【本編完結】君へ捧げる物語~北宇治高校文芸同好会へようこそ~ 作:小林司
会場へと戻ってきた。
ちょうど、
この辺りでは無名でも、知っている人は知っているのか、観客の数は更に増えている。
さて、何処に座ろうか……と迷っていたら、
俺は
しかし、それについて誰も
「皆さんこんにちは! はじめましての方が
MCを務めるのは部長だろうか? そんなことを考えていたら、
「副々部長の
高坂さんの囁き声が聞こえてきた。加納先輩と話している。
「
「今日は、大阪市にある姉妹校の新校舎完成記念式の帰りに、立ち寄らせていただきました。ここ、京都駅で演奏出来るということで、とても緊張しています」
と言いながらも、緊張している様子は見られない。全国大会常連の強豪校だから、こういうイベントには慣れているのだろう。
それか、本当に緊張しているけれど、顔に出ていないだけか……。
「短い時間ではありますが、お楽しみいただけると幸いです。それでは1曲目、『これが私の生きる道』!」
高坂さんが言うには、浜松海浜の
そういえば、北宇治には十八番と言える曲はあるのだろうか?
「ありがとうございます。2曲目は、京都在住の作曲家、
『北からの子守歌』に『南への恋文』。この作者は方角の入った曲名が多い。
確か、『四方曲集』だったかな。この他に西と東の付く曲があるはず。
近藤さんが言ったように、鳴海先生は地元では有名な作曲家だ。
「あっという間に最後の曲となりました。皆さんお楽しみ頂けたでしょうか? 私たちも全日本吹奏楽コンクール全国大会に出場します。会場が名古屋で、ここからは遠いですが、聞きに来ていただけると嬉しいです。また、大会以外でも、ご縁ありましたらまた演奏を聞いていただけると有り難いです。それでは最後の曲、『宝島』です!」
浜松海浜も全国大会出場だっけ。
確かに名古屋は遠い。
でも、我ら吹奏楽部も名古屋へ行くんだ……。
「最後に一番盛り上がる曲を選んだねぇ」そう堀田先輩が呟いた。
確かに。
パーカスのアンサンブルから始まり、メロディーに入ると、会場からややずれた手拍子が起こる。
「あ、この曲聞いたことある!」
「凄いね。聞いていこうか」
通りすがりの人も、足を止めて演奏に聞き入っている。
「見たことのない制服だけど、何処の学校だろう?」
「ちょっと調べてみるね」
因みに、北宇治は吹奏楽部のTシャツを着て演奏したし、加納先輩や堀田先輩もまだ着用したままだが、浜松海浜は制服で演奏している。
サックスソロは、MCを務めていた近藤さんだ。
演奏は完璧。終われば盛大な拍手が注がれる。
演奏が終われば、今日一番の拍手が起こる。
流石全国大会常連校。レベルが違う。
堀田先輩も加納先輩も、演奏に聞き入っていた。
浜松海浜高校の演奏を最後に、駅ビルコンサートは終了した。
部員たちはバスで帰るが、俺は高坂さんから往復分の乗車券を貰っているので、電車に乗って帰ることになる。
「それじゃあ、また学校でね」
「はい。お疲れ様でした」
「はるかお疲れ様」
「先輩もお疲れ様でした。皆さんにもよろしくお伝えくださいね」
「固いよ~。いつものはるからしくない!」
「なんか高坂さんに影響されちゃった感じが……」
「まあいいや。気をつけてね」
堀田先輩と加納先輩に挨拶し、荷物を預けてある大会本部へ向かう。
「あ、
大会本部に戻ると、高坂さんが花束片手に立っていた。
「それ、どうしたんですか?」
「ファンだって言う子から貰ったの。感動しました! って」
わざわざ花束持参で演奏を聞きに来たのか……。
「凄いですね……」
「そうね。音楽室に来ればいつでも会えるのに……。いつでも、というわけではないか……。毎日じゃないから」
待て。
高坂さんが普段何をしているのか、詳しい話は知らないけれど、
だけど、吹奏楽指導に行っている学校は北宇治だけらしいから、『音楽室で会える』のは、北宇治関係者。で、花束を持参しそうな人って……。
「高坂さん。その人って俺が知っている人ですか?」
「勿論」
即答。
「
「うん。サインのお礼も兼ねてるみたい」
凄いな先輩。
引っ越してきて2ヶ月も経っていないし、家が俺と同じで学校の近くだから、平日は『学校⇔家』の行き来が殆どだろう。どこに花屋さんがあるかなんて知らないと思う。
それでもわざわざ探して買ってきたのか……。
「ここまで熱烈なファンはなかなか居ないよ。ありがとね」
「えっと、何で俺に?」
「金山くんが文芸同好会と吹奏楽部両方に在籍してなかったら、私が文芸同好会の部室に行く機会は無かったし、加木屋さんに出会うこともなかったと思うから」
それもそうか。でも、なんか、こそばゆい。
『お待たせいたしました。快速 奈良行き発車します』
帰りの電車に乗る。
帰ろうとしたら、高坂さんに「忘れ物」と言って渡されたスーツを持って……。
確かに、俺のために採寸して作ったんだから、俺が持って帰らなければ、誰も使わない。
とはいえ、こんなにお礼を貰って申し訳ない気もする……。
「金山くん……」
窓の外を眺めていたら、声を掛けられた。
「えっ? あ、加木屋先輩」
声の主は加木屋先輩だ。
制服を着ているということは、一度学校に行ったのだろうか……。
「どうでした? 高坂さんの演奏は」
「凄かった! もうそれ以上言うこと無いくらいに。皆が知ってる曲を選んだんだね。演奏が凄かったし、聞いていて楽しかったよ」
先輩が
「どうしたの……?」
「あ、いや。先輩がそんなに喋ってるのが珍しくて……」
だから、黙って聞いていたら、変な顔をされた。
「そう……。確かに、私がこんなに喋るの……珍しいかもね……」
恥ずかしかったのか、先輩は顔を赤くして、窓の外を向いてしまった。
もちろん、加木屋先輩も一緒だ。
先輩が先を歩いていて、後追いの形で改札を抜ける。
「急に寒くなったね……」
「そうですね。昨日はまだ昼間は暑かったのに」
陽が当たるところなら暖かいけれど、日陰に入ると肌寒く感じる。
「服装……気を付けないと風邪引くね」
現に、半袖のセーラー服の先輩は、少し寒そうだ。
「先輩、明日からは冬服にしますか?」
今は衣替えの期間なので、冬服・夏服どちらを着用しても良いことになっている。
「そうする……。昼間は暑くなるとかないよね?」
男子の制服は、長袖カッターシャツ+学ランだが、女子の制服はセーラーだから、男子と違い『上着を脱ぐ』ことが出来ない。
暑いと悲惨だ(コンクール当日の惨状)。
「だと良いんですけど……」
そういえば、先輩は9月に編入してきたから、冬服を着ているのを見たことがない。
「金山くんも明日は冬服着る?」
「そのつもりです」
因みに、今は私服だ。
「先輩、明日の服装気を付けてくださいね」
「何を?」
「先輩なら大丈夫だと思うんですが、夏前の衣替えの時、上下で違っていた人を見ましたから」
男子の場合、スラックスは見た目は変わらないが、女子のセーラー服は全く異なる。凄く目立つ。
「間違えた子は顔真っ赤にして半泣きだったし、クラス中が『見て見ぬ振り』を決め込んでました。まあ、最終的には
結局、保健室で借りて上下揃えた。
「それは……恥ずかしいね……。私だったらもう学校来れないかも……」
校門の前、即ち俺の家に到着。
「それじゃあ……」
先輩が1人歩き出すので、追いかける。
「先輩、すぐだから送りますよ。もう暗くなってきましたし」
「別に良いよ。……家の前なのに」
「大丈夫です。少しぐらい。それに、運動をかねて歩かないと」
そう言いながら、隣を歩く。
「花束、高坂さん喜んでましたよ」
「そう……。喜んでもらえて良かった」
先輩が立ち止まった。
「先輩?」
振り向くと、先輩と目が合う。しかし、目線は逸らされない。
「私ね、こんな性格だから、京都に引っ越すことになったときは不安だったの」
「前に、高坂さんについて書かれた本を読んだことがあって、彼女の演奏に感動したのね。だから、京都に来れたらもしかしたら会えるんじゃないかって、少しだけ期待してたんだけど……」
「まさか本当に会えるなんて……。金山くんのお陰だね」
「いや、俺は何もしてませんよ?」
「でも、金山くんに出会ったから会えたんだよ」
さっき、これと逆のことを高坂さんに言われたばかりだ。
そう言おうと思った。でも、言えなかった。
「ありがとう」
満面の笑みでそう言い、先輩が走って行ったからだ。
俺はその背中を見送ることしか出来なかった。
でも、助かった。
俺の顔は今、真っ赤だと思うから……。