「虎杖ィ〜〜!!今日という今日こそ勝負だ!!コラァ!!!」
「げっ、桑原!?・・・だから俺喧嘩とか好きじゃないって言ってんだろ〜。」
河川敷にて、時代錯誤感たっぷりの茶髪リーゼントヤンキーで通称西中の千原セイジこと桑原和真は同じく同中だった西中の虎の異名を持つ虎杖悠二に返り討ちにあったリベンジを果たそうと待ち伏せていた。
「だまらっしゃい!勝ち逃げなんて許さねぇぞ!俺ァ諦めが悪いんだ!」
「中学ん時から毎日毎日・・俺あいつらとはもう和解してんのに。」
「桐島たちはもう関係ねぇ!これは俺とお前の男と男の勝負だ!」
「・・ったくやってられっか!」
「あぁ!!?待てコラァ!!って足速すぎんだろ!?」
中学時代の喧嘩から高校に入っても毎日のように待ち伏せられる虎杖は五輪代表も確実とも言える脚力で逃げ出した。身体能力が高い桑原と言えど虎杖の怪物じみた速さに全く追いつけず10秒もしない内に追いかける事を諦めた。
地団駄を踏んで悔しがっているそんな桑原に中学からのダチの桐島・大久保・沢村が追っかけて来た。
「桑原さん。虎杖の奴とはもういいでしょ!元々勘違いから起こった喧嘩だったんすから!」
そもそも虎杖が西中の虎と呼ばれる所以は不良から絡まれたのを返り討ちにしていく内に本人の意思関係無くその界隈で有名になっていったのだが、不良一人倒したら三人の不良がやって来て、三人倒せば八人に・・・・とネズミ講式に繰り返していくうちに桐島もその中に含まれていた。それで仲間想いの桑原は桐島がやられた事を聞いて激昂し虎杖に喧嘩を仕掛けたわけだが・・・結果は惨敗。桑原史上最大の屈辱だった。
「この騒動の発端は他校の奴らにイジメにあってた同中の奴を虎杖が庇ったとこかららしいっすからね。もう俺らが喧嘩した時はそんな話全然関係無くなってましたけど・・。」
「あいついい奴ですよ桑原さん。結構気があうと思うんすけどね。」
桐島もこの中で一番先に伸された一人ではあるものの、今では全く気にしていないように話すと、大久保は虎杖と桑原がダチになれそうなのにと付け加える。
ちなみに大久保は中学時代特例のアルバイトを手伝ってもらったことや、幼い兄弟たちを見てもらったこともある。
「・・んなこたぁわかってんだよ!あいつがいい奴なんてよ。ううぐぐぐ・・・!!」
「・・まぁ、桑原さん虎杖に負けるまではホント負けなしだったもんな〜。」
「悔しすぎて意固地になってら。」
「しかし高校が違ってもこう執着してんのに、こうやって律儀に帰り道待ち伏せてんのも優しいっすね。逃がしたくないならあいつの高校までのリ込みゃいいのに。」
「・・・・・あの高校には行きたくねぇんだよ。」
坊主頭の沢村が何気に物騒なことを呟くと、桑原は神妙な顔をして震えた声を出した。
「俺もそれを一度思ってあいつの高校まで行ったことあるんだよ。でもあそこには二度と近寄りたくねぇ。俺のスピリチュアルな第六感がビンビンに訴えて来やがる。あそこには何か・・何か不吉なモンがあるぜ!」
真っ青な顔をして冷や汗をかきだした桑原に三人はまたか、と肩を竦める。
この桑原、幼少期からいわゆる霊媒体質でくっきりと見えはしないが、霊的な存在を認知していた。
桑原によれば虎杖の高校は見えない人間からすれば呑気なただの高校だが、自分のような人間からすれば不気味な気配が近くにあるのか遠くにあるのか分からないのに肌を撫でるような気色悪さを感じるらしい。
そしてそんな桑原の実家は虎杖の高校、杉沢第三高校の近所である。
ここには普通に落ちた。田舎の公立校の倍率舐めてはいけない。
桐島らとゲーセンで遊んでもう夜も更けてきた帰り、桑原は家に帰るにつれ吐き気を催すような嫌悪感が駆られる。
「な、なんだよ・・・このかんじ・・第三高校にいった時の不吉なのを感じやがる!?こっから1キロは離れてんのに、一体どうしたってんだ!?」
この気配がもし杉沢第三高校から放たれているものであったなら、自分の家もこの気配の範囲内だ。
近寄りたくない。
だが家に居ようがこの嫌悪感が纏わりつくならこの元凶を確かめた方がいいのではないか?と桑原はビビりながら学校へ足を進めた。そして校門の前まで辿り着いた桑原は愕然とする。今まで感じたことのないほどに憎悪と殺意が学内に満ち満ちていたからだ。
「いったい何があるってんだ!?バケモンでもいるってのか!?」
「桑原!?なんでここに!?」
桑原が慄いていると、後ろから虎杖と見知らぬ同い年くらいの男子がやって来た。
「虎杖!?なんだオメェ、忘れ物でもしたのか!?今校内に入るのはやめとけ!!マジで危ねぇ!!」
「お、おお・・・。呪いだがはわかんねぇけど、嫌な圧は・・すげぇ感じる。」
今の高校から出る圧力を霊感の高い桑原で無くとも感じるようで、いつも飄々としている虎杖でさえも冷や汗をかいている。
「いいか!呪力のない人間じゃ呪霊は祓えない!お前はここで待て!」
校門前で二の足を踏んでいる二人を横切ってもう一人の男子、伏黒恵は焦った様子で虎杖へ忠告し駆けていく。
「だ、誰だよアイツ。何か知ってるような口ぶりだったが・・。」
「俺もさっき会ったばっかだけど、呪いがどうとかでコレの原因は学校にあった呪物らしいんだ。」
「呪い!?・・・なるほどな。この高校に感じてた嫌な感じはそいつが原因だったのかよ。」
「ん?なんか飲み込みすげぇ早くない?」
「俺は昔からの霊感体質なんだよ。」
「に、似合わねー。そんな顔してんのに。」
「なんだとォ!!」
「とりあえず俺アイツ追いかけていくわ。」
「ばっ!?何考えてやがんだ!?」
「その呪物、うちのオカ研の先輩たちが持ってるんだ。先輩たちが危ねぇ。助けに行かないと!」
「な、何だと!!?」
この騒動の原因。それはこの高校で保管されていた特級呪物「両面宿儺」の指である。
都立呪術高等専門学校によって管理されていた指をその高専生である伏黒恵が回収して来たところ、その指は学内生徒の虎杖とオカルト研究部の上級生二人が興味本位で持ち出してしまっていた。
虎杖に呪物の気配を感じた伏黒は彼を追うも実際所持していたのは上級生の二人で、しかも今夜指に巻かれた札を剥がすのだという。そして現在に至る訳だが、どうやら既に札は剥がされてしまっているようだ。
虎杖は先輩二人を助けに行くと言い、桑原の制止を聞かず校内へ駆けて行ってしまった。
「い、行っちまいやがった。あのアホ・・。どんだけ危険かわかってねえ・・。」
とてもじゃないが見ず知らずの人間を助けるためにこの中へ飛び込めるほど桑原は無謀じゃなかった。
しかし今まさに知ってる奴が危険地帯に飛び込んでいった。しかも人を助けに。
彼にとって虎杖とは同級生であり、喧嘩相手であり、「ダチ」であった。
今にして思えば虎杖との喧嘩は気持ちのいい喧嘩だった。なぜなら虎杖がいい奴だからだ。
普通喧嘩すれば大なり小なり負の感情が湧くもの。でも虎杖とではそういう感情は抱かず、単純に負けて悔しいからもう一回したかっただけで、喧嘩慣れしている彼にとってはそれはコミュニケーションに近く、無意識だがある種の友情が芽生えていた。
そんな「ダチ」が死地へ入っている。それを見て踵を返すほど彼は臆病者でなかった。
「ガハッ!!」
虎杖を庇った伏黒が呪霊の攻撃によって血反吐を吐く。
上級生の元辿り着いた二人は彼らに纏わりつく雑魚呪霊を祓い、何とか一時救出するも完全に不意を衝いて来た二級呪霊に先手を取られ窮地に立たされる。
「大丈夫か?」
「逃げろっつったろ。」
何とか虎杖がその馬鹿力で呪霊を殴り一息つくものの、呪力のない虎杖が攻撃したところで呪霊にダメージを与えられる訳でも無く、伏黒の術式も切れた。
「お前はあの二人を連れて逃げろ。このまま戦っても全員死ぬだけだ。」
「どっち道お前が死ぬじゃねーか!・・・俺も厄介な呪いかけられてるもんでね。ハイそーですかって聞けねぇよ。」
「お前・・・だからそれじゃ「おおおおおおおおお!?」・・っ!?」
伏黒が何とか上級生の二人を逃す算段を虎杖に話す最中、真っ青な顔をした桑原が呪霊に対してトーキックをかました。
ドムっ!!
完全に死角から放った蹴りに効いたか?と恐る恐る呪霊の顔を覗く桑原だが、そんな様子もなく呪霊の軽く叩いた手に吹き飛ばされていった。
「プベらあぁあ!!??」
「桑原!!?」
「ちっきしょお!!全く効いちゃいねぇ!?」
「お、お前なんでここに来たんだよ!?」
「う、うるせー!お前だけが乗り込んだら俺がビビったみたいだろうが!こんなバケモンこの桑原様の手でぶっ殺してやるよ!」
「うわ!馬鹿!?」
「最悪だ・・。この状況に一般人が増えるなんて。」
意地でここまでやってきたはいいものの、伏黒からすれば死体が一体増えるだけのこと。更に状況が悪化しただけだ。
宿儺の指のおかげで近辺の呪霊がまだ集まってきている。しかも霊感・・・ではなく呪力を持った桑原は格好の的だ。
今いる屋上の縁からヌメリとした触手が桑原の足を絡め取った。
「何じゃこりゃ!?」
触手の強い力に引っ張られ、そのまま鞭のようにしならせた触手に離れたところにある格技室に放り込まれた。
「ぎゃあああ!!?」
「桑原!?」
「くっ・・呪霊が集まってやがる!」
幸い桑原は窓ガラスを突き破り壁に叩きつけれるよりは比較的ダメージは少なく済んだ。
もっともこれだけでも普通は致命傷のはずだが、(本人は認知していないが)呪力を秘めている桑原だからこそ意識は保てていた。
「・・今までこんなハッキリと見えなかったのに、今じゃ気持ち悪い面が気持ち悪い程良く見えやがる。」
生命の危機に直面した事で今までボヤッと感じていた呪霊をようやく認知する。本来なら生来呪力を持っていれば幼少期には呪霊の存在は認知しているはずだが、一般家庭に生まれた事で秘められた呪力が奥深くに潜在していたこと、危機察知能力の高さから等級の高い呪霊に遭遇しなかったことがその理由であった。
数十本なる触手を蠢かす三級程の呪霊が桑原にジリジリとにじり寄ってくる。桑原からすればその距離が近づく毎に死へのカウントダウンが刻まれていっている心境である。
だが、それにつれて桑原が持つ潜在していた呪力が徐々に顕現されていく。無意識下に溢れ出る呪力。しかし当然呪力操作などできる訳もない彼が素手で呪霊と戦う事などできる訳もない。桑原は丁度格技室に置かれた剣道部の所有物であろう木刀を手に取り身構える。
「破れかぶれでやるしかねぇ!!!」
桑原はヤケクソ気味に剣を振り回す。バシバシと触手を弾き飛ばすが、呪力を流していない木刀では当然ダメだ。
しなる触手に鞭打たれ悶絶する。なまじ呪力が顕現したことで耐久力が上がったことで意識を落とすまでには至らずハッキリとした痛みが体中を巡る。
「く・・そがぁああ!!!」
それでも愚直に剣を振るう。
「ゴボォ・・ッ!?」
触手の先端が腹に突き刺さる。・・が、貫かれてはおらず、何とか腹筋で耐えていた。
(こ、こいつ・・遊んでやがる。)
等級が高いほど呪霊は知性が高い。三級程度のこの呪霊では言語は疎か、打算的な思考は持ち合わせていない。あるのは殺意などの根源的な本能のみ。今桑原へ行っていることは人が持つ嗜虐性からくる甚振り。腹を抑え四つん這いになる桑原を面白そうに見下ろしている。
(何か・・・こいつに勝つ何かねぇか・・!?)
勝つ方法を痛みに耐えながら模索する。先程まで呪霊の存在も朧げだった彼がヒントを得るには余りに情報が少ない。しかしこの窮地に今までにない程に脳が思考を活性化させた。
(あいつが、呪力がなければ呪霊は祓えないって言っていたはずだ!呪力・・・もし俺が霊感だとか思い込んでたもんが呪力だとしたら俺にも呪力はあるはずだ!今、身体中に感じるこの違和感が呪力なのか?だとしたら俺の攻撃はこいつに通用するのか!?)
「うおおおお!!!」
桑原は唐突に立ち上がり呪霊に拳を繰り出した。すると油断していた呪霊は殴られると僅かに顔色を変え一歩後退する。
「き、効きやがったな!?」
桑原は確かにダメージを与えた感触を得る。しかしその一撃もほんの僅かな程度。勝機があるとは思えない。
桑原は目を閉じて木刀を構える。ここからは彼が持つセンスとしか言いようがないだろう。何と木刀に呪力を流し込み出したのだ。誰にも教えられず、この戦いの中直感で呪霊に勝つ唯一の方法に彼は到った。そして彼はイメージする。本来剣が持つ攻撃のイメージを。
「うらぁああああああああ!!!!」
斬る。
剣が持つ殺傷力を発揮させる為に切っ先の呪力を研ぎ澄ます。
剣を振り下ろすと同時に呪霊も触手を振るい攻撃に出る。
触手が顔、肩、胸、腿を打ち付けるが関係ない。
振り下ろす木刀を叩き割るが関係ない。
桑原は全霊の力を込めて割れた木刀を振り落とす。
・・ニヤリと呪霊がほくそ笑んだように感じる。割れた木刀は呪霊に届いてなかったから。
そして桑原もほくそ笑んだ。確かに己の刃は呪霊を斬ったから。
ズルリと呪霊が脳天から脚部まで縦に割れ、夥しい血液が飛散する。
呪術師には生来持つ術式が存在する。伏黒であれば式神を生み出す十種影法術など術師の最大の攻撃手段であるが、偶発的にもこの瞬間桑原が持つ術式が発動した。
割れて柄を含めても僅か40センチ程しかない木刀に纏う呪力で象られた暗色に光る剣。
心象顕現呪法ーー。のちに命名された桑原の術式である。
「すげぇ・・・・。こんな事俺に出来たのかよ・・。」
呪霊を倒した喜びよりも身体中に感じる筈の痛みよりも、自分が生み出した力に呆然と立ち尽くす。
「君センスあるね〜〜〜。呪術高専に来ない?」