言い訳をさせていただくと、仕事がとても忙しく、脅威の28連勤の後にワクチンで完全ダウンを決め込んでました・・・なので皆さんもくれぐれも健康にはご自愛ください。
では、今回でこの原作ストライクウィッチーズ、「君の明日は」完結の話となります。最後の話をどうぞご堪能下さい!
ミーナの目の前にはウィザード、さらに言えば勇の姿があった。ミーナは記憶の欠片に誘われれるかのように手を伸ばしてしまう。
「ユウ・・・?」
「ミーナ次官殿、彼は穴吹訓練生です。お控えください」
「え?」
ミーナの目線の先には確かに勇の面影が立っていた。しかし、よく見ると明らかに当時の勇よりも小さく、あどけなかった。さらに、苗字も勇の赤松ではなく穴吹だった。ミーナの困惑した表情を察してか、黒江は彼の紹介をする。
「彼は私のウィッチ時代の友人の子でして、片親ではありますが私の知り合いとよく似ているのです」
「その方を紹介していただけませんか!?」
「ミーナ次官殿、あいにくですが個人的な面会はお控えください。一応ではありますが、彼も厄介な立場にあるのです」
「厄介?」
ミーナの疑問も尤もだと、黒江はどこか疲れたように周りの人間を人払いすると、個室にミーナを案内する。黒江はコーヒーをミーナの分も用意すると、憂鬱な目線を隠す様に話を切り出す。
「彼の名は穴吹未来、母親は穴吹智子です。彼女は父親を公言しませんでした。しかし、あの顔を見れば誰が父親かミーナ次官殿ならお分かりになるでしょう?」
「まさか・・・ユウ、いえ、赤松勇なの?!」
「おそらく・・・智子は私の友人です。その智子は私にも真実は教えてくれませんでした。彼女は『約束したから』の一点張りで、誰と何を約束したのか誰にも知る由もないのですが、彼女は母として彼を育ててきました」
黒江の話にミーナは身体が硬直していた。まさか、勇の子どもがこの世にいるなんて考えらず、勇の子どもが存在すること自体にどこか勇の存在があるのではないかと追憶の欠片を見出してしまいそうになる。あどけなさを残した勇の顔をした小さなウィッチは、確かに記憶の勇と瓜二つと言っても過言ではないほど勇に似ていた。そわそわと落ち着きのないミーナを嗜めるように黒江は妥協案を提示する。
「ミーナ次官殿、普通は一介の訓練生と対面するなんて言うことは公にできないので、あくまで、あくまでカールスラント防衛省次官としての役職の上でお話頂ければ・・・」
「お、お願いいたします」
「では・・・」
黒江は重い腰を上げると、部屋の外の人を呼び勇の息子を呼ぶように指示を出す。その少しの待ち時間ですらミーナの脳内を引っ掻き回し落ち着かない。部屋の外から聞こえる靴音が、ミーナの過去の記憶を呼び起こす。あまりにもたくさんのことが起きた。あまりにもたくさん関わってしまった。その記憶が今のミーナを形作っているのなら、勇の息子とは会うべきだと確信していた。そして、彼は緊張した面持ちで室内に入る。
「穴吹未来訓練生入ります!」
「おほん・・・入りなさい」
ミーナは穴吹未来と名乗る、若きウィッチをまじまじと見る。やはり顔は勇とそっくりだが、若干目元が最初に勇とあった時のようなきれいな目をしており、さらに言えば勇より少し顔立ちが整って美少年といって差し支えない顔立ちだった。そして、その少年は緊張した足取りでミーナの目の前までやってくると、正しい敬礼でミーナに挨拶する。
「扶桑陸軍第42戦隊所属、穴吹未来訓練生であります!」
「・・・私はカールスラント防衛省次官のミーナ・ディートリンデ・ヴィルケよ。あなたのような若いウィッチに会えて光栄だわ。よろしくね」
震える手をやっとのことで抑えつけ、ゆっくりと手を伸ばす。未来はその手をじっと見てから手を握り返す。
「自分こそ光栄でありま・・・す?」
「へっ?」
ミーナと未来が手を握った瞬間、二人にはわずかに電気が走る。それは静電気と言ってもいいほどの僅かな電気だったが、その電気は二人の記憶を共有する。その事実にミーナは涙が零れてしまう。逆に、未来は不思議な体験に眉をピクリと動かしては、すぐにミーナを気遣う。
「ミーナ中佐殿、大丈夫でありますか?あれ、どうして中佐殿と?」
「私・・・私がわかる?」
「え?いや、自分は初めてお会いした・・・はずなのですが、どうしてでしょう。なにやら旧友に再会した気分であります。あっいえ!失言でした!お許しください!」
「・・・ふふふ、そうよね。大丈夫よ、穴吹未来訓練生。それより、訓練はどうかしら?不備はない?」
「はいっ!とても良くして頂いております!」
すぐに涙を拭いて元に戻って見せたミーナは世間話を続ける。未来も驚きながらも緊張が優先されたのか気にせずミーナの応対をしていた。
「それはよかったわ。まだお若いのでしょう?」
「はい!今年で7才になります!」
「ご家族は心配されているのではないですか?」
「はい、母がいます。母は私を一人で育ててくれました!母は元はウィッチだったと聞き、それと同じウィッチになれたことを誇りに思っています!」
「お父様は・・・失礼なことを聞いてしまうかもしれませんが、お父様はどこに?」
その答えをどうしても知りたかったミーナは黒江の顔色を伺いながら質問する。黒江はやれやれと言った表情で黙認している。そして、未来はミーナの問いに少し難しい顔をした後、正直に回答を寄こす。
「私の父は・・・私の母が言うには戦時中は兵士だったと。とても素敵な人だったそうです。その父に私は会ったことはないのですが、私とよく似た顔立ちをしているそうです。母はそのことをとても喜んでくれました。だから、会ったことはなくとも、私は母が好きだと言っていた父を慕っています!」
「そう・・・そう」
満足のいく答えはそこにはなかったかもしれない。しかし、ミーナの心は氷が解けるようにゆっくりと温かな風が吹いている気がした。真っすぐ過ぎる瞳を向けてくる少年は、どこまでもミーナの心を透過してくる。この6年と言う自分と戦ってきた時間を前に進ませる存在に、ミーナは感謝を隠せなかった。
「私も、あなたの両親が素敵な人たちであると、強く思います。あなたはぜひ、健やかに育ってくださいね」
「はい!ありがとうございます!」
「・・・最後に、もしあなたがお父様と会うことができるなら、会いたいですか?」
ミーナの涙を押し殺した声で最後の質問をする。これ以上、未来と空間を共有することはミーナの心が許容できなかった。しかし、それを知らずに6歳という幼い子供である未来は無邪気に自分の心の内を曝け出す。
「もちろんです!会って「ありがとう」・・・そう言いたいと思います」
「よく、分かりました。ありがとう。下がっていいわ」
部屋を後にした未来をミーナは見続けることがもはやできなかった。視界が滲み、膝はがくがくと力をなくしてどうしようもなく心と頭を熱くする。この熱さは自分が取り戻したかった『あの頃』という時間である。相対性理論を簡単に説明しようとするときに用いられる、熱い場所に手を置いておく、そうすると一瞬ほどの時間でも長い時間そこに手を置いた気になる、というものがある。しかし、今回のミーナの身に起きていることは全くその逆だった。長い時間が固定化されたミーナの記憶は、感情的熱さによってようやく原子レベルで時計が膨張を始めたのだ。
「ミーナ次官殿、もしかしてあなたは・・・彼を」
「ええ、恥ずかしながら」
「そうですか。では、私にできるのは一つです。時間は私が作ります。あなたは彼女の下に行くといい」
「ご厚意に感謝します」
ミーナは黒江の話に甘え、階段を中断してとある場所に向かう。郊外の閑静な住宅街にポツンとあるその家は周りの環境に溶け込むようにひっそりと存在していた。ミーナは意を決して戸を叩く。静かな家に響く自分のノックの音はだれもその家にいないことを表しているようだった。しかし、その予想とは裏腹に何の音もなくその人物は姿を現す。
「どなたでしょうか?」
「・・・穴吹智子さんですか?」
ミーナは智子の家に上がり、お茶を出されて智子と対面していた。湯気だけがゆらゆらと立ち上るが、二人の間には緊張の糸が今まさに音を出さんばかりに張り詰めていた。しかし、ミーナは本題を切り出すためにお茶に手を出す。渋いお茶が喉を通るのがよくわかる。その行動を見て智子もお茶に手を出した。その瞬間にミーナは話を切り出す。
「先ほど、ご子息を拝見しました。大変聡明なお子さんですね」
「ありがとうございます。見たところ大層お若くしてご立派な職業についておられるようですが、私に一体どんなご用件でしょう?」
「・・・申し遅れました、私はカールスラント防衛省次官を務めております、ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケと申します」
「やはりあなたでしたか」
分かっていたとばかりに動じない智子は、ミーナの素性などどうでもいいかのようにお茶を啜る。しかし、ミーナにはどうしても聞かねばならないことがあった。
「私は戦時中、501の指揮官として欧州各地で戦いました。あなたのお知り合いの坂本美緒海軍少佐や、宮藤芳佳軍医少尉など扶桑にはなにかと縁があります。そんな折、こうして扶桑の地を踏めたことは僥倖でした。ウィッチとして寿命を迎えても、こうしてウィッチの方と関りを持てていることは非常識ではありますが、戦時での特別な贈り物だと感じてなりません」
「それには同意いたします」
「私は扶桑のお風呂や桜が好きです。あれだけ勇猛果敢かつ質実剛健の扶桑のウィッチを育んだ祖国がどんなものかと思いましたが、裏腹に四季があり、穏やかな国民性に驚嘆するばかりです」
「全てがあのような人間ばかりではありませんから」
「そうですわね。一人一人個性が強くて、よく覚えています。どんなに苦しい状況でも足掻き、もがきながらゴールを目指そうとする背中は私自身、何度も励まされました。同様に何度もぶつかりもしました。自分が分からなくなって、本当の心を偽って・・・私はいつも背中を追っているに過ぎませんでした」
「・・・追う気持ちはよくわかるわ。私も追ってばかりだった。でも、私は足止めをしたに過ぎないけれど、約束と言う足枷を嵌めることに成功したわ。私も、あなたも戦争はまだ勝負がついていないのね」
「そうです。私はあなたのように心を振り向かせることは出来ませんでした。でも、最後の最後で追いついてみせました。間に合いはしなかったけれど、追い付いたんです」
「そう・・・あの人が私以外に追いつかれたことがあったのね・・・」
智子の相好がようやく柔らかくなったことを見計らい、ミーナは勝負に出る。聞かねばならないことがまだ聞きだせていないのだ。心の底の溜まったヘドロのような黒い感情の蓋を開け、智子に見せつける。自分の黒さを見せつけることで相手の余白を埋めてしまえば、智子の答えは自ずと出てくると考えたからだ。
「私は大罪を犯しました。私は欲張り過ぎたのです。銃を向けて、引き金を絞りました。表情や考えまで全て見えた、あの照準の中には肥大化した私の理想があったんです。しかし、その理想は風船のように張り裂けてしまった・・・私の思い描いた理想は間違っていたのでしょうか?」
「時間が進むのをだれが止められると言うのでしょう。それがあなたの質問への答えです」
「それが聞けてよかったです・・・最後に、あなたにしか聞くことのできない質問をしてもよろしいでしょうか?」
「それはあなたの質問次第ね」
ミーナは最後の大勝負に出る。ここまで丁寧な下準備をしたミーナの最後の一番温めておいた質問は短いものだった。
「『未来』とは、どういう意味ですか?」
「・・・あなた、本当に好きなのね」
「・・・はい、今は扶桑語を勉強中ですが」
「うふふ・・・いいでしょう。教えましょう」
智子は初めてクスリと笑った。その笑い顔はどこか遠くで見た笑顔にそっくりだった。そんな少し気持ちが重くなる笑顔の後、智子は真実を語る。その言葉をミーナはしかと心に刻み込む。
「未来・・・それは今はまだ来ていない、これから来ると言う意味よ」
「・・・その言葉が聞けて、私はようやく私でいられます。ありがとうございます」
「ありがとうはいらないわ」
「え?」
「あなたにも役割があるのだもの」
穴吹との対談を終えたミーナは即座に動き出す。通常の仕事をこなす傍らで、坂本を通じて宮藤とのコンタクトを確立し、さらには欧州で活躍中のペリーヌにも連絡を付けていた。まずは宮藤である。突然の再会に沸き立つ宮藤をなだめつつ早速話を進める。
「宮藤さん、この世界を治したいと思わないかしら」
「ミーナさん・・・私でいいのでしょうか?」
「あなたがいないと始まらないわ」
「私は何をすればいいのでしょう?」
「あなたにしかできないことよ」
ミーナは急いで仕事を終えると、名残惜しい扶桑の地を離れる。盛大に船出を祝われ、港には多くの扶桑人や政府高官や軍人が手を振って見送っていた。その中に、一人見覚えのある人物が立っているのをミーナは見逃さなかった。
「穴吹さん・・・私の役割を必ず果たしてきましょう」
その言葉が聞こえるはずはないが、確かに智子は微笑みを浮かべて頷いたように見えたのだった。ミーナは再び時代の大きな胎動に携わろうとしている感覚に高揚感を覚えていた。航海は順調に進み、カールスラントに向かう一同は紅海に差し掛かっていた。ちょうどその頃、欧州で連絡を取っていたペリーヌから緊急の通信が入ったことが知らされる。その通信にはペリーヌの緊張具合が伝わるほど状況が変化していた。
『欧州の情勢、複雑怪奇なり』
「これは・・・」
「ミーナさん、これは一体?」
事情の分からない宮藤は不安げな表情を浮かべるが、ミーナはこの時代の不安定さを肌で感じ取っていた。と言うのも、このような時代を変革しようとする時の世界の動きと言うのは一貫して元に戻ろうとする力である、復元力が働くことをミーナ自身よくわかっていたからだった。
「まさか・・・ここまで急だとは」
「ミーナさん・・・」
「ごめんなさいね、宮藤さん。私たちの国ではあまり感じられないかもしれないけど、欧州では今少し・・・いいえ、かなりバランスが崩れているの」
「その、世情に疎いもので・・・すみませんが、解説していただいてもいいですか?」
宮藤は相変わらず世情に疎いのに変わりないことに少し安心しながら、この状況の変化の危険性を把握してもらうべく説明を始める。
「今回の私たちカールスラントと扶桑の親善交流の意図が分かるかしら?」
「戦時中の友好関係を記念して、ですよね!」
「その認識が世間で出回っているのでしょうね。しかし、それは表向きよ。本当はカールスラントと扶桑の同盟関係の構築が目的なの」
「同盟?いいことじゃないですか?」
「私たちの国同士ではね」
前置きが長かったことを反省し、宮藤に話の本質を告げる。現在の世界情勢は欧州を中心に戦後社会のイニシアティブの取り合いに明け暮れていた。特に、勇が解放したと言っていいい地域であるカールスラントや東欧諸国を中心に、欧州では急激な発展と戦後経済の不安定化が顕著になっていた。ウィッチたちが経済支援の援助を行っていたとはいえ、確実に解放の遅れた国とそうでない国では経済の回復度合いに大きな差が表れていた。その差を国同士で背比べに使ったり、差別が副次的に発生したために、急激に欧州事情は関係を悪化させていたのだった。
「そうだったんですか・・・せっかく世界は平和になったのに」
「そうよね。だから、今度こそ私たちが世界を守らなきゃいけないの」
「そのために勇さんに会いに行くんですね?」
「・・・宮藤さん、知っていたの?」
宮藤を世情に疎いと思っていたら、空気を読む能力に長けていたことに少し驚いてしまう。宮藤は少し大人になった表情でミーナの目を見つめる。宮藤の目にはどこか優しさ以外の何か温かい感情が渦巻いていた。
「私、ミーナさんが勇さんを撃ったときのことをよく覚えています。あの時は、なんて酷いことが起きているのだろうと思っていましたが、あの時見るべき、考えるべきはミーナさんの心についてだったんです」
「宮藤さん・・・」
「今なら分かります。あの場で一番勇さんのことを理解していたのはミーナさんだって。だからこそ、勇さんを撃った時、あんなにも苦しい顔をしていたんですね」
宮藤はぺこりと頭を下げるとミーナに謝罪を示した。あまりにも昔のような話に感じられ、自分でもあの時の感覚を隠してきたのだと、いつの間にか自分も大人になってしまったのだと、感情の区切りがついてしまう自分に悲しくなった。ミーナは宮藤の謝罪を心から受け入れると、目指すべき航路を再設定する。
「進路を変更します!」
「はい、どこにしましょうか?」
「当初の目的地のタラント港から、ジェノバへ!そこからは空路でミュンヘンへ!」
宮藤とミーナはロマーニャのジェノバに到着すると、とある援軍が到着していた。その人物は現在19歳となり、かなり大人びたフランチェスカ・ルッキーニにだった。ルッキーニは久しぶりの再会に大喜びの状態だった。
「芳佳!それにミーナ隊長!久しぶりっ!」
「ルッキーニちゃん!」
「ルッキーニさん久しぶりね。ここに居ると言うことはペリーヌさんから話は聞いたのね?」
「うん!私にもできることがあれば何でもするよ!」
ルッキーニの成長と心強さに感心しつつ、道中を急ぐ。ルッキーニは既に移動手段を押さえており、ヘルウェティアを経由せず、ヴェネチアを経由して直接カールスランに向かう経路を提案する。ミーナはその案を採用し、すぐに輸送機を手配するようにルッキーニに依頼する。置いてけぼりの宮藤には待機している間にその説明を行う。
「ヘルウェティアは宮藤さんも医学校で通ったから知っていると思うけど、あそこは戦後も永世中立国よね?」
「はい、その通りです」
「ヘルウェティア連邦を通らないわけは、私たちカールスラントとロマーニャの国とガリアやブリタニアと言った国が仲が良くないからなの」
その説明で余計に訳が分からなくなる宮藤を、尤もだと思い、もう少し詳しく説明する。
「永世中立国というのはどちらの国と仲良くすると言うことはできないものなの。だから、欧州で勢力が分かれた場合、どちらかの肩入れをしてしまうと中立とは言えなくなってしまう。だから、私たちがヘルウェティアを通るのは体裁上よろしくないからヴェネチアを通るのよ」
粗方の欧州情勢を説明し終えると、ちょうどルッキーニが移動の手続きを終えているところだった。三人が揃うと話もそこそこに輸送機に乗り込む。目指す場所はペリーヌをして危機感を感じさせる、世界で最も熱い場所であるカールスラントはミュンヘン。ここでは今まさに一つの思想がうねりを始め、熱せられた群集の意思は濁流の如く堰を切ろうとしていた。その群集の中に、一際目立つ男がいた。その男は鋭い眼光をぎらつかせる。群集の意思を代弁するのではなく、もはや自分の言葉そのものが群集を突き動かしていた。
「もはや我々は我慢できない!世界を平和に導いたのは誰なのか?!それは紛れもなく我々でもあったはずだ!それなのに!世界は我々を孤立させている!それどころか世界はカールスラントが生まれたての赤子も同然の国家状態であるのにも関わらず、傲岸不遜にも金を毟り、まだ足りぬと宣う!挙句当時の政府は戦時中の戦費を各国から借金していることを期限付きで返済することを決定してしまったのだ!その期限は既に諸国によって短縮され、恐喝にも似た手段でもって我々の、我々が我が子のために必死に稼いだなけなしの食費までも取り上げんばかりである!これのどこが平和だ!?」
男は激しい言葉を用い、民衆の心を掴み、荒ぶる身振りを持って言葉を印象付ける。その言葉と仕草に呼応するかのように、次第に民衆の声は同調し、増大する。その圧倒的支持に囲まれた男はさらに躍進を続ける。
「この私がこの国の代表になった今、この国を救えるのは誰か?」
「「「我が総統!!!」」」
「その通りだ!この瞬間、私は諸君の総統となったのだ!よって、ここで議会に私への全権委任法を成立させることを宣言する!諸君らは、世界を正そうとする栄えある歴史の岐路に立っている!全てのカールスラント国民よ、今この場で立ち上がれ!これはミュンヘン一揆であるぞ!」
「「「おおおお!!!」」」
時代のうねりを熱く肌で感じる中、ミーナと宮藤はミュンヘンに到着していた。いつもと雰囲気の異なる熱い空気に、宮藤は当てられることになる。
「うわぁ、こんなに人がたくさん・・・何かのお祭りですか?」
「いいえ・・・あれは逆のものよ」
「逆?」
「ええ、あの中心にいるのが私の国の新たな統治者・・・エーリッヒ・ヒソラーよ」
ミーナの視線の先には、民衆を扇動し、カールスラントという国を自分の言葉一つで道先を違えてしまうほどの圧倒的な為政者だった。その姿を目撃した宮藤も既に歴史の目撃者という自覚が湧いてきてしまうほどに、今まさに歴史が動こうとしているのが理解できてしまった。宮藤はそんな感覚に身震いを覚える。隣で立ち尽くすミーナの顔を伺うと、まるで決別とでも言わんばかりの険しい顔つきだった。
「ミーナさん?」
「・・・宮藤さん、私はこれで本当に当時の私に決着を付けることができるわ。本当に・・・とても嬉しいことのはずなのに、どうしてこうも自分の国を手放すと言うことがこんなにも悲しいのかしら」
「国を手放す?どういうことですか?!」
「宮藤さん、あなたは私の行いの証言者よ。私は彼がしたことの一端しか実行することはできないけれど、私がこれから行うことは、きっと後世では褒められるかもしれないけど、今の人たちには決して良い感情を持たれることはないのだから・・・だから、宮藤さん。あなたは私のことを見ているだけでいい。ただ、きちんと見定めて」
ミーナはそう言うと、屹立として歩み出す。その行先は迷うことなく先導者、つまりはエーリッヒ・ヒソラーの下だった。宮藤がミーナの行動に予想がついたとき、既に遅きに失していた。彼の前に立ちはだかるミーナの姿を危険視した護衛によって姿が遮られた瞬間、銃声が響き渡る。宮藤の恐ろしい予想は的中していた。ミーナの行動はすぐさま群集をパニックに陥いる。その喧騒の中でミーナは複数の人間に取り押さえられ、その瞬間の顔は宮藤に託した笑顔だった。宮藤はその表情から真意を正しく読み取ると、すぐさま行動に移る。人ごみをかき分けある人物に駆け寄る。その人物は重傷で激しく出血している様子だったが、すぐに宮藤をどかすべく男たちが宮藤の腕を掴む。
「おい!そこをどけっ!」
「いえどきません!私は医者です!」
「な、医者だと!?早く!早く診てくれ!」
宮藤は急いで治癒魔法を発現させると最大限の力を用いて傷を癒していく。その光景を見て、先ほどまで憤っていた護衛達が息を飲んで見守っている。
「ウィッチだ・・・すごい魔法力だ」
「お願い!間に合って!」
宮藤の全力の治癒魔法はみるみる傷口を塞いでいく。苦悶の表情を見せていた男は徐々に落ち着きを取り戻したのか、ホッとした顔を見せ、宮藤の顔を見る。
「ウィッチ、いや女神か・・・」
「頑張ってください!」
必死の治療の甲斐あって、致命傷を避けたその男は治療を終えた後すぐに護衛達に抱えられて車に乗り込んでしまう。疲労でへたり込んだ宮藤は空を見上げると、ミーナのことを思い出す。ミーナの行動の真意を実行すべく、疲れた脳を活動させて意思を決める。
「行こう・・・」
宮藤の向かった先はカールスラント南方都市、ヴァイザッハだった。そのヴァイザッハもさらに南方には、密かに終戦の地として語られるアルプス山脈が今もそびえ立っていた。そんな懐かしのアルプスを眺めていると、久方ぶりの、いや少しばかり大人びた声が聞こえてくる。
「国破れて山河在り・・・ですね」
「小野里さん」
宮藤の目の前に現れたのは、終戦後も欧州に残り、扶桑兵として最後までネウロイを捜索したウィッチの姿だった。そして、今の小野里の姿もまたそれに準じる姿だった。あの日、この場所で世界が胎動した瞬間を目撃し、体験した二人が再びこの場所で再開したことに喜ぶ間もなく歩き出す。
「宮藤さん、ミーナさんは動いたのですね?」
「はい・・・私に、見定めろ、と」
「そうですか・・・では宮藤さん、あなたはきちんと見定めてください。そして、決めてください」
「はい」
宮藤が頷くと、小野里は手でどこかに合図を送る。すると、地響きと共に現れたのはカールスラント製の最新鋭戦車であるレオパルト戦車が軽快な歩みでやってくる。小野里の横でピタリと止めると、中から顔を出したのはヴィットマンだった。少し老いたと言えど、今なお健在な野心をむき出しにした風貌は許可を求める。
「正子、本当にいいのか?」
「ええ、ミーナさんは決めました。それに・・・これであの戦争は終わります。これからは元の世界に戻るだけ。今度こそ私たちの世界は自分たちで決断する。仮初の世界に浸る人世の夢は、今日で終わり。私は・・・彼をもう一度人間にしてあげたい」
「・・・わかった。正子が言うなら俺もそうしたい。それで、その場所は?」
小野里は宮藤に向くと手を取る。宮藤はどこか懐かしい魔法力の流れに記憶を呼び戻す。ベルリンで受け取った微かな魔法力の匂いとでもいうべき感覚がアルプスの中から結びつくように沸き立っている。その場所に向けて指を差すと、ヴィットマンは砲塔を指向させる。
「準備よし!」
「宮藤さん、あなたは本当にいいのですね?」
「私、何も分からないまま生きてきました。でも、それだけではみんなを守れないんだってことを知ってしまいました。あの人は、曲がりなりにも自分の信念を貫いてみんなを守ったんです。そして私は、我儘です。私の力を誰かのためではなく、彼・・・勇さんのために使っても罰は当たらないと思うんです!」
「人間、誰だって我儘に生きているんです。じゃあ、彼だって我儘に生きていいと思うのは私だけじゃなかったんですね・・・ありがとう、宮藤さん。本当に、ありがとう」
小野里がそう感謝を伝えると、ヴィットマンは首元のインカムに手をかける。戦車の轟音が空気を切り裂き、その弾丸が岩を砕く。砕かれた岩場は久方ぶりの空気を目一杯吸い込む。二人が急いでその岩場に向かうと、中には微かな赤いきらめきが息を潜めるかのように輝いていた。小野里と宮藤が二人とも魔法力を込める。二人は無意識にかつての記憶を浮かべながら己の魔法力をつぎ込んでいた。魔法力を餌とばかりに吸い込む輝きは、少しづつ輝きを増していく。煌々とした輝きは二人の魔法力を吸い込んで、頭を撫でる。温かな手とは裏腹に、無機質な冷たい手が二人の頭に置かれる。
「・・・ようやく、会えました」
「勇さん・・・」
二人の目の前に姿を現したのは、紛れもなくネウロイだった。しかし、二人とも確信としてその正体が勇であると分かっていた。そして、そのネウロイは二人の頭を通じて言葉を送る。
『オオバカモノ・・・オレニ、ナニヲシテホシイ』
「好きにしてほしい、あなたが思うことを思う存分に」
「あ!その前に!」
宮藤の言葉にネウロイはきちんと話を聞くかのように間を空ける。宮藤は必死に脳内の映像を思い浮かべる。その映像の中にはこれまでのたくさんの人たちの笑顔と、かつての仲間たちの顔に、ミーナの行動だった。その光景を見たのか、ネウロイは溜息をつくように宮藤と小野里の頭を優しく叩く。
『ワカッタ』
その言葉を残すと、一瞬の目映い光を残して姿を消してしまう。傍から見ていたヴィットマンが驚いて小野里の下へやってくる。
「彼は?!」
「・・・勇さんは、行きました」
「どこへ?!」
「・・・世界中、です」
小野里は大空へ視線を向ける。それにつられて宮藤とヴィットマンも青い蒼い空を眺める。あのネウロイの行く末はまさに世界中だった。世界各国の首脳部の目の前に突如として出現し、彼らにこう言い残すのだった。
『我はネウロイ・・・これより10年後に世界へ対し攻撃を開始する。陸や空や海から数多のネウロイが人類を襲うだろう。全ての国を人間を、我々のことを思い出せなくなるその時まで』
この衝撃の光景と言葉に世界中は底をひっくり返したかのように騒ぎ始める。そして、ある場所にもそのネウロイは現れる。その場所は薄暗く、人の尊厳を奪うのにはうってつけの場所だった。月明かりに照らされた小さな窓からの月光を遮る存在に気づいたその部屋の主はむくりと起き上がる。
「だれ?」
「・・・」
無言が木霊する室内で、暗がりに揺らめく存在に気づく。その姿に目が慣れる頃、その暗がりがゆっくりと近づいて来る。ぼんやりと見えるその姿は、やがて再びぼんやりと姿になってしまう。それはその人物の目に溜まる液体のせいだった。
「何年寝てるのよ・・・バカ」
『・・・』
「こんなに待たせて・・・何とか言いなさいよ」
『・・・』
「私、待っていたわ。でも、待ち過ぎたのね。あなたを待つばかりでこの世界に目を向けようとしなかった。自由気ままなこの世界を好きになれなかった。私は昔のまま、世界はすっかり変わり果ててしまったわ」
『・・・』
「ねえ、知ってる?あなた、息子ができたのよ。あなたに似て真っすぐで・・・愛おしくて。新たな時代を生きようとしていたわ。でも、私は諦められない。あのどうしようもなく手に入れたかった平和までの日常を。本当に手に入れるべきだった本当の世界を・・・だから、今度は私からあなたを振ってやるわ・・・」
月光に照らされた彼女の目元が微かに輝いた。静かに落ちる液体を床に落ちる前に何かが受け止める。その無機質な受け皿は、雫の跡を優しく溶かすように黒い肌が剥がれ落ちる。そして、ネウロイはそっとその無機質な肌をむき出しにして彼女の目元を拭ってやる。
「なによ・・・あなたなんて最初から私の前に現れなければよかったのよ!」
『・・・』
「あなたさえいなければこの世界も好きになれたかもしれない!」
『・・・』
「私にはもうなにもない!なにもいらない!この世界もなにもかもも!」
『・・・』
「・・・嘘、嘘よ!」
自分の気持ちと本心が乖離していることがこんなにも辛く、この何年も苦しみ悩み続けたことをネウロイに打ち明けてしまう自分が嫌いだった。それなのに、涙を拭ってくれたネウロイがどうしても自分の嘘を見透かしてしまっているようで怖かった。しかし、ネウロイは心があるかのように無言を破る。
『・・・ミーナ』
「!!!・・・ずるいわ。ずる過ぎるわよ、こんなの・・・あなたに名前を呼ばれるだけで、覚えていてくれるだけでこんなにも満たされるなんて」
『ミーナ』
「はあ・・・私、これでもモテるのよ。あなたより優しくて、いつもそばにいてくれる人なんてたくさんいるのに・・・どうして私が好きになった人は私の下を去ってしまうのかしら・・・だから、あなたも行って。扶桑であなたを待っている人がいるわ」
ミーナは泣くのを止めていた。必死に堪えているだけのやせ我慢に過ぎないが、それでも彼を見送るのには必要な感情の制御だった。そして、ミーナの言葉通りネウロイはミーナから距離を置く。聞こえない声で「さようなら」と言っているのが聞こえてくるようだった。だから、ミーナもさようならを言う。もちろん、聞こえないかもしれないからできるだけ近づいて。
「ッ・・・さようなら」
その挨拶はわずかだが確かにネウロイのコアを輝かせて消える。翌日、収監されていたミーナは恩赦により解放され、その後ウィッチ総監を任じられるのはまた別の話である。その頃、時を同じくして朝焼けに燃える扶桑の空の下で、女性となった元ウィッチがふと目を覚ます。春の終わりを告げる柔らかな風を目の前を過った気がしたからだった。
「・・・もう朝?」
寝ぼけまなこを擦り、外を見やる。すると、障子に映る一つの影が揺らめいていた。智子と名がつく人物は夢を見ている気分だった。しかし、そんな夢でも現実よりかはマシだった。
「桜が咲いたわね・・・」
智子の言葉は少し外れていた。と言うのも、桜の季節は既に過ぎており、ほとんど花は散ってしまっていたからだった。しかし、その落ちた花びらが春風に乗って舞っているのだ。そんな春風に揺れるように障子の先の影は儚げに朧げな影を見せていた。
「しょうがない風だこと・・・」
智子が障子を開けると、そこにはネウロイがいた。と言っても、どこかしょげた子どものように小さな気配を晒したネウロイだった。未だ来ない日の出にやきもきしながら、薄暗い景色の中に溶けてしまいそうなネウロイにそっと手を回す。急な行動に驚いたようなネウロイを置いてけぼりにして、智子は口を付ける。
「あなたの明日はこれを覚えているかしら?」
その瞬間、日が上り、桜の花びらが一斉に舞い上がった。智子は砂埃を防ぐべく目を細める。やがて風が止み、めを開けるとそこにいたのはかつての彼だった。
「明日だけじゃない、その先も、これからも、ずっと覚えているよ」
「約束よ・・・」
「世界より俺を覚えていてくれてありがとう・・・君の明日は、俺が守るよ」
10年後、世界が根底から覆されるほどの激烈な戦争が勃発する。彼はその時まで、そしてそれからも生き続ける。生きる幸せを握りしめて。
--完ーー
いかがでしたでしょか。これにて長らく続けてまいりました「君の明日は」は完結となります!長い間ご愛顧のほど誠にありがとうございました。皆様のおかげで書ききることができました。毎話百人以上が読んでくださり、こんな私の駄文をちまちま続けたものをお読み下さり感謝の念に堪えません。重ねてお礼申し上げます。ありがとうございました。
皆さんの納得いかない完結となってしまったかもしれませんが、この物語の後のことは皆さまのご想像にお任せです。皆さんの想像で彼ら彼女らはどんな形にでもなれるのです。これからも原作ストライクウィッチーズを好きになっていただいて、たまに私の作品を思い出して頂けると幸いです。今後、細々と外伝や別ストーリーをやりたいなぁ・・・と、考えたりもしていますが少し忙しさにかまけてしまっているので気長に見てもらえればと思います。
それでは、皆様本当に今までありがとうございました!感想もぜひ頂けると嬉しいです!