あれから数週間。
ライダーとオウガはギルドの裏手を拠点に、納品などの力仕事を中心に業務の手伝いをしていた。
こうなった経緯は一方的な乱闘後。ライダーは支部長と監督官に自分の事を説明した。だが、いくら監督官の奇跡でライダーの言葉が証明出来るとはいえ、異世界など簡単に信じられる話ではない。更に魔物を連れているとなれば排除しろと上から指示がある可能性がある。そうなった場合、先程の戦いを見た後では返り討ちにあう未来しか見えない。
ならば、冒険者にすれば? 確かにそれならば幾ばくか安心出来るが、周りの冒険者や街の住人たちがヨシとしない。流石に魔物が街を闊歩するのは不安しかないと言う声が多かった。
故に暫くは業務を手伝って貰い、少しでも街の皆に慣れて貰おうと考えた。しかし、彼はモンスターライダー。常にモンスター…もといオウガを連れているため、行く先々で絶叫や気絶、失禁など、人々に少なくない恐怖を与えてしまっていた。
問題は他にもあり、ライダーはこの世界の字や金銭などの常識を知らなかった。まあ、元々は異世界の住人なのだから無理もない。なので、簡単な書類整理でも時間を取ってしまい、酷いときには丸1日掛かってしまった。
だが、それも過去の話。ライダーの献身的な態度、毎日訪れるモンスター、重ねる毎に街の人々はライダーを受け入れ、今ではご近所の友人の如く気軽に挨拶や会話をするようになっていた。
もう一つの問題だった常識も問題なし。寧ろ、一番速く片付いた問題だ。適応が速くないか、と支部長に言われもしたが、これくらいの適応力が無ければ元の世界で生きていけない。
今日も新人受付嬢と共に書類整理をするのだが、
「すんません。それ、間違ってるっすよ」
「え? …す、すいませんッ!」
「いえいえ。今は忙しい時間帯っすからね。落ち着いてやって来ましょ」
「…………はい」
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「はぁぁぁ………」
休憩中、ギルドの裏で大きな溜め息を吐く新人受付嬢。まあ、まさか研修も受けず、手伝い始めて数週間の素人に実力で負け、逆にアドバイスを貰ってしまう現状では無理もないだろう。
(私、素質無いのかなぁ…)
実際、ライダーが異常なだけなのだが、新人受付嬢はそれに気づくことはなく、また深い溜め息を吐く。かなり気が滅入っているのだろう。そのせいか、彼が近くにいるというのに気づいていなかった。
「ハッハッハッ…」
「え? …あら、オウガちゃんじゃあないですか。ライダーさんはどうしたんですか?」
すぐ目の前でお座りしているオウガに優しく語り掛ける新人受付嬢。そんな彼女に対して、オウガはお座りの体勢から伏せへ。更に寝転がって、新人受付嬢に自身の腹を見せる。
「あ、いいんですか? いつもすいません。では…」
新人受付嬢の手がオウガの腹へ伸びる。フサフサな毛がしっとりと彼女の手に吸い付き、ほんのりと生物特有の温もりが彼女に温もりを与える。
「はぁ…この時が至福です。ワサワサ~…ワサワサ~…」
「ハッハッハッ」
「ここがいいんですか? ここがいいんですねぇ?」
「クゥン…」
「すぅぅ…はふぅ…すぅぅ…はふぅ…」
「…………」(;¬_¬)
「すぅぅ……はふ──ッ!?」
『…………』
「…ち、違うんです」
「それ、前にも聞いたっす」
「違うんですッ!」
「いいんじゃないんすか? アニマルセラピーならぬ、モンスターセラピー。俺も時々しますし」
「だ、だからぁッ!」
赤面して否定し続ける新人受付嬢。しかし、先週から同じ光景を見続けているライダーにとっては意味が無い行為だった。
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カラン…カラン…
神々の盤上で賽子が鳴る。今日も遊びに呆ける神々だったが、最近の彼らには一つだけ不満があった。
それは新たに追加した駒が原因である。
圧倒的な力を持つその駒は動く度にワンサイドゲーム。ほぼ一方的な展開に、神々は僅かな面白味も感じずにいた。
──なら、彼の世界から新たに呼んでみないか?
誰だったか。一人の神の提案に皆が賛成し、前回と同様、自然の神が新たに駒を持っていき、盤上に並べる。その行為が愚かであると気付かずに。
その異変はすぐに起こった。
《幻想》の神が賽子を振るう。
──気高き翼を持つ竜の駒が賽子を盤外へ放り捨てる。
《真実》の神が賽子を振るう。
──猛々しい獣の如き竜の駒が賽子を砕く。
《死》の神が賽子を振るう。
──大海を統べる竜の駒が賽子を呑み込む。
《時》の神が賽子を振るう。
──古の龍の駒が賽子の存在そのものを消し去る。
《自然》の神が声を荒げ、盤上を指差す。
──盤上は姿を変え、より広大な物へ姿を変えた。
神々は漸く気づく。自分達が何を仕出かしたのか、何に手を出してしまったのか。
だが、それらは後の祭り。もはや四方とは呼べなくなった盤上が全てを物語っていた。
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西の辺境から少し離れた地点。廃村となった村の近くに大きな森があった。ここには熊型の魔物が良く出没し、冒険者たちが実力を試すため、もしくは依頼を受けて訪れる。
今日も三人一党の冒険者たちが熊狩りの依頼を受けて、森を慎重に進んでいた。彼らの階級は鋼鉄。熊狩りにも慣れており、いつも通りに狩ってギルドの酒場で酒盛りする予定だった。だが、今回ばかりはそうも言っていられない状況下にいた。
その異変はすぐに気づいた。
森に入って僅かな時間。突然視界が開けたかと思えば急で長い坂。その先には先の見えない広大な樹海が広がっていた。
一党の一人が言う。
──すぐにギルドへ帰って、この事を報告しよう。
異変では片付くことが出来ない状況に残りの仲間は頷く。しかし、彼らの行く手を阻む者が現れた。
始めは違和感だった。だが、それは木々の間から姿を現した何かで危機感に変わる。
そいつは木々にぶら下がり、冒険者を観察するかのようにじっと見つめる。初めて見る魔物。まるで品定めされているかのような状況に痺れを切らし、弓を持った冒険者が矢を放つ。だが、その矢は魔物に刺さることは無く、されど、そいつを怒らせるには十分だった。
奇声にも似た叫びを上げ、腕を振るう魔物。素早いその動きに、弓を持った冒険者は成す術もなく近場の木に叩きつけられ、全身の骨を砕かれて絶命してしまう。
魔物は次のターゲットを見つめる。
残された冒険者二人。その内の一人が仲間を逃がすため、目の前の魔物の情報を伝える為に囮になると宣言。囮となる冒険者が切りかかり、残された冒険者は一目散へ森の外へ走る。
後ろではグシャッと何かが潰れた音の後に、魔物の鳴き声が響いていたのだった。