私の名はセリー   作:続きません

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ベース:【セリーからみたミリア】
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    https://ncode.syosetu.com/n4259s/82/ 「ミリア」
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    【セリーから見たベスタ】
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    【セリーから見たルティナ】
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初 出:書き下ろし


セリーから見たミリア/ベスタ/ルティナ~セリーから見た他の仲間たち

 私の名はセリー。ドワーフ族の16歳。鍛冶師。

 私のご主人様はミチオ・カガというが、私を含め全部で五人の奴隷を従えて、迷宮探索を行う毎日を送っている。私のほかに、一番奴隷のロクサーヌさん、二番目が私、そして以下加入順にミリア、ベスタ、ルティナの三人である。

 ロクサーヌさんのことはすでに話したが、ミリア以下の三人についてはまだ話してないこともかなりある。みんな個性的で非常に面白い娘たちだ。見ていてまったく飽きない。

 今回はそんなご主人様の愉快な仲間たち残り三人についてのお話である。

 

 

【セリーからみたミリア】

 

 ミリアは猫人族の15歳。帝都の商館でご主人様が購入した奴隷である。

 私たちは当時、ご主人様、ロクサーヌさん、私の三人パーティーだったのだが、迷宮探索では苦戦が続いていた。前にも書いたと思うが原因は私だ(まったくもって面目ない)。鍛冶師になりたての私は、まだまだ戦力としては不十分で、二人に迷惑をかけてばかりだった。

 

 でも訊いて下さいよ!

 迷宮探索をするとき、パーティーメンバーは、フルメンバーの六人で臨むのが普通のはずなんですが、当時の私たちは定数の半分でしかないたったの三人だったんですよ! それでも低階層ならまだいいかもしれないけれど、二階層は最大二体しか出ない魔物も、四階層は最大三体、八階層になると最大四体出てくるわけで、三人のままではどうしてもこちらが不利になってしまうわけです。

 確かにご主人様一人で、普通の人の二、三人分以上の働きはしていたかもしれませんけど、そりゃ苦戦するのも当然というものです。

 

 ……コホン。

 ええと、そんな有様に、さすがにご主人様も追加メンバーの必要性は感じていたようで、ペルマスクでの交易で得た資金を使って、私たちの装備品を更新するだけでなく、新たに戦闘奴隷を購入するつもりだったようだ。

 ベイルの奴隷商館のアラン氏から、すでに帝都の奴隷商への紹介状をもらっており(ただこれはもともとは鍛冶師の奴隷を購入する目的だったそうだ。でももう私がいるので鍛冶師は必要ないですもんね!)、それを使って戦力の補充を図ろうということになった。

 

「前に話したとおりこの後帝都に行くが、二人はどうする。一緒に行くか?」

「はい。ついていきます」

 とロクサーヌさんがすぐに答えたが……え?

 

「えっと。よろしいのですか」

 

 奴隷を購入する場に、私たちも立ち会うということか。そんな話は聞いたことがないが……。

 

「二人にとっても仲間になるわけだからな。意見も聞いてみたい」

「大丈夫ですよ、セリー」

 とロクサーヌさん。そういえば……。

 

「そういえば、私のときにもロクサーヌさんがいました。それでは私もご一緒させてください」

 

 確かにこれはありがたいことである。ご主人様のことだから、まずヘンな人を買ったりはしないとは思うが、やはり私も新人さんがどういう人かこの目で見ておきたい(主人にとって「良い」奴隷と、奴隷仲間にとって「良い」奴隷は必ずしも同じではないということもある)。

 

 というわけで、ご主人様が私たちを連れて帝都の冒険者ギルドへ跳ぶと、そこから奴隷商館へ向かった。

 帝都をしばらく三人で歩く。相変わらずの都会ぶりだが、さすがにもう慣れたものである。商館の所在地とされる区画に行くと、そこには周りを塀で囲まれた一角に立派な建物がそびえ立っていた。

 

「ここだろうか」

「そのようですね」

 

 私たちが敷地の中に足を踏み入れると、すぐに商館から男性が出てきた。

 

「紹介を受けて来た。店の者と話がしたい」

「承りました。こちらにお越しください」

 

 ご主人様が紹介状を渡すと、そのまま中に通される。しばらく待っていると、さきほどとは別の人、奴隷商人らしき立派な身なりをした男性が入ってきた。

 

「ようこそおいてくださいました。私が当商会の主でございます」

「よろしく頼む」

「それでは、こちらにお越し願えますか」

 

 さらに奥の部屋に通されると、ハーブティーが出てきた。ロクサーヌさんと私の分もある。

 

「悪いな。いただくとしよう」

「アランからの紹介状を拝見いたしました。鍛冶師を探しておられるとか」

「いや。鍛冶師はもうよいのだ」

「さようでしたか」

 ご主人様がそういうと、奴隷商人はチラリと私の方を見た。私が鍛冶師であることに気づいたらしい。当然ここは何も言わず、すました顔をしておく。

 

「迷宮で戦える女性がいたら紹介してほしい」

「冒険者、探索者向けの戦闘奴隷ということですか。他にご条件は」

「ブラヒム語を話せる者で」

「帝都では冒険者向けの戦闘奴隷や有力者様向けの見目麗しい家内奴隷が需要の大半になります。当商会でも需要にあった者を用意してございます。きっとお気に召す者がいることでしょう」

「そう願いたい」

「それでは、これから彼女たちの住む部屋へ行って軽くお目通し願えますか。気に入った者がいれば、呼び出して面談していただきたいと思います」

「分かった」

 

 奴隷商人の案内で、商館の三階に上がっていくご主人様に、私たちもついていく。

 途中の二階には、年齢のいった者や戦闘に適さない女性奴隷の部屋があるそうだ。この辺りはベイルの商館と同じような作りになっているが、ご主人様は必要ないと断っていた。

 ただそのとき、なぜか奴隷商人はまた私の方を見たような気がする。先程から一体どういうことだろう。私が戦闘奴隷に見えないということだろうか。それとも鍛冶専門の奴隷だとでも思ったのだろうか。鍛冶師にはそういう者も確かにいることはいるが。

 だがしかし、鍛冶師として大成するのは、迷宮探索もきっちりこなす者であることは、ドワーフ族からしてみれば常識である。確かに今は、ご主人様やロクサーヌさんの足を引っ張っているけれども、いずれ私だって迷宮内でも活躍して見せる。……そう考えるとなんか無性に腹が立ってきた。

(そのときの私は全く分かっていなかったのだが、後からよくよく考えてみると、私の耳が細いのを見ての反応らしいことに気づいた。どうやらご主人様は年齢の高い女性奴隷も守備範囲だと思われたらしい。これもまたヒジョーに腹が立つことではある。)

 

 そんな益体もないことを考えつつ、ご主人様についてとある部屋に入ると、中には十人くらいの女性が並んでいた。どうやらこのぐらいの人数に奴隷たちを分けて、順番に見せていくということらしい。

 その後もいくつか部屋を見て回ったのだが、ご主人様のお眼鏡にかなうような奴隷は、あまりいなかったようだ。ただ、最後に入った部屋に一人面白い娘がいた。それがミリアである。

 

 そのミリアだが、ブラヒム語が分かる者のみ前に出るよう言われたとき、彼女自身はブラヒム語はほとんど分からないようだが、皆が並びだしたのを見て慌てて自分も同じ列に並ぼうとしたらしい。他の奴隷たちに引っ張られて、後ろに追いやられていた。

 そのとき彼女は何か言っていたようだが、それは私の知らない言葉だった。ご主人様も分からなかったようだが、唯一ロクサーヌさんは理解できたらしい。

 列に引き戻されるミリアに対して、そこまで邪険にする必要もないだろうにとは思ったものの、単に私はその様子を眺めていただけだったが、ご主人様はむしろ、彼女のその積極的な姿勢の方を好意的に捉えたようだ。

 ……あととにかく彼女は可愛らしいし、それに胸も結構大きい。くそう。

 

 結局、彼女も含めて三人の女性から話を聞くことになった。

 どうでもいいがミリアも含め、三人とも私より胸が大きい……滅びればいいのに。

 まあそれは良いとして(本当は良くないが)、一人目の女性は決して悪くはないのだけれど、いまひとつ決め手に欠けていた。あくまで個人的な意見なのだが、やはりなんでもいいけれども、何か一つこれはというものを持っていなければとは思う。ロクサーヌさんは彼女でも問題ないようなことを言っていたが、ご主人様の反応もイマイチだった。

 二人目の女性は確かに器量は良いとは思うのだが、迷宮探索など到底おぼつかないような感じの人だった。ご主人様も同意見のようだったが、どこか未練を残しているような感じでもあった。どうやら別に迷宮に入ってもらわずとも、家内奴隷として家事だけやってもらってもいいんじゃないかと思っていたらしい。が、それは却下である。誰によってかは言うまでもない(ご主人様は気付かなかったようだが、彼女は終始難しい顔をしていた)。

 

 そして最後、ミリアの番である。

 先にも言った通り、彼女はブラヒム語が話せないので、ロクサーヌさんの通訳でご主人様がいろいろと訊いていくことになった。

 ところが、迷宮探索に参加できるかどうかの確認だったはずなのに、いきなり魚を食べさせろというミリアの一言から始まって、ひたすら魚をどう調理して美味しく食べるかの話をご主人様がしているのは、いったいどういうわけか。何なのだろうこの展開。何なのだろうこの人たちは。おかしいのは私の方なのだろうか(注:あなたは正常です)。

 ただこの時点ですでに、ご主人様はミリアを購入することを決めていたようだ。

 ロクサーヌさんはといえば、前にも書いたのだが、猫人族の加入は自分にとって好都合だったらしく、一も二も無く賛成していた。彼女も結構自分の欲に正直というか、言葉は悪いが腹黒いところがある。そんなにご主人様を独占したいのか……一応私もいるのだが。

 もちろん常日頃の彼女はご主人様のことを第一に考えたうえでいつも行動しているし、今回もミリアの猫人族としての身体能力、とりわけロクサーヌさんほどではないものの、その敏捷性の高さが、ウチのパーティーの前衛として適任だという判断もあったとは思うのだが……それにしても自分の欲望に忠実すぎである。

 

 あとこれも前に書いたことだが、どうでもいいことだけれども、ご主人様の猫耳に対する反応が尋常ではない。

 やっぱりコイツは耳フェチだ。今でもご主人様は、たまに飽きずにミリアの耳をモフり倒している。ミリアも一応は大人しくされるがままになっている。

 そしてその時のロクサーヌさんの反応が面白い。自分の犬耳(厳密に言えば狼なのだが)もモフって欲しがっているのが、傍で見ていてもはっきりと分かる。

 何がいいのか分からないが、どうせなら私の耳も(いや別に触ってもらって嬉しいわけではないのだが)……無理か。本当にどうでもいいことである。

(と、当時はこの人は耳フェチだと考えていたのだが、その後ルティナが加入してから、そうではないことが判明した(というかようやく分かった)。どうやら獣人の耳や尻尾に反応していたようだ。こういうのを「けもなー」というらしい。)

 

 一応ご主人様の名誉のために言っておくが、ご主人様もロクサーヌさんやミリアの耳や尻尾を無理やり触っているわけではない。必ず本人の了解をとってからである。まあロクサーヌさんが嫌がることは絶対にないし、ミリアも、ご主人様に尻尾を触ってもらうのは、嬉しいことは嬉しいらしい。

 ところがあるとき、ご主人様がミリアの尻尾の付け根をいじると、いきなり彼女が飛び跳ねた。いつも飄々としているミリアだが、顔を真っ赤にし、尻尾を押さえながら、涙目になってご主人様をにらんでいる。何事かと思ったが、どうやら怒っているわけではないらしい。その後もご主人様にすがるようにしてくっついている。じゃれている感じ?

 尻尾を持たない自分には全く分からないことだらけなのだが、当人たちが喜んでいるならそれはそれでいいのだろう……たぶん。

 その後分かったことだが、尻尾の付け根の部分は非常に敏感なところらしく、あと性感帯でもあるのだそうで、触ってもらえるのはとても気持ちいいことらしい。ミリアは自分で弄ったことが無かったそうで、最初はびっくりしたが、今ではむしろ自分から触ってほしいとおねだりするようになった。ロクサーヌさんもそうなのかと思ったが、彼女はそこまでではないらしい(嬉しいことは嬉しいそうだが)。

 

 しょうもない話をしてしまったが、いい加減話を戻そう。

 ミリアが話していたバーナ語(というらしい)は、帝国の中東部辺りに住む獣人の話す言語だそうだ。私も知らなかったのだが、ロクサーヌさんは当然のことながら知っていたし、問題なく話せるとのことで、ミリアとのやり取りは、先の通り全てロクサーヌさんを介している。

 というのもミリアは奴隷商館に来てから間がないそうで、ブラヒム語はまだマスターできておらず、ほとんど話せないのだそうだ。

 ただ、彼女の場合は言葉の問題よりも、奴隷商人の言った「罪を犯して売られてきた」ということの方が、個人的には非常に気になるところだった。とても罪を犯すような娘には見えないのだが、人は見かけによらないともいうし、それが本当であればどんなに有能であったとしても、彼女を購入すべきではないだろう。

 それでもご主人様はそんなことは全く気にしていないようで、むしろ奴隷商人の様子を注意深く見ているようだった。確かにその話になったとき、彼はしまったというような顔をしていたように見えたが……どういうことだろうかと思ったが、それもその後すぐに分かった。

 

 その後の価格交渉で、ミリアが奴隷になった事情が奴隷商人の口から明かされた。彼の話によると、禁漁区である神殿近くの海で、網を打っているところを捕まり、奴隷に堕とされたらしい。

 どうも彼女は、そこが禁漁区だったことを知らなかったらしい、というより禁漁区というものがあることすら、全く知らなかったらしい(その後、ロクサーヌさんが、本人から詳しく事情を訊いていた)。

 

 確かに信心深い人であれば、神罰が下るのを恐れて購入を躊躇するかもしれない。だがしかし、そもそも神罰なんてもの自体、本当にあるのかすら眉唾物なのだが(そんなものがあるなら、禁漁区で漁をした時点で下っているはずである)、こんなチャンスを逃すご主人様ではなかった(奴隷商人もこのことを恐れていたようだ)。この辺りはさすがと言うべきである。

 

 結局ご主人様は、ミリアの価格が本当は45万ナールのところを、40万ナールに値引きさせたうえに、なぜだかよくわからないが、最終的には遺言変更代の300ナールと併せて、いつの間にか28万210ナールにまでさせていた。

 ボーデの商人から琥珀のネックレスを買った時もそうだったのだが、ご主人様に対しては、商人たちが訳の分からない大幅な値引きをしてくれることがたまにある。とくに高額の商品であればあるほど、そういった場合が多いような気がする。一体どういうからくりなのだろうか。全く謎である。

 

「素晴らしい交渉振りでした」

「そうか。ありがとう」

「とりわけ、何故商人が最後に大きく値を下げたのか、私にはまったく分かりませんでした」

「さすがはご主人様、見事な人徳です」

「ありがとう。まあ人徳というほどでもないが」

 と一応は褒めつつ訊いてみたものの、詳しくは教えてもらえなかった。疑念は募る。ロクサーヌさんは、ご主人様の人徳によるものだと相変わらずの反応だが、これは絶対怪しい。そんなはずはない。きっと何かやっているに違いない。

 

 なお遺言についてだが、ミリアについては「死後相続」とされた。相続先はなんと私である。前にも言ったようにロクサーヌさんではない……。

(その後加入したベスタやルティナも、私が相続することとなっている。実際に私が相続するようなことは、おそらくないとは思う(ないことを切に願う)が、責任重大である。)

 

***

 

 というわけで加入したミリアだが、彼女は銛の名手で泳ぎも達者らしい。潜るのも得意で、かなりの深さまで、しかも相当長時間にわたって潜っていられるとのこと。息継ぎもしないで大丈夫なのだろうか。後に加入する竜人族のベスタみたいに気嚢でも持っているのだろうか。いやいやまさか……。

 実は私は全く泳げない(お風呂ぐらいなら心配ないが、水場で足がつかないようなところなどは、とても怖くてたまらない)。他のみんなもそうだと言っていた。ロクサーヌさんは一応泳げはするそうだが、彼女もあまり得意ではないらしい(注:犬かきかな?)。ご主人様はかなり泳げるそうだ。昔泳ぎを習ったことがあると言っていた。……いったい誰から?

 

 すでに書いた通り、彼女が奴隷に堕とされたのは、禁漁区で魚を獲ったことが原因なのだが、ロクサーヌさんが訊いたところによれば、なんでも自分の体の倍以上もある巨大ザメと追いかけっこをしているときに、禁漁区となっている入江を発見したらしい(そこが禁漁区であるとは、全く気付かなかったそうな。禁漁区が存在すること自体知らなかったのだから当たり前だ)。

 その巨大ザメとは、延々と死闘を繰り広げたあげく、最後は見事にこれを仕留めたそうだが、その時発見したその入江で、後日網を打っているところを捕まったのだそうだ。

 ミリアとしては、他に魚を獲っている人も全然いないし(禁漁区だから当然ではある)、格好の漁場を見つけたと大喜びだったそうで、嬉々として投網をしていたところを、そこの神官たちに見つかって訳も分からないままに捕まり、村に突き出されたということらしい。

 本人は自分が捕まるまで、そこで魚を獲ってはいけないなどとは、露ほどにも思っていなかったとのこと。禁漁区であること自体知らなかったのだから、無理もないと言えるかもしれないし、確かに海に境界線など引かれていないだろうが……ちょっといやかなり迂闊だとは思う。

 

 村人たちの方も、漁場を荒らしていた巨大ザメを、苦闘の末ではあるがミリアがたった一人で仕留めたことにまず驚き、これについては非常に喜んでいたのだが、そのミリアが禁漁区で魚を獲っていたことにも大変驚き、そしてこちらの方はほとほと困り果てたらしい。

 ミリアの処遇を巡っては、村の寄り合いで相当揉めたとのこと。そもそも禁漁区のことを彼女にきちんと教えていなかったのも問題だし、巨大ザメを退治するなどこれまで彼女が村に大きく貢献していたこともあって、ミリアのことをよく知る村人ほど彼女をかばったが、ここで許してしまっては神様(というより神殿にいる神官たち)に対して申開きができないとして、やはり奴隷に堕とされることになったという。それを聞いたご主人様は、「むやみに奴隷に堕とすのはやはりよくないよな……」となぜかちょっと遠い目をして言っていた。

 

 奴隷に堕とされたことについて、ミリア本人はどう考えているのだろうか。これもロクサーヌさんが訊いてみたのだが、彼女いわく、知らなかったとはいえ、禁漁区で漁をした以上は仕方がない。奴隷に堕とされたことを恨む気持ちはまったくない。むしろ村のみんなに迷惑をかけて申し訳なかったとのこと。ただ奴隷になったとはいえ、今の境遇には大変満足している、美味しいから(?)だそうだ。楽天的と言うかなんと言うか、どう表現して良いのか困るけれども、本人が楽しくやっているというのであれば、それはそれでいいのだろう……そういうことにしておこう。

 

***

 

 ミリアは目も大変良い。暗闇でもものが見えるうえに、かなり遠くまで見通すことができる。迷宮内でも黒魔結晶を簡単に見つけてしまうほどだ(本人いわく「魚貯金」とのこと。なんでも迷宮に入ってたくさんこれを集めて来たら魚を食べさせてやると両親から言われていたそうだ。他の色の魔結晶と違い、黒魔結晶は全く光らないので薄暗い迷宮内で見つけるのは大変難しいはずなのだが)。ロクサーヌさんの嗅覚と併せれば、ウチのパーティーの索敵と警戒はほぼ完璧と言っていいほどである。

 

 また一体どのように見えているかはさっぱり分からないが、彼女は魔物の状態異常を、正確にしかも素早く見分けることもできている。ミリアのエストックには、石化付与と麻痺付与の二つのスキルが付いているのだが(やはり複数のスキルを付けた場合でも、同じスキルの重ね掛けは無効だが、異なるスキルであれば両方とも有効に機能するようである)、彼女には攻撃した魔物の状態変化を注意深く観察するよう言い含めている。こちらには全然分からないのだけれども、彼女いわく、石化すると魔物がうっすらと白く見えるのだそうだ。麻痺の方が比較的発動する機会が多いようだが、ご主人様からは石化した場合のみ報告するように指示されている。石化した場合はその魔物への対処は後回しでいいが、麻痺の場合はしばらくすると再び動き出すため、なお注意が必要だからである。

 

 そしてまたミリアは勘も大変鋭いようで、ロクサーヌさんほどではないものの、反応速度も非常に素晴らしいものを持っている。ロクサーヌさんも「ミリアはいい戦士になるかもしれません」と彼女のことをほめていた。

 何よりロクサーヌさんの指導について行けているのがスゴイ。なぜあの説明で理解できるのか。ロクサーヌさんの話をいつまでも熱心に聞いているミリアを最初見たときは、思わずご主人様と顔を見合わせてしまった。

 ただその一方で戦闘時の彼女の状況判断だが、正直最初は酷いものだった。周りが全く見えておらず、目の前の魔物にしか注意が行っていなかったのだ。ロクサーヌさんと私で辛抱強く教え込んで、ようやくその才能が開花したように思う。

 

 そのミリアの戦闘スタイルは自由、その一言に尽きる。パーティーメンバー内で、ミリアは主に遊撃を担当しているが、彼女としては単独で動く方が、自分の性に合っているらしい。

 というのも戦闘中の彼女は、局面ごとに一々立ち回りを考えて行動しているというわけではなく、どうも感覚で動いているように見える(当初の状況判断の拙さもそれが原因だろう)。

 そしてそういうところはロクサーヌさんに通じるものがある。戦闘スタイルが似通っているせいか、実際ミリアには、ロクサーヌさんの動きがかなり見えているらしい。

 ベスタとはまた違ったタイプではあるが、前衛とりわけ遊撃的な立ち位置に彼女は適任だろう(というか他の役割はおそらく無理だろう)。さらにまたこの点をどこまで考慮したかは分からないが、ご主人様が彼女のジョブを暗殺者にしたのも正しい選択だろう。

 

 彼女が使っている武器は、さっきも言ったが片手剣のエストックで、もともと漁で使っていた槍(というか銛)ではない。というのも前衛なら槍のような長物は不都合ということで片手剣になったのだ。彼女は盾も普通に扱えるということだったし。

 そういうわけで、現在ミリアはエストックを器用に使いこなしているが、とくにエストックに石化のスキルをつけた後は、彼女のおかげでパーティー全体の戦闘が本当に楽になった。ボス戦でもどんどん魔物を石化させていく。

 これはミリアの持っている暗殺者のスキルである、状態異常も素晴らしい効果を挙げているようだ。ただそのスキルも、高レベルの魔物に対しては、かなり効きにくくなるはずなのだが、ミリアの腕がいいのか、そんな魔物でもかなりの確率で石化させていく。不思議である。

 ……と思っていたのだが、どうやらご主人様の補助魔法?(博徒のスキルらしい)との相乗効果なのだそうだ。あるのとないのとでは成功率がかなり違うらしい(私は気づかなかったのだが、ご主人様はこれもひそかに実験していたのだそうだ)。

 それはともかく、ミリアの攻撃が魔物に与える状態異常が非常に有効なことは確かなので(特に石化が決まれば実質的に戦闘終了である)、それを最大限活かすため、彼女が活躍できるよう配慮する必要がある。要はミリアが存分に動けるように、パーティーのフォーメーションを組むということだ。

 ミリアもその点は心得たもので、立ち回りもどんどん上手くなっている。それでもはやる気持ちが抑えられないのか、たまに突出しかけることもあるが、すぐにロクサーヌさんから注意がとぶ(そして彼女もすぐにそれに従う)。

 それにしてもここに来てミリアの才能が爆発している。まさかこれほどとは思っていなかったのだが、次々に魔物を石化させていく。ご主人様のスキルのサポートがあるとはいえ、これはすごいことである。解放会のエステル男爵も彼女を褒めるわけだ。

 

 あと最初は気づかなかったのだが、ロクサーヌさんほどではないものの、ミリアは鼻も結構利くらしい。というのも最近ミリアが魚系のアイテムをドロップする魔物の匂いを嗅ぎ分けるようになってきた。

 そのこと自体は別に悪いことではないのだが、そういう魔物が出てくる階層に行くと、ミリアがいつの間にか勝手にフラフラと動き出すので注意が必要である。ロクサーヌさんが言い聞かせているのだが、本人も体が無意識に動いてしまうようで、なかなか直らないのは困ったものである。

 

 あとこれは迷宮探索とは全く関係ないのだが、ミリアが意味もなく私にくっついてくるようにもなった。ご主人様でもロクサーヌさんでもなく、私にである。それも単にくっついてくるだけでなく、私のことをクンカクンカしてくる。そうしたと思ったら、なぜかぽかーんと口を開けたまま、変な顔をして一定時間固まっている。何が何だかさっぱりわからない(注:「フレーメン反応」というらしいですね)。

 

 最初自分の匂いを嗅がれたときは、いったい何のことか分からず、変な匂い(臭い?)だったかと自分の服などを嗅いでみたのだが、どうやらそうではなかったようだ。どうやら私の匂いがいたく気に入ったらしい。

 ……おかしい。最近は毎日お風呂に入れてもらっているし、よく洗って(もらって)いるはずなのに。それにそもそもみんな同じ石鹸を使って体を洗っているので、当然匂いも全く同じのはずなのに。なぜだろう。

 

 不思議に思ってロクサーヌさんに訊いてみると、確かに私からはとてもいい匂いがするとのこと。しかも会った当初はさほどでもなかったのが、最近どんどんその匂いが強くなってきているらしい。

 原因が全く分からず私が混乱していると、彼女から「とてもいい匂いですし……とくに獣人にとってはですが……いいのではないでしょうか。……それと、よければ私にももう少し近くで匂いをかがせてほしいのですが……」と言われてしまった。

 私が訳も分からないまま了承すると、ロクサーヌさんがいきなりこちらを抱きしめてスンスンしてくる。思えばこんなことは初めてで、思わずドキドキしてしまった(私にはそっちの方の趣味はカケラもないのだが……)。彼女の方も顔を真っ赤にしていた。それだけでなく口元がちょっとひくひくしている。

 

 そうしていると、その様子を見ていたらしいご主人様が「セリーちょっとこっちに来てみろ」というので、何だろうと思ってとりあえず行くと、いきなり抱き寄せられ、ご主人様にまでクンカクンカされた。

 

「確かにいい匂いだな」

 と言われたのだが、突然のことでビックリしたし、何よりロクサーヌさんが息をのむ気配がして、こちらとしてはそれが気が気でなかった。

 そうこうしているうちに、さらにベスタやルティナも加わってきて、みんなにもみくちゃにされる。こうなるともう何が何やら分からない。

 

「んなぁ~」

 

 思わずヘンな声が出てしまった。

 

 ……さすがにこれは大変迷惑なので、みんなに厳重に抗議すると、それからはそこまで露骨にはされなくなった。

 それにしても酷い目にあった。自分でスンスンとやってみてもやはり全く分からないのだが、これは一体どうしたことだろう(注:フェロモンみたいなものでしょうかね?)。別に臭いと言われたわけではないので、とくに不都合はないのだろうが、やはり気になる……どうにかならないものだろうか。

 

***

 

 話がそれてしまった。ミリアの話に戻そう。

 食事についてだが、ミリアからは魚料理のリクエストがたくさん来る。というかそれしか来ない。そもそも最初にも言った通り、ご主人様の奴隷になるときから、彼女は魚が食べたいとばかりしか言ってこない。

 彼女は基本的に、魚さえ食べられればそれでいいらしい。魚さえあればたとえば甘いものなども、別になくてもいいらしい(あればあったで喜んで食べてはいるが)。

 魚ばかりでは飽きないのだろうかと思うのだが、本人に訊くと全く飽きないそうだ。即答である。……そうなのか。

 まあそれでも魚ばかり食べて栄養が偏るのは困る。ただそう言っているミリアも、ロクサーヌさんが野菜を食べるようにと言うと、素直に従っているので大丈夫だろう(別に本人は食わず嫌いというわけではなく、単に魚が好きすぎるということらしい。ただご主人様は、ミリアにちゃんと魚を食べさせておかないと、彼女が反乱を起こすのではないかとひそかに恐れていたらしい。……そんなはずあるわけないのに)。

 余談だが最近は我が家の家庭菜園も充実してきたので、新鮮な野菜には全く困らない。漬物なるものも作り始めたし。こうしていろいろな食材をバランスよく食べることはとてもいいことである。ただでさえ我が家は肉類を食べることが多い(多すぎる)ので。

 

 魚料理を食べているときのミリアは本当に幸せそうで、見ているこちらもほっこりする。けれども料理を食べ終わってしまうと、まるでこの世の終わりが来たかのように落ち込んでしまうのには、それまで満面の笑みを浮かべて料理をほおばっているだけに、その落差にビックリである。別にもう二度と食べられないわけではないというのに、何故にそんなに気を落とすのか……さすがに彼女が可哀そうに思ったのか、ご主人様も苦笑しつつ、次の獲物はどの魚にしようとか言ってあげるのはやさしいと思う。本人もそれでやる気を見せている。正直それもどうかと思うけど。

 

 というように、ミリアはとにかく魚が大好きで、魚さえ食べさせてもらえれば不満はないそうだが、あるとき彼女が生の魚を食べようとしたのには驚いた。さすがにロクサーヌさんが止めていたが。

 魚を生で食べるなんて、獣じゃあるまいしと思っていたのだが、ミリアの話によると、彼女の地元の村では、新鮮な魚を生のまま食べることも多いようだ。

 

 他のみんなはこの話にドン引きしていたのだが、なぜかご主人様だけが興味を示してきた。というのもご主人様の故郷でも、新鮮な魚を生で食べることがあるそうだ。サシミ?というらしい。

 ご主人様はさっそく大家の鍛冶屋さんのところに行って、よく切れる包丁を買って来たらしく、それを使って器用に魚をさばいていた。そして帝都でまとめ買いしたという魚醤につけて二人でおいしそうに食べはじめた。……私を含め他の四人はそれを遠巻きに見ているだけだった。

 ロクサーヌさんも、さすがに手を出そうとはしなかった(鼻が利くせいかちょっと辛そうだった)が、楽し気な二人を羨ましそうに見ていた。

 ……と思っていたら、彼女はシェーマを刻んで魚醤に混ぜることで魚の臭みをとる作戦に出た。なるほど。いくらご主人様と楽しく食事がしたいとはいえ、そこまでするとは、ロクサーヌさんおそるべしである。

 でもそのおかげで私なども食べられるようになったし、ご主人様やミリアにも好評だった。こうしてみんなでサシミ?を食べるようになったのである。

 

 もちろん魚は生で食べるだけではない。一夜干しした魚を家の外で焼くようにもなった。

 最初は家の中で焼こうとしていたのだが、屋内に煙が充満しかけたので慌てて止めた。そこで外に出て焼くようになったのである。はじめは石を組んで即席の窯を作って焼いていたのだが、石窯を作ってからは、そこで焼くようになった。今では我が家の定番メニューである。

 

***

 

 私たちはみな基本的に仲はいい方だが、とくにミリアとベスタの二人は意外と仲がいい。ベスタに対してミリアはお姉ちゃんのように振る舞っている。そこへルティナが加入してきて、ますますミリアのお姉ちゃんぶりに磨きがかかってきた。

 ミリアがベスタだけでなく、ルティナに対してもお姉ちゃん風をビュービュー吹かせているのは、傍で見ていてとても面白い。何となく微笑ましいものを感じる。

 実際にも彼女には弟がいるらしく、村にいた頃はよく面倒を見ていたそうだ。お姉ちゃんポジションには馴れているらしい。

 

 そんなミリアだが、ご主人様のことは実際どのように思っているのだろうか。先にも言った通り、彼女は元が犯罪奴隷だったので、性奴隷がどうとかいう話には当然ならなかったはずである。だがこのご主人様がミリアにだけ手を出さないわけがあるはずがない。正直どうなるかとも思ったが、本人はあっけらかんとした様子で初めから悦んでいたようだ。しばらくして彼女にそのあたりも含めてコッソリ訊いてみたところ、「好き、大好き、気持ちいい、美味しい(?)」とたどたどしくも言っていた。ふむ。猫人族は番になってもベタベタすることは無いと言うが(前にも書いたが、ご主人様がミリアを買い受けた際、ロクサーヌさんが彼女を推した理由でもある)、全く関心が無いわけでもないようだ。

 

 ただこれはロクサーヌさんの影響も大きいように思う。基本的にご主人様や私たちがミリアと話すときはロクサーヌさんが通訳をするのだが、彼女はいかにご主人様がすごいかを、何かにつけてミリアに吹き込んでいるらしい。それは影響を受けるわけだ。まあ別に嘘を言っているわけではないだろうから(多少の誇張はあっても)、とくに目くじらを立てることもあるまい。

 

***

 

 最後にこんなこともあったという話。

 ある時みんなで分担して家事をしていると、ミリアの姿が見えないと思ったら、彼女は日光が差し込む寝室のベッドの上で丸くなり、ポカポカと昼寝をしていた。猫人族らしいと言えばらしいのだが、さすがにあきれてしまった。

 普段私が机に座って書き物をしているときも、特に用事もないのにミリアがやってきて側で丸くなり、昼寝をしていることがよくある。その様子を見ていると、なんとなくほっこりするのはなぜだろうか。

 だがその時は割り当てられた仕事の途中だったようで、ロクサーヌさんは大変お冠だったが、ご主人様は笑って許していた。彼女の寝姿が余りに幸せそうだったので、注意する気が失せたとのこと。むしろみんなで日向ぼっこをすることになった。

 つくづく面白い娘である。

 

 

【セリーから見たベスタ】

 

 ベスタは竜人族の15歳。彼女は私たちの中で唯一オークションで競り落とされた奴隷である。燃えるような赤い髪を、ショートカットにしている。目も髪の毛と同じで赤く、虹彩の大きい美しい瞳である。引き締まった小高い鼻に、肌は淡く色づいた小麦色だ。

 彼女は非常に長身で(二メートルは優にあるらしい)、手足がすらりとして細長いだけでなく、全体のスタイルも良いうえに、胸がとんでもなく大きい……くそう。

 

 モンスターカードや装備品のオークションには、これまでもちょくちょく参加していたご主人様だったが、奴隷オークションに参加したのはこれが初めてだった。

 ベイルの奴隷商館のアラン氏に、詳しいことを聞いたらしく、力のある奴隷を求めるなら、オークションに参加するのが一番良いと彼に勧められたそうだ。アラン氏も当然オークションに自分のところの奴隷を出品予定とのこと。

 

 その奴隷オークションだが、年に四回、季節の間の休日に、クーラタルの商人ギルドを借り切って開かれるという(そのためその日は通常のオークションがお休みになる)。通常のオークションと比べ、開催頻度が少ないせいもあり、とくにクーラタルはその土地柄から、冒険者や探索者向けの戦闘奴隷が数多く出品されるのだそうだ。

 

 以上のような話をアラン氏から聞いたご主人様は、家に帰ってくるなり私たちにこう言った。

 

「今度の休日にオークションがあるそうだ。次のパーティーメンバーはそこで探してみようと思う。戦力の拡充は必要だからな」

「分かりました」

 とロクサーヌさん。

 

「オークションでなら確かにいいメンバーが選べるかもしれません」

 と私。

 

「ミリアがお姉ちゃん、です」

 

 ……何を言っているんだこの娘は。

 

「お姉ちゃんになるから頼むな」

 

 ご主人様もそれに乗ってどうする。第一、ミリアより年上の人がもし来たらどうするのだろう。

 

「はい、です」

 

 ……まあ本人が嬉しそうだからいいか。

 

 オークションにはご主人様のみ参加するので(これはオークションならみな共通するのだが、参加料として一人1000ナール払うためである。ただし一度でも入札に参加すれば全額戻ってくるらしい)、その日私たちはお休みとなった。私は当然図書館に行き(ご主人様は知らなかったようだが、図書館は年中無休である)、ロクサーヌさんは買物などをしてのんびり過ごすとのこと。

 ミリアにとってはこれが初めての休日になるが、ご主人様にどこか行きたいところがないか訊かれた彼女は、間髪入れずに「海、です」と答えていた。相変わらずぶれない娘である。

 

「大丈夫か」

 

 奴隷になってしまった経緯がアレなので、ご主人様もさすがに不安に思ったようだが、

 

「大丈夫、です」

 

 ミリアは自信満々である。自分がどうして奴隷になったのか、もう忘れたのだろうかこの娘は。ここは注意喚起しておく必要がある。

 

「釣る以外で魚を獲ることは問題視される危険が大きいと思います」

「やっぱそうだよな。しかし、釣りがあるのか」

「はい。釣りは貴族や引退生活者の趣味として認知されています。貴族や有力者がやるため、釣りで魚を獲ることは漁業権の例外として認められています」

「海釣りもあるのだろうか」

「祖父が海に行くと言っていたので、あると思います。帝都に釣具屋があるはずです」

 

 釣りならば咎められることはないのでいいと思うのだが、果たして彼女は釣りをしたことがあるのだろうか。

 

「じゃあ、ミリアは釣りでもやってみるか。釣りだ。釣り」

「はい、です。釣り、です」

 

 ……多少の不安があるが、まあ大丈夫だろう。

 

 ということで、ミリアは釣りに行くことになった。翌日、オークションの当日であるが、ご主人様はまず先に私を送り出してくれるということで、朝食後、全員で帝都の図書館に行った。この後ミリアの使う釣竿を買いに行くというので、図書館の受付で釣具屋の場所を訊いて教えてあげた。ただ果たして釣れるのだろうか(トラブルが起きないかも大変心配である)。まあ後は彼女の腕次第である。

 

***

 

 さて、私たちは私たちでいろいろあったのだが、肝心のオークションについてである。

 すでに書いた通り、オークションにはご主人様が一人で行かれたので、以下は後から聞いた話。

 

 その日のオークションの目玉は魔法使いだったそうだが(出品者はアラン氏だった。なんと仕入れ先は例のバラダム家だったらしい)、男性だったとのことで、戦力には十分になったはずなのだが、ご主人様は全く興味を引かれなかったそうだ(ご主人様もこういうところは全くぶれない)。

 オークションでは事前に出品される奴隷を、自分の目で見て回れるようになっており、ご主人様は各部屋を回ってどんな奴隷がいるのかいろいろと見ていたそうだが、ベスタを一目見て購入を決意したとのこと。

 たしかにベスタも大変な美人だし、ご主人様が気に入るのも無理はないが、どうやら彼女のあの巨大な胸に惹かれたらしい……滅びればいいのに。

 まあそれでも彼女は竜人族だから、首尾よく竜騎士になれれば、パーティーの前衛として十分な戦力になることは確かだが……それは確かに確かなのだがムショーに腹が立つ(あとご主人様は全く気付いていなかったのだが、ベスタはオークションにかけるためか、もともとブラヒム語を話せるのだそうで、その点も良かった)。

 結局オークションでのベスタの入札は、ご主人様が有り余る資金力にものを言わせて、一気に押し切るかたちで落札したらしい。魔法使いの方に参加者の注目が集まっていた分、競り落としやすかったというのもあったそうだ(それでも落札金額は64万ナールだったとのこと。こっそり私に教えてくれた)。

 

 ベスタは特に訓練を受けていたわけではなく、ジョブも村人のままだったが、それでも元いたところでは、彼女の戦闘能力は一番だったそうだ。迷宮に入った経験はないものの、近くに出没した魔物を倒してはいたらしい。

 もともと竜人族は、あまり器用な方ではなく、得意とする武器も特にないそうで、たいていどんな武器でも力任せに振り回すだけだという。それで何とかなってしまうのがスゴイといえばスゴイ。やはり恵まれた体格と高い身体能力のなせるわざなのだろう。狼人族とはまた対照的な戦闘種族っぷりである。

 ただ一般的には、どの迷宮の何階層を探索するかや、他の装備との兼ね合いにももちろんよるけれども、彼らは剣と盾を使うことが多いらしい。とくに種族固有ジョブである竜騎士になれば、片手に両手剣、片手に大盾(通常の盾よりもかなり大きく、竜人族以外は装備することができない)を装備できるとのこと。またそれ以外に、両手剣を二本左右に装備してもいいらしい。それを聞いたご主人様が「二刀流か……」と興味を持っていた(余談だが、今言ったように、大盾を装備するという選択肢もあったものの、その後彼女は主に二刀流で大変な活躍をすることになる。さらにはそれと並行して長弓も使い始めたのだが、こちらも凄まじい威力である)。

 防具の方も、竜人族なら女性でもプレートメイルが装備可能ということである。力自慢の私でもチェインメイルがせいぜいなのに、これもまたスゴイ。他の種族では到底真似できない。

 

 そうして競り落とされたベスタは、商人ギルドから自宅に帰る際に、ご主人様に硬革の靴を履くように言われたことにまず驚き(ワープで直接家まで跳んだことにも驚いたそうだが)、そして自宅でいきなり身代わりのミサンガをつけさせられたことにも大変驚いたという。確かに無理もないことではある。

 そのうえロクサーヌさんに服を選んでもらい、ご主人様にそれを買っていただいたことにも感激したそうな。みんな驚くことだが(私もそうだった)、奴隷に服(それも新品)を買い与える主人など普通はいない。

 ロクサーヌさんは喜んでベスタの服を見立ててやっていたのだが、彼女の場合、親切心からしているのはもちろんだけれども、服を選ぶこと自体を楽しんでいる面も確実にある。ご主人様によれば、店員から「(ベスタのサイズに合うような服は)あまり数が無い」と聞かされたとき、彼女の目が光ったように見えたという。おそらく店員のその言葉で彼女のやる気スイッチが入ったのだろう。

 

 ベスタのその他の装備については、私の意見を聞いてからということになったのだが、身代わりのミサンガを作ったのも私だということを聞いて、不思議に思ったベスタにロクサーヌさんが、

 

「セリーはとても物知りなドワーフです。装備品のこともよく知っています。パーティーの戦い方や作戦のことなどについては、セリーにまかせておけば間違いありません」

 と私のことを紹介してくれたらしい。ちょっと褒めすぎのような気もするが、どうりでベスタの私を見る目が最初から変だとは思った。

 

***

 

 夕方になり、オークションはどうなっただろうかと思いつつ、私が図書館のロビーで待っていると、向こうからご主人様とロクサーヌさんがやってくる。そしてベスタも。

 最初ベスタの姿を見た時は、とんでもない胸の大きさについつい目がいってしまい、思わず「滅びてしまえばいいのです」と口の中でつぶやいてしまった。別にベスタに恨みがあるわけではないのだが(初対面だし)、もうこれは私にとって条件反射のようなものである。

 

「セ、セリー。彼女はベスタだ。今日から仲間になる」

 とご主人様が慌てた様子でベスタを紹介してくれた。ここで彼女が竜人族だと気づく。

 

「滅びれば……あ。竜人族のかたですか?」

「はい。そうです。よろしくお願いします」

「そうなのですか。大丈夫です。こちらこそよろしくお願いします」

「ベスタ。この酒の匂いをさせているのがセリーな」

「はい」

 

 むぅ。そんな紹介の仕方はないと思う。のどが渇いたので、「水」をちょっと飲んだだけだというのに。

 

「預託金です」

 

 金貨を返すとき、思わずムッとしてしまった。

 

「な、仲よく頼むな」

 

 どうやらご主人様は私とベスタの仲を心配したようだ。もちろんそれは勘違いというものである。

 

「もちろんです。竜人族で胸の大きい女性に悪い人はいません」

「そうなのか?」

「はい。それを見る者は滅びてしまえばいいですが、竜人族の女性に罪はありません。竜人族は子どもを母乳で育てたりはしない種族です。竜人族の女性の胸には空気が詰まっています。気嚢といいます」

「へえ」

「胸の大きい竜人族の女性は不当な扱いをされるのです」

「そうなんだ」

「竜人族の女で胸が大きいと、無駄に空気が入っているだけだと馬鹿にされます。わ、私なら大丈夫です」

 とベスタが説明している。どうやら胸の大きさのせいで彼女はイジメられてきたようである。相当苦労したのだろう。

 

「いいえ。ベスタには何の問題もありません。胸のことを気にするやつらなど滅びてしまえばいいのです」

 

 そうだ。ベスタ本人は何も悪くないのだ。これは強調しておかなければ。

 

 こうして私がベスタを擁護したせいもあり、そして私が鍛冶師であることをロクサーヌさんから事前に聞かされていたこともあって、ベスタはいきなり私に尊敬のまなざしを向けてきた(そのときはまだ事情の分からなかった私は、正直なぜだか分からず困惑していたのだが)。確かに鍛冶師の奴隷など、そうそういるものではないが……。

 

 その後、ミリアを回収しに、みんなを連れてご主人様がハーフェンへと跳んだ。

(このハーフェンというところは、ハルツ公領にあるのだが、良質の魚が獲れることで有名な漁村である。ご主人様はゴスラーさんに教えてもらったのだそうだ。)

 そのミリアだが、釣りは初めての経験であったにもかかわらず、かなりの数の魚を釣り上げていた。本人も大変満足そうである。

 

「ミリア、彼女はベスタ。今日から仲間になる」

 

 ご主人様がミリアにベスタを紹介する。

 

「よろしくお願いします」

「ミリア、です」

「ベスタ、彼女がミリアだ」

「お姉ちゃん、です」

 

 ミリアがいきなりそう言い出したが、ベスタの方がかなり身長が高いので、見上げるような格好になっている。

 

「はい」

「お姉ちゃんと呼ぶ、です」

「お姉ちゃん」

「ベスタ、です」

 

 ミリアが手を伸ばしてベスタの頭をなでるのだが、やはり身長差が相当あるので、子供が精一杯背伸びして大人を無理になでているようにしか見えない。

 

 ともあれ、こうして新たにベスタをパーティーに迎え、私たちは全部で五人となった。フルメンバーまであと一人である。

 

***

 

 これは後になってベスタ本人が話していたことなのだが、竜人族をオークションで落札するようなところは、きっとすごい場所に違いないから、しっかりとお仕えするようにと、前の主人に言われてきたらしい。まあいろいろな意味で、ウチが普通じゃないことは確かである。私たちの間では「内密にな」とあと「ご主人様ですから」というのがもはや口癖になっている。

 ベスタも、ロクサーヌさんからいろいろと内密にするよう注意されたそうだが、彼女は疑問に思いながらも、素直に従ってくれているようである。この様子なら彼女は心配いらないだろう。

 

 そういえばベスタがまだ加入して間もないころ、朝食を作っている最中に、彼女が小声でこっそりと私に訊いてきたことがある。

 

「ご主人様はご主人様というジョブなのでしょうか」

 

 ……またロクサーヌさんが適当なことを教えたのか。そんなジョブあるわけないのだが……。さてどう答えたものか。

 

「この件についてはあまり考えても仕方のないことです。気にしないように」

 ととりあえず言っておいた。他にどう答えろというのか。いい加減ご主人様もみんなにきちんと説明すべきとは思う。

 

 ふと気づくと、ご主人様が困ったような顔をしてこちらを見ていた。ただどことなく面白がっているようにも見える。いったい誰のせいだと思っているのか。あとで何か仕返ししてやろうとその時の私は考え、そしてもちろんそれは実行されたのだった。

 

 とにかく私たちには、通常の冒険者パーティーでは考えられないようなことが多々ある。先ほどはきちんと説明すべきだと言ったものの、いちいち説明するのは確かに面倒だし、それが下手に他所に知られると厄介では済まないことも少なからずあるのである。

 私ですら、ご主人様の秘密をすべて解明できているわけではない。教えてもらったこともかなりあるが、そうでないことの方がはるかに多いようである。

 一方ロクサーヌさんは、ご主人様への信頼度がとっくに振り切れているので、この点についてはすでに思考停止しており、何の疑問も持とうとしない。下手に疑問を持つよりむしろそちらの方が賢いのではと思うことすらあるが、私はあくまでも秘密の解明を目指すつもりでいる。いずれご主人様にまつわる謎をすべて解き明かして見せると、ひそかに決意している。

 

 ……話を戻そう。

 竜人族であるベスタは食べ物に好き嫌いは特になく、どんな食事でも大丈夫と言っていたが、ただオイスターシェルのドロップアイテムであるボレーを、10日に一度ぐらいの頻度で摂取する必要があるという。

 ボレーは焼いてから粉末にしたものを飲むのだそうだ。あまりおいしいものではないと思うが、竜人族にとっては必要不可欠なものだという。

 ベスタは、このボレーが薬みたいで、実はあまり好きではなかったらしい。必要だから仕方なく義務的に口にしていたそうだ。

 ただ図書館で文献を調べてみると、ボレーには精神を落ち着かせる効果があるそうで、実際竜人族でなくても、薬として服用することもあるのだという。

 ベスタが普段とても温厚なのは、このボレーの効能のおかげなのかもしれない。その一方で彼女は感極まって泣いたりすることもわりとあるのだが、それは逆にボレー分が足りなくなっていたからなのだろうか。

 ともあれ竜人族だけでなく私たちにも薬効があるということもあって、結局ベスタがボレーを服用するときは、みんなで一緒に飲むことになった。ベスタはなぜかとても嬉しそうにしていた。

 そういえばミリアも、みんなで魚を分け合って食べるのを別に嫌がるわけでもなく、むしろ大層喜んでいた。独り占めするよりみんなで食べたほうが確かに楽しいし、より美味しく感じられるのだろう(ベスタのはちょっと違うのかもしれないが)。

 

 余談だが、オイスターシェルを初めて倒し、ドロップアイテムのボレーを拾ったミリアが、ご主人様に言われてベスタに渡すとき、「お姉ちゃん、です」と何故か自慢げに胸を張って渡していたのが、訳もなく面白かった。自分はただ拾っただけなのに。これにはご主人様も苦笑していた。

 

 このほか竜人族の特徴として、朝はとても早く、元気らしいのだが、夜遅くになるとどうしても動きが鈍くなってしまうのだそうだ。けれども私たちの場合、早朝日の出前から活動を始め、夜は早々に寝てしまうので、それが全く欠点とならない。それともう一つ、竜人族は夏は体温が下がり、冬は逆にそれが上がるので、彼女が寝ているときはご主人様の抱きまくらにほぼなっている。どうもベスタ本人もそれを喜んでいる節がある。また彼女と一緒に寝ているだけで、直接抱きつかなくても私たちもその恩恵を受けられるので、非常にありがたい。

 

***

 

 先にも述べたが、オークションで購入した時点でのベスタのジョブは村人で、竜騎士にはまだなっていなかったとのことだった。

 ただ竜人族であるからには、竜騎士には問題なくなれるはずなので(私が鍛冶師になるのには本当に苦労したのだが、竜騎士はそこまで転職困難なジョブとはされていない)、通常はギルドに所属させて鍛錬を積み、ギルド神殿で転職するという流れになるはずだが、もちろんこのご主人様がそんな迂遠なことをさせるわけがない。

 

 というわけで、ベスタはギルド未加入のまま、独自に竜騎士のジョブ取得を目指すことになったのだが、種族固有ジョブの取得については、基本的にその種族内でのみ取得方法が伝えられていくもので(それも具体的な方法までは分からないことも珍しくない。鍛冶師もそうだった)、外部者からはなかなか分かりづらい。私も図書館でジョブに関する本をいろいろと当たってみたのだが、よくわからなかった。ベスタ本人も「竜人族の中でもひときわ勇敢な、一人で魔物に向かっていった者だけが得られるジョブ」としか聞かされていなかったようである。

 

 そこでいろいろと試行錯誤していたのだが、まずは薬草の素材となるドロップ品を拾わせて薬草採取士のジョブを、魔物を剣(武器)で倒させることで剣士と戦士のジョブを(この二つのジョブは一度で条件が揃うとのこと)、そして素手で魔物を倒させて僧侶のジョブを取得するなど、とりあえず竜騎士以外で取得できるジョブを一通り取らせることになった。もうこの辺の作業?は私たちにとって一種の通過儀礼となっている。

 なおご主人様は、魔物相手にベスタを送り出すときは、錬金術師のスキルであるメッキを必ずかけていた(私たちの場合もそうしていたらしい。慎重なご主人様らしい配慮である)。

 あと槍でも魔物を倒させていた。どうやらご主人様は、騎士のジョブを取得するには、戦士のレベルを30に上げるとともに、槍で魔物を倒しておく必要があるのではないかと考えているようだ。ベスタはまだ戦士になったばかりなので、これだけで騎士のジョブは取得できないだろうが、今後に備えて一応やらせておくとのこと。もしかしたらこれが竜騎士のジョブの取得条件にもなっているのではないかと思ったらしいが、どうやらこちらの方は違ったようだ。

 しかし後ろから見ていて思ったのだが、ベスタの戦い方は見ていて非常に力強い。彼女はどんな武器でも使いこなせるようだが、槍を振り回したり、素手で戦ったりしてもとても強そうだ。何より少々のダメージなどものともしない。前衛の最後の一人はもう彼女で間違いないだろう。本当にいい人に来てもらったと思う。

 

 そしていよいよ彼女に竜騎士のジョブをとらせようとしたのだが、「一人で魔物に向かっていく」という話から、どうやらご主人様は、最初から一人で魔物を倒し切ることが竜騎士のジョブを取得する条件ではないかと当たりをつけたようだ。そこでベスタにご主人様の剣を持たせて魔物を倒させようとしたときに、ロクサーヌさんが突然こう言い出した。

 

「えっと。それは、いつもご主人様が使っておられる剣ですよね」

 

 あ、これはまたスイッチ入ったヤツだ。

 

「そうだ」

 とご主人様が答えると、

 

「私でも使ったことがないのに」

 と彼女がつぶやく。ロクサーヌさんの悪い癖がでたようだ。いや別に悪いわけでは必ずしもないのだが。さすがにご主人様も苦笑していた。こういうところは、良くも悪くも真っ直ぐな彼女のちょっと面倒なところではある。

 

「いや。両手剣だし」

「両手剣だからといって私でもまったく使えないわけではないです」

 

 となおも彼女が食い下がる。これがただの両手剣だったらロクサーヌさんも別に興味を示さなかったと思うのだが、ご主人様が愛用している剣を、自分以外の者が先に使うということには、彼女はどうしても耐えられなかったようだ。

 こういうことに限らず、彼女はご主人様のことが好きすぎるあまり、とにかくご主人様に関することであれば、何でも自分が一番でありたい、いや一番でなければならないと固く信じているところがある。前にも言ったかもしれないが、もうこれはもはや信仰とでも言ったほうがいいかもしれない。

 

「で、ではロクサーヌが使ってみるか」

 

 ご主人様も彼女の様子に気圧されたのか、そう答えると、

 

「よろしいのですか」

 

 ロクサーヌさんが一転して目をキラキラさせ、大喜びでご主人様の剣を受け取り、大事そうに抱えていた。

 

 そういうわけで、初めはベスタにだけやらせるつもりだったのだろうが、結局ロクサーヌさんから順番に、私たち全員がそれぞれご主人様の剣を使ってみることとなった。

 ご主人様の意図はもちろんベスタに竜騎士のジョブを取得させることだろうから、種族の違う私たちがやっても無意味ではある。

 

「次は、セリーもいってみるか」

「はい」

 

 そうして私の番が回ってきた。実は私は剣を使うのはこれが初めてなのだが(そもそもドワーフ族で剣を使う者はほとんどいない)、これまで迷宮探索で経験を積んできたせいか、とくに問題なく振ることができ、私でも魔物を一撃で倒すことができた。ご主人様の剣はさすがの威力である。多数のスキルが付いているとのことだし、以前にも疑問に思ったことだが、ご主人様は一体どこでこんな業物を手に入れたのだろうか。

 

「すごい剣ですね。それで、これで何かのジョブになれるのでしょうか」

 と訊くと、

 

「いや。なれないだろうな」

 

 ご主人様が何か感心した様子で答えてくれた。

 

「そうですか。とはいえ、素晴らしい剣をお持ちのようです」

 

 やっぱり思った通りだ。

 

 最後にベスタがご主人様の剣を使って、やはり魔物を一撃で倒していた。するとベスタのジョブを確認していたらしいご主人様がうなづいている。どうやらベスタは竜騎士のジョブを無事取得できたようだ。

(後から教えてもらったのだが、竜騎士のジョブの取得条件は、魔物を一撃で倒すことではなく、やはり一人で魔物を倒しきることらしい。一撃で倒せというのでは、いくら竜人族が戦闘力に秀でた種族とは言っても、さすがに酷すぎるだろうとご主人様は言っていた。)

 

 そうして取得した竜騎士のジョブであるが(割と簡単に取得できたので良かった)、ご主人様によれば、このジョブは体力が大幅に上昇するともに、大変打たれ強くなるというジョブ特性を持っているそうだ。

 攻撃面では、両手剣を片手で振ることができ、またそればかりでなく、両手剣を左右二本同時に使うことができるということもよく知られている。まさに攻守両面に強く、近接戦闘に特化したとても強いジョブである。

 

 あと、ダメージ軽減というスキルがあるらしい。ご主人様がどういうスキルかさらに私たちに尋ねてきた。

 

「ダメージ軽減というのはどういうスキルだ」

「私ですか? 聞いたことはありませんが」

 

 ベスタは知らないらしい。

 

「セリーは?」

 と私にも訊いてくるのだが、私も聞いたことがない。

 

「物理ダメージ軽減と魔法ダメージ軽減のスキルならあります。ただのダメージ軽減というスキルは知りません」

 

 ご主人様は試しにベスタに「ダメージ軽減」と唱えさせてみたが、何も起きないようだ。ということはこれはパッシブスキルというものだろう。以前ご主人様が色魔のジョブを取得したときに、ご主人様からスキルにはアクティブスキルとパッシブスキルの二種類があることを教わっていた。アクティブスキルと違い、呪文の詠唱を必要としないパッシブスキルはその効果が分かりづらいことが多い。今後魔物との戦闘を繰り返すことで、もしかしたらその効果が見えてくるかもしれない。

 ご主人様がさらに訊いてきた。

 

「竜騎士というのは、どういうジョブだ」

「竜人族の中でも正義感に溢れ、主君や仲間を守る盾となるジョブです」

 とベスタが答えると、私も、

 

「竜騎士は守備に秀でたジョブです。竜騎士がいるとパーティーの安定度が増すとされています」

 と補足しておいた。

 

 それを聞いたせいもあるか、ご主人様はベスタのジョブはこのまま竜騎士で行くことに決めたようだった。だが、ベスタ本人は自分がすでに竜騎士になっていることすら分かっていないのではと私が思っていると、案の定、

 

「竜騎士はすべての竜人族にとって憧れのジョブです。私もいずれは竜騎士になってご主人様やパーティーに貢献できればと思います」

 と話すベスタに対し、

 

「まあベスタは今竜騎士だけどな」

 とご主人様が事も無げに言っていた。やはりそうか。

 

「え?」

「ではこのまま竜騎士でいってみるか」

「ええっと。竜騎士になるには、何年も修行をして、ギルド神殿で認められなければなりません。私はあまり戦ったこともありませんが」

 

 当然ではあるが、突然のことにベスタが困惑している。

 

「そこは大丈夫だ。左手を出してみろ」

 

 ご主人様はそういうと、ベスタのインテリジェンスカードをオープンさせた。

 

「え?」

「見てみろ」

 

 ベスタが自分のインテリジェンスカードを見る。

 

「本当に……竜騎士になっています」

「ちゃんとなってるだろ」

「ええっと。竜騎士……。ええっと。インテリジェンスカード……。ええっと。インテリジェンスカードを扱えるのはご主人様のジョブで……」

「大丈夫です、ベスタ。ご主人様ですから」

 

 すかさずロクサーヌさんが混乱するベスタを宥めている。まあ彼女が混乱するのも無理もないことではある。

 

「むしろ竜騎士になれたのはベスタの素質のおかげではないかな」

 

 しかし、ご主人様がこういう適当なことを言うから、彼女がますます混乱するのではなかろうか。いっそのこと本当のことをすべて話してしまってもいいのではとも思うのだが、どうやらご主人様にそのつもりはないらしい。

 

 一度自宅に戻って朝食をとった後、再び迷宮へと跳んで、毒針を使いベスタに暗殺者のジョブも取得させたり、魔物の攻撃を受けさせてみたりしていたが、彼女は攻撃をまともに受けても余裕を見せていた。これが竜騎士が持つというダメージ軽減の効果なのだろうか。

 そしてある程度目途が立ったということで、ここで私とベスタが配置を交代する。ベスタには私が装備していた頑丈の硬革帽子をかぶせてあげた。

 これで前衛は、左から順にベスタ、ロクサーヌさん、そしてミリアとなった。実際にはロクサーヌさんとベスタの二人が防御を担当し、ミリアは遊撃に回る。こうしてベスタ一人が加わっただけだが、これでこのパーティーも防御はほぼ完璧といえるぐらいにまでなったのではないだろうか。先にも言ったが、彼女が加入してくれて本当に良かったと思う。

 

***

 

 これも先ほど書いたことなのだが、竜人族の戦闘スタイルは技巧派というよりも、その優れた身体能力を活かして、パワーで押し切るというものである。また繰り返しになるが、パーティーの防御力がここまで上がったのは、やはり防御にも優れる竜騎士であるベスタがいるおかげである。

 そもそもベスタ自身が非常に打たれ強く、安定感がある。メンタルも強い(たまに感極まることもあるようだが)。というかこのパーティーは皆強いと言っていい。みんないい性格をしているとつくづく思う(注:あなたもです)。

 それでもベスタは、竜人族のなかでは平均的かむしろやや劣るぐらいなのだそうだ。それでいてこのパワーである。

 また竜騎士は、ときおり自分で思った以上の威力の攻撃ができることがあるという。私もはっきりとした話を聞いたわけではなかったが、狼人族が獣戦士として長年修行を積み、百獣王というジョブに就くと、ときどきすごい攻撃を出せるらしいという話は確かに聞いたことがある(本当のことかどうかは分からないが)。ロクサーヌさんは知らなかったらしいが。そう考えると竜戦士にも同じようなことができて不思議はないのかもしれない。

 その話をみんなに披露すると、ご主人様が感心していた。

 

 とはいえ、竜騎士の一番の強みはやはりその高い防御力である。ベスタの鎧は竜人族が好んで装備するというフルプレートで、彼女の体格なら問題ないだろうが、私なんかが着たら押しつぶされそうなほど重い(私だって普段チェインメイルを着込んでいるのだけれど)。私なら何の拷問かと思うほどだけれど、彼女は全く平気な様子であり、そこがまた頼もしい。

 

 これはベスタ加入後しばらくしてのことだけれども、一度みんなの連携がほんの一瞬だけだが崩れ、魔物が一斉に後衛に襲いかかろうとしたとき、ご主人様が動くよりも速く、ベスタが体を張って全ての攻撃を受け止めていた。いくら打たれ強い彼女とはいえ、さすがにこれはキツかったようだ。私たちが何とか魔物を撃退したとき、ベスタはボロボロの状態になってしまっていて、ご主人様の手当てを何度も受けるほどだった。

 それでもさすがに竜騎士である。私の兄さまもこれぐらい耐久力があれば、あのとき重傷を負わずにすんだのだろうか。

 ともあれこのときはベスタの活躍で私たちは危機を脱することができた。ご主人様もいたく感心して(反省しきりでもあったが)、ベスタをとても褒めていた。

 何かご褒美をあげないとなと、そうご主人に言われたベスタが、おずおずと「……ご主人様にギュッとしてほしいです……」と、ほとんど聞き取れないぐらいの小さい声で言った。するとご主人様が少し顔を赤くしてベスタを抱きしめていた(ベスタの方は顔を真っ赤にしていた)。迷宮のど真ん中で、である。

 みんなが注目するなか(もちろん私も)、抱き合う二人はなぜか初々しく見え、そして幸せそうでもあった。なおロクサーヌさんがとても羨ましそうにしていたのはいつものことである。

 

 ……それからである。私たちみんなへのちょっとしたご褒美が、全部ご主人様のハグになったのは。そう、みんなしきりにご主人様にハグをせがむようになったのである。それも所かまわず。

 さらにはこれがエスカレートして、ついでとばかり思い切り深くキスをする者も出てきた。そして一人がやりだすと、みんなそれに倣う。もう迷宮探索そっちのけである。

 正直迷宮内でこんなことしていていいんだろうかとも思うけれど、ロクサーヌさんがいれば魔物や他のパーティーの接近などもすぐに分かるので、さほど危険が伴うというわけではない。もっともそのロクサーヌさん自身が、周りのことなどお構いなしに、一番情熱的にご主人様に迫っているのはどうなのかとは思うのだが。

 

 また話がそれてしまった。

 とにかくベスタは大きい。身長は二メートルは優にあるというので、140センチそこそこしか身長がない私からすれば、彼女は本当に大きく感じられる。そして身長が高いだけでなく、スタイルも抜群である。羨ましい。胸もとんでもなく大きい。羨ましい……私ももう少し……くそう。

 ただ彼女自身は非常な長身であることを、必ずしも快くは思っていないようで、「小さくて可愛らしいセリー先生が羨ましいです」などと言われてしまった。

 私からすれば、ベスタの身長やなんといってもあの胸の大きさが羨ましくて仕方ないのだが、人の抱える悩みもそれぞれである。

 

 ベスタの性格は非常に温厚で親しみやすい。とても真面目であるし。いろいろと苦労をして来たはずなのだろうが、とても真っ直ぐな性格をしている。思えば私たちのうちで、生まれつき奴隷なのは彼女だけだ。

 彼女はいつも控えめで、要望などはほとんど聞いたことがない。本人曰くやはり遠慮しているとのこと。生まれながらの奴隷という境遇も影響しているのだろう。

 ベスタの前の主人は、ベスタの両親を購入したときに相当無理をしたそうで、その後はずっと苦労していたらしい。そのために後に生まれたベスタを、できれば手元に置いておきたかったのだが、泣く泣くオークションに出すことにしたようだ。

 ベスタも両親と引き離されるということだったが、一応覚悟は決めていたらしい。そう聞くと、自分の境遇と重なるものがあるように思える。とても他人事とは思えなかった。

 

 ロクサーヌさんが奴隷になった経緯をご主人様に話していたときは、まだベスタは加入していなかったのだが、ロクサーヌさんに限らず私もそうだけれど、人それぞれ事情というものがある。ミリアの場合はしょうもない理由だったけれども、生まれながらにして奴隷だったベスタは自分の境遇についてこれまで一体どう思ってきたのだろうか。

 ただベスタは一見捉えどころのない性格をしているように見えるが、何も考えていないようで、色々と思うところもあるのだろう。彼女なりに、奴隷としての境遇をどうにかすることも考えていたようだ。具体的には、ステーラの神殿に行くことで、奴隷の身分から自分を解放してもらおうと密かに考えていたらしい。ベスタの前の主人は、決して悪い人ではなかったようだが、やはり生まれながらの奴隷である彼女はかなりの苦労をしていたようだ。

 

 さらにベスタとしては、これは本人から聞き出すのにずいぶん苦労したのだが、自分が解放奴隷となってさらに資金を稼ぎ、いずれは両親も買い取って自由にさせてあげたいと常々考えていたとのこと。今の自分の境遇には大変満足しているがゆえに、両親のことが一層気になってはいたものの、言い出せずにいたようだ。

 ベスタのその話を聞いたご主人様は、少し考える素振りを見せていたが、すまないが今のところはその余裕はないと彼女に謝っていた。ベスタもとんでもないことですと恐縮していた。ご主人様にもどうやら考えがあること(「今のところは」と言っていたこと)に果たして彼女は気づいただろうか。確かに現状では難しいが、いずれご主人様が迷宮討伐に成功し領地を持った暁には、当然のことだがさらに人を増やす必要がある。そのときベスタの両親を買う可能性も決してゼロではないのだ。ただこれは私の口から言うことではあるまい(そもそも迷宮討伐すらまだ果たしていないのだから)。

 

 ベスタは大変な努力家でもある。とは言っても努力家なのはだいたい私たちみんなそうである。基本的にみんな真面目な性格をしている。気分屋なのはミリアぐらいか。

 そういうベスタであるから、他のみんなともとても仲良くやっている。ロクサーヌさんと二人で帝都で買物をしたときのことを嬉しそうに話してくれたりもしたし、奴隷の自分にこんな休日の過ごし方ができるなんて(そもそも休日があるなんて)、夢にも思っていなかったと涙ぐんでいた。

 というようにベスタは、先にも書いた通り、一見いつも淡々としているように見えるが、実は結構涙もろいところがある。

 

 ミリアがお姉ちゃん風をビュービュー吹かせているのにも、彼女がちゃんと付き合ってくれているのが、とても微笑ましい。初対面のときからミリアがしきりに自分のことをお姉ちゃんと呼ばせているのだが、彼女の方も喜んでそう呼んでいるようである。

 ただ二人が並んで立っていると、ベスタの方がずっと背が高いので、姉妹逆に見られがちではある。ある意味とても面白い凸凹コンビと言える(ちなみにこの後加入したルティナは、実はみんなから妹扱いされており、大変可愛がられている)。

 

 ご主人様を差し置いてではあるが、ここではいろいろ好きにやっていいと言っておいた。ミリアを見倣いなさいと。

 実はベスタもミリアのあの奔放ぶりを、内心ではとても羨ましがっていたようだ。苦笑しつつも「やってみます」と言っていた。最近、クーラタルの家の畑にハーブを植えるようになったのは彼女の要望によるものである。

 もっとも、今の境遇についてはこのままでも十分に満足しているとのこと。

 

「とてもよい主人に購入していただいたと感謝しています。いつまでもこのまま働かせていただきたいです」

 と言っていた。よもや自分がこんな生活を送れるとは夢にも思っていなかったようだ。

 

 彼女に言わせると、何よりご飯が美味しいのが一番だそうだ。体が大きいだけあってベスタは本当によく食べる。私の倍くらい? ロクサーヌさんも食べる方だがそれを余裕で上回る。これも最初は遠慮していたようだが、ご主人様が笑いながら、好きなだけ食べて良いと言ってくれたおかげで、今では笑顔でおかわりしている。良いことだ。

 彼女は好き嫌いは特にないそうだが、やはり肉類が好きだそうで、とくにシェーマ焼きが大好物だと言っていた。うちでは、迷宮で獲得したドロップ品の高級肉を贅沢に使って、焼肉パーティーをやることがわりとよくあるのだが(ご主人様には高級食材を自分たちで食べてしまうのがもったいないとか、そういう感覚は一切ないらしい。いいことではある)、そういうときには本当にうれしそうに食べていた。しまいには食べながらまた泣いていた。泣きながらそれでもガッツリ食べていた。

 

「とてもおいしくて……おいしいです。ご主人様、一生懸命頑張りますのでまたお肉を食べたいです」

 

 そんなにもおいしかったのか、彼女の言ってることがややおかしくなっている。

 

 もちろん彼女はそれに相応しいだけの働きは十分にしているし、泣き出すほど喜んで食べているのを見ると、こちらもご飯が美味しく食べられる(気がする。まあ泣くのはさすがにどうかとは思うが)。ミリアは魚が大好きだが、ベスタは何でも喜んで食べるし、とくに美味しいものには目がない。最近ついたあだ名が食欲魔神である(もっとも本人はこの呼び名が不服らしい)。

 ただ最近のベスタは、自分が食べてばかりいるのが心苦しいのか、作る方にも並々ならぬ関心を寄せており、ご主人様から色々と教わっている。クーラタルの定食屋のオジサンにも教わっているようである。私が書き留めているレシピも熟読しているし、自分で工夫したりもしている。

 そうして食卓が豊かになるのは大歓迎である。こういうところも自分たちが奴隷であることをついつい忘れてしまう。ベスタもそのうち「料理の鉄人」(ご主人様によれば腕の良い料理人をこう言うらしい)になれるかもしれない。

 

 ベスタのスタイルの良さはすでに言ったとおりだが、彼女に限らずウチのみんなはプロポーションがとてもいい。元がいい上に、迷宮探索で訓練を積んでいるために身体も絞れているし、美味しい食事を毎日たっぷりと食べさせて貰っているのもある(通常は一日二食のところをうちでは三食もとっている)。

 主人によっては、食費をケチって奴隷に満足に食べさせないようなのもいるらしいのだが、私たちのご主人様はむしろ逆で、下手に遠慮したりすると怒られてしまう。私などは、最初はこんなに食べたら太ってしまうのではと危惧していたのだが、迷宮探索を毎日していれば、むしろこれぐらい食べないととてもじゃないがやっていけないだろう。

 なおご主人様によると三食しっかり食べることも大事だが、食べ物の組み合わせも重要なのだそうだ。パンとスープだけでは駄目らしい。野菜も食べろとよく言われる(とくにミリア。放っておくと魚ばかり食べている。まあ魚を食べるのも体にいいらしいのだが。ご主人様が魚も積極的に食卓に出すのも、別にミリアにせがまれているからというだけはないとのこと)。偏らずに何でもよく食べることが大事なのだそうだ。

 それでもやはり肉類が多い。先ほども話した焼肉パーティーのときは、ベスタだけでなくみんな喜んでいた。やっぱりみんな肉食らしい。私も負けじと食べていたのだが、……あまり効果がないようだ。くそう。

 

 あとこれは余り大きな声で言えることではないのだが、ベスタはあっちの方も大変満足しているらしい。なんでも大柄で強く逞しい男性に組み敷かれ、抵抗できないような体勢でしてもらうのが好きらしいそうで、恥ずかしいのか顔を真っ赤にしながら話してくれた。攻めるより攻められる方がいいとのこと。

 

「男性に抱かれるのがあんなにも気持ちのいいことだとは知りませんでした。父と母がそういうことをしたから自分が生まれてきたことは分かっていたんですが、二人とも肝心なことは全く教えてくれなくて(注:そりゃそうでしょう。)……先輩奴隷の方から男性を悦ばせる方法はいろいろと聞いてはいたのですが……」

 などと言っていたが、聞いてるこちらも恥ずかしくなる。確かにそのとおりだけれど。

 

 じゃあご主人様は?と聞くと、やはり顔を真っ赤にしながら、とても強くて頼もしいので大好きですと言い切っていた。

 ロクサーヌさんがウンウンとしきりに頷いている。

 

「ただ一つだけ……」

 というベスタによると、ご主人様は確かに大変頼もしいし優しいが、唯一身長が自分よりも低いことが密かに不満であるらしい。……ベスタの身長を上回る人間族など普通いないでしょうに。無理を言ってはいけない。

 

「一度でいいので、ご主人様の胸の中に思いっきり飛び込んだ私を、しっかりと抱きとめてほしいんです……」

 と顔を真っ赤にしてボソっとつぶやいていた。

 

 ……気持ちはわからないでもないけれど、貴方がご主人様にそれをやったら、ご主人様が吹っ飛びますからね(そこまではいかなくても受け止めきれないのは確かだ)、と私があきれながら言うと、彼女ももちろん分かっていますと残念そうだった。

 でも私なら……私がやったら……良いかもしれない……いけない想像したらちょっと惚けてしまっていたようだ(注:トリップしてしまったんですね)。みんなに不思議な目で見られてしまった。

 

 それと先ほどもキスの話をしたが、ベスタはとくにキスが大好きらしく、初めてご主人様とキスしたときも、自分から積極的に舌を絡めていた。これには正直とても驚いたのだが、キスのやり方も先輩奴隷からこうするものだと教わったらしい。ご主人様とはいつまでもキスしていたいと、これもまた顔を赤らめて彼女は言っていた。ご主人様とずっとキス……確かに……いけないまた惚けてしまった。

 ベスタもキスをしているうちに、彼女自身我を忘れてキスに耽ってしまうようである。まあそのこと自体は別に悪いわけではないのだが、普段は温厚な彼女が突如豹変し(竜だけど)、目が狼のようになり(竜だけど)、そうして本気でご主人様にしがみつくと、もともととんでもない力なだけに、みんなで引っ張ってもそう簡単には引き剥がすことができない。その時のベスタは恍惚とした表情で、ご主人様を窒息させるかのような(窒息させるどころか抱きつぶしてしまいそうなほどの)勢いだが、これはさすがに困りものである。みんなで何とかしてベスタの抱擁からご主人様を助け出すと、さすがのご主人様もこれには参ったようだ。彼女に悪気がないだけに叱りつけるわけにもいかず、「ベスタの気持ちが良く伝わってきて嬉しいことは嬉しいんだがな……さすがにここまでというのはちょっと、な……」というのが精一杯のようだ。

 この様子にロクサーヌさんもさすがに見かねたのか、「気持ちは十分わかりますがいけませんよ」とベスタに注意していた(気持ちはわかる……のか?)。そういえば確かにロクサーヌさんもベスタほどではないが似たようなことをしていた。ベスタも「すみません……ちょっと何が何だか分からなくなりまして……」と申し訳なさそうにしていたが、「でも……とっても良かったです……」と小さな声で付け加えていた。

 

***

 

 そのベスタが「もっと強く、強くしてください!」としきりにお願いしているのが聞こえる。……そう今まさにアノ最中である。ご主人様も興奮しているのか、動きが激しくなる。

 他人がいたしているのを見るのは、非常に気恥ずかしいものがあるが、同じベッドの上で順番にご主人様に抱かれるのでどうしても見えてしまう。

 だが他人がしているのが見えたり聞こえたりするということは、自分のも見られたり聞かれたりしているわけで、そう考えると輪をかけて恥ずかしい。

 ベスタはご主人様が他人としている様子もよく見ている。私もだけど……。ちなみにミリアは自分の番が終わるとサッサと寝てしまう。だからといって嫌いというわけではないらしい。ルティナもコッソリと見ているのは知っている。彼女の実家のメイドたちは、そういう知識については、言葉を濁してほとんど教えてくれなかったらしい。

 

 奴隷たちだけでそういったアッチの方の話をすることも割とある。といっても私たちはご主人様しか男性を知らないので比較対象がないが。

 それでもみんなの話を総合すると、ご主人様は私たちをとても気持ち良くさせてくれるし、とにかく激しいとのこと。他の男性もこんなものなんだろうか。

 もっとも解放会の入会式のときの話を聞くと、ご主人様が当時四人もいた私たちを毎日欠かさず可愛がっていることは、その場にいたメンバーに大変驚かれたようで、色々と言われたらしい(エステル男爵が怒り狂っていたらしいが……そもそも入会式でなんて話をしているんだ)。ご主人様は、やはりアッチの方も普通の人と比べてスゴイらしい。

 

 そのご主人様からは、最近自分以外のみんなだけで話し込んでいるようだけれども、仲が良くて大変結構だと言われた。話の中身にも興味を持っていそうだったのだが、大したことは話していませんよと言っておいた。さすがに詳しい内容まではちょっと教えられない。

 

 

【セリーからみたルティナ】

 

 ルティナはエルフ族の15歳。彼女が私たちの仲間に加わった経緯はかなり特殊である。

 そもそも彼女は、私たちのように奴隷として売られてきたわけではない。彼女はセルマー伯爵家というれっきとした貴族家の長女であり、本来であれば私たち一般庶民などとは接点も全くないはずの、生粋のお嬢様なのだ。

 

 彼女がなぜ奴隷となって私たちのパーティーメンバーに加わったのかについて、そして最初は反抗的だった彼女が、すっかり従順になった経緯については、すでに話した通りなので繰り返すことはしない。

 以下ではその後の彼女の様子について話すことになるのだが、一点だけここで付け加えておきたい。それは彼女の父親である前セルマー伯が、なぜその意に反して地位を追われてしまったのか、である。

 

 これは随分後になってご主人様から聞いた話なのだが(さすがに本人にはちょっと聞けない)、討たれてしまった前セルマー伯について、ルティナはこう言っていたそうだ。

 

「父も爵位を継いだころには貴族の責務を果たそうと努力していました。ですが、なかなか思うような結果が出せずにおり、いつのころからか騎士団の統率はおざなりになりました。さらには大きな盗賊団が暴れまわって有能な配下を何人も失ったとか。その後は酒に逃げるようにもなりました」

 とのこと。彼女がいう大きな盗賊団というのは、ご主人様が倒した凶賊ハインツたちのことだろう。どうやらあそこにいた以外にも結構な数の盗賊たちがいたようだが、ハインツが討たれた後は散り散りになったらしい。

 

 またカシアさんがルティナに語ったところによれば、

 

「あなたの父は元々あまり伯爵には向いていませんでした。荒事を避け、迷宮に入ることにも二の足を踏むような優しい人です。末弟なので本来なら爵位を継ぐことなく、自由に暮らせたでしょうが。長兄であるわたくしの父と次弟が長く争ったため、やむなくお鉢が回ってきたのです。父たちの争いについては、わたくしからも謝ります」

 とのことらしい。つまり上二人の兄弟による跡継ぎ争いがし烈になった結果として、そのどちらでもない候補外だったルティナの父が、本人も意図しないままに伯爵位を継ぐことになったそうだ。貴族のお家騒動としては、割とよくある話らしい。

 

 ただそういった事情がたとえあったにせよ、自分が伯爵となった以上は、当然貴族としてなすべきことはなさなければならない。その中でも迷宮の駆除は、領民のためにも領主として必ず果たさなければならない重大な責務である。自身がそれに向いていないというのであれば、前セルマー伯は早々に隠居すべきであったのだ。厳しいことを言うようだが、貴族の責務というのはそれだけ重いものであることはいわば常識である。

 ただ前セルマー伯の話を聞いたとき、正直ウチも同じような感じだったなぁと思ってしまった(もちろんウチは貴族家などではなかったが)。それでも、私の父さまもあまり変わらないかもしれないけれど、少なくとも父さまはそこまでは捻くれてはなかったようには思う。

 

 自身の父親について、ルティナ本人は果たして今どう思っているのだろうか。これは彼女が魔法使いとして大きく成長し、相当の自信をつけてから言っていたことなのだが、

 

「これまで自分にもっと力があればなどと思っていましたが、単に自分の意欲の問題に過ぎなかったということがよく分かりました。私にもこれだけの力があるのですね。もっと早く自分の力を自覚していれば、父をあのような目に遭わせなくてすんだのかもしれません。このことに気づかせて下さったご主人様には、どれほど感謝してもし尽せません。私の全てをあげてご主人様にお仕えいたします。どうぞよろしくお願い致します」

 とのこと。確かに人は誰でも過ちを犯すものである。したがってそのこと自体は仕方のないことではあるが、重要なのはそれを繰り返さないことであり、ルティナは今、彼女なりに精一杯頑張っているようだ。私がとやかく言うことではないだろうが、それでいいと思う。

 

***

 

 そんなルティナだが、加入した当初はいろいろあったものの、普段の彼女は非常に落ち着いており、元貴族らしく凛として気品があるだけでなく、物腰も柔らかである。これが彼女の本来の姿であり、まさに淑女というべきか。やはり生粋のお嬢様であり、当然のことだが私たちとは育ちが違う。

 ハルツ公夫人のカシアさんとは実の姉妹のような間柄だったそうだ。正確には、先ほども少し触れたが、カシアさんの父とルティナの父が兄弟だそうなので、カシアさんとルティナは従姉妹同士ということになるらしい(そういえば現セルマー伯も従弟だと聞いた)。確かに二人は非常に良く似ている。雰囲気もそっくりである。

 前にも言ったと思うが、ご主人様がルティナを奴隷として引き取る判断をしたのは、彼女がカシアさんによく似ているということも大きく働いたのではないか。ご主人様がカシアさんの事を強く意識していたのは私でも分かった。ロクサーヌさんも当然気づいていたが、彼女はしょうがないですねの一言で済ませていた。ただ内心では彼女も色々と思うところがあっただろう。

 もっともご主人様の気持ちとは裏腹に、カシアさんの方は全く関心を示していなかったようである。あれだけの美人なだけに、おそらく男性から好意を向けられることなど珍しくもなく、もう慣れたものなのであろう。また公爵夫妻の夫婦仲もとても良いのだろうし、ハルツ公もああ見えていい旦那さんなのだろう。

 

 というわけでルティナは良くも悪くもお嬢様である。世間知らずで常識に疎いところも確かにあるが、根は素直で優しい娘でもある。大貴族の出身ではあるけれども、高慢ちきなところも全くなく、平民出身である私たちを見下すような事も決してしない(それは会った当初からだった)。またエルフにありがちな他種族をさげすむ様なことも全くないのは非常に好感が持てる。

 

 ルティナはハルツ公のことを全く恨んでいないわけではないが、それよりも最初に紹介したように、父である前セルマー伯を諌められなかった自分のことを深く恥じているようだ。ロクサーヌ姉さま、セリー姉さまのおかげで目が覚めましたと言っていた。

 それでもハルツ公に対して一方的に敵愾心?ライバル心?を燃やしているらしい。いつかギャフンと言わせてやると息巻いている。まあやる気があるのはいいことだが、ギャフンとかいったいどこでそんな言葉を覚えたのだろう。

 またご主人様がオババ様?というエルフ族の偉い女性のところへ挨拶に行ったという話を聞いて(ルティナを手に入れたご主人様に、是非一度会ってみたいと言われたそうで、ハルツ公に半ば無理やりに連れて行かれたらしい)、貴族階級に返り咲くことを本気で目指すことにしたらしい。一度そのオババ様のところに、ぜひ自分を連れて行って欲しいとご主人様にお願いしていた。それを聞いたご主人様は心底嫌そうな顔をしていたが。

 

 またルティナはエルフ族だけあって、その耳は細くて長い。

 我々ドワーフ族では、細耳は一般に老化現象として捉えられているが、エルフ族の場合はとくにそういうことはないらしい。私の耳も比較的細長いのだが、これは種族的なものではなく、単に私がそうであるにすぎない。決して私が年の割に老けているというわけではない(ほんとですよ?)。

 

 そういえば以前から私は、ご主人様のことを耳フェチだと思っていたのだが、ベスタの耳は人間族と同じだからまだいいとしても、ルティナや私の細耳にはさほど関心を示してこないのはなぜだろうと疑問に思っていた。

 とくに人間族の中には、エルフ族の容姿に異常なほどに興味を示す者も多いと聞く。とりわけエルフ族の尖った耳は、人間族のには無いもので、エルフ女性の耳に惹かれる人間族の男性はとても多いらしい。

 ご主人様も一度だけ、ルティナの耳をおそるおそる触っていたが(私の耳には触ろうともしなかったくせに!)、ルティナは何も分からずに、驚きながらも黙ってされるままだった。彼女もそんなことをされた経験はこれまで全くなかったのだろう。少し困ったような顔をしていた。

 ただそのときはとりあえず触ってみたという感じだったし、その後ご主人様がルティナの耳に興味を示すことはとくになく、やはりロクサーヌさんやミリアの耳をモフり倒していた。これは一体どういうことか。

 

 そうした折、あるときミリアの耳を触りまくっているご主人様の様子を、私がじっと見ていると、それに気づいたご主人様が、慌てた様子で何やら言い訳らしきものを並べ始めた。どうやらご主人様は耳について一家言あるらしい。

 それによると、なんでも種族的に、獣人は耳が頭の上につき、エルフやドワーフの耳が顔の横についているのは、居住する場所によって音をいかに効率よく拾うかが大事だからだとかなんとか、妙に早口で喋っていた。ちょっと何言ってるのかよくわからないのだが、耳のかたちとその種族の発生地などに、果たして相関などあるのだろうか、それにそもそもそのこととロクサーヌさんやミリアの耳をご主人様がモフり倒したりすることと、一体何の関係があるのだろうか。そしてどうして私の耳は全く触ってくれないのか(いやこれは別にどうでもいいのだが)。

 

 そしていろいろと考え、観察を続けているうちにようやく分かった。コイツは耳フェチなんかじゃなかった。単に耳が好きというより、獣人の耳(「獣耳(けもみみ)」というらしい)だから好きだったのだ(注:内密さんは「ケモナー」だったわけですね)。なるほどそういえば、ロクサーヌさんやミリアの尻尾にも異常な興味を示しているし、モフり倒している。私にも尻尾が生えていれば良かったのに……いやいや何を考えているのだ私は。

 

 そうだとするとご主人様がルティナや私の耳に関心を示さなかったのもうなずけるし、だから竜人族のベスタに対しても、胸に興味を示していただけだったのだ(注:内密さんは「おっぱい星人」でもありますから)。ご主人様は彼女の胸についてもいろいろなことをいっては、お風呂で触りまくっていた(お風呂だけじゃないけど……滅びればいいのに)。たとえば気嚢を持つ竜人族の女性は、効率よく空気を取り込めるから激しい運動に適しているとかなんとか(だから何なのだと思うが)。

 

 まあどう言い訳をしようが、女性の身体を好き放題触りまくっている時点で説得力はまるでなく、これではただの変態と何ら変わらないと言っておこう。どーせ私の耳は細いですし(別に細耳について気にしているわけではないけれども、こうも無視されるとさすがに腹が立つ)、胸は小さいですよ!

 なんだかムショーに腹が立ってきたので、冷めた目でずっと見ていたが、ご主人様にとっては私のそういう視線がむしろ「ご褒美」らしい。本当に何のことだかさっぱりわからないことだらけである。もう面倒なのでこの点については、私は考えるのを止めることにした。

 

 ところが、獣耳(けもみみ)ではないルティナの耳に、全く関心を持たなかったかのように見えたご主人様だったのだが、あるとき何気なくルティナの耳に触ったときの彼女の反応に気づいてから、その態度がガラリと変わった。

 どうやらルティナは耳が非常に感じやすいところのようで、ちょっと触られるだけでもひどく感じてしまうのだそうだ(もっとも最初に触られたときは、緊張と驚きのあまり、全く反応できなかったらしい)。あとこれは余談なのだが、彼女は嬉しい時には両耳がヒョコヒョコ動くようだ。ロクサーヌさんの尻尾みたいなものだが、見ていてとても面白い。

 

 ところでルティナの耳がとても感じやすいことを発見したご主人様の態度がどう変わったかというと……言うまでもないだろう。ルティナが泣き出すまで執拗に彼女の耳を弄っていたのだ。耳を触ったとき、ロクサーヌさんは喜ぶだけだし、ミリアはアッケラカンとしているので、ルティナの反応がとても新鮮なものに映ったらしい。とはいえなんという人だ。さすがにロクサーヌさんにこっぴどく叱られていたが。

 ご主人様も悪乗りが過ぎたと、素直に謝っていた。謝るぐらいなら最初からやらなきゃいいのに……。ルティナも決して嫌だったわけではなかったようだが、あまりに感じすぎて、感情のコントロールが出来なくなってしまったらしい。頬を染めつつ、「ほどほどにしていただけるのであれば私はいつでも……」と言っていた。

 そんなに耳を弄りたいのなら、ルティナでなくても私が……うーん私は別に耳を触られて喜ぶなんて性癖は持っていないんだよなぁ。……い、いや残念だとかそういうわけではないんですけどね!

(余談になるのだが、服の仕立てに使った布の余った端切れを使って、ミリアの耳のようなものを真似して作ってみた。そしてそれを自分の頭につけてご主人様に見せてみたら、かなりの衝撃を受けていた。本当にこの人は……。)

 

***

 

 話が思いっきり逸れてしまった。

 ルティナが私たちのパーティーに加入したとき、彼女のジョブは村人だった。本人も迷宮に入った記憶が全くないそうだ。彼女はこう言っていた。

 

「父がやる必要はないと言い出して、幼いころにパーティーを組んでわたくし以外のパーティーメンバーが迷宮に入ることはあまりしていないそうです。ある程度の経験を積めば魔法使いに転職できると思いますが、それまでは迷惑をかけるかもしれません。ですが、魔法使いとしてお役に立てると思います」

 

 先のセルマー伯は自分の娘を溺愛していたのだろう。本当は彼女も戦力にならなければいけないはずなのだが。ハルツ公の奥さんのカシアさんですら迷宮に入っていたというのに。それが結局は彼女を奴隷に落としてしまうことになるとは皮肉なものである。

 ただ貴族の子弟などがよく使うこの方法も、パーティーの定員が一人欠けた状態で迷宮に入る(場合によっては二人欠ける(二人同時に育成する)ことも、稀にではあるがあるらしい)ので、残りのメンバーの能力がどの程度かにもよるが、行くことのできる階層には限度があるとのこと。そのためある程度成長すると、それ以上はやはり本人が実際にパーティーに参加する必要が出てくるそうだ。何もしないまま上級職になるのはやはり相当難しいらしい。あくまでこれは安全に無理なく迷宮探索を行うための方便ということなのだそうだ。

 

 魔法使いへの転職については、ルティナ自身は覚えてないだろうが(当たり前のことだが)、おそらくごく幼いころに、自爆玉を使用するため一度護衛に連れられて迷宮に入ったはずである。だが彼女が迷宮に入ったのはその一回だけで、あとは家の中に大事に置かれていたのだろう(ご主人様によれば探索者のジョブは持っていたらしい)。したがって一応彼女は魔法使いにはなれるはずである。

 

 というわけで、当然ながら彼女には戦闘経験が全くないというので、とりあえず最初は見学からということになった。

 それでもいきなりクーラタルの迷宮の22階層へ彼女を連れて行ったのは、果たしてどうなのかとも思ったが、この階層までなら、出てくる魔物も全体攻撃魔法を使ってこないので、彼女に直接攻撃が行くことはまずないだろうとのご主人様の判断らしい。

 なるほど確かに全体攻撃魔法さえ飛んでこなければ、今の私達ならルティナ一人ぐらいは余裕をもって守り通せるだろう。

 ご主人様が言うように、迷宮の雰囲気や私たちの戦闘スタイルに早く慣れさせようとするのは悪いことではない。もっとも余り楽なところを見せるのは逆効果な気もしないではない……この辺はなかなか匙加減の難しいところである。が、それよりも問題だったのは、彼女があまりにも迷宮探索の常識を知らなかったことである。たとえば、

 

「迷宮へは直接フィールドウォークで飛べないということを知っていますか?」

 と、とりあえず尋ねてみたのだが、

 

「え? そうなのですか?」

 との答えが返ってきた。

 

「やはり知らなかったのですか」

 

 ふむ。やはりこの娘には一から教えて行かないといけないようだ。まっさらなので教えやすいというメリットもなくはないが、下手に常識を知らない分面倒ではある。それにそんな機会はほぼないとは思うが、私たちのパーティーについて、他所で余計なことを言われても困るだろうし。

 

「ご主人様が迷宮に直接飛べるなどと言い出さないように」

 

 まあロクサーヌさんがこんな風に言っておけば彼女も大丈夫だろう。

 

「は、はい」

「不用心なことをしたら、分かっていますね」

 とロクサーヌさん。正直そこまで言わなくてもと思うが……。

 

「ひっ。はい、ロクサーヌ姉様」

 

 口調はとても穏やかだが効果は絶大である。

 

 すっかり私たちのパーティーに馴染んだ今になっても、たまにルティナはロクサーヌさんの殺気に反応することがある。決して彼女に向けられたものではないのだが。

 まああのとき、かなりの時間にわたって、ロクサーヌさんのあれだけの殺気に晒され続けていたのだ。彼女から完全にそのときの記憶を拭い去るのは不可能というものであろう。あれは私だってご免蒙りたいくらいのものであった。

 

 その結果として、彼女は普段は少なくとも表面上は完全に平静を取り戻していても、心のどこかではやはりロクサーヌさんに畏怖の念を抱いているのだろう(私に対してはどうか知らないが)。これはもう刷り込みというかトラウマともいうべきもので、残念ながら生涯治ることはないんだろうなと思う。彼女の自業自得ではあるのだが、ちょっと可哀そうな感じもする。ロクサーヌさんには、もうルティナは十分分かってくれたはずなので、後は甘やかすぐらいで丁度いいのではといっておいた。ロクサーヌさんも今では全く怒ってなどおらず、むしろルティナのことが可愛くて仕方ないらしい。

 

 実際ロクサーヌさんだけでなく、ルティナは全員から可愛がられている。実は年齢差はあまりないのだが、加入順が最後だったということもあり、この中では末っ子扱いである。

 

***

 

 話を戻そう。

 その後彼女は、ご主人様の雷魔法で魔物がマヒしているのを見て、

 

「これが魔法ですか。魔法というのは確かにすごいのですね。魔法使いの人がおられるのにも驚きましたが。この力がわたくしにも……」

 などと言っていたが、これが魔導士にならなければ使うことのできない魔法だということはやはり知らなかったらしい。まあ彼女の境遇を考えれば仕方のないことではある。それに頑張ればルティナもいずれ魔導士になれるはずなのだから、現状はこれでまず問題なかろう……と思っていたが、まさかこんなにも早く彼女が魔導士になってしまうとは、正直私は全く考えていなかった(ご主人様はさっさと彼女を魔導士にするつもりだったようだが)。

 

 あとこれは私たちに対するご主人様の基本方針のようだが、ルティナにもみんなと全く同じ経験をさせるつもりのようだ。彼女を魔法使い(魔導士)として育てていく方針に変わりはないが、巫女にもしておくという。

 そこでルティナにも滝行をさせることになったのだが、なぜかみんなで行くことなった。滝行だけなら、私たちはすでに済ませているので別について行く必要はないはずなのだが、ご主人様としてはただ行くだけでなく、できれば私たちにもまた滝行をやってほしそうだった……全く意味不明である。

 ルティナは滝に打たれる修行だと聞いて、最初は尻込みしていたが、みんな経験したことであり、しかも全員成功しているときくと、素直に従った。

 さらにはルティナに滝行をやらせるついでに、当初はミリアが釣りをしているところをみんなで見に行こうということだったはずが、いつのまにかみんなで釣りをしてみようということになった。

 

 帝都でルティナの巫女装束を作ってもらい(すでにベイルのアラン氏のところで、ルティナ用のメイド服(帝宮の侍女の制服をこういうらしい)も作ってもらっているし、帝都の店ではネグリジェも買ってある。これもまたみんなお揃いである)、同じく帝都の釣具店で全員分の釣竿を買った。この前まで全く何も分からなかったらしいミリアが、釣り具にとても詳しくなっていたことに、ご主人様がとても驚いていた。

 その後、ハルツ公領のハーフェンという場所に跳ぶ。最初にルティナに滝行をさせるため、川の上流、滝のすぐ傍に出る(グラスビーが出てきたが、ご主人様の魔法であっさり退治されていた)。滝の裏側でルティナに着替えさせると、彼女はさっそく滝つぼに入ってしばらく打たれていた。もちろん私たちは見学である。ご主人様の残念そうな素振りが気にはなったが(そんなに見たかったのかとあきれた)。

 

 肝心の滝行の結果だが、ルティナはあっさり巫女になったそうだ。本人の性格もあるのだろうが(見かけによらずというと失礼だが、彼女は大変素直で真面目である)、すでに魔法使いとしての経験があったことも大きかったのだろう。ご主人様から巫女のジョブが取得できたことを聞かされ、実際にそのスキルを使ってみて、本人は大層喜んでいた。ただ自分はあくまで魔法使いとして頑張るつもりだとは言っていたが。

 パーティー(というかご主人様)の方針としても、彼女は今後も魔法使いでやっていくことに変わりはないそうだ(その後すぐに魔導士にもなっていたが、滝行をしたことが転職にプラスに働いたかどうかは分からない)。

 

 その後、ハーフェンの村まで戻り、近くの磯で全員で釣りを始めた。

 話に聞いていただけだったのだが、実際にこの目で見ても、ミリアの釣りの腕前はすごいものがある。彼女は釣っている間はずっと、みんなに丁寧に釣りのやり方を教えたりしていたのだが、その間にもほいほい魚を釣り上げていた。

 結局釣果はといえば、ミリアがダントツなのは当然で、あとはみな似たり寄ったりだったのだが、一人だけ全く釣れなかったご主人様がひどく落ち込んでいた(よくわからないが、こういうのを「坊主」というらしい)。みんなで慰めてあげた。

 

***

 

 こうして最初は反発していたルティナも、急速に私たちに馴染んでいったのだが、彼女のご主人様に対する評価も当初に比べれば様変わりした。

 最初はご主人様のことを雑兵などと侮っていた彼女であったが(ご主人様のことを何も知らなかったとはいえ、あの発言は本当に許せなかった)、ご主人様の実力を目の当たりにすることで、その評価を大幅に上方修正したようだ。自分の最初の印象が間違っていたと素直に認め、ご主人様に詫びていた。

 とりわけ前にも書いたと思うが、セルマー伯領を荒らしていた盗賊団(凶賊ハインツたちのことだが)を討伐したのが、実はご主人様(と私たち)だったことを聞いた彼女は大変驚き、それからご主人様を見る目ががらりと変わった。自分の父親がご主人様ぐらい活躍出来ていたらと思うと同時に、自分がこれまで実家に全く貢献してこなかったことを強く後悔しているようである。

 そしてその頃から、ご主人様に対する尊敬というか畏敬の念がさらに強くなったようだ。まあそれはそれでいいことではある。ご主人様は、見た目が見た目なのであまり強く見えないのは仕方がない。体つきもほっそりしているし、第一、まだまだ若く、とても高レベルの冒険者には見えない(それは私たちもだけれど)。

 

 こんなことがあった。

 奴隷となったルティナの所有者を設定するとき、ご主人様はついでにインテリジェンスカードを彼女に見せていたのだが、以下はその時のやり取りである。

 

「奴隷商のところへは行かれないのでしょうか」

 

 ルティナが突然こう言い出したのだが、最初は何のことだか分からなかった。

 

「あー。そういえばそれもあるんだったな」

「はい。早めにしていただけると、わたくしとしても助かります」

「そうなのか?」

「万が一ということもありますので」

「あー。悪かった」

「いえ。あの。分かっていただければ」

「ルティナの所有者の設定をまだしてなかったんだ」

 

 以上のやり取りの間、私には話がずっと見えていなかったのだが、ご主人様の最後のこの一言でようやく分かった。

 

 どうやらルティナは奴隷に堕とされたものの、まだご主人様を所有者としてはいなかったらしい。ハルツ公に奴隷商のところへ早く連れて行くように言われていたそうな。

 それでも放置していたのは、どうやら所有者の設定をしていないことの危険性がよくわかっていなかったらしい。

 

「所有者の設定をしていないと誰かが書き換えてしまう可能性もありますからね」

「そうなんだ」

「はい。奴隷になるときには本人の承諾が必要ですが、奴隷になった後、誰が主人になるかは選ぶことができません。最初に所有者を設定すれば、以後所有者の変更には前の主人の承認が必要となります。最初の所有者の設定は早めにやってあげるべきです」

「あ、あくまで万が一のためです」

 

 確かに彼女としても、ご主人様が所有者としてどうかという問題以前に、誰が所有者になるか分からないというのは不安だろう。

 

「分かった。左腕を出せ」

 

 早速奴隷商のところにルティナを連れて行くのかと思いきや、ご主人様が彼女に左腕を出させ、インテリジェンスカードをオープンさせた。いつものごとく無詠唱である。

 

「え?」

 

 無理もないことだが、ルティナが驚いている。

 

「ほー。できるんだな」

 

 どうやらご主人様は、自身でルティナの所有者設定をするつもりらしい。ということは、ご主人様は奴隷商人のジョブも持っているということか。これは知らなかった。

 奴隷商人の取得条件ははっきりしないが、商人レベルを30に上げる事(これは確実らしい)と、奴隷を購入して所有者になるなど、奴隷の取引をすることらしい。

 奴隷商人の行うインテリジェンスカード操作は、近くでインテリジェンスカードを出している人を所有者に設定・変更できるとのこと。奴隷商人が自身を所有者とすることも可能なのだそうだ。

 

「ええっと。おできになるのですか?」

「インテリジェンスカードを見てみろ。ちゃんとできてないか」

 

 そういってご主人様は、ルティナにインテリジェンスカードを確認させる。

 

「は、はい。できています」

「じゃ成功だ。よかった」

「あの。ミチオ様のインテリジェンスカードを見せていただいてもよろしいですか」

 

 ルティナがご主人様のインテリジェンスカードの見せてもらうようお願いする。

 

「ほら」

 

 主人が奴隷に自分のインテリジェンスカードを見せるなど、通常は考えられないことだが、ご主人様はそういうことには全く頓着しない。私も見せてもらったし。

 

「お、お若いのですね」

 

 ルティナはご主人様の年の若さに驚いたようだ。

 

「そうか?」

「この年齢で三十階層のボスを楽々突破とか。考えられません」

 と言っていたが、確かに彼女が驚くのも無理はない。

 

「ご主人様ですから」

 

 それを聞いていたロクサーヌさんがなぜか胸を張って得意げな顔をしている。

 

「ええっと。それとミチオ様のジョブですが」

 

 ん? どうかしたのだろうか。

 

「この機会だから、みんなにも俺の秘密の一部を話しておこう」

「秘密ですか?」

 

 おおう! どうやらご主人様の秘密の一端を教えてもらえるらしい。ご主人様には分からないことがそれこそ星の数ほどあるので、一つでも二つでもそれが分かるのは貴重である。

 

「今現在、俺のジョブは遊び人になっている。実は遊び人のスキルには他のジョブのスキルを設定することができるんだ」

 

 遊び人? 以前訊かれたような気がする。あのときは確か……。

 

***

 

「そういえば、セリー、遊び人というジョブを知っているか」

 

 いつだったか、早朝の迷宮探索を終え、朝食の食材の買い出しに行く道すがら、尋ねられたのだったか。

 

「伝説のジョブですね。実態はよく知られていませんが」

「知られていないのか」

「大昔に、自分がそうだと言った人がいましたが、どういうジョブなのかはよく分かっていません」

「遊び人だと言った人は何も明かさなかったのか」

「勝手に、自分のジョブは遊び人だと言いふらしていただけですから」

「なんか駄目そうな響きだな」

「私も聞いたことがあります。遊び人皇太子のことですよね?」

 とロクサーヌさん。

 

「皇太子なんだ」

「そうです。皇太子でしたが、廃嫡されました。歴代最低の皇太子だとされています。何ごとにもこらえ性のない人で、いろいろなジョブに就いては辞めてを繰り返していたそうです。その上、嘘と騙りがお手の物。まさに人間のクズ。帝国のごくつぶし」

「お、おう」

 

 ご主人様が鼻白んだ顔をしている。何か言うつもりだったのだろうかと、その当時は不思議に思っていた。

 

「そんな人の言ったことなので、あまりまじめには捉えられていません」

 

 ……と言ったやり取りがあったことを思い出した。

 

 最近気づいたのだが、ご主人様が何かジョブの話をこちらに振ってきたときは、たいていそのジョブを新たに取得したときであるようだ。今から思うと、このときもご主人様が遊び人のジョブを取得したということだったのだろう。

 そういえばずいぶん前のことだが、英雄のジョブについても同じように訊かれていたし、逆に遊び人について訊かれた後の話になるが、魔導士についてもそうだった。

 注意深く様子を見ていれば(いつもそのつもりでいるのだが)、ご主人様が今何をやろうとしているかは何となくわかってくるものである。それはご主人様がほとんどの場合において合理的な選択ができており、その行動が非常に読みやすい、予測しやすいということでもある。

 

 この遊び人というジョブであるが、その取得条件は、確実ではないそうだが、どうやら18種のジョブを取得することらしい。一口に18種と言ったが、冷静に考えればこれは大変なことである。

 そういえば遊び人となったという皇太子も、実に様々なジョブに就いていたという。それだけの数のジョブに転職することなど、もちろん一般人には到底無理である。皇太子のような、裕福でとりたてて何もしなくてよい(暇を持て余しているともいう)人でなければできないことだ(結局ごくつぶしだとの非難を受け、廃嫡されてしまった。その点ご主人様は廃嫡される心配がなくてよかった)。その皇太子も遊び人というジョブがあることを知っていたわけではあるまい。ただ様々なジョブに関心を持ち、ご主人様と同じ問題意識を持って、その取得条件についていろいろと探っていく中で、多くのジョブを渡り歩いていったのだろう。そしてその結果として、エレーヌの神殿で、どのジョブが自分にとって最適か見てもらって初めて、自分が遊び人のジョブを取得していたことに気づいたのだろうと思われる。

 

 これは現皇帝(例のあのヘンなおじさんである)と相当親しくなってからのことだそうだが、ご主人様は遊び人の皇太子の話を現皇帝としたことがあるらしい。そのときの話によると、帝国としてはやむを得ずその皇太子を廃嫡はしたものの、彼の命を奪うようなことはせず、帝国内に離宮を与え、そこで生涯を好きに送らせていたのだそうだ。本人も廃嫡されたことを悲観することなく、かえってこれで自由になったと喜んでいたとの逸話が残っているとのこと。現皇帝も、ここだけの話だが、皇族の責務から解放されたその境遇は、ある意味うらやましい限りだと話していたようである。

 

 このように取得することに相当の苦労を要する遊び人のジョブであるが、その名称からすれば全く使えない、まさにごくつぶしのようなジョブであるように聞こえるけれども、実はそうではない。このジョブ自体には何の効果もスキルもないそうだが、すでに取得しているジョブが持っている効果やスキルをどれでも一つずつ設定し、そのジョブに就いていなくても自由に使えるようになるというものらしい。ただし一度設定するとしばらくは再設定ができなくなるそうだ。

 したがって、ご主人様の言葉を借りれば、

 

「奴隷商人のスキルをつければさっきみたいにインテリジェンスカードで所有者の設定ができるし、冒険者のスキルをつければフィールドウォークができるし、探索者のジョブをつければダンジョンウォークができるし、魔法使いのスキルをつければ魔法を使える。つまりはそういうことだ」

 ということらしい。

 

 言い換えれば、いちいちギルド神殿を使って転職しなくても、各種のジョブが持っている効果やスキルを使うことができるということである。ご主人様の場合、自身が複数のジョブにつくことができるというのはすでに書いた通りだが、そうやって複数のジョブを自由に入れ替えることができるのだから、遊び人にはあまりメリットはないようにも思われるけれども、これも実はそうではない。

 というのもご主人様が魔物との戦闘で、たった一人で魔法を三連発している謎がこれでようやく解けたのだ。遊び人のスキルに何でもいいので魔法を設定したうえで、遊び人のほかに、魔導士、魔法使いと三つのジョブに就く。たとえばこれは実際にご主人様がやって見せた組み合わせだが、遊び人に魔道士の中級氷魔法を設定したうえで、魔道士で中級土魔法、そして最後に魔法使いの下級土魔法と、一度に三回の魔法を撃つことができるというわけである。

 さらにこれにルティナが加わることで三連発が四連発になる。詠唱共鳴があることから、通常のパーティーには魔法使いは一人しか入らない。二人が入る場合には詠唱が共鳴しないよう注意深く連携する必要があるが、これはなかなか難しいことで、相当訓練しないとうまくいかず、不発となってしまうことも多いと聞く。けれども私たちのパーティーであれば、詠唱が必要なのはルティナだけなので、そういった心配が全くなく、彼女は自由に魔法を撃つことができるわけである(これはロクサーヌさんの巫女の全体手当てとご主人様の神官の全体手当てを両方一度に唱える場合も同じである。そこまで大きなダメージを受ける場合は正直ほとんどないのだが、大変強力な回復方法であり、万一の場合に大きな助けとなるだろう)。

 

***

 

 話が大きくそれてしまったが、ルティナがご主人様のことをどう見ているか、である。

 迷宮探索以外でも、たとえば、ご主人様がクーラタルの家の各部屋一面に絨毯を敷き詰めたり、ペルマスク製の鏡を大量に購入して壁一面を鏡張りにしてみたりと、貴族でもなかなかできないようなことをしているほか、さらには食事の豪華さなどを見て(ルティナは「食い道楽」だとよく言っているが)、ルティナはその生活水準の高さにとても驚いていた。

 

 しかし肝心なのはアチラの方である。彼女は性奴隷になることについても当然了承などしていなかっただろうから、果たしてどうなるのか少し心配していた(ミリアも同じく強制的に奴隷にされたのだが、その覚悟はしていたようだった)。ミリアのときもそうだったが、あのご主人様がルティナにだけ手を出さないなどということは微塵も考えられない(注:……確かに)。

 実際、ご主人様はなし崩し的にそういう方向にもっていったのだが、彼女も割とすんなり受け入れていた。どうやらルティナはもとからそういうことにも興味だけはあったそうだ。後からこっそり訊いてみると、彼女は顔を真っ赤にしながらそう言っていたし、他にもこんな事を言っていた。

 

「殿方とするのがあんなに気持ちのいいものだとは思いませんでした。お父様とその……していたメイドたちが必ずしも嫌がっていなかったのも分かる気がします」

 

 う~む。彼女の話によると、セルマー伯は、侍女たちにカメリアオイルを使って自分をマッサージさせていたらしいのだが、ただのマッサージではなかったわけだ。もっともルティナはマッサージがそういうものだということが、当時は全く分からなかったそうだが。

 

 ルティナはさらに「殿方にとってもやはり気持ちいいものなのですか?」と真顔でご主人様にも訊いていたが、さすがのご主人様も苦笑するほかないようだった。私もよくは知らないので気になるところだが。

 ただ何といってもご主人様は人間族だし、しかも色魔のジョブも持っているほどである(さらに色魔のレベルも相当上げているらしい。これは迷宮討伐のため、最終ボスの攻略に備えているのだと、本人は一応は言い訳していたが)。そうでなければ毎晩私たち全員を相手にすることなど、しかもときには二周目に突入したりなど到底できまい。

 前にも書いたが、ルティナが加わる前、解放会の入会式でそのことを他の会員に話したらしく(恥ずかしいのでそういう話をするのはやめてほしいのだが)、周囲からドン引きされたそうだ。羨ましさのあまり?エステル男爵などは怒り狂っていたらしい。

 

***

 

 ルティナはさすがに元貴族なだけあって、何かにつけてとてもセンスが良い。服装についてもそうである。洗練されていてオシャレだ。

 ルティナにもコハクのネックレスが買い与えられた話はすでにしたのだが、そのときも少し述べたように、装備品などについてはご主人様と私で決めるのは当然だけれども、ご主人様も含め全員の服のコーディネートは、今ではすべてルティナにお任せである。任された彼女の方もとても楽しそうにしているし、みんなからの信頼も絶大である。

 ルティナ曰く、みんな素材がとても良いので(それにみんなそれぞれタイプが違うので)選んでいて非常に楽しいとのこと。私も含めてのことらしいので、そう言ってもらえるのは大変喜ばしい。

 ご主人様についても、決してもとは悪くはない、自分が磨けばもっと光るはずと言っていた(そしてそれを聞いたロクサーヌさんがわが意を得たりと、満面の笑みを浮かべていた)。

 

 ご主人様本人も、全く気にしていないようなそぶりを一応は見せてはいたのだが、実は相当気にしていたらしい。露骨にほっとしているのがわかった。

 実は私もちょっとハラハラしたのは内緒である。ご主人様の容姿について、ルティナが少しでも下手な言い方をすれば誰かさん(誰とは言わないが)の逆鱗に触れるところだったのだが、この娘はそれが分かっていたのだろうか。

 ただルティナ本人の先の発言は、全く素の反応だったようで、むしろそれが良かった。

 まあ私から見ても、ご主人様は決して見た目が悪い訳では無い。普通にカッコイイと思うし。頼りがいもある。何より優しいし。気持ちいいし……何を言ってるんだ私は。

 というわけで私たちは、奴隷であるにもかかわらず、いつも大変綺麗な恰好をさせてもらっている。ご主人様には申し訳なく思っているのだが、彼自身もそんな私たちを見て大変満足しているようなので、これもまた良いのだろう。

 

 そんなルティナのコーディネートをみんなは感心してその通りにするだけなのだが、ただ一人ロクサーヌさんだけは、ルティナから服の合わせ方などを真剣に教わっている……男性向けの服のコーディネートを。誰のためかは言うまでもない。自分でもご主人様に見合う服を何か選んであげたいのだそうだ。

(ルティナが、「ロクサーヌ姉さま。こういうのはどうです? ミチオ様…ご主人様みたいにスラッとした男性にはよく似合うと思います」というと、「……なるほど! 勉強になります」とロクサーヌさんも返していた。)

 ロクサーヌさんは、可能なら自分でご主人様の服を作ってあげたいとも言っていた(ただ彼女は手先がさほど器用ではないのでちょっと難しいかもしれないが、こちらの方はミリアから学んでいるようである)。

 

***

 

 ルティナは、奴隷に落とされた現在の境遇にあっても、自分が諸侯会議に参加するという野望を全く諦めていないところは素直にすごいと思う。一体どこからそんな自信が来るのか全くわからないのだが、むしろ今のような逆境に立たされたからこそという気もする。

 ただご主人様が迷宮討伐という実績をひっさげて、貴族に叙せられることがあれば、その出自からして、彼女にも活躍のチャンスが与えられるだろう。これは私たちではとても真似できないことである。

 また迷宮探索においても、自分の活躍の場を見つけようとしているようにも感じられる。魔法使いになることができて早々に、「カシアお姉さまを超えてみせる!」と決意したようだが、自分がメキメキと成長し、強くなっていることが自覚できているらしく、その意味でも非常にやる気を見せている。

 実はご主人様によれば、ルティナはカシアさんのレベルは割とすぐに超えたらしい。ついこの間迷宮探索を始めたばかりなのに、これは驚くべきことである(ただこれはルティナだけでなく私達全員について言えることである。とにかく成長速度が尋常ではない)。

 そしてそれが誰の目にもはっきりしたのは、ルティナが魔導士になったときである。彼女が雷魔法を撃ったのを見て、みんなが驚いた。でも一番驚いていたのは本人だった(もちろん本人が呪文を唱えたのだから分かっていたはずなのだが、本当に撃てるとは思っていなかったらしい)。いつも通りの様子だったのはご主人様だけだったのである。ルティナも最初は驚いたものの、「カシア姉さまを超えることができた」といたく感激していた。

 

 装備の方も、新しく与えられた装備、とりわけエナメルのハイヒールブーツを非常に気に入ったようである。ロクサーヌさんに教わりながら、とても嬉しそうにブーツの手入れを入念にしている。確かにあのブーツは高性能だし(5つもスキルを融合したのだから当然だが)、見た目もルティナに良く似合う。スキル融合は大変だったので(もちろんやったのは私である)、彼女が喜んで使ってくれているのは私も素直に嬉しく思う。

 

***

 

 これも先に述べたことだが、ルティナが希望していた通り、カッサンドラ様というエルフ族の長老(エルフ族の間では「オババ様」と言えばこの人を指すらしい)にみんなで会いに行った。

 この人は、あのハルツ公でさえ、会いに行くのに相当の覚悟が必要だというエルフ族の女性たちの長であり、一族の重鎮なのだそうだ。

 カシアさんは、優しいお婆様で何の心配もいらないといっていたそうだが、ご主人様によれば本当にそうならハルツ公があれだけ嫌がるわけはないだろうとのこと。前回は二人して相当身構えて行ったらしい。

 

 余談だが、ご主人様は少し悪い顔をして、そのときにオババ様から聞いたハルツ公の昔話を私たちに洗いざらい全て話してくれた。……ハルツ公のイメージが音を立てて崩れていく。エルフ族唯一の公爵であり、一族のトップに君臨しているはずの人物なのに。確かにちょっと軽そうな感じがしたのはその通りだが、セルマー伯を討つときの様子は十分かっこよかったし……。まあ情けなかったのは昔のことだけど……カシアさんはそれでいいのだろうかとも思ったが、ご主人様の話だと、彼女は笑って聞いていたそうだ(もともと知っていたのかな?)。いい人だカシアさんは。

 ハルツ公との夫婦仲も良好なのだろう。残念ながら?ご主人様が入り込む余地はなさそうだ(あっても困るけど)。

 

 前回は変に里心をつけてもいけないので、ルティナを同行させなかったという話だが、今の彼女ならもう大丈夫だろうということで、今回の訪問が実現したのである。このときも帝宮に行ったときと同様に、やはり行くなら全員で行こうということになった。

 

 一度行ったことのあるご主人様に連れられて、オババ様のところへ直接跳んだ。着いたのはどこかの城か屋敷の中だろうが、とても立派なロビーだった。先方の騎士団員らしき人がすぐに取り次いでくれ、待合室のような部屋に案内される。

 しばらく待っていると、さらに別の人がやってきて私たちを案内し、やはり豪華な部屋に案内された。そこにはすでに老齢のエルフ女性が私たちを静かに待っていて、出迎えてくれた。

 

 そこにいた女性は、確かに威厳と風格を兼ね備えた立派な人物のように見えた。ハルツ公はもちろんのこと、どこぞの変態皇帝よりも格上っぽい。

 かなりの御年だそうだが(ご主人様によれば107歳らしい)、矍鑠としてとてもお元気そうだ。

 カシアさんにとっては、ひいひいひいおばあ様の末の妹で(ということはルティナにとっても同じである)、一族の女性にとっては母にも等しいお方なのだそうだ。

 

「ルティナよく来たね。もっとこちらに来て、このオババにその奇麗なお顔を見せておくれ」

 

 ルティナに会えたのがよほどうれしいらしい。彼女は顔をくしゃくしゃにし、両手を広げてルティナを抱き寄せた。

 

「はい、オババ様」

 

 ルティナも会えてうれしそうだ。少し涙ぐみながらも彼女に抱き着いている。

 

「みなさんもよく来てくださった。ゆっくりしておいき」

 

 さっそくテーブルに座るよう勧められ、みんなが座るとすぐにハーブティーとお菓子が出てくる。堅苦しいことは抜きにして、好きにおあがりと言われた。

 最初の印象とは全く異なり、彼女は私たち(ご主人様を除く)には非常に優し気な感じだった。ルティナに対しても大甘なおばあちゃんなのだろう。

 

「此度は辛かったろうね。決してオマエさんのせいじゃないよ、オマエさんの父親が悪いのだからね。一族の女に不幸をもたらすどうしようもない男だ。もっと早く手を打っておけば、ここまですることもなく、不幸も広がらなかったものを。こんなになるまで放っておいた私も同罪さね。

 それとカシアやハナ垂れ小僧のブロッケン坊やのことを余り恨まないようにね。オマエさんの弟や妹も私が引き取ってこの城で元気でやっているよ。後で会っておいき」

「ありがとうございますオババ様。でも私もいけないのですわ。オババ様がいろいろと忠告してくださっていたにもかかわらず、貴族の責務をおろそかにしておりました。父だけでなく私にも、もっとやりようがあったように思います。

 でもそんな私も今では、このミチオ様の下で頑張っていますわ。他の皆様も大変私に良くしてくれますし、それに私、魔法使いになることができて、これでも迷宮探索で活躍できていますのよ」

「うん、それはもう会ってすぐに分かったよ。こうしていてもオマエさんからはかなりの魔力が感じられる。以前のオマエさんとは大違いだ。その男に任せるというブロッケン坊やの判断は間違って無かったのかねぇ。カシアも賛成したというし……ミチオ殿、くれぐれもルティナのこと頼みましたよ。この子を粗略に扱うことのないようにお願いしますじゃ」

「それはもちろん。彼女はもうこのパーティーにとっては得難いメンバーであるし」

「それは良かった。このオババも力になりましょう。他の皆様もよろしくお願いいたしますぞ。みなかなりの実力を持っていそうだ。これは先々が楽しみさね」

 

 その後も終始和やかなムードで歓談が続いた。オババ様は上機嫌でとてもやさしかったが、それでも今後彼女がどうすべきかについて助言するときは、ときおり鋭い眼光を覗かせていた。ご主人様に対しては、これで会うのは二度目ということだったのだが、その実力を評価はしているようだ。女性ばかりの私たちを奴隷として従えているのを見て、「甲斐性はあるようじゃの」といっていた。決してルティナを粗略にすることのないようにと繰り返し釘は刺していたが(あんまりひどいことをして泣かせているようなら、自分にも考えがあるといっていたが、そのセリフには凄みを感じた)、ご主人様も怯むことなく当然だと返していた。

 

 そして彼女は私たちに、人間族だったという自身の旦那様の話を聞かせてくれた(ご主人様は前にも同じ話を聞かされていて、これが二度目だったらしい。げんなりしていた)。

 何でもその旦那様は没落貴族の一門で、裸一貫でこちらにやってきたそうだが、オババ様が言うには、迷宮探索での度胸もあって腕も確かだし、元は貴族だっただけに立ち居振る舞いも完璧という優良物件で(ノロケかな?)、彼女と結婚した後、早々に迷宮討伐に成功して叙爵されたそうだ。そんないい男を捕まえた自分の見識の高さを自慢していた。ひょっとしたら人間族であるご主人様の下に行ったルティナに、自身を重ね合わせているのかもしれない。

 

 またこれも前回も言われたことらしいのだが、とにかくご主人様は早く叙爵されるよう迷宮を討伐することだといっていた。それがルティナのためになるとのこと。そしてそのための助力は惜しまないと。

 その話を聞いていたロクサーヌさんは終始ニコニコしていたが、内心ではどう思っていただろうかと、ちょっとだけ気になった。

 最後にオババ様は、可愛い一族の娘のためだ、本当に助力は惜しまないから、何かあったら相談にのるのでいつでもここに来るようにとご主人様にいうと、ルティナに対しては、諸侯会議で活躍するという夢は今後も持ち続けなさいと言っていた。ルティナも「ありがとうございます。オババ様」と感激した様子だった。

 奴隷になると普通は実家とのつながりは完全に切れてしまうものだが(奴隷をその家族と引き合わせることは一般に忌避されている。奴隷に情がわいてもまずいし、余計なトラブルの元になりかねないためだ)、ルティナの場合は事情が事情なのでこういうことにもなるのだろうか。

 とくに羨ましいとも思わないが(本当ですよ?)、私の実家のみんな(とくに兄さま)は今どうしているだろうかとふと思った。

 

「ルティナは周りの人から本当に大事にされていますね」

 と家に帰ってから私がルティナにいうと、彼女ははにかみながら、

 

「ええ本当にそう思います。ですが以前の私はそれが分かっていませんでした。それはとても罪深いこと……。でもセリー姉さまやロクサーヌ姉さまに言われて目が覚めました。お二人には改めて感謝を。もちろんご主人様にもそうですし、ほかの皆様にも感謝をさしあげたく思います」

 といっていた。

 

 思えば彼女も本当に丸くなったものだ。最初はあんなにとんがっていたのに。でもこちらの方がむしろ本来の彼女なのではないかと思うし、今の彼女の方がやはり自然な感じでとても好ましいと思う。これならもう心配は要らないだろう。

 

***

 

 その後ご主人様の迷宮探索も順調に進み、そろそろ迷宮の討伐も視野に入ってきたことから、ルティナは領地経営の方法や貴族階級との付き合い方を含めた政治の基本など、オババ様のところで定期的に教えを受けるようになった(とにかく重要なのは「お金の使い方」だと強調されたらしい。交渉のやり方や効率的な資源配分、適切な資金管理などを身につけるにはまず金銭感覚、経済感覚を養えとのこと)。

 実はルティナと私は、すでにどこか領地をもらえた時のことについて話を始めている。いずれはご主人様やロクサーヌさんも交えて具体的に話を進めていかなければならない。

 ただルティナ自身はあくまでセルマー伯領を取り返す?つもりでいるようだが、まずはご主人様が叙爵されてからだと一応はいってある(実際にセルマー伯領を取り返すのはちょっと無理な話なので、彼女には他の領地で我慢してもらうことになるだろうが)。

 

 

【総括(らしきもの)】

 

 さて、ここまで私を除くパーティーメンバー4人について、その人となりを書いてきたのだが、まとめるとおよそ次のような感じである。

 

ロクサーヌさん。非常に温厚な性格。だがご主人様に対する好感度、忠誠心が振り切れているので、ご主人様に仇なす者に対しては決して容赦することはない。実はみんなの中で彼女が一番過激な人物なのではと思う。

 

ミリア。お魚大好き。気分屋で、一番つかみにくい性格。マイペースだが、決して性格が悪いわけではない。愛嬌もある。

 

ベスタ。こちらも非常に温厚。一見飄々としてはいるが、本人なりにいろいろと考えているみたい。実は一番の甘えん坊さんである。自分の容姿(というか体の大きさ)について色々と心無いことを言われて来たせいか、やや卑屈なところもあったが、今では非常にノビノビとやっている。いいことだ。

 

ルティナ。貴族出身だけあってプライドは人一倍高い。けれども根は非常に素直でとても優しい娘である。向上心も人一倍で、将来貴族階級に返り咲くという野望を捨てていない。

 

 あくまで私の見たところであるが、だいたいこんなだろうとは思う。私? 自己評価は難しい。自分ではこれでもクールビューティーのつもりではいるのだが……。

 

 私なりのみんなの人物評価をご主人様に伝えると、ウンウンとうなずいていた。どうやらおおむね同意していただけたようだ。

 ついでというのもなんだが、ご主人様は私のことをどう思いますか?と思い切って聞いてみた。

 

「セリーはとても賢いな。この世界の常識に疎い自分はとても助かっている」

 といきなり褒められて動揺する。ただ「この世界」という言葉にややひっかかるものを感じるが……。

 

 そういえば、普段から「セリーはよくものを知っているな」と褒められることがよくあるのは、嬉しいことは嬉しいのだが、あるとき「さすがセリペディアだ」と言われた。セリ?ぺでぃあ? 全く意味が分からない。

 あと何かお願いされるときも、「頼むよセリえもん」と言われたことも。えもん? 聞き間違いかな? 私そんな名前じゃないですけど。

 ……ご主人様はたまによくわからないことを言う。

 

 話を戻そう。ご主人様が続けて言う。

 

「慎重論や否定的なこともはっきりと言ってくれるのもありがたい。ロクサーヌは賛成しかしないし、やや積極的に過ぎるのでな。バランスをとるには二人の意見を足して二で割ったぐらいが丁度いいように思う」

 

 なるほどこれは確かにその通りだろう。

 

「あとなんといっても、セリーは小さくて可愛いからな」

 

 ご主人様はこうも言ってくれたが、小さくて可愛い…小さくて可愛い…可愛い…カワイイ…いけないちょっとぼーっとしてしまった。

 

 コホン。

 もちろんみんなそれぞれ個性がある。そしてご主人様が私たちをどう見ているか、実際のところはわからないが、私たちのことをそれぞれ尊重してくれているのはとてもよくわかる。

 ご主人様が言うには、自分は誰であれ一定の枠にはめるということが大嫌いなのだそうだ。自身の経験からくるものなのだろうか。だからご主人様の下ではみんな自分らしく、自由でいられるのだろう。

 私なんかも奴隷らしくない態度が多いので(一応自覚はある)、主人によっては疎まれることも十分にありうる。そんな私でもご主人様は笑って許してくれているのは、本当に感謝しかない。

 

 そしてみんなに共通しているのは、迷宮探索が好きでやりがいを感じていること、それと何よりご主人様が大好きなことである。

 

 前にも少し書いたのだが、奴隷が複数いれば、奴隷同士でも諍いを生じることは珍しくないらしい。ひどい話だけれど主人の依怙贔屓とかがあるとなおさらだ。その点うちのご主人様は皆に平等に接してくれるし、何より一番奴隷の誰かさんが、私たち全員をしっかりと掌握している。普段マイペースなミリアですら、ロクサーヌさんの指示には絶対服従だ(ご主人様に言わせると鬼軍曹?というらしい)。確かに彼女は同じ笑顔でも、目が全く笑っていないときは凄みがある。

 ルティナ加入の際にすこしヤリ過ぎたと彼女が反省しているというのも前に書いたとおりであるが、そのことを含めてもみんなからの信頼は絶大である。

 

 奴隷同士の理想的な関係とは何だろうとふと考えるときがある。私たちの仲は決して悪くないとは思うけど。

 単なる同僚というだけでなく、家族であり、姉妹みたいな関係でもあり、戦友のようでもある。

 みんなが楽しく笑いあえる、私たちはそういう関係であるとでも言えばいいのか。とてもいいことだと私は思う。

 ベスタは、最初はややぎこちなかった笑顔も、すぐに自然に屈託なく笑うようになった。

 ミリアにはそんなぎこちなさは最初からなかった。

 ルティナも最初は刺々しかったが、例の件以降はご覧の通りである。とても可愛らしく微笑んでいる。

 ロクサーヌさんの笑顔にご主人様が顔を赤らめているのはしょっちゅう見る。まあ確かにあの笑顔では無理もない。

 私がほほ笑んでもご主人様はああいう反応を見せてくれるだろうか。正直自信がない。一応私の笑顔はまるで天使のようだと言われていたのだが。私が小さい頃の話であり、しかもうちの家族限定だったけれど。まあこの点についても今度ご主人様に訊いてみよう。

 

***

 

 現在五名の私たちだが、すでにパーティーメンバーとしてもご主人様を含めて上限の六名まで来ているので、今後奴隷を増やす必要は本来ないはずである。

 ただご主人様は戦闘奴隷でなくても、家事を任せられる奴隷(家内奴隷という)を増やすことを考えている素振りを時折見せたりもするが、そこはウチの一番奴隷が鉄壁ガードしている。

 

 たとえばあるとき(まだルティナが加入する前のことだが)、ご主人様が私たちにこう訊いてきたことがある。

 そのとき私は鍛冶(家事ではない)をしていたが、ロクサーヌさんは洗濯(彼女はこの仕事を決して他人に任せようとはしない)、ミリアは朝食の後片づけ、ベスタは家の掃除とそれぞれ分担して家事をやっていた。するとご主人様が洗濯物を干しているロクサーヌさんに、「ロクサーヌ、家事は大変じゃないか」と訊いていた。

 

「いえ、大丈夫です」

 

 即答である。が、ご主人様もこれぐらいでは引き下がらない。

 

「俺たちが迷宮に入っている間に家事をやってくれる人を雇うことも考えているが」

「いいえ。本当に大丈夫です。分担すれば手間ではありません」

 

 やはり即答である。しかもきっぱりとした口調で。

 

「そうか」

「ご主人様に迷惑をかけるようなことはいたしません。私たちですべてきっちりとこなします」

「セリーはどう思う」

 

 今度はこちらに振ってきた。まだ諦めないつもりのようだ。

 

「現状で困っていないのですから、人を雇う必要はないでしょう」

 

 ロクサーヌさんの思惑は別にして、冷静に考えても、現状特にその必要はないだろう。

 

「ミリアはどうだ。迷宮に入っている間に食事を作ってくれる人を雇えば、美味しい魚料理が」

「私が作る、です」

 

 さらにミリアにまで話を振っていたが、彼女もすでにロクサーヌさんからしっかりと言い聞かされている。

 

「ベスタは?」

「雇わなくても大丈夫だと思います」

 

 こちらも同じである。

 

「しかしだな。家事の負担だけでなく、たとえば探索する迷宮によってだとか、相手をする魔物によってパーティー構成を変えることも考えていいのではないか」

 とご主人様がなお食い下がる。が、

 

「今はまだ私たちは四人ですので、あと一人戦闘奴隷を補充する必要があるのは確かです。ですがその一人を加えて、ご主人様に私たち五人のメンバーで十分です。どこの迷宮でも何が相手でも私たちだけで問題なく対応できますし、家事の方も十分にこなせます。家内奴隷なども必要ありません」

 とロクサーヌさんが言い切る。もの凄い自信であるが、私も全く同意見である。

 

 とりあえずご主人様は引き下がったようだが、素直に諦めたとは思えない。今後しばらくは似たような攻防が続くのではなかろうか。

 

 その後、ルティナが加入し(しかしまさかあのようなかたちで最後のメンバーが揃うとは私を含め全員が(もちろんご主人様も)全く予想していなかった)、現在のメンバーとなってからのことだが、家事専門の奴隷を購入することについて、再びご主人様から相談を受けた。やはりまだ諦めていないようだ。

 

「ロクサーヌは全く聞く耳を持たないが、本当に必要ないのか。セリーはどう思う?」

 と。ロクサーヌさんには別の思惑があるのは分かっているが、私も個人的に不要と考えているのでその旨はっきりと伝えた。

 

 将来領地を持つようになれば話は別だが、現状クーラタルのこの家ぐらいなら、みんなで分担すれば家事もさほどの負担でもないこと、戦闘に参加しない奴隷が交じることは、みんなの士気に良くない影響を与える不安があること。

 とくに貴族のお嬢様だったルティナですら迷宮探索を頑張っている今、異分子はあまり入れたくないことなど。

 ご主人様はやや残念そうなそぶりを見せていたが、結局は納得してくれたようで、それ以降少なくとも表立ってはこの話題を出さなくなった。

 

 ともあれ今日もみんな気合いを入れて迷宮に向う。メンバーを増やす前に、今の私たちで迷宮討伐を成し遂げて、ご主人様にはぜひとも貴族になってもらいたいのだ。




書きかけですが、とりあえずミリアとベスタのところだけ上げます。
例によって大幅な加筆・修正が予定されていますのでご注意を。
要望などあればご指摘いただけると助かります。

ルティナについては、この前の「〆た話」とどう配分するか検討中。

原作に対して、ミリア以下の3人(とくにベスタとルティナ)のキャラ付けが薄いとよく言われますが、いかにキャラ付けしていくかはなかなか難しいですね。
「キャラ作りのコツは何か弱点を作ることですよ」と某漫画のキャラが言ってますが、弱点も含めてそれぞれに個性を持たせるというのも大変ですね。面白いですけど。
原作にない部分はもちろん私の勝手な創造(妄想)ですのでご注意を。


アニメ始まりましたね。地上波でしか視ておりませんが、キャラデザインで危惧された点も無事修正されているようで良かったです。このペースで行くとセリーが登場するのは確実、他の3人についてはどうでかわかりませんが期待できそうで、いろいろと楽しみです。

(追記)
アニメ終了記念ということで、ルティナのところを追加しました。
感想欄でアドバイスもらいまして(感謝です)、内密さんが耳フェチ野郎からケモナーにクラスチェンジしています。
ですがルティナのエルフ耳にも反応していたということに。
相変わらず、細かい追加・修正などがありえますのでご注意を。

アニメの方ですが、最後の2話はセリーがしっかり出てきたので自分としては大変うれしく、ただ地上波なのでいろいろと制約が……Blu-rayを買うかどうか真剣に悩んでいます(『ハクメイとミコチ』を買って以来になる)。
それと2期はあるんでしょうかね。

この話は、最後にメンバーの総括をしつつセリーについて若干補足する予定です。
全体としては、セリーから見た内密さんを補完すれば(二部構成になりそうですが)、一応こちらで用意した内容は終了ということになるでしょう。

終わりが見えてきましたが、よろしければ今しばらくおつきあいください。
よろしければ感想などいただけると嬉しいです。
ではでは。

セリーの声優さんつながりでナナチの存在を知る。なんという……。そのうちここのセリーさんが「んなぁ~」と言い出すかもしれません。

(さらに追記)
最後の個所埋めました。これで一先ず完成です。もっとも加筆・修正は今後もしていきますが。

(さらに追記)
ミリアの「フレーメン反応」について付け加えました。知らなかった。
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