ストライクウィッチーズ 君の明日は   作:桜子道 晴幸

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仕事をやらないといけないのにこちらに意識を削がれてしまう・・・
皆さんこんばんは。今回の話からは勇くんがとても苦しむ場面があります。それでも大丈夫と言う方はご一読ください。


籠の中の翼 第七話

勇は先日起きた「扶桑海軍甲事件」の当事者として、情報漏洩を防ぐ目的もあり連合軍に拘束されていた。曰く、扶桑海軍甲事件は山本一二三海軍大将の独断により起きた偶発的な情報漏洩により、ネウロイに察知され起きた史上最悪の軍事的ミスだと言われた。また、その際に起きた戦闘の詳細も知らされず、この事件は民間機関には絶対知られてはいけない禁忌となってしまった。その証拠として、山本の副官である海軍大佐は事件当日、山本の死を知り自室で自害している。これで今回の事件を知る者はごく少数となり、中でもとりわけ重要人物になったのが、生存者でもあり、目の前で山本を失った赤松勇という人物に集中することはもはや自明だった。

 

 

 

 

「赤松勇大尉、貴官を本事件の重要参考人として連合軍法務局は以下の通達を下達する」

 

 

 

 

 

軍法会議にかけられた勇は淡々と通達事項を聞くことに徹する。内容は以下のように記載されていた。

 

 

 

その一 扶桑海軍長官が搭乗した輸送機が敵に察知されたことへの責任

その二 氷山型ネウロイと交戦しながらその事実を秘匿したことへの責任

その三 攻撃時に過度な防御戦闘を行ったことへの責任

その四 不時着時の不適切な対応への責任

その五 長官の生死が判別しないうちに持ち場を離れたことへの責任

 

 

 

 

「・・・ええ、以上の五点が赤松大尉に掛けられているものだ。法務局は以上の内容から大尉を中尉へ降格処分とし、別命あるまで禁固刑とする判断を下した」

 

 

 

 

既に決まっている既定路線を話されるほど苦痛なものはないと、勇は黙して甘受する。どれもこれも当てつけなものであり、勇の供述を聞いていればどれも的外れな責任追及と言わざるを得ない。それに『過度な防衛戦闘』などネウロイとの戦闘では聞いたこともないものだった。それもこれもどこかの誰かが手を回したに違いないと勇は思うのだった。しかし、ここで憲兵側から手が上がる。

 

 

 

 

「裁判長、一点よろしいでしょうか」

「発言を許可する。ブラッツ・ハイドリヒ大佐」

 

 

 

 

その金髪で高潔なカールスラント軍人はゆっくりと紳士のように立つとまるで演説者のように語り出した。

 

 

 

 

「四点目の不時着時の対応についてですが、私たちの調べでは赤松勇大尉には過失はなく、輸送機の操縦も見事なものであったと報告を受けています。よって四点目の起訴については一考の余地があると考えます」

「うむ、資料を提出したまえ」

 

 

 

 

どうでもよい点を追求しにきた無能かと思ったが、ブラッツ・ハイドリヒと名乗る人物は勇を席から視線を外すことなく不気味な笑顔を向けてきた。勇はその笑顔の種類の名称などは知らなかったが、その本質はよくわかっていた。勇が一番嫌いな、人を利用しようとしてくる笑顔だった。

 

 

 

 

「裁判長、もう一点あるのですが・・・」

「発言を許可する」

「はい・・・では、憲兵側から一つお話し致します。連合軍最高総司令部から赤松勇大尉の身柄の引き渡しを要求いたします!」

 

 

 

 

もはや通達ですらなく、一方的な要求に法廷は大きな動揺を見せた。しかし、発言者はその状況すらまるで指揮者になり切り、楽しそうに指揮をするかのように頬を紅潮させて俯瞰していた。

 

 

 

 

「ハイドリヒ大佐!貴官はこの法廷を侮辱する気か?!」

「はい、いいえ裁判長!これは既に法務局で扱う事柄ではないのです!裁判長こそ連合軍最高総司令部の意向に背くおつもりですか?」

「今、そのようなことについて言っているのではない!貴官は・・・」

「はあ、話も碌に理解できないとは・・・」

 

 

 

 

ハイドリヒはさも残念そうに溜息を吐くと、右手を背後の扉に向けて合図する。すると、一斉に飛びだしてきた兵士によって裁判所は包囲される。何が起きているか理解できる者などこの場ではハイドリヒ以外いないであろう。その張本人は裁判長に向けてゆっくりと歩み寄ると、腰を抜かした裁判長に一枚の紙きれを突き付ける。

 

 

 

 

 

「これは相談ではない・・・命令だ!貴官は最高総司令部の意向に従う、いえ服従しますか?」

「いや、その・・・」

「貴官の職務の怠慢は度し難いですね・・・」

 

 

 

 

もう一度上げた右腕で裁判長を取り囲む兵士たちは一斉に銃を構える。もはや油汗でぐちゃぐちゃな裁判長に反撃の意思は残っていなかった。

 

 

 

 

 

「もう一度聞きましょう。ヤーか、ナインかね?」

 

 

 

 

悪魔のような金髪の男は萎れかかった裁判長から判をもぎ取ると、嬉しそうに勇に近づく。両手を広げて勇をまるで抱きかかえでもしそうな役者がかった仕草に反吐が出る。兵士が勇に手錠をかけ、周囲を取り巻くと満を持してハイドリヒが満面の笑みで呟く。

 

 

 

 

 

「さあ、楽しい楽しい戦争だぞ!赤松勇大尉、君から階級を奪うつもりはないよ。ただ・・・『私と』世界を作り直そうじゃないか!」

 

 

 

 

 

法廷を後にした勇とハイドリヒは、黒塗りの車へと乗りこみ、裁判所を後にする。車に乗ったハイドリヒはご機嫌な様子で鼻歌を歌っている。車の向かう先はベルギガ王国のワーテルロー飛行場だった。不思議と基地の雰囲気としては多国籍でありながら、あまりにも静かな基地だった。アントウェルペン港からも近く、聞いた話では501の基地が近くにあるはずだが、そんな賑やかさは欠片もなかった。扶桑海軍の一式陸攻がズラリと並び、静まり返った基地の中に案内されると、質素な外見からは想像もできないほど一部屋だけが異質に豪華絢爛な華美な部屋が設けられていた。おそらくここが司令室なのだろうが、ハイドリヒが連れてくるほどの部屋の中にいる人物が、勇にはどうして気味が悪くて仕方がなかった。

 

 

 

 

 

「ハイドリヒ大佐です。閣下、赤松勇大尉をお連れしました」

「クカカ!入れ!」

 

 

 

 

勇はその特徴的でにちゃりと粘り気のある笑い声に聞き覚えがあった。それは勇がもう二度と会うことはないと思い、一度は手にかけた人物のものと全く一致した。一気に心臓が鷲掴みされたような、肺の空気が押し出され、窒息しそうになるも、ハイドリヒが扉を開く。その不気味に輝く部屋の奥に鎮座する男こそ、今回の全ての元凶であり、勇の未来を握る男だと直感的に理解してしまった。

 

 

 

 

 

「久しぶりであるな・・・赤松勇ぃ~?覚えているであろうな?もちろん、忘れたとは言わせんぞ?」

「牟田口ぃ!!!!!!貴様ぁぁぁぁぁ!!!!!っ!?ぐはっ!」

 

 

 

 

怒りの感情が爆発し、縛られているとはいえ本気を出せば縄なんて引きちぎり、すぐにでも今回の全ての元凶であり、サーレマー島で勇が所属した部隊を全滅に追いやった人物に今度こそ引導を渡そうとした最中、腹部に強烈な痛みが走る。

 

 

 

 

 

「怒りに支配されるとは躾がなっておらんな、ハイドリヒ」

「はい、大変申し訳ございません。閣下に危害を加えようとする怒りの感情は今後一切排除するように私が教育致しましょう」

 

 

 

 

ハイドリヒの拳には鉄の拳が付いており、そんな物で殴られればいくら勇と言えど堪らない。二人は終始楽し気に勇の様子を観察しているようだった。

 

 

 

 

 

「赤松勇、貴様を手に入れるためにワシはどれだけ苦労したか知っているか?」

 

 

 

 

膝をつき、呼吸を求めて喘ぐ勇の髪を無造作に掴み、無理やり顔を除く災厄の顔はとても満足げに勇の瞳を侵食してきた。

 

 

 

 

 

「貴様にこの目を切りつけられてからというもの、ワシの評価は地に落ちた・・・だが、それが逆にワシに復活のチャンスとなったことには感謝しておるよ。こうして再び貴様を使う日が来たのだから!かっかっか!貴様の功績を、恐怖を増長するように周囲に吹聴するのに、貴様に付けられた傷は大変役立ったぞ?」

 

 

 

 

 

大器晩成を成し遂げた怪物はどうしてこうも勇の人生を破滅に導くのかと、勇は神の存在を否定する。牟田口はその目を爛々とさせ、これまでの悪行をまるで輝かしい功績のように勇にわざと披露する。

 

 

 

 

 

「海軍のバカどもはあの山本の存在に縋っておったからな、この世から退場してもらったわ!まさかあのウィッチと航空戦力をいち早く増強することを主張した軍神が!空で!辺鄙な空で、誰にも看取られずに無残に散った!!情報がこの世の戦いを制すとも知らずに!山本の所在を漏らしただけでネウロイのやつらめ、目ざとくワシの手駒になりにきおったわ!ネウロイも使いようじゃのうて!かかかか!!」

 

 

 

 

林や源田の時同様、この牟田口が司令官の所在を無防備な通信に垂れ流した張本人であった。山本を貶したのみならず、情報漏洩の罪を犯してまで勇に固執する理由が勇には理解できなかった。

 

 

 

 

 

「まあ、山本にも感謝することは少しはあるな。ワシの作戦を完成させるための生贄を用意してくれたと言う点では、やつの唯一の勲章をくれてやらなくてわ!あの輸送機にいた343空の第二中隊の残存兵を部品として大切に使ってくれようぞ!!」

 

 

 

 

 

勇は目を向いて牟田口の踊るような話に反応した。牟田口はそれが嬉しいのか、ぺらぺらと今後の展望について語る。

 

 

 

 

 

「やつらをせいぜいお涙頂戴の救国の英雄としてワシが使ってやろうと言うのだ!そして!貴様が最後を!そう、ネウロイとの戦争の最期の切り札として飾ってもらおう!秘密兵器のおう・・・」

「閣下、そろそろその実験兵器が到着する頃ではありませんか?」

 

 

 

 

 

牟田口の口を割らせないためにハイドリヒが強引に話を中断する。ハイドリヒの話に水を差されたかと思われたが、牟田口は勇というおもちゃを手に入れてよほど気分がいいのか、満足げにハイドリヒの言葉に従う。

 

 

 

 

 

「そうじゃった、そうじゃった!ハイドリヒは気が利くのぉ~さて、赤松勇、貴様はこれからお勉強の時間じゃ。ハイドリヒの教育をしっかり受けるのじゃぞ?」

「ああ聡明なる閣下!愚かな私めに一つ助けを貸していただきたいのです!」

「なんじゃね?」

 

 

 

 

 

ハイドリヒの気持ちの悪い崇拝ぶりに悪寒を感じながら、その話の行方に耳をそばだてる。いかにもこれから受ける『教育』とやらは碌なものではないことだけは分かっていた。

 

 

 

 

 

「閣下の子飼いの彼女を貸していただきたいのです!同郷の者がいれば教育も捗ることでしょう!」

「おお!それは名案じゃ!よい!許可するぞ!」

「ありがたき幸せ!」

 

 

 

 

深々とハイドリヒがお辞儀すると、満足げに秘密兵器とやらを見に牟田口は消える。そして、残されたハイドリヒは勇を無理やり立たせると、兵士に勇を歩かせ暗い倉庫のような場所に連行する。勇はすでに暗い倉庫に漂う異質な寒さと重さ、そしてなにより匂いに驚愕する。それは失望の匂いだった。

 

 

 

 

 

「何をする気だっ!」

「何って教育ですよ。あなたが世界を再編するために必要な正しい知識と強い精神を持つためにとても必要なことですよ」

 

 

 

 

 

病院の診察台のような所に寝かされ、手足を厳重に固定されていく。さらにはいろんなところに何かの測定器を貼り付けられ、まさに実験体のようだった。勇はその『実験体』という単語が出てきてしまったことで、理解が追い付いてしまう。じたばたと暴れようにも、固定具でかなり動きが制限されているため声しか出ない。

 

 

 

 

 

「止めろっ!俺に触れるなっ!!!!」

「さあ!あなたの全てを私に見せてください!まずはあなたの魔法力から!」

 

 

 

 

 

測定器に電源が入り、計器の針が左右に振れている。ハイドリヒら研究者や兵士は必死にそのデータを取っている。いまだに痛みを伴うものはないと、少し安心したところで、ハイドリヒが次の項目に移ることを告知する。

 

 

 

 

「さてお次は魔法圧です。むしろ私はここが見たかった!正直に測定されてくださいね?」

 

 

 

 

気味の悪い言い方に気圧されながら、先ほどと変わらず寝ていればいいのかと楽観視していると、急に体内の魔法力が強制的に吸われる感覚が遅い、無意識に止めてしまう。例えるなら吐きそうになるのを抑えるような感覚である。しかし、それを残念そうにハイドリヒが止めに入る。

 

 

 

 

 

「いけませんねえ、言ったでしょう?正直に測定されてくださいと・・・仕方ない、少尉、お願いします」

 

 

 

 

 

頭が固定されているためよく見えないが、暗がりから出てきたのは間違えなく小野里だった。その事実に目を見開きながら驚愕していると、ハイドリヒがまたもや嬉しそうに勇の耳元で囁く。

 

 

 

 

「同郷のウィッチです。仲良くしてあげてください。彼女に少しチクッとされるだけですから・・・」

 

 

 

 

小野里がウィッチであるという事実に驚きながら、彼女がなぜ彼らに従っているのかが頭の中をグルグルと駆け巡っていると、急に腕に激痛が走る。目線を動かすと、彼女の手から青白く光る細い針のようなものが勇を指していた。それは彼女の魔法だった。

 

 

 

 

 

「うあああああああああああああああ!!!」

 

 

 

 

 

あまりの激痛に悶え、思わず魔法力で刺された箇所を防御しようと魔法力を流し込んでしまう。これは勇にも無意識化で行っていることで、ハイドリヒらが計器の前で歓喜の声をあげている。

 

 

 

 

 

「小野里少尉、もっと痛くしてください!もしかしたらまだ上がるかもしれません!」

「・・・了解」

 

 

 

 

 

小野里が針のような魔法を腕の中でグリンと回す。それだけでも先ほどとは比べ物にならないほどの激痛が勇を襲う。ハイドリヒが絶頂しそうなほどの結果に薄れゆく勇の意識は混乱と痛みだけが駆け回っていた。

 

 

 

 

 

「させませんよ」

 

 

 

 

 

微かに残る意識の中でそう聞こえた次の瞬間、勇の意識は覚醒する。血圧が上がり、脈拍も爆上がりする中、勇は小野里の顔に狂った笑みを見る。

 

 

 

 

 

「強壮剤です。アドレナリンとも言います」

 

 

 

 

 

またも強制的に、地獄に舞い戻りガンガンと痛みだした頭で必死に速く終わってくれと願う。さらに続く検査項目の度に勇の身体を襲う激痛に、絶叫の声だけが木霊する。しかし、運命はそれさえも許してくれない。

 

 

 

 

 

「うるさいんだよ・・・」

 

 

 

 

 

勇は次の瞬間声が出なくなる。小野里が喉の声帯に針を入れたのだ。ぐちゅぐちゅと喉の中を圧迫しながら握りつぶされる感覚に声も出ず、勇は絶望と痛みだけが支配する。もう自分は死ぬのだと、死ぬまでこの実験に付き合わされて生涯を閉じるのだと、そう考えるようになっていた。しかし、牟田口の野望に加担させられるという事実と、僅かな生きたいと願う生存本能が、勇を生かした。やがて朦朧とする意識の中、痛みが消えていることに気が付く。目の前にはハイドリヒが笑っているのだ。

 

 

 

 

 

「お疲れさまでした。まさか私ともあろうものが感動のあまり、周りの研究員が過労で倒れるまで時間の経過に気づかないとは!今後は注意せねば!グーテンモルゲン、赤松勇大尉?ご機嫌いかがですか?」

 

 

 

 

 

最悪の気分だと言いたいが、喉を潰されたため声が出ず、悪態もつけない。と、思っていた。

 

 

 

 

 

「最悪の気分だ・・・?!」

 

 

 

 

自分の声が出たことに驚き、辺りを見渡す。小野里の姿はなく、自分の体には傷跡すら見えなかった。先ほどまでの記憶は全て幻なのではないかと、悪夢だったのではないかと疑い始めた。

 

 

 

 

 

「幻でも悪夢でもありませんよ?」

 

 

 

 

 

思考を読んだのか、ハイドリヒが勇に教える。しかし、体力と精神力が回復しておらず、疲労のあまり意識がぼやけている。あれからどれだけ時間がたったのかも定かではない。

 

 

 

 

 

「きちんと3日間の検査を終えて安心しました。君の素晴らしいデータは今後の作戦で多いに役立つでしょう!さて、今度は私の授業を聞く時間ですよ?」

 

 

 

 

痛みの次は呪いの授業かと辟易したいところだが、そんな精神的余裕はなく、その呪詛のようなハイドリヒの思想授業が始まった。

 

 

 

 

 

「ああ、まったく君と言う存在は素晴らしい!君の存在を持って世界は再構築されるのです!今、世界は害虫に蝕まれている。それをあなたが間引くのです。あなたにはその力がある。その力で私たち人類を共に救いましょう!明日への道は残されたものだけが歩むことのできる、骸でできた強固な架け橋となるのです。その光景を見る為なら私は惜しまない・・・私の全てを用いて、この世界のありとあらゆる障害を排除し、強者だけが到達できる楽園に辿り着こうではありませんか!あなたはその特等席です!」

 

 

 

 

 

嬉しいでしょう?と恩着せがまし興奮したハイドリヒの野望が頭から抜けて行かない。精神的に参っているときにハイドリヒのような思想は脳内にこびり付いてしまう。洗脳という表現が正しいが、もはやこれは一方的にハイドリヒの祝詞を聞かされているだけの苦行だった。

 

 

 

 

「あなたは私の手によって完璧な存在になるのです。私が全ての手はずを整えます。あなたはただその箱舟に乗ればいい。ただ、あなたの汚点は出生だけですね」

 

 

 

 

 

その一言に、勇の意識は現実に戻される。勇の出生を知る者はもはや扶桑の軍関係者以外にいない。それがどうしてカールスラントの軍人に知られているのか、殊更に不気味で仕方なかった。

 

 

 

 

 

「あなたの生まれは扶桑の東北という田舎の山奥・・・捨て子で幼少期は教会のような場所で育ったようですね。寺と言うのでしたか。それがいつの間にか赤松家の子女である赤松恵美に偶然拾われて養子になった・・・当時の性格は極めて野蛮で、おっと!人を殺めたことを義姉である彼女の家に匿ってもらったとか!?殺害方法は・・・ほほう、魔法力による撲殺!素晴らしい!本当にあなたという人は最高だ!!!」

「黙れ黙れ!!」

 

 

 

 

 

触れられたくない勇自身の過去にずけずけと踏み込んで喜び転げる悪魔は、これでもかと勇の前でガッツポーズを取る。まさに天啓を得たとばかりにある話をし始める。

 

 

 

 

 

「あなたのように人を殺した者は特別です!勇大尉、人の本質とは何かわかりますか?」

「・・・意思だ」

「半分正解ですが、それでは不正解です。人の本質は意思と『力』ですよ!!意思なきところに力はない。力なき者には意思はない。つまり両者揃って一つなのですよ」

「それと俺が特別なことに何の繋がりがある!」

 

 

 

 

ハイドリヒはやれやれといった様子とこれから教えることが楽しみで仕方ないという半々の感情を絶妙にうまく介在させた表情だった。

 

 

 

 

 

「あなたには強固な意志がある!だから今までの教育に耐えられた!そして、あなたにはこの世の誰も届くことのできない遥かなる高みに君臨する力がある!その証左として、人を殺す行為と言うのはあなたが生き残るために振るった拳だ!そして、生きたいと言う強固な意志があなたをそうさせた!だからこそあなたは完璧だと言ったのです!」

「屑の証明だ」

「なんだと?」

 

 

 

 

勇の一言は今まで喜びの絶頂にいたハイドリヒを奈落へ突き落す。首を鷲掴みにすると、勇にその碧眼の瞳を擦り付けんばかりに近寄せると憤怒のみが伝わってくる。

 

 

 

 

 

「貴様が、貴様だけは否定してはならない・・・ふう、いいでしょう。まだ教育が足りていないようですね。小野里少尉を呼びましょう」

「下衆がっ!」

「良いことを教えましょう。彼女、小野里少尉は医療系の魔法が使えるウィッチです。どんなに傷ついても治してくれますよ。それではせいぜい頑張ってくださいね」

 

 

 

 

ハイドリヒと入れ替わるように小野田が勇の前にやってくる。もはや痛みの象徴となり果てた彼女の姿は条件反射的に痛みがこみ上げてくるようだった。

 

 

 

 

 

「お前は知っているか?人体の中で最も痛く感じる場所を。それは坐骨神経と言われている」

「なぜ少尉はこんなことを!?」

「なぜ・・・だから私はお前を苦しめたいんだ!」

「うっぐがががあああああああああ!!!!」

 

 

 

 

怒りの感情をむき出しにした刹那、狂ってしまいそうな激痛とも吐き気とも取れるものが勇の身体を尽き抜ける。永遠とも思える苦痛から瞬間的に解放され、目を開けるとそこには真っ黒な瞳が勇を覗いていた。

 

 

 

 

「私の母がこの坐骨神経痛を患っていてな、横になっていても襲われる激痛で喘ぐ母を父は見捨てて私から全てを奪っていった。その母も死に、一人ぼっちになった私にもただ一つの希望があったのさ。兄と言う存在がな」

 

 

 

 

勇には小野里の過去など知る由もないのだが、明らかに勇に対する怒りが突き付けられていた。

 

 

 

 

 

「私の旧姓は・・・藤野だ!」

「っ?!まさかっ!藤野の妹か?!」

 

 

 

 

あの343空第一中隊で最後まで勇に連れ添い、最後の戦友とも言える藤野に妹がいることは青天の霹靂だった。そして、その妹が目の前で自分をいたぶっている現状に目の前が真っ暗になる思いだった。

 

 

 

 

「ようやく思い出したか!お前が兄さんを殺したんだ!お前は兄さんと私の二人分の苦しみを受けるまで殺し続けてやる!その責任がお前にはあるはずだ!」

「ちょっと待て!藤野と俺は戦友だ!最後まで俺と共にいた唯一無二の仲間だ!」

「見え透いた嘘をっ!!その口二度と利けないようにしてやろうか!」

「嘘じゃないっ!藤野はこんなこと望んじゃいない!」

「知った口を利くな!本当に殺してやるからな!」

 

 

 

 

 

小野里はだれかに洗脳されているとしか言いようがなく、勇の弁解の余地もなく痛みを与え続ける。痛みの中で微かな罪悪感が生まれてくる。それは確かに藤野を助けられなかったという後悔だが、勇はそれをも乗り越えて今を生きてきた。だから、勇はこの地獄に引き込まれた小野里という少女を救うことを薄れゆく意識の中で決心する。

 

 

 

 

 

「はあ、はあ・・・ようやく気を失ったな。頑丈な奴だ」

 

 

 

 

 

小野里は自分でも驚くほど勇の耐久力の無尽蔵さを目の当たりにして、無理やり気絶させた。事実、先ほどから勇は意識的に魔法力を用い、シールドを身体中に細分化させて刺突に対する防御を行っていたほどで、自分の治癒魔法針が刺さらないほどだった。ここまで自分の魔法力を制御した者など小野里には心当たりがなかった、そして、何より小野里が気になったことがあった。それは勇が気を失う最後まで小野里の兄である藤野のことに言及した点だった。自分の兄をむざむざ殺した仇が目の前にいることに、一日千秋の思いで待ちわびたのだが、どうも狂わされてしまう。憎たらしい顔をもう一度拝めば気が晴れ得るかと思い、顔を近寄せる。

 

 

 

 

「苦悶の表情が私と兄に対する免罪符だからな。どんな表情かな・・・はっ!?」

 

 

 

 

 

小野里が顔を覗き込もうとした瞬間だった。顔を寄せるために勇の手に触れた瞬間、勇が無意識化で反射的に小野里の手を握ったのだった。握られた手からは勇の魔法力の一部が小野里に流れ込んでくる。細分化させ過ぎた勇の意識が小野里に勇の過去を映像として逆流したのだった。

 

 

 

 

「これは?!あいつの記憶?!なんだ?!」

 

 

 

 

脳裏に浮かぶ過去の勇の暗い意識が流れ込んできたことに困惑した小野里は、遂に見てしまう。兄である藤野が勇と過ごす苦悩の日々を。小野里は自分が知らない兄の映像が自分の聞かされた勇の像と解離しすぎていて、その矛盾に脳が追い付かなかった。

 

 

 

 

 

「もう・・・たくさんだ!!!!」

 

 

 

 

手を振り払うと勇の手は小野里の手を離し、直ぐに部屋の片隅で嘔吐してしまう。それはあまりにも残酷な過去とそれでも懸命に生きてきた勇の姿であり、藤野との思い出を心から大切にしている勇の正直な心だった。

 

 

 

 

 

「こいつこの期に及んで私を助けたいと願っているのか?!狂っている!だってこいつは兄さんの仇なのに!!」

 

 

 

 

先ほどの映像と自分の持っていた像とが激しくぶつかり合い、頭が痛くなる。もう勇の近くにはいたくないと部屋を出ることにする。するとハイドリヒが部屋に入ってくるところだった。

 

 

 

 

「おや、小野田少尉。教育は終了ですか?」

「・・・はい。少し疲れましたので私は自室で休みます」

「そうですか。あとは任せてしっかり休んでくださいね」

 

 

 

 

ハイドリヒは優しく微笑むと、小野里にすぐに興味を失い、勇のいる部屋へと入って行った。小野里はせめぎ合う映像に苦悩しながら自室へと向かうのだった。

一方、ハイドリヒは今しがたの勇の『教育』に対する抵抗性の獲得に心から感動していた。まだ気を失っている勇をよそに飛び跳ねて喜んでいた。

 

 

 

 

「ああ素晴らしい!素晴らしい!!魔法力を細分化させるその技量!魔法圧を自在に操ることにより潜在魔法量の限界から解放されつつあるこの現象をなんと名付けよう!進化・・・いや、進化は世代を超えて生まれる性質のことだ。ではこれは・・・そうか、これが昇華!あなたはまたもや神への階段を上るのですね!苦難の中で得るその御業はさぞかし輝いてくれるのでしょうね!!」

 

 

 

 

勇の身体には様々な変化が訪れているのは事実だった。ハイドリヒが言った、そもそもの勇の潜在魔法量はあまり多くない。二回目のウィッチへ生まれ変わった際、魔法力が大きく傷ついた状態でウィッチとなったためである。それを今までは上手く配分することで勇は魔法力を適切に扱ってきたが、扶桑海軍甲事件からは圧縮した魔法力を開放することで爆発的な進化を遂げていた。しかし、このワーテルロー基地に来て『教育』を受けていくうちにその能力は開花し、もはや細胞レベルで再分化された魔法力は細胞を宿主とした容量へと変わり、魔法力の蓄積と圧縮を同時に行えるようになっていた。これはつまり、容量限界が突破されたため無尽蔵に生産される魔法力を全て圧縮し続けながら蓄積できるということだ。その事実を発見したハイドリヒはいよいよ次の段階に移ることを決意する。

 

 

 

 

 

「ああ、早く見たい・・・世界が再編される暁を、世界を再構築する業火を、明日を紡ぐ絶対の意思とその力の根源を!!人類は、この時より次の時代を見るのです!!!」

 

 

 

 

 

ハイドリヒは新時代の幕開けを夢見て、朝陽に手を伸ばす。日の光が勇の顔を照らすとき、勇の瞳に映ったのは紛れもない太陽を飲み込もうとする悪魔の姿だった。その朝日の中からは無数の戦闘機が稲妻のごとく飛来し、降り立ってきていた。新たな夜明けが勇にとっては晴れとなるのか剣が降るのかは歴史のみが知り得るのだった。

 

 

 

 

 

 




どこかの少佐を彷彿とさせる濃いキャラが登場しましたね。ここで紹介して見ますが、ブラッツ・ハイドリヒ大佐はカールスラントの軍人ですが、その元ネタはお分かりになるでしょうか?ナチス親衛隊の対象であり諜報部長官として一時代を築いたラインハルト・ハイドリヒをモチーフとして登場させています。名前のブラッツとはドイツ語で「断固たる守護者」を意味します。今後の彼には期待ですね。
そして、なんとあの藤野には妹が!っていうテンプレですが藤野というキャラが好きだっただけに小野里(モチーフは小野田寛郎陸軍少尉)と結びつけてみましたが、もともと妹がいる設定にしていたので、ぜひ彼女の今後にも注目してみてください!
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