なんとか502での仕事を終えた勇は507に到着しようとしてた。予め訪れる報告は書面にてしていたが、こうして声を交わすのはずいぶん前のことのように思えた。勇は恐る恐る通信を試みる。
「ああ・・・こちら扶桑海軍赤松勇大尉。507部隊、応答願います」
「こちら507司令のハンナ・ウィンド少佐。報告は聞いている。安全に着陸されたし」
勇は一瞬基地を間違えたかと思ったが、507と聞こえた以上間違いはなかったようだ。なぜ違う基地かと思ったのかと言うと、以前訪れた際の隊長はエルマ・レイヴォネン中尉であったためである。隊長が不在なのかと思いつつ、勇は着陸態勢に入る。無事に着陸し、整備員に装備を渡すと先ほどの通信の声の人物であるハンナ・ウィンド少佐が出迎える。
「よく来てくれた、赤松勇大尉。ここではなんだから司令室に行こう」
「お気遣い痛み入ります」
キョロキョロとしながら誰か知っている人物はいないかと辺りを見渡すが特に見知った顔はいなかった。司令室に到着すると司令のハンナ・ウィンドは席に促し勇も席に座る。ハンナ・ウィンドは大きく息をつくと本題に入る。
「赤松勇大尉、本日ここに来ることは伺っていたが、私にはあなたがここに来る理由が分からない。ここに来た理由について説明願えるだろうか?」
「失礼ながら、ここの基地にエルマ・レイヴォネン中尉・・・いえ、穴吹智子大尉はいらっしゃらないでしょうか?彼女たちなら私がここに来た理由が分かると思うのですが・・・」
ハンナ・ウィンドはようやく合点がいったのか、一度「ああ」と言うと勇に基地の現状について語る。
「悪いが君が知っている人物はここにはほとんどいない。」
「それは・・・どうしてでしょうか?」
勇は一瞬冷や汗が過る。最悪の事態の想定はしたくはなかったが、長年の経験からこの手の結論がすぐに出てしまうのは勇の悪い癖と言えた。
「彼女たちは既に上がりの年齢でね。1944年に初期メンバーのほとんどが離任・転属・帰国している。前隊長のエルマはカウハバで地上勤務さ。」
「そ、そうでしたか・・・では穴吹智子大尉は帰国なされたと?」
「そうだ。彼女はここに4年も務めてくれたからな。隊員も残ってくれることを願っていたのだがな」
最悪の事態は起こるはずもなくと言った様子で勇は安心した。そして、ほとんどのメンバーは上がりを迎え帰国したことを聞き、自分がここに来た意味がほとんどなくなってしまった勇はハンナ・ウィンドに理由もそこそこに退散しようと考えていた。しかし、運命がそうはさせてくれなかった。ノックされる音と共に入室してきたのは勇が最も苦手としていた部隊メンバーの一人だった。
「失礼します。隊長、三隅さんが・・・ああああああ!!!」
「なんてこった・・・」
互いの瞬間を見た互いの反応は正に正反対だった。勇は全てを諦めた表情をし始め、逆に入室してきた迫水ハルカ中尉は勇を見て明らかに威嚇をする猫のようになっていた。その姿を見たハンナ・ウィンドはハルカに質問する。
「ハルカ、どうしたと言うんだ?」
「ふしゃー!!!隊長!こいつは私の仇なんです!」
「仇?」
いまいち要領を得なハンナ・ウィンドは頭を抱えるが、勇には既に言語化するヤル気を失っていた。しかし、ハルカが腕を振り回しながら説明する。
「こいつは私のお姉さまを盗ったんです!泥棒猫、いや泥棒鬼なんですよ!」
「泥棒?」
やはり意味の分からない話に部屋は混沌の様相を呈していた。ハルカは勇に掴みかかり、それを勇が白目になりながらいなすという状況にハンナ・ウィンドがもう一度ハルカに聞きただす。
「ハルカ、ちゃんと説明しろ。訳が分からん」
「うぅ~・・・はあ、分かりました。この人がここに来た理由はおそらくサーレマー事件の後のことでしょう」
「サーレマー事件・・・ああ、君は確か荒鷲隊だったな」
ハンナ・ウィンドは以前からスオムス独立飛行隊の隊長を務めるなど、スオムス空軍のエースとしてその名が知られる人物であった。そのハンナ・ウィンドも知るサーレマー事件とは荒鷲隊を先行隊として始まった欧州本土反撃上陸作戦の一つだった。もちろん当時は失敗するのだが、当初から無理な突撃や準備不足が囁かれており、作戦は大損害を被って失敗。その後作戦参謀であり荒鷲隊の司令に就いていた牟田口陸軍中将が何者かに襲撃されるという事件のことを指している。
「そして、この人はこともあろうに作戦の後この基地に何の前触れもなく現れたかと思えば手当たり次第に隊員たちをちぎっては投げちぎっては投げ・・・」
「ハルカ?」
「・・・牟田口中将の居所を聞きに来たんですよ」
「なっ!?じゃ、じゃあ、君が牟田口中将をやった犯人なのか?!」
ハンナ・ウィンドが慌てて当時の犯人を見つけたかのように勇を指さす。勇は大きくため息をつくと話を引き継ぐ。
「殺したわけではありません・・・ただ、切りっかったのは本当です」
その言葉にハンナ・ウィンドは恐ろし気に勇を見る。確かに殺人未遂を起こし、今では世界一の撃墜王ともなれば余計な警戒を招くことになる。勇はそのことも含めて説明を続ける。
「牟田口を切る前にここ、「いらんこ中隊」を訪れたのですが・・・」
「いらんこ」という言葉はハンナ・ウィンドにとっては懐かしい響きだったが、当時の一人であるハルカは「あなたこそいらんこですよだ」などと悪態をついていた。
「その際に、私も気が立っておりまして、ちょっとした話のすれ違いから・・・その、暴挙に・・・」
「異議ありぃ!!!」
小さくなる勇と対照的に勢いよく立ち上がったハルカは自分の番だとばかりに捲し立てる。
「この人は怒りを鎮めようとしたビューリングさんを投げて、私の・・・私のお姉さまにキス!キスをしたんですよ!この唇泥棒ぉ!!!」
勇は天を見上げて頭を抱えており、そんな勇を見たハンナ・ウィンドが勇の話を聞こうとする。
「して、事実はどうなんだ?」
「はあ・・・いろいろ脚色が入っておりますが・・・まあ、きちんと説明させていただきます。あれは502からユニットを強奪した後のことです」
「強奪?!」
最後の文言に疑問符が浮かぶも勇は構わず進めていってしまう。勇は当時を振り返る。
スオムス独立義勇飛行中隊では先日のサーレマー島での反撃作戦の失敗により現地の部隊員をブリタニアへ送り届けるなどてんてこ舞いの日々であった。ようやく訪れた安寧の日々に穴吹智子は暗い雲を眺めてため息を吐く。
「はあ・・・忙しかった」
「そんなに忙しかったか?」
何百人もの人員を移送する手続きやそれまでの世話など猫の手も借りたいほどの忙しさだったのにも関わらず、智子の目の前の人物はタバコを蒸かし、小説に目を落として寛いでいるエリザベス・F・ビューリング少尉だった。そんな姿に智子はまたもやため息が出る。
「猫の手も借りたいときにあんたどこにいたのよ」
「私はネズミだからな。猫がいたら逃げるのは当然だろう?」
「ああそう・・・ネズミならそんな大層な身分でくつろぐなんてことしてないで小汚く仕事してれば?」
売り言葉に買い言葉だが、この偏屈さではきっと右に出る者も煙に巻いてしまうだろう。すかさずビューリングは智子をおちょくり続ける。
「ネズミを馬鹿にするなんてほんとに愚かだ。ネズミほどこの基地を苦しめた敵もいないだろうに」
「ええ、この基地で厄介なのは間違いなくあんただわ」
「お褒めに与り光栄だ」
もうこれ以上付き合っていると頭が悪くなると思い、智子は話を切り上げる。ビューリングは一度も本から目を離さずにいる。しかし、そこで智子はビューリングが読んでいる本の題名を見て驚くことになる。
「ビューリング、あんたいつから扶桑の本なんか読むようになったのよ」
「ん?ああ、これはたまたま補給品を漁ったときに出てきた品だ。だれも自分のとは言わなかったから私が有効活用している」
「ああそう・・・ん?補給品で扶桑の本・・・あんたそれ私の補給品じゃない!!」
ようやく気づいたのか、と言わんばかりに本番のいたずらがきれいに決まったビューリングは本から口角の上がった顔を半分だけ覗かせる。そんな不遜な顔に智子は顔を真っ赤にして憤慨する。
「私のでしょ!返しなさい!」
「補給品のリストを確認しないのが悪い。これを機に、智子も自分の持ち物には全て名前を書いておくんだな」
「受け取る前なんだか書けるわけないじゃない!それに補給品のリストは隊長の机にあるんだからそれこそ犯罪行為よ!」
怒りと突っ込みが収まらず智子は既に頭痛の気配がしていた。そんな姿を楽しそうに見ているビューリングは智子にアドバイスする余裕すら見せ始める。
「この本・・・猫目漱石?によると『弱者が強者を倒す最強の行為は「愛嬌」だ』だそうだ。同じ扶桑人ならやってみるといい」
怒ろうにも何をしても揶揄われる未来しか見えない不毛な言い争いに、智子は深い深呼吸をして頭を冷やす。こういう時は他のことを考えると頭を切り替えることができるのだった。
「はあ、なんか疲れた・・・ユウ、あなたは生きているの?」
「死んだぞ・・・そんなやつ」
「ひやっ!?」
突然自分の独り言に反応され、さらに地から這うような男の声に智子は腰が抜けるほど驚いた。振り向くとそこには泥だらけで所々血痕が染みついたボロい軍服の男が立っていた。その男が勇であると少しの間気づかないほどだった。智子は勇であると気づくと飛びつかん勢いで迫る。
「ユウ?!あなた無事だったの?!ってケガしてるじゃない!」
「・・・そんなことより他の仲間は?」
勇はうつろな目で問いかけていた。智子は先日まで待機していたサーレマー島の隊員たちのことだと理解し、勇に事実を伝える。
「彼らなら無事にブリタニアへ向かったわ!あなたもすぐに報告してブリタニアに・・・」
「ブリタニアへは行かない」
「え・・・」
その時智子には勇の目に光がないことに気がづいた。ほとんどサーレマー島から出撃した人物は戦死しており、航空兵力はそのことごとくが壊滅していた。勇の生存報告は現地の整備部隊の隊員たちからのものであり、彼らの口癖は「隊長は絶対に死なない。必ず生きて帰ってくる」というものだった。その言葉通り勇は生きて帰ってきたのだが、その目には生還の喜びの感情が失われていた。智子はそのことをとてつもなく悲しく感じていた。
「ゆ、ユウ!おかえりなさいっ!」
智子は勇にどうしてもこちらを振り返ってほしくてなけなしの言葉をかける。すると勇はゆっくり振り返る。しかし、振り返った顔は目だけが憤怒に燃えた無表情だった。
「おか・・・えり、だと?」
「そ、そうよ!あなたは帰ってきた!あなたの仲間も喜ぶわよ!私も嬉しい!」
智子が再開を果たせた喜びを前面に押し出すも、勇の心には響くどころかその言葉が弾かれているような拒絶感があった。
「だれも来なかったくせに・・・」
「ユウ?」
その瞬間智子は勇の姿が見えなくなっていた。目の前の事象に驚く暇もなく衝撃が目の前で火花を散らす。そこには先ほどまで椅子に座っていたビューリングがグルカナイフを構えて大きく息を吸っていた。
「ビューリング・・・どうしたの?」
「はあ、はあ・・・智子、怪我はないか?」
「え、ええ。あんたは何してんのよ?それにユウは?」
勇の姿が見えないことと事態が把握できずに困惑しているとビューリングが何かを察知して動き始める。その度に固い刃がぶつかり合う音と火花だけが散る。
「ぜえ・・・こいつ、本当に人間か・・・」
ビューリングが息を切らして見据える先には陰に隠れた勇と、その中で恍惚と不気味に輝く刀を抜いた勇が立っていた。
「ユウ!?何してるの?」
「智子中尉、止めるべきはそちらの方だ」
「馬鹿言え。智子、私がいなければ死んでいてもおかしくないぞ」
ビューリングが智子を守るように行動しているのにようやく気づいた智子は訳が分からなくなる。勇は一体どうしてここまで殺気を放っているか理解できなかった。
「こいつ、昔の私の目をしていた・・・なにもかも壊してしまいたい、そんな目だ。気を付けろ、智子。もうあいつは前のあいつじゃないぞ!」
その言葉に智子は胸を締め付けられる。ここまで悲惨な目に合ってきたことは想像がつくが、それが他人まで巻き込むほどの怒りに、憎悪に代わってしまうほどの出来事とは何なのか、智子は必死に昔の勇に話しかける。
「ユウ、どうしたって言うの!困ったことがあるなら私に話してみて!助けになるから!」
智子の言葉は勇の地雷を踏みぬいてしまった。勇の目から放たれる殺気を察知したビューリングが動き出すが、ビューリングの視界は一挙に暗転する。
「うがっ!!」
「ビューリング?!」
ビューリングを床に組み伏せた勇は、ビューリングの持つグルカナイフをむしり取る。取り上げたグルカナイフをビューリングの背中に向けて振り上げ始める。智子は必死に声を張り上げる。
「やめてっ!」
その絶叫に基地の奥から隊員が駆け付ける。隊長のエルマやハルカはその光景に事態の把握が追い付かないようだった。
「こ、これはどういうことですか?赤松中尉?」
「・・・」
勇は周りの目を感じ、その動きを止める。しかし、依然としてビューリングの背中にナイフを突き立てようとしている姿にだれも近づける雰囲気ではなかった。
「赤松勇大尉!私の仲間に乱暴は許しません!今すぐ武器を置きなさい!」
涙が滲みながらも必死に仲間を庇おうとする隊長の姿を見てもなお、勇は武器を降ろそうとはしなかった。
「俺の邪魔をするな・・・ただ、それだけだ」
「それは復讐のことですか?」
エルマの言葉に全員がエルマに注目する。勇も自分の本意を知っている人物の存在に内心驚いていた。
「あなたの目的はここにはいないはずです!」
「じゃあどこにいる。教えろ!牟田口はどこにいる!!」
「今はおそらくブリタニア行きの連合軍艦隊のどこかにいるはずです。まだ出港していませんから港に停泊しているでしょう」
エルマの情報網の広さとそれを惜しげもなく自分の部隊のために使える胆力に見違える思いだったが、現状は変わらなかった。
「私のことはいい!こいつを早く拘束しろ!」
「・・・エルマ隊長、申し訳ないが先に刃を抜いたのはそちらだ。こちらが先に武器を下ろすことは出来ない」
ビューリングは自分の身を挺して現状を打破しようと必死に叫ぶが誰も動けずにいた。ただ一人を除いて。智子は勇にゆっくりと近づく。
「智子来るな!」
「お姉さま?!駄目です!」
智子は目の前の人物がとても悲しそうに見えていた。怒りに身を焦がし、どうしようもなく振り上げたこぶしの卸どころが分からないでいるのだ。そんな可哀そうな少年に智子は手を伸ばさずにはいられなかった。勇の鋭い眼光をもろともせず智子は損じられない行動に出る。それは自然と出てしまった行為だった。
「お、おい・・・智子」
「智子さん・・・」
なんと智子は勇の唇を奪っていたのだった。これには勇も予想ができなかったのか目を見開いて唇の感触だけが支配する。少しの湿り気と塩気が智子が泣いていることを気付かせる。ゆっくりと口を離す智子に目線をも奪われると智子は優しく呟く。
「大変だったのね・・・こんなになるまで、ごめんなさい」
優しく、勇がこれまでに失ってきた仲間たちに口にしてきた言葉を前に勇はナイフを落とす。恐ろしく手が震えていることに勇自身気づかなかったが、頭まで登った熱さがゆっくりと冷まされるような気がした。そして、智子はもう一度口を勇の唇へと沿わせる。勇の震えが伝わったのか、今度は先ほどのものよりも長く押し付ける。再度離れる温もりに勇の視界は智子の潤んだ大きな瞳に吸い込まれる。
「ユウは、ユウのしたいことをすればいいわ。だって生きていてくれたんだもの」
その言葉に勇は瞬間移動を使用し、ユニットに脚を入れる。発進準備のエンジン音だけが格納庫に響く中、智子の願うように組まれた手がどうしても当時の自分の姉の仕草に似ていたことを思い出す。そして、静かに発進する。その発進間際、勇は小さく呟く。
「もうウィッチはいらないんだよ・・・」
静かな囁きはエンジン音にかき消されるように、勇もまた姿を消していた。そこには勇と共に写っていた藤野や林のもう二度と戻らない日常が収められた写真だけが残っていた。そして、ようやく解放されたビューリングは仰向けになりその降ってきた写真を手に取ると一言呟き、一人の絶叫が木霊したと言う。
「本当に・・・強者に勝つには『愛嬌』だったとはな・・・」
「ムキぃ~!ど、泥棒ぉ~!!!」
勇が話し終えるとハンナ・ウィンドは合点がいったとばかりに腕を組んで話を聞いていた。そして、デジャブがまさに繰り返されようとしていた。
「・・・と、こんな感じでそちらの部隊にはご迷惑をかけたのです。お恥ずかしながら今回はその謝罪をしに参った次第だったのです」
「しかし、当時のメンバーはもうこの・・・」
「ええ・・・この『いらんこ』だけですよ」
「ムキぃ~!!!お姉さま泥棒!唇泥棒!!!」
ハルカを遠ざけ、ハンナ・ウィンドには謝罪を一応受け取ってもらい基地を発つことにする。ハンナ・ウィンドはやれやれといった表情で勇を見送りに出る。
「まあ、私たち今の隊員には被害があるわけじゃないんだ。君が責任を負うのはここじゃない。そうだろ?」
「はい、きちんとけじめは自分でつけてきます」
「おそらくだが、君の落としていった写真とやらも穴吹大尉が持っているんだろう。扶桑に帰ってきちんとけじめをつけてくることだな」
ハンナ・ウィンドはもう一度いやらしい笑顔を向けると、ウインクしながら勇に制裁を加える。
「乙女の唇を盗んだ罪は重いぞ!」
「なっ!?盗んだわけではっ!」
もう何を言っても無駄だと思った勇は顔を赤らめながら発進に意識を向ける。その時ふと浮かんだ顔があった。その顔とは罪の表情であり、罪悪感からフラッシュバックした。勇は次に向かう場所を定めた。
「はあ・・・俺はなんてものを盗んでしまったんだ」
勇の行先はベルギガ王国にある、サントロン基地だった。本来先に506部隊を訪れるつもりだったが、ハンナ・ウィンドに言われたことを思うと優先順位がサントロンに回ってしまった。勇は自分の今までにやってしまった蛮行の数々にため息しか出なかった。
「はあ、最近心臓に悪いことしかしてないな・・・これならネウロイと戦争してた方がまだ気が楽だ・・・なんてな」
そんなことを独り言ちていると目的のサントロン基地が見えてきた。勇は大きく息を吸い込んで通信を入れる。
「こちら扶桑海軍、赤松勇。サントロン基地、応答願います」
「こちらサントロン、よく来てくれたわね」
馴染みのある声を聴いてほっとするも、その目的を考えると行き足は重く感じられた。基地に着くと馴染みにある顔ぶれが揃っていた。
「お勤めご苦労様、勇大尉?」
「出迎えありがとうございます、ミーナ中佐」
「おかえり!ユウ!」
「久しいな」
ミーナを始め、ハルトマン、バルクホルンが出迎えてくれる。そして、ミーナの後ろには黒い軍服を着た白髪の少女が勇を覗いていた。
「ああ、こちらはハイデマリー少佐よ。この基地に私たちが来るまではハイデマリーさんがこの基地を指揮していたの」
「ハイデマリーです・・・赤松大尉。ようこそいらっしゃっいました・・・」
おずおずと怯えながら挨拶してくるあたりはサーニャに似るものを感じ微笑ましくなった。そんな時、格納庫の隣の建物から爆発音が聞こえてくる。勇は即座に反応して警戒態勢をとる。
「敵襲か?!」
「はあ・・・ごめんユウ。たぶんウルスラだ」
「ウルスラ・・・まさか・・・」
勇はちょっとした悪寒を感じていると、その話題の人物が黒焦げになりながらやってくる。
「けほっ・・・失敗です」
「ウルスラ!!危ないじゃんか!」
「お姉さま、実験に失敗は付き物です。それに・・・おや?」
ウルスラが実験の失敗を棚に上げる中、勇に気づいたハルトマンの妹であるウルスラは目を見開いて勇を視界に捉える。勇はウルスラが元智子がいた部隊のメンバーであることを覚えている。ウルスラも覚えていたのか、勇に近づき小さな声で挨拶代わりのジャブを放ってくる。
「お久しぶりです。唇泥棒さん?」
「おほんおほん!!!!」
勇は周りに聞こえないように咳で誤魔化すも、周囲の反応は怪訝な様子でウルスラとの関係に眉をひそめている。勇は足早にウルスラの下を去ると引きこもってしまう。
「ユウどうしたんだろ?ウルスラ何か知ってる?」
「さあ?私は知るべきことしか知りませんよ」
ウルスラはそう言うと興味なさげに再び実験に戻ってしまった。勇は部屋で荷ほどきするとミーナに挨拶に行くことにする。
「はあ、ウルスラ中尉がいるとはな・・・やりずらいな」
「何がやりずらいんだ?」
独り言を聞かれてしまい勇は苦笑いを浮かべながら振り返るとそこにはバルクホルンが立っていた。
「や、やあトゥルーデ・・・その、なんだ・・・ウルスラ中尉とは顔見知りでね」
「そうなのか!じゃあこれからジェットストライカーの試験を行うんだが、ユウも見て行かないか!」
「あ、う、うん」
バルクホルンに捕まり、ウルスラのジェットストライカーの試験に付き合わされることになる。ミーナとの話し合いは先延ばしとなるが、勇は頭を切り替えてジェットストライカーの試験に付き合うことにする。ジェットストライカーと言えば、バルクホルンが以前にユニットの魔法力過剰吸収という性能上の欠陥により大変な目に遭わされていたためあった。
「え~トゥルーデまた乗るの?!絶対危ないって!」
「それを見るのも試験だからな」
ハルトマンは以前の事件を相当恐れているのか、はたまたウルスラの開発した武器を信用していないのか一貫してジェットストライカーを否定した。しかし、バルクホルンとミーナのジェットストライカーへの可能性への言説からやむなく乗る運びとなった。
「そんなに担いで大丈夫なの?」
「確かに、30mmカノン砲に50mm対戦車装甲機銃とはまたとんでもない武装だ」
『しかし、前回の魔法力の過剰吸収は感じられない』
勇とハルトマンはジェットの圧倒的な搭載量に驚愕していた。勇はこれまでずっと零戦を使用しており、ユニットの供給は低レベルのものしか扱ってこなかった。そのせいもあってジェットの凄さを今になって認知したのだった。バルクホルンの試験も淡々と終了し、バルクホルンが下りてくる。
「圧倒的な火力は素晴らしいが、安定性がすこぶる悪いな。これでは並みの命中は見込めないだろう」
「ほら~やっぱりだめじゃんか!」
バルクホルンの評価に気を良くしたハルトマンはここぞとばかりにウルスラを批判する。しかし、ここで勇が名乗りを上げる。
「俺も乗ってもいいか?」
「え?!ユウ乗るの?!」
その場の全員が驚愕する中、ウルスラは真剣に考え込んだ後、了承する。
「分かりました。赤松大尉の飛行、ぜひ参考にさせてください」
こうして勇の初のジェット飛行が始まった。最初の発進に感じる重力の凄さや旋回性の悪さに普段の相違性を見出すも、勇は的確にストライカーの性能を見極めていく。
「これより速度試験に入る」
『了解です』
勇は一度息を吸い込むと急降下と水平飛行にて最高速度を確かめる。相当のGと血流が押し込まれる感覚に勇は興奮を覚えていた。
「こいつはすごい・・・戦争が変わるぞ!」
「これは・・・」
「はへ~」
ウルスラにより試験の終了が言い渡され、勇は興奮冷めやらぬ様子だったが降りてストライカーの感想を述べる。
「加速、旋回性能は従来のレシプロとは比べ物にならない・・・が、それを補って余りある性能だ。戦闘の在り方を変えるのも時間の問題かもしれんな」
勇のデータを取り、その後の感想や所見をつぶさにまとめるウルスラは、その後ミーナと協議に入ってしまった。勇は呆気に取られながらもミーナが暇になるのを待つことにした。一方、ミーナは勇とジェットストライカーとの相性が抜群であることへの探究心が爆発した様子のウルスラの対応に手を焼いていた。事細かくこれまでの勇の戦闘スタイルなどを尋ねられ、ミーナは寝食の時間もないほどだった。ようやく解放されたのは時計の針が日を跨ぐ頃だった。
「遅くまで申し訳ありませんでした。この研究はすぐにでも本国に持ち帰りたいところですが・・・」
「え、ええウルスラさんもご苦労様」
まだぶつぶつと研究に想いを馳せるウルスラを見て苦笑を浮かべるミーナだったが、ここでウルスラが爆弾発言を残していく。
「まだまだ赤松大尉について知りたいですね。ミーナ中佐のご協力もとい、色仕掛けかなにかで赤松大尉を調査に駆り出せないものですかね」
「ちょ、何を言い出すの!?」
「ああ、すみません。本音が漏れてしまいました。糖分が足りないと研究以外のことが欠落するのは良くないですね。今日はこれで失礼します」
「ええ・・・しっかり休んでちょうだい」
ミーナは突然の勇の凋落を指示されかけ顔を真っ赤にしてしまう。思うところがないわけではないことが災いしてしまったのは不覚だった。なんと出て行ったと思ったウルスラが再びドアから顔を覗かせて置き土産とばかりに爆弾を設置していったのだ。
「そうでした・・・赤松大尉ならキスにも慣れていますからそう慌てることではないですよ」
「なっ?!」
最後の余計な一言にミーナの疲労はピークに達する。ウルスラが今度こそ退出すると、これまでの疲労も重なり、どっと疲れが押し寄せる。
「もう・・・ユウに私が?何を考えているのかしら・・・でも、慣れているってどういう・・・こと・・・かしら」
椅子に座り、机に突っ伏すように考え事をしているうちにミーナは眠ってしまっていた。しかし、そこに勇がやってくる。時間がいいこともあり、勇もやってきてしまった。
「ミーナ中佐?しまったな、時間を遅くしたのが裏目に出たか。それにしても起きないな・・・」
勇も話す覚悟をしてやってきたが、ミーナが疲れて寝入ってしまった様子を見て今日は止めておこうと考えると、一気に虚脱感が襲ってきてしまった。仕方なくミーナを起こそうとするも、気持ちよさそうに寝入っているところを見て部屋に運ぶことにする。
「まったく、隊長がこんなところでこんな姿晒したら示しがつかんだろ・・・」
ゆっくり優しく抱きかかえると勇は静かに司令室を後にした。ミーナは揺られる感覚に気持ちよさそうに勇の服を掴んでくる。勇はミーナもまだ20歳に満たない少女であることを思い出す。ついこの間まで険悪な態度を取っていた相手だとは思えないほどミーナの寝顔は安らかだった。
「お疲れ様だ」
ミーナは久しぶりに揺られるような感覚に温かな感覚が押し寄せ意識が薄らぐ。そこにドアを開けるような音が聞こえた時、ミーナは目を開いてしまう。霞む視界に飛び込んできたのは先ほどまで話していた勇だった。一気に目が覚め声が出てしまう。
「あっ・・・」
「ん?起きたか?」
優し気な勇の声にドキリとしつつ現状の把握に努めようと必死に頭を回転させる。周りを確認するとなんとここはミーナの部屋で、明かりはついていなかった。さらにその部屋に二人きりでお姫様抱っこされている現状にミーナはもう頭が容量を吹き飛ばされていた。
「あ、あ、、あのユウ?わ、わ、私・・・」
「すまんな、今降ろすから・・・あの、手、放してもらっていいか?」
勇に言われて自分の手を見ると、しっかりと勇の服を握りしめており、まるで離れたくない女の子、のような構図になっていた。顔を真っ赤にして勇から顔を逸らす。勇はそんなミーナが心配なのか顔を覗き込んでくる。
「どうした?顔が赤いぞ?」
「い、いや!これはその・・・少し疲れて・・・」
苦し紛れでなにもいい言い訳が出てこなかったが、そんな自分を客観的に俯瞰した時このような感情にはどういった名前がつくのかなどと考えてしまったいた。勇は少し様子がおかしいミーナに手を差し伸べる。
「本当に大丈夫か?」
「ひゃっ!?」
勇がミーナの手を握りその震えを確認していた。それに驚いたミーナは変な声が出てしまう。そんなことはお構いなしに勇は冷静にミーナの手の冷たさを分析する。
「大分疲れているみたいだな。手がこんな冷えて・・・俺の手あったかいだろ?俺は寒いとこの出身でな」
そんな世間話すらミーナには混乱を加速させたのだった。しかし、勇の手が温かいことは本当で、いつの間にか緊張で冷えてしまった手を包んでいてくれていた。少し落ち着いたミーナは咳払いをして勇に向き直る。
「もう大丈夫。ユウ、迷惑かけたわね。あなたももう休んで?」
「ああ・・・」
精一杯の強がりでそう言うと勇はその手を離し、置いた。そう、置いたのだ。ミーナは頭部に感じる先ほどの温もりに硬直する。勇は優しそうな目で手を動かし、ミーナを労わる。
「その言葉、ミーナにそのまま返すぞ。おやすみ」
手をどけ、ミーナの部屋を後にした勇の方向に視線が固定されたままのミーナは数秒の時を経てベッドに崩れ落ちる。撫でられた頭はまだフワフワしており、勇の機関銃や刀でできた固くてごつい手の温かな感触が恋しいと思い始めたミーナは既に陥落していた。布団に顔を埋めて先ほどの光景を思い出さないように儚い努力をするミーナは昔の感触と比べてしまう。ミーナが意識した部位は唇だった。
「慣れてるって・・・ずるい」
勇君はほんとに罪な男です・・・中で出てくる作品についてですが、夏目漱石の小説のワンフレーズを引用させていただいています。今回は猫目漱石となっていますがぜひ、夏目漱石の本も読んでみてください!
次回こそ勇くんを帰省させてみせます!