【応募企画特別短編】Sweet Valentine. 作:suryu-
また、菜月なこさんの、王子様っぽいバレンタインボイスの、Answerのようにもなっております。
”彼”のところには、閲覧するあなたを当て嵌めてみてください!
菜月なこさんのTwitter↓
https://twitter.com/nutsnaco?s=09
────いつも思うんだ。彼は、ずるいヒトなんだって。
「あーあ。少しだけ、帰りが遅くなっちゃった。彼よりは早いんだけど、ちょっと間に合うかなぁ」
北国の某所。夜道を歩く女性は、手袋に包まれた手を擦り合わせた。寒さによるものか、若干頭を振るうと、雪の結晶のように光を反射する綺麗な銀髪が、ふぁさ。と揺れた。その髪型は、獣耳のような角がふたつ付き、特徴があって可愛らしい。
「さむっ」
ふと、口から出た言葉と共に、吐息が盛れて白くなる。この寒さは苦手だな。と、いつものように吐露。それでも、冬という時期は嫌いではないのか、楽しそうに空を見上げる。
「星が、綺麗だな」
最近は、夜の街が賑やかではない。そのせいか、灯りが抑えられたことで、都市部でも星空も見やすくなっていた。
「普段なら、街明かりで忘れちゃうんだけどね」
しかし、それが都市部に住む宿命。という物だろうか。仕事に明け暮れては余裕もなく、のんびり星空を見上げることもない。
「まぁ、だからこそ貴重なんだけど」
”上を見ながらなんて危ない。”……なんて注意をする人もいない。車も人も、何も通り過ぎない。だからこそ、彼女は自宅まで空を見上げたまま。この後に控えた大仕事があるから、それまでの静かなリフレッシュなのだ。
「って、着いちゃった。もう、早いんだよなぁ」
だが、心を整える時間というのは、どうしても早くすぎてしまうもの。いつの間にか、自宅付近まで到着していた。
「……よし、頑張るぞっ」
手に持ったビニール袋の中には、たくさんのチョコレートを含んだ製菓材料。家の中に入り、鍵を閉める。コートを脱ぎ、手を洗い。うがいも欠かさず。そして、キッチンへと急ぐと、慌てすぎない適度に調理の準備。オーブンレンジの温めを開始したあと、ボウルにゴムベラに。ほかの様々なものも用意して、先程のビニール袋の製菓材料を広げ出す。
「よいしょっと」
長い後ろ髪も、リボンで纏めて準備完了。戦闘準備は完了すると、時計を見た。
「今何時かな……おっ、何とかなりそうかな」
なんとかなりそうだからこそ、善は急げ。急がば回れとも言うが、今回は回っている余裕もなし。すぐさま彼女は取り掛かる。
「それじゃあ、早速とりかからないと!」
まず彼女は、前もって用意しておいたスポンジの生地を型に流し込み、熱しておいたオーブンに放り込む。慣れた手際は、毎年と言わず、そんなに期間をあけずに行っているのではないだろうか。
「よし、生地だけはこれでいいから、あとはこっち」
ケーキを作る際、オーブンレンジは放置気味なところもあるので、チョコレートの湯煎にも手をつける。ふと、刻む時に袋を見ると、チョコレートの種類に気づいた。
「あ、これミルクチョコ買ってきたんだ。なら、湯煎の時は45℃から50℃キープしないとね」
”まぁ、間違えたかもしれないけどいっか。”なんて、アバウトな呟きをするも、手の動きは抜かりがない。最初は、⅔ の刻んだチョコレートをボウルに入れると、50℃にギリギリ行かない程度に湯煎で温める。
「湯気や水蒸気は入らないようにしないと、ね」
事温め終わると、念の為お湯の状態を調整する時の温度。大体30℃になるように、保温の具合を調整しておく。それと同時に、残りの⅓ のチョコを加え、ゴムベラでダマにならないよう溶かしていく。
「温度が32℃になるように……」
ただ溶かして、ダマにならなければ良いわけじゃない。細かい温度調整をしなければ、チョコなんて作ることが出来ないのだ。よくいうテンパリングは、この温度調整のことを指す。
「お、生地も焼けたみたい」
バレットナイフに溶かしたチョコをつけて様子を見ると、しっかり固まったことに安堵する。焼けたスポンジ生地を急いで持ってくると、クリームを生地の間に挟みつつ、綺麗にチョコでコーティング。愛情と共に、ペンタイプの袋にチョコを軽く詰めると、模様を可愛らしく描いていく。
「こういう作業も好きになったな。ほんと。……あ、これもやっとかないと」
ケーキで使い切れないチョコは、きっちりと型に流して余すこともないように。勿論形は、愛を伝えるハートの一択。
「あとは、冷蔵庫に入れて冷やすだけねっ」
もちろん、型崩れはしないようにそっと入れる。乱雑な行動なんて、ここまで丹精込めたものを無駄にするのだから。
「よし、そして調理したところを片付けて証拠隠滅。あとは、朝出る前に用意しておいた夕飯を温めて……」
再度温めることで味が変わらない。むしろ、一度冷やした方が美味しい料理を用意した。寒い時期だから、おでん。というだけの安直な理由では無いのだ。
”がちゃり。”
玄関の扉と、鍵が開く音がする。彼女の待つ、”彼”が帰ってきたのだ。
「疲れたー……なんとか抜け出せた。ただいま。なこ」
「あ、お帰りなさい」
”なこ”と呼ばれたのは、先程までチョコとケーキを作っていた女性のこと。”菜月なこ”は、同居人の”彼”が帰るまでに、多彩な用意をしていたことを、悟らせないよう微笑んだ。
そもそも、今日という日は、いつにも増して特別な意味があるのだが、それ故に余計知られたくないのだろう。
「にしても、今日もなこを見るだけで、疲れが少しずつ抜けてくなぁ」
「もう、そんなこと言ったって。なんにもでないよ。ほら、早くスーツを脱いできて」
「おう」
だからなのか、彼女は少し、スイッチが入り始めた。役に入る。とも言うし、降りてくる。と表現してもいい。一種の自分を隠し、別の何かに変わる。しかし、それは意識してでは無く、無意識に。
「……まったく、困るじゃないか」
”菜月なこ”は、”七色のなこ”に変わる。それは、いつかの誰かが放った言葉。しかし、その表現は間違いではない。たった一言ではあるが、声色も。雰囲気も。全てを豹変させた。
「そういう物だとしてもね」
いつの日だろうか、彼女が無意識に役を身に降ろし、代わる代わるに見せたことがある。周りはもちろん、大混乱を免れることは無かった。
「さて、彼が戻ってくるのはもう少しかな」
たとえば、儚げな憂いのある少女。ある時は、優しき年上のお姉さん。ある時は、熱き情を持った姉御。そして、今のように。
「戻ってきた……って、はは。入ってるなぁ、こりゃ」
「ふふ、きたか。早かったね」
────こうやって、王子様のような姿を見せることもあるのだ。一部の女性はこの時を、”緑の月の王子様”と呼ぶことがあるほど、密かな人気を放っていたりすることを、本人は知らない。
「……おや、何を気にしているんだい? ああ、もしかして。僕が沢山チョコを貰って来ると思った?」
「まぁ、そりゃ気になるなぁ。毎年凄い光景を見るし」
”彼”も、そんな彼女の状態を知らない訳じゃない。だから、多少は気にしてしまうのは事実だ。そんな彼の手には、とある箱がある。
「っ、ふふ。そんなに怒ると、可愛い顔が台無しだよ。安心して。君からしか貰わないって決めてるから」
「そりゃどーも。いつものような口説き文句だな。去年も、こんな感じだったか。あの時はなこが遅くて」
「ああ、そうだったね」
見透かされているのは、”彼”も分かっている。そして、なこ自身も分かっている。瞼を閉じ、顔の前に垂れてきた髪をかきあげると、まるで夜空に浮かぶ月のように、儚く。しかし美しく、幸せそうに微笑んだ。
「だから、そのチョコ。ちょーだい?」
世の男も女も。どちらもこの姿を見たら、破壊力で頭がどうにかなってしまいそうになるだろう。だが、そんな姿を見て、”彼”も意外と挑戦的だった。
「おう、もちろんだよ。愛しのお姫様」
「────なッ」
それは、魔法の溶けてしまいそうな甘い言葉。彼の野性味の残る、ニカッと太陽のような逞しい笑み。それが、彼女を包んだ ”役” という魔法から解き放っていく。
「……ほんと」
だから、なこは即座に俯くと、顔を手で覆う。そして、掠れた声で呟いた。
「ん?」
彼は、その小さな呟きも聞き逃さない。様子を伺うように顔を覗き込む。すると、そこには頬を朱に染め、恥じらいながらはにかむ”菜月なこ”が、一輪の花として佇んでいた。
「いつも思うんだよ。君は、ずるいって」
「……そりゃあ、お互い様だよ」
一言二言のやりとりさえ、こんなに愛おしく感じてしまう。こんな時間が、ずっと続けばいいのに。
「あ、そうだ。夕飯のおでん。出来てるから、食べよっか」
「おう。そのあとに、買ってきたチョコ食べるか?」
「ふふ、やけにいい所のを今年は買ってきたねぇ」
だから、鍋のおでんを持ってくると同時に、”彼”の渡してくれたチョコレートの箱を見る。すると、また彼女の顔はにやけてしまった。
「ばーか。ずるいよ。ほんと」
──いつもありがとう。これからも、もっと一緒に頑張っていこうな!
「おーい、食べよーぜ。もう仕事で疲れて、腹がぺこぺこだよ!」
「ふふ、わかってる! あ、食べた後に見せたいものがあるんだけど……」
「お、なんだなんだ?」
それは、ただの幸せな一幕。彼女。”菜月なこ”が見ている夢でも、”あなた”が見ている夢でもなく。この世界のどこかに存在する、確かな暖かい記憶の一つなのだ。
「────私からの、気持ちだよッ!」
Happy Valentine for You……!