室を出て行った。
『これ、その物語の主人公』
一昨日の放課後、ここで加木屋先輩から渡されたのは、男の子のイラストだった。
「お疲れ」
加木屋先輩がやって来た。
「お疲れ様です」
先輩は、定位置には座らず、俺の横へ来る。
そして、鞄から取り出した物を差し出された。
「何ですか、これ?」
クリアファイルに入ったA4サイズの紙。
「その物語の主人公。描いたの」
主人公だって?
透明なクリアファイルなので、取り出さずに眺める。
「これ……」
思わず見入ってしまい、言葉が出ない。
俺のイメージ通りの人物に仕上がっている……。
先輩は更に、鞄から何かを取り出す。
「ポストカードにしたの。冊子に挟んで配って良いよ」
「ポストカード?」
封筒に入った状態で渡されたので、取り出す。
……あの絵がポストカードになってる。
「予備があると思うけど、冊子と同じ数作ったから……。挟んで配って」
束ねられている帯に、105枚と書かれているから、冊子の数あるんだ……。
「ありがとうございます。あ、お金掛かりましたよね? 領収証があれば部費から出るので……」
「大丈夫。気にしないで」
あれ? そういえば、俺先輩に冊子の印刷数教えたっけ?
いや、顧問の先生を含め、誰にも言っていない。
先輩は同じ数って言ってたけど、何故知っているんだろう?
香織先輩の登場です。
執筆してた本文を読み返したら、『中瀬古』先輩になっていてビックリしました(汗)
『中瀬古駅(三重県 伊勢鉄道)』というのがあるため、変換がそちらになってるんですね。慌てて中世古に直しましたよ……。
ところで、一緒に来た俊美さんの正体は、ご存じの方もいらっしゃるのではないでしょうか?
因みに、この二人は共に、高校卒業後看護学校へ進む という設定を活用させていただき、同僚として登場していただきました。
せっかくの文化祭ですからね。この後も卒業生がちらほら登場する予定です。
この後の展開も、お楽しみいただけると幸いです。