https://ncode.syosetu.com/n4259s/33/ 「ジョブ」
https://ncode.syosetu.com/n4259s/36/ 「魔結晶」
https://ncode.syosetu.com/n4259s/37/ 「クーラタル」
https://ncode.syosetu.com/n4259s/40/ 「クーラタルの迷宮」
https://ncode.syosetu.com/n4259s/68/ 「嫉妬」
https://ncode.syosetu.com/n4259s/103/ 「鉢合わせ」
ほか
初 出:書き下ろし
私の名はセリー。ドワーフ族の16歳。鍛冶師。ご主人様と他のパーティーメンバーとともに、クーラタルを拠点として、日々各地の迷宮を探索している。
この世界は迷宮に浸食されつつある。迷宮は各地で次々と生まれ、そして成長していく。
そう、迷宮は生き物なのである。その生態はいまだ完全には解明されていないのだが、私たちの住むこの世界は、迷宮とそこから生み出される魔物からの脅威に常に晒されているのだ。迷宮は私たち冒険者を狩って養分にし、自らを成長させている。
だがしかし、逆に私たちの方が迷宮に依存しているという側面も否定できない。迷宮探索によって得られる各種のドロップ品(中には生活必需品も少なくない)が、私たちの生活ひいてはこの国の経済を支えてもいる。
今日はそんな迷宮探索にまつわる話をしてみたい。
***
迷宮は生き物であるとはいったものの、迷宮が一体なぜそしてどのようにして生まれるのか、具体的なことは何一つとして分かっていない。昔の偉い学者も、いくつか仮説は立てていたようだが(たとえば神様のような存在の持つ大いなる意志(人類を浄化するためとか)の発現なのかなどなど)、それらはあくまで仮説の域にとどまっている(おそらく実際に検証することは不可能だろう)。
ご主人様もなぜ迷宮が生まれるのか、迷宮が存在する意味を考えた事があるという。私などからすれば迷宮は当然あるもので根絶など到底不可能だと思われるのだが、どうにかして根絶するか、それができないまでも統制下におけないかと考えたそうだ。結局考えても仕方ないというところに落ち着いたらしいのだが。
ともあれ迷宮は人知れず生まれ落ちてから徐々に成長を重ねていき、その大きさ?が五十階層に達すると、そこで初めてその口を開いて人を誘うようになる。その時点でようやく、私たちはそこに迷宮が生まれたことを知る。
迷宮はそうやって人を待ち受けるのだが、人が全く入ってこないと、逆に彼(彼女?)は魔物を外界に次々と送り出してくるため、これを放置するわけにもいかない。迷宮の駆除は我々人類にとって避けては通れない。
私たち人類が迷宮に入り魔物を倒し、そして最終ボスを倒して迷宮それ自体を討伐しない限り、迷宮はゆっくりとではあるがさらに成長を続けていき、より強力で危険な魔物を吐き出すようになる。
迷宮が成長しすぎたあまり、強い魔物が地上にあふれかえることとなってしまい、そこに人が住めなくなったという領地も少なからず存在する。そういう事態にならないよう、我々の生存圏を維持していくために、迷宮は速やかにこれを討伐することが強く求められるのである。そしてそれはその地を統べる領主の重要な責務とされている。
そして人の暮らせる土地が迷宮に侵食されているからといって、そこで人同士が限られた居住可能な土地を奪い合うようなことがあってはならない。あくまで迷宮を駆除し、人が暮らせる土地を確保し、そしてそれをより拡大していくことが重要なのだ。そう唱えて、各地の領主を糾合し、一大帝国を築き上げたのが初代皇帝であった。
その後我々人類は、こうした迷宮との戦いを、もう数百年にもわたって繰り広げてきたのである。
その一方で、迷宮の側から見れば、こうやって私たちを待ち受けるのは迷宮自体が生き延びる方策であるとも言える。迷宮そのものに、はたして意思があるのかどうかは分からないが、食虫植物が甘い蜜で虫を集めるように、迷宮は魔物を倒して得られる経験値とドロップ品を餌に我々冒険者を呼び集め、魔物を使役してこれを倒すことで自身の糧としているのである。
そして私たちにとっても、迷宮(正確にはそこに生息する魔物)から産出されるドロップ品は、この世界における貴重な資源であり、その地域の経済を支えているということも厳然たる事実である。クーラタルのように、迷宮がまさにその街の経済の中心となっているところすらある。また迷宮探索で魔物を倒すことにより、私たちは自身を成長させ、各種のジョブに転職することができる。迷宮に巣食う魔物にとって冒険者が獲物であると同時に、魔物もまた冒険者にとって獲物となっているのである。まさに両者は食うか食われるかの関係にあるのだ。
したがって逆説的ではあるけれども、迷宮という存在は、それがはびこるようでも困るのだが、全く存在しないのもまた困りものであり、そのことが迷宮への対処を一層難しくしている要因の一つであるといえよう。実に奇妙な相互依存関係にあるともいえる。
迷宮はどれもその基本的な構造は同じである。各階層は四、五メートル四方の正方形に近い小部屋からスタートし、そこからおよそ三メートル幅の通路が迷路のように各方向に伸びている。
内部は全体が淡く光っているが、薄暗いため奥の方まで見通すことはできない。ただ床を踏むと、踏まれた部分がぼんやりと光るので、わざわざ灯りを用意する必要はない。このように迷宮内は常に一定の光量が維持されているので時間の感覚が失われがちであるが、これも当然のことなのかもしれない。何せ迷宮は眠らないのだから(ただそれでも何故かロクサーヌさんは、正確な時間がほぼ分かるのだという。なんとも不思議である)。
最初に書いた通り迷宮は、迷宮という生き物が魔法で作り出した空間であると考えられている。
迷宮のある場所の地下を掘ってもそこには何もない(実際に掘ってみたそうだが)。そのため階層を上に上がっていくと一応はされているが、実際は上にも下にも存在しないという。
したがって迷宮内で、たとえばある階層の天井や床を掘り進めても、別の階層にたどり着くことはできないそうだ。まるで各階層が全く別の空間に存在しているかのようである。
迷宮の中では外界とは異なる、全く独自の生態系が築かれている。迷宮内に出没する生き物は、地上の生き物よりも凶悪であり、強靭であり、なおかつ私たちに敵対してくる。それら生き物を私たちはひとくくりに魔物と呼んでいる。魔物はどこからともなく湧いてくる。したがってとくに新人の冒険者は「気を抜いた瞬間に死ぬと思え」と、ベテラン冒険者から言われることがよくある。多くの冒険者が一攫千金を目指して迷宮に挑戦するが、帰らぬ人も多い。それでも誰も構わない。そういうものだからだ。今日誰が死のうと、明日にはまた誰かがやって来る。そうして迷宮はそこにあり続け、人を呼び続けるのだ。
これも先に述べたように、迷宮は一度入り口を開くと常にその口を開いており、そうして人が入ってくるのを待ち受けている。いわば24時間営業?で、魔物を使役し人を狩って消化吸収し、自らを成長させていくのである。
だが一般的には、やはり昼間の間に探索を行うパーティーが比較的多い(これは全くこちら側の都合ではある。私たちもほぼ決まった時間に探索を始め、おおよそ決まった時間に切り上げている)。ただそのために混雑を避けようとして、逆に夜中に探索を行うパーティーもいるし、他の迷宮ではまずないが、クーラタルのように入場料が徴収されるようなところだと、十分な食料をはじめとして、持てる限りの装備や消耗品を持ち込んで、何日も泊まり込む猛者たちもいるようである。
ちなみに迷宮が発生すると、周辺の街の探索者ギルドに、その迷宮に関する情報が掲示されるようになる。掲示を見ることで、探索がなされた範囲ではあるが、その迷宮の各階層に出てくる魔物の種類などが分かる。迷宮のどの階層にどの魔物が出るかは、ある程度の決まりはあるものの、迷宮ごとに異なる。
ちなみにクーラタルの迷宮だと、一階層がコボルト、二階層がナイーブオリーブ、三階層がスパイスパイダー、というようにである。コボルトは弱くて初心者向きなので(比較的有用なモンスターカードのドロップも期待できる)、クーラタル迷宮の一階層は、そこがしっかりと管理されているということもあるが、新たに迷宮に入ろうとする者の見学先として適当であるとされており、実際多くの見学者がここを訪れている。
また管理されている迷宮の場合(ごく一部を除き、ほとんどの迷宮がそうなのだが)、入り口には探索者ギルドから派遣された者(もちろん探索者である)が立つようになり、迷宮探索に挑む者たちを、すでに到達した階層の中から希望の階層に連れて行ってくれる(これももちろん有料ではあるが)。そしてまた各階層のボスを初めて倒して新しい階層に到達したパーティーには、その階層に案内をすることで些少ながら報奨金も支払われる。
探索者ギルドには各階層の探索状況についても掲示されている。その階層の隅々まですべて探索が行われると、探索終了宣言が出される(ただしこの探索終了宣言はあくまで初心者向けのもので、低階層で出されるだけである)。これが出ないうちは、魔物が大量にいる部屋、いわゆるモンスターハウスがまだ残っている危険性がある。通路に湧いた魔物はそのまま階層内を徘徊するのだが、部屋の中に湧いた魔物の場合は、外に出ることなくそこに居続ける。そしてそれがたまっていくことで、魔物で溢れ返っている部屋が出来てしまうというからくりである。
一度その階層の隅々まで探索が終わり、各部屋の中の魔物がすべて駆除されてしまえば、大量の魔物が再び部屋にたまるということはほぼないが、見つかったばかりで誰も入っていない迷宮などにおいて、初心者にとっては特に注意が必要な、階層ボスよりもある意味では危険な罠である。
繰り返しになるが、迷宮は生き物である。これを「殺害する」には迷宮の最上層へ行き、そこにいる最終ボスを倒すしかない。人が住んでいる場所にできた迷宮の駆除は、その地の領主の責任において行われることになる。
領主が迷宮の駆除に失敗すると、迷宮はとどまることなく成長を続け、結果として強力な魔物を迷宮外にまき散らすことになる。そうなると最悪その地域には人が住めなくなるのだ。
ただそのような危険極まりない迷宮でも、これを倒すことに成功すれば、倒した者が新たにその地域の領主として、すなわち貴族として叙されることになる。冒険者のなかにはそのような野望を持つ者も少なからずいる。
……この辺りの知識は、迷宮を探索しようという者であれば誰もが知っている、いわば常識のようなもののはずなのだが、驚くべきことにご主人様はこの点何も知らなかったようで、ロクサーヌさんが説明して初めてこのことを知ったのだという。本当によくわからないお人である。
***
数ある迷宮のなかでも、クーラタルの迷宮はとりわけ特殊である。
先に述べたように、迷宮は通常はすみやかにこれを駆除することが求められるのだが、クーラタルだけは駆除が全くされないまま、現在90階層を超える規模を有する、帝国最大の迷宮にまで成長を遂げている。
帝国で最大の迷宮とは言ったものの、クーラタルの迷宮が帝国内でもっとも古くから存在しているのは確かだが、実際どこまでの大きさがあるのかは、最上階のボスを倒した人はおろか、これを見た者すらおらず、全く謎のままである(迷宮の最大階層は99階層であると一般に言われている。昔の偉い学者も迷宮は99階層までと言っていたらしいが、それが本当かどうか実際に確かめた者はいない)。
現在のクーラタルの最高到達記録は91階層、それもはるか昔のことで、初代皇帝パーティーが成し遂げたという伝説的記録である。貴族とは名ばかりの貧しい下級騎士だった初代皇帝は、クーラタルの迷宮攻略で大いにその名を上げ、紆余曲折を経たものの、先に述べたように一代で帝国を築き、皇帝にまで上り詰めたまさに伝説級の人物である。
本当かどうかは分からないが、何十人、いや何百人もの美女を侍らせたという性豪だったとも伝えられている。その話を聞いたご主人様が、「さすがにその人数は無理だな」とボソッと呟いていたが、その時のロクサーヌさんの反応が面白かった。普段の彼女らしからぬ鋭い目でご主人様を見ていたのだ。
……まあそれはともかく、現在クーラタルの迷宮は99階層まで達しているものと思われる(99階層が上限だとすればそれ以上の階は無いことになるので)。クーラタル攻略におけるトップクラスのパーティーは、現在主に80階層台で活動しているのだそうだ。私たちもそこに仲間入りすることを当面の目標にしている。
クーラタルの迷宮はすでに討伐不可能な領域に入っているといってもよいぐらいだが、実は皮肉なことに現在この迷宮は帝国の経済に組み込まれるかたちで奇妙なバランスが保たれている。
この世界には数多くの迷宮が存在し、生まれては消えていくのだが、クーラタルほど整備されており、長期間にわたって生存している迷宮は、少なくとも帝国内には他に存在しない。それほど有名な迷宮で、管理もしっかりされていることから、先にも言ったが、迷宮に入ろうとする者の多くが、一生に一度は訪れるという。私は訪れたことはなかったが、ロクサーヌさんはあったらしい。
ここでは迷宮の攻略地図を誰でも簡単に手に入れることができ(迷宮探索に必要な消耗品などの調達も非常に容易である)、また単純に人そのものが多いので、パーティーを組む仲間を集めやすいのもメリットである。さらに多くの探索者が迷宮に入っているので、魔物が大量に湧く小部屋に遭遇する危険もほとんどない。そして倒される魔物も人もやはり多いので、その分魔結晶や宝箱が多く出ることもあって、この迷宮は一人一回100ナールの入場料を取られたとしても(入場料を取る迷宮は、少なくとも帝国内ではここ以外には存在しない)、それ以上の利益が十分に期待できるのだ。
そうして初心者から上級者まで多数の探索者が常にクーラタルの迷宮に入っていることから、これだけ成長した迷宮であるにもかかわらず、魔物を迷宮外に出してくることもあまりない(出てくるとしてもコボルトぐらいである)。そんなことをしなくても餌(私たちのことだが)には困らないというわけだ。
クーラタルの街自体も迷宮を中心にしてできており、迷宮のあるところがまさに街の中心で、そこから放射状に道が延びている。通常はある程度の規模の街なら、必ずその周囲には城壁が張り巡らされており、それでもって街中の安全を確保している。だがクーラタルの街にはそういった城壁が一切存在しない。そもそも迷宮を取り囲んで街が造られているから、魔物は街のどこにでも出現するわけで、したがって城壁の構築など無意味というわけである。
クーラタルの迷宮から出てくる魔物はコボルトのみであり、大した強さではないのだが、いつ襲われるかは全く予測がつかないので、魔物を怖がるような人はこの街にはまず住めないだろう。実際ここの住人には高レベルの人がとても多い。来た当初はそのことに驚かされたものである。ウチの大家さん夫婦も街の世話役だけあって3日と空けずに迷宮に入っているとのこと。相当強そうだ。
この街はあくまで迷宮で戦える人の街であり、したがってどこの街にでもあるような貧民街などは存在しない(できない)。冒険者向けの歓楽街や娼館は一応あるが、どれも物々しい作りになっているのは魔物対策だということらしい。
(なおご主人様はそういうところへは一度も行ったことがないし行く気もないそうだ。本当かなと思いつつ、なぜですか?と訊くと、行っても楽しくないからという。それにそんなところに行かなくてもお前たちがいるじゃないかと真顔で言われた。なるほどと思ったが、実はロクサーヌさんを得るまで、一人きりでいたときはかなり寂しい思いをしていたらしい。)
街の中心部には騎士団の詰め所のほか、探索者ギルドや冒険者ギルドがあり、その近辺に何軒かの店が建物一階の壁を開放して営業している。
露店ではなく、きちんと店を構えて営業しているところは、帝都を除けばクーラタルなどある程度の規模がある街ぐらいである。もっともクーラタルにある店は、ほとんど探索者相手のものなので、装備品を売る店や、ドロップアイテムの買い付けも兼ねた食材屋などが中心で、店の数も商品の種類も多くはない。多くの店や商品が集まるのはやはり帝都ということになる。また帝都の方が高級品も多く売られており、総じて物価も高めとのこと(実際に買い物をしてみるとそれがよく分かった)。
なお迷宮の入口である黒い壁から道をはさんで正面に建っているのが騎士団の詰め所、入り口の反対側にある大きな建物が探索者ギルドである(クーラタルは、冒険者ギルドより探索者ギルドの方が規模がずっと大きい)。
同じ迷宮討伐と言っても、クーラタルの迷宮攻略はその他の迷宮攻略とは異なる部分がある。
各領地の迷宮を討伐するのは、その地の領主である貴族の責務なのだが、領地を守る貴族としては、とにかく迷宮の討伐ができればそれで良いわけで、何よりも早期発見・早期討伐が重要である(放置しておくと迷宮はどんどん増えてしまう)。したがってできるだけ低階層での攻略が主眼となる。そのため騎士団のメンバーを無駄に高レベルにするのではなく、むしろ複数部隊を運用するなど、質より数を揃える必要があるのだ。
たとえばハルツ公騎士団の団長であるゴスラーさんは、自身も高レベルの魔導士であり、戦闘能力に秀でているのは確かだけれど、彼が本当に有能なのは騎士団の運用に長けている点であるという。ハルツ公からも絶大な信頼を寄せられているそうだ。あまり(ほとんど?)他人を褒めないご主人様も認めているところである。
これに対してクーラタルのような討伐よりもむしろ上層で魔物を狩ることが目的となる冒険者パーティー(とりわけ80階層をメインにアタックする一流と言われる人たち)にとっては、要求される能力は大きく異なる。ただこれはやはりクーラタルの迷宮が異質であると言うべきなのだろう。
私たちもいずれは迷宮討伐することを視野に入れているが、今のところ目標としているのは、クーラタルの上層でも十分に狩りができるくらいの実力を身に着けることである。
***
迷宮探索を志す者は、基本的にはみんな探索者からスタートし、できるだけ早期に冒険者になることを目指す(パーティーを組むためには、最低1人は探索者か冒険者がいる必要がある)。冒険者になり、フィールドウォークを使えるようになれば、引退後の生活がほぼ保障されるからである(フィールドウォークとアイテムボックスのスキルがあれば、物品や旅客の運送人として十分に食べていける。というのも、アイテムボックスに入れられるアイテムは冒険者に輸送をお願いすることで、それ以外の物品と比べ物流コストが段違いに低く抑えられるから、その差額の一部が冒険者の収益に上乗せされるためである)。
ただ冒険者になれずとも、探索者であればやはりアイテムボックスが使えるので、自身で移動はできないものの荷運びは十分できる。冒険者のアイテムボックスはサイズが50×50で固定なので、レベルが上がればさらにサイズの大きくなる探索者はその分冒険者よりも大量のアイテムを持つことができる。冒険者となってフィールドウォークのスキルを獲得するか、そのまま探索者としてアイテムボックスの大きさを極めるか(最大99×99まで大きくなるといわれている)は、みんな迷うところだそうだが、冒険者に転職する人の方が多いらしい。
もちろんそのためには、探索者のレベルを50まで上げることが必要なので、みんなが目指すとはいえ、実際に冒険者になれた者は迷宮探索のベテランと言ってよく(20年以上の年月をかけてようやくなる人もザラである)、その人数はさほど多いとは言えない(各領地の騎士団でも、組織的に冒険者養成に取り組んでいるようだが、それでも慢性的な人員不足に悩まされているという。考えてみればご主人様の年齢で、すでに冒険者になっているというのは、普通はなかなかお目にかかれないことではある)。したがって冒険者の地位は一般にかなり高い。
そもそも冒険者に限らず迷宮探索を行う者はみな、人類と迷宮との戦いの最前線で身体を張っているわけで、確かに危険な職業ではあるが、それだけにそうした者たちに対する人々の評価は一般に非常に高いものである。
ところがご主人様は、初めは冒険者のことをならず者と変わらない存在だと思っていたらしい。盗賊などとも同じように考えていたのだろうか。確かに真面目に迷宮探索をしているかのように装っている盗賊も、実際いないわけではないが、とんでもないことである。盗賊などと一緒にされてはたまらない(私たちだってそうだというのに)。他人のいるところで下手にそんなことを言うと大変なことになるので、くれぐれも気を付けてくださいと言っておいた。
またこれも最初のころは、冒険者ギルドや探索者ギルドに自分のような新人が行くと、古参のメンバーに絡まれるのではないかとも思っていたらしい。私はそんな話を一切聞いたことがないのだが、いったいご主人様はどこでそんなことを聞いたのか。そもそも信じられないことだが、ご主人様の故郷にはギルド自体が無かったという。本当だろうか。
それとご主人様は、ギルドに加入していなくても、ギルド内を利用させてもらえるのは非常にありがたいと言っていた。いや普通はみんなギルドに入るものですけれどね。そうやって堂々と入り浸っているから、あの時冒険者と間違われたんですよと私が言うと(注:ハルツ公に初めて会ったときですね)、ご主人様はそうだったなと苦笑していた。
話を戻すが、冒険者の方が地位が高いせいか、通常はどこの街でも、冒険者ギルドの方が探索者ギルドよりも規模が大きいのだが(中でも帝都の冒険者ギルドは、こちらが圧倒されるほど巨大な建物だった)、先ほども言ったように、迷宮の街であるクーラタルでは、探索者ギルドの方が規模が大きい。ちなみに探索者ギルドと冒険者ギルドは通常非常に仲が悪い(喧嘩するほどではないが)。それはそうだろう。せっかく成長した熟練の探索者が冒険者に転職し、探索者ギルドを抜けて冒険者ギルドに行ってしまうのだから。探索者ギルドもあの手この手でベテラン探索者を引き留めようと努力しているようだが、なかなか上手くは行っていないようだ。
なお冒険者を目指す探索者の他に、騎士志望で戦士になったりする者や、回復職として僧侶になったりする者もいる(神官または巫女も回復職として重宝されるのだが、僧侶に比べると転職するのが難しいとされている)。また武器商人に防具商人、それに料理人になるにはいずれの場合も探索者Lv30が必要である(これは各ギルドでそのように言われるらしい。ちなみにご主人様によれば、これはそれらの職業のどれもアイテムボックスの大きさが30×30であることが関係するようだ。これは鍛冶師についても同じで、探索者Lv10が必要とされるのは、鍛冶師のアイテムボックスの大きさが10×10であるためだとか。なるほどそういうことだったのか)。
話を戻そう。
普通のパーティーは、ある特定の迷宮を対象に、最寄りの街に腰を据えてその迷宮一箇所をじっくりと攻略していくことになる。クーラタルなどはまさにそういった者たちが非常に多い。クーラタルに冒険者向けの長期滞在用の宿泊施設やシェアハウスが多いのはそのためである。
パーティーに冒険者が加わると、その行動範囲が広がることは広がるのだが、通常の冒険者の場合、複数の人数を連れてフィールドウォークを使って移動するのはなかなか大変なことらしく、長距離移動でももちろんそうなのだが、比較的近距離であっても十分に休憩を挟んだうえでのことになるそうで、ご主人様のように、何人もメンバーを連れ複数回の移動を立て続けに行うのは極めて異常なことだという。
もっとも正確に言えば、ご主人様が使っている移動呪文は、ワープという独自の時間空間魔法で、冒険者の使うフィールドウォークとも、探索者のダンジョンウォークとも異なるものである。よほど長距離の移動を多人数を連れて行わない限りは、ほぼ制約がないのだそうだ(これはご主人様の魔力量が通常人のそれを遥かに超えているからでもある。以前ハルツ公領が被災したときに、冒険者ギルドを通しての依頼で、ご主人様はその救援作業を手伝ったことがあったのだが、他の冒険者よりもずっと早くに割り当てられた仕事を終えたそうである。またペルマスクから私達を連れたまま、クーラタルまで一気に跳んだこともあった。おまけにこの呪文は遮蔽セメントすら影響を受けないというまさに反則技である。ご主人様には内密にしなければならないことが山ほどあるのだが、これはその中でも最大級の秘密である。バレたらとてもただでは済まないだろう)。
ご主人様のこの呪文のおかげで迷宮までの移動時間はほぼゼロだし、クーラタルの自宅と迷宮の間の往復はもちろん、複数の迷宮を渡り歩くことも容易である。通常のパーティーと異なり、私たちの場合は場所の制限なく活動できるというわけである。
しかもクーラタルの場合には、迷宮に入る際に入場料も払わなくてすむ。入場料を節約するため、一度入ると迷宮内で何泊もするパーティーも決して珍しくないと先にも言ったが、私たちのパーティーはそんな心配が全くいらない。いや別に入場料を払っても余りあるぐらい迷宮探索で稼ぐことができているので、入場料ぐらい払ってしまっても構わないと言えば構わないのだが。
こうして複数の迷宮の、しかも様々な階層を自由自在に移動するので、初めのころは移動した先がどの迷宮の何階層か瞬時に判断が付かなかった(ご主人様は、あらかじめどこに行くか教えてくれないことの方が多い)。ようやく最近になって、各迷宮の地図を作り始めたこともあり、一度行ったことのある階層であればすぐに分かるようになったぐらいである。
***
そうはいっても、ご主人様の迷宮攻略法はいたって普通と言ってよい。例外なのは、今言ったようにワープの呪文を使って、一つの迷宮に腰を落ち着けることなく、複数の迷宮を順繰りに攻略していることぐらいである。
これは最近ようやく分かったことだが、どうやらこうした攻略法は、攻略の速度が速くなりすぎないようにというご主人様の方針の現れでもあるらしい。ロクサーヌさんなどからすれば、表立って言うことはないものの、このペースにはやや不満があるらしく、本心ではどんどん先へ進みたがっている感じがこちらにもひしひしと伝わってくる。ご主人様もそれに気づいていないわけはないのだが、ただそれでもこのご主人様はとにかく安全重視で、決して無理をしないし、私たちにもそのような真似は絶対にさせない。
以前私たちがハルパーの迷宮の14階層を突破したときのことだが、こんなやり取りがあった。ミリア加入後、割とすぐの話である。
「そういえば、俺たちぐらいの力があればもっと上の階層に行ってもおかしくないんだっけ」
と唐突にご主人様が私に尋ねてきた。
「えっと。……あの、そうです」
これは不味い話題になったかな……まあこのご主人様のことだから、おそらく大丈夫だとは思うが……。少し口ごもるとご主人様も不思議に思ったようだ。
「まあ他のパーティーのことは知らないか」
「戦闘奴隷のいるパーティーはなるべく上の階層へ行ってギリギリの戦闘をする傾向があるそうです」
ここは下手に誤魔化さずしっかり説明しておく必要があるだろう。まあ大丈夫だとは思うが……。
「そうなのか?」
「はい」
ロクサーヌさんが先に答えたが、私の方から説明した方がいいだろう。
「えっと。なるべく上の階層で戦った方が、いい経験を積んでより早く強くなれるとされています。上の階層は危険も大きくなりますが、失敗したとしても必ずしも全滅するとは限りません。回復魔法や薬を所有者から優先して使っていけば、所有者の危険度は小さくなります」
「しかしその方法は俺のパーティーでは使えないな。ロクサーヌもセリーもミリアもいなくなったら困るし」
やはり予想通りの答えが返ってきた。こういうところはご主人様らしい。
「ありがとうございます。ですが、もっと上の階層に行っても大丈夫です」
とロクサーヌさん。彼女はご主人様のことを最優先に考える人だし、自分ならやっていけるという自信もあるのだろう。
「はい。ありがとうございます」
と私も返しておく。
「かけがえのない仲間だからな」
「……ありがとう、です」
ロクサーヌさんの通訳で、ようやく話の内容を理解したミリアも、たどたどしいがブラヒム語でお礼を言っている。
前にも書いたように思うが、ご主人様としては、奴隷であるメンバーも含めて、全員で一つのパーティーであり、そのうちの誰か一人が欠けてもパーティーとして上手く機能しないということらしい。誰にどの役割を持たせるか、ジョブ構成をどうするかや、装備品にどのスキルを付けるかも含めて、個々人ではなくパーティー全体で考えるべきとのこと。これまでもそのようにしてメンバーを増やしてきたという(注:ホントかな? あなた以外のメンバーはみな衝動的に決めているように見えましたが)。
確かにご主人様の言う通りである。とくに装備品の構成や強化計画について、現にご主人様は私とも入念に相談したうえで決めている。したがってメンバーをすり潰すような戦い方をして、万一にも誰かが欠けるようなことがあれば、そうした計画が崩れてしまうことになる。
もっともご主人様にとってこれはあくまで表向きの理由らしい。新たなメンバーを補充するのも大変だし、ご主人様は今の私たちに大変満足しているからというのも確かにその通りではある。だがしかし、以前身代わりのミサンガを私たち全員に装備させてくれたときに聞いたことだが、誰が役に立つとか立たないとかではなく、私たちみんなのことを好ましく想っているからこそ、絶対に手放したくないのだそうだ。ご主人様はそう私にそっと教えてくれた。そのときのご主人様の顔は、やや赤くなっていたようにも思うが、私自身も顔を真っ赤にしていたらしい……。こういったことを言われるのは確かに気恥ずかしいけれども、やはりご主人様の想いが嬉しくて心が暖かくなる。
***
これも前にも書いたことだが、迷宮は11階層ごとに一つのグループに分けられる。迷宮によってどの階層にどの魔物が出現するかは異なるが、必ず同一のグループに含まれる魔物の中から1種類が選ばれる。これも迷宮が生き物(同じ種族?)だからなのかもしれない。
そのため、12階層、23階層……と11階層ごとに出現する魔物はより上位のグループから選ばれることとなり、したがって当然のことながらより強力な魔物が出てくる。また同じ魔物でも、たとえば1階層で出現する場合と11階層で出現する場合とでは、その強さが全く異なっている(ご主人様によれば、これは魔物のレベル=階層数だからとのことである)。それと忘れてはいけないことだが、出現する個体数も増えていく。1階層なら1体だが、2階層なら2体、4階層で3体、8階層で4体、16階層で5体……というようにである。したがって上層に行けば行くほど迷宮探索は厳しいものとなる。
先にも言ったが、そこが管理されている迷宮であれば、最寄りの街の探索者ギルドに、その迷宮に出現する魔物の情報などが掲示されている。このパーティーでそれを確認するのはもっぱら私の仕事で、迷宮探索の前には、必ずその迷宮のある街の探索者ギルドで、各階層に出て来る魔物の種類と特性(各属性への耐性など)、そしてドロップ品などをメモしておく。
なんでも私が加入するまでは、ご主人様とロクサーヌさんの二人で、魔物の情報などもろくに集めずに、行きあたりばったりで迷宮を探索していたそうだが、正直にわかには信じられないような話である。雑魚敵どころかボスについてもそうだったらしい。確かにロクサーヌさんの回避力とご主人様の攻撃力なら、何も考えず力押しでも十分行けそうだけれども、なんて無謀な……。低階層ならまだ良いかもしれないが、高層階では命取りになりかねないというのに。私がいる以上はそんなことは絶対にさせないと当時決意したものである。
なお魔物に関する情報としては、その攻撃パターンなどもそうだが、何をドロップするかもやはり重要である。
迷宮探索の目的は様々であるが、基本的には魔物を倒して自分たちを成長させ、さらに上層を目指し、ゆくゆくは迷宮を討伐することであるといってよい。
ただし、迷宮の討伐まで視野に入れて活動しているパーティーは非常に少ない。そういうパーティーのための組織として、帝国解放会が一応存在はするのだが、これは極めて閉鎖的な組織で、その存在自体は広く知られているものの、組織の詳細まで知る者はやはり少ない(とりわけ誰が会員であるとかの情報を外部に漏らすことは固く禁じられている。ご主人様によれば迷宮を倒そうと戦う人に迷宮側からの反撃を防ぐためであるとのことらしい。「迷宮側」というのが具体的に何を指すのかは分からないが……)。一般の冒険者には全く無縁の団体である。
そういう迷宮討伐とは無縁の大多数のパーティーは、ドロップ品を目当てに迷宮探索をする。迷宮からのみ産出するアイテムも多数あり、それらを上手く獲得できれば、大きな収益が期待できる(この後話すつもりでいるが、魔結晶に魔力を貯めて成長させ、これを売却するのも大きな収入となる)。ドロップ品は迷宮が多数の冒険者を招き寄せる餌でもあるといえるが……それでもあえて獲得を目指すだけの価値が、それらにはあるのである。
ただドロップ品にもその種類によって人気・不人気があり、したがって迷宮探索も、比較的低階層で、魔物も弱く、しかしドロップ品のおいしいところがねらい目となる(この辺りの判断は、攻略の難易度と獲得の期待できるアイテムの価値との相関関係で決まる)。
ドロップ品で一番人気があるのは、なんといってもモンスターカードである。さほど人気のないスキルがつくものでもそれなりの価格がつくし、これが使えるスキルがつくものとなると、さらに価格が跳ね上がる。
というのも、迷宮でのモンスターカードのドロップは、他のドロップ品(レアドロップ品も含む)と比べてかなり稀であり、通常はオークションで手に入れるようなものであるからである。なかなか入手できないものであるからこそ、一攫千金を狙って対象となる魔物を狩るわけではあるが、通常はより無難なドロップ品を落とす魔物が好まれる。
先ほども言った通り、ドロップ品のおいしい魔物は当然人気があるので、多くのパーティーがその出現階層に集中することになる。とりわけそれが比較的低階層の場合だと大変混雑するので、私たちはそういうところはなるべく避けるようにしている。
もっとも最近は、低階層自体にほぼ行かなくなった(単純に上層に行った方がドロップを狙いやすいということもある)ので、他のパーティーと出くわすこともほとんどなくなった。盗賊などにも遭遇することはなくなったし(仮に遭遇したとしても、今の私たちにとっては、盗賊など全く脅威にはならないだろうけど)、そうなると魔物だけを相手にしていればいいので、その分迷宮探索に集中することができるのは、大変ありがたいことである。
話を戻すが、ドロップ品がたとえ良いものであっても、出現する魔物の組み合わせが少し意地悪だったりすると、やはり人気は落ちるものである。というのも魔物には得意な属性、苦手な属性がそれぞれあるものが多く、同じレベルの魔法でもよく効いたりあまり効かなかったりする。うちのパーティーはご主人様の魔法がメイン火力なので、同時に相手をする魔物の組み合わせがとくに重要になってくる(最近はルティナも加わったのでなおさらだ)。
したがって、いろいろな組み合わせの可能性を考えつつ、使用する魔法を選択する必要があるし、ロクサーヌさんの索敵もその点の配慮が必要となる。もっとも彼女にとっては、そんなことは朝飯前のようだが。
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これも先に述べたことだが、モンスターカードはドロップがあまり期待できないので、基本的にオークションを通じての入手となる。
(余談だが、商人ギルドに行くとき、ご主人様は一人で行くことも多いが、私だけを伴って行くこともある。
こういうとき、他のみんなには申し訳ないのだが、ちょっとだけ優越感を感じてしまう私がいる。ご主人様に頼られていることを実感できるし、単純にご主人様と二人になれるというのも嬉しい。うん、私もお役に立ててる。
これはさすがにロクサーヌさんでもできない、私にしかできないことである。もっともロクサーヌさんの戦闘時のあの圧倒的な回避力も、到底私の及ぶものではないけれど。)
最近は資金的にも相当余裕ができているので、いつも使っている仲買人のルークには、割安なカードがあれば種類の如何を問わず競り落とすよう、ご主人様に依頼を出してもらっている。仲買人を頼るのは正直感心できないものがあるが(奴らははっきり言って気に入らない)、私たちが自らオークションに始終張り付いているわけにもいかず、他に方法がないので仕方がない。ルークには積極的に競り落とすようには言ったが、それでもオークションでは慎重に行動し、出品されたカードを買い占めるなど目立つようなことはくれぐれもしないようにとも注文をつけてある(もっとも毎回1枚ずつしか購入しないのも、カード融合の一般的な成功率を考えると不自然ではある。そのため差し当たって必要がなくても複数枚購入することになるのは悩ましいところである)。彼も「その点は大丈夫です」と言っていた。
ただモンスターカードの入手については、ルークのみに頼ることが良いわけでは必ずしもない。欲しいカードを欲しいときに確実に入手できるとは限らないからである。ある程度は自力でカードを入手することも考えなければならないのは確かなことである。
そこでご主人様やロクサーヌさんと相談の上、まずはクーラタルの迷宮の1階層で、コボルトを積極的に狩ってみることにした。
というのもコボルトのモンスターカードは、他のモンスターカードとあわせて装備品に融合することで、通常のそれよりも一段階上のスキルを付けることが可能となる、きわめて汎用性の高いカードであるからだ(もっともコボルトのカードはそれ一枚では融合することができず、必ずペアとなる別のモンスターカードが必要となるために、かえって使いづらいともいえる。実際入手したコボルトのカードのほとんどがオークションに出品されるというのもそのためである)。しかもこれだけ汎用性が高いのにもかかわらず、他のカードと比べてさほど価格が変わらないのは、供給量の多さすなわち入手の容易さのために他ならない。このカードをドロップするコボルトは、ほぼ最弱の魔物であり、とくにクーラタルの迷宮では1階層に出てくるので(ベイルなら3階層である)、中級者以上の冒険者には人気が無いものの、実に夥しい数が狩られているのである。
ただ通常のパーティーであれば、会敵するまでに迷宮をかなり歩き回って魔物を探し出す必要があるのだが、こちらにはロクサーヌさんがいるので索敵の手間や時間はほとんどかからないし、レベル1のコボルトなどご主人様なら瞬殺である。1階層であれば1体しか出ることはないし。
ということで、実際にロクサーヌさんの指示に従って、クーラタルの一階層を、それこそ駆け抜けるように走りながら、コボルトを狩っていく。ドロップ品の回収は後からついて行く私達に任せ、ご主人様がロクサーヌさんの先導でとにかく走る走る。どうやらおよそ40から50体倒すごとにカード1枚がドロップするようである。
ただクーラタルでこれをやっていたらさすがに目立ってしまったので(比較的人の少ない迷宮の奥の方でやってはいたのだが)、ベイルの迷宮の3階層に場所を移してやることにした(コボルトが8階層で出てくる迷宮であれば出現数が最大4匹になるのでもっとも効率が良いのだろうが、適当なところが見当たらなかった)。ここでも一撃なのは変わらないし、魔物が2体出て来るのでその分カードをドロップする確率も上がる(コボルト以外にニードルウッドやグリーンキャタピラーも混じるけれど)。
むしろ4階層に上がれば、魔物が最大3体出てくる。ミノが混ざるようになるがこちらの方がいいということで(4階層ではあまり変わらないかもしれないが、一般に上の階層に行くほど、モンスターカードはドロップしやすいと言われていることもある)、さらに移動して狩りを継続した。どうせロクサーヌさんにかかれば、どの種類の魔物が何体いるかは会敵しなくてもわかるのだから。
こうして1週間ほどベイルの迷宮でコボルトを集中的に狩り続けたおかげで、最終的に15枚のコボルトのモンスターカードを獲得することができた。ほぼ1日2枚のペースである。
これでしばらくは、コボルトのモンスターカードには困らないだろう。その間ルーク経由で入手した各種のモンスターカードと併せて、どの装備にどのスキルを付けていくかはこれからの検討課題となる。
いずれはコボルトに限らず、必要なモンスターカードは、基本的に全て自前で調達出来るようになるというのが理想的ではある。個人的には仲買人とは可能なら一刻も早く縁を切りたいと……当初は考えていた。
なおコボルトを乱獲していると、当然のことながらカード以外のドロップアイテムも貯まっていく。コボルトソルトとジャックナイフだ。それぞれギルドで買い取っては貰えるが、買取価格が非常に安いので(ソルトが4ナール、ナイフでも10ナールだ)、全く旨味がない。
どうしようかと思っていたが、ご主人様が何かを思いついたらしく、甕を買ってきて畑で取れた野菜とコボルトソルトを一緒に詰め込んで上から大きな石を重しにしていた。ピクルスに似ているが、少し違うようだ。漬物というらしい。
1日置いておくだけでも野菜がしんなりしていた。試しにみんなで食べてみる。変わった味だけれど悪くない。むしろ病みつきになりそうだ。保存も効くらしいので、毎日の食卓にこれを出すのもいいだろう。
また話を戻す(いろいろと話がそれて申し訳ない)。
モンスターカードは、できれば自分たちで調達するのが理想的であるとはいったものの、今回コボルトを狩りまくってみた結論として、モンスターカードの獲得のみを目的に魔物を狩るのは、必ずしも得策ではないと判定された。低階層で弱い魔物ばかり狩っていては、私たち自身が強くなれないためである。
確かに初級から中級レベルのパーティーが、一攫千金をねらって集中的に狩るのもいいかもしれないが、私たちはすでにこの辺りの階層では、いくら魔物を狩ってもほぼ成長が見込めなくなってしまっているのだ。
それにコボルトのモンスターカードは、普通に買うことも決して難しくはないので(オークションでも出品数が多いので、手に入りにくいということはない。ルークを使うのは正直癪ではあるが)、パーティーの成長を犠牲にしてまで、自分たちで無理に獲得する必要はない。たまにやるぐらいならいいが、そんなことに時間を割くぐらいなら、上の階層の攻略に注力すべきであろうということだ。
結局誰かが買い占めるなどして、コボルトのモンスターカードがオークションで入手しづらい場合には有効であるが、そうでなければ無理してまでやる必要はないという結論になった。
どうしてもまとまった枚数が必要になれば、またやっても良いことは良いのだが、コボルトのカードの依頼を全く出さなくなると、ルークの不審を買ってしまうということもあるので、その点は注意が必要である。
実際今回の件でルークにコボルトのカードの注文を全く出さなくなったことから、あるとき不審に思った彼がご主人様に直接訊いてきたらしい。ご主人様はコボルトのカードはこちらで手当しているので大丈夫だと言ったそうな。ルークには猜疑の目で見られたそうだが、別に気にすることはない。むしろ仲買人をようやく出し抜くことができていいぐらいだ。
ただその際、ルークからはカード融合の危険性について再度忠告を受けたそうだ。
以前にも、私が同席しているときにご主人様とルークとの間でこんなやり取りがあった。
「安いモンスターカードを買い集め、融合しスキルつきの装備品にして売却なさるかたは他にもおられます。同じことをしようとなさっておられるのなら、あまりお勧めはいたしません」
「どうしてだ」
「自分に必要で作り、その後いらなくなって売却するものや、融合したらたまたまできてしまったものなどもオークションには出品されます。鍛冶師の腕を過信して自分なら巧く融合できると参入してくる者は結構いますが、あまり成功した例はないようです」
仲買人は気に入らない人たちばかりだが、ルークは一応ご主人様のことを考えて言ってくれてはいるようだ。
もちろんご主人様には、モンスターカードの融合を全て成功させる自信があり、実際にこれまですべての融合を成功させてきているのだが、それを彼に教えるわけにはいかない(その義理もない)。
結局ご主人様は、あくまでつぎ込むのは余剰資金であること、失敗は覚悟の上であること、融合に失敗したとしても私の責任を問うことは決してないことなどをルークに告げていた。
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ということなどもあったのだが、どの魔物がどの迷宮の何階層にいるか、その階層の混み具合や他の魔物との組み合わせなど最適な条件を探していくことに変わりはない。そして魔物が持っている魔法耐性も考慮しつつ、迷宮探索計画を組み立てていく。ご主人様の呪文があれば移動もラクなので、その点は障害にならない。
そうして各迷宮の各階層に出現する魔物について整理していくと、必然的にドロップ品の情報もまとまっていくことになる。たとえばネペンテスが滋養剤の材料となる半夏を落とすだとか。
あとミリアの好きな魚類(マーブリームのレアドロップである尾頭付きや、クラムシェルのレアドロップの蛤など)などもあるし、みんな大好きな肉類も重要である。ボスタウルスのレアドロップのザブトン……あれは本当においしかった、ご主人様は「ほっぺたが落ちるようだな」と言っていたが、まさに言いえて妙である。
そのほかモンスターカードが狙えるボスもやはり押さえておく必要がある。いずれはより上位のモンスターカードを融合するために、ボス部屋でコボルト・ケンプファーを狩りまくるというのもアリだ。もっともクーラタルの迷宮ならば、34階層まで行けばコボルト・ケンプファーも普通に出てくるようになるが、レベル34だし、しかも33階層のランドドラゴンも出てくるので、そう易々と狩れるものでもない。
パーティーを効率よく成長させることが第一の目的ではあるが、こうしてドロップ品に期待できる階層で狩ることは安定的な収入につながる。
もっともこのパーティーはすでに高い収益を安定してたたき出しているので、目先のドロップ品にとらわれることはないのだが。ちなみにお金の管理はすべてご主人様が自ら行っているが、最近私の方で収支簿に記録をつける事となった。おそらくそうではないかと思っていたが、実際に数字で見ると通常のパーティーのそれを軽く凌駕する収入ペースに改めて驚かされる。
それとご主人様がドロップ品を売却するとき、ギルドなどの買取価格が相場より不自然に高いことがよくある(逆に商人などから何か購入するときに大幅な値引きがされることもある)のだが、これは一体どうしたわけなのだろうか。ご主人様に訊いてみても、言葉を濁してはっきりとは教えてくれない。いつも「とにかく内密にな」で終わってしまう(結局そのからくりについて教えてもらったのは相当後になってからだったのだが、その話は別の機会に譲りたいと思う)。
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迷宮探索をしていると、ごくまれにだが宝箱を発見することがある。ただしこれはもともと迷宮に宝箱が設置されているわけではない(そもそも宝箱とは言っているが、それは我々がそう言っているだけで、その外見は箱の形状などしていない。床がせり上がってこぶのようになっているだけである。迷宮が生き物である以上、ある意味当然のことなのかもしれないが)。その実体は、魔物に倒された人が身に着けていた装備品やアイテムボックスの中身が、一旦は迷宮に取り込まれたものの、死体とは異なり消化されずに吐き出されたものであるという(宝箱というと何やらロマンがあるが、実際は他の冒険者の遺品でしかないのである)。迷宮にとっては不要物であり、ぶっちゃけて言えばゴミでしかないのだが、これが探索者を釣るいい餌になる。廃物を有効に利用していると言ってもいいかもしれない。
そういうわけだからできて間もない迷宮よりも、ある程度成長して人がたくさん入っているような迷宮の方が、宝箱の発見に期待できることになる。そもそも出現をそんなに期待するものではないとは思うのだが、迷宮に入る人が多ければ多いほど、倒される人も多いので、それを期待してさらに人が集まるという側面も否定はできない。
この宝箱だが、11階層以下の低階層ではそもそもあまり出てこないと言われる。迷宮の12階層以上になるとようやくポツポツと出てくるようになるのだが、さらに階層が上がってくるとその階のボスが宝箱に擬態していることもあるそうだ。私は奴隷になるまで擬態したボスを実際に見たことは無かったのだが……そうやって探索者を罠に嵌めようとするなど、迷宮もなかなか狡猾である。
そういうこともあるので、ボスの擬態が疑われるような宝箱を開くときは、こちらもきちんとフォーメーションを組んでからでなければ、擬態したボスの不意打ちを受けることになりかねない。迷宮探索をするうえではごくごく基本的なことなのだが……、ところがそれをイマイチ理解していない人が約一名いたのである。
あれはどこの迷宮だったか。場所は覚えていないが、かなり上の階層を探索していると、目の前の床の中央が不自然に盛り上がっていた。宝箱だ。
「ひさしぶりだな」
と言いつつご主人様が近づいていき、無造作に剣を突き入れ、宝箱を開けようとする。
「あの……」
さすがにこの階層まで来ると、ボスが宝箱に擬態していることも十分にありうると注意を促そうとしたのだが、止める間もなくご主人様は剣を刺して宝箱を切り開いてしまう。
そうして宝箱が割れると、ボスが現れるのと同じように煙が突然噴き出してくる。やっぱり……。
「うわっ」
と叫んだご主人様が慌てて後ずさる。
このような事態にも事前に備えていたのかロクサーヌさんが目にも止まらない速さでボスモンスターに切りつけ、その注意を自分の方に引き付ける。ベスタもご主人様をかばうように素早くその前に立つ。仁王立ちだ。
全員で戦闘隊形をとる。ここまでくれば後はいつも通りだ。ミリアがあっさり石化して戦闘は終了した。宝箱に擬態している場合は、階層に関係なく必ずボスは一体であり、しかもお供も連れていない。慌てずに対応すればかえってやりやすいぐらいである。
戦闘そのものはあっけなく終わったのだが、みんなでご主人様をじっと見る……。さすがにご主人様もバツが悪そうだ。
「な、なるほど……こういう場合もあるのか……。みんな良くやってくれた」
じー。みんなの注目がご主人様に集まる。
「……いや本当にすまなかった。次からは気を付けよう」
まああまりいじめてもいけない。このぐらいで許してあげよう。
……ということもあったものの、あれからご主人様は慎重すぎるくらいに宝箱に対処していた。
確かにやや常識に疎いところはあるものの、基本的にご主人様の学習能力は極めて高く、込み入った内容でも一度説明すればすぐに理解してもらえるし、一度失敗したことを繰り返したりすることも決してない。
まだ若いのにもかかわらずとても博識であるし、ご主人様の話には、初めて聞くけれども含蓄のある言葉が出てくることも多い。その教養の高さや知識の豊富さは一体どこで身に付けたのだろうかといつも不思議に思う。
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このほか、迷宮で入手できる重要な資金源として何度か出てきているものに、魔結晶がある。
魔結晶は、見かけは鶏卵くらいの大きさの丸っこい小石に過ぎないのだが、魔物を倒すと、その魔力が魔結晶に少しずつ貯まっていく(魔物は魔力からできている。魔結晶それ自体も、魔物の魔力が集まってできるのである)。なおボスは通常の魔物よりも魔力が大きいのでその分貯まる量も多い(ボス部屋によく魔結晶が落ちているのもこのためである)。こうして貯まった魔力は、ギルド神殿などのエネルギー源となるので、各ギルドが喜んで買い取ってくれる。
魔結晶は蓄えている魔力量によってその色が変わり、それに応じて買取の値段も変わる。魔物十匹で赤、百匹で紫、千匹で青(千ナール。ここから買取対象となる)、一万匹で緑(一万ナール)、十万で黄色(十万ナール)、そして百万で白(百万ナール)に変わり、以降は変化しないという。私はこれまで緑までしか見たことがなかった。
なお魔力が枯渇した状態である黒魔結晶は、迷宮内で拾えることもあるが、ギルドに行けば魔力を使い切って空になったものを一個10ナールで買うことができる。黒魔結晶は迷宮内では本当に見つけにくいものなので(ミリアは簡単に見つけているが、それは彼女の方が異常というほかない)、通常はギルドで購入した魔結晶を大事に持ち歩き(ただしアイテムボックスに入れておくのでは魔力が貯まらないという)、迷宮で魔物を狩って魔力を貯めていく。一般に色の変わったときが売却のチャンスと言われるが、白になるまで貯める人はごく少なく(百万匹もの魔物を倒さなければならないので当然と言えば当然である)、普通は黄色か緑に変わったときに売却するそうだ。
このように魔結晶は迷宮で手に入る品の中では、もっとも高く売ることができ、かつ安定した収入源となりうる。したがって魔結晶を持たずに迷宮に入る者はまずいないのだが、ロクサーヌさんに教えてもらうまで、ご主人様は魔結晶のことを全く知らなかったらしい。正直びっくりである。
ところが、ご主人様が一度魔結晶を身に付けるようになってからは、その魔力の貯まり具合が尋常じゃなかった。パーティーで魔物を狩る場合、とどめを刺した人の魔結晶にのみ魔力が貯まるのだが、ご主人様の魔結晶だけ、異常な速度で魔力が貯まり始めたのである。私たちがとどめを刺した場合に貯まる魔力量は通常のままであり、ご主人様が倒さないと恩恵に与れないらしい。どうやらまた何かカラクリがあるようだ。
となると、魔結晶に効率よく魔力を貯めていくには、むしろ私たちは攻撃に参加しない方がいいようにも思われたので、そう訊いてみたが、ご主人様は特に気にしなくて良いと言ってくれた。確かに、普通に私たちが攻撃していても、ご主人様の火力の方が段違いに大きく、大抵の魔物はご主人様が倒してしまうので、私たちが攻撃を控える必要はあまりないだろう。
確かにそれはそうなのだが、いくらなんでもこの早さは異常である。自分の生涯のうちに白魔結晶をこの目で見る機会があるとは夢にも思わなかった。
ちなみにそのときは奴隷オークションでベスタを競り落とす前だったのだが、この頃はペルマスクで鏡を仕入れるついでにコハクのネックレスを売るなどして、オークションのための資金稼ぎに精を出していた時期であった。コハクのネックレスを売って得た利益に、白魔結晶の分を加えてかなりの金額を稼いだご主人様が、オークションでベスタを悠々と競り落としたのはすでに話した通りである。
***
迷宮には様々な魔物が出てくるが、単純に殴ってくるだけの魔物は比較的少なく、実に多様な攻撃を仕掛けてくる(したがって出現する魔物の組み合わせが重要になることはすでに述べた)。
私たち冒険者は呪文を詠唱することで魔法攻撃をするが(呪文を全く唱えないご主人様は、あくまで例外中の例外である)、魔物は魔方陣を使うことで同じく魔法攻撃やスキル攻撃を仕掛けてくる。したがって、魔物の足元に魔方陣が現れた場合は、直ちに詠唱遅延ないしは詠唱中断のスキルのついた武器で攻撃することが重要となる。
私の鋼鉄の槍にも詠唱中断が付いているので(これは自分で付けたものだが)、私の役割は中段の位置から魔物の挙動を注視しつつ、相手の魔法(スキル)攻撃に素早く反応し、これを中断することである。
また毒を始めとして、状態異常攻撃を仕掛けてくる魔物も非常に多い。あれはクーラタルの九階層で初めてニートアントを狩るときのことだった。
ニートアントは低階層で毒を使った攻撃をしてくる魔物の代表格である。他にもスパイススパイダーやホワイトキャタピラーなども毒攻撃を仕掛けてくることがあるが、幸か不幸か私たちはこのときまで攻撃を受けたことが全く無かった。スパイススパイダーの攻撃はすべてロクサーヌさんが躱していたし、ホワイトキャタピラーのスキル攻撃は全てご主人様が剣でキャンセルしていたという。
ところがニートアントは、通常攻撃でも毒を与えることがあるし、スキル攻撃が決まれば確実に毒を受けることになる、低階層では大変恐ろしい魔物である。
そして一度毒を喰らってしまうと、毒消し丸をすぐに飲まなければ、身体がどんどん衰弱していき、放っておけば最後には死に至ることになる。
毒攻撃を受けた時に備え、ご主人様は私のアイテムボックスにも毒消し丸を入れてくれていた。ただ私の場合アイテムボックスを開くには呪文の詠唱が必要となるので、即応性に不安がある。やはりご主人様からもらうのが一番だ。ご主人様が毒状態にならない限りは……と思っていたのだが、いきなりそんな事態になってしまった。
それは四匹のニートアントと対峙しているときだった。ニートアントは水属性が弱点なので、さっそくご主人様がウォーターボールを撃ち込んでいく。すると、そのうちの一体の足下にオレンジの魔方陣が浮かんだ。ニートアントがスキル攻撃を仕掛けてくると見るや、ご主人様がかなり無理な体勢から素早くニートアントに剣で切りつけ、これをキャンセルした(この頃の私は、まだ詠唱中断の付いた鋼鉄の槍を持っていなかったので、やきもきしながら見ているだけだった。まっさらな鋼鉄の槍を購入し、これに詠唱中断のスキルをつけたのは、その後しばらくしてからのことである。このときの経験から、ご主人様は詠唱中断の重要性を再認識したというべきか)。
ただそれが祟ったのか、ご主人様は別のニートアントの後ろ蹴りを太ももに喰らってしまったようだ。
それでもご主人様は、そのニートアントも一刀のもとに見事に切り捨てたのだが、なんだか様子がおかしい。崩れてひざをついている。脂汗がものすごい。どうやら毒を受けてしまったようだ。
「ご主人様大丈夫ですか! ご主人様!」
あわてて近寄って声をかけるが、毒の影響なのか、こちらの声がまともに聞こえていないようである。
急いでアイテムボックスから毒消し丸を取り出す。こういうときに呪文を詠唱しなければならないのは非常にもどかしい。
それでもようやく薬を取り出すと、ご主人様の肩を抱き(こんなことをしたのはもちろん初めてだ)、
「毒です。これから毒消し丸を飲ませますので、今しばらくのご辛抱を」
と言ってから薬を口に含み、ご主人様に口づけた。
「あ……」
ロクサーヌさんが何か言いかけたが(戦闘中だというのに)、さすがにかまっている暇はない。咄嗟のこととはいえ、自分からこんなことをするなんて。たまらなく恥ずかしい。
でもそんなことなど言ってはいられない。ご主人様もとても苦しんでいる様子だ。何とかしなければ。
ロクサーヌさんも残ったニートアント二匹を相手に戦っており、とてもこちらに来られるような状況ではない。私がやるしかない。とにかく早くご主人様をなんとかせねば……。
ロクサーヌさんのただならぬ雰囲気を感じつつも、ご主人様の口を強引に舌でこじ開け、毒消し丸を押し込んだ。
ご主人様の舌がすがるように差し込まれてくる。私が初めてモンスターカードを融合したときもこんな感じだったのだろうか。彼の必死さが伝わってくる。
私もできるだけ優しく迎える。優しく優しく……。薬が効いてくるまで私たちはずっと舌を絡ませあっていた。自分は毒など受けていないはずなのに、なんだかクラクラする……どういうわけだろう。
ようやくご主人様が解放してくれたので、口を離し(ちょっとだけ名残惜しいと思ってしまった)、様子を訊いてみる。
「大丈夫ですか」
「あ、ああ」
「毒消し丸を飲ませました。ニートアントの攻撃で毒を受けたようです」
するとご主人様は、正気に戻るや否や猛然とダッシュし、ロクサーヌさんが引き受けていた残り二匹のニートアントに横から切りつけていた。二匹とも瞬殺である。まるで毒攻撃を受けた恨みを晴らすかのような鋭い動きだった。
「ご主人様、大丈夫ですか」
とロクサーヌさん。
「もう大丈夫だ。悪かったな。ロクサーヌにも心配をかけた。一度、さっきの小部屋に戻ろう」
とりあえずその場から移動し、周囲の安全を確認すると私たちはようやく一息ついた。
「ここまでくれば大丈夫です」
「助かった。二人のおかげだな。ロクサーヌはよく魔物の相手をしてくれたし、セリーが薬を飲ませてくれなかったら危なかった。ありがとう。改めて礼を言う」
「ありがとうございます。当然のことをしたまでです」
とロクサーヌさん。
「は、はい……」
先ほどは必死だったけれど、改めて振り返るとなんて恥ずかしいことをしてしまったのか私は……顔から火が出そうだ。
「ですけど、ちょっと私もしてみたかったです。セリーばかり二度も」
ロクサーヌさんの視線が痛い……。
おそらくそう言うロクサーヌさんに配慮したのか、その後ご主人様は、ロクサーヌさんから口移しで水を飲ませて貰っていた。毒の効果もとっくに消えているだろうし、水ぐらい自分で普通に飲めるだろうとは思うのだが、見ているこちらが恥ずかしくなるほど情熱的に飲ませてもらっていた。
しまいには当初の目的そっちのけで、ひたすらキスに耽っている二人を、私はやや冷めた目で見ていたが、ロクサーヌさんは大変満足していた(尻尾がピクピクしていた)。
……まあこういう優しいところもご主人様の良いところだと思う。ロクサーヌさんのだけでなく自身の願望もかなり混じっているのだろうが。
……ともあれ大事に至らなくて良かった。
なお戦闘中に魔物の毒を受けるのは別に珍しいことではない。ミリアもクーラタルの迷宮の15階層で毒攻撃を受けたことがある。
この階層から出現するグラスビーは毒攻撃をしてくるので、私が防毒の硬革帽子を身に着け、積極的に受け持つことになってはいたのだが、三匹のグラスビーに囲まれたミリアがよけきれずにその攻撃を受けてしまったのだ。
ご主人様は、すぐさま毒消し丸を取り出してミリアを抱き寄せると、その唇に吸い付いた。やはり口移しで薬を飲ませるようだ。私がご主人様に薬を飲ませたときとは逆の構図である。
普段は至って淡泊なミリアも、さすがにこの時ばかりはご主人様に縋り付いていた。あの苦しさは経験した者にしか分からないが(私の時はMPの欠乏だったけれど)、そうなるのも無理はない。
ご主人様の迅速な対応もあって、このときもやはり事なきを得たのだが、これもやはりというか、ロクサーヌさんがやや不満げな表情を見せていた。もちろん彼女は表立って不満を言うようなことは決してないのだが、後でご主人様がフォローしていた。
なおミリアも毒にかかることの恐ろしさを思い知らされたのか、その後は毒攻撃をしてくる魔物には特に慎重に対処するようになった。これはとても良いことである。
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そんな多種多彩な攻撃をしかけてくる魔物たちに対して、私たちの方も当然だが相応の準備が必要になってくる。
迷宮の通路は、幅がおよそ三メートルなので、前衛として前に並んで立てるのは三人までである。そうなるとパーティーメンバーは六名が上限のため、前衛三名、後衛三名ということになる。
私たちのパーティーは、ルティナが加入した現在はフルメンバーの六名となっているので、前衛は中央にロクサーヌさん、左右にミリアとベスタが並ぶかたちである。ただ武器をふるって戦うのに、三人では空間にあまり余裕がないので、モンスターからの壁役はロクサーヌさんとベスタの二人で受持ち、ミリアは遊撃に回っている。
そして後衛は中央にご主人様が、そして左右にルティナと私という配置だ。
ちなみに移動の際は一列縦隊、先頭はもちろんロクサーヌさん、その次にご主人様が続き、後は順に私、ルティナ、ミリアそして一番後ろにバックアタックを一応警戒してベスタがつく。それが戦闘時には先ほど言ったように二列横隊になるのである。
戦闘中のフォーメーションはこういったかたちだが、ロクサーヌさんの後ろにいるのは(だいたいはご主人様なのだが)実はかなり危ない。というのもロクサーヌさんは主に魔物の攻撃をかわしていくスタイルなので、その攻撃がそのまま後ろにいる人に飛んでくるのだ。ご主人様も何度か危ない目に遭ったらしい。
その点ベスタは攻撃を受け止めるか受け流してくれるので、真後ろにいればそのままこちらに飛んでくることはまずない。
一方私はご主人様やルティナのように後ろから魔法を撃つことはできないが、鋼鉄の槍を持っているので、上手く二人の間から槍を突き入れていく。必要に応じて、魔物のスキル攻撃(ニートアントの毒攻撃など)をキャンセルするのも重要な役割だ。
話が少しそれるが、槍という武器を使うメリットは、単に敵の間合いの外から攻撃が出来るというだけではない。これは兄さまの受け売りなのだが、槍はその長いリーチを活かして相手の行動を掣肘し、相手の動きをコントロールするのが本来の使い方なのだという。槍の巧者ともなれば、相手の選択肢を狭めることで、動きの自由を奪い、たとえ多数の敵を相手にしていても自分の思い通りにその場を支配することができるのだ。槍を使い始めて間もない自分にとって、まだまだそのレベルまでは程遠いのだが、いずれは使いこなしてみせると強く決意している。
ちなみに迷宮探索中だけでなく、普段街中を歩くときの配置もあらかじめ決めてあり、そしてメンバーが増えるたびにそれを変更してきた。
今はご主人様を中心に、先頭をベスタに任せ、ご主人様の右にロクサーヌさん、左に私、ミリアとルティナが並んで後方を歩く(ミリアが勝手にフラフラとどこかへ行かないよう、ルティナには見張りをお願いしている)。
このほか迷宮探索時の役割分担も決めてある。といっても索敵及び警戒はロクサーヌさん、地図の作製と経路の確認は私というだけであるが。
地図に関しては、クーラタルの迷宮については当地の騎士団が地図を作成して売っているのだが(これは入場料と合わせて騎士団の重要な収入源になっているのだそうな)、他の迷宮についてはそんなものはない。せいぜい近隣の探索者ギルドに各階層の探索状況が掲示されるぐらいである。売られているクーラタルの地図も非常に簡単なもので、基本的にボス部屋までの経路しか描かれていない。
そこでご主人様の許可を得て、ロクサーヌさんにも確認しながら、私の方で各迷宮の地図を作り始めた。クーラタルについても騎士団から購入した地図をベースに、描かれていないところを埋めたり、気づいた点を書き込んだりして、より精密なものを作り始めたのである。元の地図はあくまで攻略地図であり、階層全域が載っているわけではなく、次の階層へ通じる壁への順路を示しただけの簡略なものだから、完全な地図を作るとなると、その階層の隅々まで踏破する必要がある。また迷宮は常に成長を続けているのだが、新しい階層が生まれると、既存の階層もまるで裾野が広がっていくように拡大していく(クーラタルでもそうらしい)。したがってそれに合わせて地図も更新していく必要がある。
もっともここまできっちり地図を作成する必要はない。要は階層の入り口からボス部屋までの経路が分かればよいということなので。
でも正直に言えば、こうやって地図の空白を埋めていくことが私は好きなのである。自己満足だと言われればその通りなのだが。
ただこうした地図作りには、ご主人様も以前から関心を持っていたようで、一も二もなく賛成してくれた(完璧な攻略地図の作成は、良く分からないのだが探索ペースをあまり上げたくないというご主人様の都合にも合致したようだ)。そうしてクーラタルも含めた各迷宮の地図の作製・管理も私の仕事となったのである。自慢ではないが私が作成した地図の精度は、クーラタルで売られている物と比べ格段に高いと自負している。
そうやって作成した地図は自宅での勉強会でも活用され、迷宮攻略に非常に役に立っている。極稀にではあるが、精密な地図を作成することで未発見の部屋の存在が浮かび上がることもある。そうやって空白を埋めていくと埋まらない部分が出て来るのだ。そういうときは、ご主人様にお願いしてロクサーヌさんに探ってもらう。壁を隔てているとやや難しくなるが、それでも彼女は隠し部屋をほぼ確実に見つけてくれる。大抵そういう部屋はモンスターハウスになっている。
探索修了宣言が出ているフロアでもそういうことがないわけではない。クーラタルの迷宮ではないが、とある迷宮の探索終了宣言が出ていた階層で、隠し部屋を見つけたことがあった。そこはやはり魔物部屋となっていたのだが、戦闘開始早々にご主人様がメテオストライクの呪文で、魔物たちをあっさりと殲滅していた。ギルドの宣言も必ずしも当てにならないものだということが分かったが、自分の作成する地図はこうした漏れのないよう、今後も出来る限り完璧なものにしていきたいと考えている。
意外なことだが解放会の資料室にもこれほど精密なクーラタルの地図は無いとのことで(セバスチャンさんにも感心された)、私の作成した地図を資料として納めることとなった。もっとも解放会のメンバーは、クーラタルの場合、主に50階層以上で活動しているので、低階層の地図はほとんど参考にはならないのだが。
ただこれまではこちらが資料を書き写しているばかりで、こちらからは何も提供できていなかったので(まだまだ新参なので当然のことではあるが)、こうやって少しでも貢献できることはありがたい。いずれはより上層の精密地図も作成し、納めるつもりである。
役割分担の話に戻るが、迷宮探索中に何か突発的な危険があったとき、ご主人様の盾役はベスタが務めることとなった(彼女は自分が盾役を任されたことが大層嬉しかったらしく、やる気を見せていた。先ほど述べた宝箱にボスが擬態していたときも、彼女の動きはすばらしかった)。
危険と言えば、迷宮探索で一番怖いのはやはりモンスターハウスだが、戦闘中の他の魔物によるバックアタックも非常に危険である(余談だが、兄さまはそれで大怪我を負い、その薬代をねん出するために私が奴隷として売られることとなったのだ)。
とはいっても私たちの場合、ロクサーヌさんの嗅覚のおかげで、不意打ちを食らうことは絶対にないとほぼ言い切れるのは強みであるし、他のパーティーとなるべくというかほとんど遭遇しないでもすむ。通常のエンカウントでも常にこちらが先手を取ることができるし、もっとも有利な状況で有利な相手に対して、万全の状態で臨むことができるのだ(ある意味ボス戦と同じである)。これは非常に助かることである。兄さまが大けがを負ったときのことはいまでも私のトラウマなのだ。もうあんな思いはゴメンである。
それにもし他のパーティーと遭遇した時も、ご主人様は相手が何者かが瞬時に分かるのでこれも強みである。前にも言ったことだが、仮に相手が盗賊だったとしても、ご主人様なら一発でこれを見破れるので、私たちのパーティーには騙し討ちが一切通用しない。
なお最近は、ミリアも特定の魔物の臭いが分かるようになってきたという。「特定の」というのは、もちろん魚系である。ただ迷宮内でその臭いを嗅ぎつけると勝手にフラフラとそちらの方へ行こうとするので、そのたびにロクサーヌさんに注意されている。が、なかなか治らないようである。
そのミリアであるが……彼女の場合は特に何ということもないので、好きなように動いてよいと言われている。そのように言われて、本当に好き勝手に動いているのは実に彼女らしい。本人は本当に楽しそうに、縦横無尽に動き回っている。暗殺者のジョブで遊撃をするという今の戦闘スタイルは、自分の性分に大変合っているとのこと。そういうだけあって、彼女の戦闘における勘は大したもので、もっとも効果的なタイミングで割って入り、魔物を次々に状態異常にしていく。とくに石化さえしてしまえば、実質的にそこで戦闘終了である。たまに出すぎてロクサーヌさんにたしなめられることもあるけれども、ミリアのおかげで本当に戦闘が楽になったわけで、もはやパーティーの遊撃手として欠かせない存在である。
戦闘以外の探索時においても、ミリアとしては別に暇をしているわけではないようで、本人いわく、「魚貯金(先にも言ったが黒魔結晶のことである)」を探すので忙しいらしい。ただ魚貯金に限らず、彼女はとても目が良いので、迷宮内に何か落ちているだとか、そのほかにも迷宮の何らかの異常に対して、一番先に気が付いて教えてくれるのは、実は非常に助けられているし、ご主人様もその点を高く評価しているようである。
ルティナについては、普段の戦闘ではとにかく魔力の回復に努めるよう、そしてMP切れには十分に注意するようきつく言われている(確かに魔力が枯渇したあの状態は大変危険である)。本人はいたって素直で真面目なので、魔力量に十分に注意しながらも、自分の放つ魔法の威力に驚きつつ、その実力に手ごたえを感じているようである。
もともとこのパーティーは魔物との会敵率が異常に高いので、普通に魔法を使っていればすぐにMP切れを起こすはずで、ルティナも当然毎回魔法を使っているわけではない(その意味では、MP吸収のスキルのついた例の両手剣を使っているとはいえ、これだけの連続戦闘にもかかわらず、MP回復薬も服用せずに魔法を連発しているご主人様の方が異常である)。
彼女としては、ご主人様の魔法と自身の魔法が干渉することはないので、常に自分のタイミングで、好きなように魔法を撃てるのは非常にありがたいとのこと。魔導士への転職にも成功し、魔力量も相当増えたらしく、パーティーの攻撃力、殲滅力はさらに上がった。
というわけで、ここで私を含めたパーティーメンバー全員の迷宮探索・戦闘面での総括をしておきたい(人物評価についてはすでに別にまとめてあるのでそちらをご覧いただきたい)。
まずはロクサーヌさん。狼人族の彼女は、なかでもとくに索敵能力に優れるお人である。このパーティーの具体的な探索経路はすべて彼女の索敵情報に基づきご主人様が(私の意見も聞きつつ)決めている。そして戦闘中はその圧倒的な回避能力を活かし、壁役として魔物の攻撃をほぼ一手に引き受けている。ベスタが加入して壁役が二人になってからも、基本的にはロクサーヌさんがその中心である。
彼女はもとは獣戦士だったのだが、巫女に転職することで現在はパーティー全体の回復役をご主人様と二人で務めている。基本的にはロクサーヌさんが、それでも足りない場合にはご主人様が回復呪文を唱えるという決まりになっているのだが、魔物の攻撃を悠々と躱しつつ、周りの状況をみて全体手当ての呪文を唱える彼女の姿には、正直言葉もない。ご主人様が「戦巫女」と称していたがなるほどその通りである。
次に私。私のジョブは鍛冶師だが、これはどちらかといえば(いわなくても?)生産職であり、戦闘に特化したジョブではない。したがって正直な話、戦闘では他のみんなのようには活躍できていない。それでも一応腕力上昇の効果はパーティー全体に効いているし、戦闘中も詠唱中断の槍で魔物の魔法攻撃、とりわけ全体魔法をキャンセルすることが私の重要な役割となっている。探索面では、その階層に出現する魔物やボスについてみんなにブリーフィングすることと、地図の作製とそれに基づいた経路案内である。私としてはこれでもまあまあ役に立っているつもりではある。
ミリア。上にも書いたが、彼女は暗殺者としての能力が爆発している。ミリアは一応前衛に配置されているが、遊撃としてほぼ自由に、広いとは言えない迷宮内だが縦横無尽に動き回っている。ご主人様のサポートもあることは確かだが、暗殺者の特技を生かして魔物をどんどん状態異常にしている。彼女が状況判断能力にも優れているのは、何より目が良いからだろう。探索でもいち早く異常に気付くのは、彼女かロクサーヌさんである。
ベスタ。竜人族の彼女は、とても安定した壁役となっている。ロクサーヌさんとはまたタイプの違った前衛職であるが、彼女がパーティーに加わったことで、竜戦士の体力上昇効果ともあいまって、本当にこのパーティーは堅くなった。攻撃面でも両手剣二本を自在に操り(最初は力任せに振り回すだけだったのだが、その扱いがメキメキと上昇しているのが目に見えて分かる)、敵の攻撃も剣を使って上手に受け流している。またこれは後で話すことになるのだが、新たに使い始めた弓の威力も驚異的で、ボス戦だけでなく普段から積極的に使うようになった。
ルティナ。元は貴族のお嬢様であり、私たちのなかではご主人様を除き唯一魔法使いのジョブを持っている彼女の使命は、当然このジョブを極めることになる。すでに魔導士への転職も済ませているのだが(これも驚異的な早さだが)、ご主人様の魔法攻撃に加え、詠唱共鳴を起こさず彼女もまた魔法攻撃ができることで、通常のパーティーではおよそ考えられないほどの火力を叩き出している。先にも書いた通り、当初は彼女の魔力量もさほど多くなかったことから、すべての戦闘に参加するというわけにはいかなかったのだが、現在は息切れを起こさず、涼しい顔をして魔法を連発できているので、安定したダメージディーラーぶりを発揮している。用いる魔法の選択やその発動のタイミングなど、当初はご主人様や私の指示をあおぐことも少なくなかったが、現在はほぼ完全に彼女自身の判断で行えている(しかもほとんどミスがないのは彼女の賢さゆえだろう)。
***
前にも書いたと思うが、ご主人様は私たちのことを非常に大事にしており、戦闘でもなんでも決して無理をさせることがない。常に私たちの安全を最優先に考えてくれているのだ(もっともそれだけ迷宮探索が危険だということでもあるのは確かだが)。盗賊たちを相手にしたときも、ご主人様は盗賊の全員をほぼ一人で引き受け、私たちにほとんど戦闘参加をさせなかった。それだけ自信があったということもあるだろうが(注:そもそも集団行動が余り得意でないということです)、私たちを本当に大事にしてくれていることを実感した。
これはロクサーヌさんから聞いた話だが、なんでも私がまだご主人様に買われる前、ロクサーヌさんと二人で迷宮に入っていたとき、二人のすぐ前の順番で、ボスに挑戦した一人の冒険者が死んだことに、ご主人様は強いショックを受けたようだ。ロクサーヌさんや私の感覚からすると、迷宮に挑戦する以上、常に死と隣り合わせであるのは当然のことなのだが、ご主人様にとってはそうではなかったらしい。そしてそれは今でも全く変わらないみたいである。
それ以降、ご主人様はとにかく無理をせずに慎重に攻略することを心がけ、「まーじん」をとることにしたという(「余裕を持たせる」という意味らしい)。ご主人様はよくこの言葉を口にする。
もちろん高額で購入した奴隷を使いつぶすのは、経済的に決して合理的とは言えない。今のこのパーティーはただでさえ多種多彩なスキルが使えているし、バランスも大変取れている。通常のパーティーだと六人という人数制限があるために、ここまでジョブを揃えることができない。これはご主人様が一人で何役もこなしてしまうからというのももちろんあるのだが、私たちもそこに組み込まれているわけで、仮に誰かが欠けることで、このパーティー構成が崩れてしまうのも大変困ったことになる。
それにご主人様にとっては、これは単なる値段の問題などでもないらしい。その証拠に、たとえいくら金銭を積まれたとしても、私たちを売るようなことは絶対にしないと普段から公言している。ロクサーヌさんはウンウンとうなずいている(尻尾もピクピクしている)。
確かに私たちのうちの誰か一人でも欠けてほしくはない。それに実際、私たちはとくに無理をしなくても、他のパーティーでは考えられないくらいのハイペースで迷宮攻略ができているし、得られる収入も桁違いである。この六人がベストメンバーと言っても過言ではない。みんな仲良しだし。
というわけで、繰り返しになるがご主人様からはとにかく無理をしないようにと言われている。ご主人様が常々言っているのが、「多少の無茶は構わないが、くれぐれも無理だけはしてくれるな」である。辛い時はきちんと言うようにと。そうでないとかえってみんなに迷惑をかけることもあるのだからとも。確かにその通りである。
ミリアなどはよく突出してロクサーヌさんに窘められたりするのだが、そういうミリアに対しても、苦笑しつつも「元気があってよい。時には思い切りも大事だからな。ただロクサーヌのいうことはよく聞いておけよ」と言っていた。
(そういうとき、もちろん後でロクサーヌさんをフォローすることもご主人様は決して忘れない。本人いわく「彼女は鬼軍曹役だからな」とのこと。おにぐんそう?)。
他にも私たちがミスをしてもご主人様が怒ることは決してない。そもそも普段から私たちに対して怒ったりすることもまずないし、ましてや手を上げるようなことは絶対にしない。奴隷の主人の中には、威張ったり怒鳴り散らしたりすることが偉いことだと勘違いしている者も少なくないのだが、ご主人様にはそういうところが全くない。貴族でもそういう人物は珍しい(少し意外だったのだが、ハルツ公や皇帝のおじさんもそういう意味では貴族らしくなかった。解放会のメンバーはみなそうなのだろうか)。
薬についても、安いものばかりでは決してないはずだが、そんなものどれだけ無駄にしてもいいから、自分でも他人でも少しでも危ないと思ったらケチケチせず迷わず使うように、とご主人様から厳命されている。薬はこれまでご主人様と私の二人でそれぞれ持っていたのだが、丸薬ぐらいならアイテムボックスがなくても普通の入れ物を使えばいいだろうということで、全員に薬入れを装備させ、最低限必要な丸薬を各種一通り常備させることとなった。
身代わりのミサンガを全員に装備させていることといい、奴隷には贅沢極まりないようにも思うのだが、ご主人様いわく命はお金では買えないということなのだそうだ。そして命の重さは奴隷でも全く同じだという。考えてみれば確かにその通りではあるのかもしれないが、一般的ではない、実にご主人様らしい考え方である。
***
迷宮にはボス部屋以外にもやっかいな部屋がある。すでに何度か話に出ているが、モンスターハウスである。
モンスターハウスとは、迷宮内の一部屋に多数のモンスターが詰め込まれている状態をいう。一度この部屋に入ると中のモンスターを全滅させるまでそこから出ることができない。もしくは自分たちが全滅するかである。この点はボス部屋と同じであり、大変危険なトラップである。
モンスターハウスの仕組みも完全に解明されているわけではない。迷宮は常に魔物を生み出していくのだが、冒険者によって倒されないままだと、その魔物がたまっていくことになる。とくに部屋の中に湧いた魔物がたまっていくとそこがモンスターハウスになるということらしい。
一度でも魔物が一掃された部屋がモンスターハウスになることはまずないということだが、人が初めて入るような部屋は大変危険である。
探索者ギルドで、迷宮の各階層について安全宣言が出るのは、その階層のすべての部屋を確認し、あるいはそれらに蔓延る魔物の排除が完了したことを示すものである。安全宣言とはすなわち、このモンスターハウスを対象としたものなのである(もっともギルドの安全宣言も完全に信用できるとは限らないが)。
私たちのパーティーも、数はさほど多くはないものの、モンスターハウスに遭遇したことがないわけではない。
そうしたモンスターハウスの効果的な対処法といえば、何と言っても範囲魔法である。範囲魔法は一定範囲の魔物すべてに有効なので(それでいてパーティーメンバーには全く影響がない)、MP消費は大きいものの、強力な呪文さえあれば一撃である。
実際、ご主人様がメテオクラッシュを使って、モンスターハウスの魔物を全滅させていたのを何回か見たことがある。
私が最初に見たのは、ボーデの迷宮の12階層で遭遇したモンスターハウスである。その時は、その前に探索していたハルバーの迷宮の14階層での戦闘で、ご主人様はよくわからないがストレスをためていたらしい。
そこでボーデの迷宮に移ったのだが、12階層はまだ探索がほとんど進んでいないとのことだった。出てくる魔物はマーブリーム。これは白身を残す魔物で、それを聞いてミリアががぜんやる気を見せていた。12階層の探索中もご主人様は普段はほとんど使うことのないメテオクラッシュを使用していた。マーブリームも一撃である。確かにマーブリームは水魔法には耐性があるものの、土魔法を弱点にしている。しかしそれでもすごい威力である。
「メテオクラッシュが効くということは、奥に行っても大丈夫だということだよな」
「そうですね」
「問題ないと思います」
「魔物がいるところじゃなくて、探索をしてみるか」
モンスターハウスの危険があることはあるのだが、むしろご主人様はそれを期待しているのではないかと思われた。いざとなったらメテオクラッシュを使うつもりなのだろう。
12階層を奥へ奥へと突き進んで行く。ときおり出会う魔物を蹴散らしながら、ご主人様は魔物がいる部屋を探しているようだった。こんなに積極的なご主人様を見るのは珍しい。よほどの自信があるのだろう。
そして、扉が開いて中に入ろうとしたとある小部屋で私たちは魔物の群れに遭遇する。そこには、大量のマーブリームがひしめき合っていた。思わず後ずさりたくなるような光景だが、ご主人様は小部屋に入るなり、やはりメテオクラッシュを放った。灼熱の岩石がいくつも私たちの頭上を越えて、部屋を埋め尽くすように降り注いでいく。何度か見た光景ではあるけれども、空気を切り裂くような轟音が室内に響き渡る。
そうしてあれだけひしめき合っていた魔物が文字通り一掃されていた。本当に凄まじい威力である。さすがに震えが来た。ロクサーヌさんも絶句していた。ミリアですら恐れおののいているようだ。
「さすがご主人様です」
「あれだけ大量にいた魔物が一撃です」
「すごい、です」
そういう私たちを尻目に、ご主人様はとくに驚いた様子もなく、ストレス発散のつもりがかえってストレスになってしまったと苦笑していた。それにしても凄まじいとしかいいようのない呪文である。
メテオクラッシュは消耗が激しいのであまり使えないとご主人様は言っていたが(なんでも全体攻撃魔法は相手の魔物数に応じて消費MPが増えるらしい)、それでもモンスターハウスなど多数の魔物を相手にするとき、ご主人様はこの呪文を好んで使っている。これだけの威力があり、その効果は絶大なので無理もないだろう。
そうして魔物が一掃されたその小部屋には、ドロップしたアイテムが大量に散らばっていた。11階層の魔物であるニードルウッドもかなりいたようで、ブランチやリーフもたくさん落ちていた。そしてそれ以上に多数の白身が散乱していた。
その様子を見たミリアが喜んでかけていく。踊りだしそうな勢いだ。ブランチなどには目もくれず、白身ばかりを拾い集めていると思ったら、嬉しそうに何か持ってきた。これは……。
「尾頭付きですね」
「尾頭付き?」
「マーブリームがきわめてまれに残すアイテムです」
そう私がいうと、ご主人様は、
「じゃあこれも今夜の食材ということで」
と事も無げにいう。
「食べる、です」
それを聞いたミリアは喜色満面である。
「貴重な食材なので高く売れると思いますが、よろしいのですか」
「尾頭付きは貴重なので、特別な日などに使う食材です」
と私やロクサーヌさんが一応訊いてみるが、
「まあいいだろう。結構でかいから一人一尾とはいかないが」
ということになった(尾頭付きは、一尾が三、四十センチくらいもあるので、1人で食べ切るには少し大きい)。まあご主人様らしいといえばそうなのだが。
「少しでいいです。ミリアも少しでいいと言っています」
「尾頭付きは、家長が最初に一切れ食べ、残りを少しずついただくものです」
そういえば私自身もかつていたパーティーで、一度だけモンスターハウスに遭遇したことがある。
そのときはフルメンバーのパーティーだったのだが、それでも魔物に囲まれないように後衛を守りつつ、ひたすら根気よく魔物を駆除していった。
長時間に及ぶ大変な作業ではあったが、さほど強い魔物もおらず、何とか倒しきることができた。ドロップ品もそれなりの量になり、みんな喜んで祝杯をあげたことをよく覚えている。しかし今日のこれは一体……言葉にならない。
ご主人様も過去に、できたばかりのベイルの迷宮の、その一階層でモンスターハウスに遭遇したことがあったそうだ。そのときは自分一人しかおらず、ギリギリではあったが何とか乗り切ったとのこと。よくもまあ生き残れたものだと思う(一階層とはいえ、迷宮が50階層まで成長してその入り口を開けるまでの間、その部屋にずっと魔物をため込んでいたわけで、大変危険なことに変わりはない)。
パーティーも組まずにそんな危険な真似をしていたとは。正直呆れる。下手をすれば、今私たちがこうしていることもなかったことになる。無事で本当に良かった。
(余談になるが、ご主人様がこの話をしたときのロクサーヌさんの表情は、まるでこの世の終わりが来たかというようなものだった。確かに結果的に無事だったとはいえ、自分のいないところで(当たり前だが)ご主人様を死なせてしまうなど、彼女にとっては到底耐えられないことに違いない。「私がいる限り、ご主人様を決してそのような危険な目には遭わせません」と、あらためて気合を入れているようだった。)
思えば今のご主人様の慎重すぎる姿勢は、このときの経験の反動というのも一因かもしれない。
何でもご主人様の故郷には、「石橋を叩いて渡る」という言葉があるそうな。木造でなく石でできた頑丈な橋であってもさらに叩いて安全を確認しながら渡るという、注意に注意を重ねて、とても慎重に物事を行うことのたとえらしい。ただご主人様の場合、石橋を叩き壊して自分で一から橋をかけ直すぐらいやりそうだが(これは俗説の類だそうだが、「石橋を叩いても渡らない」とか「石橋を叩きすぎて壊す」とかいうのもあるらしい)。
私がそうご主人様に言うと、「橋を渡っている最中に落とされたらたまらないだろう?」と当然のごとく真顔で返された。「最悪泳いで渡ったっていいんだ」とも言われた。橋の意味とは一体?
……私はイヤですよ。そもそも私、泳げませんし。
***
さて、迷宮の各階層には必ずその階層の主、ボスモンスターがいる。次の階層へ向かう入り口は、その階層のボス部屋にしかなく、そこを通り抜けない限りは(つまりボスを倒さなければ)、上の階層へは決して行けないのである(すでに行ったことのある探索者に、連れて行ってもらうことも可能ではあるが)。
ボス部屋の前には必ず待機部屋があり、ここは魔物が全く出てこないので休憩場所として利用することができる。
ただし待機部屋に直接ダンジョンウォークで移動することはできないので、ボスを繰り返し倒す場合には、待機部屋に一番近い小部屋に移動して、またボス部屋を目指さなければならない。
ボス部屋に一度に入れるのは、一パーティー最大6人までとなっており、それ以上の人数が入ると(入れることは入れるのだが)ボスは現れず、次の階層へ向かう扉も開かない。したがって、ボス攻略は、各パーティーが待機部屋で順番を守って待ちながら行われるのである。
なおボス部屋に一度入るともう待機部屋には戻れないから、ボスを撃破して上の階層に上がるか、あるいはこちらが全滅するかしかないのだ。パーティーが全滅する危険がもっとも高いのがこのボス戦であり、ボスに挑戦するのはかなりのリスクを伴うので、よほどの自信がない限りやるべきではないと言われている。もっともボスを倒さない限り次の階層には基本的に行けないのだが、たとえ行ったとしてもボスを倒せるぐらいの実力が無い限り、その階層ではまともにやっていけないだろう。
なお、一パーティーの定員は六人だといったが、騎士団などは、より多くの人数(二から三パーティー)で待機部屋までやってくると、そこでボス戦に特化したパーティーに組み変えてボスを攻略することがよくあるらしい。通常の迷宮探索とボス攻略とでは適切なパーティー編成も異なるということか。これは多数の人員を抱える騎士団にしかできないことだが、確かに大変合理的な方法である。彼らにとって待機部屋はそのための部屋でもあるということだ。
ボス攻略に成功し、そのパーティーが次の階層に抜けると、すぐに次のボスが出現するのだが、失敗した場合(つまり挑戦したパーティーが全滅した場合)は前のボスがそのまま残る。したがってこの場合は、前のパーティーがどの程度ボスのHPを削っているかにもよるが、通常よりも弱った状態のボスと戦うことができ、非常にお得である。しかも前のパーティーの装備も落ちているはずなので、その点でもオイシイ。が、なかなかそんなうまい話はないのだが(適当なボス部屋を周回しつつ、他のパーティーのおこぼれに預かろうという、ハイエナみたいな人たちもいることはいる。盗賊といい、こういう人たちといい、迷宮探索も世知辛いものがある)。
私たちのパーティーは、ボス戦でも戦い方は基本的に変わらない。実際の戦闘は、開幕ルティナの呪文詠唱から始まり、その間にロクサーヌさん、ミリア、ベスタが走って魔物との距離を詰め、私がその後に続く。ご主人様の魔法は無詠唱なのでルティナの魔法より先に跳び、そしてその後に、詠唱を終えた彼女の魔法が発動するわけである。
あとはロクサーヌさんとベスタで魔物の攻撃を受け流しつつ、ミリアが石化を狙って攻撃していく。すべての魔物を倒すか石化させれば戦闘は終了である。
どの魔物に何の魔法を使うかについては、事前に打ち合わせをしてあるが、最初の状況判断は、先にも書いた通り今はルティナにほぼお任せである。彼女は大変賢く、判断ミスもほとんどない。そういう意味では非常に頼りになる。
……というのが最初の頃のボス攻略だったのだが、後で述べるようにベスタが弓を使うようになってから、初撃は必ずベスタが行うようになった。ただその場合でもルティナときちんと呼吸を合わせている。
***
迷宮に入る冒険者の目的は大きく分けて三つ存在する。一つはごく一般的な冒険者たちのように、魔物からのドロップアイテム狙いである。すでに述べた通り、迷宮でしか取れない素材は数多くあり、私たちの社会経済は良くも悪くも迷宮に依存しているところが大きい。冒険者は一攫千金を夢見て迷宮にアタックするのだ。
もう一つは、これもすでに述べたが、迷宮の駆除である。迷宮からは魔物が外に出てくることがある。迷宮内で出現する魔物よりも強い魔物が出てくることはないが、それでもこれは危険極まりないことである。迷宮が成長すればするほど出てくるモンスターは強大となり、危険度が上がる。
クーラタルのように、上手く迷宮を地域経済に組み込めればいいが、統制が聞かなくなると、逆に街が迷宮にのみ込まれてしまうことになる。迷宮は、討伐するにしても、これを維持するにしても、きわめて扱いが難しい厄介なシロモノなのである。
そのクーラタルの迷宮は、下手に討伐してしまうと、地域経済に甚大な損害を与えてしまう、それこそクーラタルの街自体が滅びかねないので注意が必要だ。
初代皇帝が91階層まで到達したという記録があるが、90階層までは一応地図があるそうだ。91階層の地図は作成されておらず、またそれ以上の階層については、一体どこまであるのかすらも分かっていない。
一般的に迷宮の最終階層は99階層であるとは言われているが、いまだかつてそのことを確認した者は誰もいない。そもそもどこの迷宮であれ、99階層にたどり着いた者すら存在しないと言われている(99階層まで育った迷宮自体存在しないのではないかと言われている。唯一可能性があるのがクーラタルの迷宮である)。
私は、ご主人様のこのパーティーなら、クーラタルの91階層を突破して最終階層までたどり着けるのではないかと本気で考えている。もし最終階層が99階層なのであれば、決闘のときにご主人様が使った呪文、レベル99デスが有効となる。
もちろん迷宮が無くなってしまうのはいろいろとまずいので、下手に討伐してしまわないよう慎重に動く必要はあるが。
迷宮を駆除しその領地を守護することは、各領地を統べる貴族の重要な責務である。毎年開催される諸侯会議では、各領地の迷宮の数や規模、そして探索や討伐の状況についても議題に上がるらしい。迷宮の駆除を怠ると最悪の場合、その地位をはく奪されてしまうことにもなりかねない。
ルティナの実家であるセルマー伯領の討伐状況について、エルフ族の貴族だけで構成される全エルフ最高代表者会議で問題視されるのも無理はない。ハルツ公などは一時期領内に3つの迷宮を抱えていたが、その駆除はさぞかし大変っだただろう(主にゴスラーさんが。彼がため息をつくのも無理はない)。ご主人様が彼に協力をお願いされるのも当然のことである。
比較的低層の迷宮、それこそ出現間もない迷宮などは駆除された事例が何件も報告されている。ただ80階層を超えてくると、最終ボスも非常に強力な個体が出てくるので、そう簡単には倒せないという。
したがって、駆除を第一に考えるのであれば、迷宮出現後できるだけ早期にこれを発見し、討伐することが望ましい。できれば50~60階層台のうちに、どんなに遅くとも70階層台で。それ以上になると駆除すること自体が困難となってくるし、最悪の場合魔物が外界に出てこないよう食い止めるのが精一杯になってしまうこともありうる。
そして最後の一つが、迷宮の討伐である。最終ボスを倒すという点では迷宮の駆除と同じだが、これは領主のいない地域の迷宮の最終ボスを倒した者が、貴族に叙せられるということである。したがって、攻略対象は限定されてくる。解放会に入ることで、そのような迷宮情報なども得られる。
私たちの最終目標はもちろん迷宮の討伐となる。クーラタルのように討伐されるとかえって困るような迷宮に入るのは、あくまで自分たちのレベルアップのためである。
もっとも私たちが迷宮討伐に成功し、ご主人様が貴族になるためには、どこか放棄された領地の迷宮を探す必要があるのだが、放棄されているということはその迷宮が手が付けられなくなったためであり、当然すくなくとも80階層を超えるぐらいまで成長した迷宮を相手にしなければならないことになる。これをどうやって攻略していくかは大変な難問である。
ただし迷宮の駆除と領地の維持とを天秤にかけて、結果として領地を放棄する判断がされることもないわけではない。要は迷宮駆除を含む領地の維持管理コストが、その領地の価値を上回ってしまったということである。この場合も討伐対象とするかどうかの判断は非常に難しい。ただ難易度だけで選んで迷宮を討伐すればよいというものではなく、その後の領地経営のことも考えたうえで、対象となる迷宮を選定する必要があるからだ。これにより攻略対象はさらに限定されることになる。
当然のことながら、ご主人様は領地経営などしたこともなく、そのノウハウも全くないそうだ。むろん私たちもである。
ただこれについては、ハルツ公が全面的にバックアップしてくれるとのこと。彼としては、ご主人様を貴族にしたうえで、自分たちの陣営に迎え入れる意向を持っているようだ。ご主人様はエルフ族ではないのだが、大層気に入られたものである。
例のオババ様と呼ばれるエルフの長老女性とやらも、ご主人様を後見してくれるそうだ。私は会ったことがないが、一族の重鎮で、相当な人物らしい。ハルツ公もタジタジになるそうだが、ルティナのことを非常に気にかけてくれているらしい(その後一度だけ会う機会があったが、流石の貫禄で、噂に違わぬ人物だった)。
ルティナ自身も大変なやる気を見せている。彼女曰く、父親であるセルマー伯の無念を晴らし、ハルツ公を見返してやるとのこと。正直彼女の能力は全くの未知数であるが、意欲的なのはいいことではある、と思っていたのだが、彼女が魔法使いとしてメキメキと成長を遂げ、その後まもなくして魔道士への転職も果たしたのには驚いた(本人が一番ビックリしていた)。
私もそろそろ図書館で領地経営に関する本や貴族の習慣やしきたり、典礼について説明した本を探す必要があるだろう。
ともあれ迷宮を討伐するには、迷宮の最上層まで到達し、かつその階層の主であり、すなわちその迷宮の主である最終ボスを倒さねばならないのである。
***
というわけで、その最終ボスをどう倒すか、である。
解放会に入会するときに教えられたのだが、迷宮の最終ボスはこちらの装備品を破壊してしまうという特殊能力を持つそうだ。攻撃を受ける場合はもちろん、こちらから攻撃するときも武器をきっちりと当てないと武器の方が壊れてしまうという。
攻撃回数が増えれば増えるほど、単純に考えて装備品破壊の危険は増すことになるのだが、最終ボスはその耐久力も桁違いなので、攻撃回数も多くならざるをえない。そのために解放会では、ダメージ逓増の効果がついた武器の評価が高いのだが、それだけに最終ボス相手には武器喪失の危険が大きいということである。
壊れても構わないような武器を大量に持ち込むパーティーもいるそうだが、攻撃力が低いとそれだけ倒すのが大変になるので、これも考えものである。
私も解放会の資料室で、最終ボスに関する討伐情報についていろいろと集めてみた。書庫の資料を読み漁ると、いろいろと分かることがある。またハルツ公騎士団のゴスラーさんは迷宮駆除の経験が豊富なので、ご主人様にお願いして時間を作ってもらい、いろいろと訊いてみた。ゴスラーさんもどんな質問に対しても惜しみなく答えてくれた。本当にいい人だ。
まず、迷宮の最上層が何階なのかを明確に示すものはないが、各階層の地図を正確に作っていくとある程度は予測がつくのだそうだ。
最初迷宮が誕生したときは1階層しかなく、それが成長して50階層に達したとき、迷宮の出口が突如として現れることはすでに述べたが、その時点での最上層のボスが最終ボスとして装備品破壊の力を持つらしい。そしてこれを倒すことで迷宮自体が死ぬという。
その後、冒険者などを養分(!)に迷宮は成長を続けていくのだが、今現在の最上層が一定の大きさになるとその上に次の階層が階層ボスとともに誕生する。そしてそこのボスが、最終ボスとして特別の能力を引継ぎ、これまで最終ボスだった魔物は通常のボスに戻るらしい。
したがって、最終階層かどうかの見分け方として、一つ下の階層と比較して現在の階層の規模が明らかに小さい場合は、その階層はいまだ成長の途上であり、したがって次の階層は生まれていないことになる。正確に地図を作成する必要性は、主にボス部屋の場所を確認することにあるのだが、迷宮を討伐するうえでは、この点も重要である。
このほか、これは迷宮探索一般にいえることだが、とくに上層階の探索については他の友好的なパーティーとの情報交換が重要である。解放会に入ったメリットはまさにこれにある。上層階まで来られるパーティーは、ほぼすべてが解放会のメンバーといって良い。あとは地元の騎士団くらいか。彼らとの関係構築もしていかなければならない。
話を戻すが、このように装備破壊のスキル(かどうかは分からないが)を持っている最終ボスを倒すには、いかに相手のこのスキルの発動を避けるかが重要である。幸いこのパーティーにはロクサーヌさんがいるので、彼女が最終ボスの攻撃をすべて引き受けてこれをかわしつつ、残りのみんなで最終ボスを集中攻撃していくことになる。だがその際、具体的にどうやって攻撃していくかも問題である。
一つのアプローチとして、なるべく武器が壊れないような攻撃をすることである。
近接武器の場合は、魔物の中心にしっかり当てる事、これはミスをする危険はやはり残るものの、鍛錬によって命中精度を高めることが可能は可能である。
その話を聞いてから、ロクサーヌさん、ミリア、ベスタの前衛3人は、魔物を攻撃するときも、いかにクリーンヒットさせるかに注力するようになった。鏡の部屋で素振りを繰り返してもいる。ベスタにはルークから買った、ダメージ逓増の付いたダマスカス剣を持たせている。
彼女たちはお互いに模擬戦をしたりもしている。ロクサーヌさんやミリア、ベスタの3人の模擬戦は非常に見応えがある。3人とも動きにそれぞれ特徴があって興味深い。
ご主人様も参加することがよくあるが、普通に戦うのでは到底かなわないとのこと。普通?と疑問に思うが、ご主人様もたまに目にも止まらないような素早い動きを見せることがある。ロクサーヌさんもさすがにこれには対応しきれないようだ。
そのご主人様は別格として、後衛のルティナと私、基本的には見学である。ルティナと私は近接戦闘をあまり得意としていない。ルティナはともかくとして私はそれではいけないので、なるべく参加するようにはしているのだが。
もっともルティナも最低限、護身のため近接戦闘をこなす必要があるとのことで、ロクサーヌさんから戦闘時の立ち回りなど指導を受けている(ただ彼女は危なくなったら迷わず逃げるように厳命されている。もっともこれはルティナに限らないことであって、私たち全員の足装備に移動力増強と回避力2倍が付いているのは、何も戦うためだけではないのだ)。私も一緒に教わっているのだが非常にためになる(余談だが、最初のころは何を言っているのかさっぱりわからなかったロクサーヌさんだが、今ではかなり理解できるようになってきた。馴れというものなのだろうか)。
ご主人様は、最初は自分にはきっちり攻撃を当てられる自信がないとして、主に魔法で行くつもりだったらしい。
ただそれだけではどうしてもダメな場合、ご主人様が普段使っているあの剣を使うかどうかも問題だが、ご主人様はあれに代わるような剣がない以上、使うほかないだろうと言っていた。きちんとヒットしなければ剣が壊れてしまうのだが、果たして勝算はあるのだろうか(注:おそらくオーバードライブを使って、注意深く慎重に攻撃するのでしょうね)。
そのためか、ご主人様も、以前よりいっそう剣術の稽古に集中しはじめた。ゴスラーさんにお願いして、ハルツ公騎士団の中でも腕利きの騎士に、つきっきりで剣の稽古をつけてもらえることにもなった。
前にも書いたけれども、ご主人様の剣の振り方はある種独特なのものがあるのだが、その振り方は変えないものの、相手にきっちりと剣を当てる方法を繰り返し練習しているようだ。確かに正規の訓練を受けた人による手解きは貴重ではある。
またその場ではこうも言われたそうだ。
敵の動きを見て、頭で考えて、それから身体を動かし、防ぐというのでは遅すぎる。いちいち考えるのではなく、反射で動けるようにしなければならない。そしてそのような動きは、頭ではなく身体で覚えるしかないのだと。
なるほど。ロクサーヌさんのあの動きのようなものだろうか。
もう一つのアプローチは魔法による遠距離攻撃である。確かにダメージ逓増のついた武器を用いることで、攻撃回数を減らしていくことも重要ではある。だがそれでもかなりの回数、攻撃を当てなければならない。装備品破壊の危険は回数に応じて増していくことになる。そうするとやはり魔法による遠距離攻撃が重要である。直接接触のない魔法攻撃であれば装備品が破壊されることはないからだ。
もともと私たちのパーティーは、ご主人様とルティナによる魔法攻撃が主なダメージ源なので、これが一番の方法ではある。とくにご主人様一人で3回魔法を唱えることができ、これにルティナの分を足して、計4回の魔法攻撃が一度にできるのは大きい。これは他のパーティーでは絶対に真似のできない攻撃方法である。
ダメージ逓増のスキルは、魔法攻撃にも同じように効果が乗るということなので、その点も大きい(ダメージ逓増のスキルのついた増撃のスタッフは、解放会のセバスチャンさんも勧めていた)。
遠距離攻撃としてもう一つ考えたのが弓の使用である。
戦争であれば普通に使用される弓矢も(もっとも初代皇帝による建国以来、帝国では対外的にも対内的にも戦争らしいものは起きたことがないそうだが)、迷宮探索ではまず使われることはない。これは狭い通路内だと射線を確保するのが難しく、同士討ちの危険が無視できないからだが、ボス部屋での使用に限るのであれば、ある程度の広さがあるので何とか使いこなせるだろうという判断である。
そこで誰に弓を持たせるかが問題となったのだが、いろいろと検討した結果、ベスタに白羽の矢が立った。彼女の体格なら相当大きく強力な弓も使えるだろうという理由からである。また高身長の彼女なら、射点も高くなるので同士討ちの危険も減るだろう。
そこで彼女の身長と同じかやや長いくらいの弓が用意された。ロングボウというらしいが、今回あつらえたものは、従来のものよりもさらに大きいとのこと。これはご主人様がクーラタルの武器屋に特注したものである。
そしてベスタは暇を見ては、家の庭で弓の練習をするようになった。
弓を引くためには、ものにもよるが相当の筋力を必要とし(私も力には相当自信がある方なのだが、張りが強すぎてこの弓を引き切ることなどとてもできない(もっとも私の場合、悲しいかなこの身長では射線を通すのが難しい)。ルティナに至っては全く引くことができないくらいである。)、その扱いに習熟するのも大変である。それでも彼女は黙々と練習を続けていた。
なおこの弓はアイテムボックスには入らなかったので、ベスタが背中に背負っていくことになった。
まずは適当な迷宮の適当な階層のボスで実験することになったのだが、弓矢を抱えたベスタが待機部屋に入ると、すでにそこで待機していた別のパーティーにその姿を嘲笑された。迷宮内で弓を使用するというのは、それほど珍しいというか非常識だというのが一般の認識なのである。
それでも私たちはみんなムッとしたのだが、ただ一人ベスタだけは涼しい顔をしていた。彼女がニッコリ笑ってからおもむろに弓を構えると、ゆったりとした姿勢で矢をつがえ、壁に向けていきなり放った。無造作にも見える彼女の仕草だったのだが、放たれた矢は凄まじい勢いで壁に突き刺さった。その衝撃はとても大きく、部屋全体が揺れたかのように感じられるぐらいだった。私たちもみな絶句したが、笑っていた者たちが押し黙ったのは痛快だった。結局彼らはボスに挑戦することもなく、そそくさと帰っていった。みんながベスタのところに駆け寄り手を叩いて褒めはやすと、彼女も満更でもなさそうだった。
その後実際にベスタの弓を何体かのボスで試してみたのだが、低階層のボスであればほぼ一撃だった。凄まじい威力である。
先にも書いたように、弓は同士討ちに十分に注意する必要があるが、とくにベスタが弓を目いっぱい引き絞って放った矢なんて絶対に当たりたくない。あんなもの喰らったら魔物だろうがなんだろうがとてもタダでは済まない。
ベスタ本人としては、実はこの弓が大層気に入ったらしく、最終ボスの攻略とは無関係に常に携行するようになった。普段使っている剣と同じかそれ以上に大事にしているようである。使用する機会はボス戦ぐらいしかないのだが。それでもこれまではルティナの詠唱から始まっていた戦闘も、まずベスタが矢を放って始まることも多くなった。
そうしているうちに気づけばベスタの弓の威力がどんどん上がっていっているのが分かる。何のスキルもついていないはずなのだが、とんでもない威力である。
どうもベスタ自身のレベルが上がるにつれて、持っている弓に張られている弦の強度の方も上げていっているらしい(一度強く張りすぎて切れてしまったそうな)。もはや私でも全く引けないくらいの強さである。彼女自身もとくにムキムキというわけではないのにスゴイ筋力である。
ベスタが家の裏でよく弓の練習をしているのは変わりないのだが、一度ご主人様を始めみんなで彼女の練習の様子を見学したときのことである。
全力で射るとどのくらいかとご主人様に問われたベスタが、静かに弓を構えてから、大きく呼吸をして息を吐き出すと同時に矢を放った。
さほど力を入れたようには見えなかったのだが、ものすごい勢いで飛んでいった矢が的にしていた木に命中すると、穴が開くどころか木自体がへし折れてしまった。かなり太い木だったというのに、である。
彼女としては良いところを見てもらおうと張り切った結果なのだろうが、これにはみんな驚いた。本人も驚いていた。
さすがにご主人様からやりすぎだと言われ、ベスタはシュンとしていた。涙ぐんでもいたのだが、その様子に慌てた(ロクサーヌさんが殺気立っていた。そもそもご主人様がやれと言ったからなので彼女が怒るのも当然ではある)ご主人様も、次から気をつければ良いし、ボス相手なら思い切り撃っていいから、むしろベスタの弓には期待していると言っていた。彼女はその言葉に感激してやっぱり泣いていた。
確かに彼女がフルパワーで撃ったら階層ボスが吹っ飛んだのも頷けるほどの圧倒的な威力である。
しかしそんなベスタであるが、彼女は自分の能力の高さを鼻にかけることがまったくない。今では中階層以降のボスでも弓の一撃で倒せてしまうか、たとえ倒せなくてもその衝撃で後方に吹っ飛ばすくらいなのだが。
34階層からはボスが二体出現するのだけれど(さらに45階層からはボス二体に加えて雑魚(といっても12~22階層のボスである)が二体出てくる)、開幕ベスタの弓の一撃でボスの片割れが吹っ飛んでいく。
そして残った方のボスにご主人様とルティナの魔法が飛び、みんなで駆け寄ってボスを取り囲む。あとはHPを削り切るか、ミリアの石化が発動すれば終了である。
その頃になってようやく最初に吹っ飛んでいった残りのボスが、まだHPが残っている場合には(それでも瀕死であるが)戦線に復帰してくるのだが、これもみんなで取り囲んでタコ殴りである。
といった感じなのだが、弓の方は威力だけでなく、命中率も同じく上がっているように見える。ただでさえ乱戦になっているところで味方に誤射しないようにするのは難しい。ご主人様も単体攻撃魔法は非常に慎重に撃っているし、ルティナも基本的には全体攻撃魔法しか唱えることはしないのだが、ベスタ本人も「動く相手を狙うというのがどういうことか、少しコツを掴んだ気がします」と言うように、動きの激しい魔物にもかまわずよく当てている。最初のころとは違い、彼女が狙いを外したところをほとんど見なくなった。「これぐらいの距離なら的を外すことはたぶん無いと思います」とのこと。……本人は簡単に言うがこれは凄いことではなかろうか。ご主人様も同じらしく答えるのにやや間があったが、「頼りにしているからな」と一言。そう言ってもらえたベスタは屈託なく笑っている。カワイイ。
ともかく彼女の弓はすごい精度だ。ほぼ百発百中である。最近はボス戦以外でも積極的に使うようになった。
しかも狙いが正確なだけでなく、射程も驚くほど長い(ボス部屋はさほど広くないのであまり関係ないが、迷宮内の通路の遠くに小さく見える魔物にも、ベスタは易々と矢を撃ち込んで命中させていた)。遠くからこんなに精密な射撃をされたら、大抵の敵は反撃の機会すら与えられないまま殲滅されてしまうだろう。
なおミリアにも、ベスタと同じものはさすがに使えないだろうが、弓を持たせることを一応検討はした。ただ彼女は弓を上手く扱うことがどうやってもできなかったので(近接武器なら器用に扱っているのに)、これは諦めざるをえなかった。どうやらじっくりと狙いをつけるというのは彼女の性分に合わないらしい。本人いわく、当てられる気が全くしないとのこと。あれだけ良い目をしているというのに、である(まあ当てられそうもないのは私も同じなんですけどね)。
ところが、投げ槍の方は得意のようで、槍を投げさせたところ百発百中だった。弓といったい何が違うのかと不思議に思うのだが、どうやら銛で魚を突くのと同じ感覚らしい。
結局ミリアには投げ槍を持てるだけ持たせるということで落ち着いた。ちなみにこれも特注品である。
というように、とにかくみんなが自分のやれることをやって、最終ボス戦に備え出した。これまでとは全く異質の戦いとなるだけに、みんな真剣そのものである。私は戦闘ではほとんど役に立つことができないので、こうして戦術を考える事で少しでも貢献しようとしていた。
たとえばさらに別のアプローチとして、一撃当たりのダメージを最大限大きくすることで、全体の攻撃回数を減らすというのはどうだろうか。これはダメージ逓増と同じ理屈ではあるが、できれば一撃で最終ボスを屠れるぐらいのダメージが欲しいところである。
そこで思いついたのが、ご主人様の持っているジョブである色魔のスキル、禁欲攻撃である。迷宮の最終ボスの攻略には、この禁欲攻撃が有効なのではないかと考えた。
前にも書いたと思うが、禁欲攻撃はアレを我慢して性欲を貯めれば貯めるほど、一撃の威力が増すらしい。ご主人様が色魔ギルド(そんなものがあるのかと驚いたが)の人間から聞いたところによると、10日間も貯めればボスも一撃だそうだ(もちろん人にもよるし、相手にもよるのだろうが)。
最大の問題は、最低でも10日間の禁欲に、ご主人様や私たちが堪えられるかだけれど(ロクサーヌさんが発狂するかもしれない)。……ううむ。
本当ならロクサーヌさんには事前に相談するところなのだが、私は彼女にはとても言えなかった。どんな反応が返ってくるか、容易に予想できたからである。
それでもご主人様に進言する価値は十分にある。最上層の攻略が視野に入って来たらこれも準備せねばなるまい。
ということで、ロクサーヌさんに隠れて、こっそりご主人様にこの話をすると、ご主人様も同じことを考えていたようで、色魔のレベルをせっせと上げてきたのは最終ボス攻略のためだと言われた(本当かな?)。しかしあのご主人様が果たして10日間もアレを我慢できるものだろうか。……確かに提案したのは自分だが不安は募る。
「本当に10日間なんて我慢できるんですか?」
とご主人様に直截に訊いてみると、
「……そんな目で見るな」
と言われた。
私としてはごく普通に尋ねたつもりだったのだが(注:ジト目だったんでしょうね)。
ご主人様は苦笑しつつ、大変は大変だがこれが方法としては一番だ。全力の一撃で皆に攻撃が行く前に最終ボスを倒し切りたいと言っていた。
やることはその後やればいい。何なら最終ボスを撃破した後は、三日間ぐらい休日にしてもいいのだ、とのこと。なるほど。
色魔のジョブを取得したばかりの頃は、絶対に無理なようなことを言っていたはずなのだが、ご主人様も成長したものだ(と書くと非常にエラそうだが、私もこの方法が一番だと思う。ただ万一倒し切れなかったときの備えはしておくべきだろう)と思った。
なお仮に一撃で撃破できなくても、等量交換は絶対使わないように釘を刺しておいた。もちろんだと、ご主人様も頷いていた。もし削りきれなかったときは、最大出力のガンマ線バーストで相手を撃ち抜くつもりだという。確かにあれならメテオクラッシュよりも強力だし、なんとか行けるだろう。
というわけで、とりあえず禁欲攻撃を最後の手段として、一応準備はしておこうということになった。果たしてどうなるか(ロクサーヌさんが一体どういう反応を示すかも含めて)。
そして、そろそろ最終ボスの攻略が見えてきたときのことである。
初めて入ったこの階層はこれまでの階層と比較してやけに狭く、入り口の小部屋から待機部屋まで、割とすぐに辿り着いてしまった。どうやらこの階層は出来てから間もないらしい。ということは……。
これを見てご主人様は、この階層のボス討伐をしばらく封印し、10日間の禁欲期間を設けることを宣言した。もちろんこれは、仮にその階層が最上層であり、最終ボスと戦うとなった場合に備えるためである。
実際にこの宣言を聞いたときは、事前に相談していたこともあって、まあ無理もないかと私は達観していたが(残念に思わなかったわけではない……アレはその……とても気持ちいいし)、そうでない人が約2名いた。
一人は言うまでもないがロクサーヌさんで、まるでこの世の終わりが来たかのような顔をしていた。そしてなぜかベスタまでもが、驚愕の表情で固まっていた。
「あの……キスもダメでしょうか」
とロクサーヌさんがおそるおそるご主人様に訊く。
「駄目だろうな」
「せめてハグだけでも……」
さらに泣きそうな顔をしてすがるように彼女が言う。
さすがにご主人様も、ロクサーヌさんのこの様子にグラっと来たようだが、それでも振り絞るように言う。
「決してお前たちのことが嫌いになったわけではない。ただ性欲が解消されてしまうとスキルの威力が下がってしまう。最終ボスを倒すためには、最低でも10日間の禁欲がどうしても必要なのだ」
「ボスなら私が何とかしてみせます。何なら私一人ででも倒してみせます!」
となおも食い下がるロクサーヌさん。ベスタも殺る気マンマンだ。ウンウンとうなずいている。
そこまで言うとは……10日ぐらい我慢できないものかとも正直思う。確かにアレが無いのは寂しいといえば寂しいけれど……何を言っているんだ私は。
結局、りびどー?というものをどうしても貯める必要があるのだと、ご主人様に説得され、一応二人とも理解はしたようだが、果たして本音では納得したのだろうか。ロクサーヌさんは一応納得もしていたようだが、考え込む素振りも見せていた。何か良からぬこと(とは限らないし、そもそもご主人様に仇なすようなことを、彼女が考えるはずもないが)を企んでいそうだ。
たとえば見敵必殺、10日が経過する前でも、最終のボス部屋が見えたら直ちに飛び込んで最終ボスとの戦闘に持ち込み、一気に始末をつけてしまうつもりなのかもしれない。そうなっても彼女ならなんとかしてしまいそうではある。
どうやら下手に禁欲攻撃を使って迷宮討伐に成功してしまうと、それが前例となり、迷宮討伐のたびに、禁欲期間が設けられてしまうことにもなりかねないことを、ロクサーヌさんとしては大変危惧しているらしい。確かにその可能性はあるとは思う。それでもねぇ……金輪際二度とできなくなるわけではないのだし。
それはそれとして、禁欲攻撃が上手く決まって一撃で最終ボスを倒せればいいが、そうでない場合、すなわち最終ボスのHPを削り切れない場合は、やはり直接攻撃が必要となってくる。
その場合には、ご主人様やルティナの魔法、ベスタの弓やミリアの投げ槍など、それ以外の対策をフル活用して、最終ボスに止めを刺すことになるだろう(ご主人様はやはりガンマ線バーストを全力でぶっ放すつもりらしい)。
大丈夫、十分に勝算はあるはず。ご主人様と私たちなら成し遂げられる。
そしていよいよ明日から禁欲するというその日の夜、ロクサーヌさんはスゴかった。とにかくスゴかった。どういう風にスゴかったかというと朝までヤっていた。
他のみんなも頑張ってはいたのだが、最後は私も含め全員がダウンしているなか、ロクサーヌさんだけは一人で、ご主人様の上で腰を振っていた(ご主人様もやっぱりダウンしていた)。こんなことはもちろん初めてだ。結局次の日というか日付が変わったその日は、午前中の探索がお休みとなった。ロクサーヌさんは一応申し訳無さそうにはしながらも、ニコニコ(ツヤツヤ)していた。さすがに彼女も満足したらしい。
あと結局これは使うことはなかったのだが、最後にもう一つあったのを思い出した。すでに言及している方法で、これは本当に反則技なのだが、もしも99階層のボスが最終ボスである場合、というか仮に最終ボスでなくても(おそらくそんなことはないだろうが)、99階層のボスを倒す場合には、ご主人様の呪文、レベル99デスを使うことにしていたのである。例のサボーを瞬殺したときに使ったアレだが、これを使えば99階層のどの魔物でも一撃で倒せるはずである。
もちろんこれは99階層まで行ったときの話ではあるが、道中の雑魚敵にも積極的に使っていく方針だったので、この場合には魔力回復薬を大量に準備することになっただろう。
***
取り留めの無い話をしてしまったが、私たちの生活は迷宮探索とは切っても切り離せないものがある。
迷宮探索を終えた後は、ご主人様の呪文で直接我が家に帰還することも多いのだが、買物などをするために、迷宮の出入口からそのまま出ることも多い。
とくに早朝の迷宮探索を終えた時は、朝食の材料などを買うためにクーラタルの迷宮の出入口からそのまま出る。入るときは入場料を取られるが、出るときはお金がかからないので問題はない。入った形跡もなく、出てくるだけの私たちだが、もともとクーラタルは冒険者の出入りの激しい迷宮なので、怪しまれたことも一度もない。
夜明けとともに迷宮を出ると、すでに店も開いており、人々の動きも活発である。ここクーラタルの街は今日も変わらず動き続けている。見ているだけでもいろいろと楽しいが、私たちも動かねばならない。そう思っているのは私だけかもしれないが、改めて今日も頑張っていこうと決意を新たにする。
……さて、肝心なことを書いてなかったが(別に忘れたわけではないけれど)、ロクサーヌさんにあそこまでさせて臨んだ最終ボスは本当に最終ボスだったのか? 禁欲攻撃は目論見通りにその威力を発揮したのか? そして討伐それ自体は果たして成功したのか?
決して勿体振っているわけではないのだが、いずれここに書く機会があるだろう。まあ今こうして私がこの文章を書いてる時点で、お察しだろうとは思うけれど。
とりあえず一通り書き上げたのでアップします。
例によって、加筆・修正がありますのでご注意を。
タイトルも何かいいのが思いついたら変えようかと思っています。
今回も、私の勝手な創作(妄想)にかかる部分がかなりあります。
とんでもない勘違いをしている危険も十分にありますのでツッコミ歓迎です。
そのほか、感想、要望やクレームなどもぜひお寄せください。
ではでは。