これじゃダメだ。
「慈悲なんて持つだけ無駄。」
「そんな物持ってるようでは使えないわ。」
そう、だから。
「万利を見習いなさい。」
……。
「万利がこんなに出来るなら、千利なんて要らないかもしれないわ。」
知ってる。
私の手はマメが潰れて血まみれ。
それでも望まれる高さへは随分と遠い。
千の利益よりも万の利益の方が彼らにとっては良いものだろう。
私は彼らが望む程の利益は運べない。
こんなに足掻いても、苦しんでも、君に指先一つも、届きはしないのだから。
私は一族の望まれるように、強く、強く、強く……
強く……?
・・・
ヒュゥゥゥゥゥゥゥ……
「また空!?」
「ゲートの奴気まぐれだからな。地上に降ろしてくれる事は殆どないぞ。」
「いや黒咲部長呑気に言ってますけどこれ結構ヤバ……。」
グオォォォォォォ!
龍の鳴き声……この声は。
「空牙さん!」
私達を拾うように体を捻り、見事に背に乗せていく空牙。
「その為の空牙だし……つーか、あの教室にいた中で出れるのがこのメンバーだった……ってのもあるが。」
空牙の背で胡座をかき呑気に話す黒咲部長。
「え……でもあの依頼用紙ってあの場にいた誰かが作ったわけではないですよね?」
「ん?あれ作ってんのサジューロだ。……あ、ほら。そこにいる。」
かなり陸が近付き、景色が見えるようになってきた。
見えたのは私達の通う戦闘員育成学校、その名も『国立北源水戦闘員養育学校』
その学校の屋上に人が二人程見える。
一人は長身だが猫背の黒髪の男性。
もう一人は桃色の長い髪をポニーテールにした女子生徒のようだ。
「サジューロ……さんは、顧問の先生……でしたよね?あの黒髪の方でしょうか。」
「そうそう当たり。あのクソデカ黒毛玉。」
確かに黒咲部長から見たら巨大に見えるのだろう。
空牙が学校に接近するにつれ、二人の様子が良く見えるようになる。
……確かに、黒咲部長の言う通り。ボサボサだった。
空牙が屋上に上陸すると二人が駆け寄る。
「選抜メンバーの皆様、お疲れ様でした。報告はな……あれ、父さ……っ違う!サジューロ先生?この子は誰ですか?」
父さんと言いかけた事にニヤニヤとしながら、黒髪の男は桃色の髪の女子生徒にちょっかいを入れ始める。
「違う事ないぞー?俺はお前のお父さんだぞー……てのは置いといて、その子は、今日部活見学来てくれてた花宮千利さん。
……あれ、ディリーノに伝えてなかった……?」
「はァ!?部活見学の子をあの危険な調査に出したんですか!?あと伝えて貰ってないです!」
桃色の髪の女子生徒、ディリーノが
黒髪の男性、サジューロ先生にキレる。
「あー、伝えてなかったのはすまんすまん。
忘れった。でもこの部活はそういう事をしてる部活なんだからこれは見せなきゃいけない事だろ?」
「はぁぁ……あんなハードなの行って誰が入りたいって……」
「あの……私っ」
ディリーノの話の途中に私はそっと小さく手を上げて言う。
「私は……ここに入部届出したいと……ゲートを通って……思いました。」
私のその一言で辺りはシンとする。
「「「えぇぇぇ!?」」」
色んな人の声が混じりどれが誰の声かは分からなかった。
「なので……サジューロ先生、それにディリーノ先輩も……でしょうか。よろしくお願いします。」
そう言い軽く礼をする。
「あ、そうそう。フルネーム誰かから聞いてるかもしれねぇけど、俺はサジューロ・ネサンジェータ。
んでこっちが娘の……」
「ゲート研究部、中等二年のディリーノ・ネサンジェータです。」
サジューロの話に割り込むように自己紹介をするディリーノ。
「そう言えば隼!アンタまた提出物出さずに逃亡したでしょ!今回はゲート研究があったから見逃したけど明日は……っ!」
「東西南北養育学校ゲート研究部調査発表会ですぅー。」
間髪入れずに視界に写った黒咲部長にキレるが、黒咲部長は明日も予定があるそうで。
「おぉー、ファルコー、お前もいたなぁ。」
「今は黒咲隼って分かって言ってんだろ。つーかなんだよ。その「そういやいたっけ?」みたいなノリ。忘れったろ。」
「そんなそんな、報告は忘れるけど息子の事忘れるわけないだろ?」
「あーはいはい。」
後半呆れ気味の黒咲部長。
「え?黒咲部長、先生と御家族なのですか?」
「戸籍上は、な。」
よく分からない回答に私は首を傾げる。
でも、サジューロ先生がディリーノと黒咲部長と会話している姿は。
……何処か羨ましさを感じた。
「所で……東西南北養育学校ゲート研究部調査発表会……って?他の学校にも同じような研究部があるんですか?」
ふと、会話の中で気になった事を質問として三人へと投げかける。
「あぁ、この辺の養育学校が東西南北とあるのは知ってるだろ?」
異世界からの侵略が相次ぐこの情勢で小中高は全て戦闘員としての養育学校になった。
その中でもこの都心近辺にある、
国立東真風戦闘員養育学校。
国立西雷光戦闘員養育学校。
国立南業火戦闘員養育学校。
そしてこの国立北源水戦闘員養育学校。
この四校は、この国の養育学校の最先端に位置し、姉妹校としても有名だ。
恐らく黒咲部長はこの四校の事を言っているのだろう。
「その四校全部にこの、ゲート研究部があるんだ。俺はこの四校のゲート研究部全ての顧問を勤めているんだけどね。
四校ともそれぞれ収穫が色々あるから、毎月一回は集まって研究発表会をするんだ。
情報は全部俺に伝えられてんだけどね。わざわざ俺から部員全員に言って回るのも面倒臭いし。」
そう言うと、くあっと欠伸をするサジューロ先生。
本当にこの人が、この世界の防衛にも関わるであろうゲート研究の第一人者なのかすら不安に思える。
「……つー事で半分ぐらいサジューロの怠惰によって、毎月毎月、他の学校の奴らを北校に集めて発表会すんだよ。
あ、そうだ、サジューロぉ。
部室のエアコン、ぶっ壊れたから買い替えといて。」
ため息を付きながら、サラッとエアコンの損失をサジューロ先生に伝える黒咲部長。
勿論、自分が壊したなど一言も言わず。
「まぁーたか、はいはい。発表会に間に合うように手配しときますよぉ。もう少し備品大切に扱ったらどうだ?ファルコ。」
「だから黒咲隼だ。ボケ老人かお前は。
あと俺が壊したなんざ一言も言ってねぇ。」
「今言った。」
「今のはノーカンだろ。」
呑気そうに生徒を相手するサジューロ先生と、呆れた様子の黒咲部長。
「んな事よりも、だ。千利が入部すんなら部員の紹介しとかなきゃなんねぇじゃん。」
思い出すように口に出した黒咲部長。
「確かに。あの時慌ててたから伊吹辺りの紹介全然してないよね。時間もあるし部室戻ろっか。」
クリフトの言葉にふと。
「あの、ゲートで移動して活動してる間って、時間歪んだりとかしてないんですか?……見た感じ、行く前と数分しか変わってませんが。」
私は時計を見た。屋上に設置されている時計は確かに、出発前と大差ない時間を指している。
「あー、時間かぁ。そりゃ行く世界によって時間の流れ違ったりすっから、まちまち……って所だな。
今回行った世界はこの世界より時間の流れが早い世界だったから。帰ってきても対して時間経ってないんだろ。
ただ時間の流れが遅い世界に飛ばされた場合、一定以上時間経つと俺らの人生に関わるから先生の方から撤退命令が出るんだ。
なんせ向こうに一日居たら、こっちの世界で一年進んでたー!……なんて事もあるし。」
そう答えたのは横で話を聞いていた三条。
「まぁ、体感は変わらないのですが、帰ってきた時にはもう異世界生物に侵略されて壊滅……と、なっていても困りますし。何より私達は学業と並行してますからね。一日の欠席が成績に関わる事もあります。」
夕雨の言葉で、これが部活である事を実感させられる。
「ねーねー、ずっと喋ってないで部室に行こー?みんなを紹介しなきゃ!」
空牙の発言により、周りの先輩達は思い出したように、足先を部室へと向けた。
「はい!収録完了です!お……お水……はうわっ!」
「水は俺達で取れるからアルメリアはそんなに忙しなく動かなくてもいいんだぞ?」
先輩達に案内され、初めて入った部室の奥。
そこは何かの撮影スタジオのようになっていて、アルメリアさんが忙しなく機材を動かしていた。
「おー、お疲れ様。伊吹、七草、アルメリア。」
私をここへ案内してくれた黒咲部長が三人に話しかける。
「あ、部長。部長も調査だったんだろ?お疲れ様。」
「おつぴー!あ!千利ちゃんもいるじゃーん!やほやほ!ようこそイブナナ撮影スタジオへー!」
こちらに向き話しかけたのは大柄な男子生徒、青龍と、小柄な男子生徒、七草だった。
「え、イブナナ?」
イブナナは二年前から爆発的な人気を集めているテレビ番組。
司会の伊吹青龍と、レギュラーの七草礼音によるバラエティ番組。
伊吹のキレのあるツッコミがさながら漫才のようで人気を集める番組だ。
「……イブナナって……あの、イブナナですか?」
この世界の最高視聴率を誇るイブナナ、にわかに信じられず二人に問うてみた。
「あぁ、イブナナはあれしかないからな。
紹介遅れたな。俺は伊吹青龍。中等三年でイブナナの司会もしてる、あの伊吹青龍だ。」
「んでー!僕はー!高等一年!七草礼音!
イブナナの七草だよー!」
あのトップバラエティ番組の出演者が目の前にいる事に困惑を覚える。
「あの……私は、一応撮影助手をしてる……。中等二年の、アルメリア……です。」
おどおどとした様子の長い金髪のアルメリア。
「でも……どうしてお二人はここで撮影を……?」
純粋な疑問。そもそもアイドル級とも言える二人がここにいるのが不思議でしょうがなかった。
「俺ら元々異世界の芸能人でさ。このゲート研究部に助けられて、そのままこっち来たんだが、俺ら異世界生物でクリフトみたいに魔法使えたりしないからな。
だからゲート研究ではなくこうやって番組やって、その収入を部費に入れて貰ってるんだよ。
そんぐらいしか貢献できる事もないし。」
その言葉で納得がいった。
異世界生物だからと言って未知の力がある訳でもなく、それでも貢献しようとしてる二人に敬意すら感じた。
「そうだったんですね。とても素敵な事です。」
「……とは言いながら実はそれだけじゃ無いんだよねぇ?」
そうニヤニヤとして語るのは七草。
その言葉に首を傾げた。
「……あ、はい。その……イブナナの映像はただのバラエティ番組ではなく……実はゲート研究者の為の、情報伝達ツール……でもあるんです。
ゲート研究部の調査メンバーの皆さんが手に入れた情報を……ゲート研究者独自の暗号化をして、それを入れながら放送してるんです。」
おどおどとアルメリアが補足を付け加える。
「そそ!だからこの番組もちゃーんと、ゲート研究に関するアクションなんだよね!
僕ら学生以外にも、ゲート研究者は沢山いるから、その人達の為の番組でもあるんだ!」
とはいえ暗号を知らない私にはどれが暗号なのかはよくわからない。
だがこれも、ゲート研究には欠かせない行動である事は理解できた。
「んー、これでここのメンバーは全員紹介したな。」
七草達が話し終えたのを見て切り出す黒咲部長。
そうして私達は彼らのいるスタジオを後にした。
・・・
「おい七草。」
「何さ青龍。」
スタジオから出ていく黒咲と千利を見送り話しかける。
「匂い、しなかったか?」
「……やっぱ青龍も思った?僕も思ったんだよね。」
「あれ、血の匂いだよ。」
七草の言葉に渋い顔をする青龍。
「きっと、繰り返してるんだよ。」
頭をかく七草。そのかいた部分からぴょんと猫のような耳が飛び出る。
「妖猫の歴史。……僕が末代にならなかった、という事だよね。」
青龍は眉間に皺を寄せ、険しい表情のまま。
「……クソが。」
吐き捨てるように呟く。
「まさか異世界に移ってまで難を逃れるとはね。或いは偶然逃れられたのか。」
「変わりない。」
青龍と七草は目を合わせた。
「また、歴史に終止符を打つだけだ。」
あの、忌々しき歴史に、もう一度、終止符を。