ベルリンを501を、姉である咲を、そして世界を救うことができるのか!勇君の活躍に、物語の進行にご期待ください!ではどうぞ!
服部をなんとか助けようとする宮藤だったが、出血は止まらず、虚しく時間ばかりが過ぎて行ってしまう。後輩であり、自分のために駆けつけてくれた服部の無残な姿に涙が溢れてきてしまう。外では勇が必死に足止めをしてくれており、時間的余裕もない。そんな中、服部は弱弱しく宮藤に言葉を残す。
「宮藤さん・・・私、守りたかったんです」
「静夏ちゃん喋っちゃダメ!」
「いいえ、宮藤さん・・・勇中佐と私はほとんど話す機会がありませんでした。でも、あの人はハルトマン中尉の救出の時も、私が出撃した時も、大型ネウロイを倒した時も全部、私たちを見送ってくれていたんです。無関心を貫きながらも、私の名前を覚えていてくれたんです」
確かに勇と服部は直接話したことはほとんどない。しかし、基地ですれ違う時は必ず会釈をする、出撃の時・帰還時は必ずどこかで見守ってくれていたことを隊員は知っている。バルクホルンと喧嘩をした時も、勇の陰の努力を知っていたからこそ分かり合えた。その上、喧嘩したはずのバルクホルン自身が勇のことについて謝罪を行っていた。それだけ勇とは切っても切れない縁ができてしまっていた。
「勇中佐は今、とても大変なことを任されています・・・私は、宮藤さんと勇中佐を守りたかった!でも、私じゃ役不足でしたね・・・」
「静夏ちゃん!!」
弱弱しく笑う笑みを最後に服部の手が宮藤の手を滑り落ちる。多量失血による意識の混濁が始まっていた。宮藤は自分の魔法力の枯渇を心底悔やんでいた。必死に魔法力を発動させようにも枯れた魔法力は発現しなかった。
「お願い!発動してよ!」
いくら力んでも欠片も発動しない魔法力に宮藤自身も為す術がない。宮藤は天を仰いで嘆く。空中では勇が戦っている。服部の言うように青白く輝く光に包まれながら奮戦していた。その光景を見て、宮藤は自分の心に問いかける。
「私は守りたい・・・でも、今私にその力がない。私には分かりません。どうして魔法力という希望がありながら、その力を本当に望んでいる人に・・・人?相手?」
宮藤は自分の中で考えた相手について考える。思い浮かぶ人の顔や思い出がポツポツと浮かび上がってくる。その瞬間、自分の中の僅かな魔法力がざわついた。宮藤はそのことも気にせずさらに熟考する。
「相手・・・大切な人、仲間?・・・仲間!」
仲間の単語に呼応するように自分の魔法力が何者かの干渉を受ける。壊れている己の魔法圧の調整弁がすくすくと修繕されていく。心に刻まれた記憶が蘇るように、相手の顔を思い浮かべれば思い浮かべるほどにその回復は飛躍的速度で進んで行く。そして、宮藤はふと浮かんだ言葉を叫ぶ。
「優雨作さん!咲さんをどうか頼みます!」
その言葉を叫んだ瞬間、勇は目を見開く。もう呼ばれることはないと思っていた名前を、一番大事な存在と並べて呼んでもらえたという事象は、勇を鳥肌立たせた。単なる音にしか過ぎない名前が、意味を持って自分と自分たらしめる存在である姉の咲を同格の存在へと押し上げる。勇は宮藤に向かって笑いかける。
「おう!任せとけ!」
その言葉が聞こえたかどうかは分からなかったが、宮藤は確かに受け取っていた。そして、自分の中に流れる微かな異質な魔法力の正体に気が付く。枯渇した自分の魔法力ではなく、先ほど自分を守るために宿してくれた勇の魔法力が自分と同化していた。誰かを想う気持ちと自分の一番望む気持ちが一致するときに、魔法力は力を与える。かつて勇が『無邪気』と評したように、魔法力とはネウロイの存在同様に未開の分野である。それだけに、相手を信じることの大切さが宮藤の心の中を溢れさせた。
「よかった・・・よかった。あっ!」
自分の想いが溢れてきて、それが涙として流れ落ちた時、宮藤の中の魔法力が湯水のごとく流れ出す。たちどころに服部の傷を治癒してしまうほどの猛烈な勢いは、その場にいる全員に伝わるほど強力な力を発揮する。それは地下にいるミーナたちや、もちろん勇にも伝わっていた。
「宮藤?なんだこの魔法力は?!・・・まさか、この微量の魔法力は、俺のか?!」
時を同じくして地下で戦闘を続ける501もこの魔法力を感じ取っていた。
「ネウロイが魔法力に反応してる・・・まさかこの魔法力って!?」
「ああ、宮藤とユウのだ!」
宮藤は服部が乗ってきた震電に乗ると、傷を癒した服部をパットン将軍に託す。その強い眼差しに気圧されたパットンは、何も言えずに見送る。宮藤はかつてないほどの魔法力伝達効率の良さに勢いに乗る。片端から宮藤に集まる小型ネウロイをシールドでもって叩き潰す。それを見る勇は苦笑いを堪えられない。
「宮藤のやつ、魔法力の本質も分かっていやがらないくせに、覚醒しやがった!」
かつて勇がそうだったように、魔法力とは本来、使い魔と契約して本人に宿る魔法力を引き出すものである。しかし、稀に魔法力が混ざり合うことで強力な魔法力を身に着ける者が現れる。勇の場合は道斎と藤野という人生の中で欠かすことのできない存在と密接に魔法力の根源をリンクさせている。一方の宮藤は、類稀なる己のみの莫大な魔法力を無邪気な意志という強固でかつ原始的な方法で発現させていた。そこに、勇と言う歴史上類を見ないほど鍛え上げられた魔法力を加えられたらどうなるだろうか。その結果は勇としても推して知るばかりだった。
「まあいい。これでようやく二人きりだな・・・姉さん」
「・・・」
勇はついに咲と対面する。満身創痍の状態とは言え、気力は咲にしか向いていなかった。そして、向けられた相手である咲も勇にしか向いていなかった。お互いに最後の戦いとなることを覚悟してその時を待っていた。そして、その時は訪れる。ドームが一斉に崩壊し始めた時、二人は全力で突撃する。激しい衝突に閃光が生まれ、衝撃波が走る。
「・・・がはっ、やっぱ敵わないな。姉さん」
「・・・」
咲の攻撃は勇のネウロイ化し始めた左腕を貫通し、胸に突き刺さっていた。二度目の風穴に吐血する。しかし、咲の目線も自分の胸に向けられていた。
「敵わないけど、追い付けたよ。これで終わりだ」
「・・・」
勇の右手は咲の胸、先ほど刀の切っ先を突き立てた穴に押し付けられていた。その指の隙間からは青白い光が漏れていた。それは勇が限界以上に魔法力を注ぎ込み、臨界状態に押し上げられた原子爆弾そのものだった。勇は全ての魔法力を自分たちを取り囲むようなシールドに注ぎ込む。酷使したユニットが息を止め、そのなくなった浮力が重力に変わり、勇の傷口にのしかかる。激痛に耐え、口元から垂れる血にも気にせず心中を決める。
「俺たちが決めたことだ。他人は巻き込まない。二人きりだ、いいだろ?」
「・・・ユウ」
愚痴りかけた勇に、咲は話しかける。驚いて顔を上げると、不思議なことにネウロイの姿ではなく、いつの日かの咲がいた。時が止まり、身動きが取れない中、咲だけが勇の顔に触れる。
「覚えていてくれて、ありがとう」
「バカ野郎、忘れるわけがないだろう・・・姉さん」
自然と二人で過ごした温かな日々が見えてくる。桜並木が風で揺れ、温かな陽だまりが二人を包んでいく。そして、やはり勇は思うのだった。
「やっぱり姉さんには桜の花が似合うよ。笑顔が咲き誇ってる」
「ありがとう・・・ありがとう。私が一番言ってほしかったことを、一番言ってほしかった人に言ってもらえた。変な意地を張ってごめんなさい!私があの日に言いたかった本当の言葉を教えるわ」
自分に負けず劣らず強情で頑固な咲の本音が聞ける。勇も気恥ずかしかったが、心を穏やかにして聞き耳を立てる。耳元に咲が口を寄せると頬に柔らかい触感を感じる。驚いて咲の顔を見直すと、涙を溜めた優しい顔で口を動かす。その言葉に、なぜか勇は金平糖の味がした。
「あの日、月を見て言おうとしたことはね、私の気持ちはね、『月がきれい』って言いたかったの」
勇はその言葉を聞いて俯く。どうしようもなくその言葉が悔しかった。溢れる涙を堪えようともせず、流しっぱなしにする。涙は理性が止めてしまう劇薬だが、この涙は異なっている。温かく、どこまでも透き通った涙だった。
「そんなの、分かるかよ・・・回りくどいんだよ!俺だけじゃ分からなかったぞ!けど、今ならわかる!分かるよ・・・でも、そんな言葉残して、俺を一人ぼっちにするなんて酷いじゃないか・・・こんな時まで姉さんぶるなよ!」
これまでの勇と関わった全ての人間と交わした言葉が、咲の言葉を理解させた。一人を貫こうとし、他人との関係を絶とうとした勇には決して分からなかったであろう言葉を言わずに消えた咲が憎くて仕方がなかった。勇が一人で生きていくことのないように、姉として気遣う心が気に食わなかった。その時、咲が勇を優しく包み込む。その温かさに目を見開くと、そこには一番見たかった姉の顔があった。
「あなたはもう一人じゃないわ。あなたには大切な仲間がいる。愛する人、愛してくれる人がいるわ。これからはあなたに新しい世界が拓くのよ」
「姉さんがいない世界なんて・・・」
「なにを甘えたこと言ってるの。私もあなたの中にいるって、あなたが私に教えてくれたんじゃない」
優しく温かな手が頬を撫でるとき、その空間が歪む。崩壊の時が近づいているのか、勇は焦燥感に駆られる。
「姉さん!俺!」
「大丈夫、あなたには私もみんなもいる」
「でも!」
「大丈夫、さあ、お行きなさい。君の明日はまだ続くんだから」
「姉さん!!」
勇の最後の言葉で限界を迎えた空間は、急速に現実へと誘う。温もりだけが勇の頬を掠める中、目の前のネウロイとなった咲が勇を押し返す。エンジンを切っている勇は、咲と離れた瞬間、重力に従って落ちて行く。目線の先の咲は胸に輝く叡智の炎を残したまま勇を見送っていた。
「姉さん!!!」
原子爆弾がタイムリミットを越え、眩い光を放つと同時に、咲は瞬間移動を使用する。虚数空間に誘われた咲と原子爆弾は共に消失する。残された勇はシールドを下げ、ユニットに魔法力を流す。あたりを見渡せどどこにも咲の姿はなかった。孤独感が勇の頬の温もりを消し去っていく。
「かっこつけやがって・・・」
一人残された勇は、自分に流れる赤い血を眺める。確かに存在した姉の咲との最後の時間を噛みしめ、自分も姉に倣う。
「じゃあな」
勇の言葉がベルリンの空に溶ける中、遠くから声がする。
「勇さーん!」
「ユウ!!!」
宮藤や地下からやってきた501の仲間の姿に、勇は涙を拭く。駆け寄るミーナが勇の傷を心配する。
「勇中佐!その傷は大丈夫なの?!」
「ああ、なんとか」
「もう、宮藤はなぜかここに居るし、服部が怪我するし、ユウもいるしでわけわからん」
シャーリーが茶々を入れるが、それは全員の考えていることだった。しかし、ミーナは勇に尋ねる。
「中佐、終わったのね」
「ああ、ミーナ。終わった・・・終わったんだよ」
その安心しきった表情にミーナもホッとする。そして、勇にはアイヒマンから秘匿回線で連絡が入る。
『勇中佐、ドームが崩壊したのを確認した。だが、貴官の作戦はどうした?なぜ閃光が見えない!』
勇はこんな時に水を差す無粋な連中に喝を入れる。
「俺の作戦は成功だ。あとはお前らが勝手にしろ!」
『なっ!なんだとっ?!ふざけるなっ!作戦通りにや・・・』
勇は話も途中でインカムを投げ捨てる。どうやらアイヒマンらはさぞかしお怒りらしい。しかし、勇にはやるべきことがあった。ミーナを見て自分の意思を伝える。ミーナもその意思を汲んで仕方ないとばかりに嬉しい溜息をつく。
『501統合戦闘航空団、頼んだぞ!』
「「「了解っ!」」」
連合軍司令部からの命令に勢いよく反応すると501は翼をはためかせる。ベルリンの地下にあったという巨大都市、ゲルマニアが空中に浮遊する。その巨大都市を次々と攻撃していく。勇はシャーリーから拳銃を受け取ると、一発一発を確実に攻撃していく。その中でミーナから指令が下る。
「今のあなたに市街戦は無理よ!あなたは防備が手薄な下からの攻撃をお願いするわ!」
「了解!」
ミーナの指示通り、下からのゲルマニアはただの大きな平皿のようで攻撃もまともに飛んでこなかった。ならばと、勇は残りある魔法力を振り絞って中央部に向かって攻撃を仕掛ける。
「かくれんぼは終わりだ!出てこい!」
勇の放った一撃は中央部を壊滅させ、中から上空に向かって釣鐘型ネウロイが姿を露わにする。
「ミーナ!親玉が出たぞ!追え!追うんだ!」
「分かったわ!」
勇は高度差と自分の怪我を考え、ミーナたちに託す。カールスラント組の三人は首魁に追いすがるも、上昇力で適わず突き放されてしまう。しかし、勇の魔法力をも味方に付けた宮藤がシールドで追し返す。速度の落ちたネウロイは三人の猛攻に耐えられず、コアを曝け出す。
「「「今だぁぁぁあ!」」」
全員の声が後を押し、遂にネウロイのコアが破壊される。その瞬間の散りざまはまさに光の花火のようにきれいだった。首魁のネウロイが破壊されたことにより、覆われていた空が顔を覗かせ、薄暗かったベルリンの街が姿を現す。その美しさに全員が言葉を失う。
「こちら501、ベルリンのネウロイの完全消滅を確認・・・ベルリンを、奪還しました!」
ミーナの報告に実感が湧いてくる。隊員たちは皆喜び、抱き合って勝利を寿ぐ。勇もそんな仲間の姿を羨ましく眺めていた。すると、ミーナが勇に近づいて来る。
「ありがとう、ユウ、あなたなら必ず大丈夫だと信じていたわ!」
「ああ、さすがにお前たちには感謝しないとな。ありがとう」
握手を交わし、互いの健闘を褒め合う。そこにバルクホルンがやってくる。
「ユウ・・・私はお前に謝らないといけない」
「もう忘れたよ」
「ああ、それでもだ。すまなかった、そして、ありがとう」
バルクホルンとも握手を交わすと、三人は顔を見合わせて今後の相談をする。それは勇の今後の方針だった。
「ユウ、私たちと一緒に来ない?今ならあの部隊から抜け出せるわ!」
「いや、俺にはまだ仕事が残っている」
「仕事?」
「ああ、大事な仕事だ」
勇はミーナの納得を得ると、501の基地に向かう。そこにいるであろう人物に会う為だった。基地に着くと、勇はある部屋へと歩みを進める。扉を開け、中に入ると、勇のお目当ての人物がそこにいた。その人物は窓に目をやり、こちらに気づこうとしなかった。
「ハイドリヒ、帰ったぞ」
「・・・勇中佐ではありませんか。どうしてここに?」
ハイドリヒは幾分驚いた顔を見せていた。それもそのはずである。勇はあのペンダント、もとい原子爆弾とともに消えてなくなるはずだったからである。初めて見るハイドリヒの驚いた顔にも構わず、勇はハイドリヒの机に近づく。
「作戦、完了だ」
「・・・そう、ですか・・・・・・そこにいるのはミーナ中佐ですか?」
部屋の外で待機していたミーナもハイドリヒの言葉で姿を見せる。
「ハイドリヒ長官、あなたには国家転覆罪の他21件の容疑が掛けられています。大人しく投降してください」
「国家転覆罪?・・・ぷっ!フハハハハハ!」
「何がおかしいんですか?!」
気でも触れたのかと思ったミーナだったが、勇がそれを否定する。
「ミーナ、それはお門違いだ」
「どういうこと?」
「全くその通りですよ!国家転覆罪?そんな軽々しい罪を、私が犯すはずがないじゃないですか!」
ハイドリヒは一頻り笑った後、自分の計画を笑顔で話し始める。
「勇中佐くらいしか本質を理解していないようなので教えて差し上げましょう!いいですか?私が犯したのは国家などではない!世界そのものなのですよ!」
両手を広げて解説するハイドリヒは、とても輝いていた。ミーナは驚愕し、勇はミーナに説明する。
「ハイドリヒは俺を閃光作戦の第一陣として、ベルリンを吹き飛ばした後、崩壊した連合軍を背後から急襲するつもりだったのさ」
「なんですって!?」
「そうですとも!私は無傷でこの世界を丸ごと奪うつもりだったのです!人も町も国も文化も全て消去した新世界を創造し、新秩序である世界共同体を打ち立てるつもりでした!」
ハイドリヒの壮大な計画にミーナは寒気がしていた。もしかしたら自分たちも巻き込まれていたかもしれないその作戦と、人間の命をどうとも思っていないその狂気に、目の前が暗くなる思いだった。
「あなたは狂っているわ・・・」
「はて?狂っているのはあなたではないですか?」
「聞き捨てなりませんね」
「あなたはもう少し利口だと思っていましたが、少し過大評価をしていたようです。そうですね、あなたが私を狂人と言っても構いませんが、では悪いとは何ですか?誰が決めた悪なのですか?」
ハイドリヒの問いにミーナは口ごもる。哲学的な話しに、ミーナは解答を出し渋った。それを解答だと言わんばかりにハイドリヒは自身の理論を展開していく。
「この世界を本当によくご覧になったことはありますか?この世界はもう駄目です。戦時であると言うのに、争いはなくならない。私腹を肥やす者、罪を犯す者が後を絶ちません。私たちはそれら人間を世界の害悪だと断定し、排除を行ってきました。その時の彼ら人間のなんと浅ましいことでしょう。命乞いをし、無駄な抵抗を試みる。自分の行いを振り返る時間はいくらでもあったと言うのにですよ。これを滑稽と言わずして何というのでしょう」
移動虐殺部隊を率いて来たハイドリヒは、ただ単に虐殺を行っていたわけではない。自分たちを世界の守護者と称して断罪してきたのだ。例えどんな手段を用いようと、自分たちが害悪だと判断した人間を問答無用で処刑する様だけが、世間に広がってしまったのだった。
「それでも彼らには裁かれる権利があります。もし他の人間もその意見に賛成する保証があるのなら、法で裁くこともできたはずです。それをしないあなたたちこそ、正義を名乗る無法者と言われても仕方がないのではありませんか」
ミーナが反論を提示するも、ハイドリヒは首を振って否定する。
「それでは何の意味もありません。いいですか?この世界は盲目なのです。それは自然的な盲目ではなく、自発的盲目を気取ったいかさまに等しい蛮行なのです。我々が行った断罪に汚らわしいものなど一つとしてありません。汚らわしい者を断罪するから我々まで穢れて見えるだけなのです。それに目を向けようともせず、我々を異端者と決めつけて、見ないふりをするあなたたちの方がよっぽど狂っている、そうは思いませんか?」
ハイドリヒの本意を理解しつつあるミーナは黙ってハイドリヒの言葉を聞く。勇の思うハイドリヒの恐ろしいところはこういうところなのだ。誰も本質を見ようとしないとはよくいったもので、ハイドリヒはただ真実を、真理を追求しただけなのだ。だれが真理を極めた人間を悪と決めつけられるだろうか。
「世界は団結を謳い、外敵であるネウロイという共通の敵を相手に結束を表では結んでいます。しかし、その裏では戦後の国際社会での立ち回りしか考えない愚図の集団である現状を見れば、私の行いはむしろ救世主として称賛されていい!なぜなら私は世界の守護者であり、だれも差別することのない、忘れ去られることのない理想郷を与えるの神になるのですから!」
ハイドリヒの黄金郷は果てしなく雄大で魅力的だ。ハイドリヒほどの才覚がある者ならば、本当に誰もが苦しい思いをせずに天寿を全うできる世界を創造できるかもしれない。しかし、勇は絶対と言っていいほど矛盾があると確信していた。
「素晴らしい計画だ。だが、その計画も妄想で終わらせてほしい」
「ほう、私を殺すのですか?」
ハイドリヒは笑って勇に問いかける。しかし、勇はその問いの答えを否定する。
「いいや、俺がお前を殺しても意味がない。いやむしろ殺すこと自体が今のお前の目標なんじゃないか?」
「・・・ハハッ!アッハッハッハ!勇中佐!やはりあなたは素晴らしい!本当に最高ですよ!」
またも狂った笑いにミーナは困惑する。勇とハイドリヒの二人の見えている世界を共有できず、一人置いて行かれるそんな焦燥感にミーナは己が拳銃を向ける。しかし、それを制止したのは勇だった。
「止めろっ!」
「どうして!?彼は危険だわ!どうあっても彼はこの世界に影響を与えるわ!あなたにできないなら私が!」
勇はそんなミーナを諫める。ミーナもいつになく落ち着いた勇のその切実な顔に銃を下ろさざるを得ない。
「すまないミーナ、でもハイドリヒを殺していいのは俺たちじゃないんだ」
「じゃあ誰ならいいって言うの?!あなたはいいの?!」
「・・・だとしても、お前に人は殺してほしくはない。分かるな?」
ミーナは人を撃ったことはもちろんない。勇が言う殺すと言うのは、本当の意味での殺意を持って殺すことなのだ。だれも義理に駆られて人を撃つなんていう行為はしてはいけないと暗に告げていた。ミーナの拳銃を優しく取り上げると、ハイドリヒは満足したのか荷物を持ち始める。
「ふふっ、そういうことです。では、私は新たな世界を作るための新しい計画を練らなければなりません。これで失礼させていただきますよ」
ハイドリヒが部屋を退室しようとする。ミーナは悔しがる表情を隠そうともせずハイドリヒを睨むが、ハイドリヒはそんな視線を面白がるように笑い返す。しかし、ミーナは自分を落ち着かせるように息を吐くと勇に目を向ける。
「ユウ、ごめんなさい」
「ミーナ、なにを・・・」
ミーナが指を鳴らすとドアが開く。その扉からは金平糖の香りがした気がした。
「なっ!?あなたは?!」
「久しぶりですね、ハイドリヒ長官!」
「小野里少尉!?まさかっ!」
その姿は紛れもなく、ハイドリヒに撃たれて死んだ小野里の姿だった。しかし、その小野里は手に20mm単装機銃を持ち、ハイドリヒを狙っていた。
「ハハッ!最高です!まさか死人がっ!」
「お前には死人がお似合いだ!」
ドンッという轟音が部屋を切り裂く。20mm機関砲など、人に向けるものではなくハイドリヒはその衝撃で吹き飛ばされる。壁に激突し、変な音を上げて背もたれるハイドリヒに小野里が近づく。
「どうだ?お前が忘れた人間に殺される気分は」
「グボッ・・・ハハッ、カハッ・・・まさに、最高の気分ですよ・・・」
「まだ笑えるか!」
「待てっ!」
勇の一声が憤る小野里を制止する。寸前で止められる機銃をゆっくりと下ろす小野里の傍を通り、小野里の頭を撫でてやる。
「すまない、君にこんなことを任せてしまって。でも、もう迷わない。だから・・・」
その言葉で小野里は引き下がる。血のあぶくを吐きながらも決して笑みを絶やさないハイドリヒに目線を向ける。
「ああ、これで私の目標は達成されます」
「そうだな。せめてもの餞だ。お前の目標に全力で抗ってやろう」
「それは楽しみです・・・」
ミーナは勇の後ろ姿を見ていた。どこか物憂げで、解放されたはずの人間の醸し出せる背中ではなかったことに危機感を覚える。
「ハイドリヒ長官の目標?それは一体?」
「・・・こいつの目標はな、永遠に生きることなんだよ」
「それは・・・無理なことだわ」
「いいや、こいつは今まさにそうなろうとしている」
勇の発言が意味を持ち過ぎていてよく分からなかった。しかし、今まで最前線でハイドリヒと関わってきた勇だからこそ理解できた言葉なのだろうと、そこから推察してみることにした。すると、恐ろしい閃きが下りてくるではないか。
「まさか・・・そういうことなの?!私たちの中で生きると言うことなの?!」
「そうだ。絶対的な悪の、諸悪の根源として、こいつは死して人々の恐怖の中に存在し続けるだろう」
ハイドリヒは最高の笑みで正解を導き出した二人を褒める。
「二人とも素晴らしい人材ですね・・・私が悪いと認識されればされるほど、私は世界に残り続ける。未来永劫語り継がれる神になれるのです」
「・・・神は神でも邪神だがな」
「そうですね・・・でも、あなたも神と人間の間に躍り出てしまった聖遺物・・・怪物ではありませんか」
ハイドリヒの言葉に勇は溜息をつく。ミーナは勇を見る。すると、観念したのか左手の包帯を外し、袖をまくる。その陰から現れたのは紛れもないネウロイの肌だった。
「えっ・・・ユウ?なに、これ・・・」
「・・・まあ、そういうことだ。つまり俺もこいつと同類ってことだ」
ミーナは勇の黒く変色した肌と勇を見比べる。どうしても結びつかず顔と腕を視線が行き来してしまう。それでも勇は気にしないようにハイドリヒに向き合う。
「俺は怪物としてお前の野望の残り香に抗おう」
「心優しい怪物に感謝を・・・精一杯抗ってください。私の目標はそう安くはありません」
「最後に聞かせろ。お前が目標を変えたのはいつだ?」
勇の質問についてこれるのはもはやハイドリヒ以外に居なかった。ミーナも小野里もそのことは知りつつ、事の次第を見守っていた。
「・・・あなたの言葉を聞いた時です・・・あなたが、私に言ったでしょう・・・その後どうするのだ、と・・」
勇は自分の質問を振り返る。初めてハイドリヒの計画を知ったのとき、確かに勇は質問した。ハイドリヒは、世界を再構築した後、変革者として神になると言った。しかし、勇はその姿のハイドリヒに現実を与えてしまったのだった。その問いの答えに、ハイドリヒは自分自身で答えを出した。
「そうです・・・私は捨てられる運命、なのです・・・新世界が完成した後、変革者は必要ない・・・・・・・・花畑に花が一輪増えても景色は変わらないように・・・何らかの主義が完成したならば・・・それは主義ではなくなってしまう・・・それでは私は神にはなれない・・・私は・・・不変の神になりたかった・・・」
「だから、変革の頂点で反対者からの抵抗で退場すれば、後の世でも神格化され、議論は永遠に残り続ける。お前の野望は悪であり続け、全人類に『悪とは何か』を突き付けたかったということか。お前らしいな・・・本当に」
勇はそう言うと、拳銃をハイドリヒに向ける。それを嬉しそうに光を失いつつあるハイドリヒは感じ取る。
「やはりあなたに殺されるのが一番心地が良い・・・」
「他の人間にこの役目は務まらんさ・・・地獄で会おう」
「はい・・・・・・・終末の後で・・・」
乾いた音がハイドリヒに沈み込む。硝煙の匂いが鼻につく中、ハイドリヒは息絶えた。勇は目を閉じ、敵であり、同じ光景を共有した同志に黙とうを捧げる。すると、小野里が勇の手を引く。
「急いでください!すぐにハイドリヒの部下が来ます!」
「ああ」
「ハイドリヒの部下は各地に原子爆弾を秘匿しています!その護衛をしている部隊を早く殲滅しなければ!」
小野里は独自に情報を集め、ハイドリヒの目標を知り得ていた。生存の再会を喜ぶ暇もなく、武器を準備する二人にミーナは立ち尽くすことしかできなかった。
「あ、あの・・・本当に行ってしまうの」
「そうだ。お前らと一緒にいると、俺まで倒されてしまいそうだからな。だって、お前らの任務はこのカールスラントからネウロイを駆逐することなんだから」
「全て・・・あなたの計画通りだったというわけね」
ミーナは勇に一杯食わされた、そう表現するしかこのやりようのない怒りを鎮めるにはどうしようもなかった。
「お前までついてこようとなんてするなよ。お前にはお前にしかできない仕事がある。それに、俺にはまた会える。お前らのように喧しくて賑やかな奴らがいたら、死んでいたって目を覚ましちまうからな」
気軽に軽口を叩く勇が嫌いだった。その軽口は決して軽口では済まないと知っているから。それでもミーナは黙って勇を送り出すしかなかった。それが、ミーナにできる唯一の愛情だったからだ。
「それじゃあ、行ってくる!」
その言葉を残し、小野里と勇は基地の外へと姿を消す。風通りの良くなった部屋には、ミーナの姿もなくなっていた。代わりに、ハイドリヒの遺体の傍には紙切れが一枚と、ミーナの手記に一言が添えられていた。ハイドリヒの遺体の近くにある紙切れには、ハイドリヒの部下用に扶桑語でこのような言葉が書き残された。
『籠の中の翼は、今放たれた』
そして、ミーナの手記には次の言葉でこの日を締めくくられていた。
『君の明日は・・・』
いかがでしたでしょうか。これにて「籠の中の翼」は終了いたします。長らくご愛読頂きありがとうございます。
勇と咲の再会と別れ、勇を取り巻く諸問題、ハイドリヒの野望など、まだまだ書き足りないことはありますが、これにてこの章は完結させていただきます。私なりにストライクウィッチーズの世界観を解釈して、いろいろ理由を付けてみました。もっと501を出したかったのですが、その点は申し訳ありません。そして、次の章からは新しい完全オリジナルの話となる予定です。どうかそちらもご期待ください!
ではまた!