翌日、ハイデマリーは補給物資についての打ち合わせに出かけ、またハルトマンとウルスラの間で珍兵器について熱く議論が交わされており、昨晩の波の立ちようが嘘のように凪いでいた。
「なんだよこれ!私のユニットに何してくれてんだよ!」
「これはメッサーシャルフツバイ・・・私とお姉さまの二人ならきっとうまく扱えるはずです」
自分のユニットを勝手に改造されたことに立腹しているハルトマンとあくまで実験を優先するウルスラと、勇からすれば姉妹喧嘩もいいとこだが、自分のユニットはこっそりと隠していた。バルクホルンらに宥められ、嫌々ながら二人で連結型のユニットでの飛行試験に入る。
「さすがは双子だな。あそこまで飛行をリンクできるとは」
「でもなんであんなに腹の虫の居所が悪いんだ?」
そんなことを話しているとハルトマンの無理な機動を取ったことにより墜落してしまう。勇は急いで二人の救出に向かい、無事に連れて帰ることに成功するが、ハルトマンの怒りは止まらなかった。
「だから言ったじゃんか!」
「あれは姉さまが勝手に機動を乱したからです」
「そうだぞ。息を合わせて飛行しなければああなることは分かり切っていたじゃないか」
バルクホルンにまで言われたことでハルトマンはついにウルスラに当たってしまう。
「ウルスラの作った兵器はどれもこれもダメダメじゃん!」
「ハルトマン!」
勇の声にハルトマンは自分の言った言葉に驚く。ウルスラは思うことがあるのか、勇たちに詫びるとどこかに消えてしまった。その後、ハルトマンは不貞腐れ、ザリガニ釣りに興じることにすると基地の警報が鳴る。
「敵は?!」
「お前のユニットは壊れて整備中じゃないか」
「あっ!?そうだった!」
「ユウ、悪いのだけれど出てくれる?」
「もちろんだ。間借りさせてもらってる身分だからな」
ハルトマンの代わりに勇が出撃することになり、ハルトマンはさらに不貞腐れる。
一方、三人はネウロイの報告がなされた座標付近に到達したが一向にその姿を見つけることができなかった。しかし、ミーナはネウロイの存在を三次元把握の固有魔法にて確認する。
「まさか・・・あの積乱雲の中にね」
「つまり敵は単なる偵察型にあらずってことか・・・厄介だな」
「接近するにしてもあの積乱雲では我々が巻き込まれかねないぞ!」
積乱雲の中にいる敵に有効的な手段を見いだせずにいると勇が助言する。
「昨日使用した30mmカノン砲なら遠距離でも弾道変化が少なく、有効打が与えられるのではないか?」
「それね!」
「じゃあ私が戻ってジェットストライカーを装備してくる!」
「それまでここは俺たちが持たせておくよ」
勇とミーナがバルクホルンを送り出すのと同時に積乱雲の中にいたネウロイが追撃に小型ネウロイを射出する。
「トゥルーデ!すまない!そっちに何機か小型が向かった!注意されたし!」
『了解した!なんとか振り切ってみる!』
基地まで引き連れてしまえば二次被害が出かねない。それまでに小型ネウロイだけでも始末してしまいたい勇だったが、如何せん積乱雲の中のネウロイが厄介だった。積乱雲の中から偶に顔を出しては大威力の攻撃をしてくるのだった。
「くそっ!ミーナ!何機だ?!」
「15機よ!」
「なら10機は任せろ!」
勇が積極的に多くの敵を惹きつける。しかし、敵もなかなかの強敵で小型ながら装甲が堅く攻撃力も馬鹿にできなかった。しかし、勇は世界一の撃墜王と呼ばれる所以をいかんなく発揮する。
「まったく厄介な・・・仕方ない。弾種変更、高初速爆裂徹甲弾・・・装填!よしっ!」
20mmの機関砲に高初速爆裂徹甲弾に勇の練り練られた魔法弾を装填するとその効果は抜群だった。さらに勇の空戦技術も相まって早くも5機を撃墜していた。それを見ていたミーナは勇の戦闘に感銘を受けていた。
「さすがは世界一の撃墜王ね。私も負けていられないわ!」
ミーナも果敢に攻めに転じる。勇も瞬間移動が使えなくなったが、その圧倒的な空戦センスは周りの人間を魅了する。積乱雲の中のネウロイが攻撃を仕掛けてきても、その攻撃をシールド斜めに張ることで射線をずらし、付近にいた小型ネウロイに当てていく。さらに、斜めに張ったシールドの摩擦を生かし、不規則挙動を生じさせ、攻撃をことごとく回避、その後すぐに攻撃に転じていた。
「しつこいなっ!これでも喰らえ!」
20mm機関砲をばらまくと、それを避けようとした小型ネウロイ同士で衝突、積乱雲の強風に煽られてよろけるネウロイを一網打尽にしていった。これで残る小型ネウロイは2機となり、そのほとんどを撃墜した勇は瞬時に自分の付近の雲の中から出てくるネウロイの気配を察知して回避する。
「お見通しだ!」
余裕をもって避けたつもりで攻撃を仕掛けようとした時、悪寒が走る。勇は視界の端に移るミーナに直撃する先ほどの射線が見えた。
「ミーナ避けろぉぉぉ!!!」
ミーナは小型ネウロイに対しての対処で精一杯であり、今も正に小型ネウロイの攻撃に晒されている瞬間で、中型のネウロイの攻撃には気づくことができなかった。その時、勇の声が聞こえ僅かに回避機動を取ることにより攻撃の直撃は避けることができた。しかし、完璧に回避することは叶わなかった。
「きゃあぁぁ!!!」
片方のユニットに被弾してしまったミーナは黒煙を吹き、錐揉みしながら墜落していく。さらにその上からは逆落としに襲ってくる小型ネウロイが3機ほど追撃してきていた。もはやここまでかと目を瞑ると、聞き慣れた声がミーナの耳をつんざく。
「手を伸ばせぇ!!!」
目を開けると勇がミーナを追う小型ネウロイを吹き飛ばすところだった。光の粒の中からミーナに向かって手を伸ばしてくる姿はこんな状況の中で不謹慎だとは思うが、カッコいいと思ってしまう。しかし、ミーナはなかなか体勢が整えられず、勇に向かって手を伸ばすことができずにいた。もう間もなく墜落してしまうという限界さが勇を押した。
「届けぇ!!!」
地面に激突する寸前でミーナはふわりと浮き上がる感覚に目を開ける。すると勇がミーナの手をしっかりと握っている姿が映し出された。
「ユウ・・・」
「馬鹿野郎、諦めるなんてミーナらしくないぞ!」
「ごめんなさい・・・ってユウ?!」
逆光の中で勇の顔を見ることは難しかったが、ミーナの顔に滴った雫が妙に温かいことでその雫の正体に気づく。勇がミーナを自分の背中におぶるように体勢を整えるとミーナは勇の様子を確認する。
「ちょっとユウ!ケガしてるじゃない!?」
「ああ、ミーナを追ってるときにユニットの破片に当たったみたいでな」
勇の目の上には4cmほどの傷があり、そこから流れる血が滴っていた。さらに問題なのが、勇の顔が真っ黒になっていたことだった。
「失敗だったな・・・最短距離で追いかけたからオイルやらがへばりついちまった・・・それに血がオイルと混じって目が開けられない」
「そんな・・・」
ミーナは自分のために危険を冒してまで助けてくれた勇に申し訳ないと思ってしまう。しかし、今は戦闘中であり、残るは小型ネウロイが4機と中型ネウロイだった。この絶望的な状況にミーナは考えを巡らせる。すると勇が発案してミーナに知らせてくる。
「お前の三次元把握で俺に直接敵の位置を知らせてくれ。攻撃はすぐに教えてくれ。ミーナの指示通りに飛ぶ」
「無茶よ!」
「無茶は承知だ!これしか方法はないんだ!」
「・・・わかったわ。あなたを信じるわ」
勇の方法にやむなく承認を出す。勇にしっかりとしがみつき振り落とされないようにする。ミーナは自分の固有魔法を勇の頭に自分の頭をくっつけ直接知らせる。そしてネウロイからの攻撃は瞬時にミーナを通じて勇が回避行動に入っていた。
「次、右から来るわ!」
「じゃあ、一度降下してはぐれた奴を叩く!」
勇の判断速度は速く、かつ的確だった。目が見えていないのにも関わらず、ミーナから送り込まれてくる座標と攻撃を回避した際の自分の位置から敵の後方に着くことに成功する。
「そう、あと上に3.5m・・・射角右に5度調整。いいわ!敵照準一杯!」
「おう!」
勇が射撃を開始すると、弾丸は吸い込まれるように小型ネウロイに着弾し光の粒となり消え果てる。さらに中型のネウロイの攻撃を先ほどのようにシールドで弾き、不規則挙動を取った際などは本当は目が見えているのではないかと疑うほどだった。そして、遂に最後の小型ネウロイになったところで不運が訪れる。
ガチャン!
「しまった!詰まった!!」
ここまでの連戦に銃身が過熱になり、弾が詰まってしまった。ミーナは万事休すかと頭を過ったとき、勇がミーナに警告する。
「ミーナ!しっかり捕まれ!振り落とされるなよ!」
「え、なにをっ?!!」
その瞬間急激な前方への完成がミーナを襲い、勇にしがみつく。すると後方のネウロイはすっかり姿を消していた。何が起きたかわからなかったミーナはあたりを見渡していると、勇がホッとした声音で話しかける。
「最強の仲間のご登場だ!」
その言葉通り、ミーナの視線の先にはハルトマンとウルスラがジェットストライカーを履き、30mmカノン砲をぶっ放していた。ミーナもようやく事態が掴め、ハルトマンとウルスラに指示を出す。
「話はあとで聞かせてもらうわ。中型ネウロイは積乱雲の中心にいます。私が誘導するのでそこに射撃して!」
「了解っ!」
ミーナの管制射撃とハルトマンの射撃センス、それを支えるウルスラの飛行補助によって成せる技だった。そして、ミーナは攻撃命令を下す。
「今よ!」
30mmカノン砲の轟音と共に雲ごと中型ネウロイを一刀両断してしまっていた。これにて戦闘は終了し、ハルトマンとウルスラは燃料の関係から先に帰還させた。戦闘終了後の静かな空間に勇とミーナの二人はしばしその余韻に浸っていた。ゆったりと基地に向かう勇にミーナはハンカチで顔を拭く。
「すまんな」
「こちらこそありがとう。助かったわ」
ミーナはオイル塗れの勇の顔を拭き、傷口を覆うようにハンカチを勇の頭に巻き付けて応急処置を施す。終わってしまうと急に手持ち無沙汰になり、ただ背負われている自分が申し訳なくなる。勇のゆっくりとした飛行では基地に到着するまでに20分はかかるだろう。その間ずっとこの状況が続くのはよろしくなかった。ミーナは別のことに気を向けてみる。
(誰かに背負われるのなんて初めてだわ。男の人の体って案外大きいのね)
そんなことを考えていると昨晩のことがふと思い出されてしまう。ミーナは勇がこちらを振り返れないことをいいことに顔を赤らめて、火照った顔を風で冷やす。逆に勇は戦闘中で気づかなかったが、ミーナが自分にしがみついている今の現状に危険信号を出していた。
(妙にミーナがそわそわしてるが気づかないのか?)
勇はもぞもぞとするミーナにこれ以上精神が汚染されないように注意しようとする。
「あの、ミーナ?」
「ユウ、なに?」
「その・・・ム・・・が・・・」
「え?何?聞こえないわ?」
勇の耳が赤くなったのに気付いたが、勇の声が小さくよく聞き取れずに再度聞き返してしまったのは失敗だったとミーナは後悔することになる。
「そのだな・・・胸をあまり押し付けないでくれるか・・・」
「・・・・・・・・え?」
一瞬のフリーズの後、ミーナは真っ赤になりながら言われたことを理解する。まさに今の自分は勇に胸を押し付けるような格好で、今しがたの緊張で勇の背中にさらに押し付ける形となってしまっていた。ミーナはもう我慢ができなかった。
「ごめんなさいっ!!!降ろして!!降ろしてぇ!!!!」
「おいっ!暴れるな!うわっ!」
ミーナが暴れたことにより勇はバランスを崩してしまい、ミーナを落としそうになってしまう。ミーナも落ちそうになることに気づき、逆に勇にしがみつく形を強固にしてしまっていた。それが更なる不運の始まりだった。
「危なっ!ってうぐぐ!!」
「おち、落ちるっ!!」
急な上下運動にミーナは勇の胸に強くしがみつく。その腕力で勇の肋骨は悲鳴を上げていた。
「うう!ミーナ!苦しい!!!」
人が危機に瀕した時の火事場の馬鹿力はすさまじく、勇の肋骨がぎゅうぎゅうと締め付けられる。それと同時に勇が潰されまいと身体を強張らせたことも不運を助長させる。なんと魔法力までもが発せられてしまい、速度を増す。さらに危機的な状況にミーナの力はさらに増す。メキメキと勇の肋骨が嫌な音を立て、勇の顔はもはや青くなっていた。そしてついに、勇の肋骨が限界を迎える。
「やば・・・うぐが・・・あっ・・・」
バキリと嫌な音は勇の力を全て奪っていった。徐々に高度を落としていき、ミーナは必死に体勢を整えさせるも、墜落は時間の問題だった。そしてついに墜落してしまった。幸いだったことに全て勇がクッション代わりとなり、また基地も目の前だったこともあり、監視部隊がすぐに救助に駆けつけてくれた。落ちたミーナは虫の息の勇の肩を叩き声を上げて詫びた。
「ごめんなさーい!!!!」
この日、勇はウィッチによる初めての被撃墜を記録した。思ったよりも重傷であり、肋骨の骨折と墜落による打撲、内臓破裂により久々の扶桑へ帰国することとなったのだった。
「ふう・・・久しぶりに帰ってきたわけだが・・・どうしたもんか」
勇の前には黒い車が2台ほど停車し、いかにも勇が入らないといけない雰囲気を醸し出していた。勇はやるせない思いで近づくと案の定ドアが開く。中から海軍の白い軍服の男がドアから出てくる。その徽章から察するに大佐でことが伺える。階級社会の軍人には従う他の無い選択肢に諦めて車に乗ることにする。車に入ると先ほどの大佐は助手席に乗ってしまい、大佐が相手ではなかったことに驚きつつ車内に目を向けると勇はその場で硬直することになる。目の前の人物は勇が乗るとニッコリ笑顔を浮かべると挨拶をしてきた。
「やあ、赤松大尉。ようやく君に会うことができて嬉しいよ。僕は・・・」
「し、失礼いたしました!山本長官!!?」
勇の隣に座る人物は扶桑海軍連合艦隊司令長官である山本一二三大将であった。勇はまさに雲の上の人物を前に冷や汗を隠せなかった。負傷で扶桑に帰国したものの、まさか扶桑における海軍内の最高峰の人物が最初に出会う人物とは思わなかった。
「そんなに畏まらずともよいよ。今日は君と話したくてね。こんなに形相な車で申し訳ないけどね。はっはっはっはっは」
「はい、いいえ・・・それで話しとは?」
勇は目の前の山本が自分に何の用なのか気が気ではなかった。もちろん勇自体扶桑海軍に対しては特殊な扱いを連合軍からその立場を保証されていたとはいえ、それは不興を買いかねない危険な行動をしていたのも事実だった。そのため山本から直接裁可が下されることも考えられた。しかし、山本は終始笑顔を絶やさずに勇と対峙する。
「君の活躍は聞いているよ。現在の撃墜数はなんでも900機を越えたそうじゃないか」
「い、いえ・・・私個人の戦果を誇るわけでは・・・」
「はっはっはっ!大丈夫!決して私は君を責めているわけではないのだよ!まあ、褒める為だけでもないのだがね」
その一言に勇の背筋は凍り付く。やはり山本という男は一見優しそうな面持ちだが、その背後に隠した気でいる圧倒的な存在感は隠せないのだ。勇は思い空気の車内で窒息する思いだった。やがて車が停車すると、そこは海軍省だった。勇も今まで訪れたことのない海軍首脳部への招待に、その足取りは重くなっていくばかりだった。
「さて、ここなら邪魔も入るまい・・・さっそくで申し訳ないが本題に入らせてもらいたい、ところだが近況を聞こう。体調はどうかね?」
「はいっ!もうほとんど回復いたしました!」
「それはよかった。私も助かるというものだよ」
山本の煮え切れない態度に勇は嫌な予感ばかりが募っていく。山本の笑顔の裏に潜ませている大きな存在感は可視化されるようだった。まさに死刑宣告が成されるのではないかという不安が勇を支配していた。
「話と言うのはだね、私も困っていてね。はっきり言って君の存在は大き過ぎる。私の権限でも抑えきれないほどにね」
「わ、私はどうなるのでしょうか」
勇の口内はカラカラになり、つっかえそうになりながらも疑問を訴える。すると山本は大きく息を吸い込むと勇を見据える。
「順を追って話そう。まず、君の部隊である343空第一中隊の全滅は大きな波紋を呼んだ。その際、司令の源田くんが亡くなったことにこちらは混乱してね。その混乱で君は戦死したと報告されていたのだよ」
勇は耳を疑った。自分が戦死していたと報告されていたとは今まで聞いたことすらなかった。そんな驚愕する勇を置いて山本は話を進める。
「そんな中、君が陸軍の参謀を暗殺しかけ、挙句に連合軍に拘束されてしまった。この事実に我が海軍はその能力に疑義が掛けられてしまった・・・私の持てる権限で連合軍に君の身柄の自由行動権を連合軍に付与することで、君の能力を高く評価する連合軍によって運用され、混乱はなんとか収束しつつあったのだが・・・扶桑ではそうもいかなかった」
勇はこれまで自由に行動できていた理由とその背景を知り、恐縮の念が堪えない。目の前の人物が自分を庇い、この扶桑海軍と言う自分の所属する場所まで危険に晒してしまっていたことに恐怖した。
「陸軍は我々海軍に責任追及として、君の陸軍協力派遣を和解案として提示してきた。私は反対したんだがね、政治はそうもいかなかった。君の行動の結果、内閣が壊れかけてね。海軍大臣に辞任要求が出されたが、陸軍の君の部隊の強制徴用の事実を掴んだ我々の反論の結果、陸軍大臣へも責任が波及した。両大臣が辞職を願い出たところを陛下の大元帥命令の一言によって辞任の話は流れ、危機は免れたのだよ」
自分の行動が一国の政治の命運までもを揺るがしていた事実にあまり実感がわかないほど規模の大きい話だったが、勇にこれが本題ではなく前置きだと言うことに漠然とした恐怖が差し迫っていた。
「そこに、だ・・・君があの501で成し遂げたネウロイの巣の攻撃が成功したという報道にて『連合軍特殊遊撃師団 連合軍中佐』として報道されたことで再び火薬庫に引火してしまったのだよ」
山本の眼光は鋭く、そしてなによりもひたすらに疲れていた。勇は生唾を押し流し、じっと山本の視線に耐え忍ぶ。山本は勇の揺るがなさを目の当たりにすると、先ほどの威圧感を引っ込め笑顔を浮かべて話の雰囲気をがらりと変えてしまう。
「君にはまったくほとほと手を焼かされたものだよ!」
「なんと謝罪すれば・・・」
「その必要はないよ。これも仕事だからね。まあ、簡単に言ってしまえば君の存在に魅力を感じた世界が、君を世界の共同管理での運用を望んでいるということだ」
勇は聞こえのいい言葉に言いようのない不安が押し寄せていた。その不安が表情に出ていたのか、山本は言葉を変えて勇に訳す。
「気づいたようだね。包み隠さずに伝えるとしよう。君の存在が世界は心底恐ろしいのだよ。このネウロイとの戦争はいづれ終わる。それは君が証明してくれたことでもあるが、君は同時にもう一つの事実を世界に知らしめてしまった。それは・・・戦争が終わった後のことだ」
勇は一言も発さずに次の言葉を待つ。自分が世界に証明してしまったこととはなんなのか。希望、はたまた絶望のどちらにしても勇の今後の行動次第で世界が変わってしまうことが決定事項のように進められていく不快感だけが過っていた。
「断言しよう。戦後、君をめぐって新たな戦争が始まるだろう。それは扶桑対世界かもしれんし、君が世界のどこかの国に拉致されて戦わされればその国の戦力は爆発的に増大する・・・つまりは世界大戦だ」
勇は吐き気がした。今の自分は世界を救う為、ネウロイを倒し、だれもが平和を享受するために身命を賭して戦ってきたのだ。事実、これまでにたくさんの、それこそ数えきれないほどの仲間を失い、勇自身心に傷を負わされてきた。そんな自分を巡って今度は人同士が争うわなければならない理由が理解できなかった。
「現に、世界では自国に君を取り込まんと工作活動が横行している。おそらく色仕掛けや賄賂などによる凋落。もちろん君はそんなことには屈しないだろうが、そうなると過激な手段に訴えてくる者は必ず出てくるだろう。知っているかね?カールスラントやベルギガ、ガリア、ヴェネツィアでは君のこれまでの功績から「卿」の称号が授与される運びとなっているそうだ。もちろんオラーシャやスオムスでも君に勲章が送られようとしている。今や、君は世界の注目の的・・・いや、世界の中心なのだよ」
山本はここまで言い切ると煙草に火を付け一服置く。勇は拳を握りしめ、聞いていることしかできなかった。煙が勇の周りに纏わりつくもその煙すら勇を空気に取り込まんとしているようで気持ちが悪かった。空気まで鉛の様で勇は頭が沸騰しかけていた。
「では・・・世界は私のご機嫌取りのために仲良しを演じていると?」
「・・・否定はしない。だがね赤松大尉、これだけは信じていてほしい。私が生きている限り君が不都合が生じることはない。これは明言しておこう。君には我が扶桑海軍連合艦隊がついている!」
山本の力強い助力に勇は心を打たれる。山本という男の力強さと言えば扶桑だけではなく、世界に轟く連合艦隊司令長官、『軍神』である。そんな軍神と扶桑海軍の威光たる連合艦隊が勇の支援を申し出てくれたことに勇は感激する。
「ありがとうございます・・・軍神ともあだ名される長官にここまで言っていただけるとは!この御恩は決して忘れません」
「ははは!まだ僕は死んでいないよ!じゃあ、忘れないうちに言っておこうかな!赤松大尉、君は将校になりなさい」
山本の言っている意図が見えてきた勇は言葉に詰まりつつも自分の考えを伝える。
「戦後すぐに昇進の手はずを整えて頂けるのですね?」
「話が早くて助かるよ。戦後があるなら、君の戦後は我々の先槍ではなく後ろ盾として使わせてもらおう。全ては世界平和のため」
「平和のために!」
山本は勇に手を差し出す。勇は慌ててその手をしっかりと握り返す。ここに勇と連合艦隊司令長官との密約が交わされたのであった。勇は退室が許可され、別命あるまで扶桑での休養が許された。勇が海軍省を出るのを確認した山本の部屋では、山本と先ほどの大佐が煙草を蒸かしていた。
「あの男、やはり危険では?我々で監視しておかなくてよろしいのですか?」
「止めておきたまえ。今彼にへそを曲げられたらそれこそ世界より先に我々が破滅してしまうよ」
「しかし、陸軍の奴らからの介入だけでも阻止しなくては!」
「ふむ、仕方ないか。それは任せたよ・・・それにしても、彼は話を聞いてもなお飛ぼうとするか。ウィッチとやらは僕らの範疇を越えるね」
山本が指示すると大佐はすぐに退室して行動を開始する手はずを整えるようだった。そんな忙しい姿を見て山本は将棋盤を取り出すと駒を整列させる。敵陣を全て並べると、自陣地には一つの駒だけを置くのだった。その駒は大きく、かつ孤独だった。
「彼はこの『王』のように踊れるかな・・・いや、彼なら」
山本はその王の駒を摘まむと敵陣を一凪ぎにする。盤面はめちゃくちゃになり、その中には一つだけ屹立として輝く王が立って君臨していた。その光景を見た山本は自嘲気味につぶやきを笑って吹き飛ばすのだった。
「っはは!立ちよった!さて、僕も一働きしますか!はあ、赤松大尉が今すぐに将校になってくれればこんなに仕事しなくても良かったんだがねぇ~」
山本の言葉は煙草の煙のように空気に溶け込んで行ってしまった。
勇はと言うと、とりあえず帰国した際に行こうと決めていた場所に向かっていた。それは墓所だった。桜が散り、葉桜になった墓所は既に夏の気配が差し込んでいた。勇は先に戦没者合同慰霊塔に出向いた。ここには扶桑以外の遠方で亡くなり、骨も収められない死者の魂が収められていた。
「林隊長、藤野・・・みんな、扶桑に帰りました。みんなも帰ってくれ」
勇は軍帽を脱ぎ、手を合わせると一心に祈った。あの501と共に戦ったヴェネツィアでの戦いの最中、大和で見た夢で藤野が言ってくれた言葉を思い出していた。勇は自分が故国に変えることでみんなを連れて帰れると考えていた。そして、ようやく扶桑に、全員の故郷に帰ることが、帰すことができたのだと感じていた。勇はお供え物をし、酒やたばこを捧げると次の場所に向かう。そこは自分の家のお墓だった。
「やあ、ひさしぶりだね。姉さん・・・」
『赤松家之墓』とかかれた墓石には勇の家族、そして姉が祀られていた。姉も欧州のカールスラント撤退戦で失っていたが、唯一の肉親である勇が先祖代々の墓に姉を入れることにしたのだった。懐かしい姉の墓参についつい墓の掃除が行き過ぎてしまう。布巾で墓石を拭いていると姉の墓標を倒してしまった。そこには懐かしい姉の名前が刻んであった。
『赤松咲』
仲間や友人に伝えてある名前は『恵美』と書いて『えみ』と呼ばせているが、本当の字は当て字で『咲』と書いて『えみ』と呼ぶのである。これは古代清王朝の漢字には花が芽吹き咲くことを笑うと表現したことが起源とされているのだそうだ。ただ、当て字のため『えみ』と言うと大抵の人が『恵美』と書いてしまう為、海軍でもそのようになってしまったのだった。
「そういや姉さん、自分の字を間違えられたのに笑ってたっけな・・・」
思い出し笑いをし、姉の思い出を振り返るとすぐそこにいるような気がしてしまう。さらに、咲は勇に笑った後にこう言うのだった。
『ユウが知ってくれてれば私はいいの!ユウ、ちゃんと覚えていなさいよ?』
そんな言葉を言ったものだなあと感傷に浸っていると背後から姉の気配がして振り返る。それと同時に背後の人物から呼ばれるのだった。
「ユウ!」
一瞬、勇は本当に姉の亡霊が現れたのかと思い目をこすると、目に涙を浮かべた穴吹智子が立っていたのだった。
「智子大尉・・・」
扶桑に帰国していたはずの智子に再びの相まみえることになったのは偶然か、はたまた必然か、勇は少し勘ぐってしまう自分が情けなかった。智子も墓参に来たのか、桶を持っており、その偶然性を認識してホッとした。智子は勇に走り寄ると飛びついてきた。
「うわっ!?」
「ユウ、ユウ、ユウ!!やっと会えた!」
勇が思う以上に智子の勇への感情が良かったことに困惑する以外は、感動の再開と言えた。勇はあたりを見渡すと、先ほどの姉の亡霊はもう感じることは出来なくなっていた。ただ、葉桜が風になびき夏の匂いを運んでくるのみだった。
今回登場させた山本一二三海軍大将ですが、元ネタはもちろん山本五十六海軍大将です。名前を変更したのには理由がありますが、ここでは控えさせていただきます。
また、「咲」の読み方ですが、実際に女優の武井咲さんが同じ感じだと今更気づいて共通点に感嘆しております。昔古典の授業で聞いた話ですが、漢字にも意味があり中国と日本で意味の違いがあるのは面白いですよね。
では寒くなりますがお身体には気を付けて過ごしてください。また次回でお会いしましょう!