【本編完結】君へ捧げる物語~北宇治高校文芸同好会へようこそ~ 作:小林司
翌日。朝の部活前、閉架書庫に行くよりも先に、音楽室へ向かう。
いつも、部員→外部指導者(
先生が音楽室に入ったのを見届けてから、扉に聞く耳立てる。
昨日の朝は、吹奏楽部を発端として、ひと騒ぎ起きていたらしい。
低音パートでチューバ担当の
しかも、そのまま学校も無断欠席したので、
藤浪先輩が抜けると、チューバが1人になってしまう。
昨日の朝は、『チームほたか』メンバーを投入したらしいが、果たして滝先生はどういう選択をするだろう……。
「おはようございます」
「「「おはようございます!」」」
「えっと。昨日は急きょ部活を休みにしてしまい、申し訳ありません。練習を始める前に、皆さんにお話したいことがあります」
滝先生が、いつにも増して真剣な声で話掛けている。
ここからは顔を見ることは出来ないが、どんな顔をしているか、想像に
「昨日の朝話題になったように、藤浪くんが全国大会に出れないことが決定的となりました。本人家族含め、誰とも連絡が取れず、警察でも失踪したと扱われるそうです」
案の定、というか当然というか。室内が一気に騒がしくなる。
「まずは聞いてください」
それを先生が黙らせた。
「藤浪くんが出場出来ない以上、このままではチューバが
再び室内が騒がしくなる。
しかし、
「宜しいですね」
「はい!」
「承知しました!」
「頑張ります!」
先生の問い掛けに対し、3人の力強い返事が聞こえてきた。
「おはようございます……」
閉架書庫室に、ノックしてから入室。
「おはよう。珍しく遅かったね」
既に
「すいません。ちょっと寝坊しちゃって……」
そう答え自分の定位置に向かう。
「嘘でしょう?」
しかし、その足はすぐに止めることになった。
「寝坊。嘘でしょう?」
えっ? 音楽室行ってたことがバレてる?
「
「そ、そんなこと無いですよ……」
た、確かに。
俺が寝坊したことはない……。これが本当なら、人生初寝坊だ。
「何か隠してない?」
そういえば、先輩は俺が来た時点で椅子に座っていたが、本を読んでいなかった!
やはり、音楽室に行ったことを知っていて、この話をするために待っていたのだろうか……?
かまかけ かもしれない。慎重に……。
「隠すって何を? ……こんな言い方したら失礼だと思いますが、俺先輩に話していないことたくさんありますよ。成績のこととか、趣味特技だとか。先輩だって同じでしょう?」
「確かにそうだけど」
言い淀む。ちょっと言い過ぎたか?
「……私だって誰にも言えない秘密があるし、それは金山くん
なんだって! やっぱり俺の正体に気付いているんじゃないか、この人!
「でも、私が言っているのは、そういうプライベートな話じゃなくて、学校生活に関係してる話だよ」
やはり。しかし、あの話なら口が裂けても言えない。
「隠してませんって。だいたい、
「それは……」
言えないらしい。
かまかけ されているようなので、逆手に取ってしまいたい……。
「先輩が入部する前? その後? それとも、数日前とか?」
「一昨日の朝。あ……」
言ってしまってから、しまったという顔をしている。
引っ掛かった。やっぱり藤浪先輩の件で確定だ。
「……」
しかし、それでも藤浪先輩の名前を口にしない限り、何も言えないので、黙って目で続きを促す。
「一昨日の朝、この部屋に来ていたよね? あの人……藤浪先輩のことで何かあるんじゃないの? あ、アカネちゃんから聞いたよ。藤浪先輩が失踪して大変なことになってるって」
そこまで知っているのか。
どう誤魔化すか……。この人は気付いているんだろう。
「その時の話は先輩にもしましたよね? バスの座席のことだって。恥ずかしいから黙っていて欲しいって言われたってことも」
「確かにそう聞いているけど……」
「それに、もし失踪するのなら、何でバスの座席の相談に来るんですか? 東京に行こうとして、博多行き新幹線の空席状況確認しますか?」
上手い例えが見つからなかったけど、言いたいことは伝わっただろう……。
「あのねぇ。そもそも、座席の話自体が嘘だった、ってことは考えられないの?」
突然先輩が、今までに聞いたことの無い低く冷たい声で言い放った。
驚きのあまり声が出ない。
「何を言われたか知らないし、教えてくれないんなら構わない。でも、困っている吹奏楽部の皆のことはどう思っているの?」
吹奏楽部の皆。
確かに。
急きょ演奏することになった成岩さんと古見さん。滝先生への返事は力強いものではあったが、本当は不安なのかもしれない。
しかし、藤浪先輩のことを話したところで、先輩が戻ってくるわけではない。
考えろ。もし、自分が同じ立場なら……。
どんな状況であれ、自分が演奏しなければならない。
先輩が借金から逃げていることを知ったら、その事で心配になり、集中出来るだろうか? お世話になっている先輩なら尚更だ。
理由も分からず失踪したとなれば心配だけど、借金から逃げているとなれば、命の危険もある。
知らなければ、心配なのは一緒でも、その度合いは異なる。
……知らない方が幸せな事もあるんだ。
「だからこそ。このことを話すわけにはいきません」
「何で!」
「心配させたくないんです。彼女たちを」
「言えば心配するような事態になってるのね」
「兎に角。この事は言えません。先輩と約束したから……。本当なら、この事さえも加木屋先輩を含め、誰にも言いたくなかったんです。分かってください……」
「そう……。分かったわ」
少し間があってから、先輩はそう言って立ち上がり、鞄を手にこちらへ歩いてくる。
「じゃあね……」
そして、扉を開けて出て行った。
追い掛けるべきだったか。否。
俺に出来ることは何も無い。
そのまま立ち尽くす。
俺1人しか居なくなった部室を、静寂が支配する。
「おはよー。どうしたの?」
その静寂を破ったのは、ノックせずに入室してきた黄前先生だった。
「あれ? 今日は1人?」
「ええまあ。先生、朝早くからどうされました?」
先生が部活に顔を出すのは、放課後が主で、朝は殆ど来ない。
何か言うことがあって来たのだろう。
「ああ。滝先生から伝言。今日の放課後、全国大会の打ち合わせがあるから、部活前に音楽室に来てくださいって」
そうだ。もうすぐ全国大会なんだ。
大まかな話は既に聞いている。北宇治の演奏は日曜日の午後に行われるため、前日中に名古屋に行き、宿泊することになるらしい。
「分かりました。あ、因みに黄前先生は行くんですか? 名古屋に」
「行かないよ。顧問でもないのに」
それもそうか。
「金山くんを含めた全部員と、滝先生松本先生
坂部さんたちも行くんだ……。
彼らと初めて会ったのは、サンフェス前に嵐山の喫茶店で。
あれからまだ半年も経っていないんだな……。でも、色々あったから、既に一年くらい経っている気分。
サンフェス、府大会、関西大会に文化祭。そして、あっという間に全国大会……。
頑張ろう。
俺が頑張っても仕方ないのか……。