私の名はセリー   作:続きません

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初出:書き下ろし


セリーが鍛冶師になった話

 私の名はセリー。

 ドワーフ族の16歳。長らく(と言ってもそんなに長いわけではないけれど)探索者をしていたが、今は鍛冶師として、迷宮探索に加えモンスターカードの融合や装備品の作製もしている。転職に失敗し一度はなることを諦めた鍛冶師に私がなぜなれたのか。鍛冶師になったときのことは、今でも忘れられない(恥ずかしさもある。あのときのことを思い出すと、今でも顔から火が出そうだ)。今回はそのお話である。

 

 前にも言ったと思うのだが、本来あるジョブに就くためには、そのジョブのギルドに所属し、それなりに修行を積んだうえで、ギルド神殿で転職する必要がある(なおご主人様は不思議に思っているようだが、私たちの生まれながらのジョブは「村人」である。これは皇帝だろうが貴族だろうが変わらない)。

 私も探索者のレベルが10になったとき、つまりアイテムボックスの大きさが10×10になったときだが、鍛冶師ギルドのギルド神殿で転職を試みた。

 ちなみに鍛冶師ギルドの場合、鍛冶師になって初めてギルドへの加入が認められるのだ。つまり鍛冶師を目指すドワーフは、まずは探索者ギルドに所属して、探索者Lv10を目指す。ギルドは一人一つのギルドにしか入ることはできず、また、一度加入したギルドを辞めることには厳しい制限がある。ただ鍛冶師ギルドと探索者ギルドとの間で協定が結ばれているらしく(探索者ギルドは冒険者ギルドとは仲が非常に悪いのだが、鍛冶師ギルドとはそのようなことはないようである)、探索者から鍛冶師への転職については問題ないそうだ。

 しかしながらそのときの私は鍛冶師になることができず、泣く泣くそのまま探索者としてやっていくことにしたのだった。過去に一度転職に失敗しても、エレーヌの神殿で鍛冶師になった例もあるとは聞いていたが、もう自分は鍛冶師にはなれないだろうと、当時の私はひどく落ち込んだものだった。

 

 ところが今、鍛冶師になった自分がいる。未だにどこか信じられない気持ちだ。

 ドワーフ族のあこがれの職業であり、全職業の中で最も有用なジョブといっても過言ではない鍛冶師(異論もあるかもしれないが)。

 その鍛冶師になることができた。嬉しくて嬉しくて嬉しくてたまらない。嬉しい気持ちが抑えきれない。いやっほう! おっといけない。

 

***

 

 ベイルの商館で初めてご主人様にお会いしたときも訊かれたのだけれど、当時ご主人様は、鍛冶師の奴隷を探していたのだそうだ。

 自分は鍛冶師への転職に一度失敗していたので、そのことを知ったときは申し訳ない気持ちで一杯だった。

 それでもご主人様は私に対して優しく接してくれていたし、自分としてはこの御恩に報いるためにも、探索者として精一杯頑張っていくしかないのだと考えていた。

 が、どうやらご主人様は鍛冶師をゲットすることを、決して諦めたわけではなく、何とかして私を鍛冶師にしようと実は画策していたのである。

 

 その後迷宮探索に行く前に、ご主人様にこう訊かれた。

 

「気になっているのだが、セリーは槌で魔物を倒したことがあるか?」

「いいえ。ありません」

「そうか。それならば得物は槌にしよう」

「は、はい?」

 

 このときは一体何を言っているんだろうこの人はと思ったが、今考えてみれば、このときのご主人様は、私を鍛冶師にするために、転職の条件をいろいろと模索していたらしい。

 

 というのも、ジョブは生まれつき取得できるかどうかが決まっているわけではなく、あくまで後天的に取得するものだというのが、ご主人様の持論なのだそうだ。

 したがってご主人様の考えによれば、種族固有ジョブは別としても、誰でも決まった取得条件さえ満たせば、どのジョブにでも就けるはず、というのである。

 そして種族固有ジョブについても、その種族であれば誰でも条件さえ満たせば取得できることも同じだという。だからご主人様は私が一度は鍛冶師になれなかったと聞いてもなお、鍛冶師になることは不可能では決してないと考え、あえて私を購入したのだろう。

 

 そういうわけで、早速迷宮に入ると槌を持たされた私は、最初はぎこちなかったものの、持ち方や姿勢(ばってぃんぐふぉーむ?というらしい)、振り方などいろいろとアドバイスを受けながら素振りを繰り返してみた。そうすると槌を振り回しているうちに何だか段々と楽しくなってくる。マズイ。これは病みつきになりそうだ。

 ともかくご主人様やロクサーヌさんに支援してもらいながら、次々と魔物を攻撃していく。アラン氏には荒事に向いていないと心配された私だったが、そんなことはない。私だってやるときはきっちりとやるのだ。

 

 そんななか、ご主人様からまたも唐突にこう訊かれた。

 

「セリーは鍛冶師になれたら嬉しいか」

「い、いいえ」

 とその場ではとっさに答えたものの、そんなの、本当は嬉しいに決まっている……でもそんなことなど、今更言っても仕方のないことだ。

 

「そうなの?」

 なおもご主人様が訊いてくる。泣きそうだ……顔を上げていられない。なんでこの人はこんなにしつこく訊いてくるのか。恨めしく感じてしまう。

 

「もう諦めましたから。それに奴隷になってしまったので、いまさら鍛冶師になったとしても問題を引き起こすだけですし」

 なんとか振り絞ってそうつぶやいた。

 

 ご主人様はそんな私を黙って見ていたが、奴隷に暴力を振るう主人は少なくないという話を聞くと、自分は絶対にそんなことはしないと、珍しくキッパリと言っていた。どこか遠い目をしながら……自身の過去に何かあったのだろうか。

 それとこれは後から教えられたことだが、このときご主人様は、何としても私を鍛冶師にすることを強く決意したらしい。

 

***

 

 ご主人様によれば、各種ジョブへの転職条件は、先ほども言ったのだが、ギルドに所属して修行を積むことでは必ずしもなく、各ジョブの特性に応じた一定の行動をとることらしい。その他にまた、探索者以外のジョブにもレベルの概念があり、あるジョブが一定のレベルに達していることが、別のジョブへの転職の条件になっていたりすることもあるのだそうだ。

 確かに探索者にだけレベルがあるというのは、考えてみればおかしいことなのかもしれない。実際に迷宮探索などで経験を積むことで、探索者に限らずどのジョブに就いていても、色々とパワーアップすることはよく知られたことである。探索者のようにアイテムボックスの収容数が増えるといった分かりやすい指標が無いだけなのか。

 

 たとえば、鍛冶師への転職に失敗した私は、当時加わっていた兄さまのパーティーを支援するため、せめて回復職になれないかということで、実はそのまま探索者で行こうとはせず、巫女(男性は神官、女性なら巫女である)になることを目指したのだ。回復職としては僧侶の方がなりやすいとされているが、全体回復スキルの使える巫女(神官)の方が優れたジョブである(戦闘中でも問題なく使えるし)。

 そのために私は、聖職ギルドに入って滝にまで打たれたにもかかわらず(滝に打たれながら精神を統一していくと、何かひらめく瞬間があるとのこと)、結局巫女にはなれなかった。確かに僧侶と異なり、巫女や神官は希望者の半分もなれない、比較的就くのが難しいジョブではある。それでも悔しかったし、自分としてはかなりの手応えを感じていたので(実は滝に打たれているとき、自分にもそうじゃないかというひらめきはあったように感じていた)、相当落ち込んだ。

 探索者ギルドに復帰したときには、素直に戻らず聖職ギルドに入って巫女への転職を目指した点について随分と文句(というか嫌味)も言われたし、本当に踏んだり蹴ったりだったのだ。

 ただ巫女になれなかったのは、実は私の村人レベルが5に達していなかったのが原因だったらしい。私がご主人様の奴隷になった時点で村人のレベルは3だったそうで、その後ご主人様のもとで迷宮探索を再開し、村人のレベルが5になった時点で、巫女のジョブを取得したということだそうだ。

 鍛冶師になるには探索者Lv10が必要だということは分かっていたので、さっさと探索者になったのがどうやらいけなかったようだ。ともあれ、ご主人様と出会った時点ですでに、私は巫女のジョブを(潜在的にではあるが)持っていたのだという。

 

 もっとも、それぞれのジョブの取得条件はやはり異なっているそうで(しかも一般には全く知られていないか、あるいは漠然とだけ知られている。たとえば僧侶になるためには厳しい修行を積まなければならないとか、先ほども言ったように巫女や神官になるためには滝に打たれる修行が必要だとか)、ご主人様も全てのジョブについてその取得条件をはじめから知っていたわけではなく、試行錯誤しながら一つ一つ確認ないし発見していったらしい。

 確かにご主人様に連れられて迷宮に入っているとき、一見何をやっているのか分からない行動をご主人様がすることがままあった。後から考えてみると、これはジョブの取得条件を探っていたようだ。

 たとえば毒を使って魔物を倒すと、暗殺者のジョブが得られるとかも(他にも取得条件があるそうだが)、そうして発見したとのこと。

 

 そして肝心の鍛冶師についても同様である。これも後で教えていただいたのだが、槌を使って一振りで複数の魔物を攻撃することが、鍛冶師のジョブ取得条件(の一つ)なのだそうだ(倒し切ることまでは必要ないらしい)。確かに槌は基本的に振り回す武器であり、同時に複数の魔物を攻撃できることを特徴とする。しかしこれはドワーフでもかなり力が強く、一匹目を軽く弾き飛ばすほど強くスイングができるか、または一匹目はかすめる程度に巧く当てることで、衝撃が吸収されずに二匹目にも攻撃が当たるようにするか、いずれにしてもある程度の才能がなければならないだろう。

 そういえば、鍛冶師となった私の知っているドワーフは、みな前衛で槌を振るって大活躍している人ばかりだった。私の兄さまも槍を使い出す前はそうだったらしい。

 

 なおご主人様は、ギルド神殿を利用しなくても、自由に自分のジョブを変えることができるそうだ。

 しかもそれだけに止まらず、ご主人様はパーティーメンバーがどういうジョブを持っているかが分かり(パーティーに入っていない人については、今現在のジョブだけが分かるらしい)、その中から自由にその人のジョブを設定することも可能なのだそうだ。私たちのジョブもちょこちょこと変えていろいろ試しているらしい。なんということだ。

 

***

 

 これは余談になるが、ご主人さまに鍛冶師になりたいかと訊かれたとき、こうも訊かれた。

 

「そういえば、探索者Lv10以外で鍛冶師になった人は、どうやって鍛冶師になったんだ」

「エレーヌの神殿です」

「エレーヌ?」

「エレーヌの神殿は、ギルド神殿のように特定のジョブに就くわけではなく、神託によってなんらかのジョブに就任させてくれる神殿です。本人に最も適性のあるジョブに就けるとされています」

 私が答える前に、ロクサーヌさんが補足してくれた。

 

「初代皇帝が英雄のジョブに就任したのも、エレーヌの神殿です」

「うーん。初代皇帝って、盗賊を退治したエピソードとか、あるか?」

 エレーヌの神殿について話したとき、初代皇帝についていうと、これも唐突に訊かれた。

 

「はい。初代皇帝の初陣が襲ってきた盗賊を撃退することだったそうです」

 

 確かに大変有名な話ではあるのだが、そもそも初めての戦いで盗賊を討伐するなどほぼありえないことだ。狙ってやるのはまず不可能だし、たまたま遭遇できたとしても初陣でなんて普通は勝てるはずもない。初代皇帝もいったいどうやって盗賊を撃退したのかについて、詳細はほとんど伝わっていない。もはや伝説である。圧倒的な戦力差だったのかもしれないが、それでは英雄のジョブは取得できなかったのではないか。やはり相当厳しい状況を跳ね返したからこその英雄なのだと思う。

 

 そうして初陣での盗賊退治という鮮烈なデビューを飾った若き日の初代皇帝は、その後クーラタルの迷宮の攻略でさらに名を上げ、複数の迷宮討伐に成功してその土地の領主となると、周りの領主たちを糾合して、最終的には一大帝国を築き上げた。まさに英雄の名に恥じない活躍ぶりである。

 

 しかしこのときは、まさかご主人様が英雄のジョブを取得しているなどとは、夢にも思っていなかった(当たり前と言えば当たり前だが)。後で知ったのだが、ご主人様はソマーラという村で、数十人単位で襲ってきた盗賊を、ほぼ一人で撃退したとのこと。それがご主人様の初めての戦いで、そしてその時に英雄のジョブを取得したのだそうだ。そのことについてご主人様は、

 

「できれば細かい取得条件を確認したかったのだが、再現するのが困難でな」

 と言っていたが、それはそうだろう。

 

 なんでもご主人様の持つオーバーホエルミングというスキルは英雄のものらしい。周りの動きが遅くなる(もしくは自身の動きが速くなる)スキルだそうだ。

 戦闘中もご主人様が使用しているのをたまに見かけるし、決闘のときにも見せた、目にも止まらないあの動きも、このスキルによるものだとのこと。

 確かにこんなスキルがあれば、初代皇帝が活躍できたのも無理はない。

 ということは、ご主人様もゆくゆくは初代皇帝のようになるのだろうか。まさかとは思うが、この人なら……あながちありえないことだとも言い切れない。

 

 ともあれ、鍛冶師になれた私は、いきなりモンスターカードの融合を試みることになった。

 初めて融合を試み、そして成功したときのことは、今でもはっきりと覚えている。

 そのときは訳も分からず、言われるままやってしまったのだが、後から考えると非常に危険なことをしていたとゾッとする。

 

***

 

 その日迷宮探索から帰ってくると、ご主人様はテーブルを挟んで、私を目の前に座らせた。何か話があるらしい。

 

「何でしょうか?」

「うん。まあなんというかだな」

 ご主人様にしては珍しく歯切れが悪い。

 

「はい」

「今日からセリーは鍛冶師だ」

「は?」

 この人は突然何を言い出すのか。思わず口を半開きにしたまま固まってしまう。

 

「びっくりしただろ。分かるよ。思うようにいかないことたくさんあるよな」

「あ、あの……」

 突然ご主人様の口調がおかしくなる。いつものしゃべり方じゃない。

 

「鍛冶師になるのは無理だって、諦めてるんじゃないですか」

「え、えっと……」

 話の内容も突飛なものだが、とにかくご主人様の様子がおかしくて、どう返していいのか戸惑ってしまう。

 

 するとご主人様は銅の剣とモンスターカードを取り出し、

 

「もうプロだよ君は。融合してごらん」

 と言ってきた。

 

「い、いえ……」

 さっきから本当に何を言ってるんだこの人は。

 

「がんばれがんばれできるできる絶対できるがんばれきっとやれるって」

「で、でも……」

 ご主人様の口調が熱を帯びてくる。いつものこの人とは全然違う。本当に一体どうしたというのか。

 

「でも大丈夫。分かってくれる人はいる。そう、俺についてこい。モンスターカード融合。リピートアフターミチオ、モンスターカード融合」

 するとなぜかロクサーヌさんが「モンスターカード融合?」と言い出した。首をかしげている。可愛らしいしぐさである。いやいやそんなこと考えている場合ではない。

 

「……も、モンスターカード融合」

 二人して自分を追い込んで来ているような気もするが、仕方がないので、私もおそるおそる同じように言ってみる。すると突如頭の中にある呪文が浮かんできた。これは何度も聞いたことのある、私もよく知っているモンスターカード融合の呪文だ。ということはつまり……余りの驚きにまた固まってしまう。

 

「もっと熱くなれよ」

 ご主人様がこぶしを握って私に迫ってくる。

 

「で、でも、どうして……」

 わけが分からず混乱していると、ご主人様が、

 

「本気になれば自分が変わる。本気になればすべてが変わる。これを融合してくれ」

 と先ほどの銅の剣とモンスターカードを差し出してくる。

 

「いいのですか?」

「何やっても大丈夫だ」

 どうしよう……もしかしたら私にもできるかもしれない……いやしかし……。

 

 かなり迷ったが、スキル呪文について一応確認してもらうと、もう一度ご主人様を見る。するとご主人様が力強くうなづいてくれた。

 これはもうやるしかない。先ほどから自分でも成功するような気がしてならないのも事実だ。それにここまで来て逡巡していても仕方がない。私は覚悟を決めた。

 

「今ぞ来ませる御心の、言祝(ことほ)ぐ蔭の天地(あめつち)の、モンスターカード融合」

 

 呪文を唱えると自分の手元が一瞬だけまばゆいばかりに白く輝き、そしてその光が収束していく。

 モンスターカードは消えてしまったが、そこには銅の剣が残っていた。成功だ。

 ……成功してしまった。

 

「ご主人様、成功したのですか?」

「間違いない」

「やりましたね、セリー」

「よくやったぞ、セリー」

 ご主人様とロクサーヌさんが何やら言ってきているが、その内容が全く自分の頭に入ってこない。

 

「……です」

「なんだ?」

「……なさいです」

「どうしました」

「ごめんなさいです。成功してごめんなさい。鍛冶師になんかなろうとしてごめんなさい。生まれてきてごめんなさい」

 正直ほとんど覚えていないのだが、この時私はこんなことを口走っていたらしい。

 

 だがこの時の感情は今でも鮮明に思い出せる。あんな感情になったのは生まれて初めてのことだ。私は圧倒的な負の感情に押しつぶされそうになっていたのである。

 兄さまが迷宮で大けがをしたときも、自分が奴隷として売られることが決まったときも、こんな気持ちにはならなかった。

 

 ……私みたいに胸も無いし老けて見えるし可愛げもないしこんなチンチクリン誰も必要としてくれないだろう。

 ……今回はたまたま上手く行っただけでどうせもう二度とモンスターカードの融合なんて成功しないんだ。

 ……下手に初回で成功してしまい期待なんか持たせるなんて私は大バカ者だ。失敗続きでご主人様を破滅させてしまうかもしれない。

 ……いいやきっとそうだ。私なんかいない方がいいんだ。消えてしまいたい。

 

 などとネガティブな気持ちに沈み切ってしまっていたのだ。そのままだと自殺すらしかねないほどだった。

 すると何やら気づいたのか、ご主人様がアイテムボックスから何かを取り出しつつこちらに駆け寄って来る。

 

「大丈夫だ。セリーはえらい。セリーはすごい。ほら、この薬を飲め」

「私なんかのために貴重な薬を使うことはないです。いいんです、私なんか。本当にごめんなさい」

 

 ご主人様が薬を出して飲むように言ってくるがとてもそんな気持ちになれない。もうどうなっても構わないという投げやりな気持ちにその時の私はなっていた。

 

「安心しろ。成功したセリーはすごい」

「そんなことはないです。成功したのは私が駄目だからです」

「えっと。モンスターカードの融合に成功したセリーはほんとに立派ですよ」

 とご主人様だけでなくロクサーヌさんもこう言ってくれていたらしいのだが、その言葉も全く頭に入ってこない(このやり取りはすべて後で教えてもらったものである)。

 

 そんなやり取りをしていると、ご主人様が私を優しく抱きしめてくれ、私の唇に吸いつくと口をこじ開け、舌を差し入れてきた。

 私の方もご主人様に縋るように抱きつき、絶対に離さないとばかりに夢中で自分の舌を絡めていた。

 しばらく舌を重ねあっていると、ご主人様が口移しで薬らしきものを飲ませてくれた。夢我夢中でそれを飲み込む。しばらくして私が落ち着いたのを確認してから、ご主人様が口を離す。

 

 後になってよくよく考えてみると、ご主人様とあんなにも激しいキスを、しかも自分の方からも求めるだなんて。本当に顔から火が出そうだ。

 それにあの時はそんなことを考える余裕もなかったが、ロクサーヌさんがものすごく羨ましそうに、こちらを見ていたのも目に入っていた。

 

「どうだ、少しは落ち着いたか」

「……はい。えっと、あの」

 少しは落ち着いたとはいえまだ混乱が収まらない……私はいったいどうしてしまったというのか。そんな私にご主人様はやさしく頭をなでてくれる。私も気持ちを落ち着かせようと深呼吸してみる。

 

「謝らなくていい。大丈夫だ」

「そういえば聞いたことがあります。鍛冶師になったばかりの者はモンスターカード融合はしないようにと。失敗を嘆いて自殺する人が多いのだとか」

 ようやくこの原因に思い当たる。うっかりしていた。私も本当に鍛冶師になれたのか半信半疑で、すっかり忘れていたのだ。

 

「一時的な発作のようなもんだ。気にするな」

「はい」

 

 これも後から教えてもらったことだが、ご主人様によると、どうやら人は魔力が枯渇すると、精神状態が極めて不安定になるのだそうだ。確かに駆け出しの鍛冶師は、決してモンスターカードの融合などしてはいけない、装備品の作製も、簡単なものから(定番はミサンガである)始め、それから徐々に高級品にチャレンジしていくものとされているが、これはその人の魔力量に余裕がないからということで説明がつく。根拠は明らかでないものの、経験則からこのような教訓が、鍛冶師の間で代々受け継がれてきたのだろう。

 

 それにしてもあの時のご主人様はとても異様だった。不思議だったし、正直気持ちが悪かったので、どういうことなのか直接訊いてみた。

 

「ところで、先ほどのご主人様のしゃべり方、あれは一体何だったんです?」

「ん? あれはだな……まあ……何というか、人を励ますときにはああいう言い方がいいのだ」

「そうなんですか? 普段ご主人様が絶対にしないような話し方だったのですが、そういうものなんでしょうか」

「……まあ、そういうことだ」

 

 しかしあれ以降、あんなしゃべり方をしているご主人様を一度も見たことがないのだけれど……。

 

***

 

 話を戻そう。

 こうして私の初めてのモンスターカードの融合は、無事(?)成功に終わったのだが、鍛冶師によるモンスターカードの融合には、まだまだ解明されていない謎が多く残されている。装備品のスキルスロットの話もそうだ。特にこれはドワーフ族の間で、未だに激しい(それこそ掴み合い、殴り合いになるぐらいの)議論が続いているテーマである。

 ところが、ご主人様は、装備品にスキルスロットがついているものと、そうでないものとの見分けがつき、しかもついているものについては、その数も分かるのだそうだ。

 ご主人様が言うには、スキルスロットに空きがあればモンスターカードの融合は成功し、なければ失敗するとのこと。

 そしてそれは鍛冶師の力量とは全くの無関係であるということなのだそうだ。

 

 そういえば私のおじい様は、現役のころはとても腕の良い鍛冶師と評判だったそうだ。モンスターカードの融合の成功率は、普通の鍛冶師よりも相当高かったらしい。

 何でもおじい様はカードの融合を引き受ける際、融合の対象となる装備品を見て、「コレは駄目だ」と断ることが結構あったそうである。

 おじい様もスキルスロットの有無が分かっていたのだろうか。ただおじい様がコレは大丈夫だと言って引き受けた場合であっても、融合に失敗してしまうことが極稀にではあるがあったらしい。長年の経験で培われた勘のようなものだったのかもしれない。

 

 もっとも鍛冶師の能力とモンスターカードの融合の成否が無関係であるといっても、装備品の作製やカード融合には術者に一定の魔力量が必要で、それが足りなければ失敗するし、たとえそれが成功したとしても、魔力が枯渇すれば私が陥ったように精神的に追い詰められるらしい。ご主人様によればこれは魔力を消費するスキル(それと魔法も)全般に言えることなのだそうだ。

 スキルの発動はあくまでMP量の多寡に依存するのみであり、経験を積まなければならないというのは、レベルを上げることによって全体のMP量を増やすためであるという。作成できる装備品の材質もやはり魔力量に依存するので、レベルが上がるほど魔力量が増え、より上位の装備品が作製可能となるし、また休みをはさむことなく連続して多数の装備品が作製出来るようになるということらしい。

 つまり私の場合、迷宮探索によって鍛冶師として急速にレベルが上がったことで、MP量にかなりの余裕が出来たことから、短い修行期間であってもこうしてモンスターカードの融合や、装備品の作製が問題なくできているということである。

 

 なお装備品の作製によっても、経験値を獲得することはできることはできるのだが、その量は微々たるもので、迷宮で魔物を倒すことの方が得られる経験はずっと大きいのだそうだ。確かに鍛冶師は迷宮探索もしっかりとこなす者でなければなれないし、なった後でも迷宮にはきちんと入り続けることが望ましいとされている。実際に敏腕と言われる鍛冶師たちはみな、迷宮探索においても目覚ましい活躍をしている人たちばかりだった。そう考えると迷宮探索にあまり積極的でなかった父が、鍛冶師の腕もそれなりだったというのも、無理のないことだったのだろう。

 

 そういうわけで、実際私はこれまで、数多くのモンスターカードの融合をしてきたが、一度も失敗したことがない(エヘン)。

 先に述べたように、モンスターカードの融合について、ご主人様はその成功・失敗がある程度分かると言っていたが、どうやらある程度どころか完璧に分かるようだ。驚がくの事実であるし、にわかには信じがたいことである。

 ただ私はこれまで、何のカードをどの装備に融合したかをすべて記録に残しているのだが、これだけの回数融合しているにもかかわらず、一度も失敗していないとなると、これはもはや否定できようもないことである。

 やはりこれは、確かに私の実力というわけではないようだ。融合する装備品とモンスターカードは、(当然のことだが)すべてご主人様が用意したものであり、私はただご主人様の言うとおりに融合の呪文を唱えたにすぎないからである。

 

 それでも客観的に見れば、私が鍛冶師として普通では考えられないほどの成功を収めていると言っていいのは確かである。

 しかしながら、あらゆる種族の固有職のなかで、ドワーフ族がなれる鍛冶師こそが一番であると、自分は固く信じているのだが、鍛冶師は不遇職だという人もいる。確かにモンスターカードの融合はなかなか成功するものではなく、失敗が続けば鍛冶師の立場は微妙なものになる。しかも鍛冶師が奴隷である場合などは、追い出されたり、そこまで行かなくとも食事を与えてもらえなかったり、体罰を加えられたりと、ひどい目に遭うとも聞く(そうならないために、せっかくなれたというのに、奴隷になる前に鍛冶師のジョブをわざわざ変更するドワーフも珍しくないのだそうだ(この場合、鍛冶師ギルドもギルドを抜けてジョブを変更することを認めているとのこと)。なんてことだ。一度転職に失敗した私などからすればとんでもない話である)。そうした不安とは全く無縁の自分は、本当に幸せ者だとつくづく思う。

 

 このご主人様についていけば、私も鍛冶師の地位を極めることも、そして伝説のジョブといわれるあの隻眼になることも決して不可能ではないだろう(隻眼の話はまた後でするが)。

 ここまで来た以上は伝説をこの目で確かめたい、私はこのご主人様に最後までしっかりとついていくことを決意した。

 すでに決めてはいたのだが、改めてロクサーヌさんにそういう話をすると、彼女はフンスと得意げな顔(ドヤ顔というらしい)で、

「私の命はとうにご主人様にお預けしていますよ♪」

 と言っていた。まあ例の遺言の件で、もう知っていましたけどね。

 

 なおこれも極めて重要なことなのだが(融合の話に戻るが)、スロットが複数空いている場合には、その空きの分だけ複数枚のモンスターカードを融合することが可能であるという。

 自分はこれまで実際に目にしたことはなかったのだが、複数のスキルの付いた装備品も存在することは耳にしていた(その場合でも鑑定で分かるのは装備品の名称となって現れる最初のスキルだけで、2番目以降のスキルについては、効果は一応発揮されているらしいのだが、見た目上は全く分からないらしい)。ただ装備品の作製の場合は、失敗しても単に材料が失われるだけですむが(それでも十分痛いけれど)、モンスターカードの融合の場合、失敗してしまうと、カードが失われるのはもちろん、装備品も壊れてしまう(一部素材が戻ってくる)ので、さらに被害甚大である。しかもすでにモンスターカードが融合されているような装備品の場合は、それまでのカード融合の成功もすべて水泡に帰してしまうのでなおさらである。モンスターカードの融合は失敗することの方が多いから、スキルのついた装備品にそんなリスクを負わせることなど、まともな人なら普通はしないはずである。

 したがって複数のモンスターカードの融合がいかに危険か、そして複数スキルの付いた装備品がいかに希少かはお察しなのだが、ご主人様の指示のもと、私はそういう装備品への融合も何度も行ってきた。

 

 私が初めて複数のスキルをつけたのは、今もロクサーヌさんが装備しているダマスカス鋼の額金である。

 

 あるとき、オークションで蝶のモンスターカードが落札できたことを知ったご主人様が、私にこう言ってきた。蝶のモンスターカードは、武器につけると風属性の剣となり、防具につけると風の属性防御がつく。どちらかと言えば、防具につける方が一般的である。

 

「ダマスカス鋼の額金につけようと思う。コボルトのモンスターカードもあった方がいいだろうか」

「そうですね。ダマスカス鋼の装備品なら後々まで使えます。効果の高いものにした方がいいでしょう」

 

 確かにダマスカス鋼の装備品なら、それだけの価値はある。ご主人様も自信たっぷりな様子なので、融合もうまくいくだろう。

 というように気楽に考えていた私だったのだが、さらにご主人様がこう言ってきた。

 

「モンスターカードで耐性をつけられる属性は四つだけか?」

「知られている限りでは四つです」

 4つのうちのどの属性をつけるか迷っているのかな?と思っていたら、

 

「ダマスカス鋼の額金にその四つをつけても大丈夫だよな」

「え?」

 4つの魔法耐性を1つの装備品に全部つけようというのか。さすがに言葉を失った。

 

「複数のスキルをつける研究はあんまり進んでないんだったか。まあ大丈夫だろう。別に効果が重複するわけでもないし」

「えっと」

 確かに以前ご主人様にも説明したことがある。装備品の効果が重複するかどうかは昔からいろいろ議論されている。はっきりとは分かっていないが、重複しないという意見の方が多いようだし、実際攻撃力上昇のスキルを複数の装備品につけても攻撃力が上昇しないことは昔の偉い学者が確認している。ただし、今回のように全く異なるスキルを付けた場合までは否定されておらず、重複すると主張する人もいる。

 

「安心しろ。使えなかったら使えなかったときだ」

「いえ」

 しかし問題はそちらではなく、融合に失敗した場合はそれまでの成功もすべて無に帰してしまうということなのだが、ご主人様はどうもそれが分かっていないらしい?

 

「確かにそうだな。効果があるかどうか調べるのが難しい。セリーの懸念はもっともだ」

「そうではなく。いや検証も大変かもしれませんが、複数のスキルを融合しようとして失敗してしまったら……」

「そこはセリーの腕を信頼している」

「はあ……」

 と、事も無げに言われてしまった。もっとも、後から聞かされたのだが、このダマスカス鋼の額金には、4つのスキルスロットが空いていたらしい。ご主人様としては、4回までの融合であれば、必ず成功するとの確信があったようだが、そんなことなど全く知らないその時の私は、一体何を言っているんだこの人は、という目でご主人様を見ていたらしい。

 

 確かに4属性すべてに耐性を付けられれば、迷宮探索において大変重宝することは間違いない。なんでもご主人様によれば、ハルツ公爵夫人のカシアさんは、自身が装備する4つの防具のそれぞれに異なる魔法耐性をつけていたらしい。なんでそんなことがわかったのかということも気にはなったが、防具につけるスキル構成としては確かに定番である。

 定番ではあるが、それだけ装備をしっかり整えてもらっているというのは、ハルツ公爵の夫人に対する愛情の深さを感じさせることでもある。ご主人様には悪いがあの二人は夫婦仲も良好なのだろう。ルティナによれば、ハルツ公夫妻は社交界ではおしどり夫婦としてたいそう有名なのだそうだ。

 ともあれ、通常はそのように一つの装備に一つずつ属性防御を付けていくのだが(それも必ずしも一度で成功するわけではない)、ご主人様は一つの装備に4つの属性防御のすべてをつけるつもりのようだったのだ。何という無茶なことをと当時の私は思ったのだが、結局これにも成功してしまった。そして4種類の属性防御はそれぞれ有効に機能することも確認することが出来た(これもいずれ何らかのかたちで公表したいとは考えている)。

 一体いくらの値段がつくのか想像もできないくらいの装備品がそうして完成したのである。そのような装備を与えられたロクサーヌさんがいたく感激して、たいそう大事にしているのも無理はない。

 

 複数のスキル融合について、私の今のところの最高記録は、5つのスキルを融合したというものだが、それが現在ルティナが装備している例のハイヒールブーツである(このブーツを得た経緯は別に話した通りである)。5回目の融合の際は精神的に本当にまいったのだが、そのプレッシャーがいかに大きいか、わかってもらえるだろうか。

 そうやってカード融合のたびにヒヤヒヤしているのだが、何十回もの融合が、一度の失敗もなくすべて成功してしまうと、否が応でもご主人様のスキルスロットの話を改めて信じずにはいられなくなった。

 

 ちなみにスロットの数は装備品のランクによるらしい。個体差はあるようだが、材質が良い物であればあるほど、スロットの数は多くなるとのこと。ご主人様がたまに使っているあの両手剣(最近はベスタに使わせることもよくある)には、全部で6つのスキルがついているとのことだが、ということはスロットが6つ空いていたことになる。最初からスキルがついている剣を入手したということだそうだが、どこでどうやって手に入れたかはいまだに教えてもらっていない(教えるつもりもないらしい)。

 ただその剣は別として、ご主人様がこれまで見てきたなかで、装備品についているスロットの最高数は5つなのだそうだ。武器屋や防具屋にご主人様がまめに通っているのは、良い(すなわちスキルスロットの数の多い)装備品の出物が無いか確認するためである(ご主人様の中では、スロットの数が多いすなわち良い装備品ということらしい)。私の作った装備品を卸すついでというのもあるけれど。

 

 自分が作製した装備品は、クーラタルの中心部近くにある大きな武器屋と防具屋にそれぞれいつも卸している。クーラタルは大きな迷宮があるだけあって、冒険者も多く訪れ、したがって装備品の需要も大きい。皮装備や革装備などの防具は、価格も手頃で良く売れるのだそうだ。

 最近は竜革の装備なども作れるようになってきたので、装備品の売却収入もかなりの金額になってきた。モンスターカードの融合はそうそう行うものでもないし、そもそもこれはあくまでパーティーメンバーの装備強化のためにしているだけなので儲けを出すようなものでもないが、装備品の作製の方は、材料は迷宮のドロップ品なので仕入れ原価はゼロだし、それがそのまま売却するよりも数倍の高値で売れるので利益も大きい。ご主人様にはセリーのおかげで安定的な収入が得られるようになったのはとても有り難いと言ってもらえている。

 おかげで私たちは最近ではもうすっかり店のお得意さんになっている。2つの店の主人ともとても仲良くなった。それでなくてもクーラタルの街なかで、私たちはよく目立つ存在ではある。少々恥ずかしいものがあるけれど。その後ハルツ公騎士団にも装備品を納めるようになったのだが、主な納入先はやはりこちらである。

 なおスキルで作製する装備品には、作製者の個性が出るようで、私の作ったものは大変評判が良いとのこと。モンスターカードの融合が成功するのは、ご主人様の見立てのお陰である面が大きいが、装備品作製は純粋に私の能力によるものなので、これは素直に嬉しく思う。

 

 モンスターカードの融合結果だけでなく、こうして自分で作製した装備品のほか、店で購入したり、迷宮で獲得した装備品などについても、漏らすことなく全て書き留め、記録として残している。先にも述べたが、装備品の作製でも、鍛冶師になったばかりの自分では到底作れないはずの装備品が作れてしまうというのは、ご主人様の説明を聞くまでは不思議で仕方がなかった。

 これも前に書いた通り、鍛冶師もレベルが上がれば魔力量も増えよりランクの高い装備品が作れたり、または作れる装備品の数が増えたりするということなのだが、通常鍛冶師はミサンガ作りから少しずつ始め、何年もかけてより上級の装備品作りに挑戦していくものなのだ。

 

***

 

 ミサンガと言えば、私が初めて作ったミサンガを、ご主人様が身に付けると言ってくれた時は本当に嬉しかった。何のスキルも付いていないというのに。さらにその後、芋虫のカードを入手してそのミサンガに融合し、身代わりのミサンガを作るときはとても緊張した……(注:本当はスキルスロットの空いたミサンガが出来るのを待って内密さんがそれとすり替えているのですが、この時点でのセリーさんはそのことを知りません)。ドワーフ族の間ではよく知られた例のジンクスがあったためだ。

 

 それは初めてペルマスクに連れて行ってもらい、鏡を買って帰って来た日の夕方だった。

 

「さて、いよいよこのときがやってきたな」

 とご主人様はアイテムボックスから芋虫のモンスターカードを取り出し、足首に巻いてあるミサンガも外して、私に渡してくる。いやに自信たっぷりだ。

 

「は、はい」

「セリーは確かに優秀だという俺の見立てが試されることになる」

「えっと。最初に作ったミサンガで身代わりのミサンガを融合できた鍛冶師が成功するというのは俗信、迷信の類です」

 下手に期待を持たせてはいけない。失敗したら大変だし、ご主人様をがっかりさせるのは申し訳ない。というわけで、ご主人様たちには迷信だの俗説だのと繰り返しつつ、予防線を張りまくっていたのだが、……実はこれがもし上手く行ったら、自分だって鍛冶師として成功出来るのではないかと、ひそかに気にはしていたのだ。

 

「俗信だというのなら、最初に作ったミサンガで身代わりのミサンガを作り、かつ成功した鍛冶師の実例にセリーがなればいい。簡単なことだろう。なあ、ロクサーヌ」

「はい。ご主人様がそのように見立てられたのですから、セリーはきっと成功するに違いありません」

 ……ロクサーヌさんめぇ。彼女の事だから、きっと何も考えていないに違いない。彼女のこういったある意味能天気なところは、正直羨ましくもあるが、このときはそれが心底恨めしかった。

 ただもう仕方がない。私も覚悟を決めよう。気力も充実しているし、何となく成功しそうな気がする。

 

「では融合します」

「いや、待て。あ、いや、今さらしょうがないか。いや、悪かったな。うん。作ってくれ」

 あれ? ここまで煽っておいて、この人は今更何を言っているのか。いいからやってしまおう。

 

 そうして融合の呪文を詠唱すると、持っていたミサンガが一瞬まばゆく光り、そしてその光が収まっていった。

 そして手元にミサンガが残る。やった成功だ。初めてカードを融合したときのように、気分が落ち込むということは無かったが、正直ホッとした。

 

「やりました」

「心臓に悪いな」

 そうでしょう? ご主人様がまるで自分がカード融合に挑戦したかのような表情をしていたのが、かえって面白かった。やったのは私なんですけどね。

 実はこのときもご主人様はこのミサンガにスキルスロットが空いていることが事前に分かっており、融合が必ず成功するだろうとは思っていたらしいのだが、それでも不安を覚えたらしい。

 

「さすがですね、セリー。やはりセリーは鍛冶師として成功します。ご主人様が見込んだのだから間違いありません。見抜いたご主人様もさすがです」

 と何も知らないロクサーヌさんがはやし立ててくる。全く彼女は……でもそれが彼女のいいところでもあるのだが。

 

「ありがとうございます、ロクサーヌさん」

「と、とにかくよかった。さすがはセリーだ」

「はい。ありがとうございます」

 

 ともあれこれで身代わりのミサンガができた。1回限りではあるが、ご主人様の身の安全が確保されたわけだ。

 ……とホッとしていると、ご主人様は身代わりのミサンガとただのミサンガをそれぞれつけたり外したりしている。何をしているのだろうか。

 

「身代わりのミサンガを2つ装備しておけば、連続2回の攻撃に耐えられるか?」

「いえ、複数装備しても有効なのは1つだけです。その都度装備していく必要があります」

 

 そんなことを考えていたのか。それができたらみんな身代わりのミサンガを10個も20個も付けだすだろうに。

 こんなふうにご主人様は、誰もが知っていることを知らないことも多いのだが、その逆もまた多いので評価が非常に難しい。すごいんだかすごくないんだかよく分からない。つくづく不思議なお人だと思う。

 

 ただそれより驚いたのは、ご主人様が自身だけでなく私たち奴隷全員にも身代わりのミサンガを装備させたことだった。

 そもそも私は身代わりのミサンガを見たこと自体がなかった(自分で作ったものを見たのが初めてだったのだ)。ロクサーヌさんやほかのみんなも概ねそうだったらしい。ただベスタだけは見たことがあったそうだ。彼女が言うには、彼女の前の主人が身代わりのミサンガを手に入れようと必死になっており、ようやく手に入れたときには自慢げに見せてくれたのだそうだ(もっとも見ただけではただのミサンガと見分けはつかないのだが)。

 貴族でもなければ冒険者も普通は装備しない(出来ない)ようなものなのに(今思えば兄さまがあのときこれを装備していれば大ケガすることも避けられたのだろうが)、奴隷にこんな貴重なものを装備させるだなんて、到底考えられないことである。

 けれどもご主人様によれば、こんなことは至極当然のことだという。たとえ奴隷であったとしても、メンバーの誰一人として欠けるようなことがあってはならないと、真剣に考えているらしい。

 そもそも合理的に考えても、高額の対価を支払って購入した奴隷に、下手に大怪我をされたり、ましてや死なれるようなことがあっては大損害だと思うんだがと真顔で言われてしまった。

 確かにそう言われるとその通りなのだが……。「本当にそれだけですか?」と訊くと、最初は言葉を濁していたが、「お前たちのことは皆大事に思っているからな」と言ってくれた。そう言ったときのご主人様の顔はやや赤くなっていたように思うが、私自身も赤面していたと思う。でもご主人様がそう言ってくれたのがとても嬉しかった。

 

 なおこれは余談になるのだが、先にも述べたように、私はモンスターカード融合の結果だけでなく作成した装備品についてもすべて記録に残している(我ながらマメだと思うが)。そして装備品については、実はご主人様に見てもらい、その装備品にスキルスロットの数がいくつついているかも記録しているのである。

 その数字をまとめてみると、作製した装備品にスロットが付くかどうか、そして付いたとしてもその数がいくつかには全く法則がないようである(これは誰が作製しても変わらないようである)。高品質の装備品はスロットの上限数が大きいのは確かだが、それでも全くスロットの無いものも普通に作製される。

 

 結局竜革の装備品については、最大数のスロットの付いたものはスキルを付けてこちらで使うこととし、そうでないものはゴスラーさんのところなどに卸すことにした(なぜここでゴスラーさんが出てくるのかは後で述べる)。これがダマスカス鋼やオリハルコンにもなってくると、自分で作るよりすでに作製されたもので、かつスキルスロットの最大限付いたものを購入した方が確実ということになるのだが、解放会の売店でも確実に購入できるとは限らないため、それと並行して自分でも作製していく必要があるだろう。

 

 ところで、スキルスロットの数を確認してもらっているうちにある疑問を持った。さっそくご主人様に訊いてみる。

 

「私が最初に作ったミサンガには、本当にスキルスロットが空いてたんですか?」

 すると驚いたご主人様が、不自然に、でも露骨に目をそらした。ムム? こんなご主人様も初めて見た。

 最初は言葉を濁していたご主人様も、例によって私がじっと見ていると、実はスロットは空いてなかったことを認めた。

 もしかしたらと思ったが、やはりそうだったのか。となると例のジンクスが……。

そうして考え込んでいると、ご主人様は私がショックを受けているのではないかと心配してくれたらしい。慌てた様子で、

 

「自分の作ったミサンガで初めて融合にチャレンジしてそして成功したんだ。それでいいじゃないか。こんなに可愛いセリーが鍛冶師として成功しないなんてあるわけないだろう」

 と言い出した。

 

「可愛い?」

「あ、いやそうだな。セリーは可愛いぞ。鍛冶師としても優秀だしきっと成功するさ。いや俺が必ず成功させてみせるからな」

 こうして気遣ってもらったことも有難かったのだが、何より「可愛い」といわれたことが、恥ずかしかったけれどもそれ以上に嬉しかった。

 

***

 

 繰り返しになるが、身代わりのミサンガだけでなく、これまで私が行ってきたモンスターカードの融合は全て成功に終わっている。しかも一つの装備品に複数のカードを融合することすらあり、それもことごとく成功している。やはりご主人様にはカード融合の成否が予め分かっているだろうことは間違いない。

 ただこれだけはっきりしたことが分かっているのに、ご主人様は積極的にモンスターカードを競り落とし、装備品に融合していくことをこれまでしてこなかった。

なるべく目立つことはしたくないようで、普段の慎重な姿勢を、ここでもご主人様は決して崩さなかったのである。

 私もそれでいいのではないかとも思っていた。下手に貴族に目を付けられるのも危険だろう。仲買人も決して信用できない。

 

 その仲買人についてだが、確かに迷宮探索をしている私たちは、いつ出品されるか分からないモンスターカードや装備品を求めて、常にオークションに張りついているわけにもいかない。

 売る方にしても、時期によって落札価格はかなり違ってくるらしく、適切なタイミングで売却するにはやはり仲買人に任せた方がよいといわれる(もっとも基本的にご主人様は買う方が中心であり、売るようなことはない(例の妨害の銅剣6本は入手の経緯が特殊だったので、例外である)。仮に売るとしても、売り先はポイントのもらえる解放会になるだろう)。

 だが仲買人は全ドワーフ族の敵と言っても過言ではない。仲買人に利益を奪われるのはしゃくなことではあるが、仲買人同士連携しているので彼らを出し抜くのは難しいそうだ。これまで我々ドワーフがどれだけ煮え湯を飲まされてきたことか(私自身そういった経験はないけれど)。……奴らを視線で殺せればいいのにと私は常々思っている。

 

 話がそれてしまったが、仲買人を積極的に使うかどうかはとりあえずおくとしても、これまで全ての融合をこうして成功させてきていると、もっとやりたいと思う気持ちが出てくるのも正直なところである。だが私も慎重になるべきだろう。そもそも先にも言ったようにこれは私の実力ではなく、ご主人様の目利きのおかげなのだから。

 

***

 

 ……と思っていたのだが、やはりというかなんというか物事はそう簡単には上手くいかないものである。

 公開融合を成功させたり、皇帝にも知られてしまったりということで、どうやら私の存在が一部で広まっているらしい。有能な鍛冶師だとか。一体どこの誰のことだろうと思ってしまうのだが。

 先にも書いたが、もはやお得意様となっているクーラタルの武器屋や防具屋でも、カード融合についてきかれることがあるそうだし、ご主人様のところに直接カードの融合依頼が来るようにもなったのだそうな。

 やはり商人ギルドで公開融合を行ったのが大きかったらしい。カード融合に成功したという噂を広める必要があったとはいえ……ルークの奴め、いずれ目に物見せてやる。と、改めて決意する。

 それに実際のところ、これはあくまでご主人様の目利きのおかげにすぎず、私自身の能力とは全く無関係なのだ。したがって一応澄ました顔をしてはいるが、内心は非常に恥ずかしいものがある。

 

 ご主人様はそうした依頼を全て断っているようだが、ハルツ公にもモンスターカードの融合を依頼されたことがあった。

 例のブーツの融合に成功して、これを皇帝に献上した件は、貴族の間でもかなり噂になっていたようで(どうも融合がなかなか成功しないというより、こうして装備品が下賜されること自体がほとんどないことらしい)、皇帝がことのほかお喜びだったと、ハルツ公が教えてくれたらしい(ただ後から知ったのだが、実はブーツの件には、ハルツ公も一枚噛んでいたらしい)。

 

 だが話はそれだけでは終わらず、冒険者どののところのセリーが(何度も晩餐会に招いていただいていたので私のことだと知られていたのだが)、極めて有能な鍛冶師だと聞いたので、自分もお願いしたいと。……一体誰のことだろうと思うぐらい照れてしまうが、だからといってそんな簡単に引き受けるわけにはいかない。

 ご主人様もいろいろと理由をつけて抵抗したのだそうだが、ハルツ公に是非にと頼まれ、一回だけということで融合することになってしまった。それもハルツ公たちが見ている前で(公開融合なんてやってしまったのがいけなかった)。ご主人様は引き受けるかどうか相当悩んでいたが、先にどの装備品に何のカードを融合するか、現物を見せてもらってから判断するという条件でOKしたのだそうだ。

 

「そうしないと成功するかどうかわからないだろう?」

 と言っていた。これはつまりやはりご主人様はスキルスロットが見えるということだ。

 

 そうして融合してほしいということで渡されたのは、ハルツ公自身の愛剣だというオリハルコンの剣だった。これは公爵の父から受け継いだものなのだそうだ。これまでは失敗を恐れてカード融合は一切しないでいたそうだが、可能なら何か有用なスキルを付けて、末永く使いたいとのこと。確かにその気持ちはわからないでもない。

 カードの融合は失敗する可能性もあるので断ってくれてもかまわないし、仮に融合に失敗しても、一切文句は言わないとも言われた。

 ……そうは言われても、これはちょっと、と思い、すがるようにご主人様の方を見たが、ご主人様は余裕の笑みを浮かべていた。これは大丈夫そうだと思い、少し気が楽になる。

 

 結局、ハルツ公の剣には詠唱中断のスキルをつけることになり(モンスターカードの方は、ルークがすでに用意していた。ルークもぜひ見学したいとのことで、ちゃっかり同席していたのが気に入らなかったのだが)、そして融合はいつも通りに問題なくあっさりと成功してしまった。ただでさえ貴重な品だし、ハルツ公がとても大事にされてきた物なので、慣れてきたとはいえ、そしてご主人様のお墨付きがあったとはいえ、やはり非常に気疲れした。

 

 後で聞いたのだが、ご主人様の話では、ハルツ公の剣にはスロットが4つ付いていたそうだ。そしてこのときに事前に確認していたことも聞かされた。やはりそうだったのか。表情から何となくわかりはしたが、だったら前もって教えてくれればいいのに。

 ご主人様は、仮にスキルスロットが空いていなくても、いっそのこと失敗してしまえば、もう頼まれることもないだろうとも一時考えたそうだが、私の名誉のためにはやはり成功させるべきだと思い直したのだそうだ。

 ご主人様としては、下手に目立ちたくないと思っていただろうに……私のために……いけない、その心遣いが嬉しくて思わず涙が出てきた。

 

 ちなみにカード融合に成功し、しかもその場面を直に見ることができたハルツ公は大はしゃぎで、大変喜んでくれたのだが(なんでも鍛冶師が融合に成功したところは初めて見たのだそうだ。こういうところがこの人が軽いと言われる理由なのだが、それでも憎めないのはやはりカリスマ性が高いというべきだろう)、一回だけと言ってしまったことをしきりに残念がっていた。

 しかもハルツ公は、ただ残念がっていただけでなく、公爵夫人の持つダマスカス鋼の盾を持ち出して来て、もう一度お願いできないかと頼んできた。約束違反なのでそれを理由に断ってもよかったと思うのだが、ご主人様はそういった事は一切言わず、これはやめておいた方がよいとだけ言って、きっぱりと断っていた。これも後から、あの盾にはスロットが無かったのだと教えられた。

 これでようやく終わったかと思ったが、ハルツ公だけでなく、今度はゴスラーさんも騎士団の装備更新のために協力してもらえないかとご主人様に頼んできた。あちら側の必死な様子が窺える。

 

 ご主人様も、ハルツ公の頼みはどうでもよさそうだったが、ゴスラーさんには同情したのか(「彼は苦労人だからな」と言っていた。確かに普段からハルツ公に振り回されているであろうことは容易に想像できる。ゴスラーさんはハルツ公の叔父さんだそうだが、ご主人様の見るところ、ハルツ公に振り回されているとはいっても、ゴスラーさんの方もそれを楽しんでいるフシがあるとのこと。何気に二人は仲が良いのだろう)、カード融合はできないけれども、装備品の作製の方であればある程度は協力できると言っていた。

 結局、希望の装備品があれば、クーラタルのお店に卸す前に、こちらに持ち込むということで話がついた。

 

***

 

 というわけで、モンスターカードの融合については、もはや隠していても仕方ないということになり、みんなの装備をある程度整えていくこととなった。

 

 みんなの装備品の融合計画は、もちろんご主人様と私とで相談して進めているのだが、まず手始めとして、みんなの足装備から揃えていくことにした。

 全員の靴に牛のモンスターカード(もちろんコボルトのモンスターカードも一緒に)を融合する。移動力増強である。これまではルティナの例のブーツにしか付いてなかったのだが、やはり瞬発的なものも含め、移動力は重要だ。これのおかげで個別の戦闘においてだけでなく、移動も含めた迷宮探索そのものの効率も目に見えて上がったように思われる。

 それと回避力のスキルについては、すでにロクサーヌさんが装備している硬革の靴につけていたのだが、これはコボルトのモンスターカードを使っていないので回避力上昇にとどまっている。ロクサーヌさんなら、彼女の素の回避力で十分と言えば十分なのだが、せっかくだから全員の装備を揃えようということで(ロクサーヌさんの硬革の靴は、もとは我々が討伐した盗賊が装備していた品だったのだが、ご主人様によればスキルスロットは1つしかないとのこと)、この柳の硬革靴を売却し(ルークが買い取っていた。一応相場通り。あの男もそう簡単には尻尾を出さない)、新たに竜革の靴を人数分作製したうえで、そのすべてに移動力増強と回避力二倍のスキルをつけることにした。

 移動力と回避力をそれぞれ2倍にすれば、みんなたいていの立ち回りは難なくこなせるようになるだろう。もちろん普段の練習も大事であることは言うまでもない。クーラタルの自宅の鏡の間で、私も含めみんながダンスの練習を欠かさずにやっている。

 

 武器に関していえば、今のところはご主人様の剣と私の槍にしかついていないが、全体攻撃魔法といった大技を確実にキャンセルできる詠唱中断を全員の武器につけることも重要である(ハルツ公もつけていたし)。これは攻撃力アップよりも優先すべきだろう。

 魔法使いの場合は詠唱中断よりもMP吸収の方が価値が高いが、近接攻撃にほぼ参加しないルティナの装備に、MP吸収を付ける意味は余りないだろうということで、これは見送られた。

 その代わりルティナのMP回復は主に薬に頼ることとし、強壮丸を彼女に豊富に持たせたうえで、必要に応じて惜しみなく使うよう指示がされている。ルティナは恐縮しているようだが、戦闘の効率を高めることで、薬代ぐらいは十分回収できると言っておいた。

 

 こうして自分たちの装備を充実させるのも重要なことだが、そのためにはモンスターカードを買い求めるだけでなく、ベースとなる装備品についてもなるべく良い物を入手する必要がある。

 

 低品質の装備品にモンスターカードを融合するというのはあまり賢い使い方ではない。そういう意味では人魚のモンスターカードを、コボルトのモンスターカードも使わずに皮のミトンに融合したのは確かに失敗だった。人魚のモンスターカードは水属性を付与するのだが、ダマスカス鋼の鉢金にも付けたように、4属性のスキルは、武器につけると発動の度に詠唱が必要となり、使い勝手が悪いので防具につけることの方が圧倒的に多い。また一般にモンスターカード融合は失敗することの方が多いので、安い装備品にスキルを付ける場合には、コボルトのモンスターカードまで使うことはない。加えて当時の私は、革の加工までは出来ていなかったので、失敗しても比較的早く作り直せる皮装備につけることにしたのだった。

 ……今の自分なら絶対にしなかっただろう……でもあのときはモンスターカードの融合を成功させることに、全く自信が持てなかったというのもある(このときいろいろと説明(言い訳)していた自分はきっと異様だったに違いない……今思い返すと恥ずかしいものがある)。

 

 一方高品質の装備品といえばオリハルコン製などになるが、そのレベルの装備品ともなると、普通に武器屋などでは売っていないので、オークションかあるいは解放会にある店舗で買うことになる。

 ただ解放会の場合は独自のポイントを使わなければならず、そのポイントはこちらの装備品を売却することでしか得られないし、装備品であれば何でも買い取ってくれるというわけでもない。

 身代わりのミサンガは買い取ってくれるそうだが、買取価格がとんでもなく安いうえに(買取金額1万ナール、得られるポイントが1とのこと)、消耗品とはいえ同じものをそうそう何個も買い取ってはくれないだろう。

 それなりのクラスでスキル付の装備品であれば買い取ってくれるそうなので、ポイントを稼ぐのであれば、できるだけいい装備にスキルを付けてどんどん売っていくしかない。

 

 ということで、ルークからは余剰の装備品があればぜひ自分に売ってもらいたいと以前より言われているし、実際に彼に売却したこともあったのだが、ご主人様と相談のうえ、今後はスキル付の装備品は解放会にのみ卸すことにした(通常の装備品はこれまで通りクーラタルの武器屋と防具屋の他、ハルツ公騎士団に卸すことになっている)。売却価格は相場より確かに安いものの、ポイントを稼げるし、そのポイントを使って高品質の装備品を購入し、それにさらにスキルを付けて売ればいいのだ。

 そのあたりはセバスチャンさんとも話をつけることができている。身代わりのミサンガに始まって、スキル付の竜革装備やひもろぎのスタッフなど、売れ筋の装備品を彼から教えてもらう。

 そうしてスキル付の装備品を定期的に売却していると、セバスチャンさんからは「さすがはセリー様です」とお褒めの言葉をいただいたが、何度も言うようにこれはもちろんご主人様の目利きのおかげである。

 モンスターカードについても、セバスチャンさんからは、会員を通じて解放会が取得したカードを、適正価格で優先的に回してもらえることになっている。セバスチャンさんはこれ以外のことでも大変頼りになる人だし、この人を味方につけることができたのは非常にありがたい。

 

 一方ルークに対してだが、カード融合はなかなか成功しないようだと、ご主人様はすました顔で折に触れて彼に言っている。隣にいる私も申し訳無さそうな顔をしている(もちろん嘘だけど)。ルークはどうも不審に思っているようだが、こうして彼の鼻を明かしてやれるのは大層気分の良いことである。

 

***

 

 ご主人様のもとで鍛冶師になって以来、ロクサーヌさんが巫女になったり、ミリアが暗殺者になったりして、パーティーのジョブ構成も若干変更されてはいるが、私のジョブはずっとそのまま鍛冶師である。

 不思議なことに、他のパーティーメンバーと同様、自分は今や相当な速度でレベルアップしているらしい。たしかにロクサーヌさんの索敵能力やご主人様の殲滅力のおかげで、魔物を狩る数は、通常のパーティーのそれを軽く凌駕している。が、どうもそれだけではないようだ。

 

 それはともかくとして、

 

「私はこのまま鍛冶師を続けて良いのでしょうか」

 とご主人様に訊いてみたことがある。

 

「もちろんだ。カードの融合も装備品の作製も非常に役立っている。それに隻眼と言ったか? セリーには期待している。ぜひとも目指して欲しい」

 

 隻眼とは、本来は目をやられてしまうほどの回数、鍛冶を行ったドワーフに対する称号だとされているのだが、それほどの長い時間鍛冶を行った者だけが得られるジョブということらしい。

 「らしい」というのは、実際に隻眼になった者は現在は一人もおらず、過去には数名いたとされてはいるものの、それが本当なのかどうかもはっきりしない。鍛冶に関するドワーフの文献の中にわずかに記述が見られるだけである。そしてもちろん転職条件も不明である(ただ、隻眼のジョブに就いたとしても、視力を失うことはないらしい)。

 

 ……おじい様でも辿り着けなかったこの伝説のジョブに、自分がなれるとは到底思えないのだが、これまで信じられないようなことを、ご主人様は何度も実現させてきた。そう考えると、この調子で修練を積んでいけば、本当に信じられないことだが、もしかしたら私でも隻眼になれるかもしれない。

 

 なおこの隻眼というジョブは、伝説のジョブというだけあって、その効果もやはりはっきりしない。ただ次のような話がある。

 

 コボルトの最上位種であるハイコボルトが残すハイコボルトのモンスターカードは、通常のモンスターカードと一緒に融合すると、コボルトのモンスターカードと一緒に融合したときより強力なスキルが付与されるとの説がある。ただこれは確実な成功例はないようである。

 むしろハイコボルトのモンスターカードは、同じく最上位種が残すモンスターカードと組み合わせて装備品に融合するのが正しい使い方であり、こちらは少ないながらも成功例が報告されていると聞く。むしろ最上位種のモンスターカードは単独では融合できず、ハイコボルトのモンスターカードと一緒に融合しなければならないとの説もあるぐらいである。

 そして一説によれば、こうした最上位種のモンスターカードを使った融合は、鍛冶師ではできず、隻眼となった者のみがこれに成功できるというのだ(数少ない成功例はすべて隻眼によるものらしく、鍛冶師による確実な成功例は存在しないらしい)。

 

 その他にも、隻眼になることでモンスターカードのドロップ率が上がるだとか、同様にカード融合の成功率が上がるなどと言われている。以前モンスターカードのドロップ率が上がるジョブは無いかと、ご主人様に訊かれたが、正直分からなかったのでもしかしたら隻眼ならと答えたことがあった。

 ご主人様によれば、カード融合の成功・不成功は、あくまで装備品のスロットの空き次第なので、それがその通りであればジョブの効果とは無関係ということになる。となるとカードのドロップ率の方だろうか。料理人のジョブでレア食材ドロップ率がアップするらしいのだが(ご主人様が迷宮でレア食材を取りまくっているのはその効果らしい。おかげで私たちもおいしいものがいっぱい食べられる)、それと同じ効果ということか。もしも私が隻眼になることができたなら、これはぜひ検証せねばなるまい。

 

 おじい様は隻眼になる前に引退してしまったけれど。いつかなれたらいいなと思いつつ、今日も私は、ご主人様や他のみんなと一緒に迷宮に向かう。

 

***

 

 ご主人様から得られた数多くの知見については、これを何らかのかたちで残したいと常々思っているが、鍛冶師にかかわる部分だけでも、いや鍛冶師のジョブ取得条件だけでも何とかして発表できないものだろうか。

 スキルスロットの存在は、すでにドワーフ族のごく一部で主張されてはいるが、検証不可能なこともあり、信じてもらえるかどうか不安はある。

 鍛冶師としては駆け出しの(経験はそれなりに積んでいるが、まだまだ若造でしかない)私が言っても説得力はないし、ましてやご主人様は人間族で、ドワーフ族ですらない。

 

 また装備品作製とMP量との関係についても、この話をすると鍛冶師にも(実際は全てのジョブに)レベルがあるということを言わなければならない。そうするとこれまでの概念を根本から覆すことになるので、大変な騒動になることが予想されるし、そもそもまともに取り合ってもらえない可能性もかなりある。

 それでも、鍛冶師のジョブ取得条件だけでも、できれば私のように鍛冶師になれずに絶望している同胞たちに伝えてあげたいという気持ちは強いのだ。

 私は鍛冶師ギルドに所属していないが(一度転職に失敗したドワーフが所属したという事例も、ごくまれにあるにはあるが)、ギルドを通じてなんとかできないものだろうか。いろいろと考えてはいるものの、なかなか妙案が浮かばない。今度ご主人様に相談してみようか。とはいえ私たちの迷宮探索にとって何の助けにもならないことだし、ご主人様にとっても別段いいことが何もないので、悩みどころである。

 

 その後、図書館のさらに奥の奥、普段は開放されていない書庫の奥底で興味深い文献を発見した。ドワーフの鍛冶スキルに関する相当古い文献だったのだが、これを慎重に読み進めていくと、「鍛冶師を目指すなら武器は必ずハンマーを遣うべし」という大変興味深い一節を見つけることができたのだ(文献にはハンマーとあったが槌なら何でもいいらしい)。

 やはりそうだったのか。何故かは知らないがギルドには承継されていなかったようだけれど、先人はしっかりと手がかりを残していてくれたのだ。

 この文献には「同時に複数の敵を攻撃すること」までは書かれていなかったが(槌使いなら当たり前のことなのだろうが)、これは重要なヒントになる。これぐらいは鍛冶師ギルドに伝えておくべきだろう。

 

 そしてご主人様の許可を得た私は、帝都の鍛冶師ギルドに赴き、自分はエレーヌの神殿で鍛冶師になった者だと事実を一部ごまかして説明しつつ、図書館で発見した文献の写しを具体的に示して鍛冶師のジョブの取得条件をギルドに伝えた。やり方さえわかればこれはさほど難しいことではないはずだ。これでわが同胞たちも、その全員が希望通り鍛冶師になれることだろう。




とりあえず投稿。久しぶり過ぎて投稿の仕方も忘れていた。
ご意見等あればいただけると大変うれしいです。
今後加筆・修正することが十分にありますのでご注意を。

(追記)
ちょこちょこ加筆しています。

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