私の名はセリー   作:続きません

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初 出:書き下ろし


セリーが奴隷になったわけ

 私の名はセリー。16歳のドワーフ、鍛冶師である。

 訳あって奴隷となり、ミチオ・カガという今のご主人様に買われたのだが、大変良くしてもらっている。俄には信じられないくらいの好待遇だ。

 そのご主人様に自分がなぜ奴隷になったのか訊かれたことがある。今日はその話をしようと思う。

 

 あれはみんなで(といっても当時はまだご主人様とロクサーヌさん、そして私の3人だけだったのだが)夕食を食べていた時だった。じんぎすかん?という肉料理らしい。

 ご主人様は今でもたまに作ってくれるが、とてもおいしい料理である。

 

「セリーがなんで奴隷になったか、聞いてもいいか」

「えっと」

 

 突然訊かれたので少しとまどう。

 

「いや、別に言いたくなければ言わなくていいが」

 

 別に訊かれて困るような話ではないのだが、ご主人様に気を使わせてしまったようだ。ここは正直に話そう。

 

「兄が迷宮で怪我をしたのです」

「怪我か」

「私の父にはあまり才覚がありません。我が家の収入は兄が頼りでした」

 

 父さまは戦闘が苦手で、迷宮にもあまり入りたがらなかった。鍛冶師への転職には割とアッサリ成功したものの、あまり活躍できずにいた(父さまですら鍛冶師になれたのだから、私も大丈夫だろうと実は当時高を括っていたのはナイショである)。

 おじい様は腕の良い鍛冶師であり、あの伝説と言われるジョブ、隻眼にもなれるのではないかと言われていたほどだ。実際はその前に引退してしまったけれど。

 兄さまはおじい様のような活躍が期待されていた。

 

「怪我くらいならば借金でもして薬を買えば」

 とロクサーヌさんが言う。ご主人様も、

「まあ怪我なら上位の傷薬を買えば治せるか」

 と同意する。

 

「そうですね。多分、私を売ったお金で薬を買ったと思います」

「借金では駄目なのか?」

「一度借金をすると、抜け出すのが難しくなります。少しの借金をしたばかりにどんどん苦しくなっていく家をたくさん見てきました。うちにはそうなってほしくなかったのです」

「確かに、そういう家はありますね」

 とロクサーヌさん。気のせいか少し遠い目をしているように見える。

 

「一度お金を借りると、他のことでもすぐ借金に頼るようになったり、最初は小さな金額だったのに、そのうちに借りる金額も大きくなって返せなくなったりします。そうなれば最後は一家離散です。だから、そうなる前に私を奴隷として売ってくれるよう持ちかけたのです」

「自分から言い出したのか」

「はい」

「たいしたものだな」

「いえ。普通に考えればそれが最善です。鍛冶師や巫女への転職にも失敗してしまいましたし。それに、奴隷になればブラヒム語を習うことができます。奴隷を買えるような人はたいていブラヒム語を話しますから」

「ブラヒム語か」

「弟も妹もまだ小さいですし、収入を支える兄を売るわけにもいきません。家族のためにも、私が売られることが一番よかったのです」

「そうか。まあ今は俺たちも家族になったようなものだ。いずれ図書館で情報収集もやってもらいたいし、今後は俺たちのためにがんばってくれ」

「もちろんです。こちらこそよろしくお願いします」

「セリーもすばらしいご主人様に出会えてよかったですよ。なにしろ最高のご主人様ですから」

 

 ロクサーヌさんはもう刷り込みかというくらいご主人様への信頼が篤い。

 

「はい」

 

 でも確かに彼女の言う通りなのだろう。私はその言葉に素直に頷くことができた。

 

***

 

 実家にいたときの私は、家で本ばかり読んでいる大人しい子だった。それでも好奇心は大変旺盛で、分からないことがあれば、片っ端から周囲の大人に尋ねてまわっていた。

 ご主人様と装備品のスキルスロットの話をしていたときのことだが、このようなやり取りがあった。

 

「そうか。しかしよく知っていたな」

「すみません。いろいろと興味がありましたので。詳しい人に尋ねたりしていました。何でも知ろうとするんじゃないと母からもよく怒られました」

「別に悪くはないが」

「己の分を超えて知ろうとすることは身の破滅をもたらすと言われました」

「ああ、なるほど。うーん」

 

 母さまからは、「ただでさえ可愛げが無いのだから、頭の悪いふりをしてなさい」と言われてきた。

 父さまは何も言わない……。でもおじい様は、そんな私を何かにつけほめてくれたし、可愛がってもくれた。

 そして兄さまも「セリーを頼りにしているよ」と言ってくれた。私は10歳になるぐらいまでは本気で兄さまと結婚するつもりでいたのだった。

 

 私が物心つく前から、兄さまは父さまに代わってパーティーに参加し、迷宮に潜っていた。

 兄さまのパーティーは、迷宮を探検して素材とカードを集めつつ、装備品の作製とモンスターカードの融合で稼いできたのだ。

 迷宮でドロップしたモンスターカードは、そのままオークションで売却しても良いのだが(カードにも人気/不人気があり、価格に相当のばらつきがある。ただ人気のないカードでも、一定の値段がつく)、良いスキルのつくカードなら、できるだけ良い装備に融合させた方が、売却価格が何倍にもなる(売らずに自身で使っても良い)。もちろん必ず成功するわけではないので、これは賭けにはなるのだが、何回に一回でも融合に成功すれば、(回数にもよるけれど)それまでの失敗も十分に取り戻しておつりがくるのである。

 兄さまがモンスターカードを融合しているところは何度も見たことがある。それでも成功したのを見たのは二、三回に一回程度だった。融合が失敗したのを見て我がことのように落ち込んでいる私を見て、兄さまが苦笑しつつ、「そう簡単なものではない」と言っていたのを思い出す。

 兄さまのパーティーには料理人と薬草採取士もいて、様々なドロップ品を売りさばくことでも収入にしていた。残念ながらパーティーメンバーに魔術師がいなかったので、迷宮の上層には行けなかったが、それでも兄さまのパーティーはかなりの儲けを安定して叩き出していたのだ。

 そして兄さまはパーティーのリーダーとして皆を引っ張っていた。戦闘中も兄さまはパーティーの司令塔であり、前衛から一歩下がって槍を構えつつ、他のメンバーに的確な指示を出していた。

 私は見たことがなかったが、槍使いになる前は槌を器用に使いこなしていたそうだ。私がパーティーに参加する前のことらしい。

 そう、実は自分も今のパーティーで兄さまと同じ役割を果たそうとしているのだ。もっともこのパーティーには私よりスゴイ人が何人もいるけれど。

 それに普通のパーティーと比べて、みんな成長が異様に早いようにも感じる。私自身も含めて。

 

***

 

 話が少しそれてしまった。

 自分も行く行くはパーティーに入って兄さまを助けるつもりでいた。私がようやく兄さまのパーティに参加することができたのは12歳のときだった。

 その後二年弱をかけ、探索者のレベルがようやく10になったので、鍛冶師への転職を目指したのだがそれが上手く行かなかったのである。

 鍛冶師になって兄さまを助けようと思ったものの、転職に失敗した私は、それならば回復職である巫女にとも思ったのだが、これにも失敗してしまった。

 兄さまは気にするなと言ってくれたが、何がいけなかったのだろうかと当時はひどく落ち込んだものである。

 

 そんなある日、悪いことは重なるもので、私たちのパーティーが魔物の群れと戦闘中に、後方から別の群れの奇襲を受けてしまったのだ。

 そのとき兄さまは、全滅の危機に瀕したパーティーを救うべく、一人で別の群れの魔物の攻撃をすべて受けとめていた。

 私たちが最初の群れをなんとか撃退し、やっとのことで別の群れから兄さまを助け出したとき、兄さまは瀕死の重傷を負っていた。

 

 迷宮からの脱出にはギリギリのところで成功したのだが、兄さまの両手両足はもう使い物にならず、これを再生するには非常に高価なポーションを、しかもいくつも使わなければならないとのことだった。

 支払いの方はとりあえず待ってもらい、ポーションが兄さまに使われた。高価なだけあってすぐに効き目があり、兄さまは危機を脱した。しばらくは養生する必要があるが、近いうちに復帰できるだろう。

 だが早急にポーションの代金を用意する必要が出来てしまった。しかし家にはそれだけのお金はないし、とりあえず借金することも考えたが(おじい様のつてで貸してくれるという人もいたので)、私はこれには強硬に反対した。

 ちょっとした借金から身を持ち崩すことは決して珍しいことではない。借金を返済しようと無理をしてまた大けがをしても困る。

 そうすると今の手持ちの家財を売り払うなどしてお金を作るしかないが、我が家には処分できるようなめぼしい財産は何一つない。こういうときのために普段から備えておかなければならないことを痛感したが、いまさら言っても仕方がないことだ。

 となると誰かを奴隷として売るほかないが、弟も妹もまだ小さいし、収入を支える兄さまを売るわけにもいかない。もちろん転職に失敗していた私では兄の代わりに稼いで家族を支えることなど到底無理である。そうすると残されたのは、私しかいない。

 

 ……そう考えると、私がとるべき選択肢は一つしかなかった。家族会議はかなり紛糾したが、結局は私を身売りすることでまとまった。

 最後に一家全員で私の送別会を開いた。そのために一番強いお酒を樽で買ってきたのだが、すぐに飲み干してしまい、結局家中の酒樽がすべて空になった。

 

 最初はみんな陽気に笑って飲んでいたのだが、だんだんと口数も少なくなり(ドワーフはこれぐらいで酔いつぶれたりはしないが)、最後は皆泣いていた。私も少し泣いた。

 でも後悔はない。これが一番の方法だ。別に命を取られるわけじゃない。

 

***

 

 今になって考えると、やはり私の選択は正しかったのだと思う。兄さまも無事にパーティーに復帰できただろうし、私も今のご主人様に買っていただいて、鍛冶師にもなれたし、奴隷であることをときに忘れることがあるぐらい良い待遇だ。

 他のみんなとも仲良くやれている……と思う。

 

 夜中にふと目が覚めると考えることがある。

 ご主人様も「自分たちは家族になったようなものだ」といってくれたが、今はこの6人が私の家族なのだと。

 誰一人欠けることなくいつまでもこのままでいられるといいと思う。

 

 ……ご主人様の寝顔を見ていると、愛おしくてたまらなくなるときがある。私もこのご主人様のことが大好きなのだと改めて自覚する。

 この気持ちはロクサーヌさんにも負けていない……と思う。面と向かっては絶対いわないけど。他のみんなはどうだろうか。

 

***

 

おまけ【セリー年表】

 

<0歳>

 帝国南部に広がる平原地帯のとある村、ドワーフ族のとある家庭に長女として生まれる。年の離れた(12歳年上の)兄が一人いた。

 最終?的に、6歳年下の弟と8歳年下の妹が1人ずつ生まれたので、4人兄弟の2番目である。

 実家は代々鍛冶師を家業としていた。祖父は評判の良い鍛冶師だったがすでに引退。

 父も一応鍛冶師ではあるが、あまりぱっとしない人だった。

 兄はそんな父に代わって、丁度セリーが生まれたころから見習いとしてパーティーに加わっていた。

 

<6歳>

 本を読むのが大好きで、家に引きこもりがちな少女だった。

 実は村の子どもたちの中では一番の力持ちで、いたずらして来る男の子を何人も〆たりしていたらしい。

 好奇心旺盛で物怖じしない性格でもあり、分からないことは周囲の人になんでも聞いて回っていた。

 女の子としては可愛げが無いと母親から窘められることもたびたびだった。

 家には鍛冶師の本しかなく、それを読み進めるうちに、自分も鍛冶師になり、ゆくゆくは伝説のジョブと言われる隻眼になることを決意する。

 その後間もなく祖父が亡くなったが、父は相変わらずパッとせず、そうした中、すでに鍛冶師への転職をすませ、迷宮探索で活躍し始めていた兄に対し、強い憧れとともに淡い恋心を抱くようになる。

 

<12歳>

 冒険者として兄をサポートすべく自らもパーティーに加わる。

 このころ兄はパーティーを率いるリーダーとして迷宮探索を主導し、毎回かなりの成果を上げていた。一家の収入の柱となっていたのである。

 セリーのそんな兄に対する想いはますます強くなっていた。

(ただ10歳の頃に思い切って兄に自分の気持ちを打ち明けたものの、兄妹では結婚できないことを知りショックを受けていた)。

 ところが兄を助けようと自分も探索者を経て鍛冶師になることを目指していたがこれに失敗、仕方がないので巫女を目指すもののこれにも失敗。

 周囲の人たちとくに兄はセリーを慰めてくれたが、本人の落ち込みようは大変なものだった。

 それでも探索者として自分は頑張っていくほかないのだと思いつつも、何とかして鍛冶師になれないか、あるいは他にパーティーに貢献できるようなジョブはないか模索する毎日だった。

 

<14歳>

 運命の日(その1)。

 迷宮探索中にパーティーの他のメンバーたちを庇って魔物に袋叩きにされたことから、兄が瀕死の重傷を負う。

 なんとか全員で迷宮からの帰還は果たしたものの、兄は上級の治療薬を何本も使わなければ命が危ない状態だった。

 とりあえず薬を使って命は取り留めたものの、その代金の支払いを巡って家族会議が紛糾。その中で自らが奴隷として売られることを進言。

 家族会議はさらに紛糾したが、結局セリーを身売りすることで決着。

 ベイルの奴隷商人アランに売られることに。

 

<15歳>

 運命の日(その2)。

 ベイルの商館で奴隷として学びつつ、購入してくれる主人を待つ毎日だったが、そこで内密さん(とロクサーヌ)に出会う。ドワーフ族でありながら鍛冶師になれなかったことを正直に話す。

 買ってもらえないのではないかと半ば以上諦めていたが、無事に購入していただき、安堵する。

 このときはその後自分にどういう運命が訪れるのか、全く知る由もなかったが、これが大きな転機となる。

 

<現在>

 内密さんの下で鍛冶師への転職に成功。表立って態度には出さなかったが本人は大喜びであった。

 その後はクーラタルを拠点に装備品の作製やモンスターカードの融合をしつつ、他のパーティーメンバーと共に迷宮探索を行う。

 レベルも順調(すぎるほど)に上がり、伝説のジョブである隻眼への転職も視野に入るようになってきた。

 また図書館や解放会の資料室などで文献調査を行ったり、迷宮探索などで得られた知見や内密さんがしてきたこと、言ったことなども併せて文書に書き留めて整理するなど、充実した毎日を過ごす。

 実家(とりわけ自分の兄)がその後どうなったか気にはなっているが、もはや自分の家はここなのだと気持ちを切り替えたようである。




(追記)
おまけとして年表追加。
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