境界の騎士   作:との109

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二話

忍田瑠花はボーダーの最重要人物の一人である。自己防衛能力の低さから考えれば、未来視のサイドエフェクトを持つ迅悠一よりも、護衛の必要性は高い。そのため、彼女の外出は徹底的に管理され、外出時には必ず護衛が付き従うことになっている。近界民(ネイバー)の出現は三門市――特にボーダー本部――に集中しているが、他の場所に絶対に現れない訳ではない。

 

全国各地でこっそりと現れ、人知れず人間が連れて行かれている現実を考えると、マザートリガーを動かす瑠花の護衛は必要不可欠であった。

 

そんな彼女の護衛は、余程のことがない限りきまっていた。

 

艶やかな白髪と、藍色の怜悧な双貌、整った顔立ちと、すらりと伸びた痩躯の青年――ルーク・クローニン――である。

 

「そこで止まってください」

 

ルークの言葉でタクシーが止まる。料金を払い、ルークと瑠花の二人がタクシーから出たすぐそこに、三階建ての大きな建物があった。

建物には玉狛支部の紋章がつけられている。

 

もう1月の初めである。三門市でも寒波が猛威をふるっていて、瑠花は思わずマフラーに顔を埋めた。

 

「姫、早く中に入ってしまいましょう」

「そうね」

 

インターホンを鳴らすと、中からすぐに返事が聞こえ、扉が開く。開けたのは宇佐美栞だった。

 

「いらっしゃーい! 寒かったでしょ、さあさあ入って入って! お、瑠花ちゃん今日もオシャレだねー! ルークさんも相変わらず背が高い! レイジさんの次に高いわー」

 

会って早々騒がしい様子なメガネがよく似合う彼女は、手招きしてリビングまで案内してくれる。シンプルながら生活感溢れる玉狛支部は、居心地の良さが垣間見える。

 

暖房が程よく効いていて、暖かい室内に一息つく。

 

「こんにちわ、栞。元気にしていましたか」

「そりゃもう元気! 陽太郎も呼んでくるから、ちょっと待っててねー」

 

慌ただしくリビングから出ていく栞と交代に入ってきたのは、洒落たサングラスを額にかけた迅悠一だった。

 

「よっ、一週間ぶりだね、瑠花ちゃん。ルークは昨日ぶりだな。ぼんち揚げいる?」

 

毎度恒例、ぼんち揚げのお裾分けをかました迅。いらないわ、と瑠花は表情を変えずに断る。間食はしない質なのだ。

 

「いや、遠慮しておこう」

断った二人に特に残念そうでもなく肩を竦める。

その時、ちょうど栞が陽太郎を連れてきた。陽太郎は巨大なカピバラに乗って登場するも、既に見慣れた光景で誰も違和感は感じない。

 

「るかねーちゃん!」

「陽太郎!」

 

嬉しそうに抱擁する姉弟の姿に頬が緩む。ぼんち揚げを断ったときの無表情が嘘のような瑠花の笑顔に、迅が腕に抱えた菓子袋がガサッと揺れる。

一週間ぶりの再開。喜び、一週間の隙間を埋めるように話す二人。ルークはそれを眩しそうに眺めている。姉弟だというのに会うことができるのは一週間に一度。思うことがないでもない。

 

「迅、レイジ達はいるか?」

「レイジさんと鳥丸は外出中、小南はもうすぐ帰ってくるんじゃないかな」

「そうか、なら――」

「るーく! かたぐるまをしてくれ!」

「――了解しました、殿下」

 

迅との会話を切り上げ、すかさず5歳児を肩車する。心配そうにそれを見守る姉など素知らぬ様子で、高くなった目線を楽しんでいる陽太郎。

 

「うおー! らいじんまるよりたかいな! さすがだぞるーく! ほめてやるっ」

「光栄です、殿下」

「き、気を付けてくださいねルークっ。あぁっ、陽太郎そんなに動いたら危ないでしょうっ」

 

楽しそうに戯れる三人。迅と栞が用意した茶を啜りながら仲睦まじい彼らを眺めていると、玄関からドタドタと乱入者が現れた。

息を切らしてリビングの扉を、乱暴に開いたのは明るく長い茶髪をボサボサにした制服姿の少女だった。

 

「来たわねルーク! 今日こそ勝つんだから、早く戦いなさい!」

「だめだぞ、こなみっ。るーくは今いそがしいからなっ」

「なによ、肩車してるだけじゃない! いいから行くわよルークっ。 昨日の続きよ、勝ち逃げなんて許さないんだから!」

「ちょっと小南っ。無理に引っ張らないで! 陽太郎が危ないでしょう!」

「どうせトリオン体なんだから大丈夫よ!」

「るーく! かいじんこなみをやっつけろー!」

「誰が怪人よ!」

 

両脇を瑠花と小南に挟まれ、肩には我らが殿下が鎮座されている引く手数多のルーク。その光景を栞はニヤニヤしながらカメラに収め、迅もニヤニヤしながらぼんち揚を貪るのみ。孤立無援の騎士がそこにいた。

 

困り顔を浮かべながらも、なんとかバランスを保って陽太郎を落とさないようにしながら、両側からの拘束を解く。巧みな技でいつの間にか掴んでいた腕がなくなった彼女たちは、ゆっくりと陽太郎を雷神丸の背中に下ろしているルークに視線をやる。

 

「むっ、もう終わりかるーく! つぎは『しんわざ』のとっくんをするぞっ」

「殿下、『新技』はあとでやりませんか? これからあそこの怪人を倒してきます故」

「むっ、そうか.......。わかった、おれは我慢できてえらいからなっ、まっていてやろー!」

 

感謝いたします殿下、と恭しく頭を下げるルークの後ろでは、小南が髪を振り乱して「怪人言うなっ」と暴れているが、弟の成長に感動している姉が邪魔はさせないと立ち塞がっている。

 

いい写真がとれた.......。ホクホク顔の栞が「訓練室の準備してくるね」とリビングを後にする。

 

「姫、殿下。暫しの間、傍を離れさせて頂きます。用があればお呼びください。すぐに駆けつけます」

「ほら、早く行くわよっ。今日も10本やるわ!」

「いってらっしゃい。あまり小南をいじめないであげなさい」

 

どういうことよっ、とまたも拗れそうな空気をルークは悟り、小南を引きずって栞の後を追う。リビングに残ったのは迅と姉弟の三人となった。

瑠花は陽太郎の手を繋ぐと、リビングを出ていこうとしたとき、迅が待ったをかけた。

 

「瑠花ちゃん、一時間後くらいに紹介したい三人が来るんだ」

「.......ルークは呼んだ方が?」

「いや、あっちは勝手に戻ってくるだろうから。瑠花ちゃんもそのくらいにリビングにきてくれない?」

「分かったわ」

 

行くわよ、陽太郎、と弟の手を引いて出ていく。迅はそんな彼女の姿が見えなくなると、ぼんち揚を机に置いてため息を吐いた。

 

「また、面倒な未来が見えちゃったなぁ.......」

 

その呟きは、誰もいないリビングの中でも静かに溶けて消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、ルークと小南の十本勝負は7:3でルークの勝ち越しで終わった。もう一回とごねる小南だったが、これを受けていたらいつまで経っても終わらないためルークが固辞し、終了となった。次は勝てるわ、と口をすぼめながら隣を歩く彼女は、訓練後の風物詩である。

広間に戻ったところ、来たときには見なかった顔が3つ増えていた。白髪の少年に、メガネの少年、そして小柄な少女だった。すでに瑠花と陽太郎は広間に戻っており、それぞれ席についている。

 

「お、噂をすればなんとやら。戻ってきたな二人とも」

 

新顔三人の視線は、小南の隣に立つルークに集まっていた。

 

「瑠花ちゃんにはもう紹介したけど、こっちの三人は新しく玉狛支部に入った後輩たちだよ」

 

三人はそれぞれ、挨拶と自己紹介をしていく。どうやら、白髪が空閑遊真、メガネは三雲修、少女は雨取千佳というらしい。

 

「初めまして、ルーク・クローニンです.......」

 

ルークは確認するように迅へと視線を向ける。どこまで自分のことを言うべきか、困っているからだ。瑠花と陽太郎が実は近界民で、亡国アリステラの王族であることや、ルークがその騎士であることなど、隠すべきことは多くある。

 

しかし、迅は首を縦に振った。つまり、話していい、ということだ。

それを確認したため、言葉尻が小さくなってしまった紹介を続ける。

 

「姫の近衛騎士として、護衛を任されております。本部に所属していますが、形式上のもの故、どうかよろしくお願いいたします」

 

そう頭を下げるルークに、三人は圧倒される。姫と騎士など、物語でしか聞かないような関係が生で目の前にあるのだ。なんとも言いがたい感動が胸中に渦巻いていた。

 

「る、ルーク! 姫呼びはやめなさいっ 」

「しかし、既に俺たちの事情は話したのですよね? でしたら何も問題は――」

「――あるに決まってるでしょ! 大ありよっ」

 

顔を真っ赤にしてルークに詰め寄る瑠花。困り顔のルークに、姉がなぜ怒ってるのか不思議な陽太郎。遊真と迅はニヤニヤと面白そうにその光景を眺める。

 

「迅さん、あれは.......?」

 

小声で修が迅に問いかける。千佳と遊真も、瑠花の様子の理由が気になるのか耳を傾けた。

 

「あー、あれは照れてるんだよね。ほら、瑠花ちゃんも16歳で思春期だし、こっちの文化的に姫呼びは恥ずかしいらしい」

 

余計なことを言わないでっ、と迅にも怒りを向ける思春期少女。どことなく新顔三人からの視線が生温くなったことに気が付き更に顔を赤くしてしまった。

なにも、姫呼び自体だけに引っ掛かっているのではないのだが、それを説明するのも面倒だし恥ずかしいしで、もう何も言えない瑠花だった。

 

そんな空気を切り替えるように、迅はパンっと手を鳴らす。

 

「じゃ、顔合わせも終わったし三人とも、訓練してきなよ。レイジさんと鳥丸ももう少しで戻ってくるだろうからさ」

 

三人が訓練室の方へと出ていく。

 

「じゃあ、今日の当番私だから買い出しに行ってくるねー。陽太郎と瑠花ちゃんも行かない?」

「しかたないなっ。おれとらいじんまるの力がひつようみたいだ!」

「陽太郎も行くなら私も行こうかしら」

 

そう言って玄関へと歩いていく三人。護衛としてルークもついていこうとする。

 

「では俺も――」

「――ルークは残ってくれないか?」

「.......は?」

 

予想していなかった言葉にルークは呆ける。

 

「瑠花ちゃんの護衛には小南がつくからさ、いいだろ?」

「え、ちょ、迅なにを勝手に.......」

「小南、ちょっとルークと二人で話したいことがあるんだ」

「.......ルークはいいの?」

 

確認するように目を向けてくる小南への反応に、ルークは悩む。思わず、迅を見ると、あまりにも真剣な顔していることに気付く。

 

「.......あぁ、小南たのむ。お前なら任せられる」

「そっ。いいわ、任されてあげる! 迅、これ貸し一つなんだからねっ」

「ぼんち揚いる?」

「それ以外で返して!」

 

小南が出ていくと、とうとう広間には二人だけが残った。

 

「迅.......。なにか、みたのか?」

「大規模侵攻の話は聞いてるか?」

「一応、忍田さんから聞いている。そのための備えもしているんだろう?」

 

俯く迅の様子に、思わず前のめりになる。迅の未来視は酷く繊細であることは知っている。恐らく、なにを伝えるべきで、そうでないのかを今一度吟味しているのだろう。

 

暖房による暑さとは別に、汗が頬を伝う。

 

「ルーク、お前は大規模侵攻中、人型近界民と戦うな」

「戦ったら、どうなる?」

 

その質問は、ほぼ無意識の内に出たものだった。ただ、背中がじっとりと濡れる感触と、喉の渇きを感じる。

迅は、真っ直ぐと目の前の青年の目を見つめて言った。

 

「おまえは、瑠花ちゃんと会えなくなる」

 

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