クレストの聴取が終わって1週間が経ちテロ集団の怪我(ELIDに罹患していることは除く)も完治し警察に引き渡されることになった。警察の人間に引き渡す時、クレストの表情は顔を伏せていた故見ることは叶わなかったがどことなくやつれている雰囲気を醸し出していた。
自分の仕事はここまでだ、彼がこの先どう生きるかは知らない。死刑にならなければ彼は従来の目的通り生き続けることが出来るはずだ。そこで彼は一体何を考えて生き続けるのだろうか。防護スーツを着た警官に腕をつかまれて基地を去っていくクレストを素子はただ見つめていた。
司令室に入り椅子に座り一息を入れて電話をかける、相手はもちろん上司であるヘリアンだ。数コールの後、彼女が出た
『少佐、まずは今回の件もご苦労だった。休暇というのに仕事が増えてしまったな』
『全くよ、休暇の延長をお願いしたいぐらいだわ』
『そうしてあげたいが残念だがそれは無理だな。…さてここからは重要な話だ、少佐が連れ帰った犯人の中にELID患者がいたというのは事実か?』
『取り調べの後チェックしてみたけど紛れもなく事実ね』
『了解した、感染性はないと聞いたがそれも事実か?』
『感染者に指を嚙みちぎられた人間がアドレナリンの接種もなしに今日まで生存していることからその可能性はないと判断した、あとは職員のチェックもしているが今日まで引っかかっていないことからもそう判断した』
『…珍しいこともあるものだ、あの病気は基本感染リスクがある病なんだが』
『さぁ、私は医者じゃないから専門的なことは分からないけれどアドレナリンの定期接種が関係しているのかもね。それでどうする?念の為に一定期間隔離措置を取る?』
『そうだな、確か少佐の休暇はあと1週間残っていたはずだから1週間の隔離措置を取ることにしよう』
『了解、致し方のないこととはいえ休暇がパァね。どこにも行けなくなっちゃった』
『何処か行く当てでも?』
『…ないんだけどね』
『今は室内でありとあらゆる娯楽を楽しめる時代だぞ?寧ろ外の方が危険だから今の子供は室内で遊ぶことを推奨されているぐらいだ』
『世知辛い世の中ねぇ、表に出ないと人間腐るのよ』
『教訓として聞いておこう、それでは少佐。一週間ゆっくりしてくれ』
『…ありがと』
電話を切り、今度はカリーナに電話を入れる。基地が一週間隔離となったので基本は自室にて待機する事、毎日の検査結果と体温のデータを提出することを命令すると我らが後方幕僚は「かっしこまりましたー!」と明るい声で言うのであった。
これと同じことを今度は基地全体に呼びかける、といっても生身の要素がない戦術人形は感染するリスクこそないが彼女たちが着ている装飾品が汚染されている可能性は否定できない故に表に出すことは出来ないからだ。それでは一週間後に会おうと言って放送を切るとノックの音が聞えた
「誰だ?今放送で行ったと思うが私も基本的には部屋から出ることは出来ないんだ」
「少佐、俺だ。クレストの病室からこんなものが出てきてな」
ドアと床の隙間から白い何かが入り込んできた、手元に取るとそれは紙だった。何故ただの紙を司令室にまで?そう思いながら紙に目をやるとこのようなことが書かれていた
『死は平等というのは幻想に過ぎない、しかし生き続けたいと願う意思に関しては平等だ。…願いが叶うのは不平等であるが』
クレストと言う男はテロリストよりもポエマーに向いているな、と思いながら紙を机の上に置くとバトーに電脳通信を開始した
『バトー、これクレストの病室から出てきたのね?』
『そうだ、少佐中身は見たか?』
『えぇ、死は不平等か…』
体のあちこちを機械化出来る時代において病と言うのは恐れるに足りない存在になった、事故で下半身が不随になろうと義足を使えば問題なく歩ける他自分自身の体の一部が切断されても絶望する必要がなくなった「頭さえ残っていれば、まともならば生きられる」というのはこの世界の常識であり不死身の人間と言うのはフィクションにおける特権にはなくなりつつあった
『確かに義体化をすれば永遠と生き続けることも不可能ではない、しかしそれはあくまでも金があって初めて成り立つ話だ。』
『…しかし死が全員に平等に降りかかるものとははっきり言えなくなったのは事実だ』
『故に幻想、か。富裕層への復讐を連呼していた奴らしい言葉じゃないか』
ELIDに感染したクレストは恐らく絶望したのだろう、罹患すれば最後とされるこの病ですら金の力があれば回避できることを何処かで知った。
『…富裕層への漠然とした恨みはそこから来ているのかもしれない』
『生き続けたいと願う意思、“生存欲”に関しては平等か。少佐、お前そんな欲求あるか?』
『…生存欲は死への恐怖からくる感情よ、この体になってからは死への恐怖を感じたことは…いや正確に言えば生まれてからずっと感じたことはないわね。バトーは?』
『俺は元レンジャー出身だからな、そこで死への恐怖が麻痺しちまったから生存欲が一般人と比較すると低いとは思うが少佐ほどじゃないと思うぜ』
『なまじアタシ達生存欲が少ないということと壊れてもふっかつのじゅもんでやり直せる人形達と共にいるから“死にたくない”という感情を見るのが新鮮で何処か精神的ショックを受けている自分がいるわ』
『カルチャー・ショックって奴かもな。しかし今日日ここまでのハッキリとした生存欲も珍しいんじゃないか?一昔前は地獄みたいな世界だったが一応は落ち着いているからな。一般人が戦争で死ぬと言うことが珍しくなり死は再び遠ざかっていった…死への恐怖を感じる人間と言うのはもう生身の人間しかいないんじゃないか?』
人間と機械の根本的な違いはひょっとしたらそこにあるのかもしれない、と素子は考えた。ふと彼女はM4を思い出した。彼女の姉であるM16が行方不明になった際に彼女の死を酷く恐れていた。
(不謹慎な話ではあるが破壊されてもふっかつのじゅもんで文字通り生き返ることが可能だ。しかしそこまで恐れていたのは…)
これを姉妹愛なのかそれとも彼女たちAR小隊は本当は復活することのできない人形でありそれ故に恐れていたのか?もし後者であれば素子はグリフィンはいよいよ何のためにこのような人形を作ったのかが分からなくなる
(果てしなく人間に近い人形、か…これじゃあどっちが人間なのか分からないな)
『…少佐、どうしたんだ?急に黙りこくって』
『いえ、何でもないの。ただ、私たちは何と戦っているのかが気になって…』
『俺たちの敵は今のところは鉄血だ。俺たちは実際に鉄血と接触して何度も戦って会話までもした。…戦う相手が幻だったとでも?』
『この無限にも湧いてくる敵、誰を倒せばこの戦いが終わるのか分からない…幻を相手にしているようなものよ。』
『もうよせ、お前疲れているんだよ。だからそんなセンチメンタルになっているんだ。どうしたんだ?お前らしくもない』
『…すまない。思ってた以上にあの紙に書かれていた内容が自分にとって影響を及ぼしているみたいだ』
『こっちで処分するか?』
『いや、自分でするわ』
『そうか、それじゃあ少佐ゆっくり休んでくれ。一週間後にビールでも飲もうや』
『そうしましょう。楽しみにしておくわ』
電脳通信を切り、彼女は再び紙をじっと見つめて机の中にしまった。
紙にしみついてた消毒液の匂いが忘れさせまいと主張するがいずれその匂いは吹き飛ばされる
ここはS09地区、火薬の匂いを運ぶ風が絶えず吹く場所、しかして今日は火薬とは違う刺激臭の香りを運んでいた__