ストライクウィッチーズ 君の明日は   作:桜子道 晴幸

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こんにちは、作者の小荒井雨です。投稿期間が空いてしまい申し訳ありません。ゆっくりとですが書いていますので、暇つぶし程度にご覧ください。
今回は部隊が分割していく流れとなるのであまり話が進みません。赤松の意外な告白がありますのでいろいろと考えてみてください。では、どうぞ!


新たな翼 第三話

紅海沖空戦に勝利した勇たち343空は喜望峰を抜け、ジブラルタル海峡付近に差し掛かろうとしていた。ここからの海域はネウロイが頻繁に攻撃してくる前線海域となる。実はここで杉田庄一中尉率いる部隊が北アフリカ戦線に向かうことになっていた。紅海沖空戦を経てついに扶桑海軍343空の一部隊が戦線に投入されることに勇たち343空にも熱が入る。特に杉田隊は長駆3000㎞を飛行してトブルクに向かう。現在の西アフリカのサンタクルス島海域から出発するため、今日が杉田との最後の航海となるのだった。

 

 

「ついにてめえも行くんだな。気張れよ、杉田。」

「おう、赤松も達者でな。」

 

 

赤松と杉田は親友のような間柄になっており、朝陽を浴びて甲板で寝っ転がっていた。そこに朝練として一人の少年が現れる。

 

 

「あれ、杉田中尉、それに松さん。こんなとこでなにをしてるんです?」

 

 

勇は赤松を隊長呼びを卒業していた。寝ころび勇の顔も見ずに二人はああ、と空返事する。二人は居住まいを正し、勇も座らせると杉田がどこからか取り出した酒を出し、ぐいっと飲む。次に赤松がそれを引き継ぎ、勇に手渡す。どういうことかよく理解できない勇だったが、酒を目の前に出されたらやることはひとつだ。

 

 

「ご相伴にあずかります。」

 

 

二人と同じように一気に煽ると一升瓶は半分ほどなくなっていた。三人は朝陽を前にしんみりとして波風を聞いていた。それが何かの前触れだとでも言うかのように波は穏やかだった。波だけは・・・

 

 

「貴様ら・・・また勇中尉に酒を飲ましたな?!」

「あ・・・」

「忘れてたぜ・・・」

 

 

赤松達の背後には怒りに揺れる林が仁王立ちしていた。林は度々勇に出される休憩用の水と称する酒に手を焼いていた。さらに、勇に酒を飲ましていたのが赤松であったことに勘づき勇への禁酒令を出していた。勇自体は酒は法律的に禁止されているのは承知だったが、軍にいる以上、上官の命令には逆らえないため渋々付き合っていたが、勇自体酔うことはなかった。それはさておき、林の見ていないところで勝手に飲酒を進めた元上官と中隊長はというと。

 

 

「いや、これは餞別だから!」

「これは酒じゃなくて、水に酒を入れただけだ!」

「喧しいッ!」

 

 

醜く反論していたが、林の一喝で二人の威勢は沈黙した。その後、二人を鉄拳制裁する音が響き、勇は知らん顔した。

そしてついに、杉田率いる第三中隊がアフリカのトブルク基地に向けて出立する時刻となった。そこには未だ引かないたんこぶをこさえた杉田が凛々しく源田司令に挨拶を行い、恙なく終わった。第三中隊は現地の部隊に転換され、指揮系統も現地部隊任せと丸投げ状態だったが、貴重な航空戦力であるのに変わりはなく、補給物資と戦力補充に現地の指揮官は咽び泣いたという。(実は喜んだのではなく、海軍戦力の介入に手間が増えてやけくそになったという話もある。)勇も杉田が行くというその時となり、一抹の寂しさと頑張ってほしいという戦友の抱く気持ちとなった。

 

 

「杉田中尉、短い間でしたが・・・」

 

 

話しかけようとしたところでその言葉を杉田に遮られる。杉田の大きくごつい手が勇の頭を乱暴に揺さぶった。

 

 

「お前こそいっぱい敵をぶっ飛ばしてこい!俺はアフリカを救ってくる。」

「ご武運を・・・」

 

 

杉田の大言壮語には力があり、胸に響く優しさに勇と当初悩んでいた時期に助けてもらった時や酒を飲まされた時など、ささやかな時間だが戦場で過ごす時間より何倍も優しい時間を過ごせたことに感謝した。杉田はそれだけ言うと颯爽と戦闘機に乗り込み、部隊を引き連れてあっという間にアフリカの大地に向けて見えなくなってしまった。勇たちはその姿が見えなくなるまで見送っていた。出会いから別れまで風のようで、勇は杉田を尊敬していることに気づかなかったほどであった。

一方、赤松たちも出立の時期が近付いており、転属先はヒスパニアである。ブリタニアの方が激戦区ではあるが、ブリタニア政府はこれ以上他国の部隊を自国に入れることに嫌悪感を抱いており、しかし戦力は欲しいという矛盾を抱えていた。そこで間を取ってヒスパニアというわけである。ヒスパニアからはピレネー山脈を越えてガリアは目の前であるため、ガリアの敵戦力の側面を脅かす存在となるのである。そこを担当するのが赤松率いる第二中隊である。この部隊は赤松を始め、勇が所属していた部隊が中心に構成されており、勇にとって馴染み深い部隊との別れでもあった。

 

 

「ついにみなさんともお別れですね。」

「勇君との出会いは新鮮だっただけに、寂しくなるなあ。」

「なーに、戦っていればいつかは出会えるじゃろうて。」

「勇中尉ならきっとそっちでも上手くやれるさ。」

 

 

太田や高塚、羽藤らが別れを惜しんでくれる。彼らもヒスパニアに出向くのである。扶桑海事変以前からの古強者ならきっと活躍は勇のところまで轟くだろう。だが、そんな吉報が轟いても今一つ盛り上がりに欠けてしまう。もちろん、あの人物のことである。

 

 

「あの、松さんは?」

「ああ、隊長は辛気臭いの嫌いだからな。本当はお別れ言いたいはずなのに。」

「本当ですか?」

 

 

太田の言葉に少し嬉しくなってしまう。しかし、勇にとって赤松とは軍人として、一パイロットとして勇に基礎を教えた人物であり、今までとは違った世界を見せてくれたかけがえのない存在だった。あんなに豪放磊落な性格から繰り広げられる繊細な空戦技術と編隊飛行のカリスマ的指導は赤松あってっこその芸当だった。そんな赤松は空母乗り組み、部隊が分かれてから絡むことも少なくなってしまった。そして今、別れもなしに旅立とうとしている。太田らは照れ隠しと言うが、きっとそうではないことを彼らも分かっているのだろう。なぜなら、赤松貞明中尉という人物は・・・悪童だからである。

 

 

「こんなところにいましたか、松さん。」

「みつかっちまったか。」

 

 

見つかるような所にいつもいるのだから見つけてくれと言っているようなものだが、本題はそこではない。場所は艦首、遠くを眺めるようにして勇を見ない。それでも勇とは心が通じているような感覚は、長い間師弟関係をしていれば気づくものであった。そして、勇が切り出す。

 

 

「松さん・・・いえ、隊長。聞きたいことがあります。」

「・・・」

 

 

赤松は次の言葉も知っていると言わんばかりに何も言わなかった。勇の言葉は潮風に流されるようだったが、しっかりと続ける。

 

 

「なにか私に隠していることはありませんか?」

「まあ、ないと言ったら噓になるわな。」

 

 

歯切れの悪いときは決まって赤松は勇の何かに関わっている。嫌な予感がしてはぐらかされないように赤松の目を見て訴える。すると観念したのか、はたまた元々言うつもりだったのか大きく息を吸い込むとポツリと言葉を紡ぎ始める。

 

 

「あれは坊、お前がうちのとこに配属されてきた時のことだ。20歳にも満たないひよっこで、しかも特務だが中尉の小僧がうちみたいな精鋭揃いのとこに連れてこられてさぞ偉いとこのボンボンかと思ってたんだ。」

 

 

配属されるときに勇が元ウィッチであるなんて誰も知らない。故に勇がこの年でここまでの階級になるのは明らかに異常である。それは背後のなにかを勘ぐられても仕方の無いことだった。そして、赤松はその時の様子を思い出すかのように話す。

 

 

「でもいざ来てみたら一目見た瞬間からただもんじゃねえと思ったさ。ああ、あの時の女引っかけてこいと言ったのは今でも悪いとは思ってねえから安心しろ。それでだな、そう思った俺は源田司令に言ったんだ。『どうしてあんな一度死んだようなやつを引き入れたんだ』ってな。あながち間違っちゃいねえと思うが、第一印象は良くなかったんだぜ?」

 

 

少しでも明るくしようとしているが目が笑っていない。それに「死んだ奴」という表現を使われたのは赤松が初めてだった。所々突っ込みたいところはあるが、初めて赤松の口から自分の感想を聞けた気がして嬉しくもあった。しかし、赤松の目は光を嫌い始めた。

 

 

「俺はウィッチが嫌いだ。」

 

 

その言葉に勇は衝撃を隠せなかった。その理由は二つある。一つは赤松が女好き、特にウィッチを好んでおり見かける度にまたは見かけていなくともウィッチがいるとこに飛んでいくのだ。二つ目にウィッチそのものが嫌いであるという風には今の今までその気配すら感じさせなかったことだ。そのことに目を丸くしていると赤松の目が笑った。

 

 

「佐世保の訓練学校でウィッチがいただろ?あそこにいたウィッチの一人でもまともに飛べるとしたら、そいつは必ず戦いに出向くだろう。世間がそうさせるのか、国とか世界がそうさせるのか。はたまたウィッチは気高いからなのか俺には難しくて分からないけどよ、もし俺があそこの教官だったら飛べる奴から叩き落す。」

 

 

最後の言葉には力が籠っていた。言われてみれば確かに赤松は訓練学校でこう呟いていた。「戦争も終わればこの子らも普通の暮らしができるのによ」と。戦争という営みが齎すものは普段の思考とはかけ離れていると赤松は知っているのだろうか。普通の暮らしとはなんなのか勇には理解することができなかった。戦場での時間があまりに長すぎ、過酷な状況で生きるか死ぬかの選択の毎日を送ってきた勇としては、この言葉に違和感を覚えたのだった。

 

 

「つまり、ウィッチを戦争に送りたくないということですか?」

「つまるところはそうだな。これは綺麗ごとだし、戦争にウィッチが必要なのも扶桑海事変の時に嫌と言うほど思い知った。」

「じゃあ、どうして・・・」

 

 

疑問の先を勇は飲み込んだ。言葉にしてしまうと赤松の考えている世界が自分の世界に干渉してきそうな気がしたからだ。それは勇にとって耐えがたい恐怖であり、それこそ喚き散らして遮りたいほどだった。赤松の見える世界は平和で人は日々に娯楽や恋、勉学に勤しむ余暇を享受できるかもしれない。しかしそれは勇にとって未だかつて体験したことのない人生で、その未来を掴むために戦ってきた自分としてはもう戻ることのできない楽園なのだと、心が拒絶してしまう。赤松はそんな世界に怯える勇を見て、隠してきたことの中核に触れる。

 

 

「源田司令に聞いてお前が元エースウィッチだというのは知っていた。お前が世界で活躍してきたことも理解してる。坊のおかげで救われた人間がいることもな。」

「それって・・・まさか?!」

 

 

赤松の指す人物が勇の頭の中で克明に浮かび上がる。それは勇にとって常に尊敬し、姉と敬う戦友、バルクホルンだった。どうして赤松が勇の元居た部隊である第501統合戦闘航空団を知っているのか、バルクホルンとの関係を仄めかす言い方をするのか勇の不安は加速する。

 

 

「ゲルトルート・バルクホルン、カールスラント空軍大尉。随分いれこんでるじゃねーか。」

 

 

その不気味な雰囲気を含んだ言葉に思わず勇は動いてしまっていた。それは勇の初めて理由の説明できない他者への暴力であった。殴った右手の拳がジンジンと痛むがそれ以上に頭と心が熱かった。肩で息をし、目の前で口内を切ったのか血を流す上官である赤松を見下ろす自分が嫌に客観的に見ることができた。まるで自分が他人のような感覚だった。それでも思い切り殴られた赤松はよろけることもなく、居住まいを正すと話を続ける。

 

 

「・・・悪いが彼女から来た手紙は全部俺が焼いた。それだけじゃねえ、彼女宛にもう手紙を書かないように進言する手紙も送った。まあ、悪いとは思ってる。」

 

 

言われてみればバルクホルンからの便りは一度も見たことがなかった。来ていたことに少しの喜びの感情があったが、それを上回る怒りと疑問が押し寄せた。どうしてこんなことをするのか勇は考えようとする、が一向に考えは纏まらない。それどころかやり場のない怒りが拳を動かしてしまうのを必死に抑えていた。勇はせめて理由は教えてくれるのだろうなと言う怒りに満ちた表情を向ける。

 

 

「まあ、理由はさっきのと同じだ。俺はウィッチが嫌いだからだ。お前が彼女と文通しようと一向に構わないがウィッチなら話は別だ。ウィッチってのは必ず戦場にいる。美しく気高いウィッチは戦場では女神だ。そんな存在が普通の女の子みたいに、一人の人間として生きているのに俺は堪らなく苛立つ。それは生意気だからなんて理由なんかじゃねえ。」

 

 

勇が怒りと疑問の渦にいる中、赤松は自分の信念の中で怒っているのだ。赤松は一息吐くと言葉を繋げる。

 

 

「世界はどうしてウィッチみたいな存在を作ったんだ?若くて小さくて幼くて儚くて脆くて、そして強い。そんな矛盾をこの世界は許容している現状はどう見たって異常だろ?なあ、俺はおかしいのか?」

 

 

その赤松の疑問は自分自身と誰かに問うているが、その答えを出せる者はここにはいない。強くて信頼できる隊長である赤松が抱いている不安とは、勇がかつて抱いていた生きるのを諦めかけた自分に囁いているようで聞き入っていた。

 

 

「だから俺は決めたんだ。ウィッチの活躍はもういらない。ここからは男の、それも大人の仕事なんだとな。坊には悪いが彼女の手紙は見せられねえ。もし見ちまえば会いたくなるからな。それはきっと世界が平和になったときの約束なんかじゃなく、その時が来るように今頑張らなきゃいけなくなる原動力になっちまうからだ。」

 

 

勇は心底ある言葉を我慢した。その言葉を赤松に言わなければもう二度と会えない気がしたからだ。赤松は気づいているかもしれないが、赤松の目指す世界は絶対に訪れない。勇には断言できる。それは元ウィッチとして全てのウィッチが抱いている想いだからだ。

 

 

「隊長・・・あなたの幻想は傲慢です。これは断言できることですが、いずれこの戦争は終わるでしょう。私は元ウィッチとして、今は一人の人間として言えることがあるとすれば、力のある者がそれを行使しなければならないのです。それは隊長も同様です。隊長には隊長の描く世界のために力で切り開こうとするように、力は力を引き寄せるんです。その力には二種類あると思います。一つは守るため、もう一つは抑えつける為。私は前者であるように生きているつもりです。隊長はそうじゃないのですか?」

 

 

その言葉に赤松の視線は泳いだ。同じ力でも使い方によっては善にも悪にもなる。だれしも力を欲するが、それは何のためなのかを常に自らに問いかけられる人間は存外に少ない。勇にはよく理解できたことだった。勇は同じく迷う隊長に秘密を打ち明ける。

 

 

「信じてもらえるかわかりませんが、隊長には話しておきます。実は私、何度か死んでいるんです。」

 

 

この言葉に赤松は納得したような不思議に思うような曖昧な表情で聞いていた。

 

 

「最初に死んだのが、戦場で一人になって誰からも見えない存在になったとき。あとは本当の意味で戦闘で死にました。それはもう酷い死に方でしたし、三度も死にました。それでも私はその死から脱することができました。どうしてだと思いますか?」

「・・・ウィッチだからか?」

 

 

その嫌悪感とも取れる声音に勇は満足したように答える。自信は力になりえると確信したからだ。

 

 

「いいえ、単純なんです。生きていたかったからですよ。ただ、ただそれだけのことなんです。」

「・・・この世では傲慢な考え方だな。贅沢だ・・・だが、清々しいな。俺でも理解できたぜ。」

 

 

そう言うとどことなく笑えてきて、二人して笑い声を上げた。不気味なほどこれまでの重苦しい雰囲気を破壊するように笑った。一頻り笑うと赤松は吹っ切れたように勇の肩を力強く握ると微笑みかけるように諭す。

 

 

「俺は俺の生き方を変えるつもりはない、が考え方を変えてみるのは悪くねえ!お前の言うウィッチとやらを見てみたくなったぜ!いつかは紹介しろよ?」

「絶対に色目は使わないでくださいよ?」

 

 

いつもの調子に戻って勇は元気よく突っ込む。赤松はこうでなくてはと勇は改めて赤松という存在が羨ましくなった。それは次の言葉に裏付けされた。

 

 

「勇、お前の生き方は常に考え、ああでもねえこうでもねえって迷いながら、間違えながら進まなきゃなんねえ。強くなけりゃままならねえ世の中だ。だから、勇は勇の思う正しい方に進め。それが間違ってたら俺がぶん殴って元のところまでぶっ飛ばしてやる。それがお前にできる最後の説教だ。どんなにひねくれても必ず守るべきものだけは守り通せ。呪縛のように染みついて離れないだろうが、それが力を持った者の定めだ。」

 

 

常に自分の前を飛んでくれる安心感はこの強さから来ているのかと納得できた。赤松はどんなに離れたとしてもおそらくずっと勇の師匠なのだろう。それならばと、勇はしっかりと弟子として教えをもらい実践すべく返すことにする。

 

 

「了解しました!しっかりと間違えさせてもらいます!」

「おう!しばしの別れだ!クソ優秀な弟子野郎!」

「はい!しばしの別れです!クソ傲慢な尊敬する隊長殿!」

 

 

互いに敬礼を交わすと、あとはもう顔を合わせることもなく互いの道へと歩き出した。その言葉通り、赤松たち第二中隊はヒスパニアに向かう。彼らのエンジン音は唸るように欧州の空に存在感を放ちながら吸い込まれて行った。

そして、勇たち第一中隊の目的地はというと極寒の国、スオムスは南にあるヘルシンキ空軍基地である。現在、ネーデルランドからバルト海はネウロイの勢力圏内にあり、バルトランドの西端にあるベルゲン沖の北海から出撃し、およそ1000kmを飛行して目的地に向かう。空母飛龍での母艦生活も終わり、ついに戦場である。勇としては懐かしの欧州の地でもある。戦う高揚感と希望を胸に母艦に別れを告げる。そして艦長の山口多門提督と343空司令官の源田から激励を受ける。

 

 

「本日まで諸君らを運んできたことに、艦隊を代表して誇りに思うことを示そう。存分にやってきたまえ。」

「各地で奮戦する仲間とともに我ら343空はあると思え。私は政治の都合上第二中隊の配置されたヒスパニアに駐在する。戦闘において臆する君たちではないと思うが、くれぐれも活躍してもらいたい。諸君の武勇を期待している。終わりっ!」

「敬礼っ!」

 

 

激励が終わると隊長の林が号令をかけ、一斉に指揮官に傾注する。士気も上々、血気盛んな精鋭集団が母艦に別れを告げる。目指すは北欧、激戦区であるヘルシンキである。途中ストックホルムを抜け、安全地域を経由してヘルシンキに向かうためカウハバに立ち寄る。カウハバは現在507統合戦闘航空団の所在地であり502統合戦闘航空団のあるペテルブルグからも比較的近い要衝である。もう間もなく到着するであろう距離まで来ると部隊長である林がカウハバ基地に連絡を入れる。

 

 

「こちら扶桑皇国海軍欧州派遣艦隊343空第一中隊飛行隊長の林大尉だ。カウハバ基地応答願う。」

「こちらカウハバ基地、隊長の穴吹大尉です。連絡承ってます。付近を飛行中の隊員が出迎えますので従ってください。」

 

 

通信に出たのは扶桑では知らない者はいないと言っていいほどの有名人、穴吹智子陸軍大尉。別名「扶桑の巴御前」その人であった。「扶桑海の閃光」という映画でだれしも一度はその活躍ぶりを目にしたこともあれば、扶桑人形のモデルともなったその美貌でも知られた人物である。勇は一度穴吹が所属する部隊の別称を聞いた気がしたが、ここでは気にしないでいた。そして、案内役として現れた隊員は鮮烈と言うほかなかった。上空から近づいてきたかと思えば、逆落としの状態のまま編隊のど真ん中を一気に通過し、隊員たちの度肝を抜いた。当の本人はその後、隊の一番前に現れると陽気な口調でおどけていた。

 

 

「ハーイ!扶桑のみなさん!私がキャサリン・オヘアね!基地まで案内するからついて来るね!」

 

 

あまりのフランクさに毒気を抜かれた勇たちだったが、それが冗談だと気づかずに気を抜いたのが運の尽きだった。なんとオヘアは気のままに飛行を始め、鼻歌交じりに「ちゃんとついてきてくださーい!」などと迷惑極まりない態度で部隊を困らせた。そして、基地が見えたことに安堵しキャサリンが先に着陸態勢に入ると何やら地上の様子が騒がしくなった。どうやら地上の隊員が大きくバツを示している。さすがに危険信号だろうと勇たちが考えていると大音量で無線が響き渡る。

 

 

「こらあああ!オヘア止まりなさ・・・止まれって言ってんでしょうがあああ!!」

 

 

先ほどの巴御前の声が憤怒の化身となっているのにも関わらずキャサリンは着陸を始めてしまった。その結果は言うまでもなく大惨事だった。滑走路が一部整備中だったらしく、事前に違う場所を着陸場所に指定していたのをオヘアは失念していたとのことだった。着陸に失敗したオヘアは泥んこで、整備しかけた滑走路は修復前より悪化し、ただの穴に大変身した。勇たちは真っ青になりつつ、智子の溜息と怒り交じりの声に誘導されて指定の場所に着陸した。オヘアは恥ずかしげもなく頭をポリポリ搔きながら出てくる。

 

 

「とんだ落とし穴もあったものね~きっとビューリングが仕掛けたに違いないね!」

 

 

勇はこの部隊の別名をようやく思い出すことができたのはオヘアのセリフを聞いてからだった。第507統合戦闘航空団、別名「いらんこ中隊」。ここに立ち寄ったことで心休まるものではないことを確信した勇だった。

 




いかがでしたでしょうか。あまり話が進まないですよね。反省しています。次回からは北欧の地で勇たちにはぜひ活躍してもらう予定ですのでもうしばらくお待ちください。

ではまた次回お会いしましょう。さよなら~

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