「ヘリアン、質問が2つある。よろしいか?」
「どうぞ」
「一つ、傘計画とは何か。二つ、この何故このメンバーなのか」
「了解、まず前者についてだが…少し前にギソーニ指揮官が入手した音声ファイルにその言葉が記録されていた。ギソーニ指揮官、説明を頼む」
ギソーニ…トグサが席を立ち持ってきたUSBをコンピューターに挿入しファイルを再生する
「説明、といってもほとんど判明しませんがどうやら鉄血は“傘”計画と呼ばれる作戦を立案しているようで話している内容を推察するにとても重要な作戦であることが伺えます。現在鉄血は人類に対して積極的に攻撃を行っていませんがひょっとするとこれは転換の合図なのかもしれませんし我々グリフィンの壊滅を狙った作戦なのかもしれません」
「…いずれにせよ、鉄血が計画していることだ。ロクでもないことは確かだろう。そこで我々は一部の指揮官を招集し今後の対策を練ることにしたというわけだ」
「成程、では我々が招集されたんだ?」
「それは君たちがハイエンドに多く接触しているからだ。特に素子指揮官は4体のハイエンドと直接戦闘を行い、その内1体の鹵獲に成功している。そしてギソーニ指揮官は傘計画の情報に最初に接触した人間でありこれまでの戦闘で1体もロストしていない優秀な指揮官だ。李指揮官もまた優秀な成績を収めており…そして彼は少し変わった経歴を持つんだ」
「変わった経歴?」
「あぁ、グリフィンに入る前はミレニアム社で働いていたんだ…つまりかつて一企業だった鉄血公造の子会社で働いていたんだ。だから多少なりともあの事件が起こる前の鉄血公造がどんなことをやろうとしていたのかは他の人間よりも知っているつもりだ。…もっとも事件後の鉄血は鉄血公造じゃないからどこまで知識が使えるかは分からないけど」
「鉄血のことを何も知らない人間が集まって会議するよりはマシということか」
「アンタ厳しいこと言うね、まぁ事実だから仕方ないんだけどさ」
鉄血公造に関するデータはあの事件、つまり人工知能の反乱の際に会社の中枢コンピューターを破壊し、外部からのアクセスを完全に出来ないようにした。もちろん関連子会社も例外ではなく反乱から一か月も経たないうちにすべての子会社の中枢コンピューターが破壊されてしまったために現在鉄血公造のデータを入手することは不可能なのだ。だが彼は破壊される前に自社のコンピューターにアクセスしそのすべてのデータを保管した。許可なしの保存は勿論違法だがこの場合功を成したと言える。その後命を狙われると思った彼は鉄血がいる世界では一番安全なグリフィンの基地で働くために入社したのだ
「クルーガーさんが来るまでにはまだ時間もある。その間自由に過ごしてくれて構わない。せっかくだから当初の目的通り合同訓練を行ってみたらどうだ?ここにはIOPの最新人形もテストをしているから見学も可能だし購入の相談も可能だぞ。では私は少し席を外させてもらう」
そう言ってヘリアンは部屋を退出した。
「訓練か…」
「どうします?少佐」
「面倒だから私はパスするわ」
「じゃあ俺も、せっかく久しぶりに会えたんです。色々々話をしたいですし。」
「んじゃあ俺もパスだ。ハイエンドばかりと戦うアンタの話を一度聞いてみたかったんだ」
いい勉強になりそうだ、そう言って李が席を立ち給湯室へ向かいコーヒーを淹れようとすると素子の電脳通信に連絡が入った。M4からである。彼女達AR小隊は元の雇用主であるペルシカからの命を受けてここ数日は彼女の下から離れていた。命令の内容は極秘であるため彼女も知らなかったがAR小隊が全員必要と言うことはそれほど重要な任務であることは理解できる
『…どうしたM4、そっちは任務中じゃないのか?』
『少佐、落ち着いて__話を__その周辺__鉄血__』
『どうしたM4、ノイズが混じって聞き取れない。鉄血がどうしたんだ?』
『すぐに戦闘態勢___準備__こちらも何とか少佐__向か__』
強制的に通信が切れてしまった。こちらが地下深くにいるとはいえ私の電脳通信の電波出力はそこまで弱いものじゃない、この間のようにジャミングがかけられているのか?そう思いながらも体は戦闘態勢を自然に構えていた。軍人であれば状況が分からなくとも戦闘態勢という単語が聞き取れればその動作を自然と行ってしまう生き物なのだ
「総員戦闘態勢を取れ!」
「なんだって?」
「状況は不明だが、仲間の人形がこちらに対してそう指示をした」
「…人形のバクかいたずらではないのか?戦術人形の中には人間をからかって楽しむ性格の個体もいるとされているが」
「彼女はそういう人形ではない…本当かウソだとしても我々は“戦闘態勢”と声が聞えたのであればそれ相応の行動をとらなくてはいけないのではないか?李指揮官」
「…すまない、その通りだ。思いがけないタイミングでそう指示を受けたものだから少し取り乱してしまった」
3人の指揮官は引き連れていた人形に指示を出し、この部屋で唯一外界とつながっているエレベーターに銃口を構えた
次の瞬間、突如として部屋が揺れ始めた。天井からは煤が零れ、電灯が点滅した。
「この威力は…対地攻撃か?」
「馬鹿な、俺が居たころの鉄血はスカウトタイプの兵器があるぐらいで対地攻撃できるほどの航空戦力は存在しなかったはずだぞ!生産計画にも上がらなかった!」
『少佐!_敵の攻撃__空__!』
M4から再びノイズ混じりの電脳通信が入った。敵の攻撃、空というのはやはり敵は航空戦力を保持しているのか?だが李指揮官の発言が正しければそれはありえないはずだ。
とはいえ敵の攻撃と空が関係しているのは事実なのだろう。そうであるならばやる事は一つだ
「全員、伏せろ!」
ありったけの力で叫んだや否やそれ以上の爆音が地下に響き、そのことに気づくより先に全身がバラバラになるのではないかと思うほどの振動が彼女達の部屋に伝わる。
だが全員が訓練された軍人だ。悲鳴一つ上げず振動に耐えながら各自この後のことを考えていた。素子もエレベーターが使い物にならなくなったかもしれない、どう脱出しようかと考えていたがその思考が結論に達する前に彼女の意識は闇深く沈んでしまった。振動で剝がれた天井の一部がモロに彼女の頭に当たってしまったからだ。
彼女が最後に見た景色は彼女の下に駆け寄るバトーの姿だった
__ここは何処だ
「…トグサ!鉄血の数はどのくらいなんだ!?」
「さっき拠点の監視塔に問い合わせてみたがあまりも数が多すぎて分からねぇってよ!」
__やけに騒がしい、なんだこの音は、おまけに腹の底がビリビリして気持ちが悪い
「おいおいまさかそんな数をまともに相手にしようってのか!?脱出路はどうなっている!?まさかIOPの奴らテメェらで集めた情報が奪われる前に自爆装置を作動させるとかないよな!?」
__IOP?私はその名前を何処かで聞いたことがある
「李指揮官、IOPも我々と提携しているんだ。提携先の社員を巻き込むようなマネはこの私がいる限り出来ないはずだ。とにかく落ち着け李指揮官。君は優秀なんだから落ち着けばこの状況を打破できるはずだ」
__何処かで聞いたような声…バトー…?いや違う。
ふと自分の頬にぬめり気を感じ指で拭いそれを舐めてみた。
__鉄、鉄の血…そうだ、そうだった…私は…私は
「気が付いたかね、草薙素子指揮官」
__そうだ、私は草薙素子。グリフィンの指揮官として戦術人形と共に鉄血と戦う存在だ
「…えぇ、何とか。頭にくらったせいでどうも一時的な記憶喪失をしていたみたいで」
「私のことは分かるか?」
「えぇ、グリフィンの最高責任者。クルーガーさんでしょ」
「私のことを覚えているのなら問題ないな。どうだ?闘えるか?」
「義体のチェックをします…大丈夫、余裕で戦えます」
「その言葉が聞きたかった。今は猫の手も借りたいほどだからな。ここには武器も弾も売るほどある。準備出来次第、非常用経路を使い最上階まで行き他の指揮官や人形と協力して敵勢力の排除に当たってくれ」
「…他の指揮官?クルーガーさん、ここにいる指揮官は私たちだけのはずでは?」
「いや、ここの拠点は訓練場も兼ねているからな君たち以外の指揮官もここに来ている」
「了解、準備が終わったら最上階へと向かいます。…ところで」
「なんだね」
「ここに収容している武器の中にセブロ社のはありますか?」
そう言うとクルーガーは売るほどあると言っただろう、とその強面の顔を一つも崩さすに言った
一足先に最上階へと向かったクルーガーからこの拠点の地図のデータを貰い素子は全員に共有する。どうやらここは最下層らしい。最上階までは10階登らなくてはいけないようだ
「久々の実戦だぜ、休暇で腕はなまってないだろうな?」
そう言ってバトーが防弾ジャケットを渡す
「2週間で腕がなまるほどヤワじゃないさ。それは言うならお前もだ、この2週間ずっと酒を飲んでいたわけじゃないだろうな」
「人をアル中みたいに言うなよな!一日ビール一缶しか飲んでねーよ!」
「お話の最中失礼します。ご主人様、クルーガー様がこれを渡すようにと」
G36が渡したのはトランシーバーのような端末…BCOTM(機動作戦指揮システム)だ
真ん中のボタンを押すとホログラムが展開され味方の位置を共有し他のメンバーとの連絡を取れる機械である。素子らのように電脳化をしている人間が占める部隊には不要な代物ではあるが今回は非電脳化している人間がいることや大多数の人間や人形と電脳をリンクさせるのは危険なためにこの端末が使われた
『…こちらはS9基地司令官、草薙素子だ。これから合流する。最上階で戦闘を行っている指揮官、または人形は現在の状況を聞かせて欲しい』
素子はしまった、と思った何故なら電脳通信が先ほど行えなかったのだ。端末での通信は出来ない可能性が高い。だがその心配は杞憂だった、数秒もしないうちに一人の男性の声が聞えたからだ
『…こちらはミーシャ、素子指揮官、あなたの名前はよく耳にしている。現在戦況は圧倒的に不利だ。明らかに数が違いすぎる、このままだと押し切られるのも時間の問題だ。連中、何処かに拠点があるのかもしれねぇがそれを探せるような状況じゃない』
『この基地にはドローンがあるはずだ、それで探すのは不可能か?』
『だめだ、航空戦力もいてここから気づかれずに飛ばすのは無理だ』
『…一つ聞きたい。今鉄血は一方向だけにしか向かってきていないか?』
『そうだ、この拠点にはいくつかの脱出口があるらしいがそれは外部から開けることは不可能だしさっきの攻撃による衝撃でいくつかは内側からも開かなくなってしまった故に実質的に入口と呼べるものは一つしかない。だから奴らはそこにしか侵入できないはずだ』
『…穴がこじ開けられていない限り敵は行儀よく正面玄関から入らなくてはいけないということか』
『そうなるな』
『了解した、ではそちらへ向かう』
通信を切るとトグサが彼女に近づいてきた
「素子指揮官、こちらの準備は整いました。これから最上階へ向かうわけですね」
「そうだ」
「…とはいえ辛い戦いになりそうですね。籠城戦に近いじゃないですか。外部からの支援が到着する前にもつかどうか…」
「外部の支援が必要なのは間違いないな。…一つ考えがある。少し寄り道することになるがな」
「本当ですか、それは一体どういう…」
「詳しい話は移動の最中にするさ。…ではいくぞ。“試作兵器試験場”まで」