ストライクウィッチーズ 君の明日は   作:桜子道 晴幸

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皆さま大変お待たせして申し訳ございません。ようやくの投稿です!

今回の話からは戦後の話をメインに進んで行きます。戦後の彼女らの姿を創造しながらご覧いただければと思います。ではどうぞ!


不滅の翼 第十二話

勇という存在が消えてから数週間、あれから忽然とネウロイの攻撃は止み、世界は混乱に包まれた。突如として全戦線でネウロイが戦闘行動を停止し、連合軍はその意図を測りかねつつもカールスラント全域を掌握。同時に全世界でネウロイの停止した姿を確認しながら避難民が祖国の地を踏みしめる。不思議な出来事に一様に困惑しつつも、人類は遂に平和を享受したのだと、朧げな疑惑と共に噛みしめる。この世界を巻き込んだネウロイと人類の世界大戦は急速な終焉を見せたのだった。未だに活動を停止したネウロイに恐怖を覚える者も多いが、平民の多くは戦争が終わったことを寿ぎ、軍官双方は頭を悩ませつつ、戦争復興のための事業に取り組み始める。穏健派曰く、祖国再建に向けた新たな世界共同体を模索し、強硬派はネウロイ活動再開時に向けた戦略計画の立案に全力を向けている。そんな急激な時代の胎動の中、歴史を見つめる者が出始める。そんな人物の多くは軍人であり、この戦争に多大な貢献を遂げたウィッチの存在があった。とある会議室でそのウィッチは、上官に意見具申所を提出していた。

 

 

 

 

 

 

「ミーナ中佐、これは一体?」

「見ての通り、統合戦闘航空団の解体申請書です」

「なぜ今これを?」

 

 

 

 

 

ミーナの意見書を怪訝な目線で空かして見る上官を前に屹立として立ちはだかるミーナはゆっくりと意図を説明する。

 

 

 

 

 

 

「ネウロイとの戦争は終結いたしました。これをもってウィッチによる統合戦闘航空団の存在意義は終了したように思えます。これからは各国で復興支援要員としての活用を提案いたします」

「しかし、いつネウロイが再び動き出すか分からんご時世だ。すぐに解体するのは時期尚早だと思うが?」

「いいえ、ウィッチはこれまでよく世界に尽くしてきました。空で、地上で、砂漠で、泥濘で・・・ネウロイと第一線で戦ったからこそ確信するものがあります。それは平和です。確固たる平和です。これから世界には新しい時代が拓くのです。我々ウィッチはその礎となりたい、そう思えてならないのです」

 

 

 

 

 

 

静かな会議室にはミーナの提案が染み渡る。まるで確定事項であるかのような物言いに上官は腕組をして背もたれにもたれ掛かる。指で机をトントンと叩き、暫しの時間を要することを暗喩する。そして、その豊富な時間を消費した上官は最終判断を下す。

 

 

 

 

 

 

「ウィッチ総監のガランド少将の判断は?」

「概ね私の意見に賛同頂けました。同時に私にはウィッチの統括運用の指揮官としての推薦も戴きました。ご覧になりますか?」

「いいや、彼女が言うなら疑うまい・・・それにしても、ミーナ中佐」

「なんでしょうか」

「貴官はちと鼻が利きすぎる。これからはもう心配はなかろうが、一応留意しておくように」

「・・・過分なご配慮痛み入ります」

 

 

 

 

 

 

ミーナは上官に一礼すると会議室を後にする。言葉の意味を十分すぎるほど理解しているミーナは、光の差す静かな廊下を自分の靴音を響かせて歩く。爽やかな日差しは心を洗い、空気はまどろみを生み出している。窓の外では行き交う兵士が酒瓶片手に軍用車に乗り込むところだった。ミーナの情報網では、近々連合軍が正式にネウロイとの完全終戦を発表するとのことだった。そんな時代の流れを横目で眺めるミーナは窓に反射する自分の顔を見て、一言呟いてしまう。

 

 

 

 

 

 

「すべては日常によって置換されていく・・・よね」

 

 

 

 

 

 

 

誰もが望んだ平和を享受したのだと、つくづく分からされる陽気に反してミーナの心は陰っていた。心に残る棘は平和を肯定させる度に毒を生み出す。その毒も平和な日常によって置換されていくのだと思うと、ミーナ自身の表情の暗さを深めてしまう。誰もが「本当に戦争は終わったのか」と疑問に思う中、ミーナを含めた一部のウィッチは自信をもって「そうだ」と肯定できるほどには信頼できるものなのだ。しかし、その背景にあることにほとんどの者は気づかない。確固たる平和を構築した人物の存在を知ることもなく、ひっそりと世界平和を成し遂げたのは噴飯ものながら最大の敵であるネウロイなのだ。世界はこの事実を知るべきではないし、知らせる必要もない。知ってしまえば、そう考えるとミーナは再び世界を恐怖の渦に巻き込んだ敵側に回ってしまうのだ。だが、ミーナは人の心を持っている。だからこそ、先ほどの自分の言葉に疑問を呈さざるを得ない。

 

 

 

 

 

 

 

「明日がある、それが日常・・・じゃあ、あなたの明日は?」

 

 

 

 

 

 

その一言は麗らかな日差しに溶けて消え、この言葉を蒸し返す人間をも、悠久の時間、それも憎たらしいほど欲した時間という概念によって馴染ませる。時は1947年、全世界においてネウロイとの完全な終戦宣言が発表された。全世界で平和を盛大に寿ぎ、世界は再び結束を唱える。友好的な助け合い精神により、戦災に遭った国への復興支援が行われ、その返礼として民間の交流は活発化する。誰もが争いなどを避け、平和を作り上げるために遮二無二なって動いていく。その一環として、ウィッチによる慰霊訪問や、慈善活動などが行われ、ウィッチは平和の象徴としての活動域を広げていく。その責任者には馴染みのある人物は就任していた。その人物とはミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ大佐。彼女は自ら戦闘航空団の地位を降り、その枠組みを急速に転換させた立役者として政治の世界にも顔を持つ存在となった。彼女は常々こう口にしている。

 

 

 

 

 

 

「だれしも役割があり、その役割は姿形を変えても本質は変わることはありません。ただ、目に見えて変化した理由を見ようとしなければその役割を理解することは出来ません。願わくば理解する努力だけは終わらせないでいただきたいのです。あなたが見ていないどこかでは、誰かがその礎を担っていると言う潜在的合理性を私たちは普通と言うのですから」

 

 

 

 

 

 

そして、元501の面々も世界の方々で活躍を開始していた。初めに元501副司令のゲルトルート・バルクホルン中佐(終戦特進)は、終戦とともに軍を除隊。妹のクリスの回復を機に、カールスラント復興省に名誉軍人として入省。その堅実な性格と愛国精神により瞬く間にカールスラントの一地域ではあるが、復興が進み、その地域は「奇跡の街」として彼女の名を冠する道ができたほどであった。そんな彼女にも口癖があった。

 

 

 

 

 

 

「忠実に勤勉に実直に、家族を仲間を友人を大切にすること。周りに急ぐ者がいれば、急ぐ者以上に急ぐことだ。聞きたいことがいつも聞くことができるとは限らないのだから」

 

 

 

 

 

 

元501統合戦闘航空団であり、バルクホルン中佐と肩を並べて世界最多の撃墜数を誇るエーリカ・ハルトマン大尉は、戦後復興したカールスラント空軍に入隊。軍を去った旧友のバルクホルンの後を継いで部隊を率いた。しかし、官僚主義的な軍構造に度々抵抗的な態度を示したため、ウィッチの寿命である20歳を機に除隊、最終階級は少佐となった。その後、家族の仕事である医者を志し、猛勉強に励んでいるとのことである。そして、彼女は軍を去るとき、部下にこのように語ったとされる。

 

 

 

 

 

「私は世界最多の撃墜王なんかじゃないよ。世界にはもっとすごい人がいて、私はその人の崇高な行動を見てその後を追っただけに過ぎない。ただ、その人の行動は残念ながら私には背負うことのできないほど、背中で語ることのできたすごいことだったんだ。私は今もその背中を探している」

 

 

 

 

 

 

数々の伝説を残したと言う点では、この人物も語らねばならない。スオムス空軍所属の無傷のエースこと、エイラ・イルマタル・ユーティライネン大尉である。戦後、スオムスに帰還した彼女は数々の後人ウィッチの育成に当たり、その不思議な魅力で多くの優秀な人材を育成し、その功績も相まって特級昇進措置として若くして中佐に上り詰めた。また、元501で親友と仰ぐサーニャ・リトヴャク少佐の両親の捜索に尽力し、後年もその関係は続いていると言う。その彼女はスオムスで取材されたときは、決まって記者の質問に応えないことで有名だったが、そんな彼女が珍しくきちんと応対したものがある。それはサーニャ少佐が両親と邂逅した時にされた質問の時であった。

 

 

 

 

 

『今、こうして親友の喜びの邂逅に立ち会えたことですが、今あなたがもう一度会うことができるのならだれを思い浮かべますか?』

「501の仲間だナ」

『仲間と言いますと、501で活躍されたどの方でしょうか?』

「一人に絞るのは難しいんだナ・・・でも、叶うのなら今度は勝ちたいんだナ」

 

 

 

 

 

 

 

同様に、サーニャ・リトヴャク少佐はオラーシャ国内で家族と再会。その後、オラーシャ陸軍内でも屈指の評判と名高い女性解放部隊の部隊長に就任し、最年少で中佐に昇進。今後のオラーシャのウィッチと女性兵士の希望の星の象徴となった。そして、女性だけではなく、その白百合的な美貌に拍車がかかり男性陣からのファンも多く獲得した。軍広報にも引っ張りだこな彼女に対し、理想の男性像を聞かれたとき、彼女の回答にすべての男性ファンが頭を抱えた。

 

 

 

 

 

 

「孤独に暗闇を彷徨う中、優しく照らしてくれるような、幽霊のような人」

 

 

 

 

 

 

そして、ロマーニャからはフランチェスカ・ルッキーニ中尉が501を振り返る。彼女は終戦後、ウィッチとして501で培った部隊思想を取り入れ、部隊長である大尉に昇進。親友のリベリオン陸軍のシャーロット・E・イェーガー少佐とは、その後も交流を持ち慕い続ける間柄である。さらに、マスコミ受けする彼女にはいつも記者が取り巻き、その中で大戦中で最も印象に残った瞬間を尋ねられ、ロマーニャの解放と予測していた記者たちの予想外の反応を示した事例を紹介しよう。尤も、この質問に対する回答は国家レベルで極秘とされている内の検閲を済ませたものである。

 

 

 

 

 

『大戦中最も印象に残った瞬間は?』

「もちろん!×××中佐と××がキスしたのを覗き見した時かな!」

 

 

 

 

 

 

 

ルッキーニ中尉と親友のリベリオン陸軍、後のリベリオン空軍少佐であるシャーロット・E・イェーガーは終戦後本国に帰国すると、すぐに取り掛かったプロジェクトとして最も有名なのが最速への挑戦だろう。ライバルでもあったバルクホルン中佐が乗ったジェットストライカーに対抗すべく、音速を突破すべく取り掛かった彼女は自伝『最速のウィッチ』でこう記している。また、注釈として501隊員のだれかを指し示すであろう主語に誤りが見つかり、後に自伝は一部訂正が施されたが、初版の原文をそのまま掲載する。

 

 

 

 

 

「この世で一番気持ちのいいことはスピードを出すことだ。あのスピードを楽しむことのできるのは501でも私の他に二人だけだった。ただ、その中でも彼だけは速度を火力として活用した唯一の人物だっただろう。我々の知り得る中で速度を純粋な火力に転換したのは後にも先にも彼だけだ。私にスピード違反を取り締まるのなら誰かと問われたら、迷わず彼を推薦する」

 

 

 

 

 

 

また、東洋の列強である扶桑からこちらも名の知れたエースウィッチであり、戦後の出版ブームで大当たりした坂本美緒中佐も紹介しよう。彼女は国を問わずウィッチの育成指導にあたり、その徹底した指導を模倣しようとした軍関係者まで訓練に駆り出したことで有名にもなった。そして、彼女の著作である『大空のサムライ』ではネウロイとの戦闘を生々しくかつ勇猛に詳細に書かれており、その後のウィッチ志願者を増加させるほど影響を及ぼした。その著作の中では、謙虚にも先の大戦中に亡くなった全ての兵士に追悼の一文が残されれている。

 

 

 

 

 

 

「海で陸で空で散った全ての将兵へ、私たちはあなた方のことを決して忘れない。見知らぬ場所で無念にもその勇気を奮って天に返りし兵よ、今あなた方の軍務は終わりました。あなたを待つ場所へ無事な帰途へ着くことを望みます。そして、私の個人的な懺悔として、私の言葉が背中を押してしまった。吐いた言葉は戻らないが、君が創った世界は素晴らしい、素晴らしいが完璧ではない。最後の一欠けらは間違いなく君だろう」

 

 

 

 

 

 

 

ブリタニアから新人ながらも精鋭の501の部隊の中で立派に職務を全うしたリネット・ビショップ少尉は、戦後欧州全土の戦災孤児支援部隊として活躍。民間にてその活動域を広げた彼女は、ガリアで活躍するペリーヌ・クロステルマン少佐と親交を持ち、度々会食に参加するなどブリタニアとガリアの親善ウィッチとしてもその名を響かせた。また、扶桑の宮藤芳佳軍医少尉や服部静夏中尉とも交友があり、手紙などをやり取りする仲だと言う。また、リネット・ビショップ少尉は501部隊配属直後、ブリタニア上空で危険な状況に遭遇しており、その時初めて501隊員の姿を目撃したとされ、生涯その光景を忘れることは出来ないと言う。

 

 

 

 

 

 

「輸送機で敵を発見したとの報告を受けた時、私はなにもできませんでした。その時、私の護衛に就いてくれたのが501の初めて会った仲間でした。絶望的な状況にもかかわらず仲間を信じ、最後には敵を倒した姿を見た時、私はこの部隊で強くなりたいと思えました。正直、あの時あの人は死亡したように思えるんです。私も良く分からないんですが・・・でも、一つ言えることはあの人がいたおかげで今の私があるんだってことです」

 

 

 

 

 

 

リネット・ビショップ少尉と交友を持つガリア共和国のペリーヌ・クロステルマン少佐は、様々な場所でその勇名を轟かせている人物の一人である。その一つに、戦後形骸化していた506統合戦闘航空団の司令となり、各国の思惑を柔軟に対応し、その人格者ぶりから人気はガリア国内に留まらない。また、501時代に築いた関係から各国のウィッチとの連絡手段を多く有しており、今なお世界のウィッチと会談と称した私信をしているらしい。その中の一つを秘密裏に入手することができたため、今回紹介しよう。なお、会話の相手や内容は判断しかねることを先に断っておく。

 

 

 

 

 

 

『お久しぶりです。最近忙しくなってしまい連絡が遅れて申し訳ありません』

「いいえ、それがあなたのお仕事ですもの。それで何か変化はありましたの?」

『はい、上はどうやらカールスラントで戦後復興を兼ねた平和の祭典を行うことに決定したそうです』

「ということは、やはり私たちも踊ることになるのでしょうね」

『私はダンスが下手なので、キッチンで料理人ということになりますね』

「納豆は勘弁して頂きたいですわ。医者が必要になりますもの」

『その時は私ともう一人が処置しますよ?』

「いいえ結構ですわ。では私も私にできることをしますわ」

『ノーブレスオブリージュですね』

「いいえ、高貴もなにもあったものじゃないですもの」

 

 

 

 

 

 

そして、精鋭の501に最後に配属された扶桑海軍の服部静夏特務中尉も紹介しよう。彼女の初陣もまたすさまじく、欧州各地で突発的に発生したネウロイの大奇襲作戦で初陣を飾った。さらに、数々の戦闘で501の面々の技量に圧倒されながらも、最終作戦であるベルリン奪還作戦にてパットン将軍を救出する献身的戦果を上げる。終戦時には他と劣らぬ技量に成長した彼女は、帰国後扶桑へ凱旋を果たす。その時に記者にされた質問では、緊張しつつも戦場の臨場感を語ってくれた。

 

 

 

 

 

「戦闘では最終的には自分の決断が雌雄を決します。例えスピードが秀でていても、火力に優れていても、天才的な戦闘センスがあろうと、最後には本人の決断のみが全てを変えてしまうのです。私はたくさん精鋭の501の諸先輩方のすごくすごい技量を目の当たりにしましたが、中でも群を抜いて秀でているのは各自の確固たる意志だと思います。私は若輩でその足元に縋りつくのがやっとでしたが、私は幸いだったかもと思うことがあります。何も分からずに終わった戦争は、私にとって無垢な平和を運んできのですから。しかし、寂しいことかもしれませんが、人は変わってしまいます。私も今になってあの戦争は何を生み出したのか、それだけが日々私を奮い立たせるのです」

 

 

 

 

 

 

 

最後に紹介するのは、501で数々の伝説を打ち立てた扶桑の若き英雄、宮藤芳佳軍医少尉である。終戦と同時に彼女は本来の欧州留学の任に戻り、ヘルウェティア医学校で学生生活を送った。そんな彼女はウィッチとしての能力だけではなく、本来の医学にも精通しており、戦場から戻った彼女の勉強の遅れをもろともせず、周囲の生徒や教師を驚かせた。彼女曰く、「私が唯一周りの人に負けないと思うのは、誰かを助けたいと思う心じゃないですかね」と話している。また、彼女の豊富な魔法力から導き出される回復魔法は、戦争で受けた傷を兵士の治療にも多大な貢献を果たし、欧州にて赤十字従事勲章を授与された。さらに、扶桑では名誉の従軍医療従事者に送られる名誉看護勲章と三等金鵄勲章乙を授与され、一躍時の人となった。その授与に当たり、インタビューされた際には人当たりの良さから謙虚な姿勢が評価され、映画製作も検討されたほどの人気ぶりだった。そして、彼女は当時の戦争を振り返り、坂本美緒海軍中佐と再会を果たした際にこう語ったとされる。

 

 

 

 

 

 

 

「私は戦争が嫌いです。当時の私はただ漠然とそう思っていました。ただ、今でもやはり戦争は嫌いです。誰が英雄だとか、だれが悪いとか、私はそんな物差しが争いを産むんだと分かりました。あの戦争で私たちは一人の、たった一人の人間としてみんなの平和のために戦いました。ただ、それだけなんです。だから実は私、今のこの平和な世の中が分かりません。ぽっかり空いた穴がまだ塞がらないこの感覚はきっと平和と呼べないんじゃないか、そう考えると私の中に息づく力が少し暖かくなるんです。私は平和な世界になるまで諦めません。きっと、きっと忘却の彼方に葬られた記憶が、私たちの前で実を結ぶまで、私は諦めることはできないでしょう」

 

 

 

 

 

 

 

そして、終戦から6年が経過した頃、世界は徐々に復興を遂げた。その祝福として、戦後初めての平和の祭典であるオリンピックがカールスラントのベルリンにて行われることが決定した。空前の祝福ムードの中、カールスラントと良好な関係を結んできた扶桑の横須賀で、カールスラントとの親善交流が行われていた。来賓として、元カールスラント空軍大佐で、現在はカールスラント防衛省次官であるミーナ・ディートリンデ・ヴィルケが来訪した。それを迎えるのは、かつての仲間で親友の坂本美緒海軍大佐である。港に寄港した船から降り立つミーナを拍手と共に迎える坂本を見て、ミーナはついに扶桑の地に足を付ける。

 

 

 

 

 

 

 

「ミーナ、ようこそ我が扶桑へ。歓迎するぞ」

「ありがとう、美緒。久しぶりね」

「まだ名前で呼んでくれるとは嬉しいぞ。随分と出世してしまったから畏まらなければならないかと恐縮してしまった」

「私は変わっていないわ。それにしても、ようやく扶桑に来ることができたわ」

 

 

 

 

 

 

ミーナの観る景色は穏やかな港に華やかにミーナたちを歓迎する景色だった。喜色満面に咲いた桜の花びらは、色づいた世界を祝福するかのように風流に扶桑を彩っていた。ミーナはそんな景色にしばらく五感を済ませ、匂いや肌を撫でる風を浴びる。暫しの時を坂本は何も言わずに見守り、それに気づいたミーナは坂本に優しく微笑みかける。

 

 

 

 

 

「扶桑・・・とてもいいところね。あれが桜?」

「ああ、ちょうどいいときに来た。満開の桜は壮観だろう?」

「ええ、とても、とても」

「・・・ミーナ?」

「ごめんなさい。久しぶりに風情を感じた気がしたものだから」

「デスクワークばかりなんだろう?扶桑で風呂に入って疲れを癒すといい。本物の風呂をミーナに見せてやろう」

「それは楽しみだわ」

 

 

 

 

 

 

その会話の後は、流れるように扶桑の内閣や皇族への謁見など目白押しの行事をこなす。ようやく日が暮れたころにはミーナが主役となる祝賀会となった。ミーナはこの席で扶桑とカールスラントの親善大使としてスピーチをすることとなっており、それを大勢の賓客が見守る形で食事が始まっていた。立食の形で行われるパーティーは、入れ替わり立ち代わりで人がやってくるためミーナは休みなく挨拶を繰り返していた。しかし、坂本が気を利かせて休憩と称した中断を申し入れ、ミーナは渡りに船とばかりに坂本の後に続く。

 

 

 

 

 

 

「主役は大変だな。座る暇もない」

「気の置けない仲間がいるだけ本国よりもマシなのよ・・・うふふ」

「どうしたミーナ?」

 

 

 

 

 

 

不意に笑い出したミーナを気遣い、坂本はグラスを差し出す。中身はもちろん酒ではないが、明らかにミーナは当時よりも肝の据わった雰囲気が漂っていた。そのことに坂本は無言の称賛を送る。

 

 

 

 

 

 

「やはり変わったな。戦時は非常時とはよく言ったものだ」

「線路は続くよどこまでも・・・景色は変わっても、私のいる場所は変わらない。ずっと席に座って景色を眺めているの。だれかが白黒の景色に色を付けたものを見ていることも知らずにね」

「・・・ミーナ、お前まだ悔やんでいるのか?」

 

 

 

 

 

坂本のその言葉を聞いたミーナは、その表情からスッと明るさが消え失せる。坂本も先の大戦のことにはまだしこりが残っているし、踏ん切りがつかないこともままある。しかし、6年と言う時間は少しずつだが着実に大戦と言う世界混迷の時代すら悠久の彼方へと押しやろうとしていた。だが、目の前にいるミーナは終戦の時から未だに心が帰ってきていないのだ。坂本はミーナを少しでも慰めるべく目線を合わせるように膝を折る。

 

 

 

 

 

 

「ミーナ、私たちはあの時できるだけのことはした。だからこそ、今の私たちがあるんじゃないか。例え継ぎ接ぎだらけの世界だろうと、この世界は私たちが動かさなければユウだって報われないだろう?」

「・・・美緒、あなたは忘れることができるの?」

「忘れること等できるものか。だが、もう戦争は終わったんだ。心の中の戦争だって、誰と争うと言うんだ?」

「つまり、こう言いたいの?『時効だ』、と?」

 

 

 

 

 

 

坂本はこの瞬間のミーナの目つきをよく覚えていた。それはいつの日か、自分に拳銃を向けてきた時の覚悟を決めた目だった。しかし、明らかにあの時と違うとすれば、矛盾を超越していると言う点だった。

 

 

 

 

 

 

「そうは言わないが・・・」

「美緒、私たちは決して繰り返してはいけないの。特に、私は過ちを犯してしまった。それは人間として贖いきれない大罪・・・」

「ミーナ!自分だけを責めるな!それこそ時間が必要なんじゃないか!」

「いいえ、時間だけがいつだって敵だもの。私たちが事実に対して知らん顔することがもう許されることではないの。それを警鐘していたのが皮肉にもハイドリヒだった。この世界にはもう抑えとなる人がいなくなってしまった」

「それならお前や私でも十分に担うことができるはずだ!」

 

 

 

 

 

 

坂本の言葉にもう遅いとばかりに首を振るミーナは、微かに震える手を抑えて涙を浮かべる。その光景を見て坂本は何も言うことができなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

「いいえ・・・いいえ、あの二人は曲がりなりにもこの責任を十全に、いやそれ以上にこなすことができた逸材だった。一人は圧倒的なカリスマ性と知性によって、もう一人は絶対的な力と恐怖によって世界を変えてしまうほどの力を有していた。じゃあ、この世界にはあれほどの人材がいるのかしら?」

「・・・彼らは、戦争が生み出した」

「その通りよ。今の世界のままではやがて平和が蔓延って根腐れが起きてしまいかねない。でも、それを望んだのが今を生きる私たちなの。そして、それを黙認してしまった、一番近くで止めることができたのが私・・・皮肉な話しよね」

 

 

 

 

 

少し疲れたような顔をするミーナに、坂本は手を差し出すことができなかった。月日は6年が経過しており、風化しつつある戦争を、人々は忘れることに努めて久しい。嫌なものには蓋をして来たこの年月を度し難く思って生きた人が目の前にいることを坂本自身ですら見落としていたのだ。坂本はこの親善交流と言う場ですら、忘れていない者にとっては場違いなものだと知り、自分が恥ずかしくなっていた。

 

 

 

 

 

 

「ミーナ・・・すまない」

「謝らないでちょうだい。おかげでこうして扶桑にも来ることができたのだから、全てを否定する気はないわ。それに・・・」

「?」

「最近、夢を見るの」

「夢?」

 

 

 

 

 

ミーナは思い出したかのように窓を見る。夜の影を電気が照らし出し、明るさが夜をなくし始めた外を眺めるミーナの目は強い想いを秘めていた。

 

 

 

 

 

 

「不思議な夢でね、私とユウが喧嘩する時の夢なの。私が初めて彼の怖さに触れた時の夜もこんな感じの月明かりのある夜だったわ。彼とは二度大きな喧嘩をしたわ。どちらも大切なものを守りたくて衝突したわけだけど、その時の彼の目がどうしても忘れられずに夢で私に語り掛けてくるの」

「ユウと喧嘩するなんて、よほどのことだったのだろうな」

「ええ、私はあの時彼に恋をしたんだもの」

「・・・ん?ああ!ええ?!」

 

 

 

 

 

 

ミーナの突然の告白に坂本は狼狽える。坂本はいつの日にかミーナとユウがキスをしている現場を目撃している。その時はそそくさと退散したが、今状況を整理してみるとその状況下で喧嘩していたことが伺え、自分がとんでもない現場に遭遇してしまったことを戦後になって知り、笑いが込み上げてきてしまった。

 

 

 

 

 

 

「まさか、あの時の接吻がか!」

「ええ、本当にあなたはタイミングが悪いのよ」

「それはすまなかった。いやそれにしても戦後になって当時のことを知れるとは、これはまたなんとも」

「まったく、私の恋はいつも大変よ。それにしてもあれはいろんな物を奪っていってしまったわ」

「ああ、まったくだ。そうだ、明日今朝言っていた風呂に行こう!桜並木の傍にある温泉なんだ。きっと満足してもらえるだろう」

「ええ、水に流しでもしないとやってられないものね」

 

 

 

 

 

 

そう言うと二人して立ち上がり、会場に戻る。会場に戻るとすぐにミーナはスピーチの準備のためまた大忙しとなる。しかし、それでも恙なくスピーチを終え、扶桑とカールスラントの親善交流会の一日はようやく終了した。

翌日、ミーナは坂本と約束した通り桜並木を眺められる郊外の温泉に出かける。この日は午後からの行動のため午前中はゆっくりすることができたのだった。湯船につかると、熱い湯が全身を包み込み、身体の内側に溜まった疲労が液化して流れ出るような快感がミーナを包んだ。懐かしい扶桑式の湯船を堪能していると、坂本が背中を流してくれる。

 

 

 

 

 

 

「風流ね」

「この景色と風呂だけでも扶桑に来た甲斐があったというものだろう」

「ええ、そういえばこの温泉の隣は陸軍の飛行場があると聞いたのだけど?」

「ああ、午後にミーナが来訪する陸軍の飛行場だ。今は大分兵力が削減されてきてはいるが、ウィッチもいるんだ」

 

 

 

 

 

 

ウィッチという言葉に少しだけ懐かしさを感じてしまうミーナは、外の景色の隅に映る小さな点に目を向ける。小さいが明らかに人型で、おそらく飛行訓練をしているウィッチに姿があった。人類の脅威であるネウロイは今も活動を完全に停止しており、その数も人類側で適切に管理・監視を継続して、その足元にはいつまた起動しても倒せるように爆薬を設置している。そのような中でウィッチを戦力化しておくのは、未だ戦争の名残なのだろう。ミーナは、午後の業務でそのウィッチに会えることを期待して湯船に肩まで浸かった。

さっぱりして午後からの仕事に取り掛かるべく、ミーナは通常の業務に戻る。先ほど見た陸軍飛行場に見学をするべく足を運ぶこととなった。飛行場には、最新の技術交換により換装されたジェット戦闘機や新型航空機であるヘリコプターがズラリと並んでいる。カールスラントの技術と、扶桑の造船技術のトレードで製造されたジェット戦闘機は世界屈指の実力を誇るのだ。そんな整備された飛行場にカールスラントのお偉いさんであり、元ウィッチのミーナが訪れたとあって基地は隅々に至るまで整備が行き届いていた。

 

 

 

 

 

 

「我が扶桑皇国陸軍第三飛行場にようこそお越しくださいました、ミーナ防衛次官殿。貴国との更なる発展を心よりお慶び申し上げる所存です。私は陸軍准将の黒江綾香です」

「丁寧な歓迎に感謝申し上げます」

 

 

 

 

 

当たり障りのない美辞麗句を並べ、基地の紹介を受ける。最新の戦闘機やヘリコプター、レーダー設備など、様々な紹介を受ける中、ミーナは温泉で見かけたウィッチの姿を探してしまっていた。

 

 

 

 

 

 

「ミーナ次官殿、どうかなされましたか?」

「ああいえ、なんでもありません。ところで、先ほど近くを通りかかった折にウィッチを見かけたのですが・・」

「ああ、ウィッチですか・・・ミーナ次官殿は501でしたね。いいでしょう。ご紹介させて頂きます」

「?」

 

 

 

 

 

黒江の含みのある言い方に、少しの疑問符が浮かんだミーナが案内された場所は訓練場だった。そこに少数ながらウィッチらしき少女たちが忙しなく動いている。

 

 

 

 

 

「現在のウィッチを取り巻く環境はミーナ次官殿が一番お分かりになられていると思いますが、ウィッチの戦時利用は軍縮条約で制限されております。なので、ここにいるのはおおよそ選りすぐられたウィッチが在籍しております」

「素晴らしい人材たちばかりなのでしょうね・・・あれ」

 

 

 

 

 

 

ミーナの目線の先にはウィッチの中で一際目立つ人物だった。ウィッチはほとんど少女たちで構成されている。例外的に勇のような存在がいるが、現在世界で確認されているウィザードと呼ばれる少年ウィッチは確認されていない。しかし、現に目の前にいるウィッチは少年であり、ミーナからすれば目を疑う存在がそこにいた。

 

 

 

 

 

 

「ユウ・・・?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いかがでしたでしょうか。501のそれぞれの道を創造しながら書くのは面白かったです。そして、おそらく次回でこの物語は最後になると思います。もう間もなくで完結となりますので、最後までお付き合いいただければなとおもいます。また、ぜひ感想も戴けると幸いです。


最終話の投稿はおそらくですが、週末くらいには投降したいと思っています。頑張ります。

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