目覚まし時計を三回使って、やっとゴルシをuraファイナルズ優勝させることができた記念

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ゴルシちゃんのワクワク目覚まし時計

1.

 

レインコートを打つ大量の雨音が観客の怒号によってかき消される。

 

大粒の雨がもたらす雨粒の合唱すらもかき消し、阪神競馬場を揺らすような人々の怒号。

 

だがそんな怒号達すらも、私の耳には朝露が生み出す水滴の水音のように小さく聞こえていた。

 

その理由は明確であり当然のこと。

なぜならば、私の担当ウマ娘が今、最後の勝負を仕掛けているからだ。

 

今競馬場を必死に走る彼女のことを思い、力んだ握りこぶしから痛みを感じるがそんなことはどうでもいい。

そんな痛みよりも私が見て感じるべきは目の前の光景だ。

 

観客席の怒号がさらに大きくなる。

それに合わせて片耳につけたイヤホンから聞こえる実況者の叫びが私の鼓膜を叩く

 

「おーと!!ゴールドシップが上がってくる!ゴールドシップが上がってくる!!」

 

「次々にウマ娘達を抜き去り不沈艦が進撃していく!!」

 

銀髪をなびかせたウマ娘が私の前を駆け抜けゴールへと突き進んでいく。

残りゴールまで200。

 

私はその光景に歯を食いしばっていていた。

 

ゴールドシップによる最終コーナーを抜けてから始まった信じられない追い込み。

まるでワープをしたと勘違いされるようなごぼう抜きをしたゴールドシップがついに先頭の6番のウマ娘に手をかける。

 

もう先頭のウマ娘とは一バ身の距離もない。

もはや不沈艦が彼女を抜き去るのも時間の問題。

 

観客も実況もその時を見逃すまいと目を見開き絶叫を上げる。

 

ああ、そうだろう。

今のゴールドシップは私が見て着た中での最高のコンディションだ。

今の彼女は最高の状態だ。

 

抜ける。

この状況ならば確実に先頭を抜きトップに躍り出るはずなのだ。

 

 

 

 

そう…抜けるはずだと私は『前』も思っていた。

 

 

私の体が震えるのがわかる。

恐怖で、絶望で心が染まるのがわかる。

 

「大外からゴールドシップ!!大外からゴールドシップ!」

 

イヤホンから聞き覚えのある声が聞こえる

 

「いけー!!追い越せー!!!!」

 

周りの観客席から聞き覚えのある応援が聞こえる

 

 

銀の髪をなびかせたゴールドシップがついに先頭のウマ娘と並ぶまで後少し

宝塚記念を制するまで後少し。

 

 

 

 

そんな、一度見ている光景が広がっていた。

 

 

————ああ、また同じだ

 

私の足から力が抜ける。

鈍い雨音と共に私の膝が足元の水たまりに飛び込みあたりに泥水を巻き散らかした。

 

周囲にいた観客が突然膝から崩れ落ちた私に特異な視線を向けてくるのを肌で感じるが、私にとってはもはや、そんなことどうでもよかった。

 

私の視線は下を向き波打つ水たまりしか見えないが、そこから先を見たくない私にはちょうどよかったのだ。

 

だが、そんな私を許さないかのようにイヤホンから声が聞こえる、

『前』と同じ、全く同じ声が聞こえる。

その声はまるで死刑宣告のように私の心に突き刺さる。

 

「あー!先頭6番ここで突き放す!13番ゴールドシップを突き放す!」

 

この言葉の後にどうなるかはすでに私は見てしまっている。

そしてそれが私と彼女の…いや、彼女の担当トレーナーとしての私の終りを告げる結果だと、すでに一度見ていた。

 

 

 

かちゃりと音が鳴る。

なにか硬いものが地面に転がる小さな音。

 

あたりの観客の怒号も私を打ち付ける雨音もイヤホンから聞こえる実況も、右耳から左耳に音が抜けて行っているのに、それでもその音だけははっきりと私の鼓膜を叩いた。

 

それに目を向ける。

それは私と同じように雨で濡れていた。

それはありきたりな物。

だが、競馬場の観客席にあるにしては特異な物。

そして私が普段から持ち歩いている物。

 

 

その物体からコチコチと秒針が進む音が聞こえてくる。

その音は、まだ間に合うと私に語りかける悪魔のささやきのようであった。

 

「決まったぁあああああ!!!!今年の総決算!今年のグランプリの最後は…最後を決めたのは!!」

 

ついに宝塚記念の終了を意味する言葉がイヤホンから紡がれた。

この後の言葉を私は知っている。

 

ああ、聞きたくない。この後の言葉は聞きたくない。

 

私は、実況の声から逃げるように地面に落ちていた物体を手にする。

 

そして…

 

「優勝は…!!」

 

 

私は目覚まし時計のスイッチを押した。

 

 

2.

 

ジリリリリリリ!!

 

音が聞こえる。

 

人の目覚めを引き起こす金属同士が高速で叩き合うけたたましい音。

 

そんな音に導かれて私は目を開ける。

最初に私の目に入ったのは、窓から見える月であった。

 

そんな光景を眺めながら、とりあえず目覚まし時計を止めようとあたりを見渡す。

 

時計はすぐに見つかった。

枕元に置いていたのが地面に落ちたのだろう。

 

時刻は早朝と深夜の間の時刻。

どちらかと言えば早朝に近い時刻だが、まだ日が上って来るには早すぎる時間であった。

 

そんな時間を指し示す時計の針を眺めながら改めて、その時計を私は観察する。

 

床に転がった黄色に塗られたごく普通の目覚まし時計。

だがこれが普通の目覚まし時計でないことは、よく知っている。

 

これで私は……ズルをしているのだ。

 

それを認識した時、視界がぶれ記憶がフラッシュバックする。

それは水たまりの中に沈む目覚まし時計の光景。

勝利できなかった彼女の背中。

 

体がふらつき頭を手で押さえる。

数秒するとそのフラッシュバックも止まり、落ち着いてきた。

私それを確認して、私はゆっくりと深呼吸をしながら辺りを見渡した。

 

辺りに見えるのは

真っ暗なホテルのシングルルーム。私が宿泊している部屋だ。

 

部屋には宝塚記念のために研究や調査のために使われた書類が床や机に散らばり、机の上には対戦相手の走りが映された動画が付けっ放しのノートパソコンが光っている。

私がゴールドシップを勝たせるために動き回った証拠の数々。

だが、それが不十分だったことがあと数時間後にわかる。

 

ホテルの窓から見えるのは星の見える夜空。

雲ひとつない快晴の空だが、この空が後数時間後には曇り始め今日のレースの時には雨が降る。

 

 

『前』と全く変わらない光景。

まるで、先が決定していることを示唆するような不変の視界。

 

 

 

唯一『前』と変わっていると言うのならば

 

 

「———オェッ」

 

 

この寝起きの悪さと吐きそうな気持ちなのだろう。

 

 

私は重い体を動かしてベッドから起き上り冷蔵庫に足を向ける。

地面に散らばった宝塚記念で勝つために覚えるまで読み込んだ書類をぐしゃりぐしゃりと踏み潰し歩いていく

 

胸中に重くのたうち回るこの感情のせいで寝る気も考える気も起きない。

一度水でも飲み気持ちをリセットしなければ…

 

そんな重い体をよろよろと動かし、何とか冷蔵庫にたどり着き、冷蔵庫を開いた。

 

「————んぁ?」

 

口から意図せぬ言葉が溢れた

私はミネラルウォーターを何本かいれていたはずである。

だがこの目の前に見える光景は…

 

 

『なぁトレーナー、朝に冷蔵庫開いたか?体にいいもの入れといたぞ』

 

そこで私はふと思い出す。

前回と前々回、ゴルシが私レース前に私に行った言葉を。

 

あの時私は朝からレースのことばかり考え、緊張して冷蔵庫を開いていなかったが…

 

こういうことだったのか。

 

 

私はミネラルウォーターから中身が変わってしまったペットボトルを眺め、一本取り出しキャップを開けて匂いを確認し……すぐにキャップを閉めた

 

————あいつ…どこで手に入れたんだこんなもの…

 

 

一回嗅いだら忘れられない独特な臭気。

間違えるわけのない特徴的な匂い。

 

そしてそんな液体に全て中身を入れ替えられたペットボトルの数々。

 

冷蔵庫をパタンと閉めた。

 

「……自販機に水買いに行くか」

 

わたしは気をとりなおし、鍵と財布…そして目覚まし時計を手にして玄関に向かうことにする。

 

一体いつこんな事をゴールドシップがやったのかは見当もつかない。

もうこういった奇行には慣れていたつもりだったがまだまだだったらしい。

 

とりあえず言えるのは、私は寝起きに肝油を呑む趣味はないと言う事だ。

 

 

3.

 

「はぁ…」

 

ため息が口から溢れる。

 

私はホテル横に建てられた自動販売機の明かりに照らされながら、夜風にあたっていた。

深夜の夜風は気持ちよく、心を穏やかにしてくれる。

 

だが後数時間後にはあの瞬間がやってくる。

 

その事実が重く私の心にのしかかっていた

口を水で潤しても、いくら夜風にあたっても、そんな重い物が取り除かれる様子はない。

 

いや取り除かれることはないだろう。

それがたとえ宝塚記念が終わったとしても。

 

この重みは私の不安であり、恐怖であり、罪悪感なのだろう。

 

そんな事を思いながら私は持ってきた目覚まし時計に視線を落とす。

ごく普通の黄色い目覚まし時計。

 

だが、これはただの時計ではない。

 

 

———タイムマシンのようなものだ。

 

この事を他人に言っても病院を紹介されるだけだろう。

だが私はこれがタイムマシンだと確信している。

 

そもそもこの目覚まし時計をいつから私が持っていたのかは覚えていない。ただ、小さな頃からこの時計をなぜか持ち歩いていた。

 

愛着はかけらもなかったが、持ち歩くのに慣れていたためいつも持ち歩いていた。

父や母にこの時計のことを聞いても覚えがないといいきみ悪がったが、あまりに長く持ち歩き、この時計と人生を共にしていたため、この時計に違和感も不気味さもいだかなかった。

 

だが私は、この時計が普通ではない事を知ってしまった。

 

知ったのは今から数時間後、私の担当ウマ娘のゴールドシップが宝塚記念で二位になってしまった時、私は無意識にこの目覚まし時計のスイッチを押したのだ。

 

そして、時間は巻き戻った。

 

巻き戻ったのは試合当日の朝。

あの時は本当に驚き混乱した。最初は夢かと思った。

だが、目が覚めてから起きる全てのことに見覚えを感じた時、私は時間を巻き戻してしまったと確信した。

 

時間の巻き戻し。

それは多くの人が夢見たいかなることもやり直せる魔法の手段……なのだけれど

 

「なんで大会数時間前しか戻れないのかなぁ…」

 

無為な独白が口から溢れる。

 

そう、戻ったのはたった数時間。たった数時間戻っただけで、宝塚記念に集ったウマ娘たちをどうにかできるわけがない。

 

ウマ娘たちは日々鍛錬し、必死に努力してこの大会に集まったのだ。

たった数時間の小手先でどうにかできるならG1なんて呼ばれてはいない。

 

 

それでも私は必死に小細工を弄した。

ゴールドシップに敵の動きを予測したと嘘をつき、未来でみた対戦相手の動きを言い含めたり様々な手段を使った。

 

でも、結果は変わらなかった。

結末は変わらず二位という結果。

 

宝塚を勝利はできずとも二位で入賞ならば悪くはないかもしれない。

 

だが、二位ではだめなのだ。

ここで勝たなければ、ここで一位をとならければ、ゴールドシップと私のトレーナー契約は切られることになる。

 

私からゴールドシップが離れて行くのだ。

 

それは…嫌だ。

認めたくないことだ

 

だから、もう一度時を戻した。

 

だけれど…

 

 

私は目を瞑り記憶に意識を巡らせる。

 

そこに広がったのはトレセン学園で見た多くのウマ娘やトレーナーたちの切磋琢磨。

 

一期一会の大会に己の全力を出して励む彼女たちの姿。

 

その光景が私の心を攻め立てる。

時を巻き戻すなんて卑劣な手段を使った私の心を突き刺して行く。

 

そんな自身の心の弱さに思わず苦笑する。

嫌ならやらなければいいのに。

 

だが、それでも私は時を巻き戻した。

私は時を巻き戻し、あの宝塚で優勝した子の勝利をなくしたのだ。

それもただ、自分がゴールドシップの横にいたいというワガママが理由で。

 

自分の願いのために時を巻き戻したのに、戻した本人の心がその行為を強く攻め立てる。

 

そんな自己矛盾と悪人になりきれない自身の小物さに私は天を仰ぐ。

 

 

空にはきらびやかな星々が輝いていた。

 

 

なぜ、2回目の巻き戻しでこんな深夜に巻き戻ったのかわからない。

だが、この夜風の冷たさが、夜の静寂が私の頭を冷静にさせて行くのは実感できる。

 

 

 

さっきからこうやって自問をしているが、結論は2回目に負けた時にできているのだ。

 

なぜこうも私の心は巻き戻しを拒否するのか。

その理由は簡単だ。

 

その行為は私とゴールドシップが歩んできた道の否定でしかないからだ。

二度と同じウマ娘たちでやることがないだろう、たった一回だけのそのメンバーで行う大会。

それに向けて私もゴールドシップも必死に訓練をしてきた。

 

その『たった一回の大会』の勝利を掴むために。

そうやって私たちは数多の『たった一回の大会』に勝って喜び、時には負けて悔しみを味わった。

 

そんな積み重ねが私に言うのだ。

 

『今までの彼女との人生を否定するのか』

 

 

そう…わかっているのだ。理解しているのだ。

時の巻き戻りなどやってはいけない事だと。

それは勝負に泥を塗る事だと。

 

だけれど、だけれども。

 

私はこの目覚まし時計を手放すことができなかった。

 

私は…彼女と……ゴールドシップと…離れたくはない

私は…あの二位を認めたくない。

 

 

理由は数えきれないほどある。

ただ、その感情を一言でいうのなら……………

 

私は懺悔するかのように、天に向けてその独り言を呟いた

 

「それは…」

 

 

 

「愛だぁああああああああああああああああああ!!」

 

「ごふぇっぇ!????」

 

背後からの衝撃に痛みを覚えたと同時に体が浮いた

 

目の前いっぱいに夜空が見える。

 

————うぁ、きれーッグェグフォ!!

 

肉体が地面に落下し肺の空気が吹き飛ぶ。

次の瞬間には同じタイミングで視界が地面と夜空を交互に映し出した

そりゃそうだ、今絶賛私は地面を転がっているのだから。

深夜の予期せぬ襲撃。いや、彼女の担当になった時点で予期などできるわけがない。

 

1、2秒と私の体が地面を転がって、土埃を撒き散らかしてやっと停止した。

 

普通の人間だったら怪我をするかもしれない背後からの一撃。

だが、嬉しくないがこの状況に私は慣れきっていた。

というか慣れるに決まっている。彼女が勝利するたびにこれを食らってるんだからな!!!

 

そんな事を思いながら私は顔を上げる。

 

するとそこには、私の担当ウマ娘が…

 

 

「Pipipipipipipipi!!なんだ!?まだゴルシちゃんレーダーに暗黒反応があるだとぉ!??どこだ!!」

 

銀髪の変人がいる。

 

「あれトレーナー、何でおまえ倒れて?????まさか…おまえがシスだったのか……?そんな…うそだぁああああああああああああああ!!!」

 

突然絶叫とともに膝から崩れ落ちる銀髪変人。

目からは滝のように涙を流し、肩には虫取り網を担いでいる変人。

 

…………………

……………

…人違いと言いたい。

 

猛烈に人違いと言いたい。

なんかスターウォーズっぽい真似事をしているこのウマ娘は、私の担当ウマ娘のそっくりさんだと思いたい。

 

 

だが、彼女と間違えられる人間などこの地球にいるわけがない。

ゴールドシップが二人もいたら地球が滅ぶ。

 

つまり、彼女は私の担当ウマ娘のゴールドシップという事だ。

そんな言い逃れできの現実に頬をひくつかせながら、私はとりあえず彼女に尋ねることにした。

 

 

「ゴルシ…何してるんだ?」

 

私の声が聞こえたのだろう、耳をピクリと動かし、ゴルシはすぐに涙を止めて真顔で返事をしてきた。

 

「え?何って?虫取り」

 

「…今日の昼には宝塚記念なのに、こんな夜遅くに虫取り?」

 

「バカだなぁトレーナーは。フィンランドでは太陽はまだ沈んでない時間だぞ?」

 

「いや…日本の話をしているのだが?」

 

「それに、知らないのか?毒虫は基本的に夜に出るって漫画に書いてあった。トレーナーにも見せてやるよ、ゴルシちゃんという光に集まってきた毒虫との心温まるふれあい空間を」

 

「肝が冷えるわ馬鹿たれ」

 

私は彼女との交流が始まってから何度目かもわからぬ怒りの衝動に耐えながら、ドロップキックを受けた体を起こす。

 

いや、マジで、何で大会前日の深夜に起きているの……?

 

まさかこれが原因で負けた…?

それならこの夜更かしをやめさせれば……勝て……

 

 

……いや、落ち着け。それはダメだ。やってはダメだと結論をだしたじゃないか。

冷静になるんだ私…

 

再び心から湧き出た巻き戻りへの誘惑を押さえつけながら、体を確認する。

 

体に蹴られたところ以外の痛みはなし、

シャツが破けているが、ゴールドシップに関わるといつも破けるからよし。

携帯にヒビが入っているがこれもゴールドシップと関わるといつかはヒビが入るからよし。

 

最後に目覚まし時計は……………あれ?

 

目覚まし時計がない。

一体どこに…?

 

 

「あれぇ?これなんだ?新種の虫か?随分面白い虫だなぁ。まるで時計じゃねぇか。面白いなお前。さてはお前がフォースのダークサイドだな?」

 

ゴールドシップのとぼけた声が耳に入ってきた。

 

…やばい

 

冷や汗が、頬を、背中を、滝のように流れ落ちるのが実感できる。

 

視線をゴールドシップに向けるとそこには、私の目覚まし時計を片手でつまんでいる彼女の姿があった。

彼女は興味深そうに、黄色の目覚まし時計を弄り回している、

 

…やばい

ゴールドシップがタイムマシンなんて手に入れたらろくなことにならない。

 

そんな本能とも言える警鐘が私の頭の中を鳴り響く。

 

タイムマシンで悪さをした私が言えることではないが、ゴールドシップがタイムマシンを使ったらひどい騒ぎが起きるに決まっている。

予想もつかないようなカオスが繰り広げられるのは確定である。

ウマ娘が、人参が好きなのとまったく同じの不変の定理だ。

 

だから、取り返さないといけないのだが

 

思いつかない。

 

あの会話ができる狂人から、あの時計を取り戻すうまい方法が思いつかない。

どうする、ただ単に返してもらうようにいうか?

普通なら返してくれるだろう….だがゴルシだぞ…?

 

 

そんな無為な思考が駆け巡り、ゴールドシップにかけるべき最適解の言葉を検索して行く。

 

そうだ、ゴルシの興味を他に向ければいいのだ。

そうすれば彼女もただの目覚まし時計なんて興味をなくして

 

 

「お、スイッチあるじゃねぇか!さっそくポ…」

 

ゴールドシップの指が目覚まし時計のスイッチ。時を巻き戻すスイッチに伸びて行く。

 

 

その光景を見た時、私の今までの時を巻き戻したことへの後悔、ゴールドシップがタイムマシンを手に入れた時の恐れ。

それらが複雑に噛み合いその結果、頓珍漢な言葉が私の口から放たれた。

 

「ゴルシぃぃぃいい!!それがデススターの弱点ダァああ!!」

 

「これがゴルシちゃんのライトセーバーダァアああああ!!」

 

ゴルシとの長年の付き合いから導き出された支離滅裂な言葉。

だがその言葉はゴールドシップを的確に動かす。

 

その行動とはゴルシの叫びとともに振り下ろされるかかと落とし。

凄まじい脚力から繰り出されるその一撃は瞬時に目覚まし時計をバラバラに破壊した。

 

金属が歪み、部品が地面に散乱する音が辺りに響く。

 

 

先ほどまで私を悩ませていた時計がバラバラになって行く。

あまりにあっけなく、突然起こったタイムマシンの破壊。

 

そんな光景を見た私は呆然とし、同時に胸から湧き上がる新たな感情に気がついた。

 

それは、さっきまで抱えていた不安や恐怖、罪悪感ではない。

 

 

笑いであった。

 

 

 

「いや…嘘だろ….こんな、なんのドラマもなくぶっ壊れるのか。ばっかじゃねぇの」

 

私はタイムマシンという魔法の道具のまさかの最後に、くすくすと笑い。

すぐに声をあげて笑い始めた。

 

ひぃひぃと、腹が痙攣しつい地べたに座り込んでしまう。

 

そうしてひとしきり笑い終えると、いつの間にかゴールドシップが遠巻きに私を見つめていた。

そしてぼそりと小さな彼女の声が聞こえる。

 

「突然笑ったり泣くなんて…狂人かよ」

 

お前に言われたくないわ。

 

いつも自分がやっていることを見直してみろゴルシ。いつものお前のことの方がひどいに決まっているぞ。

 

私はゴールドシップを睨め付け、地面から起き上がる。

 

 

目覚まし時計は破壊された。

これだけバラバラになったらもう使えないだろう。

 

だが、これで良かったのだ。

私は自分でこのタイムマシンを手放すことができなかった。

 

だが結果論だが彼女のおかげでこうして時計を手放すことができた。

あのまま手放せなかったら一体何度、宝塚記念の勝負に泥を塗ったのかわからない。

 

だから、これでいいのだ。

 

 

私はそんな想いと共にゴールドシップに近づき、彼女の腕を掴みホテルに戻ろうと引っ張り歩くことにした。

 

「おっとと。待ってくれよトレーナー!!まだイノシシ捕まえていないんだ!?」

 

ゴルシの世迷いごとが聞こえる。

だがそんなことどうでもいい。

 

「その網では捕まえられるわけないよ。さっさと帰って寝る!」

 

「そんなぁ〜」

 

ゴルシの悲嘆な声を聞きながら彼女が宿泊している一室にぶち込むためにずんずんと引っ張る。

 

 

タイムマシンは壊れてしまった。

もう戻ることはできず、あとは三度目の宝塚を待つだけだ。

そしてそれが終わった時、私は宝塚記念一位を取るという契約をクリアできず、ゴールドシップとのトレーナー契約は切れることとなる。

 

それは嫌だ。だがそれをどうにかする手段はもうどこにもない。

 

どうしようもないならば、あとは受け入れるだけだ。

 

そう自らを納得させていると、ゴールドシップから声をかけられた

 

 

「なぁなぁトレーナー」

 

「なんだゴルシ?ワガママは、今日はもう聞く気は無いぞ」

 

「やっぱ。私のトレーナーは最初からあんただけだったよ」

 

その声はいつものゴールドシップらしく無い、どこか懐かしむような声。

そんな声に少々驚きながら私は彼女に返答をした。

 

「最初からあんただけだったもなにも。ゴルシのトレーナーは今まで私だけだろ?」

 

「確かにそうだが。『あんただけで』間違ってないよ」

 

ゴールドシップはそう最後に言うと、鼻歌を歌い始めた。

聞いた事のないテンポのいい鼻歌。

そんなご機嫌な彼女の鼻歌を聞きながら、私は彼女をベットに放り込むために引きずっていく。

 

こうやって彼女と会話することも明日で最後になると思いながら。

 

 

 

 

4.

 

結論を先に言うと、私は未だにゴルシの担当トレーナーに収まる事ができていた。

 

トレセン学園のグラウンドでゴルシの奇行を眺め、あの時のことを思い出す。

 

あの日、私たちはやはり勝てなかった。

だが前の二回とは変わったことがある。

 

それは今度のゴールドシップは2着ではなく15着であったことだ。

 

試合開始時にその事件は起きた。

ゴールドシップ、まさかのスタート立ち遅れ。

約10バ身遅れでゲートを出たが、時すでに遅し。後方を回ってきただけのブービー15着に沈んだ。

 

そんな歴史に残るようなゲート内での長時間の立ち遅れを見た私は、未だに心のどこかで抱いていた希望すらも全て吹っ飛び観客席で水たまりに尻をつけて大笑いしてしまった。

 

前回と同じようにたの観客から奇異な視線に晒されるが前と同じで気にしなかった。

だが、前と違って暗い気持ちなどなかった。

 

ああ、これがゴールドシップ。これでこそゴールドシップだと

 

瞳を涙で濡らし、しばらく大笑いした後、10バ身差も離されたゴールドシップに大声て声援を送った。

ゴールするまでずっと、ずっと。

 

 

その結果契約内容である1位ではなく15位。

トレーナー契約解除は確実……だったのだが

 

なぜか、そのまま契約は続くことになった。

理由を聞くと、ゴールドシップの担当になりたいというトレーナーが皆無だったらしい。

 

どうもあの世紀の立ち遅れとその後のインタビューでの奇行が原因とのことだ。

 

まったく世の中わからないものだ。

 

そんなことを思いながら私は、ふと横で特訓前のストレッチと言う名目で、グランドでたこ焼きを焼いているゴールドシップにある疑問を聞いてみることにした。

 

「そういえばゴルシ。なんであの時あんなに遅れたんだ?」

 

その声にゴルシはたこ焼きのタネにナマコを入れる手を止め、私の方を向き答えをいった。

 

「ひさしぶりだったから、やり方をわすれたんじゃよ。ふぉっふぉっふぉっ」

 

その顔にはどこから取り出したのかわからない付け髭がつけられて、老人の真似をするゴールドシップがいた。

 

そんな、いつも理解できないことを言う彼女に、私は苦笑いをしながら口を開いた。

 

「ババアを語るには、まだ若いよゴルシ」

 

するとゴールドシップはキョトンとした顔を見せた後、ニヤリと笑う。

 

「そうかな?実はゴルシちゃんはトレーナーより年上かもしれねぇぞ?」

 

そうやって笑う彼女は黙っていれば美人というだけあって、まだ若く美しい。

若者というにはそろそろ限界な私よりも年上とは、目が腐っても間違えないだらう若々しい美貌。

だがそんな美貌の中に私は年配の人間が持つ独特な圧を感じた。

 

まるで外見は若いが、その内面は老いている様な、外見と中身の年齢がチグハグな雰囲気。

 

このチグハグな雰囲気をあのゴールドシップだからという理由で片付ける事は可能だ。

 

というか、それ以外考えられない。

 

しかしそれ以外で説明するのならば...考えられる1つの答えがある。

 

だが...流石にそれはないだろう。ただの私の考えすぎだ。

 

私は心の中でそんな結論を出してから、彼女に言葉を返す。

 

「タイムマシンでもない限り、それはあり得ないよ」

 

私たちの周りを一陣の風が抜けて行く。

 

その風は、たこ焼きの香りを纏っていたのであった。

 

 

 

 

 

 

『目覚まし時計』

ウマ娘プリティーダービーの育成において、育成目標の試合やURAファイナルで負けた時に発動できるアイテム。

 

負けた試合の朝に巻き戻り試合をやり直すことができる。

 

使用回数は3回まで。

 

 

 


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