【本編完結】君へ捧げる物語~北宇治高校文芸同好会へようこそ~ 作:小林司
来客が多く、
物を
もっと暇だと思っていたのに……。
お。廊下から声が聞こえる。誰か来るようだ。
「あ、
「久し振り! 元気か?」
やって来たのは
「こんにちは。今日はお休みですか?」
「いえ。塚本くんは明けで、私は夕方から仕事です」
明け……? 仕事終わりということだろう。
電車の運転士は大変だな……。
「物語の冊子を頒布しているんですね。どんな調子ですか?」
「どうもこうも。散々です。ほぼ関係者しか来ませんから……」
顧問の先生、卒業生。そして、吹奏楽部員。
「まあ、立地が悪いよな。ここは……」
塚本さん、分かってらっしゃる……。
こんな場所でやってるんだから、仕方がない。
「これ、金山くんが書いたお話ですか?」
川島さんは既に、冊子を手に取り開いていた。
「はい。俺が書きました」
「ほら、秀一くんも」
「俺も?」
川島さんに促され、塚本さんも冊子を開く。
「これ、この文芸同好会のお話ではないんですね」
先に口を開いたのは川島さんだった。
「フィクションですよ」
ここの話を書いたら、俺の正体が公になってしまう。そんなヘマはしない。
「失礼します。金山、調子はどうだ?」
誰か入ってきたようだ。
この場所からだと、2人が楯になっていて確認できない。
しかし、この声は間違いなく……。
「おや? 川島に塚本か!」
呼ばれた2人が振り向く。
「あ!
「松本先生、
軍曹先生こと、松本先生だ。
「久し振りだな。元気か?」
「はい。元気に頑張ってますよ」
「先生も元気そうで良かったです。久美子から、体調が良くないみたいって聞いていたので……」
そうか? 体調が悪いようには見えないけれど。
強いて言うなら……、
「ちょっと夏バテしただけだ。問題ない」
だよね。そんな感じがしてた。
「今年の吹奏楽部は大変なんだよ。大会毎に問題が発生してな……」
思い出す。忘れようと思っても、忘れられない問題の数々……。
もちろん、忘れるつもりはない。
「
そうだ。塚本さんと加納先輩は同じマンションに住んでいるんだっけ。
「ああ。それで府大会は急遽私が指揮をすることになった。でもまあ、関西大会に出場出来て良かった」
「その関西大会でもトラブルが発生したんですよね」
あれは思い出すだけで苦笑い。
「そうだ。事故渋滞で動けなくなって、私たちは会場に行けなかったんだ」
「そんなことが。その後はどうなったのですか?」
川島さんは初耳らしく、
「別件で先に和歌山に行っていた前顧問の
あのときは、先生方の情報伝達が上手く行っておらず、俺たちは変な場所(Twitter)から情報を入手した。
大騒ぎだったなぁ……。
「そうなんですね! その園田先生にお会いしてみたいです。どちらに行けば会えますか?」
「川島は体育館のコンサートは聞いてないのか?」
「残念ながら……」
満員だから入れなかったのか……。
「今さっき着いたばかりなので……」
そっちですか。
「だから、真っ先に金山くんに会いに来たんですよ」
それは光栄です。
「ありがとうございます」
そういえば、川島さんと塚本さんは、さっき手に取った冊子を持ったままだ。
「川島。手に持ってるそれは?」
松本先生がそれに気付いたようだ。
「ここで頒布してる奴です。金山くんの書いたお話らしいですよ」
「あ。川島、まだお金払ってないぞ」
はい。お代がまだですよ。
「おっと。そうでした。金山くん、幾らですか?」
「200円です」
金額を聞くと、2人は財布を取り出した。
塚本さんが200円を取り出し、俺に渡そうとしたところ、川島さんが取り上げた。
「えっ?」
「あ?」
塚本さんが驚く。
手を伸ばしていた俺も驚いた。
川島さんはその200円を自分の財布に入れ、代わりに1枚の硬貨を取り出した。
「はい。秀一くんと私の分です。お釣りは要りませんので、受け取ってください」
500円玉……。
「ありがとうございます」
「これからも頑張ってくださいね。では、失礼します」
敬礼だ。もはや、彼女の代名詞になっている。
「秀一くん、次行きましょう! 松本先生、ありがとうございました」
「ああ、頑張れよ」
あれ? 結局、彼女園田先生に会うにはどこへ行けばいいか、聞かずに行っちゃった……。
残ったのは松本先生。
「そうか。金山は川島や塚本とも面識があるんだな」
「そうですね。2人ともここの卒業生ということですし、俺の場合名前がね……川島さんと境遇というか、似てる部分があるというか……」
「まあ、そうだな。川島は……。最初、私も名前を読み間違えてしまったんだ」
「2人とも吹奏楽部では大活躍だったな。金山はその頃の大会成績は知ってるよな」
「3年生の時に、全国大会で金賞ですよね」
「流石、金山は何でも知ってるんだな」
おいおい、松本先生までウィキペディアくんとか言わないよな?
「200円だな。1冊貰おう」
そう言って、冊子の山に手を伸ばす。
「えっ、ありがとうございます……」
「頑張れよ。あ、そういえば、あの2人園田先生に会いに行くとか言いながら、場所を聞かずに行ったな……」
そんなことを言いながら、松本先生が出て行く。
何というか、あっという間だった……。
「お兄ちゃん。来たよ」
制服姿の中学生……って。
「ゆうきか……。1人?」
「勿論。こんなとこまで来る物好き中学生は居ないよ~」
「それ、自分は物好きだって認めてるようなものだぞ」
「違うとでも?」
違わないな……。
「そういえば、なんで制服なんだ?」
今日は学校、休みのはずだが。
「一応、高校見学ってことになるから、制服で行くように学校から言われてるよ。ってか、お兄ちゃん、去年来なかったの?」
来てない……。
その頃には既に北宇治進学を決めていたから……。いや、原稿が忙しくてそれどころじゃなかったんだっけ? もう思い出せない……。
「ところで、ゆうきは何しに来たんだ?」
「顔出しに来ただけだよ。来ないのはまずいと思って」
別に来なくても良かったんだけど……。
「それじゃあ~」
言うが早い。部屋を出て行く。
本当に顔見せだけかよ……。
「貰ってくれないのかー!」
「どうせ余るでしょ? そんなにたくさんあるなら……」
後で持って帰ってこいってことか。ちゃっかりしてるよ。全く……。
「ただいま……」
少し気の抜けた声だ。
疲れているのだろう。
「何があったんですか?」
「まあね。ちょっと野暮用があったの。力仕事もあったから疲れちゃった。……よいしょっと」
若干年寄り臭い掛け声で、先生は俺の隣の椅子に腰掛けた。何で?
「代わるから、少し校内回ってきたら?」
どうやら、交代してくれるらしい。
「良いんですか?」
「ずっと座りっぱなしも大変でしょう。ちょうどお昼だし、行ってきなよ」
時計を見ると、12時を過ぎている。
「そうですね。お言葉に甘えて」
椅子から立ち上がる。
おっと、パソコンの原稿データ保存しておかないと……。
「そういえば、エクセルのショートカットキーの使い方って、分かってるの?」
唐突に、先生から言葉が飛んできた。
「エクセルのショートカットキー? Ctrl+Sとかですか?」
今、それを押したばかりだ。
「そうそれ。イマイチ分からないんだよね。だから、いつも選択、右クリック、コピー……ってやっていたら、
確かに。いちいち右クリックなんてやっていたら、時間が掛かってしまう。
だからって怒るのもどうかと思う。あ、でも江南先生が? あの人怒るのか?
「あとで説明しますよ。俺が分かる範囲で」
「本当? 助かるよ。人多いから気を付けてね」
「はい。行ってきます」
閉架書庫室を出ると、室内では気付かなかった様々な音が聞こえてくる。
そのほとんどが客引きの声で、隣の校舎に来ると顕著に聞こえる。
「あれ?
「あ。
廊下で傘木さんに出会う。
「1人なの?」
「はい。元々文芸同好会は俺1人みたいなものなので、ずっと接客対応してました」
とはいえ、来たのは身内やその関係者だけど。
「それで、黄前先生が代わってくれたので、お昼に来ました」
「なるほどね。じゃあ、今時間あるんだ?」
「えっ? はい。しばらくは大丈夫だと思います。あ、ごめんなさい……」
廊下で立ち話をしていたので、他の人の通行を妨げていた。
脇に寄って話を続ける。
「なら、私と一緒に回らない? 私も今なら時間あるんだ」
傘木さんと? それよりも、気になったワードがある。
「今ならって、傘木さんは何かするために来てるんですか?」
「酷いなぁ。同窓会が模擬店出してるのは知ってるよね? カレーや焼きそばとか、食べ物メインで」
「はい。体育館裏の通りでやってるんですよね?」
「そうそれ。私も手伝ってるの。それの担当の時間が終わったから、今なら時間あるの」
なるほど。そういうことなのか。
「分かりました。一緒に行きましょうか」
「オッケー。じゃあ、まずはお昼ご飯だね」
そういうわけで模擬店の通りに連れて行かれた訳だが、俺が関係者の傘木さんと一緒に居たからか、吹奏楽部員だからか、理由は分からないけれど、かなりサービスしてもらえた。
もちろん、お金は払ったんだけど、200円とかなり安価だったし、量が普通じゃなかった。
あの模擬店の人、傘木さんは『ナックル先輩』と呼んでいたけれど、何者なんだろう?
名前だけは何処かで聞いたことがある気がするんだけも……。
焼きそばだけでお腹いっぱいになってしまった……。嬉しいような、悲しいような。
他にも美味しそうなものが沢山あったのに……。
顔出しに
そんなわけでやって来たのが『最恐伝説の館』。
「お化け屋敷だよね……?」
「だと思います」
怖いのだろうか?
「入ろっか?」
傘木さんがそのつもりなら……。
「入りますか? じゃあ、行ってらっしゃーい」
入口のゲートを管理している人の、陽気な声で送り込まれる(?)
「……」
「……?」
というわけで、入ってみた。
「何ですか、これ?」
最初の区画は、普通教室の4分の1くらいに区切られていて、普通に明るい。
お化け屋敷あるあるなBGMが流れているものの、お化けみたいな物もなく、怖さは感じられない。
「これ、お化け屋敷なんですかね?」
「どうだろう。……何これ?」
傘木さんが、壁一面に貼られている紙に気付く。
「えっと……『
俺も他の紙を見る。どれどれ……。
「こっちはテストですね。0点……」
「『課題未提出者。出さない場合は、落第』って書いてある」
「『逮捕状』。これ、本物そっくりなんでしょうか……?」
「いや。私実物見たことないからね?」
そりゃあそうだろう。
「これが最恐伝説なのかな? 人によっては怖いかもしれないけど……」
確かに。傘木さんの言うとおりだ。
これも人によっては『怖い』と思うだろう。
『順路→』に従って進むと、黒いカーテンが下がったゲートがある。
『最恐伝説という
横の貼り紙にこう書かれている。
洒落なのか……。
カーテンを潜ると、本当のお化け屋敷が現れた。
「か、金山くん……だ、だ、大丈夫なの……」
入ってすぐ、天井から吊されたこんにゃくにビビった傘木さんは、俺の腕にしがみついている。
「こんなの普通でしょう。ほら、怖くないですよ」
こんにゃくなんて古典的……。人が多いからか、暑さ故か、多少乾いていた。
「傘木さん、大丈夫ですよ。ほら、笑い声が聞こえますから……」
他のグループだろうか。先の方から聞こえるのは、悲鳴ではなく笑い声だ。
「おおおお化け役の子の声なんじゃない?」
「そうですか? 普通に笑ってますよ」
なんとなくだけど、川島さんの声じゃないか? 似てる。
「そうかな……キャー!」
傘木さんが悲鳴を上げる。
「うわっ! ゾ、ゾンビ……」
目の前にゾンビが現れた。
驚いた。……悲鳴のほうに。
「怖くないですよ。傘木さん。……傘木さん?」
あーあ。泣いてるよこの人。
おいおい。ゾンビは笑ってるよ。
……よく見れば、クラの
「確かに最恐だったかも。怖かった……」
外に出て来ると、傘木さんは中で泣いていたからか目元が赤くなっていた。
「ですね。心臓に悪いです」
終始傘木さんが俺の腕に抱きついていて、いろんなところが当たっていた。という意味で……。
「金山くん、どうでした?」
「あ、
出口のゲートを管理しているのは、コンバスの日比野先輩だ。
「2-7と3-7の合同だよ。進学クラス同士で組んだんだよね。言い出しっぺはクラス委員長だったかな?」
「ああ。だから寺本先輩も居たんですね」
「金山くん気付いた? あのメイク。
テナサクの大江先輩か。あの人日頃からメイクが濃いと思ってたけど、こういう特技があったのか。
「はい。怖かったです……それなりに」
傘木さんは強がってるけど、その涙声じゃあ説得力はない。
「なら良かった。そちらの方も楽しんで頂けたようでなにより」
「はい。彼女、終始泣きっぱなしで……悲鳴の方が怖かったです」
「良かったよ。さっきなんか、全然怖くなかったって、笑いながら出てきた人も居たからね」
やっぱり。笑い声はお化けではなく、客のほうだったか。