ストライクウィッチーズ 君の明日は   作:桜子道 晴幸

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またも仕事をさぼっている自分が怖いです。

さて、今回は勇くんの出番が少ないお話となりますが、ぜひ登場人物やその心境を感じて見てくださると嬉しいです。ではどうぞ!


籠の中の翼 第八話

その日、勇はようやく教育課程を修了し、久々の外の空気にひとしおの感動に浸っていた。反対に基地には多数の戦闘機がやってきており、基地内はにわかに慌ただしい様子に包まれていた。さらにアントウェルペン軍港から運ばれてくる物資や要員なども到着してきており、勇の教育も終わりを告げる喧騒に勇は安堵していた。

 

 

 

 

「赤松勇!こっちにこんか!!」

 

 

 

 

牟田口の響く声に頭を抱えながら、勇は思い腰を上げて向かうことにする。向かう先には戦闘航空服に身を包んだ兵士が並んでおり、その装いから扶桑人であることが伺えた。しかし勇はその場には通されず、なぜか室内から彼らを見学することをハイドリヒから命令される。建物の二階から眺める光景は牟田口が高台に立ち、兵士への訓示を告げる所だったのだが、それ以上に驚くべきものだった。

 

 

 

 

 

「諸君っ!誉ある諸君!この歴史あるワーテルロー基地へよくぞ集まってくれた!鍛えられた最精鋭の諸君の手を借りるべく参集した牟田口陸軍中将である!諸君ら343空の精悍な顔つきはまさに救国の英雄、いや軍神そのものである!ワシは諸君らと共に戦えることが軍人生活始まって以来の大変な名誉であると感じている!」

 

 

 

 

 

牟田口の心無い言葉の羅列も無視して、勇は窓に張り付く。目の前の彼らは、勇が所属していた343空の仲間たちだったからだ。それも貞明らが所属していた第二中隊、そして杉田率いる第三中隊の総勢17人が勢ぞろいしていた。地獄を煮詰めたようなこの基地に彼らが来てしまったら、必ず生きては帰れない。あの日、勇がこの基地に連れてこられた日に、牟田口が言ったことが現実となる日がこんなにも早くに訪れることになってしまった不運に、これでもかとハイドリヒを睨んだ。

 

 

 

 

 

「貴様らという悪魔はッ!俺だけじゃ飽き足らず俺の最後の仲間たちまでも囲炉裏の火にくべようってのか!?」

「ふふふ、囲炉裏とはなにか知りませんが、薪のように簡単にくべたりはしませんよ。人類のために『大切』にくべるのです!」

 

 

 

 

彼らから離れた場所で勇にこれを見せつけるために呼んだのなら、さぞかし性格がねじ曲がっているであろう。だが、もはや黒い人物にお前は黒だと言ったところで事実は変わらない。ならばと、ハイドリヒは勇にけしかけてきたのだ。ようやく牟田口とハイドリヒの明確な勇に対する悪意の方向性が分かってきた。

 

 

 

 

「あなたは哀れな彼らとは戦場でしか会うことは出来ません。情報漏洩は重罪です。あなたが彼らと接触することは私が監視していますからできないでしょうが、戦場で、あなたが彼らを敵から守るのです。きちんと彼らを守らないと、死んでしまいますよ?」

 

 

 

 

なんとも嫌な役目を与えるものだと、最近は本物の悪魔に見えてきたが、勇にはそれどころではなかった。絶対に彼らを殺さないよう全力で守ろうと誓った。しかし、そんな見え透いた意思を読み取ったのかハイドリヒは心底嬉しそうに呟く。

 

 

 

 

「本当に可哀そうで哀れだ・・・片道切符の棺桶に乗るとも知らずに、それを必死に守ろうとするあなたはとても輝いていますよ」

 

 

 

 

そんな囁きを発しながら、外ではいかに彼らが英雄であるかを捲し立てる牟田口の喧騒が彼らを取り巻いていた。

 

 

 

 

 

「君たちの司令官は無念にも旅立ってしまった。君たちを遺して。そんな哀れな我らには何ができるだろうか?憎い奴らに何ができるだろうか・・・もはや弔い合戦など生ぬるい。反撃じゃ!死をも恐れぬ攻撃じゃ!特別な死には陸も海もない!不肖、この山本大将とは大の仲であった陸軍のワシが諸君らと共にあれることはまさに天啓であろう!安心したまえ!諸君らが逝った後には必ずワシも逝く!もはや我々は運命共同体であるっ!!」

 

 

 

 

にわかに活気づいてしまう哀れな彼らはまだ知らない。こここそが墓場であり、二度と戻ることのできない人間と神への狭間の場所であることを。

 

小野里は勇の過去を見た日からどうにもおかしかった。あれだけ仇をいたぶり、地獄の痛みを思い知らせたはずなのに、一向に晴れるどころか気持ちが混沌とし、夢にも勇と兄の藤野が必死に手を取り合う姿が出てくる始末だった。そんなモヤつく頭を振り切り、朝特有の低血圧をブドウ糖の注射を身近らに施すことで幾分か楽にする。軍服に袖を通し、身なりを整えて上司の下に赴く。

 

 

 

 

 

「どうして『あれ』がいまだに揃わないんじゃ!本来なら既に全機揃っているはずなのじゃぞ!」

 

 

 

 

 

自分の上司の機嫌はよろしくないらしい。片目に眼帯をつけ、気取った性格の小男は着飾られ、名誉のみを欲する汚い人間だとしても自分を見出してくれた恩人なのだ。だから、最後まで尽くさなくてはいけない。そう思い、扉を叩く。

 

 

 

 

 

「小野里少尉、入ります」

「早く入らんかっ!」

 

 

 

 

怒りの矛先が自分に向くことは御免被るためなるべく素早く、かつ気配をできる限り薄くして入室する。中にはハイドリヒが笑顔で幼児をあやす様に振る舞っていた。

 

 

 

 

「閣下、実物自体はあったのですがどうにも氷山型のネウロイにアントウェルペン軍港が破壊された際に一部が破壊され、その補充に手間取っております。もう少々お待ちください」

「待てん!もうすでに駒は来ているのだぞ!早く突っ込ませねば一番槍という栄誉が取られてしまうではないか!」

 

 

 

 

ハイドリヒはそんな幼稚な司令官にも丁寧な姿勢を貫き、対応を続け悪魔の会話が続く。小野里自身としては、自分の上司よりもこのいつも笑顔を絶やさないハイドリヒの方が不気味で怖かった。

 

 

 

 

「それがですね、困ったことに補充の物がウィッチ部隊・・・501の隊員の目についてしまったらしく、赤松勇大尉の所在と共に返答が求められています」

「ふんっ!ウィッチの分際で!それになぜ赤松勇がここにいるとばれたのじゃ?」

「それがなんでも『赤松勇大尉という人物は常に渦中にいるからだ』と・・・あの兵器を見られたことが一番の失点ですが、まだ用途についてはバレていないはずです。さすがは西の狼と言ったところでしょうか」

 

 

 

 

西の狼と言うのはミーナのことであり、東の狼は502のグンデュラ・ラルのことを指している。ハイドリヒは素直にミーナの能力を称賛したが、牟田口は怒り心頭だった。

 

 

 

 

 

「何が狼だっ!ただの小娘如きにワシの作戦がぶち壊されてはたまらん!なんとか始末できんのか?!」

「仮にも有名ウィッチ部隊の隊長ですからね。どうです小野里少尉、あなたなら殺れますか?」

「おお貴様もいたのじゃったな。気が付かんかったわ」

 

 

 

 

先ほど自分で入室を許可しておいて忘れるとは司令官の脳には何が詰まっているのかと問いたかったが、小野里は少し思案する。ハイドリヒに話を振られるとは思わなかったため憶測でしか言えないが、結論を述べることにする。

 

 

 

 

「難しいでしょうが、赤松勇大尉の所在の情報と交換と言う名目で接近できれば殺れなくはないかと」

「殺れるのか?!」

「まあ、小野里少尉は斯様な経験者ですから。なにせ山本大将の副官を暗殺できたほどですから」

 

 

 

 

嫌なことを思い出させるものだと小野里は顔には出さないが、面倒な過去を思い出す。勇とブレストで別れてから、山本の暗殺と同時進行で、山本の副官である海軍大佐を自殺に見せかけて暗殺したのは小野里自身だった。

 

 

 

 

「なら赤松勇の所在の情報などくれてやるわ!どうせやつらには手は出せないのだからなっ!かかっかかか!」

「小野里少尉、あなたはもう退室していいですよ」

 

 

 

 

牟田口の高笑いが収まらないうちにハイドリヒに退室を促され、素直に従う。だが、退室の間際に小野里は聞いてしまう。ご機嫌取りで牟田口に話すハイドリヒの話を。何かはよくわからなかったが、あのハイドリヒと牟田口が大喜びで話す内容なら碌でもない話なのだろうが、単語の一つに恐ろしいものが含まれていることにウィッチとしての五感が研ぎ澄まされる。

 

 

 

 

「閣下、先ほど齎された情報ですが、ついに『叡智の炎』が完成間近だそうです」

「なにっ?!それは本当か?!」

「はい、私が先日提出した赤松勇大尉のデータも合わせれば完成は時間の問題でしょう」

「くかかか!これでネウロイも赤松勇もろとも歴史の燃え屑にしてくれるわ!」

 

 

 

 

『叡智の炎』とは一体何なのか、勇との繋がりにはどんなものがあるのか。小野里は自分の足元がぐらつく感覚を必死に見ないふりを続けることにし、その場を後にした。朝から疲労感が漂う中、向かった先は格納庫だった。騒がしい心を慰めるのに武器の整備を行うのは小野里の日課だった。しかし、格納庫には先客がいたようだった。

 

 

 

 

「ん?なんだお前、ウィッチか?・・・これやるよ」

 

 

 

 

目の前で自分の戦闘機と思われるものを整備していたのは、先日ワーテルロー基地に転属してきた343空第三中隊中隊長の杉田だった。杉田は小野里のことを陸軍の軍服と階級章からウィッチと判断したのか、ぶっきらぼうながら甘味である金平糖を差し出した。

 

 

 

 

「これから邪魔するぜ。お前みたいなちっこいウィッチがいるなんて世も末だな」

 

 

 

 

小さいと評された小野里は無表情を装うも内心カチンとくるものがあった。確かに自分は同年代と比べると体格も良くなく、痩せ気味な方だ。だからと言って初対面に言うことではないと思ったが、もらった金平糖は懐かしい代物だった。そんな小野里を見て杉田は小噺をし始める。

 

 

 

 

「俺にもウィッチの仲間がいてよ、かなり有名なんだぜ?俺は元々アフリカにいたんだが、欧州で活躍した噂がアフリカの辺境に轟くほどにはすげえ奴なんだ」

 

 

 

 

勇のことであるのは直ぐに察しがついたが、小野里は条件反射的に勇のことを聞くと嫌悪感が出てくる。しかし、どうしてか目の前の人物は勇のことを懐かしそうに、そして嬉しそうに話すのだった。

 

 

 

 

「あまりにも強いんでアフリカで一番有名なウィッチに怖がられ、アフリカの三将軍を丸め込んじまうほどの面白いやつなんだ。あいつを最後に見たのはアフリカの空でな、直接は会ってはいないんだが、あいつの飛んでる姿を見たらよ、『俺はここにいるぜ!生きてるぜ!』って言ってる気がしてな。お前も達者でなって、年上の俺たちに向かって見せつけるような、本当に優しい奴なんだ・・・長官が死んじまってから、あいつは生きてるのか、それだけが俺たちの悩みなんだ」

 

 

 

 

自分の思い描く悪人の勇とまたもや解離する人物像に、先日の勇の過去がフラッシュバックする。どうしてあんなやつのことを、そう言いたくなってしまう。だが、言葉を飲み込み、心に留めておく。杉田は手を休めることなく、オイルを顔に描きながら整備を続ける。小野里はこの人の運命を知りながら何も言えなかった。

 

 

 

 

「つい長話しちまった。おい、お前名前は?」

 

 

 

 

考え事をしていると突然聞かれた自分の名前は、秘密の塊であり正直に話すか迷っていると内についうっかり話してしまう自分に驚いた。

 

 

 

 

「小野里正子です・・・あっ」

「正子か、正しい子なんていい名前じゃねーか。まあ、これから頑張ろうや」

 

 

 

 

頭を撫でられ、ふと兄である藤野を強く思い出す。小さい頃よく撫でてくれた兄のように小さな手ではなかったが、大きくそれでいて優しい手だった。兄は世話好きで、泣き虫だった自分をよく慰めてくれたのを思い出し、今まで締め付けていた心の中のなにかが飛び出しそうになり、急いでその場を後にした。

 

翌日、343空の隊員一同が招集され、司令である牟田口が遂に作戦の話をし始める。小野里は部屋の片隅でハイドリヒと様子を眺め、勇は当てつけのように仕掛けられた盗聴器による音声で状況を把握していた。そして、静かに牟田口の話し始めるのを待つ静かな空間は、牟田口の言葉によって動揺に変わる。

 

 

 

 

 

「我々はここ、ここに至りて必ずや勝利を掴まなければならん。そこで諸君には必勝の作戦に参加してもらいたいのじゃ。それは通常作戦にあらず、特別攻撃隊の創設を決定した。その内容は・・・戦闘機で敵陣に突入し、体当たりを持って敵の中枢を撃滅することじゃ!もはや通常の作戦では通常の結果しか得られない!この世を救う神風の如く、諸君らにはその身に神を宿した軍神となりて敵を屠ってもらいたいっ!」

 

 

 

 

一同は通常の戦闘機による航空撃滅戦の心づもりで参加していたため、特攻という自分の命を部品にした作戦に動揺を隠せなかった。しかし、その同様すら牟田口は許さなかった。大きな声でその場を支配したのだ。

 

 

 

 

「よってこの作戦は志願者に限定する!我こそは救国の軍神となりて世界に貢献せんという者は前へ出よ!」

 

 

 

 

この言葉に押し黙った一同を見て、牟田口はさらに畳みかける。

 

 

 

 

「諸君、今や世界は危急の状態じゃ。その中で赤穂浪士のように来世で仇討ちをなそうと思う者はその場に留まれ!もしくは白虎隊の如く大儀を守らんがために身を挺すという者は一歩前へ出よ!」

 

 

 

 

扶桑人にとって最高の煽り文句を繰り出す牟田口は演説の天才だった。その言葉に心が動かされないものなど、精鋭の343空にはいる者はいなかった。一人、また一人と前へ一歩を踏み出す。ほとんどの者が前に出た中、一人のパイロットが声を上げる。

 

 

 

 

「自分はネウロイために死んでやる気はありません。機関砲だろうが爆弾だろうが当てて帰ってくる自信があります」

 

 

 

 

その声の主は杉田だった。その一言を耳にした牟田口はゆっくりと杉田の前に立つ。

 

 

 

 

「君は、杉田庄一大尉だね。君の功績はよく知っておる。戦闘の神様ともあだ名される貴官だ、恐れに屈したわけではないだろうが・・・・・・感動したっ!」

 

 

 

 

顔を俯かせ、ブルブルと震えたと思ったら杉田の肩に熱く両手をかけたと思ったら、まさかの大号泣の牟田口がいあた。それには杉田も驚いたのか、牟田口のペースに飲み込まれていく。

 

 

 

 

「杉田大尉、貴官の生まれは確か長野だったね」

「は、はい!そうです!よくご存じで」

「貴官のように優秀でこれほどまでに救世心のある人間がどこから生まれてくるのかとワシは常々思っておった・・・それが今、ワシの前にいるとは!ワシはまさに生まれながらの軍神と話しておる!」

 

 

 

肩から両手を握り、すっかり杉田は牟田口の手法にやられていた。周りも司令ともあろう雲の上の人物が自分たちの隊長に涙を流すことはこの上ない名誉だった。周りに押され始めた杉田は、号泣する牟田口の口車に乗ってしまった。

 

 

 

 

「分かりました・・・やりましょう」

「おお!よくぞ言ってくれた!杉田大尉がいればもはや作戦は成功も同然!約束された勝利じゃ!今宵は酒も食事も豪華なものを用意しよう!宴じゃ!」

 

 

 

 

浮かれた隊員たちは司令の牟田口を伴って宴会に向かってしまった。とんでもない詐欺を見た気持ちの小野里は立ち尽くしていた。まさか、本当に全員を十死零生の作戦に駆り立ててしまう弁舌を目の当たりにして冷静でいられる方がおかしかった。そして、思い浮かぶのは金平糖をくれた杉田の顔だった。恐怖に脚が竦む思いをしていると隣にいたハイドリヒが噴き出した。

 

 

 

 

「さすがは閣下だ。あの演説と発想だけは私も勝てませんね」

 

 

 

 

くつくつと笑うハイドリヒを小野里はどう見ればいいのか捉えあぐねていた。上官であり、上司である人物たちがこうも納得し、正当な出来事であるかのように進めていく現状に、さきほどの驚くべき話がまるで当たり前のことのように思えてしまう。一度自分の考えを整理しようとすると、基地の奥から轟く悲痛な憤怒の雄たけびが聞こえてくる。

 

 

 

 

「おや、彼をほったらかしにしてしまった。さぞかし怒り狂っていることでしょう。小野里少尉、護衛を頼んでも?」

「は、はい」

 

 

 

 

小野里は勇の様子が気になった。かつて彼らと同じ部隊にいた勇は彼らの行く末を聞いたはずである。それをどのように受け止め、どのような行動に出るのかが心底気になって仕方がなかった。部屋に到着すると、既に鎮静剤を打たれながらも必死に抵抗しようとする勇の狂った姿があった。

 

 

 

 

「貴様ら・・・人間じゃない!」

「ははは、あなたも冗談が上手い!象も数時間は動けなくなる量の鎮静剤を打たれて尚そこまでの力が!」

「殺してやる・・・絶対に殺してやる!」

 

 

 

 

勇の憎悪は凄まじかった。小野里でも信じられないような抑圧を受けてなおも人のために思いやれる心を持つ、赤松勇と言う人物が小野里の幻想を揺るがす。だがハイドリヒはそれをどこ吹く風のように受け流す。

 

 

 

 

「残念ですがそれは出来ません」

「なぜだ!」

「あなたは選択しなければならないからです」

「何をっ!?」

「命です。あなたが私を殺すのなら、私の子飼いの部下が無条件であなたの関係者を殺害に向かいます」

「なんだとっ?!」

 

 

 

 

小野里はハッとした。その内の一人に自分が加担していることに。そして、それは自分が提案し、承認してしまっている事実に。小野里の目標は501のミーナということになるが、ハイドリヒの命令一つでだれにでも目標を変えられるのだ。

 

 

 

 

「だれがいいでしょうねえ・・・502のラル少佐か、504の竹井少佐か、506のグリュンネ少佐か・・・はたまたあなたが姉と仰ぐ501のバルクホルン少佐か!」

「貴様ぁああああ!」

「同じカールスラントの軍人として手に掛けるのは残念ですが、あなたの行い次第です。そして、私にはその力があると思ってくださいね?もういいでしょう、少尉。眠らせてあげてください」

 

 

 

 

小野里は命令通りに勇に睡眠薬を注射する。勇は最後までハイドリヒを睨み続けたが、やがて眠りに落ちて行った。勇を兵士が運び出すと、ハイドリヒが小野里の肩に手をかける。

 

 

 

 

「その時が来たら頼みますよ、小野里少尉?」

「は・・・い」

 

 

 

 

心の底を握られるような威圧にすくみ上りそうになる。決してこの男からは逃げられないのだと悟った瞬間だった。

翌日、夜遅くまで開かれた宴はいつの間にか静かになっており、朝が来ていた。事の重大さに気づいたのか、隊員たちは皆酒の悪い夢だったのだと、そういった面持ちだった。しかし、本日の出撃割には確かに隊員の名前が書かれてあった。そこには三人の名前が記載されてあった。

 

 

 

 

『横田峰一、井上勉、杉田庄一』

 

 

 

 

この日、命を代価に飛ぶ勇士の名前に最後に残された中隊の隊長である杉田の名前があったことに、小野里は驚いた。隊員たちは皆杉田に目をやる。しかし、杉田は一つも動揺した様子を見せず、タバコを蒸かしていた。小野里はその場を静かに立ち去り、司令室に向かう。司令室には酒が抜けない牟田口の姿があった。

 

 

 

 

「失礼します。本日の搭乗割ですが、どのように決めたかお聞きしてもよろしいでしょうか」

「んにゃ、なんじゃ。そんなことが聞きたいのか?」

「ぜひ、後学のためにお聞きしたく思います」

「ほうほう、感心じゃ。まあ、二人については適当じゃな」

 

 

 

 

鼻をほじりながら言う姿に幻滅しながら、杉田が選ばれた理由を待つ。すると、鼻をかみながらつまらなそうに言い放つのだった。

 

 

 

 

「あやつは早めに殺さないと特攻の本質に反対しかねんからな。有無を言わさない内に死んでくれれば、他の者もついていくじゃろうて」

「そう・・・ですか」

 

 

 

 

小野里はここに来たことを後悔した。一度しか話したことはないが、久しぶりに舐めた金平糖の甘い味は忘れられなかった。無関心を装って部屋を後にする。足音を悟られないように離れると、次第に駆け足になり勇が収容される部屋に向かう。勇は手と足に枷をはめられ、行動の自由を奪われていた。だが、静かに闘志を燃やし、苦悩の跡が見られるそんな姿に、どうしても小野里は悪意に満ちた言葉がついて出てしまう。

 

 

 

 

「おい、今日は三人死ぬぞ」

「そうらしいな」

「・・・杉田とかいう男も逝くぞ」

「・・・」

 

 

 

 

今度は勇は答えなかった。檻の中で俯きながら何かを秘めた男はもうなにも答えなかった。そして、その数時間後、遂に出撃の時間がやってきた。三人の男たちはたくさんの隊員たちに見守られながら、牟田口の酌を飲み、訓示を聞いていた。

 

 

 

 

「三人の若武者よ、軍神よ。ワシは君たちに願い奉る。願わくば人類の敵に我々の正義の鉄槌を、人類の本懐を叩きこまん事を・・・最後にはワシも行く。扶桑男児たるもの悠久の大義に逝くべしと」

 

 

 

 

 

厳かな挙式に大勢の送り出す声が翼に乗る。杉田の姿を一目見ようと、飛行場の隅から杉田の飛行機を見つける。既に滑走路を進んでおり、これが本当に最期の姿になる男の表情と言うのが見てみたくなった。そして、その瞬間は訪れる。

 

 

 

 

「はっ!」

 

 

 

 

杉田と一瞬目が合った気がした。いや、合ったのだろう。杉田の表情は微塵も恐怖の色はなく、笑っていた。そう、笑っていたのだ。そして、小野里を見た瞬間、その笑顔に敬礼を付けて飛び立った。ほんの一瞬の出来事だったが、小野里には理解できなかった。どうして今から必ず死に、二度と帰ってこれないと知りながらも笑っていられるのかを。小野里はその答えがどうしても知りたかった。小野里は自然と電信室に足が向いた。

 

一方、勇は隊員たちからは目の届かない場所からの出撃だった。ハイドリヒに連れられて、出撃メンバーの護衛を務めるのだ。勇は昨日から一睡もしておらず、その隈は暗紫色を示していたが、それも気にならないほど煮えたぎっていた。

 

 

 

 

「さて、彼らにも一応護衛が必要ですからね。あなたが彼らを最後の最期まで護衛しきれば安らかにヴァルハラへと旅立てるというものです。ああ、逃げてもいいですがその際は分かっていますね?」

「うるさい、護衛に遅れる」

 

 

 

 

 

ハイドリヒはニヤリと笑みを浮かべつつ、発進許可を出す。勇の使用していたユニットは没収されており、現在使用しているのは陸軍の隼だった。隼に乗る理由も、勇がこの基地にいることを悟られないための偽装であり、また型落ちの性能の隼を与えることで少しでも実力を削ぐことを目的としているためだった。

 

 

 

 

「赤松勇、出るっ!」

 

 

 

 

勢いよく発進した勇は卓越した魔法力操作により、普通の隼の巡航速度を超えて進んでいた。ワーテルロー基地から目標の敵中枢があるベルリンまではおよそ450kmあり、一時間もあれば着いてしまう距離だった。前人未到のこの地では敵がごまんと待ち構えている。勇はアフリカから欧州に向かう際、一度ベルリンに訪れているがその時にですら近づくのがやっとの地獄だった。そんな場所に三機の戦闘機が向かうのは自殺行為である。

 

 

 

 

「だからせめて・・・必ず目的地まで無傷で辿り着かせるんだ」

 

 

 

 

 

勇に逃げると言う選択肢はなかった。誰かを選べば誰かに皺寄せがいく。全て自分の存在のせいでだれかが巻き込まれるのだ。自分の姿がもう死神に見えて仕方なかった。そんな中、合流地点で三機の戦闘機が姿を現す。紛れもない杉田の戦闘機だった。懐かしの機体はピカピカで、唸るようにエンジンが咆哮を上げていた。

 

 

 

 

「杉田隊長ぉ!!!」

 

 

 

 

その声は聞こえないことは分かっていても叫ばずにはいられなかった。勇には通信機の類は持つことを禁止され、誰とも会話をすることが許されなかった。だが、勇の姿を見たであろう杉田は風防を開けると何かを叫んでいた。

 

 

 

 

 

「付いてこい!俺の愛する列機よ!」

 

 

 

 

最後まで杉田であると、最期の再会がこんなにも輝いた顔で迎えられる人間などこの世のどこにもいないだろう。勇は銃を握りしめ命を賭けて戦いに備える。

 

その頃、電信室に待機していた小野里は、通信員の操作する機材に耳を聳てていた。牟田口もその戦果の瞬間をいち早く聞こうと電信室に押しかけていた。すると、突然電子音が室内に響き渡った。

 

 

 

 

「符合を確認!二番機横田飛曹長ですっ!」

「いいぞ!突っ込め!」

 

 

 

 

興奮のあまりバンバンと机を叩く迷惑極まりない司令官を他所に、全ての通信員が耳に全神経を集中させる。モールス信号のツーという音が鳴り響く中、それが突如ブツりと途絶える。そして、その音の長さで通信員が判断を下す。

 

 

 

 

「横田飛曹長、突撃に成功!」

「いよっし!!!」

「三番機、井上准尉突入を開始っ!」

 

 

 

 

通信員の震える声ももはや電子音に聞こえる狂った室内で、次の隊員も目標に命中判定を下す。そして、遂に一番機の突入が開始された。しかし、そのモールスの符合は他のものと異なっていた。「我、突入す」の意味のト連送の後、平文で送られてきたのは長い信号ではなく短いものだった。

 

 

 

 

「なんと?!杉田はなんと送ってきた?!

「はっ、それが・・・」

「なんじゃ?!」

「『サクラ サクラ』と・・・」

 

 

 

 

小野里はハッとした。桜は扶桑の美しい花である。それに自分を例えたのではないか、咲き誇り、儚く散る桜の映像が流れ、杉田の桜を楽しむ姿も同時に流れてくる。小野里は杉田の最期を追った。しかし、それ以降通信が入ることはなかった。

 

 

勇はふらふらとする足取りでハイドリヒのところに戻ってきていた。ハイドリヒはまるで天使を出迎えるように寄ってきて、早々に戦果を尋ねてきた。

 

 

 

 

 

「で、戦果は?」

「・・・二番機、三番機ともベルリンに存在する敵の大型建造物型ネウロイに突入。成功した」

「それで!」

「一番機、杉田大尉機は・・・目標を定め突入。その直後・・・」

「どうしました?」

 

 

 

 

勇は恐ろしいと思う恐怖がこうも叩き突き付けられるのは久しぶりだった。これまでの教育と称した拷問も恐ろしいが、今日見た敵と比べればおままごとにしか見えなかった。目を覆い、乱れた呼吸と滴る汗が鬱陶しく、生唾ばかりが喉を通る。

 

 

 

 

「新たな敵が杉田大尉を撃墜しました・・・その敵は、技を・・・『瞬間移動』を使用したのです!」

 

 

 

 

 

勇はネウロイと言う存在がどういうものなのか、今まで考えたことがなかった。しかし、考えざるを得ない状況が発生したのだ。あのネウロイはどう見ても意思を持った人間だと。

 

 

 

 

 

 

 

 




いかがでしたでしょうか。ハイドリヒの狂気、牟田口の変わらなさ、小野里の葛藤。杉田さんを久しぶりに登場させましたが、特攻に行かせる役を当初から想定していただけに登場回数の少なさを悔やんでおります。特攻という恐ろしい行為は人間が考え、実行された事実があるともう一度認識しなければならないと私自身書いていて痛感しました。実際に行かれた方たちの当時の感情は推し量ることしかできませんが、万分の一でも掬い上げることができたのなら幸いです。
また、勇のセリフや登場回数が少なくて申し訳ありません。その代わりと言ってはあれですが、小野里の視点を多く入れることで勇の自由の無さを感じて頂ければ幸いです(作者がもっと頑張れ)。
ではまた次回もよろしくお願いします。
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