化物戦記〜ゲート研究部活動記録〜   作:かえりゅくんぱんつ

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第十九話 兄の決意

「ねぇ。」

 

旅立ちを前にした、幼い少年が一つ。

 

それに応えるように振り向いた少年よりも更に幼いであろう少女。

 

「これ、ぼくがきのうつくったんだ。ケルカリト。」

 

ケルカリト、それは少年の世界では伝統的な装飾品、草木を編んだ輪で手首に巻く用途がこの世界では一般的だ。

 

「ぼくがいないあいだも、ケルカリトがあればだいじょうぶだよ。」

 

少年は今にも泣きそうな少女にそう言いながらケルカリトを手渡す。

 

ケルカリトはただの装飾品ではない。

彼らの世界でのケルカリトは千切れた時に持ち主の身代わりとなり、持ち主を守る。

伝統的な御守りなのだ。

 

「でもね、ケルカリトがちぎれるよりまえに、かならずおにいちゃんがたすけにくる。やくそくだよ!」

 

そんな少年の言葉に、少女は涙を零しながらも笑顔を表し、少年に抱きついた。

 

「それで、またこうやってギュッてするよ。

ちぎりでやくそくしよう?」

 

うんと頷く少女。

 

そして二人は手の平を合わせ共に口にした。

 

『神よ神、民よ民、我らは今、此処で契る。』

 

 

 

 

少年の手の平には一つの千切れたケルカリト。

小さな少年の手は、跡形もない木屑を握り、

まだ小さな口から、詰まったような声を、静寂の星々の川に、ただ静かに流した。

 

星の川に終着点は無く、流れる音はいずくにも至る事も無い。

 

──それは、永久に。

 

・・・

 

「待て。」

 

冷たい空気の漂うゲートの前に立つと、男の声が聞こえた。

 

「待てって、君の命令で行こうとしてた所じゃないか。

それとも何かサプライズかな?

我が王たる『頭脳』さん?」

 

ゲートの前に立った白い和服の少女、マーリンは己の背後に居る『頭脳』……白衣を纏ったあの男の方へと向き変える。

 

「サプライズ、と言えば聞こえは良いだろうな。

だがあながち間違ってはない。支援物資だ。」

 

白衣の男、『頭脳』はそう言うと手に持つ銀色の輪をマーリンに渡した。

 

「何コレ。」

「言っただろ、支援物資だと。それにコレについてはお前も『目』なら既に視ているハズだ。」

 

面白味のない『頭脳』からの返答にやれやれといった様子で肩をすくめるマーリン。

 

「ハイハイ、ボクはもう知ってるさ。

ただこういうモノは観客席にも理解して貰えるように解説するのが礼儀だろう?」

 

そんなマーリンに理解不能といった様子の『頭脳』だが、説明が無ければ使用しないと言わんばかりに銀色の輪をクルクルと指で回すマーリンに呆れ、口を動かした。

 

「ソレは首の付け根に装着する物、簡単に言えば君達の首輪だ。」

「はははっ、ソレいいねぇ〜、ボク達は我が王の忠犬。ワンワンってね。」

 

『頭脳』の説明にマーリンはヘラヘラとした様子でちゃちゃを入れるが『頭脳』は表情を変える事なく説明を続けた。

 

「ソレは一度付ければ外す事はこちらの操作以外では不可能だ。」

「犬でもシャワーの時ぐらいは首輪外して貰えるぞ?」

「そしてソレの使用用途は三つある。」

「おっと衛生面は無視か?」

 

いちいち口を挟むマーリンを他所に『頭脳』は更に深掘った説明を始める。

 

「まず一つ、ソレは通信機器として使える。

空間を超えた通信機器、特例さえ無ければ例え異世界同士であっても通信可能だ。」

「特例ってのは?」

「それは後で説明する。」

「ちぇっ。」

 

マーリンの質問を流し、次なる機能の説明へと話を切り替える。

 

「次に二つ、ソレは簡易版ゲートとして使える。

ゲートのようなまだ此方が見付けていない異世界に飛んだり、ランダムに飛んだりする事は不可能だが、

一度上陸した異世界であれば何処にでも移動が可能だ。

細かな座標設定で時間遡行、未来に行く事も難しくはない。

……但しこれも特例を除けば、だ。」

「また出たよ、特例。」

 

特例という言葉で片付けられる事象の正体を早く答えろと言わんばかりに急かすマーリン。

それに対し『頭脳』は隠す必要が無いのか再び口を開く。

 

「……で、この特例というのは即ち、

外部から干渉出来ない状況が作成された場合。

君の『目』で視えない場所と条件は同じだ。」

 

ふぅん、と言いながら『頭脳』の説明を噛み砕いていく。

 

「つまりは遮断結界などで覆われた場合って事ね。

そういう場所に隔離された場合とかに通信が切れて音信不通になる感じか。

んで、常時コレを付けさせられるって事は通信は常に動いていて、味方の音信不通を直ぐに察知出来る。

それにより、それまでの音信を辿って救援に行けるってワケね。

……そしてコレが付いてる限り常に互いに監視されている、という所かな?」

 

マーリンの言葉に鼻を鳴らし軽く頷く。

 

「君は理解が早くて助かる。

そして最後の機能、三つ目の機能だ。」

 

察したような、否、知り得ているような表情のマーリン。

その顔は決して明るいものでは無い。

 

「使いたくない機能だがね。

我々を裏切った際の、処刑機能だ。

この機能は通信ではなく内蔵機能、故に特例場面であろうと裏切りが発覚すれば作動する。」

 

マーリンは首輪を指で回すのをピタリと止めた。

 

その瞬間。

 

──ガシャンッ!

 

大きな音を立てて首輪内部から鋭利な刃が何本も勢い良く飛び出てきた。

刃と刃の僅かな隙間で指を止めていたマーリン。

 

「成程、即死する急所には刺さらないように設計されてる。処刑というより拷問器具のようなものだね。」

 

飛び出た刃は、肉があればそれを抉るように、少しずつ回転する。

 

「これが処刑か拷問かは人による。

君には充分な処刑になるだろう?『目』よ。」

 

『頭脳』の言葉に空笑いを一つ。

 

「はぁん、そういう事。君ってホント、イイ趣味してるよ。」

「最良の選択をしているだけだ。」

「どうだか。」

 

ガチャンと再び音を立てて刃が収納された首輪。

それを確認したマーリンは、ヘラりと変わらぬ顔をしながら首に装着をし始める。

 

「ま、機能的には結構便利そうだし使わせて貰うよ。

馬鹿正直にゲートを使っていては何時アシが付くか分からないし。

『ランスロット』も言ってたもんね。「通信機があればもっと連携が取りやすい。」だとか真面目そうにさ。飛んで喜ぶんじゃない?アイツ。」

 

『ランスロット』と呼ばれる者が誰なのか一瞬ピンと来なかった様子の『頭脳』。

 

「『ランスロット』……あぁ、『脚』の事か。

渾名を勝手に付けるのは良いが、我々の会合やこういった場面で使われると分かりにくい。今後控えてくれ。

だが『脚』にもソレを渡したが随分と喜んで居た。君の言った通りにな。」

 

反省の気のなく軽く「めんめんご〜」などと言いながら首輪を付けたマーリン。

 

「しかし君、クローン作りなんかより、こういう工作の類の方が向いてるんじゃない?

実際機能も充実してるし。」

 

揶揄うでもなく『頭脳』に投げかけるマーリン。

だが『頭脳』からの返答も彼女には分かりきっていた。

 

「いいや、クローンこそ我々の目的の最終地点であり、我々の最たる研究成果だ。

その首輪など所詮は過程に過ぎん。」

 

知ってましたと言わんばかりの顔で肩をすくめると、早速装着した首輪を操作し出す。

 

「ハイハイ、研究者は面倒臭いねぇ。

んじゃ時間も惜しいんでさっさと行くよ。」

 

それだけ残すとシュンッとその場から消えた、彼らが『目』、マーリン。

それを見送った『頭脳』は冷たい床の上に固い靴の音を立てながら歩き出す。

 

「完璧なるクローンを造り上げる事こそ、君が後世に残した最後の課題なのだから。」

 

 

「そして僕がそれを成し遂げた。

だから君はもう、無理をして生きる必要は無いのだよ。」

 

だから、僕が救ってあげよう。

 

 

 

 

──全ては君の、安楽の為に。

 

・・・

 

国立西雷光戦闘員養育学校正門前。

今回出撃するメンバーは此処で集合すると連絡されていた。

「アラ、あのタクシー。」

端末を触っていたジルヴェスターが顔を上げる。

 

集合時間の二十分前。

前回、青龍に教えられた通り、タクシーに乗り国立西雷光戦闘員養育学校にやって来た、北の来訪者。

 

その来訪者の目には、前回遼を迎えに来た銀髪の男と黒髪の男の二人を目にする。

 

「お待たせして申し訳ありません。

私は国立北源水戦闘員養育学校から参りました、花宮千利と申します。

お二人が今回有志調査に加わる先輩方という事でよろしいのでしょうか?」

 

私はタクシーを降りると正門の前に居た二人の男に声をかけた。

 

「えぇ、そうよぉ〜。

アタシは西のジルヴェスター・フォン・アインホルン。堅苦しいのは苦手だし、ジルちゃん♡って気軽に呼んで欲しいわぁ。」

「堅苦しいのが苦手だからって後輩にまで強要すんな。相方がこんなで済まんな、頼りになる奴ではあるんだが……俺は国立西雷光戦闘員養育学校高等一年の駒凪未弦。ジルも同じ学年だ。」

二人は私を見ると各々の自己紹介を済ます。

 

「ジルヴェスターさんと未弦さんですね。」

「んもう、誰もアタシをジルちゃんって呼んでくれないんだからぁ。

よろしくね?千利チャン。」

「だから強要はすんなって。まぁ、先輩として何時でも頼ってくれ。よろしくな。」

「強要のつもりは無いのよぉ?」

 

大きな体躯に似合わぬ動きと表情で手を差し出すジルヴェスター。

 

しかし私にはジルヴェスターが手を差し出す理由が分からなかった。

 

「……これは?」

「これはって……握手のつもりだったんだけど、千利チャン握手苦手タイプかしら?」

 

握手。

耳にした事や、礼儀作法などの本で学んだ事はある。

 

「あぁ、握手でしたか。失礼しました。」

私は過去にインプットした礼儀作法の知識を広げ、差し出された手を作法通り握る。

 

「んもぅ、そんなにかしこまらなくていいんだからぁ。」

 

ジルヴェスターは私の手を握ったかと思うと、それを彼の口元に近付け、手の直ぐ近くでリップ音を鳴らす。

 

その様子に呆然とする私。

そんな作法は何処の本にも、何処のデータにもなかった。

「おい、ジル。あんまり後輩を茶化すな。

ジルが迷惑かけてすまんな、千利。」

ため息混じりにジルヴェスターの素行を未弦は注意する。

 

そう話していると校舎から二つ足音が増えた。

「あ、千利パイセン。ちわーす、お待たせしてすんません。」

私を見かけると手を振る遼と、軽く会釈する西蓮寺。

 

「いえ、私も先程着いた所です。」

個人的に前回の調査発表会では遼は二十分前、西蓮寺に関しては開始とほぼ同時にサジューロと現れた事から、遼は兎も角西蓮寺はもう少し後から来ると思っていたので少し意外だった。

 

残るはあと一人。

私が知るこの学校のゲート研究部の部員は霧更だけだ。

 

だが彼女は比較的早く集合場所に到着する。

南での臨時構成時も、私よりも先に到着していた。

そして今回の主催校は西。ならば必然的に彼女が残るメンバーならもう既に到着している筈だ。

 

……となると今回のメンバーは。

 

次に音が響いたのは集合五分前。

他のメンバーよりも短い間隔で耳に入る軽い足音。

 

余裕の無い足運びの間隔、恐らく走っているのだろう。

尚且つその間隔が小さく早い事、音の一つ一つが軽い事、それを考慮すると小柄な女性なのだろう。

 

「お、おまたせしました!」

 

息を軽く荒げ、そう声を上げたのは予想通りの小柄な女性。

いや、女性と言うより少女と言った方が妥当だろう。

 

彼女は背丈も遼よりやや低い事、制服のエンブレムから小等生である事から、遼と近い歳、或いはそれより下と推測できる。

 

もうみんないる……と気を落としたように呟いた少女は、私に目を留めると微かに目を見開き、慌てたように頭を下げた。

 

「おっ、遅れてすみません!っえ、えっと、こ、国立西雷光戦闘員よういきゅ学校小等しゃん年の、揺木ミズハと言います!」

 

とは言えまだ五分前だ、遅刻ではない。

それでも人を待たせたという罪悪感がきっと彼女に緊張を与えているのだろう。

 

しかし私は彼女の目の前にしながら、意識は別に向いていた。

 

僅かに感じた気配の残穢、視線のような何か、たった一瞬ではあったが、確かに『何かが居る』という事実を、研ぎ澄ました神経で掴み取った。

 

「あのー……?」

 

少女に声をかけられ、目覚めたように目の前の少女に意識を向ける。

 

「失礼しました、申し遅れましたが私が本日臨時に入らせて頂きます、国立北源水戦闘員養育学校から参りました、花宮千利と申します。

この度はどうぞよろしくお願い致します。えっと……。」

 

私とした事が『気配』を追うあまり、彼女の自己紹介を全く聞いていなかった。

 

それを察したのか、或いは噛んでしまったが故のリテイクとしてなのか。

走っていた直後の彼女は息を整えた後、再度口を開ける。

 

「ええっと、国立西雷光戦闘員養育学校小等三年の、揺木ミズハと言います!」

 

改めて紹介をした後ペコリと律儀に礼をするミズハ。

それを後ろでジルヴェスターや未弦は微笑ましく眺めていた。

 

「ミズハさんですね。よろしくお願いします。」

 

彼女に合わせて軽く礼をする。

 

だが不思議だ。

目の前に居るミズハは私を見るなりあまり快い表情をしない。

私の礼儀の怠りだろうか。

だが挨拶などに誤りなどは無かった。

 

疑問点は残るままだが、それより私は今回の出撃が堪らなく楽しみだったのだ。

今直ぐにでも出発したい程に。

 

 

 

 

……怖い。

それが少女が目の前の来訪者。花宮千利に対する印象であった。

 

彼女には視える。

怪異、心霊、そして感情の残滓。

視える、筈なのだ。

 

だが、視えない。

花宮千利が今、どのような感情を抱いているのか。

本来なら視える筈のソレが、花宮千利から視る事が出来ない。

 

まるで目の前に居るモノは、生物では無いような。

そんなイレギュラーに恐怖を覚えるのも致し方ない事だろう。

 

ミズハは目の前の来訪者に気付かれないように少しずつ距離を置き、近くに居た西蓮寺の羽織の裾を握る。

 

「しーちゃん、居るんでしょ?」

低く小さな声で彼女を呼ぶ。

『どったの姐さん』

ふわり、ふわりと宙を舞う蝶、死神が一匹。

 

姿を現したわけでは無い死神だが、まるで彼女が視えているかのように、ジルヴェスターは再び口を開く。

 

「貴女から見てあの子はどう映る?」

『ヤバい。』

想定内の返答だったのか、唇に指を当てて思案する。

 

『今の時点でもだいぶヤバいけど、アレがあのまま育てば姐さんでも厳しいよ。』

普段からちゃらけた振る舞いをする彼女だが、その目と声色は真剣だ。

 

「そう。」

と、相槌を一つ返すと切り替えるように息を吐く。

 

「さて、そろそろ行きましょ?」

パンパン、と手を叩き面々に視線を移したジルヴェスター。

 

「うす、勿論。」

遼は頷き歩き出す。

 

「ゲートまでの案内は俺がするんで、今回はよろしくお願いするっス。千利パイセン。」

「はい!よろしくお願いします。」

 

真剣な西の面々の中で一人浮く千利。

だが彼女はそんな事などどうでも良かった。

 

欲しいのは知識。

 

それ以外の事など、彼女にとっては腹の足しにもならない。

即ち不要な物だ。

 

そんな千利に違和感を持つ西の面々、だが往くしか無いのだ。

 

遼はゆっくりと瞼を閉じる。

そして大きく息を吸い、強く目を開いた。

 

それは彼の決意を表わすように。

 

「──只今から、A-762遡行防衛作戦を遂行する。」

 

 

 

 

今度こそ、俺が、お兄ちゃんが守るから。

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