さて、今回の話で遂に勇くんの満願成就となるのか!というお話ですので、どうぞご覧ください!
アルプスの山が崩落し、辺りは騒然となった。特にその光景を上空から見ていた501の隊員は立ち込める煙が収まるまで二次災害の危険性から近づくこともできなかった。
「ミーナ!この煙じゃ視界は取れない!ユニットが不具合を起こす前にここは退こう!」
「ダメよ!早くユウを探し出して連れ帰らないと!」
バルクホルンがミーナを引き留め、撤退を申し出るもミーナは最後の希望を込めて自分の魔法力である空間把握を駆使して勇を探索する。しかし、瓦礫の中までは電波は通じず、その希望も潰える。
「サーニャさん!あなたも手伝って!」
「はいっ!」
サーニャと一緒に反応を探るが、それでも微かな反応は地表にほうほうの体で這い上がる数名の人間だけだった。煙が落ち着いてきた時、見知った顔が姿を現す。その少女は小野里だった。
「ゲホッゲホッ・・・た、助かった・・・」
「小野里少尉?!大丈夫?!」
「私は何とか・・・はっ?!ヴィットマン少佐?ヴィットマン少佐は?!」
小野里はズキリと痛む頭を押さえて土砂に巻き込まれる寸前のことを思い出す。戦車に乗り込み、ネウロイに向けて魔法弾を撃ち込みつつ勇に追いつこうと足掻いていた時、土砂に巻き込まれたのだ。しかし、巻き込まれる瞬間まで砲手に着いていた自分だけが放り出されることの不可思議に背筋が寒くなる。急いで自分が出てきたところを掘り返す。
「小野里少尉、何を探している?」
「ヴィットマン少佐です!」
「そいつはアインザッツ・グルッペンの兵士だろ?お前の敵じゃないか!」
「彼は、彼は違うんです!私たちに力を貸してくれた、私の、大切な人なんです!」
必死に岩をどかすも、戦車の欠片すら見当たらず徐々に焦燥感は募っていく。自分に夢を語ってくれ、自分を夢だと定義してくれた人物はきっとこの瓦礫の下にいると信じて、自分の手から血が滴ることも厭わず撤去する。その様子を見て501のウィッチも探索に協力する。その最中、宮藤が声を上げる。
「小野里さん!ここに戦車の砲塔が!」
「今行きますっ!」
宮藤に言われた場所には確かに戦車の、ティーガー戦車の砲身が見えており、小野里は必死に掘り返す。ようやく砲塔のハッチが見えて来たため、魔法力を込めて歪んだハッチをこじ開ける。その中には、静寂が横たわっていた。
「ヴィットマン少佐・・・ヴィットマン少佐!!」
血気盛んな戦闘狂であり、戦車をこよなく愛する戦車バカは生前の騒がしをどこかに置いてきたかのように静かに目を閉じていた。あまりにも残酷な再開に、小野里は固まってしまった。宮藤がストライカーを脱いで近づいて来る。小野里の隣に腰を下ろすと、ヴィットマンの脈を測る。
「脈が・・・ありません」
「そんな・・・まだこんなに温かいのに!」
互いに医療に覚えのある者だからこそ分かってしまう。宮藤は人間の死を、小野里は親愛の人を目の前で死亡と判定するに至る。しかし、回復魔法の使い手である二人がここに居るという奇跡を小野里は手にしていた。何としても救いたいという気持ちが自分の本来の魔法力を開花させる。
「宮藤さん・・・少し手をお借りしても?」
「何をするんですか?」
「・・・私が直接心臓を動かします」
「え・・・」
小野里の決断はあまりにも荒唐無稽で、医療道具が整わないこの劣悪な環境で施術することなど前代未聞のことだった。しかし、それでも宮藤は小野里の決意に力を貸すことにする。
「何をすればいいですか?」
「私が彼の胸を開きます。宮藤さんは回復魔法を常にかけ続けてください」
「分かりました」
二人の回復魔法の熟達者が二人がかりでの大手術を行うことに他の隊員たちも驚いていたが、不思議と何とかなる気がしてならなかった。小野里は自分の手が汚れていることに気づくと、自分の手に魔法力で膜を形成させる。そのまま手をメス代わりに魔法力を緻密に纏わせると、迷いなくヴィットマンの胸を開く。宮藤は目の前で行われる高等医療を間近で見る機会を興奮と共に見守っていた。
「お願い・・・間に合って!」
小野里は切開した胸部から手探りで心臓を探し出す。その行為で多量の出血が伴うが、宮藤の適切なサポートのおかげでなんとか人体に必要な血液量を確保する。
「あった!あとは心臓を復活させる!」
小野里は固有魔法である部分治癒を用い、心臓の破壊箇所を調べる。その間も小野里は心臓をもみ続け、血液を押し出す。小野里は既に玉粒ほどの汗をかくほど集中していたが、宮藤はそんなだれかを必死に助けようとする小野里という人物をどこか似ているなと、場違いにも感じていた。
「修復・・・完了。宮藤さん、回復魔法で切開部分を治癒してもらえますか?」
「わ、分かりました!」
新造を修復し終えた小野里はぐったりしており、憔悴していることは明らかだったがそれでも彼女の目はまだ諦めてはいなかった。宮藤が切開した場所を急いで塞ぐと、今度は小野里による人工呼吸が始まる。すでに疲労からか青白くなり始めた小野里の顔を見て、宮藤も力が湧いてくる。宮藤は辺り一面を覆うほどの魔法力を発揮するとヴィットマンの回復を手伝うべく全力を尽くす。しかし、それでもヴィットマンは一向に目を覚まさなかった。
「どうして・・・こんなにも小野里さんはがんばっているのに!」
宮藤は健気な小野里の姿に涙が溢れて来た。そして、遂に魔法力を使い果たした小野里の手が止まる。宮藤を含め、その場にいた誰もが奇跡は起こらなかったと悲嘆にくれる。絶望と疲労の狭間にいる小野里はふらつく。この戦いに参加した結果が、何も得られるどころか、全てを失うことになることに宮藤が愚痴を零す。
「勇さんは本当にこんなことを望んだの?」
小野里は手放しかけた意識で、宮藤の言葉を脳内で反芻する。勇に全てを賭けて飛び出してきた、これまでの人生を不意にした瞬間、これから自分に生きていく力はないだろうと、このまま眠り続けたいと願った。自分は一人で生きて来たつもりだったが、やはり人間とは誰かがいないと生きていけないという、高い授業料の果ての教訓はあまりにも小野里には酷だった。しかし、その時だった。小野里の擦れ行く意識の中である映像が浮かび上がる。それはいつの日かの記憶だった。
『小野里!起きろっ!寝ちゃだめだ!』
マジノ要塞での戦闘において、小野里は四方からの攻撃に晒され心肺停止の状態に陥った。あの時の微かな記憶がなぜあるのか、それは勇の魔法力によるものだと推測できた。かつて小野里は勇に拷問を行った際に、勇に触れたことで勇の奥底に眠る記憶の一端を垣間見たことがあった。このことからも勇の魔法力を流し込まれると、何らかの影響が齎されることが分かっているのだが、問題は小野里が蘇生した事象にあった。小野里は当時の瞬間を思い出すと、閃いたとばかりに501のある隊員を呼び出す。
「ペリーヌ・クロステルマン中尉!」
「は、はいっ?!なんですの?」
「あなたの力をお借りしたい!」
「え?」
突然のことに戸惑うペリーヌを差し置いて、小野里はペリーヌの手を引きヴィットマンの目の前に座らせる。その様子に宮藤も目を見開いて驚くが、小野里は懇願するように一刻も早くヴィットマンを蘇生させることを優先させる。
「クロステルマン中尉!彼に、固有魔法を!」
「えっ!?これは敵に放つもので、人に向けるものでは・・・」
「いいから早く!」
ペリーヌは小野里の気迫に気圧されるように、自身の魔法力を発現させる。青白い放電現象を可能な限り弱めて人体に用いることを懸念した上で放出する。
「トネール」
放たれた電撃系の魔法は、ヴィットマンの身体を駆け巡り身体を跳ねさせる。その光景に魔法を放った本人ですら驚く中、その後の経過を全員が厳かに観察する。そして、その効果は数秒の後に発揮されることになる。
「ゴホッゴホッ!」
「そんなまさか・・・」
「やりました・・・本当に助かった!」
あまりの光景を目にした時、人間は特に大きな反応を起こすことは出来ないと言うが、まさにそれに相応しい光景に皆息を飲んで寿ぐ。宮藤はペリーヌの貢献に抱き着きながら喜び、逆にペリーヌは何が起こったか分からず困惑しつつも、蘇生の成功に涙を浮かべていた。そして、小野里は優しく静かにヴィットマンに歩み寄る。少しの時間とは言え、酸素が供給されなかった身体と言うのは非常に危険な状態である。そのことを踏まえて、蘇生したばかりのヴィットマンの顔を覗き込む。
「ヴィットマン少佐?」
「・・・はあ、だれか俺になんかしたか?!戦車で撃たれたのか?!」
無事なことが確認できるほど戦車バカの様子に小野里はクスリと笑ってしまう。そして、その微笑みは次第に涙へと変換されていく様子に、周囲はアインザッツ・グルッペンの兵士と言う認識を改め、当の本人であるヴィットマンは何のことか分からず困惑しているが、小野里の様子を見て自分の置かれている状況を瞬時に理解する。
「小野里少尉、いや、正子・・・すまなかった」
「・・・本当に、バカな人です!」
「心配させてしまったな」
「二度も私を戦車から放り出しましたねっ!」
「あれは緊急事態だったからだな・・・はっ・・・」
相変わらず話しが食い違うヴィットマンに呆れた小野里だったが、その馬鹿さがどうしても嫌いになり切れず涙を浮かべながら吹き出してしまう。その光景を間近で見てしまったヴィットマンは、再び体中に電撃が走ったような感覚に襲われる。小野里は優秀な軍人である前に、顔立ちの整った美少女であることを失念していたヴィットマンは女神のような笑顔を前に屈服する。
「どうかしましたか?」
「・・・女神か」
「へ?」
「正子・・・さん。俺と結婚してくれ」
「・・・いいですよ」
「「「ええええ!!!」」」
突然の告白と突然の了承にその場にいる全員が同様の反応を見せる。ヴィットマンらしく、一本気な告白にその場にいる少女ら全員が赤面するも、当の二人は大真面目だった。
「いいとは言いましたが、私はまだ15歳です。結婚にはまだ早いです」
「待つ!正子が結婚できる歳になるまで待とう!」
「ちょっと待って!小野里少尉!あなたはこの人の素性を知らないわ!それに年の差だって・・・」
ミーナが話を進めようとする二人の間に割って入ると、小野里は何事もなかったかのようにヴィットマンの素性を諳んじる。
「1914年バイエルン州オーバーファルツのフォーゲルタールの農家生まれ。現在32歳、元アインザッツ・グルッペンの戦車大隊の副長を務め、心優しき戦車バカで、私に撃破されたおバカさんです」
「そ、そう・・・そういえば小野里少尉は情報部出身でしたね・・・」
がっくりと項垂れて引き下がるミーナをバルクホルンが優しく慰める。そんな傷のなめ合いが起こる中、宮藤がふと思い立ったように呟く。
「勇さんはどうしたんでしょう」
宮藤のそんな心細い声に小野里が顔を上げる。真剣な顔に一時の雰囲気はがらりと変わる。ヴィットマンとの語らいは終わりだと、小野里は決然とこれまでの経緯について語る。
「勇中佐は、この戦いが始まる前に私たちを集めてこう言いました」
『これから俺は一切の攻撃をしない。それは降伏をするわけではなく、力を蓄えるためだ。先日のフランクフルト攻防戦で俺の魔法力は枯渇した。そして、アイヒマンらに対抗するには秘策が必要だ。そのために最後の力を残しておかなければならない』
小野里は勇の言ったことを鮮明に記憶していた。そして、その言葉が嘘であったことも、アイヒマンの乗る白鯨を見たこともない機動の攻撃は明らかに普段の魔法力量では扱えないし、あんな攻撃ができることも知らなかったことを考えれば、勇のついた嘘だと言うことが明らかとなる。では、なぜ勇は嘘をつくなんてことをしたのか。それを小野里は話し出す。
「私は、勇中佐に『平和への近道を走らせてやる』と言われました。この言葉はまさに正しく、私にとってはそうではあり得ませんが、平和へ王手をかけました」
「平和への王手・・・」
「そう、彼はこの世のすべての要求を飲むつもりです」
小野里の説明を聞き、ある者は他の者の反応を伺い、ある者は考え、ある者は辿り着く。その後者はミーナだった。
「まさかっ!?ユウが本物のネウロイになるって言うの?!」
「・・・おそらく」
ミーナの言葉にその場にいる全員が答えに辿り着いた者の顔を凝視する。あまりにも荒唐無稽な話に口をもごもごとしか動かせず、言葉が纏まらないようだった。そんな様子を見て、小野里は掻い摘んで解説をしてくれる。
「勇中佐はベルリンにいた、彼の姉の咲さんの影響でネウロイ化を始めました」
「優雨作さんのお姉さん・・・」
「そうです、徐々にネウロイ化が拡大してきた勇中佐は悟ったのです。自分が追われている理由と、最も早いその終結の方法を・・・」
「自分がネウロイになることで、アインザッツ・グルッペンの目論見を覆し、世界の敵として葬られること・・・まったく、今も変わらず独善的な思考ね・・・」
小野里の言葉を継ぎ、ミーナが勇の答えを導き出す。これまでを振り返れば、勇は足掻き、苦しみながらも501と協力して目標を成し遂げて来た。また、これまでの勇の人生としてはあまりにもウィッチと関わり過ぎていた。知らないだけで至る所の統合戦闘航空団も関りがあり、それまでに築いてきた関係性が、ウィッチの存在に県議が掛けられる遠因になってしまっていたのだ。501としても二人三脚とまで言ってしまえば、世間体が悪い。そこでミーナは気づいてしまう。
「もしかして、ユウは私がユウを撃つことも織り込んでいた・・・?」
ミーナは小野里を見る。すると、小野里も同じ結論に達したのだろう、沈黙を貫く。正解を導き、勇に踊らされていたと分かったことで緊張の糸が切れてしまう。その場で膝が崩れ、地面に手をつく。宮藤がすかさずミーナを気遣うが、全てが繋がっていく度に自分の行いを教師の立場から評価され、勝手に採用されているようで妙な気持ち悪さがあった。その元凶はやはり勇だったのだと、自分は勇に利用されたのだと、そう考えると吐き気と共に心の奥底から湧き上がる悔しさが込み上げてきた。
「ミーナ中佐、その気持ち、私も良く分かります。私もあなたの仲間です。私も・・・本当に悔しい!!!」
小野里はミーナの涙に共鳴して涙を流す。これほど悔しいと感じる感情は悔しいとはまた別の分類になると考えられるほど、国土を踏みにじられた時よりも、人にばかにされた時よりも別の悔しさがあった。ワイルドカードだと思っていた手札が、まさか自分から歩き出し、持ち主を手札にするかのような番狂わせに全員が騙され、そしてそれに気づくことができるのは、世界でもほんの一握りなのである。その事実は遅効性の毒である、とミーナは絶望する。
「まんまと世界を騙したわね・・・ハイドリヒ長官」
ミーナの言葉にバルクホルンが黙ってはいない。飛びつくようにミーナに本質を聞き出そうとする。しかし、ミーナの言葉はどこまでも的確に『彼ら』狙いを捉えていた。
「どうしてそこであいつの名前が出るんだ!あいつは当の昔に死んだじゃないか!」
「忘れたの?ハイドリヒの狙いは『世界を変えること』なのよ?」
「違う!あいつは自分が神になりたいとほざいた大罪人だ!世界を変えるのも、己が理想の世界を、自分の都合のいい世界を作りたかっただけなんだぞ?!」
「いいえ、彼の狙いは世界を正しく守ること、よ。アイヒマンはさておき、ハイドリヒはその目標をユウに・・・赤松勇中佐に託したの・・・いいえ、彼がそれを背負ってしまった」
ミーナの説明にバルクホルンは絶望する。勇は、バルクホルンが知り得る限りの勇はどこまでも強大で、それでいて仲間想いの家族さながらの仲を築いてきたはずの人物である。そんな人間が諸悪の根源たるハイドリヒの思惑を汲んで行動していると思うだけで寒気が止まらなかった。しかし、これまで多くの人物が勇と関り、勇に注目せざるを得なかった事実がミーナの言葉を肯定してしまうようだった。だからこそバルクホルンは聞かざるを得ない。
「もし・・・もしもだ、ユウがハイドリヒの意思を継いだとしたら、これからどうなる?」
この疑問は、瓦礫と混乱の中でだけ501の隊員の心に静かに染み渡った。そして、その答えは小野里が代表して答える。もはや答えることのできるのは、混乱期を共に駆け抜けた小野里ただ一人である。
「これからどうなるのかではありません、バルクホルン少佐」
「どういうことだ・・・」
「我々がこれからどうするか、なのです」
「私たちにはもうこれ以上どうすることも・・・」
「いいえ、勇中佐は既に任務の最終段階を、ほぼ完遂した状態にあります。あとは勇中佐によって齎された世界の中で、我々がどう生きるかです。故に、彼の最期のメッセージは・・・」
「「『君らの明日は』」」
小野里と答え合わせをするかのように、ミーナの言葉が重なる。だれもが勇を追いかけ、勇に注目した混沌の世界の中でただ一人違う目線で立つ存在として勇は君臨したのだ。それはさながら神のようでもあり、悪魔のようでもあった。交差する思惑はただの一度も交わることはなく、ねじれを醸し出したことで勇の目標は達成される。世界が変わる瞬間に501の隊員たちは立ち会う栄誉に招待されたのだと、遅まきながらに気づかされる。
「ここにいては旧世代に取り残されます。移動しましょう」
「ここで見ていることは・・・できないのでしょうね」
小野里がこれから起きるであろう世界の変革に巻き込まれる可能性から退避することを提案する。しかし、ミーナはどうしても見てみたかった。いつの日か勇に告白した時の願いでもある、世界が変わるその瞬間を勇と見ていたい気持ちは淡くかつ儚く裏切られる。約束はいつだって必ず守ってもらえるとは限らないことだけを教訓として、ミーナは隊をまとめて退避する。そして、アルプスの崩れた山の中に今もいるであろう存在は、今この瞬間に世界を変える。501らが退避し終わったその時、世界は変わったと歴史に残らない歴史が胎動したのだった。
そして時を遡り、501がヴィットマンを捜索している間、勇とアイヒマンは暗闇の中にいた。
「出せっ!ここから出せ!!」
「全てはお前が望んだことだ」
「俺はこんなことを望んじゃいない!俺の目標は・・・」
「いいや、お前の目標はこれだよ」
勇の言葉にアイヒマンは薄暗い中の勇を目を凝らして見る。その姿はほとんどネウロイ化しており、直接脳内に語りかけていた。そんなネウロイとなった勇の言葉を必死に否定したいアイヒマンは、混乱に脳がついて行けず、勇の言葉に上手く反応ができなかった。または不思議と逆らえない雰囲気に押されていたと言った方が正しいかもしれない。
「俺はお前たちが世界に宣伝した通りの化け物になった。世界の敵としての俺・・・ネウロイにな。ネウロイを最も憎み、ネウロイから最も嫌われているこの俺がネウロイになるなんて、笑い話もいいとこだが、案外ネウロイは心が広いらしい。俺を素直に迎えてくれるらしい」
「ネウロイなら駆除され、排除されるのが仕事だろ!俺の目標の妨げになる者は何であっても排除する!俺はそうしてここまで来た!だからお前もここまでだ!」
精一杯の虚勢も話がかみ合わずに勇の肩を落とす感情が脳内に流れ込んでくる。そんな否定された気分に血が上る。アイヒマンは山崩れの際にも離さなかった小箱を開けようとする。暗がりの中で緊張も重なりぎこちない動作に、自分が今恐怖を感じているという事実に気づく。自分は畏怖されるべき存在であり、他に恐怖する存在がいることはあってはならないのだ。だからこそ勇に嫉妬にも似た憎悪が湧く。
「貴様のような世界に害悪を撒き散らすやつがいるから俺がこうして動かなければならないんだ!他が無能だから俺が自ら指揮を執っている!それなのに!どうしてお前如き人間にもなり損ねた出来損ないの悪が、俺の前に平然と立ちはだかろうと言うのだ!?」
「悲しいだろうがこれが現実だ。人間はいつかは死ぬ。死ぬために存在するといっても過言ではない。それに人の理を創造するなどといった大それたことをするならば、なおのこと人の理を越えなければならないだろう。お前にはその覚悟があったのか?」
「黙れ黙れ黙れ!!!」
勇の無機質ながらも全ての感情を含ませたような説教は、アイヒマンの神経を逆なでする。自分の手にある物は世界を破滅に追い込むことも可能な爆弾、原子爆弾である。未だ日の目を見たことはないが、これを世界の面前で咲き誇るという栄誉を自分の戴冠式としたかったアイヒマンは、今この場で咲かせようとする。これを使用するときは上空からその景色を眺める計画だっただけに、この場で炸裂させてしまえば自分もただでは済まない。それも織り込み済みで起爆スイッチに指をかける。
「お前の野望こそここで終わらせてやる!この俺が!赤松勇という大悪党を討伐した勇者であり!この世で一番力を手にした男、アドルノ・フォン・アイヒマンだっ!」
勇の焦る様子が目に浮かぶようだったが口早に勇を消し去りたいがために、起爆スイッチを強く押す。カチリと音を発した装置は、アイヒマンの栄光のように輝きを放って煌めいた。それが世界の輝きであるかのように、アイヒマンと勇のいいる空間を照らし出す。これまでの集大成を理想の形で実現できなかったにせよ、アイヒマンという名詞がこの世で覆ることのない歴史の立役者としてそびえ立つことを思えば、アイヒマンは満足だった。しかし、そんな輝きはネウロイ化した勇を強く照らし出す。まるでスポットライトを奪われるかのように光が勇に吸い込まれていくようだった。
「な、なにをしている?!」
「俺の物を返してもらっているだけだ」
「なんだとっ!これは!この光は!この輝きは俺の・・・俺だけのものだ!お前なんかに!!」
「かつて、この光と共に俺の中に消えた人がいた」
光を集めながら語り掛ける勇の姿はまるでアイヒマンを介在させなかった。数多ある虚数空間に誘われるように、勇の思い描く世界に座らされる童のごとく聞かなければならばならない、そんな気がアイヒマンを包んでいた。
「その人は誰からも見えなくなり、忘れ去られてしまう存在だった。そんなちっぽけな存在は端から見れば一つの点に過ぎない。しかし、それは点と点を繋げ線となる。その線はいくつも重なり、面となった。その面はいつの日か俺の目の前に突然現れ、壁として立ちはだかる。しかし、その壁はそれまでのたくさんの忘れられた記憶から蓄積され、立体となっていた。そして、その空間を俺と共有したことにより彼女はようやく解放されたんだ」
勇の脳内の記憶には数々の戦いの光景が映し出され、映画館のように臨場感のある光景が感情を運んでくる。今どんな気持ちを抱き、どんなことがい起きたのか、今まで考えたこともなかった人の気持ちがありありと溢れると言う不思議な感覚にアイヒマンは歴史の駒としての存在を強烈に叩きこまれる。それでも勇の映像は止まらなかった。
「解放された彼女は概念としての存在として、入れ物を求めた。共通点のある存在を、近しい誰かに寄り添う形で俺と繋げることを選択した。俺は人間とその概念の狭間をうっかり見てしまった間抜けなのかもしれないが、それを見てしまったからには動かざるを得ない。だれもが走り出したくなる衝動に駆られて、俺は自分を覆う殻を自ら脱ぐことができたんだ」
勇の語りはネウロイとなった勇の姉である咲を映し出しながら、その姉の意思が勇に乗り移るかのように一体となっていた。原爆と共に消えた彼女は勇を模倣したために勇となろうとしてしまったのだった。つまり、原爆は勇の中で息づいており、勇自身が原爆と言っても差し支えの無い事実に、アイヒマンは笑いを抑えきれなくなる。
「あはは・・・アッハッハッハ!!!貴様が、貴様自身が原爆だったとは!それは世界からも恐れられるわけだ!俺と同等の存在と言うのも頷ける!どうだ?俺と共に世界を掴んでみないか?」
アイヒマンは原爆の有無が自分のこれからの人生を左右することを嫌と言うほど理解していた。それが目の前に完全な形として存在しているのだ。もはやアイヒマンには勇が道具としてしか見えていなかった。しかし、勇は明確な否定を示す。
「俺はそんな大層なものは望んじゃいない。俺はただ、ここに、この世界にいたんだという、証がほしい・・・いや、欲しかっただけなのさ」
「証ならいくらでも残せるぞ!俺と一緒ならな!」
「お前と?」
「ああ!俺以上に適任はいないぞ!貴様と原爆を用いれば、世界を統一し、その統一された世界で英雄として覇者になれる!人類史上初めての共同体としての世界の上に俺たちは立つに相応しい、そうは思わないか?」
アイヒマンはビジネスのように相手を追い詰める。恐ろしいと思えた存在はただの怯えた少年であり、世界から孤立した存在である。それを救う体を装い、世界を作り替え、最後には勇も始末すれば完全無欠の自分だけの世界が手に入るのだ。形勢逆転の機会が訪れたこの好機を逃すわけにはいかなかった。
「これまでは敵同士だったかもしれないが、お互いの目標は繋がっている!俺は世界を変えたい、お前は世界から抜け出したい。お前が抜けた世界にはその穴が必要だ。俺ならその穴を埋められる。お前と言う献身的な改革者を世界では英雄と呼ぶだろう。俺はその上で唯一無二の不変の平和を担おう。それがお前と俺の無しうる最高の変革じゃないか?」
自身の持ちうる最高の弁舌を奮い、勇と言う歪な器を優越感で満たしてやる。これまでもこうしてへりくだる輩を始末してきた身としては最高のシチュエーションだった。あとは餌にかかる魚を待つように、舌なめずりをする。食いつくまで後寸でと言うところで、その魚は餌を吟味する。
「世界は俺を覚えてくれるだろうか?」
「もちろんだとも!この俺だけは約束しよう!」
「そうか・・・そうなら」
完全に餌に食いついたと内心両手を上げた瞬間だった。原爆は光を失い、みるみる内にその活動を停止させる。一体何が起きているのか分からなかったが、脳内でクツクツと嗤う声が響いてきた。その声は無機質でありながら、自信に満ちた嘲りだった。
「お前では役不足ということだ」
「な、なんだとっ!?」
「ハイドリヒの腹心だというから期待していたが、残念だ」
勇の言葉で自分のこれまでの工作が全て勇の手のひらで踊らされていたと知り憤慨の表情を隠そうともしない。さらにその表情を見て勇の感情が高ぶっていることも伝わり、脳内は沸騰寸前だった。
「貴様が・・・貴様と言う存在が大嫌いだっ!!!」
「当たり前だ。俺はこの世の全てと縁を切ったんだぞ?今更嫌われたところで俺は止まらない」
「死ね!お前だけで十分だ!俺には!俺にはまだやることが・・・!」
「アイヒマン中佐、ようこそ、終末の世界へ・・・」
アイヒマンの悲痛な叫びも無視して、勇の中に蓄積された青白い輝きは大きく膨らみだす。やがてその目映いばかりの光は勇とアイヒマンを包み込む。灼熱の熱量が岩をも溶かし、浄化していく。世界に残る小さな小さな染みを洗い流す様に、アルプスの崩れた岩の中で静かに猛烈な熱量を発散させて消える。そして、勇と言う存在が世界から消えた瞬間、世界に確定した事実が飛び交う。
『世界は平和になった』
いかがでしたでしょうか。おそらく次かその次あたりで完結になるかと思いますので、あともう少しだけお付き合いいただけますと幸いです!
今回の話では、小野里が頑張りましたよ!勇くんと関わったウィッチの存在が今後世界でどう繋がっていくのかは期待していただくとして、勇くんがついに自分の意思を尊重して行動しました。そのことは誉めてあげて下さい。しかし、人間とは我儘なもので双方向から見てこそ物事の真実が分かるようです。しかし、分かった所でどうしようもないことなんてたくさんあるわけで・・・まあ、勇くんの我儘も気に入らない、けしからん!と思う人もいるわけです。ここまで人間味を抑えて勇くんを表現してきましたが、私の至らぬ筆で粘着質な変態にジョブチェンジしてしまったかもしれません。そこはお詫び申し上げます。
さて、次回からは勇くんがいなくなった世界から物語を書いていきます。もう少しですのでしばしお待ちください!ではまた!