【本編完結】君へ捧げる物語~北宇治高校文芸同好会へようこそ~   作:小林司

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13-2……卒業式

 

卒業式。

 

体育館には、3年生が座る椅子が並び、その後ろに2年生・1年生が座っている椅子があり、更に後ろには、保護者が座っている席がある。

 

しかし、吹奏楽部の部員は入退場時の演奏があるため、体育館の端に設けられた席に座る。

 

卒業生の入場が始まると、それに合わせ演奏をするのだ。

 

曲は『威風堂々』。今年のコンクールの課題曲だから嫌というほど練習した。これくらい朝飯前だろう。

 

回りを見渡しても、緊張している様子は見られない。

 

むしろ、卒業する先輩を思ってか、既に泣きそうな子も居るぐらいだ。

 

しかし、そう言っている俺は、その中で滅茶苦茶緊張している。今までの人生で一番緊張していると言って良いくらいに……。

 

 

 

その理由を説明するには、少し(さかのぼ)った方が良いだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

卒業式まで残り1ヶ月となった、ある日の放課後。

 

「失礼します。1-2の金山(かなやま)です、借りていた鍵を返しに来ました」

 

「お、お疲れ。遅くまで残るねぇ」

 

鍵を返すために職員室に入ると、残っている西尾(にしお)先生に声掛けられた。

 

「明日から3年生のテスト期間ですからね。今のうちにと思って」

 

その期間中は部活動が禁止されるので、3日間休みになる。

 

だから、進めれるだけ進めておこうと思ったら、こんな時間になってしまった。

 

鍵を返し、帰ろうとすると……。

 

「んー?」

 

先生方の共有机にある『部外秘』と書かれた資料が目につく。

 

「何ですか、これ?」

 

『部外秘』とあると、中身を知りたくなるのは人の性。それとなく尋ねてみる。もし、俺たち生徒に対しても秘密の資料なら、そう言って流すだろうし。

 

「ああ。卒業式の資料だよ」

 

そう答えながら、先生がここまで来て、資料を広げた。

 

「ほら、体育館に椅子が並べられて、前から3年生・2年生・1年生・3年生の保護者が座るの」

 

見せてくれたのは見取図のようで、椅子の配置、誰が座るか、どういう道順か、といったことが書かれている。丁寧に名前付きで。

 

先生も着席する場所が指定されている。

 

こんな風に並んで座るのか。俺の席は……ん?

 

「あれ? これ、金山くんの椅子がないね……」

 

確かに俺の名前が無い。どういうこと?

 

「あ、あった。吹奏楽部の席だ。吹奏楽部の子はね、入退場時の演奏があるから、保護者脇のスペースで参加するんだよ」

 

なるほど。吹奏楽部の座る場所に俺の名前があった。

 

しかし、俺は演奏できないんだけど……。それでもそこに座るの?

 

「えっと……?」

 

先生も同じ疑問を抱いたようで、資料を繰っている。

 

「あー。金山くん演奏の指揮者になってるね。名前あるよ」

 

えっ? 指揮者?

 

『入場曲演奏:吹奏楽部 指揮:金山 はるか』

 

そう書かれている。

 

「金山くん、指揮やるんだね」

 

いや、出来ませんよ? やったこと無いし。

 

「えっと、その。初耳ですけれど」

 

「マジで?」

 

「どうされましたか?」

 

西尾先生が驚いて声を上げたところで、職員室の扉が開いた。

 

入ってきたのは(たき)先生だ。

 

「おや、金山くん。まだ残ってたんですね」

 

「明日からは部活休みですから、今のうちにと思って……」

 

「近いとはいえ気を付けて帰ってくださいね。ところで、西尾先生はどうされましたか? さっき、叫び声が聞こえましたが」

 

そう言って、滝先生は西尾先生の手元に視線を落とす。

 

僅かながら口が開いた。察したようだ。

 

「滝先生。卒業式の演奏……」

 

「金山くんが指揮の件ですか?」

 

俺が言いきる前に、先生はこう言った。

 

「卒業式です。吹奏楽部に所属している以上、なにもしないのはダメだろう、と言う校長先生。全国大会銀賞の影の立役者だから良いでしょう、と言う教頭先生。打開策として指揮者を提案した園田(そのだ)先生。結局、全員その案に賛成でしたよ」

 

そうですか……。そう言われたらなにも言い返せない。

 

西尾先生の方を見る。

 

「いや、私はそもそもその会議出てないからね? 1年生の担当だから」

 

それもそうか……。

 

「金山くんに指揮の経験がないことは園田先生から聞いています。残された時間は多くありません。それでも今から練習すれば大丈夫です。とはいえ、覚悟していてくださいね」

 

滝先生から笑いかけられる。

 

屈託の無い笑顔。

 

「はは……」

 

こちらも笑い返す。愛想笑いだけど。

 

先生、本気だ……。この状況で笑えるほど、俺はこういうのには慣れていない……。

 

 

 

 

 

 

 

滝先生と松本(まつもと)先生による猛特訓の末、迎えた卒業式本番。

 

『卒業生、入場』

 

司会進行の先生のアナウンスで、卒業生の入場が始まる。

 

出番だ。指揮棒片手に手を上げ。

 

振り下ろす……。

 

 

 

 

 

 

演奏を止める合図が出た。

 

手を止め、演奏を止める。

 

他のことを考える余裕など一切無く、夢中だったのでこの時間が長かったのかは分からない。

 

リハーサル通りなら、8分。しかし、あっという間だった。

 

自分の席に座る。

 

その時、隣の白沢(しらさわ)先輩から肘を付かれた。

 

苦笑いしつつ、会釈するだけで精一杯だった……。

 

 

 

国歌斉唱に校歌斉唱。そして、卒業証書授与。

 

登壇して証書を受け取るのは、各クラス代表の1人。しかし、名前は全員呼ばれる。

 

本来、担任教師が生徒の名前を読み上げるのだが、その担任の先生がぎっくり腰で休職中のため、副担任が代行する。

 

『3年1組』

 

聞き慣れた園田先生の声だ。

 

尼ヶ坂 秀美(あまがさかひでみ)

 

「はい」

 

順に名前が呼ばれてゆく。

 

その度に、威勢の良い返事が聞こえる。

 

担任の先生に名前を呼ばれるのも、これで最後なのだろう。

 

涙声の返事が混じる。

 

それを聞いてか、在校生からもすすり泣く音や、小さく嗚咽が聞こえてくる。

 

加納 沙也(かのうさや)

 

「はい!」

 

加納先輩の声。

 

我らが吹奏楽部の先代部長だ。

 

聞き慣れた先輩の声、しかし今日で聞き納めだ。

 

涙が出そうになるが、別れは即ち、新たな出会いを生む。

 

折角の門出なのだ。ここは笑って送り出すべき。涙は似合わない。

 

……俺の個人的な意見だけど。

 

 

 

藤浪 健(ふじなみたける)

 

意外な人物の名前に、一部でざわめきが起こった。

 

当然ながら、返事はない。

 

堀田 彩香(ほりたあやか)

 

「はいっ」

 

先代副部長。

 

俺が一番お世話になったと言っても過言ではない。

 

 

 

六輪 平昌(ろくわひらまさ)

 

「はい」

 

『以上39名。代表、玉ノ井 豊(たまのいゆたか)

 

全員の名前が呼ばれ、代表者が登壇。

 

そして、校長先生より卒業証書を受け取る。

 

 

 

全クラスの卒業証書授与が終わる。

 

生徒会長による送辞、首席3年生による答辞、校長先生の話に来賓からの祝辞と続く。

 

式次第を見るところ、式は滞りなく進行している。

 

『続きまして、在校生による、卒業生を送る歌です』

 

おっと。長い話が続いて意識が飛びかけていた。

 

ここで再び俺の出番。

 

『指揮、金山(かなやま) はるか、伴奏は桜井 心音(さくらいここね)です』

 

席を立ち、歩き出す。

 

2年生の席から来た桜井先輩と一度合流し、先輩はピアノへ、俺は指揮台へ。

 

いよいよ本番だ。さっきは吹奏楽部相手だったけど、今度は1・2年生が相手。人数が違う。

 

指揮台に立ち、全体を見て、

 

手を上げ。

 

振り下ろす……。

 

 

 

『旅立ちの日に』

 

今から凡そ35年前に作られた曲だ。

 

元々は学校行事で一度だけ歌われる予定だったものが、全国に広がったらしい。

 

卒業式の定番曲だが、大抵歌うのは卒業生だって聞いた。しかし、歌うのは在校生。

 

何でだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……。

 

終わった。

 

指揮台を降りて、席へ戻る。

 

「お疲れ!」

 

「良かったよ!」

 

「ご苦労様」

 

みんなから労いの言葉を貰う。

 

本当は一言それぞれ言いたいけれど、この次には卒業生からの歌があるので、会釈で返し席へ座る。

 

俺と桜井先輩の着席を見届け、教頭先生が続ける。

 

『続きまして、卒業生によるお礼の歌です』

 

今度は3年生の出番だ。

 

『指揮、加納 沙也(かのうさや)、伴奏は、尼ヶ坂 秀美(あまがさかひでみ)です』

 

指揮は加納先輩が務める。

 

指揮台に立つ先輩を見ると、やっぱり泣きそうだ。

 

門出だから泣かないって決めたのに……。

 

先輩が、上げた手を、降りおろす……。

 

 

 

卒業生による歌。『桜ノ雨』。比較的新しいが、卒業式の定番曲だ。

 

合唱の中から、聞き慣れている先輩方の声が、微かに、しかし大きく聞こえてくる。

 

 

『幾千の学舎の中で 僕らが巡り逢えた奇蹟』

 

 

 

確かに、歌詞の通りだ。

 

北宇治・南宇治・城西。市内の府立高校だけでも三校あるのに、その中で俺が先輩方、吹奏楽部のみんなに出会えたことは奇跡と言える。

 

俺が、『家に近いから』という理由で北宇治に進学してなければ、一生出会うことはなかっただろう。

 

堀田先輩に加納先輩。お世話になりました。

 

いつか、また出会える日まで……。

 

 

 

『いつかまた…大きな花弁を咲かせ 僕らはここで逢おう』

 

 

 

 

 

退場曲の演奏も無事に終わり、卒業式が終了した。

 

この後は、下校してゆく卒業生を見送る場があるのだが、その後に行われる体育館の片付けよりも先に、体育館の楽器を片付けなければならない。

 

楽器運搬係の指示で、全員一斉に楽器を持って音楽室へ向かう。

 

中庭の方からは威勢の良い声が響いている。サッカー部か? 野球部かもしれない。

 

「全く……。この学校、パーカスに男子が居ないなんて、重くて仕方ないのに……」

 

「文句言わない。口より手を動かしなさい」

 

「はーい。各務原(かがみはら)先輩」

 

各務原(かかみがはら)だ」

 

犬山(いぬやま)さんの文句を各務原(かかみがはら)先輩が(たしな)める。

 

こちらも同じ編入生同士。あっという間に仲良くなっている。時々夫婦とからかわれる事もあるが、否定しつつも満更でもなさそうなくらいに……。

 

吹奏楽部の男子部員は俺を含め8人。

 

3年生は2人だったが、10月に藤浪(ふじなみ)先輩が抜け、野間(のま)先輩が卒業。

 

対し、1月に各務原(かかみがはら)先輩が入部した。

 

11月からの7人体制に慣れているから、結果的に男子部員の人数は変わっていない。

 

 

 

 

 

楽器を片付け終え、各々中庭へ向かう。

 

俺と開明(かいめい)先輩が最後の確認をし、音楽室・準備室を施錠。

 

俺たちも合流すべく、2人で歩いてゆく。

 

窓の外からは、中庭の掛け声も聞こえてくる。

 

それを聞いて、開明先輩と顔を見合わせ笑ってしまう。

 

「胴上げだねぇ」

 

「ですね」

 

この声は胴上げの音頭だ。全国大会のあとに、加納先輩と堀田(ほりた)先輩に対してやったので、すぐ分かった。

 

「私たちもやる?」

 

「全国でやったでしょう……」

 

「だよね。でも、加納先輩だけ2回少なかったよ」

 

確かに。

 

「でも、追加するって言ったら絶対断りますよ……」

 

……加納先輩。あ!

 

「先輩、俺やることがあるので、先行っててください。後から合流します!」

 

「えっ? うん。分かった」

 

そうだった。

 

やることが残ってる。

 

 

 

加納先輩への卒業祝いが……。

 

 

 





卒業式が終わりました。

しかしながら、物語はまだ続きます。

もう少しお付き合いください。

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