境界の騎士   作:との109

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騎士と王女
一話


爆音が聞こえる。

 

あまりの音量に耳が遠くなり、耳鳴りと息遣いだけがやけに鼓膜に張り付いている。掴んだ手を離さないことだけに精一杯で、とても冷静とは言えない。

 

身を包む鎧と、右手にある剣が目に入る度に背中を押され、左手の掴む力は強まっていく。

 

もう、後戻りはできない。

 

前を先導するクローニンの大きな背中も、今は煤けて見えた。

 

――どれだけ走ったか.......

 

いつもは笑顔で挨拶してくれる官僚の姿も、今はない。緑で美しく手入れされた庭も瓦礫と砂埃で見る影もない。ただ、生まれてからの13年間を過ごし、仕えてきた王宮は、儚くもその威容を失っていた。

 

――なにが、守るだ.......。

 

剣を握る手に血が滲む。守ると誓った国は、今や崩壊し、これまでの人生の全てに背を向けて逃亡するしかない。

 

俺に残るのは、この握った手と、クローニンが守っている小さな命の二つのみ。

 

――なにが、守るだ.......!

 

守護の化身たる俺は、国の矛である俺は、一体何をしているのか.......。

 

絶望は、途切れず、協力者たちの力を借りて地球へ逃げ延びた後も、鎧と剣と握った手だけは、どうしても手放せなかった。

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

ルークの朝は早い。

早朝五時に起床すると、そのまま一時間のランニングと、剣の素振りをする。汗を流すためにシャワーを浴び、朝食を作るとちょうど7時頃。隣の部屋をノックするも返事がないため、外から部屋の主を呼ぶが返事はない。仕方なく預かっている鍵で勝手に入ると、布団に包まれて気持ち良さそうに寝ている彼女に声をかける。

 

「姫、起きる時間です」

 

大きめに声をかけるも、唸るだけで起きる様子はない。何度か声をかけると、むしろ、頭まで布団にいれてしまい、防音性が上がってしまった。

 

嘆息するルークの表情は、いつものことなのか特に苛立ちもない。

「姫、起きてください。朝ごはんができました」

「あと五分.......」

 

どうやら起きたようだが、二度寝の準備を始めてしまう。

今日は手こずりそうだ、ルークは状況を手っ取り早く打開する算段を脳裏に巡らせる。

 

「何回目ですか、もう11時ですよ」

「じゅっ、11時っ!?」

 

布団を翻してガバッと起き上がったかと思うと、寝癖のついた乱れた黒髪をさらに乱しながら、見開いた二重の目がルークと合う。

 

急いで、時計を確認する彼女の目に写ったのは、きっかり7時を指す短針と長針。混乱する寝起きの頭を回していると、目に写ったのは、微笑みを湛えたルークの姿。

 

騙された、と理解すれば彼女――忍田瑠花――の行動は早かった。寝起きの顔をしているだろう自分、乱れている筈の髪に、着崩れた寝間着。乙女の自覚がある16歳の瑠花がルークには見せたくない姿である。

咄嗟に布団を被る。

 

「で、出ていきなさい! 何を勝手に入っているのですか!?」

「しかし、昨日「うるさい! とにかく出ていって!」.......分かりました」

 

パタン、と扉のしまった音がしたので、恐る恐る布団から顔を出すと、瑠花以外は誰もいない見慣れた部屋。シンプルなインテリアと少しばかりの趣味(かわいいぬいぐるみ)で飾られた瑠花の自室である。

 

見られた.......! 寝起きの顔を絶対に見られた!?どうしよう変な顔してなかったかな、大丈夫!?.......あれこれと思考を巡らしながら顔は紅潮していく。

 

よくよく思い出せば昨晩、今日の用事のために7時に絶対に起こして、と頼んだのは他でもない自分だ。しかも、起きない場合は部屋に入ってでも起こして、

と要求したのも自分である。普段、ルークは許可なしに瑠花のの部屋には入らないのだ。

 

それを思い出した彼女は唐突に罪悪感に襲われてしまい、素早く手櫛で髪を少し整え、鏡で顔を確認すると、そろそろとゆっくり扉を、開き、外の廊下を覗く。

 

部屋の対面の壁際に立って待機しているルークと目があった。

 

「る、ルーク、その.......」

「姫、申し訳ありませんでした」

「い、いえ! 私が頼んだのに、怒って追い出した私が悪いのだから、謝らないで.......。その、ごめんなさい」

 

申し訳なさそうに覗かせた目を俯かせる瑠花。ルークをそれに微笑む。

 

「姫、朝食ができております。用意ができたら俺の部屋に来て下さい」

 

微笑み、踵を返して廊下をを進むルーク。しかし、そこで瑠花が待ったをかけた。不思議そうに振り返るルーク。

 

「その、姫呼びはやめて.......」

 

ルークは、顔を俯かせた瑠花を見て困ったように笑う。今まで何度もお願いされたことだ。本来、主の望みを叶え、仕えるのがルークの務めであるが、この時ばかりは首を横に振った。

 

「どうか、人目のないときは姫と呼ばせてください」

 

彼は頭を下げると、すぐに自分の部屋へと帰ってしまった。

 

瑠花も、顔を引っ込めて部屋に戻ると、残ったのは悲しいくらいに静寂な、ボーダー本部の内廊下のみであった。

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