今回の話からようやく話が動き始めます。まあ、つまりは勇君には頑張ってもらうというわけです。どうぞ読んで行ってください。
遂に欧州本土への土を踏んだ勇たち343空の第一中隊は、ヘルシンキ基地の目と鼻の先にあるタリンに拠点を構えた。そこから地上目標に対して効果のあった三号爆弾を使用した作戦が功を奏し、タリンに続きヒーウマー島、サーレマー島を攻略。次いで元オラーシャ領のリガを攻撃目標に定めた。ちなみにリガは元扶桑海軍のウィッチ隊(坂本、竹井、西沢ら)が拠点としていたリバウ基地と近い拠点である。ここは完全にネウロイの本拠地となり、盛んに敵襲があるがもはや反撃に湧いた世界の羨望の声が留まることを許さなかった。中隊長である林はこの急激な前進計画に頭を抱えていた。さらに林の頭を悩ませる問題として、第一中隊が世界の(ウィッチ以外で初の)反撃成功部隊であることに気を良くしたお偉方がいち早くリガを攻略せよと無理難題を吹っかけてきたのである。それに付随して343空司令の源田大佐が現地視察を行わなければなくなり、その道中の護衛任務も担わなければならなくなったのだ。これは誰から見ても過重任務である。勇は今度こそお茶ではなく酒を湯のみに注いで林に差し出した。
「隊長、お疲れ様です。」
「あ、ああ。まったく上ときたら現場の意見を聞こうともしない。」
珍しく愚痴を吐きながら勇から差し出された酒を疑いもせずありがたそうに飲んでいる当たり、林も相当疲労が溜まってきていると考えられた。勇もここ連日の出撃と攻略による地上整備に明け暮れており、人員や設備の補充だけで四苦八苦していた。その上、お偉方の都合で作戦時期が早められ、そのおかげでうちの司令が危険に晒されるのは決して気分の良いことではない。しかし、上層部にも一定数の非ウィッチ戦力での攻略に拘る者もいるのは確かである。一時、ブリタニアのマロニー大将が失脚したことによりその意見も下火になりつつあったが、我々がその先駆けとなってしまい、いいように扱われている現状に勇は憤りさえ感じていた。そこで勇は林の愚痴ついでに妙案を提案した。
「でしたら逆にこちらの都合の良いように上層部を使って差し上げましょう。」
「ほう、何か妙案があるようだな。」
「はい、現状部隊の設備状況や補給にも支障が出ています。我々を担ぎ出すのならその代金を支払ってもらいましょう。」
「なるほど、面白い考えだ!いざというときの切り札とさせてもらおう。」
そう二人でほくそ笑んでいると、それを遮るように基地のサイレンがけたたましく鳴り出した。何事かと林と勇は機体に向かい走り出し、情報を収集する。情報によると基地のレーダーに大型のネウロイ反応があり、勇たちのいるサーレマー島に向かって飛行中とのことだった。この事実に勇と林の表情は強張った。大型ネウロイは未だ戦闘機のみでの撃墜記録はなく、現状ウィッチとの協力または戦闘団の出番と言われている。しかし、現状ネウロイはサーレマー島に接近しつつあり、カウハバ基地の智子たちに増援を頼んだとしても基地が危険に晒されることは明らかだった。林は急いで各所に指示を出す。
「通信員は至急カウハバ基地に救援を連絡!戦闘機搭乗員は遅滞戦闘で構わん。ネウロイがこの島に接近するのを限りなく遅らせろ!他基地要員は退避行動を取れ!」
そう命令すると林も戦闘機に乗り込んだ。勇はウィッチ時代の経験から大型ネウロイの脅威については十分に理解していた。そのため、独自に各員に忠告を連絡する。
「こちら副長の勇だ。敵は大型ネウロイだ。攻撃力・防御力はこれまでのネウロイの比にもならない。ほぼ戦闘機だけで撃墜するのは不可能だ。また、ビームの威力は絶大、編隊戦闘では逆に分が悪い。小隊ごとに攻撃せよ!諸君ならできると信じている!」
「聞いたな!副長の訓示をしかと心に刻んでおけ。諸君は一騎当千の古強者である。誰一人欠けることなく今晩の夕食の席に付けることを楽しみにしている!」
訓示が終わり、各員が気を引き締める中、前方に大きな影が見え始めた。それは単機で威風堂々の様相で、勇たちの戦力が分かり切っているかのようにその巨躯を黒光りさせながら近づいていた。勇たちは大型ネウロイより上空に上り、戦力を二分して迎え撃つ算段を立てた。みるみるうちにその巨躯の存在感を見せつけるかのように接近してきたネウロイに満を持して攻撃命令が出される。
「全小隊攻撃開始!」
各小隊が攻撃を開始したが、その巨体故の防御力により攻撃が通ることはなかった。その真実に全員は息をのんだ。勇と林は分かっていたが、今まで小型機かよくて中型機を相手したことがあったが、大きさによる距離感を使い見切れていないのだ。さらに防御力の高い装甲により弾かれているのだと。また、大型ネウロイも反撃とばかりにあちこちからまるでハリネズミのように攻撃を開始していた。
「ちっ!攻撃は至近距離で攻撃するんだ!500いや、300m以内まで近づけ!俺が手本を見せる!」
勇がそう言うと第一小隊が勇を先頭に攻撃を開始した。藤野も必死に勇についてきているあたり成長していると言えるのだが、今はそんな感傷に浸っている余裕はなかった。ぐんぐんと大型ネウロイに近づき、攻撃もするすると回避する名人芸を繰り出し、勇はここぞというタイミングで引き金を絞った。それに続けて第一小隊も射撃する。三機の一斉射撃はさすがに効いたのか、大型ネウロイの装甲に傷がつき、回避行動を取り始めた。
「すごい!やつめ、回避行動を取り始めましたよ!」
藤野が興奮気味に叫ぶが、勇には大型ネウロイの進路はさして変わらないことに臍を嚙む。その後も何度も攻撃を繰り返すが、決定打にはならず数分が経過していた。あと数分で基地が攻撃圏内に入ってしまうことを悟った林は基地に連絡する。
「こちら林、カウハバ基地からの応援はいつ来るんだ!?」
少し怒声交じりに捲し立てたが、基地の通信員から返ってきた返事はその怒りが一気に吹き消されるほどの内容だった。
『こちらサーレマー島!カウハバ基地に救援要請は送り、カウハバ基地からは了承の旨は得られたのですが、欧州東方軍司令部からその要請が却下されました!』
「な、んだと・・・?!」
欧州東方軍司令部からの要請はこうである。343空第一中隊の命題は「非ウィッチ戦力のみでの反撃及び都市の奪還」である。よってウィッチ戦力の救援依頼は避けたいため東方軍司令部から戦力が送られるということだった。その信じられない内容に憤りも忘れて焦りさえ含んだ通信を林は投げかける。
「では!その応援とやらはいつ来る?!」
『およそ1200・・・申し訳ありません、大尉。」
絶望の二文字が目の前に映し出されるようだった。あと数分もしないうちに基地は火の海に包まれるというのに、要らない政治的配慮とやらで最も近く確実な救援は握りつぶされこととなったのだ。勇は林に急いで意見具申する。
「隊長!言うことを素直に聞いてやる必要もありません!基地がやられれば元の木阿弥です!カウハバ基地のウィッチとなら必ず奴を・・・そもそも!我々を担ぐならその対価を求めようと話していたではないですか!?」
そこまで言うと林は勇の言葉を遮って低い声で命令を下す。その声は苦しくも覚悟を決めた声音だった。
「・・・命令は命令だ。我々だけでやるしかない。」
「隊長?!」
「副長!やらねば我々がここにいる意味がなくなるのだ!副長、お前が頼りだ!今日だけは無茶を許可する!何としても基地に奴を近づけるな!これは命令だ!」
ここまで隊長である林に言われてしまっては勇とてやらざるを得ない。目を瞑り、深く息を吐くと勇も覚悟を決める。
「では・・・やれと、そう命令されるのでしたら・・・いいのですね?!」
「もう一度は言わん。」
「・・・了解しました。第二から第四小隊は第一小隊を援護、敵機直上からの直下降で仕留めます。それと、攻撃後の単独行動を願います。」
「やむ負えまい!許可する!」
「了解!」
相変わらず無茶な戦法だと自嘲する。この戦法はウィッチ時代にも対大型ネウロイへの切り札として攻撃方法だった。むろん優れた戦闘センスと運動神経と計算能力が求められる。幸い戦闘機搭乗員となった勇はもう隊の中でも屈指のパイロットとなっていた。しかし、危険な戦法であることには変わらない。また、他の仲間を囮にしての作戦など副長のすることではない。しかし、やらねばならない現状勇は決行する。第一小隊以外が気を惹いてる間に急上昇し、大型ネウロイの直上に出る。タイミングを見計らって一気に降下すると、大型ネウロイの先端と翼部分との間をすり抜けるように、爆撃機ならコックピットにあたる部分のみを集中攻撃する。勇の攻撃は見事に先端に全て命中し、後続の林と藤野はなんとか翼の付け根など重要個所を攻撃していた。大型ネウロイの叫び声のような音が聞こえ、勇が振り返ると藤野が攻撃した翼の付け根にコアが露わとなっているのが確認できた。勇は急旋回で一射撃するとコアは砕け、大型ネウロイは爆発四散した。
「やった・・・やったんだ!!」
藤野が感動している声が聞こえる。他の隊員も雄たけびを上げている。勇は荒い呼吸を整え報告する。
「敵機、撃墜。」
「・・・了解。警戒を怠らず帰還する。よくやった。」
酷く疲れたような安堵したような声で林は命令する。しかし、勇には林が何か憤ったように聞こえていた。
基地に帰還し、報告を済ますと東方軍司令部上層部は大層ご満悦だった。我々非ウィッチでもやればできるではないかと鼓舞するように大型ネウロイを戦闘機部隊が単独で撃破した事実を大々的に報道した。翌日の新聞記事にの一面に載った一文にはこう記載されてあったという。
『英雄的献身により戦闘機隊単独で大型ネウロイ撃破!』
一方のサーレマー島基地では新聞記事に湧く世間とは対照に暗い雰囲気が蔓延していた。サーレマー島の滑走路脇に二柱の墓標が立っていたためであった。その墓標には二人の英雄の名が刻まれている。「沖海少尉」「今井一飛」。この二人は第二小隊であり、小隊単位で飛行していたため大型ネウロイの一撃で小隊長の沖海が蒸発、二番機の今井一飛が片翼をもがれ墜落していった。世間がこの大戦果に湧きたつ中、まさに軍神になってしまった二人を追悼した第一中隊は素直に喜ぶことができなかった。中でも勇は周りを囮として扱ってしまったことに酷く心を痛めていた。熟練で精鋭の戦闘機搭乗員が二人も失われた悲しみは部隊を暗くしていた。
そして、林はというといっそう厄介な立場に立たされていた。部隊宛に表彰状が届けられた時など、その紙切れを破り捨てようとしたほどだった。しかし、それでは死んでいった仲間が浮かばれないと思いとどまったが、今回の件で大型ネウロイを撃破できる部隊と認知されてしまったのである。林は救援が遅れたこと、面倒な手を回したことを正式に抗議し、その対価として対大型ネウロイ用のウィッチの術式を込められた弾薬をたんまりと確保することに成功した。それが功を奏したのかはたまた悪運を運んでくるのか、大型ネウロイはサーレマー島を目指して襲撃するようになってしまった。また、源田司令が現地で指揮を執ることとなり、一週間後ガリアからここサーレマー島に着任する運びとなった。それまでに基地の防衛能力を強化せねばならず、依然として大型ネウロイの脅威に打開策を見いだせずにいた。
「隊長、大型ネウロイのよる被害の報告が上がりました。」
「副長・・・今日は何機だ。」
「今日は一人と3機です。」
「一人だと?・・・ふっ、そうなのかもな。」
大型ネウロイの迎撃に上がる度に損害が出ており、人的被害は少なく抑えつつ撃破ではなく、撃退という形で辛うじて対処していた。しかし、今日は一人の戦死者が出ていた。怒りを抑えた口調が勇には酷く苦しく聞こえた。
「今日の撃退方法・・・手塚二飛曹の行動はまさに我が基地を救う為の英雄的行為だと報告しておこう。必ず恩給が出るように手配する。」
林はまるで誰かを慰めるように呟く。それは死んでいった者たちかもしれないが、勇には林が己の非力さを嘆いているように映った。大型ネウロイの撃退方法は、勇が実行した垂直降下でコアのありそうな部分を集中攻撃するして一撃離脱する戦法であったが、コアのある場所などは検討もつかず、おおよそ当てずっぽうのため非効率的な自殺戦法と言えた。事実、今日戦死した手塚二飛曹は垂直降下で避けきれなかったのか、あるいは意図的だったのか大型ネウロイに体当たりでの攻撃によりその命と引き換えに基地を守った。その光景を見た林や勇を含めた隊員たちの落ち込み様は凄惨であった。部隊の状況を鑑みると、現状3人が戦死、つまり一小隊がいなくなったのである。それはただの隊員ではなく、扶桑海事変以来のまたは選りすぐりの精鋭や古参兵がであることはその損害の大きさに拍車をかけていた。
「なあ副長・・・もうあの戦法はやめよう。」
「しかし、あれ以外の方法で大型ネウロイに有効な手段はありません。むしろあの戦法のおかげで被害が軽減されていると言っても過言ではありません。」
「だが、あの戦法は危険すぎる!事実手塚二飛曹は戦死したのだぞ!」
林は怒りを露わにして勇に迫った。勇はそんな林の気持ちも尤もだと理解しつつも反論する。
「隊長、我が隊の練度だからできる戦法なのです。それに手塚二飛曹は・・・最後に長符を打っていたとのことです。」
「なに・・・」
長符とはモールスを打ちっぱなしにすることで、それが意味することは「我、これより自爆特攻せり」である。つまり、手塚二飛曹は分かっていて突っ込んだことになる。勇は基地の通信員からの連絡によりそれを知った際の通信員たちの悲痛な表情を生涯忘れることは出来ないと悟った。林もまた目を見開いて呆然としている。勇は極めて軍務上を装って隊長である林に助言する。
「隊長は優しすぎます・・・手塚二飛曹の心意気を汲んでやって頂けないでしょうか。」
それを言った瞬間、勇は林によって殴られた。勇は殴られたことに驚き、自分が床に倒れたことに気づかなかったほどだった。林は血が滲むほど手を握りしめて、勇を睨みつけていた。
「・・・隊長?」
「副長、あの戦法は禁じる。」
「しかし!」
「二度も言わせるな!俺はカウハバ基地に行って三号爆弾への魔力封入を要請してくる。それまでこの基地は任せたぞ。」
「隊長いけません!三号爆弾への魔力封入が上層部にバレたらそれこそ隊長職を剝奪されてしまいます!」
三号爆弾は一定数の効果を上げていたが、大型ネウロイにはその装甲の表面を削る程度で今や無用の長物になり果てていた。さらに、先日の上層部の妨害の対価として受領した術式を封入した弾薬ですらギリギリ入手することができたのだった。あくまでも勇たちに課された命題は非ウィッチ戦力による反撃なのである。しかし、林はそれすら厭わず身を挺して運命を変えようとしていた。
「カウハバ基地で無理なら502に頼むまでだ!あそこはそれなりの対価を払えば何とかしてくれると専らの噂だからな。」
502統合戦闘航空団、カールスラント空軍大尉であるグンデュラ・ラル率いる部隊は、「ブレイクウィッチーズ」と称されるほど勇敢であるが、物資の消費が激しく、補給にいつも四苦八苦している。それを利用してこちらが必要な物資を入手する手段は暗黙の了解で行われているが、343空の第一中隊においてはそもそも課せられたものが異なる。勇は即座に反論する。
「それでは確実に処分されてしまいます!隊長がいなくなればこの部隊はどうなるのですか?!」
「私が処分されるまでこの部隊が保てばそれでいい!!隊員たちは家族だ!これ以上失うことは隊長であるこの俺が許さん!」
自己犠牲を払おうとする林に勇は怒りが込み上げてくる。いつかの自分がそうだったように、きっとミーナやバルクホルンたちも今の様な気持ちだったに違いない。だからこそ、勇は一歩も引く気はなかった。
「隊長、隊長がいなくては、親を失った家族は離散するしかないのです。それでも隊長はやるとおっしゃるのですか?」
「くどいっ!」
「そう・・・ですか。それなら隊長の副官でもある私にも覚悟があります・・・垂直降下戦法を続行します!」
勇が堂々とそう宣言すると林は固い表情のまま対立の姿勢を露わにする副官と睨み合った。幾秒かの時が経っただろうか。二人は目線を変えずに互いに互いが自分の考えを改めないことを理解した。それは正に決別であった。
「・・・私はカウハバに向かう。いらんことに固執して大事な隊員を失いたくはないからな。」
「そうですか。自己犠牲なんてもうまっぴらなので、そんな指揮官はこちらから御免被ります。」
「「頑固者」」
林は隊員を失いたくないと言う尤もな言い分に、かつて自分も経験した自己犠牲という周りの気持ちを考えない行動を嫌う勇の両者とも間違っていないだけにどちらも譲ろうとしない。譲ろうにも生来の頑固さ故認めようとしなかった。互いにこれが最後の会話になることも知らずにである。
林は輸送機として運用されている一式陸上攻撃機に搭乗して翌日にはカウハバ、502基地のあるペテルブルグに向かってしまった。勇はそんな林を見送らず、機体の整備に明け暮れていた。
「・・・」
「副長、隊長行っちゃいましたよ?」
「藤野、隊長は隊長の任務があるだけだ。だから・・・気にするな。」
「だいぶ口論なされたようですが・・・」
藤野は勇と年齢が近いだけあって勇も最近はよく話すようになったが、相変わらずお節介な性格の様だった。もはや勇の副官のような存在になりつつあった。そんな藤野だが、勇と小隊を共にしてからというものの成長が著しく、いまや大型ネウロイに臆することなく勇と共に突っ込んで行く最初の頃のような醜態を晒すことなどない優秀なパイロットとなっていた。
「いつからお前は俺に口答えできるようになったんだ?いいからほっといてくれ。」
「しかし、先日の出撃で一小隊分の戦力が消失し、我が方の戦力は林大尉を除くと大幅に下がることになります。沖海少尉、今井一飛、手塚二飛の三名が戦死し、中隊長代理を勇中尉にしますと第二小隊長は榊少尉、第三小隊長は大関少尉の三小隊編成となっている現状、第一小隊は林大尉が不在のため定員を満たしません。これは由々しき事態です。」
藤野は勇に命を救われたとき以来、勇を心底崇拝しており、小隊の定員を満たさないことで自分が異動になることを恐れての発言だったことに気づいた勇は眉間を摘まみながら答える。
「そうか・・・第一小隊は俺と藤野の二人でいいだろう。隊長の考えは別として、任務が終了すればまた戻ってくるのだから。」
「そうですか!ありがとうございます!了解しました!」
満面の笑みを浮かべ勢いよく敬礼すると持ち場に戻っていく藤野を見て、勇は軽い頭痛を覚えつつ僅かに心が和んだ気がした。しかし、悠長に事を構えてはいられなかった。林の独断行動は源田司令がこの基地に来るまでの僅か数日しか猶予は残されておらず、逆に勇たちには源田が来るまでに大型のネウロイへの対抗策及び前進拠点であるリガへの進出の目途を立てておかねばならなかったのだった。つまり、この基地での最上位責任者は勇となってしまった現状、指揮官として皆を率いていく立場となってしまったのだった。この上ない立場を押し付けた林にいらつく勇だったが、部隊が危険な状態にあるため早急な対応策を練っているが、勇としても林のような打開策はなく、現状維持が精一杯だったことがなおさら腹を立てさせた。
(頑固者め・・・)
一方、林はというと機上の人となっていた。一式陸攻に搭乗し、荷物のように運ばれる感覚は久方ぶりで自分が運転しないという行為が妙に罪悪感を掻き立てた。所謂職業病である。そんなことを考えているのももったいないと思い、林は勇と口論になってしまったことを振り返る。出会った頃から尖った才能を見せつけ、自分の部隊に移動になってきたときは赤松貞明の推薦と言うこともありどんな厄介者化と心配してみれば、お堅い戦法で自分と歩調が合わず、互いに苦労しながらも、周りの隊員と交流していくにつれて自分のやり方を、自分の在り方を見つけていった時の少年のような輝きは今でも忘れることができない。さらに、今では自分の右腕として隊を率いる人物にまで成長し、口論になり何も言わないで来てしまったが、部隊を任せるのにこれほど心配のいらない人物は他にいないであろうと安心していた。常に自分の後ろにいて、時には己の力量で戦況を切り開くことのできる赤松勇という人物に林は全幅の信頼を置くほどになっていたと今になって認め直す自分がいた。それが、上層部のいらない政治的配慮とやらで部隊が危機にさらされ、勇と口論になってしまい迷惑この上ないこの現状に林は軍帽を深くかぶり直した。敵に臆することなど生涯で一度もなく、周りからの評価では「仁将」などつけられているが、林にだって我慢できないことくらいあった。自分の行動は現状を打破しうる唯一の策なのだが、これを勇に反対されることが我慢ならなかった。勇には後ろに、自分の考えに賛同してほしかったし、自分についてきてほしかった。だが、この輸送機にはだれもいない。この空っぽな空間が寒々しく、林には耐えがたかった。
「隊長、もう少しでカウハバ基地に到着します。」
「頑固者め・・・」
「はっ?何か言われましたでしょうか?」
「・・・何でもない。」
勇と林の同じ言葉は時を同じくして空しく空に吸い込まれていったのだった。
時と場所は変わり、連合軍東部軍司令部にてリガ前進拠点攻略に向けた会議が開かれていた。
「我々人類の大いなる先駆けのために、何が何でも非ウィッチ戦力による攻略が不可欠である!そのために扶桑海軍343空第一中隊には早急にリガを落としてもらいたい!」
そう息巻くのは東部軍参謀の牟田口廉也陸軍中将であった。この人物は扶桑本土から栄転という名の左遷された人物であり、女遊びや思い付きの作戦などの各方面からの評判に優れない愚将だった。しかし、とりわけ記憶能力に秀でており、陸軍の歩兵経典など諳んじられるほどであり、上司に取り入ることや自分の戦果を増すことにおいて非凡な才能を発揮していた。しかし、勇たちが所属しているのは海軍であり、陸軍である牟田口にとやかく言われる理屈はないのだが、非ウィッチ戦力という文言が各方面の軍人や政治家にとって垂涎の的となっているため牟田口に続くものも多かった。そこで満を持して反論したのが源田だった。
「お言葉ですが、最前線で戦っているのは我が扶桑海軍の将兵であるということをお忘れか。さらに無駄に非ウィッチ戦力に拘るなど愚の骨頂、言語道断である。今すぐ現地に協力できるウィッチ戦力を投入してください。」
「非ウィッチ戦力であるということは既に決定事項なのだ。ウィッチでなければ東部軍の戦力を持って歩兵や航空戦力を投入可能ではある。なぜ源田司令はウィッチ戦力に拘るのか。いささか反人類的発言ではないかね。」
「なんだと!?」
この反論の応酬を東部軍総司令官のオラーシャ陸軍大将のジューコフは頭を抱えて聞いていた。どちらの言うことも一理あり、非ウィッチ戦力による攻撃が成功すればそれはそれで魅力的な、人類にとっては希望の星になることも確かだった。そして、秘密裏に仕入れた情報によると343空の指揮官である林大尉が独自にウィッチ側と交渉していることも確認している。しかし、現段階で投入可能な兵力(非ウィッチ戦力)は大陸本土の橋頭保を確保するのに十分なものとは言えず、むしろここで徒に戦力を投入することは避けたかった。
「諸君らの言い分はよくわかった。しかし、どちらかだけを採用するというのには問題が多すぎる。よって、限定的戦力の投入を検討する。具体的には1週間後に歩兵及び砲兵の混成旅団と航空艦隊を宛がうものとする。そして、それまでの期間に343空の存在が危機的になった場合、この戦力は間に合わないことが予想される。よってその間ウィッチ戦力の運用を認めるものとする。該当の統合戦闘航空団のウィッチに派遣要請を出したまえ。」
このジューコフの言葉ですべてが決まり、源田は3日後に前線視察と激励のために勇のいるサーレマー島基地に飛ぶこととなった。しかし、これに気を良くしない者がいるのだった。
「ちっ、結局は陸の戦いが勝敗を決するというのに海軍のデカ口は・・・そうだ!名案を思い付いたぞ!副官!?副官はいるかぁ!!」
牟田口の策略が巡る中、林は急遽源田を迎えに行く算段を計画し、司令部に暗号電文にて報告した。というのも、現状を素直に話せるのは司令である源田しかおらず、誰にも聞かれたくない話を緊急で行うには同じ飛行機に乗るしかない。そのためにわざわざ基地司令部要員は別の輸送機にさせる徹底ぶりだった。そして、既に協力を取り付けた502統合戦闘航空団の内、航続距離の長いユニットを有する管野直枝少尉と下原定子少尉をヘルシンキに呼び寄せた。当初限りあるウィッチ戦力を限定されたとはいえ一時期でも借り入れるというのは相当な困難だった。隊長のグンデュラ・ラルに至っては酒やチョコレートなどの嗜好品を全て巻き上げる算段だったが管野の協力を取り付ける際、模擬空戦の決着次第では妥協してもいいとのことで一戦交えてきていた。その勝敗はもちろん管野と下原がヘルシンキに来ていることが物語っている。しかし、林はこうも感じていた。管野直枝という人物はうら若き少女でありながらきちんとした素養があり、乱暴でガサツではあるが空戦技術とその度胸においては勇に通ずるところがあり、きっといいペアになることが伺えた。そして、現在はカウハバ基地に来ていた。
「・・・となると、我々もその作戦に一枚嚙んでほしいと、そう仰るのですね。」
「そうなる。もちろん謝礼と言う形で何らかの恩は返すつもりだ。そちらの言い分も十分考慮しよう。」
「そうですか・・・まあ、こちらとしては吝かではないのですが、隊員たちが何というか・・・それは承知してくださいますよね?」
林も以前この基地に来た際にここの隊員たちの態度は十分に理解していた。しかし、それでも大型ネウロイの脅威に比べたらどうということはなかった。だからこそ、階級も年齢も下の本来守るべき対象である少女に頭を下げて頼んだ。
「この通りだ。我々の隊員を、助けてほしい。」
「・・・本来我々は北方軍司令部の管轄なのですが、いえ、いいでしょう。ここは人徳です。林大尉のその心に免じて応援を出しましょう。」
「ありがとうございます。アホネン隊長。」
温かな人情を感じ、林は本当に戦争しているということを改めて恐ろしいことだと認識した。
そんな会談をしているうちにあっという間に源田を迎える日になってしまった。林は既に機上の人となり、源田と合流していた。
「久しいな、林くん。」
「司令も変わりないようで。」
短い言葉ながら互いの再開と、これから始まる戦争への困難を分かち合っていた。そして、勇の待つ基地に向かうべく先を急ぐ。そのことは勇のいるサーレマー島にも伝わっていた。
「副長、隊長と司令を乗せた輸送機がこちらに向かったとのことです。」
「そうか、万が一のこともある。護衛を出すわけだが・・・そんな余剰戦力あるわけもなし。どうしたものか。」
既に第一中隊は定員割れも甚だしく、現在8人のみの戦力しかないため司令たる源田と隊長の林を護衛する戦力を持ち合わせていなかった。しかし、要人を乗せているため危険な進行ルートで来るはずもなく、勇は暗号電文による進路予想図の道中に護衛機を向かわせる最小限かつ最大の戦力を投入する予定だった。しかし、藤野の言葉でその予定は大きく疑うべきものになってしまう。
「しかし、9時22分にヘルシンキ沖を南西に30キロ行った所で合流なわけですから、戦闘機でならすぐですよ。護衛機を出すべきです。」
「そうだな、そこまで近いなら・・・ん?藤野、今何と言った?」
「はい、9時22分にヘルシンキ沖を南西に30キロ地点で合流です。」
「・・・どうしてそれを藤野、お前が知っているんだ?」
「え、どうしてもこうしても通信で報告が・・・はっ!?」
藤野もようやく事態が最悪になり得る可能性があることに気づいたようだった。それもそのはずである。本来、通信は秘匿され、なおかつ要人の移動ともなると細心の注意が払われなければならないのだ。それがこともあろうに一般通信で報告されているのである。ネウロイに通信が傍受されていた場合、それは勇たち343空の指揮官が根こそぎ攻撃されることを意味する。冷や汗が一気に噴き出すのを感じながら、急いで指示を出す。
「藤野!お前はすぐにウィッチの応援を要請しろ!あとは総員出撃だ!基地要員は避難させるぞ!」
頭をフルで稼働させ最適な行動を取るべく動き出す勇だったが、緊急の行動であってもしかしたら襲撃はないかもしれない。しかし、だからといって行動しないわけにはいかなかった。だが、勇の予想は最悪の形で実現してしまう。基地通信員が勇の前に転がり込んでくる。
「副長!!緊急です!リガ方面から大型ネウロイと思しき反応が二つ、急速接近中です!」
「なにっ!?こんなときにそれも二機だと?!」
まさに絶望的な状況だった。しかし、林たち輸送機は守らなければならず、この基地も同時に守らなければならない。藤野や隊員たちが見守る中、勇は肩をワナワナと震わせながら命令する。
「第一、第二小隊はここで基地防空戦闘を行う。第三小隊は司令と隊長の護衛だっ!」
「副長・・・それだけでは。」
藤野を含め他の隊員も自分たちだけではとても防ぎきれないことを目で訴えてきていた。しかし、勇とてそのことは百も承知であり、これが最善の策なのだということも分かっていた。ただ、これを命令するかどうかが指揮官たる役目だった。つまり、仲間に死ねと命令することである。
「基地通信員は可能な限り応援を呼び続けろ!隊長がもしかしたらウィッチや応援を頼んでいるかもしれない!諦めず、最後まで己の任務を果たせ!もうこれ以上誰も失いたくはない、だが、命を懸ける他生きる道はないんだ!」
勇の鬼気迫る言葉に隊員たちは覚悟を決めたように口を結ぶ。勇もその雰囲気を肌で感じ、命令する。
「全機、発進準備・・・」
「「「はっ!」」」
全員即座に自分の愛機に乗り込みにかかる。その走る姿は一つの迷いもなかった。そして、勇も自分の機体に乗り込むと初老の整備員が話しかけてきた。
「副長、隊員たちをよろしくお願いします。」
しっかりと目を見据え放ってくれた言葉は温かく、また帰ってこなければと本能的に勇は思った。そして、次々と発進していく戦闘機を見送る基地要員がこぞって見送っていた。その隊員たちは皆口々にこう叫んでいた。
「343空第一中隊、万歳!」
「万歳!」
「「「ばんざーい!」」」
必ず帰ると別れを告げ、勇たち第一、二小隊は基地の南側から接近する大型ネウロイに狙いを定め、大関少尉率いる第三小隊は源田と林の輸送機護衛に向かっていった。
いかがでしたでしょうか。勇くんには早速指揮官職をやらせる当たりブラックな職場ですよね。そんな喧嘩別れしてしまった勇と林ですが、次回、もっと暗い話に突入します。暗い話ばかりで申し訳ないのですがお付き合いくださると幸いです。それではではまた。