【本編完結】君へ捧げる物語~北宇治高校文芸同好会へようこそ~ 作:小林司
そして迎えた金曜日。
6限目の時間を使って、吹奏楽部のコンサートが行われる。
体育館のステージとそのすぐ下に椅子が並び、部員たちが座っている。
吹奏楽部の部員を除く生徒が体育館に集まり、部員たちの前に座っている。
中には寝ているような人もいるが、演奏が始まれば嫌でも起きるだろう……。
開会の時間となった。
6限目の始業チャイムを合図に、(今時珍しい)有線マイクを手に持ち、部員たちの前へ歩み寄る。
真ん中に立ち、一礼。
「皆さん。本日は我が吹奏楽部のためにお集まりいただき、ありがとうございます!」
正面を向き、全生徒……観衆に対しこう言うと、早速拍手が起こる。
あれ? あの人は確か、
一般の観客も入れているのか……。
えっと……校長先生は何処に? 居た。
「まず、本日はこのような場を用意していただいた校長先生・教頭先生に部を代表してお礼申し上げます」
先生方の方を向き、一礼。
「それではまず、最初の曲、『北からの子守歌』です。どうぞ!」
再び観衆の方を向いて言い、一度部員たち……奏者を見て、脇に下がる。ひとまず、俺の出番は終わりだ。
俺と入れ違いに、
指揮棒を上げ。
振り下ろす……。
1曲目の演奏が終わったので、言葉を続ける。
今度は、前には出ずこの場で。
「昨年度、我が吹奏楽部は全国大会出場を目標にし、今の曲で関西大会に出場しました」
そう。今日の演奏会は今年一年の吹奏楽部を振り返るものになっている。
だから、1曲目は去年の自由曲だ。
「しかし、結果は銀賞に終わりました。今年度、
ここで想定外のアクシデントに見舞われたが、それは別の話。
「というわけで、まずはサンライズフェスティバルです。ちょっとトラブルも起きましたが、『北宇治ここに在り』と知らしめる演奏をしました。それでは次の曲、『残酷な天使のテーゼ』」
園田先生が指揮台から降り、滝先生と代わる。
曲に合わせて指揮者も代える。これも演出の一つだ。
滝先生が手を上げ。振り下ろす。
サンフェス……。
楽器運搬係のお手伝い。園田先生の車で太陽公園へ。事故による道路渋滞で、楽器と部員が来ない……。
まだ半年も経っていないけれど、だいぶ昔のことみたいだ。
サンフェスだけでも色々あった。
この曲を聞いていると、当日の太陽公園での出来事が甦る。懐かしいなぁ……。
演奏が終わり、滝先生が指揮台から下りた。
そのままこちらへ歩いてくる。
そして、入れ替わりに
「そして迎えた京都府大会。ここでまたトラブルが襲います。指揮をする予定だった滝先生が、過労で倒れてしまいます」
ここで、(演出として)わざと滝先生に倒れてもらおう。という声があったが、速攻で松本先生に却下された……。
「
松本先生が指揮台に昇る。
そして手を上げる。普段使う指揮棒は持っていない。本番さながらの演出だ。
と、言っても俺は見ていないんだけどね……。
今年の課題曲、『
当日、俺は
「我々吹奏楽部は関西大会出場を決めました。しかしまあ、何ででしょう。ここでまたしてもトラブルに見舞われます。滝先生松本先生が共に会場に来られなくなりました。そこで、関西大会は園田先生が指揮を代わり、2年振りとなる全国大会の切符を手にします」
一旦言葉を切り、原稿から顔を上げ、奏者たちを見渡す。
ここから少しだけ、アドリブを挟むつもりだ。
「顧問を外され達成し得ないと思っていた、『来年こそ、このメンバーで全国大会への出場を手にする』という目標を達成。卒業した先輩達との約束を果たしたのです」
「全国大会の結果は、皆さんご存知の通り銀賞です。しかし、悔いの残らない最高の演奏でした。我々吹奏楽部は、来年こそ必ず全国大会に出場し、金賞を取るつもりです。その決意を込めて、最後に『名探偵コナン メイン・テーマ』、『うさぎの駆ける道』。文化祭で演奏した曲と、今年の自由曲をお贈りします。2曲続けてどうぞ」
もちろん、悔いの残っている人も居るが、それをここで言うのは不躾だろう……。
全ての曲が終わる。
体育館じゅうに響き渡る、割れんばかりの拍手。鳴り止む気配がない。
アンコールか。想定外だな……。
どうしようか迷っていると、突然肩を叩かれた。
「うわっ!」
強めに叩かれたのでよろめくが、その主を見る。
「先生……?」
園田先生だった。
「泣かせてくれるじゃないの。
さっきのアドリブのことだろう。
そして、俺が持っているマイクをひったくる。
「それでは皆の要望にお応えしましょう! アンコールにあの曲をお送りします。
普段の先生からは想像できないテンションで喋ると、指揮台で戸惑っている滝先生を他所に、パーカッションの不破先輩が楽器を手にする。
……。これは!
パーカッションのアンサンブルから始まるこの演奏……『宝島』だ!
滝先生も曲に気付き、遅れながらも指揮を始める。
2・3年生は難なく演奏しているが、1年生は初めて演奏するらしく、あたふたしている人も居る。
しかし、有名な曲だから知らない人は居ないのだろう。なんだかんだ演奏している。
しかし、これは『合奏』と言えるのだろうか……?
所々音がずれているし、リズムも揃っているとは言い難い。
でも、みんな楽しそうに演奏しているし、観客側の生徒からも、ややズレた手拍子が起こる。
これはこれでありなのかもしれない。
そんな即興(?)の宝島が終わった。
さっき以上の拍手が捧げられる。
マイクは園田先生が持ったままだ。
「府大会前、過労で倒れ入院した滝先生」
演奏前と変わらないテンションのまま喋りだす。
「その滝先生と府大会会場を電話で繋いだ橋渡し役」
……ん?
「関西大会。交通トラブルで来れなくなった滝先生、松本先生の代わりに私が指揮を担当しました。その事をいち早く部員たちに伝達した」
これ……俺のこと?
「そして全国大会前日。学校に忘れてしまった楽器を抱え、新幹線で後を追い掛けた」
俺のことですねぇ。
「彼、金山 はるか。彼こそ銀賞の影の立役者と言えるでしょう。今一度大きな拍手をお願いします!」
「あ、いや。目立つのは……」
マイクを持っていない方の手で俺の手を取り、上に上げて、お辞儀。
……これ、駅ビルコンサートの時に
まあ良いか。影の立役者と言われて嫌な訳じゃないし、今日演奏していないとはいえ、俺も吹奏楽部の一員なんだから……。
余談だが、アンコールの『宝島』は、ちゃんと準備された曲だったらしい。
滝先生の戸惑いこそ本物だが、1年生のそれを含めて準備・練習した演出だったとのこと。
見事に一杯食わされたよ……。
演奏会が終わった。
よく、『楽しい時間はあっという間』と言うけれど、まさにそんな感じだった。
渡り廊下の柵にもたれ、ぼおっと星を眺めていると、頬に冷たい何かが触れた。
「ひっ!」
思わず飛び退く。
「あ……。驚かせてごめん」
「わ、
俺の居た場所にトランペット3年の若林
冷たいのの正体は缶コーヒーだった。
「はい、あげる」
投げ渡された缶コーヒーを受け取る。
あ、これ俺が普段買う奴。
先輩とはあまり話したことがないのに知っているってことは、他の誰かから聞いたのだろう。
「ありがとうございます」
「少し話さない?」
そう言い、先輩は柵にもたれ掛かる。
その横に並ぶ。
「演奏会、終わったね……」
「はい……」
「演奏どうだった?」
「完璧だと思いますよ。1週間のブランクを感じさせない演奏でしたね」
全国大会が終わってから、演奏会の開催が決まるまで1週間あった。
その間、引退した3年生は練習していないわけだから、ブランクがある。
「でしょ? まさかもう一回演奏できるなんてね。嬉しかったよ。最初、『皆さんの栄誉を称え、演奏会を開きます』って言われたとき、私は不安だったからね。なんせ、全国大会が終わって引退してから、1週間
『1日休めば3日開く』と言われている。
「いくらコンクールじゃないからって、みっともない演奏するわけにはいかないからね。必死だったよ。あの演奏会の開催、
は? そんな話知らない。
「えっ? そんな話があるんですか?」
「あれ、違うのか。そっかー。まあ良いや。ところで、君に聞いてみたいことがあってね」
改まった。何だろう?
「はい」
「金山くんは何で吹奏楽部に入ったの?」
入部理由。そういえば誰にも話してなかったな。
秘密にしていたわけではない。単に、誰からも聞かれなかっただけだ。
「理由ですか。防音室の貸し出しで吹奏楽部に関わったのと、
遅くまで練習出来るようにサポートし、サンフェスの手伝いもして。
籍を置いてあった方がなにかと便利だろうと思ったのがきっかけだった。
「サンフェスの時、先に会場に行ってましたよね? あの時は部員ではなかったからバスに乗れなかったので、園田先生の車で行きましたから。結果論ではそっちの方が都合良かったわけですけど」
部員と楽器の到着が遅れ、会場で待たされた……。
あまり役立てなかったけど、会場の状況を連絡出来たのは良かったと思う。
「サンフェスかぁ。そんなこともあったね」
遠い目。その時のことを思い出しているんだろうか。
「話変わるけどさぁ」
また改まった。
「金山くんって、好きな子とかいるの?」
「えっ? いや、別に……」
油断してたら恋バナ来た。
「そうなんだ? いや、ね。金山くんが吹部入ったの、好きな子がいて、その子に良いところを見せようとしてるって噂が有ってねー。違うの?」
しまった。聞かれないから言わなかったら、変な憶測が飛び交っていたとは……。
「違いますよ。そんなんじゃないです」
「そっかー。因みに、学校内外関係無しでも、居ないの?」
時々、『男女で友情は成立しない』みたいな話を聞くけれど、俺はそうは思わない。
だから、
「居ませんね……」
「じゃあさ、仮に。仮だよ? 私と付き合ってって言ったら、付き合ってくれるの?」
へ?
急にどうした?
俺が先輩と……。
何かの罰ゲームか? 陰で誰か見てるとか……。
あり得ない話ではない。むしろ、コンサートの余興とか言われそうだ。
しかし、先輩の表情は至って真剣。そう考えるのは失礼か?
まあ良い。何て言われようが、俺の答えは一つ。
「仮に。というのなら、俺も仮に、って前置きしますよ?」
「うん」
「先輩はそれで良いんですか?」
「……というと?」
「俺、先輩のこと何も知りませんよ? 失礼なことを言うかもしれませんが、名前とトランペットを演奏してること以外知りません。クラスは何組か、成績や趣味・特技、その他諸々。先輩はそれで良いんですか?」
互いのことを知らない状態から付き合うってのも、一つの形……やり方だと思う。しかし、今俺が若林先輩とそういう『お付き合い』をするか? と問われれば、それは俺が嫌だ。
「アッハッハー。そうかー、そうだよねぇ」
途端、先輩の表情が崩れ、吹き出すように笑いだした。
真剣な表情だったから真面目に答えたんだけど、真面目過ぎた? やっぱり余興か?
「ごめん。真面目に答えてくれたのに、笑っちゃって……。やっぱり金山くんって面白いね」
面白い? 俺が?
「
沙也……
「本当に面白いね。好きになっちゃいそう。……奪うつもりないんだけどさ」
えっ?
「何て言いました? 声小さくて聞こえなかったんですが?」
「何でもないよ。さてと」
そう言い、先輩は柵から離れて立つ。
俺もそれに
「遅くなっちゃうから、今日は帰るね。話付き合ってくれてありがとう」
背を向けて歩きだした。
「こちらこそありがとうございました。あ、コーヒーご馳走さまです」
背中に声掛けた。
すると、校舎に入る直前で先輩は立ち止まり、こちらを振り向く。
「私、3年4組の若林 未知流。成績は普通ぐらい、趣味トランペット、特技暗算。数学は得意だよ」
急にどうしたのだろう?
「改めてよろしくね!」
言い終えると、駆け足で校舎へと入っていった。
すぐにその姿は見えなくなる。
今のは何だったんだろう……?
演奏会が終わりました。
この渡り廊下は、オーディション前に香織先輩がソロの練習をしてて、部長がやって来て思いを語ったりした、あの渡り廊下です。
屋根なしで柵があるだけの渡り廊下は、私の出身中学校にもありましたが、普段は通行禁止でしたね。危険だから、という理由で。
だから、卒業まで一度も通ったことはありません。真面目でしたから……。
卒アルのクラス写真をその渡り廊下で撮ったクラスがありまして、素直に羨ましいと思った記憶があります。
さて、次は番外編というか、他者視点のお話をお送りします。
主人公級の人物でありながら、その子視点で書くのは初めてです。お楽しみ頂けると幸いです。