【本編完結】君へ捧げる物語~北宇治高校文芸同好会へようこそ~ 作:小林司
卒業式。
体育館には、3年生が座る椅子が並び、その後ろに2年生・1年生が座っている椅子があり、更に後ろには、保護者が座っている席がある。
しかし、吹奏楽部の部員は入退場時の演奏があるため、体育館の端に設けられた席に座る。
卒業生の入場が始まると、それに合わせ演奏をするのだ。
曲は『威風堂々』。今年のコンクールの課題曲だから嫌というほど練習した。これくらい朝飯前だろう。
回りを見渡しても、緊張している様子は見られない。
むしろ、卒業する先輩を思ってか、既に泣きそうな子も居るぐらいだ。
しかし、そう言っている俺は、その中で滅茶苦茶緊張している。今までの人生で一番緊張していると言って良いくらいに……。
その理由を説明するには、少し
卒業式まで残り1ヶ月となった、ある日の放課後。
「失礼します。1-2の
「お、お疲れ。遅くまで残るねぇ」
鍵を返すために職員室に入ると、残っている
「明日から3年生のテスト期間ですからね。今のうちにと思って」
その期間中は部活動が禁止されるので、3日間休みになる。
だから、進めれるだけ進めておこうと思ったら、こんな時間になってしまった。
鍵を返し、帰ろうとすると……。
「んー?」
先生方の共有机にある『部外秘』と書かれた資料が目につく。
「何ですか、これ?」
『部外秘』とあると、中身を知りたくなるのは人の性。それとなく尋ねてみる。もし、俺たち生徒に対しても秘密の資料なら、そう言って流すだろうし。
「ああ。卒業式の資料だよ」
そう答えながら、先生がここまで来て、資料を広げた。
「ほら、体育館に椅子が並べられて、前から3年生・2年生・1年生・3年生の保護者が座るの」
見せてくれたのは見取図のようで、椅子の配置、誰が座るか、どういう道順か、といったことが書かれている。丁寧に名前付きで。
先生も着席する場所が指定されている。
こんな風に並んで座るのか。俺の席は……ん?
「あれ? これ、金山くんの椅子がないね……」
確かに俺の名前が無い。どういうこと?
「あ、あった。吹奏楽部の席だ。吹奏楽部の子はね、入退場時の演奏があるから、保護者脇のスペースで参加するんだよ」
なるほど。吹奏楽部の座る場所に俺の名前があった。
しかし、俺は演奏できないんだけど……。それでもそこに座るの?
「えっと……?」
先生も同じ疑問を抱いたようで、資料を繰っている。
「あー。金山くん演奏の指揮者になってるね。名前あるよ」
えっ? 指揮者?
『入場曲演奏:吹奏楽部 指揮:金山 はるか』
そう書かれている。
「金山くん、指揮やるんだね」
いや、出来ませんよ? やったこと無いし。
「えっと、その。初耳ですけれど」
「マジで?」
「どうされましたか?」
西尾先生が驚いて声を上げたところで、職員室の扉が開いた。
入ってきたのは
「おや、金山くん。まだ残ってたんですね」
「明日からは部活休みですから、今のうちにと思って……」
「近いとはいえ気を付けて帰ってくださいね。ところで、西尾先生はどうされましたか? さっき、叫び声が聞こえましたが」
そう言って、滝先生は西尾先生の手元に視線を落とす。
僅かながら口が開いた。察したようだ。
「滝先生。卒業式の演奏……」
「金山くんが指揮の件ですか?」
俺が言いきる前に、先生はこう言った。
「卒業式です。吹奏楽部に所属している以上、なにもしないのはダメだろう、と言う校長先生。全国大会銀賞の影の立役者だから良いでしょう、と言う教頭先生。打開策として指揮者を提案した
そうですか……。そう言われたらなにも言い返せない。
西尾先生の方を見る。
「いや、私はそもそもその会議出てないからね? 1年生の担当だから」
それもそうか……。
「金山くんに指揮の経験がないことは園田先生から聞いています。残された時間は多くありません。それでも今から練習すれば大丈夫です。とはいえ、覚悟していてくださいね」
滝先生から笑いかけられる。
屈託の無い笑顔。
「はは……」
こちらも笑い返す。愛想笑いだけど。
先生、本気だ……。この状況で笑えるほど、俺はこういうのには慣れていない……。
滝先生と
『卒業生、入場』
司会進行の先生のアナウンスで、卒業生の入場が始まる。
出番だ。指揮棒片手に手を上げ。
振り下ろす……。
演奏を止める合図が出た。
手を止め、演奏を止める。
他のことを考える余裕など一切無く、夢中だったのでこの時間が長かったのかは分からない。
リハーサル通りなら、8分。しかし、あっという間だった。
自分の席に座る。
その時、隣の
苦笑いしつつ、会釈するだけで精一杯だった……。
国歌斉唱に校歌斉唱。そして、卒業証書授与。
登壇して証書を受け取るのは、各クラス代表の1人。しかし、名前は全員呼ばれる。
本来、担任教師が生徒の名前を読み上げるのだが、その担任の先生がぎっくり腰で休職中のため、副担任が代行する。
『3年1組』
聞き慣れた園田先生の声だ。
『
「はい」
順に名前が呼ばれてゆく。
その度に、威勢の良い返事が聞こえる。
担任の先生に名前を呼ばれるのも、これで最後なのだろう。
涙声の返事が混じる。
それを聞いてか、在校生からもすすり泣く音や、小さく嗚咽が聞こえてくる。
『
「はい!」
加納先輩の声。
我らが吹奏楽部の先代部長だ。
聞き慣れた先輩の声、しかし今日で聞き納めだ。
涙が出そうになるが、別れは即ち、新たな出会いを生む。
折角の門出なのだ。ここは笑って送り出すべき。涙は似合わない。
……俺の個人的な意見だけど。
『
意外な人物の名前に、一部でざわめきが起こった。
当然ながら、返事はない。
『
「はいっ」
先代副部長。
俺が一番お世話になったと言っても過言ではない。
『
「はい」
『以上39名。代表、
全員の名前が呼ばれ、代表者が登壇。
そして、校長先生より卒業証書を受け取る。
全クラスの卒業証書授与が終わる。
生徒会長による送辞、首席3年生による答辞、校長先生の話に来賓からの祝辞と続く。
式次第を見るところ、式は滞りなく進行している。
『続きまして、在校生による、卒業生を送る歌です』
おっと。長い話が続いて意識が飛びかけていた。
ここで再び俺の出番。
『指揮、
席を立ち、歩き出す。
2年生の席から来た桜井先輩と一度合流し、先輩はピアノへ、俺は指揮台へ。
いよいよ本番だ。さっきは吹奏楽部相手だったけど、今度は1・2年生が相手。人数が違う。
指揮台に立ち、全体を見て、
手を上げ。
振り下ろす……。
『旅立ちの日に』
今から凡そ35年前に作られた曲だ。
元々は学校行事で一度だけ歌われる予定だったものが、全国に広がったらしい。
卒業式の定番曲だが、大抵歌うのは卒業生だって聞いた。しかし、歌うのは在校生。
何でだろう?
……。
終わった。
指揮台を降りて、席へ戻る。
「お疲れ!」
「良かったよ!」
「ご苦労様」
みんなから労いの言葉を貰う。
本当は一言それぞれ言いたいけれど、この次には卒業生からの歌があるので、会釈で返し席へ座る。
俺と桜井先輩の着席を見届け、教頭先生が続ける。
『続きまして、卒業生によるお礼の歌です』
今度は3年生の出番だ。
『指揮、
指揮は加納先輩が務める。
指揮台に立つ先輩を見ると、やっぱり泣きそうだ。
門出だから泣かないって決めたのに……。
先輩が、上げた手を、降りおろす……。
卒業生による歌。『桜ノ雨』。比較的新しいが、卒業式の定番曲だ。
合唱の中から、聞き慣れている先輩方の声が、微かに、しかし大きく聞こえてくる。
『幾千の学舎の中で 僕らが巡り逢えた奇蹟』
確かに、歌詞の通りだ。
北宇治・南宇治・城西。市内の府立高校だけでも三校あるのに、その中で俺が先輩方、吹奏楽部のみんなに出会えたことは奇跡と言える。
俺が、『家に近いから』という理由で北宇治に進学してなければ、一生出会うことはなかっただろう。
堀田先輩に加納先輩。お世話になりました。
いつか、また出会える日まで……。
『いつかまた…大きな花弁を咲かせ 僕らはここで逢おう』
退場曲の演奏も無事に終わり、卒業式が終了した。
この後は、下校してゆく卒業生を見送る場があるのだが、その後に行われる体育館の片付けよりも先に、体育館の楽器を片付けなければならない。
楽器運搬係の指示で、全員一斉に楽器を持って音楽室へ向かう。
中庭の方からは威勢の良い声が響いている。サッカー部か? 野球部かもしれない。
「全く……。この学校、パーカスに男子が居ないなんて、重くて仕方ないのに……」
「文句言わない。口より手を動かしなさい」
「はーい。
「
こちらも同じ編入生同士。あっという間に仲良くなっている。時々夫婦とからかわれる事もあるが、否定しつつも満更でもなさそうなくらいに……。
吹奏楽部の男子部員は俺を含め8人。
3年生は2人だったが、10月に
対し、1月に
11月からの7人体制に慣れているから、結果的に男子部員の人数は変わっていない。
楽器を片付け終え、各々中庭へ向かう。
俺と
俺たちも合流すべく、2人で歩いてゆく。
窓の外からは、中庭の掛け声も聞こえてくる。
それを聞いて、開明先輩と顔を見合わせ笑ってしまう。
「胴上げだねぇ」
「ですね」
この声は胴上げの音頭だ。全国大会のあとに、加納先輩と
「私たちもやる?」
「全国でやったでしょう……」
「だよね。でも、加納先輩だけ2回少なかったよ」
確かに。
「でも、追加するって言ったら絶対断りますよ……」
……加納先輩。あ!
「先輩、俺やることがあるので、先行っててください。後から合流します!」
「えっ? うん。分かった」
そうだった。
やることが残ってる。
加納先輩への卒業祝いが……。
卒業式が終わりました。
しかしながら、物語はまだ続きます。
もう少しお付き合いください。