私の名はセリー   作:続きません

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    https://ncode.syosetu.com/n4259s/152/ 「全体手当て」
    コミックス版 第8巻 第19章「鍛冶師」
初 出:書き下ろし


セリーから見たロクサーヌ

 私の名はセリー。16歳、ドワーフ、鍛冶師(ああ、なんと素晴らしい響き!)。

 私のご主人様であるミチオ・カガは、現在五人の奴隷を所有しているが、私がご主人様の奴隷になったのは二番目だった。

 最初にご主人様に出会ったときの話でも言ったのだが、ご主人様には一番奴隷としてすでにロクサーヌさんがいたのである。

 彼女は狼人族で私と同じ16歳。とび色の瞳に栗色の髪。とても美人で可愛らしく、胸も大きい……くそう。

 ともあれ、今回は彼女にまつわる話である。

 

***

 

 ロクサーヌさんも私と同じく、ベイルの商館にいたところをご主人様に買われたとのことだが(私とはちょうど入れ違いになったようで、彼女とは直接の面識はなかった)、彼女はそのときその商館でメイドとして働いてもいたらしい。というのも商館の主であるアラン氏が、これはという冒険者に彼女を買ってもらおうと、なるべく人目につくようにしていたのだそうだ。

 彼女にはオークションには出せないとある事情があったものの、それでも相当の器量よしだったので(商館内で一、二を争う美人であり、聡明で性格も良いうえに、何と言ってもあの胸!である)、有能な冒険者に買ってもらいたいと考えていたらしい。

 私については……正直アラン氏は当初そこまで考えていたわけではなかったそうだ。鍛冶師にも巫女にもなれなかった自分だ。悔しいが妥当な判断だろう。何より十分な教育を施す前だったというのもあったのだが、それでもしっかりと躾けてから、ロクサーヌさんと同じように、ご主人様に売り込むつもりも一応あったようだ。オークションにかけることも考えていたらしい。今思うとそうならなくて本当に良かった。

 ……それでも私だって、容姿は大したことないかもしれないが(胸も小さいし……くそう)、鍛冶師にもなれているし、今ならオークションにかけられれば、当初の値段よりももっともっと高額になっているだろう、と思いたい(注:鍛冶師というのであれば、容姿も相まって魔法使い並みの競り合いになっていたかもしれませんね)。別に張り合っているわけではないが(本当ですよ?)。とにかくオークションにかけられる前に、ご主人様に買っていただいて本当に良かったと、つくづくそう思う。

 

 話を戻そう。

 アラン氏は、そうして商館にやってきた冒険者の人物と、その冒険者のロクサーヌさんに対する反応を見つつ、将来有望な者であれば彼女を薦めようと、その機会を慎重に窺っていたそうだ(お眼鏡にかなう冒険者にのみ、彼女が「商品」であることを伝えるつもりだったようだ)。

 たださすがのアラン氏も、ロクサーヌさんが狼人族ですでに獣戦士のジョブに就いていたことから、彼女の戦闘力が相当なものだろうとは予測していたものの、彼女の探索時の索敵能力や、戦闘時の回避能力が実際どの程度かについては、全く把握していなかったらしい(実際に一度彼女を迷宮に連れて行き、その適性を見ておけば良かったのだろうが、通常奴隷についてそこまでの確認はしないそうだ。確かに私のときもそんなことはなかった)。おそらく彼女の狼人族でもたぐいまれなその能力が分かっていれば、彼女の値段はさらに跳ね上がっていただろう。逆に言えば、当然のことながらロクサーヌさんはその容姿だけでもかなりの価値があったということになる。

 

 実際ロクサーヌさんほどの魅力的な女性ともなると、戦闘奴隷ではなく家内奴隷として(身の回りの世話やあっちの方だけさせる目的で)購入しようとする者がいても全く珍しいことではない。その場合、迷宮探索なんかで奴隷が死んでしまうのはもちろんのこと、大けがをしたり、そこまでいかなくてもそのきれいな顔にちょっとでも傷がついたら大変である。したがってそういう用途で購入されたのなら、その奴隷を一切戦闘に参加させないということも十分に考えられる。

 実際、ロクサーヌさんが商館にいたときも、そういった話が何件もあったそうだ。同族である狼人族(狼人族には売らないことになっていたそうで、オークションにかける事ができなかったのはそのためだったとのこと)より、人間族の男性からの方が圧倒的に多かったらしい。もっともアラン氏が有望な冒険者に購入させようとして、表向きメイドとして彼女を働かせることとしていたのは、彼女を家内奴隷(性奴隷)のみとしては売るつもりがないということでもあったらしい。

 ロクサーヌさん本人も、戦闘に参加させてもらえないのは絶対に嫌だったと言っていた。自分はあくまで戦闘奴隷として主人のお役に立ちたいとずっと思っていたそうだ(彼女のこの希望は商館のおばさんを通じてアラン氏にも伝わっていたそうだ。アラン氏がそれにどこまで配慮したかは不明だが)。

 ロクサーヌさんは両親を亡くしてからは、叔母さんの家に厄介になっていたそうだが、家族全員分の税金を納めることができず、やむなく彼女を売ることになってしまったらしい。

 彼女自身、性奴隷となることの方は一応は承諾していたものの、正直あまり積極的ではなかったらしい。これはまた話す機会があると思うのだが(なぜ税金を納められずに彼女を売ることになってしまったのか、またなぜ狼人族には売らない約束となっていたのかも含めて)、ロクサーヌさんが奴隷になるとき、彼女の叔父さんに性奴隷になることを承諾させられたそうで、そのときはその叔父さんのことを恨みに思ってしまったそうだ(「もしそういうことばかりで戦闘を一切させないような主人に買われていたら、どうしていたか分かりません」と彼女は言っていたが……本当にどうにかしてしまいそうで怖いんですけど)。

 もっとも今では、あっちの方も魔物との戦闘と同じかそれ以上に好きだとか。確かにそれは私も同じだ……何を言ってるんだ私は。

 

 そういうわけで初めて商館に来たとき、ご主人様はメイド姿のロクサーヌさんを見て一目ぼれしたそうだ。「すごかった」と言っていた(何が?とは訊かなくてもわかる。確かにあれはすごい。「揺れていた」とも言っていた。……くそう)。アラン氏の狙いはバッチリ当たったというわけである。

(よくわからないのだが、ご主人様は奴隷を買うこと自体にやや抵抗があったらしい。だがそんな葛藤もロクサーヌさんを一目見て吹き飛んだそうだ。それはそうだろう。)

 一方アラン氏の方も、当初からご主人様のことを非常に高く評価していたらしい。ソマーラという村を襲った盗賊団をほぼ一人で撃退したほか、ベイルの街までくる途中に、グミスライムをあっさり倒したという話を聞いたことも、ご主人様の評価を大きく押し上げたのだろう。ただそのことを踏まえてもアラン氏の見立てはまさに慧眼と言うべきだろう。そう言えば、私のときもご主人様について同じようなことを彼に言われたように思う。

 

 ちなみにアラン氏がこのときご主人様に提示したロクサーヌさんの値段を、私も教えてもらったのだが、かなりの金額だった。私の倍くらい? ご主人様はさすがにその時はそれだけの持ち合わせがなく諦めかけたのだが、結局五日間待ってもらうことになったそうだ。

 そしてご主人様は、期限ギリギリまで金策に時間がかかってしまったそうだが、何とか都合をつけて無事に彼女を買えたらしい(だからこうして彼女がメンバーとしているわけだが)。なんでもベイルの街にいた賞金首の盗賊を何人も狩ったそうだ。どうりで私たちが迷宮で盗賊達に襲われた時も、ご主人様は全く臆することなく妙に慣れていたわけだ。とはいえいくらまとまったお金が必要だとはいえ、危ないことをすると思ったが、本人もそれだけ必死だったのだろう。

 

 ロクサーヌさんは奴隷商館でご主人様を待つ間、ただ一度だけだというが、ご主人様が自分を迎えに来てはくれないのではないかと疑ったことを、心底後悔したと言っていた。真面目な彼女らしいといえばらしいのだが……たかがその程度のことで、そこまで思い詰めなくても良いだろうにと考えてしまう自分の方が、むしろ冷めているのだろうか。

 商館のおばさんは、その時不安に沈み込んでいたロクサーヌさんに、「男はみんな大きなおっぱいが好きだから大丈夫よ」と言って慰めてくれていたらしい。アレ? 私のときと何か言ってることが違うような……。

 

 もともとロクサーヌさんは、たとえどのような人物が主人であっても忠誠を尽くすつもりだったそうだが(そもそも主君と決めた者に対して、自分の生涯をかけて忠義を尽くすということ自体に、彼女は昔から強い憧れを抱いていたとのこと)、できれば自分より強く、そして頼りがいのある人がいいとは思っていたらしい。今のご主人様で本当に良かったと、そうしみじみ言っていた。

 私から見ても、ロクサーヌさんは一見温厚で従順そうだが、おそらく主人を相当「選ぶ」人のような感じがする。ロクサーヌさんにとってこのご主人様で本当に良かったと、私も他人事ながら切実に思う。重ねて言うがアラン氏もさすがの慧眼である。それと同時にご主人様にとっても、最初の奴隷がロクサーヌさんで良かったと思う。残念なことだが、正直一人目が私だったらとてもご主人様を支えきれなかっただろう。自分が二人目で本当に良かった。

 そしてまたロクサーヌさんによれば、私をはじめ他の奴隷がみな他種族で、ご主人様と同じ人間族が全くいないことも良かったとのこと。ただそれを聞いて私は、もしご主人様が結婚するとき(全くないとは言い切れないし、おそらくその場合、お相手は同じ人間族になるだろう)、彼女は一体どうするつもりなのだろうかと思ったが、ちょっと怖くて本人には訊けなかった。

 

***

 

 ロクサーヌさんの索敵能力は、狼人族としても一際優れている彼女の嗅覚によるものなのだが(どうでもいいがロクサーヌさんが魔物を探してクンクンしているところは、同性の私から見てもとても可愛らしい仕草である)、鼻が利きすぎるというのは、たとえ嗅ぎたくない臭いであっても、いやでも嗅いでしまうということでもある。

 というのもロクサーヌさんにもやはり嗅いでいて不快な臭いがあるようで、彼女は普段は決して愚痴を言ったりはしないのだが、いつぞやの決闘騒ぎのときは、同族の匂いだけれどもあの女の匂いは本当にイヤだったと私にこぼしていた(まあこれは匂いそのものというよりは、その匂いにまつわる出来事が不快だったからなわけだが)。

 また、あれだけご主人様と一緒にいたがるロクサーヌさんではあるが、ご主人様が魚醤を買いに帝都に行くときだけは、一緒に行くことはほとんどない。ごくまれに行くときであっても、彼女は決して店の中に入ろうとはしない。

 確かに魚醤にもいろいろと種類があるようで、中には強烈な匂いのするものもあり、私でもちょっとというものもあるのは確かなのだが、彼女にとってはそういうのは劇薬とほぼ同じなのだそうだ。初めてご主人様と買いに行ったときに懲りたらしい。

 

 逆にご主人様の匂いは大好きとのこと(おそらくさっきのとは正反対で、ご主人様のことが好きすぎるあまり、その匂いも好きになったということなのだろうが。とりわけご主人様の汗の匂いが好きらしいのはさすがにどうかと思うが)。

 普段の掃除や洗濯など、家事全般なんでもいやがらず率先してやる彼女ではあるが、とくに洗濯が大好きであり、とりわけご主人様の服については絶対に自分が洗濯するんだとばかりに決して手放そうとはせず、いつも独り占めしている(もちろん誰も彼女からその仕事を取ろうとは決してしない)。流石に洗濯物を干すのはみんなでやるけれど、彼女もご主人様のものでも洗ったあとの服はさほど執着することはないようだ。

 実はご主人様の脱ぎたての服を、彼女が思いっきりクンカクンカしているところを、はからずも目撃してしまったことがある。私にはさすがにそんな趣味はないのだが、彼女の気持ちも全くわからないではないので、とりあえず黙ってそっとしておくことにした。

 

 そしてロクサーヌさんのこの鋭い嗅覚は、ご主人様の僅かな体調の変化すらも決して見(嗅ぎ?)逃さない(私たちについてもおおよそ分かるらしい。彼女が私たちの体調をこまめに気遣ってくれるのはこのおかげでもあるようだ。よくみんなを抱きしめてスンスンやっている(私も、である。良く分からないのだが、私からは一際良い匂いがするそうな)。当然ご主人様にも特に念入りにやっているのだが、気づくとキスしていることもよくある。しかも濃厚に。どうやらそういう時、彼女は本来の目的を忘れてしまっているようである)。

 体調の変化ということなら別に問題はないのだが、私たち以外の女性(たとえば後でも述べるが、うちの大家さんとか)の匂いをご主人様が付けていたりすると、彼女の機嫌が急降下する。コワイ。

 ロクサーヌさんは他所の女性がご主人様に近づくことすらひどく嫌うのだから、もしもご主人様が浮気でもしようものなら、彼女は一体どんな反応を見せるだろうか。激烈なものとなるのは間違いない。ご主人様は果たしてそのことをきちんと理解しているだろうか。大丈夫だとは思うが……。

 

***

 

 何度も言うが、ロクサーヌさんは胸がすごい。とにかくスゴイ。バインバインだ(本当に鳴っていた)。テーブルの上に胸だけ載せているところを見たこともある。私には絶対できないマネだ(余計なお世話だ)。

 あれだけの大きさなので、彼女が魔物からの攻撃を回避する度に胸も動く。あの胸でよくあれだけの動きが出来るものだと正直感心する(というか呆れる)。

 あれに比べれば自分はもっと動き易いはずなのに……もう考えるのはよそう、悲しくなる。

 ちなみにベスタは、ロクサーヌさんよりもさらに胸が大きいせいか、回避するというよりは、もっぱら二刀を上手に使って魔物の攻撃を器用に受け止めている。オリハルコンの剣を両手に装備するようになってから、さらに彼女のガードが固くなった。当人に訊くと、ロクサーヌさんのあの動きは彼女もやはり無理なのだそうだ。

 

 また皆で街を歩くと、周囲の人たちからロクサーヌさんに集まる注目がスゴイ。そして本人がそれに全く気づいていなかったのはもっとスゴイ。

 にわかには信じがたいのだが、例の決闘騒ぎの時に相手から言われるまで、どうやら自分の魅力には素で気づいていなかったらしい。自分が周囲の男性からどう思われているか、彼女はそれまで全く考えて来なかったそうだ。ご主人様と一緒に過ごすようになり、ゴニョゴニョするようになってようやく、もしかしたら……と思うようになったらしい。ちょっと遅すぎるのではと思うのだが。

 それは確かに揉めるわけだ。だからあの縦ロールの女にアレだけの敵愾心を持たれていたのだろう。あの女の気持ちも、少しは分かる気がしないでもない。

 

 それでも流石に今となっては彼女も反省しているようだ。もう自分はご主人様一筋なのだから、他の男性の興味を惹かぬよう気を付けようと。まあ無理だとは思うけど。迷宮内でもよく他のパーティーの男性たちから、ジロジロ見られていたし。

 ご主人様には、みんなもそうですけど特にロクサーヌさんはちゃんと見てないと駄目ですよ、他の男性の注目を集めてますからというと、そんなことは分かっていると珍しくムッとしていた。ロクサーヌだけでなくお前たちの誰であっても、他人にむざむざ渡すようなことは決してしないからなとキッパリ言われた。私についてもそう言ってもらえて(期待していたわけではなかったが)、思わず赤面してしまった。

 

***

 

 そういうロクサーヌさんであるが、彼女は性格も非常に穏やかで、おとなしい性質だ。素直でとても優しい。それに何よりポジティブだ、実は何も考えていないのでは?と思わせるくらいである。もしかして天然なのだろうか?

 たとえば彼女が巫女になり、全体手当てのスキルを初めて使ったときも(それもシザーリザードとマーブリームの攻撃を回避しながらである)、MP的には相当キツかったはずなのに、

 

「そうですね。魔物の攻撃を一つの流れとして捉えれば、問題ありません。私に才能があれば、もっと簡単なのですが」

 と事も無げにいっていた。単純に比較はできないが、私が初めてモンスターカードを融合した時(今思い出してもあれはキツイ経験だった)とはえらい違いだ。

 

 しかし彼女の温厚そうな見た目に、決して騙されてはいけない。この人はこれでもまさに狼人族、すなわち戦闘種族なのだ。彼女の戦闘力、とくに先ほども言ったが回避力は凄まじいものがある。あの圧倒的な回避性能は本当にすごい。魔物の攻撃が全く当たる気がしない。彼女にとって攻撃を回避しつつ、それと同時に呪文を唱えるぐらいは余裕なのだろう。

 

 初めて彼女のあの動きを見せられたとき、ご主人様が私の方を見たが、最初は『どうだ、俺のロクサーヌはすごいだろう』とでも言いたいのかと思った。

 『私には絶対無理ですからね! あんな動きは』とさすがにムッとしたが、実際はそうではなく、『あんな動き普通は無理だよな』ということだったらしい。

 確かにあの動きは規格外だ。ご主人様が自分と同じ考えでホッとした。ロクサーヌさん恐るべし。それでも初めはロクサーヌさんと同じレベルとまでは行かなくとも、私も回避を頑張ろうとは思っていた。

 

 ところがである。

 あるとき彼女から、子供のころに毒針を使って、近隣のノンレムゴーレムを狩っていたという話を聞かされたのだが、それはロクサーヌさんでなければ(ロクサーヌさんであっても)、にわかには信じられないものだった。

 そう、あれはクーラタルの九階層に初めて入ったときのことだ。ここの魔物はニートアントで、通常攻撃でもスキル攻撃でも毒を使ってくる一方で、水魔法を弱点とするモンスターである。このニートアントは毒を使うだけあって、毒針をドロップするのだが、そのときこんなやり取りがあった。

 

「毒針は魔物相手には有効です。投げつけたりすることで、うまく当たれば毒状態にできます。実力の拮抗したボスとの戦闘では、最初に毒針を使うことが基本戦略になります」

 と私が二人にブリーフィングをする。

 

「ボスも毒を受けるのか」

「六人パーティー全員で二、三個も投げれば、毒を与えることができます」

「確率低っ」

「その他に特殊な使い方もします。迷宮の外に出ている魔物には、こちらから攻撃しない限り積極的には人を襲ってこないものも多くいます。この毒針は毒にする以外は何の効果もないアイテムなので、その魔物に投げつけても攻撃とは認識されません。毒状態になると攻撃したと判断されますが、毒にしてから倒すことで、短時間で倒すことができます」

「あ。私も子どものころ、それで遊んだことがあります」

 

 私が一通り説明を終えると、ロクサーヌさんが話しだした。

 

「ロクサーヌがか」

「えっと。結構元手がかかるのでは。私は貴族やなんかの子弟がするものだと聞きましたが」

 と私。ロクサーヌさんがそんなことをするとは、彼女には悪いけれどちょっと想像がつかない。

 

「近くにニートアントの湧く場所があったので、毒針はそこで集めました。どうせ毒針を持って帰っても危ないことをするなと怒られるだけなので、今度は森の奥に行き、強い魔物相手に毒針を使います」

 

 なんですと?

 

「ニートアントは、普通に狩るんだよな」

「そうです」

「でもばれたら危険だと怒られると」

「非力な子どもなので、倒すのに数時間はかかりますから」

「えっと。ニートアントは毒にするスキル攻撃もしてくるので、非常に危険だと思いますが」

「攻撃をかわしてしまえば問題はありません」

「数時間も戦うのにですか」

「はい」

「それで、倒して得た毒針を他の魔物に使うと」

「はい」

「その魔物は普通に狩るだけじゃ駄目なのか?」

「もちろん、私ではとても手が出せないような強い魔物を狙います。こちらの攻撃ではびくともしません。住んでいたところの近くでは、ノンレムゴーレムが比較的安全に近づけて強い魔物でした」

「ノ、ノンレムゴーレムは迷宮の外でも人を襲う魔物のはずですが」

「はい、そうですね」

「気づかれたら危ないんじゃないですか」

「どうせ毒状態にすれば、魔物も攻撃されたと認識します。だから一緒のことです」

 

 彼女は別に大したことではないような口ぶりで話してくれたのだが……いやどう考えてもおかしい。なんて恐ろしいことをするんだこの人は。実際周りの大人にすぐにばれて、彼女はこっぴどく叱られたらしい。そりゃそうだ。

 やはりロクサーヌさんは普通じゃない。自分にはそんな真似は絶対にムリだ。叱られる以前に、進んでやりたいとも思わない。

 ノンレムゴーレムのあの強烈な攻撃を避けつつ、ひたすら毒で倒れるのを待ち続けるという恐怖を思うと、「わっわたしも……がッがんばッがんばばばってみますすす……」と、とりあえず自分も回避を頑張るとは言ってみたが、そう言いながらも思わず涙目になりながら身震いが止まらなかった。すると私の様子を見ていたご主人様に肩を叩かれた。

 

「諦めろ」

 

 そうだ。普通に考えてロクサーヌさんと張り合うこと自体がおかしい。ご主人様や私とはレベルが違うのだ。

 あの驚異的な回避力は、天性の部分ももちろん大きいのだろうけど、こうしてさらに磨き上げられていたと聞いては、さすがに納得せざるを得ない。

 どうもロクサーヌさんは、才能の有無にかかわらず、覚悟さえあれば何事も努力と鍛錬でなんとかなると考えているようだ……。

 そういうものなのかもしれないが(程度問題だとも思うが)、私にはそこまで求められていないと知って思わず安堵したものである。

 

 ただ不思議なのは、努力と鍛錬などと言いながら、本人の話を聞いても具体的に何をどうしているのか、さっぱり分からないことである。

 

「頭がフッと動いたときに、それにあわせて、こう体をハッと引けばいいのです」

 などと彼女に言われても、ちょっと何言っているのか本当に分からない。普段の会話では別にそういうところはないのだが、戦闘(というか格闘)に関して、とにかく彼女は言語化がとても苦手らしく、話が全然要領を得ない。擬音のところを具体的にしてほしいと彼女に言っても首を捻る始末である。感覚的なものなのだろうか。

 

 それとこのときご主人様が、「シューシンメーヨカントク……」と呟いていたが、何のことだろう。こちらも分からない。何かの呪文なのだろうか?

 

 後に加入した他のみんなもやはり同じようにサッパリ分からないなかで、ただミリアだけは目が良いせいか、ロクサーヌさんの動きについていけているみたいである。そして彼女の動きを良く真似をしているせいか、ミリア自身の動きも良くなっているように見える。たとえ説明を聞いて分からなくても、よく見て盗めば良いということなのかもしれない。が、やはり自分にはあの動きは無理そうである。

 

 それはともかく、ご主人様も「ロクサーヌを得るまでが本当に大変だった」と、コッソリ私にこぼしていたのを思い出す。

 ご主人様が一人のときは、迷宮探索も、何も分からないまま手探りでやっていたそうで、モンスターハウスに遭遇したこともあったのだそうだ。それがロクサーヌさんを得たおかげで、迷宮探索が格段に安全に、しかも容易になっただけでなく、効率も大幅に上昇したとのこと。

 先にも書いた通り、彼女は狼人族の中でも特に鼻が利くらしく、離れた場所(もちろん迷宮の中なので視認もできない)から魔物の位置や種類、数を正確に知ることが出来るという。確かにそのおかげで効率的に会敵出来るし、不意を打たれる心配も全く無いわけである。我々のパーティーの成長速度の異常とも言える速さは、彼女のおかげでもある(他にも理由はあるらしいのだが……)。

 

 その彼女も、巫女のジョブを得てからさらにその回避能力に磨きがかかったようである。というのも、みんなで巫女のジョブを得ようとして滝に打たれたときのことなのだが、最初は苦戦していたロクサーヌさんはご主人様から、「水全体を一つの流れとして捉えてみろ」とのアドバイスを受けていた。正直何のことか私にはさっぱり分からなかったのだが、彼女は気づくところがあったようだ。すぐに巫女のジョブを得ることができたらしい。

 本人も「なんとなく一つの流れというのが分かった気がします」と言っていたし(先ほどの「魔物の攻撃を一つの流れとして捉えれば」というのがこれである)、今では複数の魔物に囲まれていても涼しい顔をしている。魔物の攻撃を単純にかわすだけでも大変だと思うのだが、それでいてまわりの状況を見つつ、全体手当ての呪文も詠唱できている(彼女いわく、やはり「魔物の攻撃全体を一つの流れとして捉えれば、何匹を相手にしていても大丈夫かもしれません」とのこと)。そのおかげでご主人様は攻撃呪文に集中できているようだが、言うのは簡単でも実践することは難しいと思う。少なくとも私には全くできる気がしない。ミリアならもしかしたら何とか……というレベルである。

 

***

 

 繰り返しになるが、ロクサーヌさんは本当に温厚な性格で、怒るようなことはほとんどないのだが、彼女の逆鱗に触れるポイントがただ一つある。ご主人様絡みである。

 彼女はだいたいはご主人様の隣でニコニコしているか、ご主人様を見つつポーっとしていることが多い(というかほとんどそう)。常にご主人様のことを目で追っているのがまる分かりである。

 そういうとき、ご主人様の周りにいるのが私たちだけならまだ良いが、これが他の女性がいたりすると彼女の機嫌が急降下する。ロクサーヌさんいわく、クーラタルの自分たちの家の大家さんの奥さんが、ご主人様に色目を使っているとのこと。ご主人様は気づいていないようだが(私たちも言われるまで特に気にはならなかった)、彼女はご主人様とその奥さんを決して二人きりで話もさせず、極力会わせないようにもしているらしい。それでも奥さんがご主人様と楽し気に話しているのを見ているとき、無意識かもしれないが、彼女の腰の剣に手がかかっていたのを私は見逃さなかった。

 

 また今ではそういうことはほぼ無くなったのだが、以前街中でご主人様がならず者に絡まれたことがある。自分で言うのもなんだが、これだけ美人の奴隷を何人も連れ歩いていれば、どうしても目についてしまうようだ。

 そのときは、ご主人様はそっけない態度で相手を適当にあしらっていたのだが、ロクサーヌさんはやや憮然とした態度で、そっと私に耳打ちしてきた。

 

「ご主人様にご迷惑が掛からないように、あの路地に引きずり込んで、人知れず処理してしまいましょう」

 

 いやいやさすがにそれはまずいですって。

 

 結局、そのならず者もロクサーヌさんのただならぬ様子に危険を察したのか、捨て台詞を吐いて行ってしまった。彼のためにもこれで良かった。思わずホッとした。

 

 さらにまたご主人様が、ハルツ公から領内3ヶ所の迷宮の駆除(討伐)を手伝ってほしいと頼まれたので、ご主人様とロクサーヌさんが二人で下見に行ったときのことである。

 

 いずれ説明する機会もあるだろうが、迷宮にとって人は獲物である。人が入る迷宮は獲物を獲て満足するためかその活動が和らぎ、逆に人が入らない迷宮は獲物を求めて(不満が溜まって?)その活動が激しくなる。したがって私たち3人だけでも迷宮に入れば、たとえ討伐できるような上層に行けなくても、迷宮の危険は少なくなるのである。

 なお同じ迷宮でも都市や村の近くにある迷宮はあまり外に魔物を出すことはなく、たとえ出したとしても積極的には人を襲わない弱い魔物ばかりとなるらしい。これに対して人里離れた場所にある迷宮は、より強い魔物を迷宮の外に出すようになり、積極的に人を襲わせてくるという。

 

 二人が下見に行っている間、私はといえば、クーラタルの探索者ギルドで、その3ヶ所の迷宮の情報を集めていた。これは時間を有効に使うためなのだが、ご主人様と二人きりで行動できると聞いたロクサーヌさんは、どことなく嬉しそうだった。

 そうして一通り調べを終えて私が自宅に戻ってみると、そのロクサーヌさんが珍しく頬を膨らませて、ぷんすこしていた(そんなときでも彼女はとてもカワイイ)。なんでもご主人様がロクサーヌさんとターレの迷宮の下見に行ったとき、そこの村の村長(もちろんエルフ族だが)が差別意識むき出しの人物だったらしい。ご主人様が軽く扱われたことに彼女は本気で怒っていた(もっとも当のご主人様は特に気にもとめていないようだった。この人は自分に自信があるのかは知らないが、他人の評価などもともと気にしない性質である)。

 だから言ったのに。エルフ族にはそういう人達も少なからずいるのだ。ハルツ公みたいに、領主クラスともなるとまた別なのだろうが。ただ後で知ったのだが、ハルツ公は帝国解放会のメンバーだそうな。なるほど解放会は種族差別には極めて厳格な団体であるから、ハルツ公のような態度はむしろ当然であるといってよい。

 

 それでもご主人様に言わせると、怒ったロクサーヌさんも可愛いとのこと。あーはいはい。まあ私から見ても可愛いですよロクサーヌさんは。そーですとも。

 などと私がブーたれてると、セリーも小さくて可愛いとご主人様に突然言われた。ビックリした。小さいというところがやや引っ掛かるが、可愛いと言われれば素直にウレシイものである。チョロいなと自分でも思うが。

 

 話が少しそれたが、そんなロクサーヌさんも、さすがに決闘騒ぎのときは(この話はいずれまた詳しく話すことになるだろうが)、自分のせいで実家が追い込まれたのだと知らされ、大変ショックを受けたようだ。ご主人様に対しては気丈に振舞っていたのだが、後で私の胸を借りて泣いていた。私も胸を貸してやり、しばらく彼女の頭をなでていた(その後彼女はご主人様にも存分に甘えることができたらしく、完全に立ち直れたようで、次の日には普通にニコニコしていた。良かった)。まあ人それぞれ事情はある。私だってそうだ。ご主人様が言うとおり、今が幸せならそれでいいと思う。

 

 なおこれは余談になるが、ご主人様の精力がすごいのはもちろんだけれども(なんといっても「色魔」のジョブを持っているくらいだし)、ロクサーヌさんもかなりのものだと思う。詳しくは恥ずかしいので言えないが、あの動き(もちろん戦闘時のものではない)を見せられると、すごいのは戦闘力だけではないと言わざるを得ない。自分には到底マネできない。他のみんなはどうだろう。ベスタあたりはイケるかな。

 

***

 

 とにかくロクサーヌさんは、ご主人様に対する忠誠心が非常に篤い。本当に分篤い。もはや忠誠というより、信仰と言った方がいいかもしれないほどである。

 もともと強くて頼りがいのある主人にお仕えしたいと考えていたというのは前に書いた通りなのだが、なんでも初めて迷宮に行ったとき、ご主人様のあまりの強さに絶句したそうだ。そしてその時、この人に生涯お仕えして行こうと固く決意したとか(ご主人様が自分の意見をきちんと聞き、尊重してくれたことにも感激したらしい。かつて少しだけ入っていた別のパーティーでは、彼女はほとんど何もさせてもらえず、意見も聞いてもらえず、単なるお荷物扱いだったとか(戦闘時も遠巻きに見ているか、後ろからこっそり攻撃しろと言われていたらしい。彼女の実力からすればなんともったいないことか)。それと比べると、ご主人様が自分を本当に必要としてくれるのが、ひしひしと伝わって来たそうで、それが堪らなく嬉しかったらしい。本当に嬉しそうに私に話してくれた)。

 それと遺言の話を聞いた時にも同じことを思ったのだが、ロクサーヌさんはとても率直に自分の気持ちをぶつけてくる。ベイルの商館に私の服(帝宮の侍女が着るようなもの)を取りに行くついでに、遺言の内容(ご主人様が亡くなったときの私の扱いをどうするか)を書き換えるという話になったとき、ロクサーヌさんが「死後解放」になっていないことを私は初めて知ったのだが、彼女はきっぱりとこう言い切ったのである。

 

「ご主人様をお守りするのが私の役目です。何があっても、身を挺してでもご主人様をお守りしなければなりません。だから解放される理由はないのです。ご主人様が亡くなられるときは私の任務が失敗したときです。後を追うのも当然です。それに、ご主人様のいない世界で生きていたいとも思いません」

 

 ……思わず絶句してしまったのだが、こういうことを臆面もなく言えるところが、ロクサーヌさんの良いところなのだろう。天邪鬼な私にはなかなか難しいことだが。

 彼女に言わせれば、奴隷ならばご主人様に自身の人生を捧げるぐらいは当然である。本当ならばご主人様亡き後、奴隷がそのまま生き恥をさらすようではいけないということらしい。

 そこまで言い切れるなんて正直うらやましい。自分だってご主人様を想う気持ちは決して負けていない……と思う。

 ただ私ももう少し素直になった方がいいのだろうかとも思ったが、やはり私は私なりのやり方でいいのではないだろうかと考え直した。

 

「ロクサーヌの思い入れだ。ロクサーヌが強く主張するのでそうしているが、セリーまでがまねをする必要はないぞ。俺が病気や事故で死ぬ可能性もある。そのときセリーを巻き添えにするのはしのびない」

 とご主人様もこう言ってくれたので、クール・ビューティーを標榜する私は、遺言については「死後解放」としてもらった。実は私は、このときはまだボンヤリとしたものだったが、ご主人様の偉業を何とかして後世に残したいという、密かな野望を抱いているという理由もある。

 もっとも、たとえご主人様が私を解放しようとも、私の方からご主人様を「解放する(というかご主人様の元を離れる)」ことは絶対にないけれど。

 まあロクサーヌさんは、とにかくご主人様への忠誠心が限界突破しているし、しかも現在もなお最高記録更新中である。どうやらこれの上限はなさそうだ。

 彼女のご主人様に対する肯定感もやはり強すぎるので、私はなるべく中立的な立場で見るよう、少し気を付けるようにしている。たとえ悪気がなくともご主人様が彼女にあまり流されるようではいけない。

 

***

 

 その後、現在のメンバーが揃ってからしばらくして、あるときご主人様に呼ばれた。

 

「セリー、アイテムボックスを開けてみろ」

「はい」

 

 なんだろう?

 

 言われるままにアイテムボックスを開くと、ご主人様は自分のアイテムボックスから金貨を50枚突然取り出して、そのまま私のボックスに入れてきた。

 

「!……これは?」

「俺に何かあったときのために預けておく。アイテムボックスを使えるのはセリーだけだからな。ロクサーヌにも話してある。1人頭10枚だ。覚えておけ」

「ご主人様……」

 

 あまりのことに頭がクラクラする。奴隷にこんな大金を持たせることなど、通常では考えられない。

 

「ロクサーヌはどうしてもうんと言ってくれなかったので諦めた。だから他の皆のことはセリーに任せたい。面倒をかけるがよろしく頼む」

 

 ……なんということだろう。

 

 後でロクサーヌさんと二人だけで真剣に話し合った。

 ロクサーヌさんは「私はご主人様と一緒に逝きますから、私の分はみんなで分けてください」と言っていた。本気で言っているようだ。思わずゾクッとした。

 ならば残りの皆をまとめて行くのは、確かに私の役目だろう。ロクサーヌさんにそう言うと、彼女はニッコリ笑って、「みんなのことお願いしますね」と言っていた。

 後日このやり取りは、結局ご主人様にバレてしまうのだが、ご主人様は苦笑しつつ、

 

「ああは言ったが、お前たちを置いてそう簡単に死にはしない。まだまだやりたいこともあるしな」

 と言っていた。それとちょっとカッコつけすぎたかなと照れていた。まったくもう。

 

***

 

 ロクサーヌさんが一番奴隷として、他の奴隷達をまとめていくつもりであるということは、以前から聞いていた。

 初めて自分以外の奴隷を購入した時、つまり私を購入した時のことだが、ご主人様にこう言われたそうだ。

 

「ロクサーヌには悪いがよろしく頼む。先輩になるわけだから面倒をみてやってくれ」

 

 このとき彼女はまた決意したそうだ。自分は一番奴隷として、他の奴隷をまとめていかなければいけない。たとえ自分が他の奴隷たちからどんなに憎まれようとも、ご主人様にだけは彼女たちの敵意を向けさせるわけにはいかない、と。本当に頭が下がる。幸いミリアもベスタも大変素直で良い性格をしている。ルティナですら今ではすっかり大人しい(もともと彼女も性格が悪いわけでもなかったし)。

 

 前にもちょっと言ったが、複数の奴隷がいると、奴隷同士で諍いが起きるのは決して珍しいことではないそうだ。

 ウチは基本的にみんな仲良しでよかった。まあロクサーヌさんが目を光らせているからというのも否定できないが。

 彼女は普段は誰にでもやさしく、とても温厚なのはすでに書いた通りだが、それでもたまに彼女が見せる殺気は半端じゃない。私にその殺気が直接向けられたことはこれまで一度もないが、あれは誰でもビビってしまうだろう。

 

 またご主人様の悪口を、隠れて奴隷が言い合うようなことも、他所ではままあるそうだが、ウチではそんなことは全くない。別段私達の待遇が悪いわけでもなく(むしろ信じられないくらい良い待遇だ)、特に文句や不満を言うようなことがないというのもあるが、それ以上にご主人様に絶対的な信頼(と言うよりもはや信仰に近いというのもすでに書いた通り)を寄せている一番奴隷の存在が非常に大きいのだろう。

 

 私もそうだけれど、ミリア以下ほかの奴隷もロクサーヌさんには一目置いている。あれだけの圧倒的な戦闘力を見せつけられれば当然のことではある。ただルティナを〆た一件で、ロクサーヌさんが彼女たちに怖がられている面もあるっぽい。本人も少しやりすぎたかと気にしていた。大丈夫、あれは必要なことだったし、自分も一緒だからと慰めておいた。

 

 ご主人様もまた、ロクサーヌさんに絶大な信頼を寄せているのは、傍から見てもよくわかる。自分もご主人様からあれぐらいの信頼を勝ち得たいと強く思う(注:すでに得ていると思いますよ)。

 

***

 

 あともう一つ、ロクサーヌさんといえば、種族的な特質なのかもしれないが、物事の順番には特にこだわりを持っているようだ。何でも狼人族は特に実力主義であり、何事も能力の高さで決まるという。だから例のサボーという狼人族の若者(この男はご主人様と例の決闘騒ぎを起こしたという因縁の相手なのだが)が、自分の力に物を言わせて傍若無人な振る舞いをしても許されていたんだそうな。

 

 話を戻すが、あれは忘れもしない、私が初めてご主人様に可愛がっていただいたあの夜のことである。

 ご主人様が寝る前の「挨拶」だと言って、ロクサーヌさんより先に私にキスしたときのロクサーヌさんの表情は今でも忘れられない。

 ご主人様からは見えていなかったかもしれないが、まるでこの世の終わりが来たかのような顔をしていた。いくぶん殺気立っていたようにも思う。

 ご主人様も、見えてはいなかったがロクサーヌさんのただならぬ気配を察知したようだ。私とのキスを続けながらも、彼の動揺が伝わってきた。

 

「こ、これは寝る前の挨拶だから、一番のロクサーヌは一番最後にな」

「はい、ご主人様」

 

 ……いかにも取ってつけたような言い訳だったが、ロクサーヌさんには通じたようだ。彼女の雰囲気が一転して明るくなった。いいのか?

 

 確かに狼人族は、順位付けに非常にこだわる種族なのだそうだが、ロクサーヌさんの場合、特にそれが強いのではないだろうか。

 でも自分も人のことは言えないかもしれない。

 その後ミリアが加わって初めての朝、日課の「挨拶」の順番がどうなるのか、実は私も不安だった。

 

「えっと。よろしいのですか」

「……」

 ご主人様は返事の代わりに無言で抱き寄せてくれたが、

 

「順番は変わらないのでしょうか」

 と重ねて訊いてみた。ロクサーヌさんも緊張していた。

 結局加入した順番通り、私は二番目のままだった。正直ホッとした。順番を非常に気にするのはロクサーヌさんだけでは決してなく、どうやら自分にもそういうところがあったようだ。

 ロクサーヌさんが一番なのは仕方ないにしても、やはり二番目はワタシでありたい。

 

 そういえば、はじめて帝国解放会の本部?であるという帝都のロッジをご主人様と奴隷の皆で訪問したとき、初めて会ったはずのセバスチャンさんが、紹介もされないうちに、序列の通りに私たちに名乗らせていた。なぜ分かるのだろうかと非常に驚いたのだが、ロクサーヌさんは、とても恐縮してはいたけれど、それと同じくらい嬉しそうだった。

 

 ちなみにご主人様に言わせると、ロクサーヌさんは物の品質にもこだわりがあるようで、買い物に連れて行くと、いつまでも商品を選んでいるような気がするらしい。

 少し長い方かもしれないが(どちらかと言えば私は短い方かも)、そんなに時間をかけているようにも思わないけれども、男性としては気になるものらしい。

 

 これも余談になるのだが、こんなこともあった。3人目の奴隷としてミリアを購入した時のことだ。

 帝都の奴隷商館に行き、面談する奴隷候補3人のうち、ご主人様が最後にミリアを指名したとき、ロクサーヌさんが小さく「やった」と言ったのを私は聞き逃さなかった。

 そのときは疑問に思ったが(確かに可愛らしい娘でご主人様が好みそうだったが、それで彼女が喜ぶのはちょっとヘンだ)、面談した後のご主人様とロクサーヌさんとの間の次の会話でその疑問が氷解した。

 

「……三人めの女性はいいですね。猫人族ですし」

「猫人族だといいのか」

「す、すみません。猫人族というのは、番になっても相手にべったりとくっついたり、つきまとったりしない種族なのです。だから、毎日短い時間だけ相手をすれば、依存されることはないと思います」

 つまり残りの時間は自分のもの、と。……一応私もいるんですけど。

 

 これもまた余談になるけれども、ご主人様がロクサーヌさんの犬耳によく触れているのを見て、私はもしやと疑っていたのだが(あとから聞いたのだが、ロクサーヌさんは購入された初日にいきなり耳をさわられたらしい)、ミリアの猫耳に対するご主人様の反応を見て確信した。コイツは耳フェチだ。……そういうことなら自分の耳でよければいくらでもさわらせてあげるというのに(別に自分は耳を触られてもとくに嬉しいわけではないのだが)、この細耳ではダメらしい……くそう(しかし後から気づいたことだが、ご主人様のコレは、別に耳フェチだからということではなかった。詳細はまた別の機会に話すことがあるだろう)。

 

 あとミリアに自分のことをどさくさに紛れて「おにいちゃん」と呼ばせようとしたことも、私は見逃さなかった。何という人だ……言えば私がいくらでも呼んであげるというのに。

 

***

 

 話がそれてしまった。

 前衛のフォーメーションについて、ご主人様は基本的に私たちにお任せなので、ロクサーヌさんと私で打ち合わせることがよくある。

 このパーティーは、とにかくご主人様の魔法による火力が凄まじいので、そのご主人様が魔物を殲滅するまでの間、魔物の攻撃をしっかりとブロックすることが重要となる。中でも特に全体攻撃魔法は、パーティー全員にとって非常に危険なので、そう簡単に撃たせてはいけない。

 またご主人様がMP回復のため、近接戦闘に加わるときもあるので、その場合も注意が必要だが、暗殺者であるミリアが魔物の石化に成功したときは、実質的に戦闘は終了であり、安全である。

 ロクサーヌさんとは、こういった戦術的な話をすることも多い。

 

 これに対して、ご主人様と私とでは戦術面というより主に戦略的な相談をする。どの迷宮をどの順番で攻略していくかとか、あと装備品関係とか。

 昼の休憩時間には、ご主人様と迷宮の攻略情報や作成した地図の確認や、装備品の作製・強化について打ち合わせることが多い。私とご主人様だけの貴重な時間だ。私も役に立っていることを実感できるときでもある。

 ただ、ミリア以下の3人は大抵昼寝をしているが、ロクサーヌさんは必ず私たちの側にいる。何か話すわけでもなく、ずっと横でニコニコしているが、決してご主人様のそばを離れようとしない。ご主人様もたまにロクサーヌさんに戦闘について意見を求めたりする。

 モヤッとする気持ちが全く無いわけではないが、ロクサーヌさんの気持ちも痛いほど分かる。だから私もニコニコしている。ご主人様をハンブンコだ。

 

 ところが最近はルティナまでもこれに加わりだした。自分なりに学ぼうという姿勢は良いことだ。いいことなんだけど……なんかご主人様の成分がさらに減ったような気がして余計にモヤッとする。むむぅ。

 

***

 

 今では5人になってしまったので、そういう機会はほとんどないが、ミリアが加入する前まで、つまりご主人様のほかはロクサーヌさんと私しかいなかったときは、眠りについたご主人様を挟んで、ロクサーヌさんと話をすることがたびたびあった。

 これも2人で話していた時に出た話題なのだが、戦闘奴隷は前線で倒れるまで使いつぶされるとか、つぶれて価値が下がるとなにかと理由をつけて別の主人に売られることもあるという話になった。

 ロクサーヌさんとしては、仮にそうなる危険があったとしても、とにかく自分が使いつぶされる前に、戦闘相手が先につぶれるまで戦えば何の問題もないとこともなげに言っていた。それを聞いて正直私は大変びっくりはしたが、彼女らしい考え方ではある。

 ただロクサーヌさんが続けて言うには、このご主人様はそんなこととは縁遠い人で、いつも私たちのことを気にかけてくれ、私たちの能力を信じてくださるような人だから、そんなことは全く考えていないとのこと。私たちは誰に買われるかは選べないけれども、私はこの方がご主人様になったこと、私を必要としてくれたことが本当に嬉しいのだと言っていた。頬を赤らめながら。

 確かにその通りである。私も良いパーティーに加えていただいたことにとても安堵していた。このご主人様の奴隷で本当に良かったと私もつくづく思う。あとは私の頑張り次第だろう。鍛冶師にはなれなかったが(当時はまだ鍛冶師になる前だった)、私は私でやれることをやっていこうと決意を新たにした。

 そしてお互い一緒に頑張っていこうと二人で誓い合ったものである。今となっては懐かしい話だ。

 

 このほかにも彼女とはいろいろな話をした。別にご主人様に聞かれて困る話ではないが、奴隷として今後どうやっていくかなど、さらに突っ込んだ話などもした。

 たとえば身の回りのお世話をどう分担するかとか、細かいところでは、街中を歩く際のフォーメーションとか。

 戦闘に限らず、たとえば自宅のキッチン回りやインテリアをどうするかとか、掃除や洗濯など家事の分担なども。私はその後鍛冶師となり、カードの融合や装備品の作製などもするようになったので、今では家事の全てに参加することはできなくなったけれど。

 次に増やすパーティーメンバーはどういう人がいいかとか、生意気な奴隷が万が一来たらどうするかについても一応話はしていた(まさか本当に〆ることになるとは思っていなかったけど)。あとはご主人様のここが凄いとか、ここがカワイイとか。

 ロクサーヌさんは私が加入する前のときの話などをしてくれた。とても楽しそうに話す彼女の様子を見ていると、この人は本当にご主人様のことが好きなのだなと思ったものだ。

 情けないところもあるけど、やっぱりご主人様はかっこいいし、なによりとても優しい。そしてカワイイところもある。

 今度ご主人様抜きで、5人だけでいろいろと話をするのもいいかもしれない。




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