https://ncode.syosetu.com/n4259s/69/ 「ペルマスク」
https://ncode.syosetu.com/n4259s/70/ 「鏡」
https://ncode.syosetu.com/n4259s/72/ 「コハク」
https://ncode.syosetu.com/n4259s/79/ 「勝ち逃げ」
https://ncode.syosetu.com/n4259s/80/ 「ドラゴン」
https://ncode.syosetu.com/n4259s/110/ 「猫の目」
https://ncode.syosetu.com/n4259s/111/ 「残念な人魚」
https://ncode.syosetu.com/n4259s/113/ 「ネゴシエーター」
https://ncode.syosetu.com/n4259s/114/ 「体験」
https://ncode.syosetu.com/n4259s/154/ 「潮時」
初 出:書き下ろし
私の名はセリー、ドワーフ族の16歳、鍛冶師である。
私の生まれたドワーフ族の村は、その規模は非常に小さかったのだが、そこが私の世界の全てだった。迷宮も村の割りと近くにあったので(物騒な話だが)、大きな街どころかすぐ隣の村に行くことすら全くなかったのである。
というわけで私は、他の街のことなどは、本で読んだ知識ぐらいしか持っていなかった。
奴隷として売られて、初めてベイルの街に来たときは、なんて大きな街なんだろうと驚いた(ベイルはこの辺りでは一番の都市だというのだが、帝国全体から見ればたいして大きな街でもないことを後から知らされて、さらに驚いた)。クーラタルに行ったときも驚いたし、ましてや帝都に行ったときの驚きはより凄かった。
ペルマスクについても、工芸品で有名な街ということは知っていたが、実際にこの目で見たことはなかった。まさか自分がそんなところに行くことになるとは、当時の私は夢にも思っていなかったのである。
***
ペルマスクの話が出たきっかけは鏡だった。それはとある日の朝食時のこと。
食事の前に、ロクサーヌさんにブラシで髪をといてもらっていた私を見ていたご主人様が、食後にこう言ってきた。
「やっぱり鏡って必要か?」
「あるに越したことはありませんが、どうしてもというほどでは」
「あんまり映りがよくないんだよなあ」
ん? これはもしや……。
「鏡の映りはどれも同じだと思いますが。ひょっとしてペルマスクの鏡を持っておられたのでしょうか?」
と訊いてみる。確かに普通の金属製の鏡と比べれば、ペルマスクの鏡は映りが格段に違うという。
「ペルマスク?」
「帝国とカッシームとの間にある都市です。ロクサーヌさんから、カッシームより遠くの出身だと聞きましたので」
「な、なにしろカッシームより遠いからな。カッシームのことも知らない」
ご主人様はなんだか慌てている様子だ。どうかしたのだろうか。
「そうですか。ペルマスクはガラス製品を作ることで有名な都市です。ガラスを使った鏡は大変に映りがよいそうです。貴族や大金持ちの間でも贈答品としてやり取りされるほどの高級品です」
「高そうだな。まあいつか探してみるか」
「ペルマスクは遠いので、高くなってしまうのはしょうがありません」
ご主人様と私がそう話していると、ロクサーヌさんが、
「ご主人様なら、直接ペルマスクへ行けばいいのではないですか」
と言い出した。なるほどご主人様の例の移動呪文なら不可能ではないのかもしれない……でも……。
「ペルマスクがあるのは直接跳べるような近い場所ではないそうです。だからこそ高いのです」
ご主人様でもさすがにこれは難しいように思うのだが……。
「なるほど。確かにそうか」
「ご主人様なら行けるのではないですか」
と再びロクサーヌさん。煽るなぁ……確かに行けそうな気もするけれど……どうだろう。
「ど、どうだろうな」
ご主人様も自信無さげではある。
「何日かに分ければ行けるでしょうが、直接跳べるとは限らないのでは」
と言ってみる。
「まあ試してみる価値はあるか」
「帝都の向こう側にドホナという都市があります。ご存知ですか」
「行ったことはないな」
「ドホナの向こうにドブロー、ドブローの向こうにサボージャ、その向こうにアイエナ、アイエナの向こうに……」
と、ここからペルマスクに至るまでの都市を、いくつか挙げていく。でもご主人様はどれも知らないようだ。
だとするとご主人様はいったいどこの出身なのだろうか? 再び疑問が頭をもたげてくる。もっともルートは一つに限られないのも確かである。
「どれも知らないな」
「そうですか。多分別ルートでいらしたのでしょう」
実はご主人様の出自について、いったいどこからどうやってこの地に流れ着いたのかも気にはなるところだが、ここで問いただすようなことではない(というより奴隷の分際で気安く尋ねるわけにはいかない)。
「そうなんだろうな」
「ペルマスクにはどこの冒険者ギルドからでも一気には行けないと思います。今挙げた都市を小刻みにつないでいくことになるでしょう」
そう私が言うとご主人様はしきりにうなづいていた。自分で行ってみるつもりなのかな? とりあえず今言った都市の名前を、メモにしてご主人様に渡しておいた(このころはまだご主人様は字が読めなかったので、名前を一つ一つ読んであげた)。
***
このときは、ご主人様でもさすがにペルマスクまで一気に跳ぶことは出来ないだろうし、他の都市を経由するにしても、そうそう簡単には行けないだろうと思っていた。
ところが驚くことにご主人様は、その話をした翌日にはドホナを経てドブローまで、さらにその翌々日の朝には帝国最辺境の都市ザビルまで行って来たらしい。こういうときのご主人様は行動が非常に早い。
言い忘れていたが、各地の冒険者ギルドには何人かの冒険者が常にいて、希望者は他の街の冒険者ギルドまで連れて行ってくれるようになっている。もちろん有料で、値段は基本的に一人銀貨2枚である。ただどこの街でも行けるわけではなく、距離的な制限があったりする(これはギルドの都合というよりは冒険者個々人の能力によるものである)。どこまで行けるかはギルドの掲示板に張り出されているので、それを見て確認することになる(私がご主人様にメモを書いて渡したのはこのためだ)。
ご主人様が早速行って来たというザビルは、ペルマスクの一つ手前の都市である。クーラタルからは相当距離がある。しかも迷宮探索の片手間に行って来るとは。何という行動力。それに帰りは一人で戻って来たわけで、複数の都市を経由したとはいえ、その魔力の大きさが窺われる。
ご主人様の話によると、ザビルの冒険者ギルドからはお昼にペルマスクまで跳ぶ定期便があるらしい。ロクサーヌさんに時間を聞いていた。ちなみにどうやって知るのか分からないが、ロクサーヌさんの時間の感覚は非常に正確だ(ちょっと良く分からないが、ご主人様は「腹時計」だと言っていた)。
朝食後、ご主人様が私たちも連れて商人ギルドに行く。仲買人のルークから、彼が競り落としたという芋虫のモンスターカードを購入するためである。これをミサンガに融合できれば、身代わりのミサンガとなる。
身代わりのミサンガは、敵の攻撃をしばしば肩代わりしてくれる装備品である。冒険者にとっても重要なアイテムであるが、特に暗殺の危険のある貴人にとっては必需品であるといえる。
もっともこのミサンガは攻撃を必ず肩代わりしてくれるというわけではなく、基本的にはより強い攻撃に対してよりよく発動するとされている。強い攻撃というのも装備する人の強さによって差が出るらしく、普段上の階層で戦っているような人がつけると、低階層の魔物の攻撃ではほとんど発動することがないという。この話を聞いたご主人様が言うには、自分の命に危険がなければ(体力が相当削られるとか、それこそ体力がゼロになるかしないと)発動しないのではないかとのことだった。なるほど。
この身代わりのミサンガは、決して安い装備品ではないのだが(ミサンガ自体は安物だが、これに芋虫のモンスターカードを融合するためである。もちろん融合に失敗することも普通にある)、驚くべきことにご主人様は、自分だけでなく私たち全員にもこれを装備させた。奴隷に身代わりのミサンガを付けさせるなど聞いたことがないのだが、ご主人様からすれば当然のことだという。
話を戻そう。
ルークとの取引を済ませた後、商人ギルドの待合室でエルフ族の男性と出会う。私は初めて見る人だが、ご主人様の知り合いらしい。ゴスラーさんというハルツ公爵騎士団の団長さんなのだそうだ。
何故そんな人と知り合いなのか不思議に思ったが、以前冒険者ギルドのお手伝いで、ご主人様がボーデというところに行ったとき、そこの領主のハルツ公爵と話す機会があったそうで、その場にゴスラーさんも一緒にいたらしい。
それにしても一介の冒険者にすぎないご主人様が、公爵様なんて偉い人とどうやって話すようになったのかと疑問に思ったけれど、ご主人様いわくハルツ公は大変気さくな方だったとのこと。そのときは半信半疑だったのだが、後に私たちもハルツ公に直接お目にかかる機会があり、実際に当人に会ってみると納得である。大変失礼ながらなんという軽さかと驚いた。確かに良い人は良い人だったのだが、とてもお貴族様(しかも後から知ったのだがなんと全エルフ族のトップらしい)とは思えなかった。
そのゴスラーさんがご主人様に話しかけてくる。
「おお。これは奇遇です。冒険者殿もオークションが目当てでございますか」
「まあちょっと装備品関係で」
「なるほど。冒険者にとってはもっとも重要なものです」
「ゴスラー殿も?」
奴隷の身で立ち入ったことを聞くのもどうかと思ったので、私は少し離れたところで、ギルド備付けの資料に目を通していた。
そのため詳しいやり取りは聞いていなかったのだが、後でご主人様に教えてもらったところによると、ゴスラーさんは贈答品を探しに商人ギルドに来ていたそうで、いろいろと話しているうちに、ペルマスクの鏡はどうかということになったらしい。以前ご主人様に私が、ペルマスクの鏡は貴族への贈答品としても有名だと言ったからだろう。ゴスラーさんから鏡の買付けを頼まれたそうだ。
ご主人様にとってもこれが悪い話ではないことは私にも分かる。ただゴスラーさん個人に含むところはないけれども、相手がエルフ族ならばやはり要注意である。エルフは仲買人のように全ドワーフ族の敵とまでは言わないが、それでも警戒は必要だ。しかも仲買人のルークはハルツ公とも取引をしているようだし(貴族なのだから仲買人と取引があっても別に不思議ではないが)。エルフと仲買人、ともに何を考えているか分からない人たちだ。いい組み合わせである。
ご主人様にはその旨をあえて注意喚起しておいた。ご主人様は若干引き気味のようにも見えたが、一応は理解してくれたようだ。
その後、予定の時間までベイルの迷宮を探索し、そこから見たことのない建物の中に跳んだ。ここがザビルの街の冒険者ギルドなのだそうだ。事前に教えられてはいたが、もうこんなところまで来ていたとは……。しかもベイルからザビルまでは相当距離があるはずなのだが、ロクサーヌさんと私を連れて、これだけの距離を一回で跳ぶなんて……。相変わらずこのご主人様には驚かされる。
ここからペルマスクに行くことになるのだが、まずはご主人様だけ定期便を利用して連れて行ってもらうようだ。
「二人はしばらくここにいてくれ」
ご主人様はそう言って、パーティーを解散した。
「かしこまりました」
***
正午の鐘がなると、ご主人様は他の人たち数人と一緒にどこかへ跳んで行った。あれがペルマスクへ行く定期便なのだろう。
せっかくなので、私は冒険者ギルドの掲示板で情報収集することにした。他にやることもないし。ロクサーヌさんといえば、彼女らしいのだが、辛抱強くご主人様が戻ってくるのをずっと待っていた。
しばらくして戻って来たご主人様が、私たちとパーティーを組みなおし、なぜかそのままペルマスクに跳ぶのではなく、私たちを冒険者ギルドの隅に連れて行く。
「セリー、アイテムボックスを開け」
「はい」
アイテムボックスの残り枠(9列×10枚)全部に入るだけの銀貨を渡される。なぜ渡されたのか良く分からないが、大金なので緊張する。
さらにロクサーヌさんにこれとは別に銀貨が2枚与えられた。こちらは私たちの入場料だそうだ。いよいよペルマスクに向かうということだ。緊張してきた。
「今からペルマスクへ連れて行く。渡したお金で鏡を二枚買え。一枚は装飾も何もついてない鏡だけのものを。もう一枚はうちで使う。値段の許す範囲内で好きなものを選んでこい。持たせた銀貨一枚は税金だ」
とご主人様がいう。あれ? もしかしてこれは私たちだけで鏡を買いに行けということなのか。
「一緒にお買いにならないのですか」
「ちょっとな」
何か不都合でもあるのだろうかと不思議に思ったが、すぐに気づいた。ペルマスクの街へ入るときにインテリジェンスカードの確認があるということか。なるほど冒険者でないご主人様が、自分でペルマスクに跳んでくるのは確かに問題だ。私たちだけならご主人様が冒険者ギルドで待っているとでも言っておけばよい。
とはいえ奴隷の私たちだけで、しかもこんな大金を持って行動するのは……不安が募る。
「で、ですがこれは大財産です。きちんと私に扱いきれるか……」
「仲買人との取引もよく警戒しているセリーなら大丈夫だ」
「分かりました」
躊躇する私にご主人様はこう言ってくれた。
確かに事情が事情なので仕方がない。ロクサーヌさんと私でやるほかないのだ。工芸品である鏡はドロップアイテムではないので、アイテムボックスには入らない(たとえばドロップアイテムをジョブスキルを使って加工した薬などは入れられるが)。したがって手に持って運ぶしかないということになる。そのため二人で行くのであれば購入するのは二枚にとどめておく方が安全だろう。
「時間は、一時間くらいでいいか。まあ俺が冒険者ギルドに戻ったら分かるだろう。戻ったら入手できていなくても一度帰ってこい」
ご主人様と一緒にペルマスクまで跳ぶ。
そうして初めて訪れた建物に思わず目を見張った。同じ冒険者ギルドのはずなのに、ペルマスクの冒険者ギルドは帝国のものとは雰囲気が全く違う。
「それでは行ってまいります」
そう言ってご主人様と別れ、ロクサーヌさんと冒険者ギルドを出て行くとき、なぜかご主人様は不安そうな顔でこちらを見ていた。
確かに全く見知らぬ場所に私たちだけを行かせるのだ。しかも大金を持たせた状態で。ご主人様が不安に思うのも当然だろう。首尾よく鏡を入手して早く安心させてあげたいとそのときは真面目に思っていた。
(後から聞いたのだが、単にMPが枯渇していただけだったそうだ。なんだとも思ったが、私たちを連れてあれだけの長距離移動を繰り返したのだし当然だろう。)
ともあれご主人様と離れて、ロクサーヌさんと二人だけでペルマスクに入る。入場する際に騎士団の人からインテリジェンスカードのチェックを受け、入場税を支払う。一人銀貨一枚だ。
考えてみると確かにご主人様抜きで、そして二人だけで行動するのはこれが初めてだ。しかも大金を所持して。そう思うと本当に緊張してきた。
***
ペルマスクの街は、その景観全体が白で統一されており、白塗りの壁がとても眩しい。海も割と近くに見えるのだが、ここは周りを海に囲まれた孤島なのだそうだ。風光明媚でとても美しいところである。
この街は、最初にも言った通り、工芸品で大変有名だ。また街中は誰でも自由に歩くことができ、物品の売買も自由に行える。通貨については、金貨(白金貨含む)と銀貨は帝国と共通だが(これは迷宮のドロップ品だからである)、銅貨は両替が必要となる。というのも銅貨自体は迷宮ではドロップせず、各国でコボルトナイフを鋳潰して独自に鋳造しているためである。
ただ、ここの住民を外に連れ出すことは固く禁じられている。そのため冒険者ギルドの一部を除くすべての建物に、遮蔽セメントが使われているのだそうだ。木が一本も生えていないのも、冒険者のフィールドウォーク対策らしい。
そのため必然的に街への出入りは、私たちが実際入ってきたように、冒険者ギルド経由ということになる。ギルドから町へ出入りする際は、先ほどやった通り、入場税として銀貨一枚を支払う必要があり、さらに参事委員会麾下の騎士によるインテリジェンスカードのチェックも行われる。
こうして人の出入りを厳重に管理しているのは、ガラス加工の技術、鏡を作る技術、時計を作る技術、金銀や宝石の細工技術など、ペルマスクにしかない特殊な技術の外部への流出を防ぐためだ。ガラス職人や鏡を作る職人、金銀や宝石の細工師などが容易にここから逃げ出せないようにすることで、職人や技術を囲い込んでいるのである。よく考えたものだ。移動の自由の全くないここの住民にとっては迷惑な話だろうが、不満がほとんど聞かれないのはここの生活環境が大変恵まれているからだろう。
そういった事情と全く無関係というわけではないのだろうが、ペルマスクはとにかく綺麗な街だ。私も話に聞いていただけだったが、ロクサーヌさんも初めて来たらしく、珍しくて仕方ないようだ。キョロキョロと周囲を見回している。ヨソモノ感丸出しだ。私もだけど。
「とてもキレイな街並みですね。ご主人様も一緒に来れば良かったのに」
とロクサーヌさんがとても残念そうに言う。
確かに私もそう思うが、事情が事情なだけにこれは仕方ない。それにご主人様は長距離の移動で消費したMPを、どこかで回復しておく必要もあるのだろう。帰りの移動もあることだろうし。
ただご主人様がいないので、商談は必然的に私が全部やることになる(こういう込み入った交渉事などは、ロクサーヌさんには性格的にちょっと期待できない)。任された以上しっかりやらねばなるまい。商談なんてもちろん初めてのことだけれど、全く自信がないわけではない。
「ご主人様もおらず私達だけで大丈夫でしょうか」
「まあ何とかなるでしょう。ロクサーヌさんはとにかく笑顔を忘れずにいてくれればそれでいいですから」
「それだけでいいのですか」
さすがにロクサーヌさんでも不安を覚えるらしい。彼女はとてもいい人だし、その戦闘力は大層なものだが、やはりこういった交渉事はちょっと難しそうだ。ここは私が頑張らねばなるまい。もっとも彼女がニコニコしているだけでも十分助かるけれど。特に男性にはその笑顔が有効だろう(あとその大きな胸も)。
とりあえず近くのガラス工房の中でも、中規模ぐらいのところに入ってみることにする。というのも小規模な工房では品ぞろえに不安があるし、大規模なところだと、私たちのような奴隷の小娘が二人だけというのでは相手にしてもらえないかもしれないからだ。
***
その工房は、さほど大きいわけではないが、傍から見てもかなり活気があるように見えた。入り口付近にいた見習っぽい男の子に声をかけて、親方さんを呼び出してもらう。そうして現れた親方さんは人間族のとてもガタイのいい、いかにも職人といったおじさんだった。
彼は訝し気な様子で(こんな小娘が二人だけで突然やって来たので無理もないことではある)、いったいウチに何の用かと訊かれたので、ご主人様の使いで鏡を買い付けに来たことを伝える。親方さんは主に私と話をしながらも、チラチラとロクサーヌさんの方を見ている。それも彼女の胸ばっかり。……滅びてしまえばいいのに(よくわからないがこういうヒトを「おっぱい星人」というらしい)。
とりあえず装飾付きのものとそうでないものを織り交ぜつつ、鏡をいろいろと見せてもらう。実物を見るのは初めてだが(実家にもペルマスクの鏡は無かった)、やはり映りがとても良い。お値段だけのことはある。最初はぶっきらぼうだった親方さんも、その後は工房内を親切に案内してくれた。これはやはりロクサーヌさんの魅力のおかげだろう。
結局は当初の予定通りに、簡単な装飾が施され、台座のついているものを一枚と、何もついていないまっさらなものを一枚購入することにした。台座がついている方が少し大きい。こちらは家で使うためのもので、ロクサーヌさんが特に時間をかけて(それでもご主人様を待たせてはいけないので、かなり急いでもらったのだが)選んだものだ。値段はそれぞれ銀貨55枚と35枚。頑張って値切ったのだが、これ以上は下がらなかった。
価格交渉にも少し手間取ったせいで、冒険者ギルドに戻ってくるのが少し遅くなってしまった。ご主人様はすでにギルドで待っていた。
「すみません。お待たせしました」
「大丈夫だ。買えたようだな」
「はい」
「じゃあ帰るか」
そうしてペルマスクの冒険者ギルドから移動したのだが、なんと移動先はクーラタルの自宅だった。私たち二人を連れてペルマスクからクーラタルまで直接跳んできたことになる。驚いてロクサーヌさんの顔を見るが、
「やはりペルマスクから一度に飛べるのですね。さすがはご主人様です」
とロクサーヌさんは事も無げに言う。とくに驚いた様子もない。ご主人様に対する彼女の信頼は非常に篤い。……それでいいのかとたまに思うこともないではないが。
それよりも彼女は「さすが」の一言で片づけてしまったが、これはさすがどころではない。なんというMP量だ。とは言ってもよほどキツかったのか、ご主人様は顔色が真っ青だったけれど。
(どうやらワープなどご主人様だけが使える呪文は、一般的な呪文よりもMP消費が大きいらしい。呪文の効果を考えれば 強力な呪文なだけに当然と言えるのだが、MP枯渇の恐怖を考えれば使い方も慎重になる。)
「……ぎりぎりだ。荷物を置いたらすぐ迷宮に跳ぶから、魔物を探してくれ」
そう言うと、ご主人様はクーラタルの4階層に跳んで例の両手剣で魔物を倒していた。そうやってMP回復をしたようだ(なおこれはフィールドウォークなどもそうらしいのだが、ワープのMP消費は跳んだ距離と連れている人数に比例するらしい)。
ようやく一息ついたご主人様と再び自宅に戻ったあと、今日の成果について私から報告する。
「これがロクサーヌさんと選んだ鏡です」
そう言いつつパピルスの包装をはがし、鏡を取り出してご主人様に見せる。
「ご主人様のおかげで、いいものが買えました」
「私も実際にペルマスクの鏡を見るのは初めてです。話には聞いていましたが、きれいに映る鏡です」
「なんにせよ気に入ってもらえたようでよかった」
「はい。ご主人様、ありがとうございます」
「ありがとうございます。この鏡は銀貨55枚です。装飾のついていない鏡が銀貨35枚でした」
「台座だけで結構取るもんだ。こっちの方が大きいこともあるが……」
「大きい方が使いやすいと思いましたので。……駄目でしたでしょうか」
とロクサーヌさん。自分が選んだものだからか、気になるようだ。
「いや。そんなことはない。いいものを選んでくれてよかった」
「商品としてペルマスクで鏡を買う人はより華美な装飾のついた鏡を好むそうです。元の値段が高い方が高く転売できますから。ペルマスクの方でもそれを分かっていて、金銀や宝石などで枠を飾るそうです」
と説明しておく。
あとペルマスク全体が一つの島なのだと言うと、ということは迷宮もないのかと、ご主人様は考えこむような素振りを見せていた。どうやらペルマスクの街に怪しまれずに直接入る方法を考えていたようだ。
***
その後ベイルの迷宮に行く前に、芋虫のモンスターカードを使って身代わりのミサンガを融合し(余談だが、これには私が初めて作ったミサンガを使った。例のジンクスをご主人様は覚えていたようだ。運よく成功したからいいものの、失敗したら立ち直れないところである。そんなジンクスは迷信だ俗説だのと、さんざん予防線を張ってはいたのだが、成功して正直ホッとした。だが実際、そんなジンクスはやはりまやかしで、カード融合の成否は純粋にその装備品に依存することを私は後に知ることになる)、少し迷宮を探索したあと、夕方になってご主人様は帝都まで一人で行かれた。ペルマスクの鏡が実際に帝都の店でどのくらいの値段で売られているかを見に行ったらしい。
後で私たちにも話してくれたのだが、帝都で売られていたペルマスクの鏡は、どれもごてごてとした装飾がついていて、非常に高価だったそうだ。ペルマスクで買うよりも値段が3倍から4倍もするらしい。
なるほど。それなら私たちが直接ペルマスクに買い付けに行くことも、十分商売になりそうだ。
翌朝、ご主人様は私たちに朝食の支度と洗濯を頼み、一人で鏡を持ってハルツ公のところへ出かけていった。
ハルツ公との商談は上手くいったようで、ペルマスクで銀貨35枚で購入した鏡を、なんと金貨一枚で買い取ってもらえたそうだ。往復の手間などを考えると正当な価格といえるのだろうが、それでも私たちにとってはかなりの利益となった。ご主人様もこれには十分な手応えを感じたようだ。
朝食後、ご主人様に連れられて最初に跳んだのがベイルの迷宮だというのはすぐに分かったのだが、しばらく探索した後に跳んだ別の迷宮は初めて来るところだった。
「ここはどこでしょうか?」
「ペルマスクへの中継地点となる迷宮だ。一階層はミノがいるから、探してくれ」
どうやらザビルの街の傍にある迷宮らしい。
「ペルマスクへ行かれるのですか」
「昨日買ってもらったのと同じような、装飾も何もついていない鏡をまた買ってきてくれ。全部で10枚、買い手がついた」
あの一枚だけでなく、さらに追加で鏡を10枚仕入れて来てほしいとのこと。これはやはり大きな取引になりそうだ。もしかすると迷宮探索をしなくてもやっていけるぐらいの取引である。
「10枚ですか」
「すぐにというわけではないから、買って運ぶのは一人一枚ずつでいい」
枚数を限定するのはやはり鏡を割ってしまう危険があるからとのこと。確かにそうだ。十分に気を付けないといけない。
「それとコハクの需要があるかどうか聞いてみてくれるか」
ペルマスクまで行って鏡を仕入れてくるのであれば、こちらからもコハクを売りに行くといいと、ハルツ公のところでアドバイスされたのだそうだ。
コハクはボーデ地方の特産品らしい。確かに宝石類は値段の割に小さくて軽いし、かさばらないので運ぶのもラクだ。
領内の取扱業者を紹介してくれるということで、ハルツ公が紹介状まで書いてくれたのだそうだ。
「それではいってまいります」
「鏡は、前と同じ大きさか、少し大きさの違うものを二枚。それと、コハクを買ってくれるところでしたね」
と念のため確認する。
ペルマスクの冒険者ギルドから街中に入り、この前行った工房に再び向かう。工房の人たちは私たちのことを覚えていてくれたようで(ロクサーヌさんのおかげだろう)、すぐに親方さんを連れて来てくれた。
「おう、またアンタたちか。この前買って行った鏡はどうだった。ご主人様とやらに喜んでもらえただろう」
と親方さんは自信満々な様子だ。
「ええとても。それでまた鏡を購入してくるように言われて来ました」
「アンタたちになら喜んで売ってやるさ」
またロクサーヌさんの方を見ながら親方さんが言う。
「今回は装飾のついていないものを、全部で10枚欲しいのです。とりあえず今日は二枚買いたいと思いますが、いかほどになりますか」
「ふむ。この前と同じ値段ではいかんのか」
「私たちは今回だけでなく、今後もこちらとずっと取引していきたいと考えていますので、できましたらもう少し値引きをお願いしたいのですけれども」
と言いつつ親方さんからは見えないようにロクサーヌさんを肘でつつく。ロクサーヌさんもニッコリ笑って「お願いします」という。
「そうだなぁ。一枚につき銀貨30枚ならいいだろう。10枚なら全部で銀貨300枚だな」
「そのぐらいの値段であれば今後もこちらにお願い出来ますよね?」
と言ってロクサーヌさんをまた肘でつつく。ロクサーヌさんも、「そうですね。またこちらに来たいですね」と調子を合わせる。
「ああこちらこそよろしく頼むよ」
と親方さん。
「ではここに銀貨90枚ありますので、一枚分は手付として今日お支払いしておきます。残りのお金を持ってまた来ますので、よろしくお願いしますね」
「わかった」
「あ、それとできたら鏡は全部同じ大きさではなく、大きいものと小さいものをいろいろと織り交ぜて買いたいのですが」
「ふむ。それはこちらも数を揃えやすいな。いいだろう」
「あと……」
「まだあるのか」
と親方さんは苦笑するが、こちらの話を聞いてくれそうだ。ここは畳みかけるべきだ。
「それともし需要があるようでしたら、コハクをこちらに卸したいと考えているのですけれども」
「コハクか……。原石なら装飾に使えるからいくらでも欲しいな。もしウチで使わなくても余所の工房に回すこともできるしな」
「わかりました。ご主人様にそう伝えておきます。次回はコハクもお持ちできると思います」
「うん。いい話を聞けて良かった。嬢ちゃんたちまたよろしく頼むよ」
そのようなやり取りをしつつ、予定通り鏡を二枚購入して冒険者ギルドに戻ると、この前と同じくすでにご主人様が待っていた。
クーラタルに戻ってから、先ほどの話をすると、ご主人様は私たちを労ってくれた。
「よくやってくれた。セリーに任せて正解だった」
と言われたのだが、
「いえ、ロクサーヌさんもいてくれましたし」
とフォローしておいた。ささいなことだがこういうのも大事である。実際ロクサーヌさん(の胸)の活躍も大きかったし。
***
翌々日、ご主人様は、今度は私たちを連れてボーデに向かった。鏡の方は今朝がた自分でハルツ公のところに一枚だけ持って行ったらしい。
ボーデの冒険者ギルドの隣にある、コハクを扱っているという商会に連れて行かれる。
「これはこれは。お待ちしておりました」
と猫人族のおじさんが出てきた。この人がコハク商らしい。ご主人様がさっそく商談に入る。
「やはりペルマスクで原石の需要があるようだ」
ご主人様はすでにおおよその話は通してあるらしい。ハルツ公の紹介状が威力を発揮したようだ。
「さようでございましたか。いくらか用意できております。こちらにお越しください」
店の奥に通され、ご主人様だけでなく、私たちにもハーブティーが出される。せっかくなので遠慮なく口にする。おいしい。
給仕をしてくれたのは、おじさんと同じ猫人族の女の子だったのだが(この商会は猫人族だけでやっているようだ)、ご主人様は彼女の耳に惹かれているようだった。むむぅ。
それはさておき、しばらくすると目の前のテーブルに大きめの木箱が置かれた。
中には磨かれたコハクとその原石が綺麗に並べられている。それとは別に、コハクをふんだんにあしらったネックレスもあった。
「わあ」
ロクサーヌさんも私も目が釘付けになる。これは良いものだ。
「こちらなど、いかがでしょうか」
「いえ……」
でもご主人様がしかめっ面をしているのがとても気になる。マズイマズイ。
「まあ見せてもらうだけは見せてもらえ」
「分かりました。見るだけなら」
やった! 二人でそれぞれコハクを手に取ってみる。本当にきれいだ。
コハクの品質についていくつかやり取りがあった後、ご主人様が、
「荒削りの段階でコハクのよしあしを判断するのも難しそうだな」
というと、商人さんがご主人様の言葉に頷きつつ、価格を提示してきた。
「長年扱っている者でないと無理だと思います。今回はあまりくせのないものを用意させていただきました。これと同程度の大きさ、品質で一個800ナール。今回は全部で20個まで融通できます」
「まあ公爵からの紹介だからな。全部もらうとしよう」
ご主人様は商人さんと取引の話を進めていたようだが、その間ロクサーヌさんと私はといえば、そんなことはそっちのけでひたすらネックレスを眺めていた。
ロクサーヌさんは気に入ったものがあったのか、その中の一つをじっと見つめている。私としてはどれも素晴らしいことは素晴らしいのだが、残念ながらこれはというものはなかった……。
私のそうした雰囲気を察したのか、商人さんが別のネックレスを持って来てくれた。濃い赤い色の、大きな粒がそろったネックレスだ。
「そちらのおかたには、このようなものが似合うかと存じます」
と私に見せる。私に合うと思ってわざわざ出して来てくれたらしい。
「わあ」
胸元にあててみる。いい。これはいい。素晴らしくいい。思わずにっこりしてしまう。
「確かに」
ご主人様も同意見のようだ。いやでも……。
「で、でも。あの、私は別に……」
「こちらのネックレスは赤みが濃く、好まれる色合いなので4万5千ナール、あちらのおかたが手にしておられる方は3万ナールとなっております」
ロクサーヌさんが手に取っているものよりこちらの方が高いのか……確かにこちらの方が高級品っぽい。でもこれはちょっとマズイ。ロクサーヌさんは気にしないかもしれないが。
「そうか」
と、同じことを考えたのか、ご主人様もそっけない。
「あちらのおかたには、このようなものもお薦めです」
すると商人さんがまた違うネックレスを取り出してきて、ロクサーヌさんの前に置く。透明度の高い、やや薄い色合いだが、大きめの琥珀がふんだんに使われているネックレスだ。中央にあしらわれている粒はひときわ大きい。
「ほう」
「色は薄めですが、異物などがまったく入っていないものを集めた当商会自慢の一品です」
「どうですか?」
とロクサーヌさんが胸元に当てながらご主人様に訊いている。
あ、これは落ちたな、と思った。どこにとは言わないがご主人様の目がネックレスとは別の部分に釘付けになっていた。
「に、似合ってるな」
「ありがとうございます」
これ以上ないぐらいのロクサーヌさんのまぶしい笑顔だ。これはもうだめ押しだろう。
「いかがでございましょう」
「た、確かにこっちの方が似合っているような」
「こちらのネックレスですと、5万ナールになります」
値段の問題もこれで解決だ。ご主人様が完全に落ちた瞬間である。
結局、ご主人様はロクサーヌさんと私とに、それぞれコハクのネックレスを買ってくれた。嬉しいことは嬉しいのだが、二つ合わせるとかなりの金額だ。こんなに散財してしまって本当に大丈夫なのだろうか。
ともかくもボーデの冒険者ギルドから、ベイルの迷宮を経てザビルの迷宮に跳ぶ。迷宮内の小部屋で、ご主人様自らネックレスを私たちにかけてくれた。
「ありがとうございます、ご主人様。でも、よろしかったのですか」
「大丈夫だ。二人にはペルマスクでコハクを売ってもらうわけだから、自分でネックレスの一つも付けておかないといけないだろう。これは必要経費だ」
なるほど。確かに私たちがこうして実際にネックレスを身につけていれば、これ以上の宣伝効果は無いだろう。
「それでは、お借りしますね」
私の首にもネックレスをかけてくれたので、そうご主人様にいうと「借りるのか?」と訊かれた。
「所有者が奴隷のために買ったものも、当然所有者のものです。消耗品や肌着や生活必需品なら別になりますが」
そう、ネックレスの所有者はあくまでご主人様で、私たちはそれを借りて付けさせてもらっているということになる(正しく言えば私たちも含めて丸ごとご主人様の所有物なのだけれども)。
「なるほど」
やはりご主人様はこういうところがやや世間ずれしている。
それでも正直嬉しい気持ちが抑えられない。ロクサーヌさんもニッコニコだ。
「ありがとうございます」
「いずれにしても、二人ががんばってコハクの原石を売ってくれればすぐに元は取れる。少なくとも倍以上で売ってきてくれ」
確かにその通りだ。これは頑張らないと。倍以上といわれたが、それを大きく上回る金額で売ってみせよう。
次回分の鏡の手付も含めてということで銀貨60枚とコハクの原石が渡される。これだけでも一財産だ。あれ? でもということは……。
「えっと。今回も行かれないのですか」
「もちろん二人に行ってもらうことになる」
「ネックレスも入れると、一財産になりますが」
私たちに持ち逃げされるなどとは考えていないのだろうか。
「二人のことは信用している。問題ない」
「ありがとうございます」
身の引き締まる思いだ。これは本当に成功させねばなるまい。
三人でペルマスクへと跳び、冒険者ギルドでご主人様と別れる。二人でまたいつもの工房に向かう。親方さんはすぐに出て来てくれた。
「お、コハクを持ってきたのか。それにそのネックレス……なかなかいい仕事をしているじゃないか」
とさすがにネックスレスにすぐに気づいた親方さんが言ってくる。
ただ親方さんの目を釘付けにしているのは、ネックレスというよりも、またしてもロクサーヌさんの胸の方だった。その証拠に私が付けているネックレスの方は軽く一瞥しただけである。……滅びてしまえばいいのに。
「ええ、ボーデでご主人様が買ってくれたものです」
「ふむ。こうしてネックレスに仕上げるのもいいな。……それにしても贅沢なコハクの使い方だ。なるほどこれだけふんだんにあしらえば価値も上がるか……」
ネックレスの出来に感心しながらも、親方さんの視線はやはりロクサーヌさんの胸に注がれている。……滅びてしまえばいいのにと内心また思ったが、声に出しては、「そうでしょう。とてもいいですよね」と話を合わせておいた。ここは商談を首尾よく進めるため、少々のことは我慢しなければならない。ガマンガマン。
するとたまたま傍にいた親方の奥さんらしき人が、目ざとく私たちのネックレスを見つけて、自分もこういうのが欲しいと言い出した。親方さんに詰め寄っている。
「奥様になら私たちよりももっとコハクのネックレスがお似合いだと思いますよ」
と私が言うと、奥さんのおねだりがさらに熱を帯びてきた。親方さんもタジタジだ。だがこのときは何とか勘弁してもらったようだ。
「と、とりあえずコハクの原石だが、鏡と同じ一つ銀貨35枚でどうだろうか」
「もう少し何とかなりませんか?」
「うーん」
またロクサーヌさんをこっそりと肘でつつく。ロクサーヌさんには、胸元をさり気なく強調するようなポーズを取るように予め言っておいてある。
「ぜひお願いします」
とロクサーヌさんがニッコリ笑って言う。胸の下あたりで腕を組んで強調して見せる。その調子その調子。私にはできないポーズだ(自分で言っておいてなんだが余計なお世話だ)。
「じゃあ40枚だ。今回は特別だからな。次持って来られてもこの値段でとはいかないぞ」
親方さんは気づいていないようだったが、奥さんはその様子をじっと見ていた。眉がピクピクしている。
その後その奥さんとも直に話す機会があったので、もう一度ネックレスを薦めてみた。
「親方さんがこちらのネックレスを大変気に入っているようでした」
とロクサーヌさんが着けているネックレスを指し示す。
奥さんはなかなか鋭い人らしく、すぐに察したらしい。少し悪い顔をして、それなら自分も頂こうかしらと言ってきた。
交渉の結果、金貨25枚までなら払ってもいいので、私たちが身に付けているような、なるべく出来の良いネックレスを持って来てほしいということになった。罰として親方さんに払わせてやるつもりらしい。
「いいんですか?」
と奥さんに訊くと、
「デレデレして本当にしょうのない人だし。これぐらいはいいでしょう。罰よ罰」
と言っていた。
仮にロクサーヌさんと同じものだとしても、仕入れ値のほぼ5倍で売れる計算だ。これはやったかも。
それに親方の奥さんが実際に身に着けているところを見れば、他の奥さん連中にも売れるかもしれない。原石の方も同じく5倍の値段で売れたので、ご主人様も喜んでくださるだろう。
私たちにこんな高価なネックレスを買ってくださって申し訳なく思っていたのだが、これでようやく面目を施すことができた。
ロクサーヌさんも上手くいくかどうか非常に気にしていたので、大成功に思わず二人でハイタッチしたくらいだ。
こうしてコハクについては上手く話をまとめることができたと思うが、まだ鏡の方もある。むしろこちらの方が本命である。
再び親方さんと交渉だ。今度は肘でつつく前に、すでにロクサーヌさんがアピールしていた。この連携もすでに手慣れたものである。
というように意気込んで交渉してみたのだが、鏡の方はわりとあっさり値引きしてくれた。一枚当たり銀貨20枚でよいとのこと。
手持ちの銀貨60枚を全て渡しておいた。そのうちの20枚は(この前払った手付とあわせて)今回受け取る鏡の分で、残りは次回の分の手付である。
これ以上の値引きはさすがに奥さんから待ったがかかった。直接セールスするようなことはしないと言ったのだが、この価格が本当にギリギリだったようだ。仕方ない。
それでも何となく腹が立ったので、帰り際にもう一度親方の奥さんに告げ口しておいた。
「こちらの親方さんにはうちのロクサーヌを大変ごひいきにしていただいてありがたいことです。私と話している間もどことは言いませんがずっとご覧になっていましたよ」
と言うと、別に示し合わせたわけではないが、ロクサーヌさんもニッコリ笑って、
「安く売ってもらえました」
と言う。
それを聞いた奥さんは、先ほどのこともあったせいか、こちらもニッコリ笑っていたが(目は全く笑ってなかった)、私たちと話し終えた後、親方さんのところにつかつかと歩み寄っていき、いきなり平手打ちを食らわせていた。ロクサーヌさんも私もさすがにビックリした。
こちらから仕向けたこととはいえ、ちょっとだけ可哀想に思った。まあでも仕方ない。悪は滅びるサダメにあるのだ。
そうしていろいろと交渉していると、どうしてもそれなりに時間がかかってしまうものである。
全ての取引を済ませ、それでも急いで冒険者ギルドに戻るとやはりすでにご主人様がいて、私たちを待っていた。直接クーラタルの自宅に戻る。
ご主人様に取引の結果について報告したが、大変満足してくれたようだ。私たち二人もご主人様の期待に応えることができて大満足である。
余談になるが、その日の夕方、クーラタルの自宅でキャミソールとともにネックレスを身に着けたときは、まるで初めての時のようにドキドキした。
ロクサーヌさんも同じ気持ちだったみたいだし、何よりご主人様がいつもより凄かった。5割増しぐらい? ご主人様がコハクのネックスレスを私たちに買ってくれたのは、宣伝のためというより自分の欲求を満たすためだったのかもしれない(そういえばご主人様はネックレスを買った理由として「そこに山があったのだから仕方ない。登るしかないのだ」とも言っていた。……何のことかさっぱり分からないが)。
ともあれ最後まで充実した一日だった。
***
ペルマスクでは、鏡の方は毎回二枚ずつ購入していたのだが、コハクはボーデの方に常に原石の在庫があるとは限らず、手ぶらで行くこともあった。
残念なことではあるが、それよりも親方さんの奥さんのために、ネックレスを仕入れなければならないことの方が大事である。ご主人様からも「親方の奥さんには、いいネックレスを探していますと言っておいてくれ」と頼まれていた。
というわけで、しばらくしてボーデのコハク商のところへまた向かうと、ご主人様は私たち二人にネックレス選びを任せてくれた。
親方さんの奥さんに気に入ってもらえるようなものを選ばなければならないし、そのためには実際に本人に会っている私たちに任せた方が良いということなのだろう。
ここで上手くやればさらにまた次の注文に繋がるかもしれない。責任重大だ。ネックレスを数点見せてもらいながら、ロクサーヌさんと真剣に選ぶ。
「これか、そっちがよさそうですね」
「やっぱりそうですよね」
二つまでは簡単に絞ることができた。問題は……。
「二つのうちのどっちにするかですが」
やはり以前来た時にも見せてもらったこれがいいだろう。
「私はこれがいい品だと思います」
ということで一つに絞り込んだ。
結局その一つを購入することになったのだが、ネックレスと一緒に、色の白い綺麗な木製の小箱が出てきた。タルエムという木材で作ったものらしい。私たちのネックレスの分も含めて三つだ。
何でも前回仕入れが空振りに終わったときに、タルエムの木でネックレスを入れる小箱を作ってみてはどうかと、ご主人様がコハク商人に提案したのだそうだ(もともとは鏡の外枠に使ったらどうかとハルツ公に提案していたものらしい)。タルエムという木材も、コハクと同様ボーデ地方の特産品らしい。なるほどいいアイデアだ。薄茶色の年輪が鮮やかに入っており、箱そのものがけっこう重く、それらが高級感を醸し出している。高価なネックレスなのに布の袋ではちょっと寂しいと思っていたのだが、この箱に入れればネックレスそのものの高級感も一層増すことだろう(ご主人様も全く同じことを考えて提案したのだそうだ。鏡に使うという提案の方も、たしかに装飾を省いた分仕入れコストを抑えられるし、地場産の木材を使えば、普通に売られているものとの差別化を図ることもできる。こちらも大変上手い方法である)。
アイデアの対価として、タルエムの小箱は無料でもらえることになった。商会としては一つ200ナールで売るつもりとのこと。
私たちのネックレスを取りに一度クーラタルの家に戻り、それからまたペルマスクへ向かう。ザビルの迷宮でネックレスをつけてもらい、入場税の銀貨が渡される。やはり今回も私たちだけで取引に臨むらしい。
「やっぱり行かれないのですか」
金貨25枚といえばとんでもない大金だ。これまでとは比べ物にならない。それに私たちが身に付けているネックレスも相当の価格だし。私たちは持ち逃げなどもちろんしないが、もし盗まれたりなどしたら大変なことになる。正直不安で仕方ない。
「大丈夫ですよ。ご主人様は私たちのことを信頼してくださっていますから」
ロクサーヌさんらしいといえばらしい能天気さだ。とはいえ、こういうときは彼女のこの性格が大変心強い。
「は、はい」
それに確かに彼女の言う通りである。ビビッていてはいけない。ご主人様のこの信頼に、私たちは何としても応えなければならない。
これもまた余談になるけれども、このころはペルマスクでの取引の方はこのように大変順調だったのだが、肝心の迷宮探索の方はそう上手くはいっておらず、むしろかなりの苦戦を強いられていた。……主に私が(全く面目ないことだが)。魔物の一撃が地味に痛くて、ご主人様には「がんばれると思います」と強がってはみたが、私がいっぱいいっぱいなのはどうやらご主人様にはバレていたようだ。
そのせいもあってか、この時期、ご主人様は私たちの装備を強化するか、あるいは新規にパーティーメンバーを加入させる必要があると考えていたらしい。今思うとその金策のための鏡やコハクの取引だったのだろう。
***
話を戻そう。
ロクサーヌさんと一緒にペルマスクに入ってみると、何やら街が騒然としている。周りの人に話を聞いてみると、どうやらドライブドラゴンの襲撃があったようだ。
すでに討伐されたとのことだが、隣でロクサーヌさんがウズウズしているのが分かった。
「あくまで取引をしに来たんですからね」
と私が言うと、彼女も「分かっています」とは言っていた。
ただどう見ても彼女は現場を見に行きたがっている様子だった。できれば戦ってみたかったのだろう。いずれ迷宮でイヤでも戦うことになるのだから、別に今焦らなくてもいいのに(ドライブドラゴンは迷宮内だと23~33階層のいずれかの階層に出現するランドドラゴンのボスである。ちなみにクーラタルの迷宮では33階層になる)。まあロクサーヌさんなら相手がドラゴンでも冗談抜きで一人で倒し切ってしまいそうではある。
強敵と戦ってみたいという気持ちはまあ分からないでもないが、こういうところは本当に彼女は見かけによらない。
後でご主人様にこの話をしたとき、「ドラゴン……だと……?」とつぶやいていた。相当驚いているようだ。
「はい。今朝ほど沿岸から襲われたようです。残念ながら、私たちが都市に入ったときにはもうすでに迎撃された後でした」
「……ドラゴンに襲われることはよくあるのか」
「正確にはドライブドラゴンです。ペルマスクは島なので普通の魔物は襲ってきません。ドライブドラゴンなら空を飛べます。よくあることだと思います」
「……よくあるのか」
「対竜の装備品を所持している人も多いでしょうし」
ペルマスクには貴重な財産が山とあるので、ドライブドラゴンに限らず魔物や海賊などの襲撃への対応は完璧だそうなのだが……ご主人様がなんでそんなに驚いているのかよく分からない。
「……なるほど」
そんな出来事もあったが、今回の取引もいたって順調だった。
親方さんの奥さんは、ネックレスを一目見るなり大変気に入ってくれ、価格も希望通り金貨25枚でいいと言うと、ことのほか喜んでくれたが、本当にその値段でいいのかと、何度も訊かれた。実は仕入れ値の5倍で売りつけているとはとても言えなかった(別に言うつもりもなかったけれど)。
コハクの原石や鏡の取引で大変お世話になっているし、お近づきのしるしに特別サービスだと奥さんに言うと、こんなにいいものがこれだけ安く買えるのだから、他の工房の奥様方にも薦めてあげると言ってくれた(やった!)。
タルエムの小箱の方も、元が200ナールだと聞いていたので、とりあえず銀貨10枚で売ってみた。こちらも問題なく売れ、しかも大変好評だった。
コハクの原石も一つ銀貨35枚で売却することができ、鏡は次回以降も一枚あたり銀貨20枚で買うことで話がついた。
自分でも上出来だと思ったが、クーラタルに帰ってから報告を聞いたご主人様も「やはりセリーにまかせて間違いはなかった」と言ってくれた。
「ありがとうございます」
ご主人様にこう言ってもらえたことが何よりもうれしい。がんばって本当に良かった。
***
その後しばらくして、新たなパーティーメンバーとして、猫人族のミリアが加入したのだが、彼女にもネックレスを買ってあげることになった。
というのもご主人様はハルツ公からもう三枚鏡を購入するよう依頼されており、せっかくペルマスクに行くのだからとコハクの原石を仕入れるついでである。ミリアだけネックレスが無いのも可哀想なので良かった。彼女は猫人族だからか、以前からコハクのことを知っていたようだ。
コハク商のところに行くと、いつもの商人のおじさんが早速出迎えてくれた。この前のと同品質の原石を12個と、ネックレスを数点持って来てくれる。
「すごいです」
「これなどはかなりの品だと思います」
「きれい、です」
魚でもないのにミリアが食いついている。やはり猫人族にとってコハクは特別なのだろうか。まあそれも当然だろう。何しろこんなにきれいなのだから。
ロクサーヌさんや私の目もネックレスにくぎ付けである。ロクサーヌさんはうっとりとした表情でネックレスを見つめている。
……おっといけない。ミリアにはどれが似合うだろうか。
私も釣られそうになったが、ネックレスを細かくチェックし、品定めを始める。
「ミリアにはこういうのが」
とロクサーヌさんが、ネックレスをミリアの胸元に当てている。
「一番いいのはこのネックレスでしょうか」
「これはお目が高い。最高級のコハクを使った、当店自慢の一品です」
自分のものではないとはいえ、やはり見ていて心が躍る。
ただ、さすがにこれはミリアにはちょっと高級にすぎる。69800ナールという値段ももっともだ。向こうも最初からこれを買わせるつもりはないだろう。
「しかしミリアにはもう少しソフトな方が似合いそうですか」
「そうですね。そちらのかたには、このネックレスなどいかがでしょう」
やはり別のネックレスが出てきた。
「赤、ピンク、黄色、乳白色といった、さまざまに色の違うコハクをつないで作ったネックレスでございます。着ける位置によって印象が猫の目のように変わります。猫人族のかたに是非着けていただきたいネックレスです」
「きれい、です」
といってミリアが首にかけてみる。うん、これでいいだろう。
「いいじゃないですか」
「似合うと思います」
「猫人族のかたにつけていただけるのなら、特別に4万5千ナールでお譲りいたします。いかがでございましょうか」
値段を聞いてご主人様も納得のようだ。私のと同額だし、本人も気に入っているようだから大丈夫だろう。
「どうする?」
「え……」
ミリアがめずらしく遠慮がちである。さすがにこの値段だ。おそらくそんな大金を、彼女はこれまで見たこともなかったのだろう(私もなかったが)。ためらうのも無理はない。
ご主人様はなぜか私の方も見つつ、結局このネックレスを買うことにした。前回と同様タルエムの小箱がタダで付いてきた。どうやら帝都の貴婦人方にこの小箱が大変好評なのだそうだ。さらに領内の特産品を新たに産み出したということで、ハルツ公からもお褒めの言葉をいただいたらしい。ご主人様はコハク商人からとても感謝されていた。
(ただご主人様によれば、タルエムの小箱のアイデアの出元がご主人様だということを、ハルツ公は見抜いていたらしい。その後ハルツ公から、コハク商に花を持たせたことも含めて直接お礼があったという。)
そのままボーデの冒険者ギルドからザビルの迷宮を経て、ペルマスクに向かう。
ミリアはペルマスクに来るのは初めてのようで、警戒しつつも周囲を興味深そうに見回している。
「白い、です」
とミリアが言うと、ご主人様も、
「建物が白くて綺麗だな」
といいつつミリアの耳を触っている。……やはりこの人は耳フェチなのか?
「海、です」
「そういえば、ペルマスクは島だって言ってたか」
「××××××××××」
とロクサーヌさんがミリアを窘めている。
「はい、です」
……どうもミリアは魚を取りたがっていたらしい。本当にぶれないなこの娘は。
(でも窘めるロクサーヌさんの方も、以前ドライブドラゴンが出たと聞いて、見に(殺りに)行きたくてウズウズしていたのだが。)
「では頼むな」
「分かりました」
「おまかせください」
「はい、です」
今回もご主人様は一緒に来て下さらないので、ミリアも含めた三人でいつもの工房へと向かう。以前もなかったわけではないが、さすがにこの三人で街中を歩くと、周囲の注目を集めるようだ。三人ともコハクのネックレスを付けてもいるし。
これまでと同じように工房の親方さんと話をして、コハクの原石を売り、鏡を買い付けた。価格は以前約束した通りである。
すると親方さんの奥さんがニコニコ顔でやってきた。大変ご機嫌なようだ。私たちが来るのを待っていたらしい。
何でも奥様方の会合にネックレスを付けて出席したら、周りの人たちの食いつきが凄かったそうだ。みんなの注目を集めて非常に気分が良かったとのこと。思い切って買ってよかったとしみじみと言っていた。
ただ自分も欲しいという人がかなりいたのだそうで、結局二人の注文を取り次ぐことにしたとのこと。これにはちょっと困ったような顔をしていた。
一人は、親方さんの奥さんが特に親しくしている方らしく、同じぐらいのものが欲しいそうだ。こちらは親方の奥さんに売ったネックレスより心もち劣るくらいのネックレスを用意してやればいいだろう。同じくらいのものが良いといわれたそうだが、そこで素直に同等のものを用意しては角が立つ。お得意さんである親方さんの奥さんには、やはり優越感を持ってもらわないと。コハク商でいろいろと見せてもらおう。
もう一人はペルマスクの参事委員会(言い忘れていたが、ペルマスクは商人による自治都市で、貴族が領主として治めているのではなく、有力な商人が集団で運営しているのだ)の代表を務めたこともあるお偉いさんの奥方様だそうで、さすがに断れなかったとのこと。
お金に糸目はつけないので、最高級のものがほしいと言っていたそうだ。羽振りのいい人なので、金貨35枚くらいなら問題なく払ってくれるだろうとのこと。こちらはすでに当たりを付けてある。ミリアのネックレスを購入するときに見送ったあの最高級品だ。あれなら文句はないだろう。金貨35枚で売れるのならば十分な利益も出るだろうし。もう少し高値での売却を狙ってみてもいいだろう。
今回はあまり時間をかけなかったので(価格交渉がなかったのが大きい)、ご主人様よりも先に冒険者ギルドに戻ってくることができた。
さほど待つこともなくご主人様がやってくると、そのままザビルの迷宮を経てクーラタルの自宅に帰る。
「コハクの原石は約束どおりの価格で売れました。鏡の値段も約束どおりです」
と言いつつ、ご主人様にお金を渡す。
「よかった。まあセリーがしっかり交渉してきたのだから心配はしていなかったが」
お世辞かもしれないが、ご主人様にそう言ってもらえるのは素直にウレシイ。ロクサーヌさんみたいに私にも尻尾が付いていたら反応してしまうのかな。
そしてネックレスの注文があったことについて説明すると、こちらについてもご主人様はとても喜んでくれたが、「同じ値段なのに悪いのを用意するのか?」と訊かれた。
「親方の奥さんには特別にこの値段だと言って売っています。それに、同じ品質では親方の奥さんもいい気がしないでしょう。ほんの少し、心もち劣るくらいがちょうどよいのです。はっきり落ちるようではいけません」
馬鹿正直にやる必要は全くないのである。自分でもやや腹黒いかなとは思うけど。
「それを探すのも結構難しそうだが」
「大丈夫です。質のよいコハクのネックレスはどれも一品モノです。色や大きさが少しずつ異なります。まったく同じものはありません。説明などどうにでもできるでしょう」
と私が言うと、
「そ、そうか」
ご主人様はちょっとひるんだ様子である。私としてはそんなに特別なことを言っているわけではないつもりだが。
***
というわけでボーデのコハク商を再び訪ねる。私たちももうすっかりここのお得意さんである。
前回の訪問からさほど日が経ったわけではないので、さすがにコハクの原石は無いそうだが、今回はネックレスの購入が目的なので問題はない。
ご主人様は私たち三人に交渉を任せるとのこと。ということで、ロクサーヌさんとミリアには、交渉は全部自分がやるから、上手く話を合わせてもらうようにあらかじめお願いしてある。
よし、ここからが勝負だ。席に着く前にさっそく尋ねる。
「この間見せてもらった、ここ数年で一番の品というコハクを使ったネックレス。あれはまだありますか」
「ございます。こちらですね」
向こうもできればこれを購入してもらいたいと思っていたのだろう。すでに準備していたようですぐに出てきた。もう一つ別のネックレスと並んで置かれている。
「やはりものはいいですね。素晴らしいです。この色といいこの透き通り具合といい。最高級の一品です」
ここは素直に褒めまくっておく。良い品物であるのは確かだし。
「そうでございましょう」
「値段は?」
「はい。前回も申しましたので、特別に6万9800ナールでお譲りさせていただきます」
予想通りだが、ここでため息をついてみる。そしてネックレスを置きつつ、「やはり値段が……」とつぶやく。
「これと同様のものが他にありますか」
と話を振ると、
「同様のものとなりますと。こちらの方もそれに引けをとらぬ品ではございますが」
と、もう一方のネックレスを押し出してくる。
「なるほど。これもよい品です」
「深紅の大玉を配したネックレスでございます。ここまでのコハクが出るのは50年に一度でございましょう。そのため、他のネックレスのように複数のコハクを並べるということはできませんが。こちらですと、お値段は6万5000ナールとなっております」
「うーん……」
悩むふりもなかなか大変だ。実は最初の物にすることは、私の中ではもう決まっている。あとは6万9800ナールからどれだけ値切れるかだ。
「綺麗です」
「きれい、です」
ロクサーヌさんとミリアがはしゃいでいる。この辺りも計算通り(……もしかしたら二人とも本当にはしゃいでいるだけなのかもしれないが)。
「どうしましょうか」
とロクサーヌさんの前で二つのネックレスを比べて見せる。
「えっと。そうですね」
「やはり複数の玉が連ねてあるこちらのネックレスの方が。しかし値段が。うーん……」
精一杯悩んでいる振りをする。
「そうですね。そこまで気に入っていただけたのなら、そちらのネックレスは今回のみ特別に6万8000ナールとさせていただきましょう」
「うーん。もう一声」
「6万7500ナール。これ以上はさすがに下がりません」
「その値段ならしょうがないですか。一つはこれでいいと思います」
ひとまずこれでいいだろう。チャンスはもう一回ある。
「もう一つ、5万ナールくらいのネックレスがほしいのですが」
「それですと、こちらになります。これなどもいかがでしょう」
と別のネックレスを、こちらも二つ取り出して見せてきた。手に取ってみる。
「これですか」
あれ? これはちょっと……。
「左の方は柔らかくて豊かな色合いの上質のコハクを使ったネックレス、手にお持ちの方も輝きの強いなかなかの出来栄えとなっております。左の方が5万2000ナール、持っておられる方が5万ナールとなっております」
これで5万ナール? 怪しい。少しつついてみるか。
「なるほど。しかしこれは少し濁りがあるようです」
「その他にこういうのもございます。そのネックレスを上回る一品です。5万6000ナールと少々お値段は張ってしまいますが」
とまた別のネックレスを出してきた。
「確かにいいものです。しかし、お客様の要望もありますので」
なるほどそういう手できたか。商人さんの本命はこっちなのだろう。
「それでは、こちらなどいかがでしょう。輝きと色合いの調和の取れた一品。5万4500ナールとなっております」
「これはいいですね。ただお客様が。うーん。どうしましょうか」
とりあえずロクサーヌさんとミリアにも振ってみる。が、これはあくまで振ってみるだけである。二人とも上手く合わせて合わせて!
「えっと。そうですね」
「うーん、です」
「そうですね。それでは特別に、5万3500ナールとさせていただきたいと思います。それでいかがでしょう」
「なるほどそれなら……。しかし……。うーん」
首をひねってみる。まだまだイケそうだ。
「では5万3000ナールでいかがでしょう」
「もう少し何とかなりませんか」
「し、仕方ありません。5万2500。これが限界でございます」
「分かりました。いいと思います」
まあいいだろう。これで許してあげよう。
相当粘って値引きさせることに成功した。自分でもやり切った感がある。
ご主人様も大変感心した様子だった。どうです? 私もなかなかやるでしょう。
……と思ったのだけれど、私がこれだけ苦労して値切ったのが、最後にご主人様がお金を払う際、特に何も言わなかったにもかかわらず、最初のネックレスとあわせてさらに大幅に値引きがされた。三割引きぐらい? ビックリだ。一体どういうカラクリなのだろう。
ロクサーヌさんはご主人様の人徳なら当然だと言っていたが、本当にそうなのだろうか。何か秘密がありそうな気もする。
ご主人様も、「人徳ではないが、ま、そういうことだな」と言っていたが、とにかく怪しい。
ともあれさっそくペルマスクに跳ぶ。
ロクサーヌさん、ミリアそして私の3人でペルマスクの街中に入る。……やはりご主人様は今回も付いて来てくれない。私たちだけで何とかするしかない。
気持ちを奮い立たせつついつもの工房に向かうと、すぐに親方さんの奥さんがやってきた。まるで私たちを待っていたかのようだ。
どうやら相当せっつかれていたらしい。どんなネックレスか彼女は自分で確認することもなく、私たちはすぐに元参事委員会代表の奥方様の屋敷に連れて行かれた。
そこは小高い丘の上にある瀟洒な豪邸だった。実際に会ってみるとその奥方様は、確かに上品な感じを漂わせていたが、同時に押しが強い印象も受けた。あまりお近づきになりたくないタイプである。
それはともかく、さっそく奥方様にネックレスを見てもらったが、大変すばらしいと喜んでもらえた。実はいい人だった。
肝心のネックレスの値段については、前もって予算を聞いていたので難しいとは思ったが、最初思い切って金貨40枚と吹っ掛けてみた。
やはり言い値通りにはならなかったが、親方さんの奥さんの紹介ならということで、結局金貨38枚で手を打った。
もう一声欲しかったが、まあ仕入れ値を考えれば、この金額なら十分だろう。
その後工房に戻ると、もう一人のお客さん、親方さんの奥さんと仲のよいという御婦人が待っていた。
こちらの方には親方さんの奥さんの顔を立てて、約束どおり金貨25枚で売る。
こちらの方にもやはり大変よいものだと喜んでいただけたのだが、親方さんの奥さんの方には後でこっそり、「実はあのネックレスは前のものより少し大きさが……」と伝えておく。
奥さんは驚きながらもニッコリ笑っていた。もちろんタルエムの小箱についてもきっちり売ってきましたよ。
後でご主人様に一連の取引について報告したとき、
「すごいな。さすがセリーだ」
「ありがとうございます」
とお褒め頂いた。エヘン。
***
その後さらに加入したベスタもネックレスを買ってもらっていた。
このときはご主人様の話によると、ハルツ公の夕食会にお呼ばれしたので、私たち全員にネックレスをつけさせたいとのことだった。
ベスタが買ってもらったのは粒の大きいコハクが数珠繋ぎになったネックレスだが、色合いがベスタの肌の色にとてもよく合っている。ここの商会のセンスもさすがである。高価なものを買っていただけたことに、ベスタは大変恐縮していた。
……このように大変上手くいっていたはずの鏡とコハクの取引だったのだが、終わりが割とすぐに来た。
あるときご主人様にコハクの原石を八つ持たされ、鏡を四枚仕入れてくるように言われたが、それと同時に、
「それと、この仕事はなくなるかもしれない。ペルマスクの方へはうまく言っておいてくれ」
とも言われた。
「なくなるのですか?」
ふむ。
「まだ詳細まで決まったわけではないが、多分そうなるだろう」
「分かりました」
ペルマスクでの鏡の買付けやコハクの売買は、ハルツ公のところの人たちに引き継がれることになったのだそうだ。
ご主人様の方でもいい加減ここらが潮時と考えたらしい。これまでが大変順調に行っていたので、まだまだ続けていいようにも思うのだが、確かに余り欲をかいてもいけない。ご主人様が「もうはまだなり、まだはもうなり」と言っていたのを思い出す。これまでが順調だったからといって、これからもそうだとは限らない。引き際が肝心ということでもある。第一私たちの目標は別にある。迷宮討伐に成功して叙爵されるという使命があることを忘れてはいけない。
ただこれで終わるとはいえ、私たちを信頼して与えてくれた仕事だ。最後までしっかりとやり抜こうと、気を引き締めた。
「わ。すごい。白くて綺麗な街だと思います」
ペルマスクに来るのももう慣れたものであるが、初めて来たベスタは無邪気に喜んでいた。
四人でいつもの工房に向かい、コハクの原石と鏡の取引を行う。価格はこれまで通りだ。
ただ親方さんには、次はいつになるか分からないと伝えておいた。
親方さんは非常に残念そうな顔をしていた……主にロクサーヌさんを見ながら(ベスタの胸の大きさにもびっくりしていたようだが)。……滅びてしまえばいいのに。
親方さんの奥さんにも同じように話したのだが、こちらは割とあっさりと了承してくれた。
正直もうこれ以上コハクのネックレスは広めたくないらしい。
この前も偉い奥方様の方は断り切れなかったので仕方なく引き受けたが、本当は特に仲の良い友人一人にだけ紹介するつもりだったようだ。
ハルツ公への引継ぎの方も当然手を抜くことはない。
改めてハルツ公の騎士団所属の冒険者三人とご主人様、ロクサーヌさん、私の三人でペルマスクに向かう(パーティーの上限は六人なので、今回ミリアとベスタはお留守番である)。
ボーデ─ペルマスク間を六つの区間に分け(一つの区間をもう少し長くすれば、より少ない人数で行けるとご主人様は最初考えたらしいのだが、先方の冒険者たちが、それでは距離が遠すぎて一度には跳べないと音を上げたらしい)、ご主人様が各区間の中継都市に連れていき、ペルマスク内では、工房の親方さんなどに紹介する(こちらはロクサーヌさんと私の仕事)という流れである。あとは向こうで上手くやるだろう(後から聞いたのだが、彼らもなんとかペルマスクとボーデの間を往復できるようになったそうだ。ただし一回跳ぶたびに十分な休憩を挟みつつ、丸一日かけての移動となっているらしい)。
こうして私たちの役割は終わったのだが、非常にいい稼ぎにもなったし、風光明媚なペルマスクに行くことができて、とても良い経験をさせてもらった。何より楽しかったし。
ただこれでもうペルマスクに行く機会が無くなってしまうのはちょっと残念だなぁとも思っていた。……が、実はそんなことは無かったのである。
***
というのも当初は商談に臨むべく、ロクサーヌさんと私の二人きりで行っていたペルマスクの街中に、今ではご主人様と五人の奴隷みんなで行くようになったのだ。
ご主人様もようやくペルマスクの街に入るようになったのだが(冒険者のジョブを取得したのでインテリジェンスカードのチェックも堂々と受けることができるということである)、やはり街並みの美しさに感心していた。
今では鏡を買い集めて、クーラタルの家の部屋の一方の壁を一面鏡張りにしてみたりと、以前では考えられないほど贅沢に鏡を使っているのだが、これもペルマスクで鏡を直接買い付けることができるためである。
新たに加入したルティナも、コハクのネックレスを買ってもらい、これで全員が一つずつネックレスを持つようになった。
みんな大喜びで(もちろん私もそう)、お互いに見せびらかしたりしている。やっぱりみんな女の子だ(もちろん私もそう!)。
全員にこうしてネックレスをプレゼントしてくれた(厳密にいえば貸しているだけなのだが)ご主人様には、本当に感謝の言葉もない。
元貴族であるルティナは、やはりこういった装飾品をいくつも持っていたようで、「なかなかの品物ですね」などと言っていたが、それでもネックレスを買ってもらえたのがとても嬉しかったらしく、表情にははっきりと喜色が表れていた。本当に素直な娘である。
ペルマスクの鏡の方は、ルティナの実家にもあったというが(伯爵家なのだから当然と言えば当然だが)、それでもやはり貴重品だったそうで、屋敷全体でも数枚しかなかったそうだ。
噂に聞く工芸都市に彼女も一度は来てみたかったとは思っていたようだが、こんなにキレイな場所だとは知らなかったとのこと。
なおルティナが加わってからは、彼女のコーディネートにより、みんなそれぞれコハクのネックレスに合うような服装で統一したので、別に素性を隠しているわけではないのだけれど、いつの間にやら謎の美女軍団?として、私たちはペルマスクですっかり有名になってしまった。
せっかくのきれいな街並みなのだからと、みんなご主人様と一緒に歩きたがっていたのだが(もちろん私もそうだ。できれば二人きりがいいのだけれど……)、私たちは街中でやたらと声をかけられるようになってしまった(ここでもやはり一番人気はロクサーヌさんだったが)。
ご主人様は、私たちが声を掛けられるたびに、怒ったような嬉しがっているようなそんな複雑な表情をしていた。
不安そうな顔もしていたのだが、みんなご主人様のものなのだから、とくに心配する必要はないというのに。
こうしてペルマスクで過ごしてみると、クーラタルの家ももちろん住みやすくて気に入っているのだが、将来的にはペルマスクに家を買って住むというのもいいかもしれないと少し考えた。
でもだめだ。いつになるかは分からないが、私たちには、どこかの領地の迷宮討伐に成功して、ご主人様を貴族にするという大目標がある。そもそもペルマスクは帝国領じゃないし。
住むのには良いところなのは間違いないが、ここでノンビリしているわけにはいかないだろう。
なおこれは余談になるのだけれども、ペルマスクで私たちが有名になってしまったと言ったが、今本拠にしているクーラタルでも、やはり私たちはよく目立つらしい。今の自宅を世話してくれた大家さんからも、美人ぞろいで女の自分でもうらやましいくらいだと言われてしまったが、クーラタルの街でも私たちはすっかり有名になってしまったのである。
そのこと自体は別に構わないのだが(恥ずかしいことは恥ずかしいけれど)、あるとき私達を連れてクーラタルの街を歩いているご主人様に絡んできた輩がいた。いかにもチンピラ風の男が三人である。最近はこういうことは実はけっこう珍しいのだが、それでもクーラタルは新たにやってくる人も多いので、今でもときにこういうことがないわけではない。
ご主人様はいつも通りまともに取り合わずにいたのだが、そのうちの一人が何故か私にだけしつこく言い寄ってきた(注:ロリコンなんでしょう。きっと)。あんまりしつこく迫って来るので、何があったか忘れたが、その日たまたま機嫌の悪かった私は、思わず頭にきてそいつの股間を思い切り蹴り上げてやった(さすがにいつぞやのロクサーヌさんみたいに、そいつを始末してしまおうとまではしなかったのだが、これでもご主人様も含めて周りのみんなは大変驚いていた)。
悶絶しているその男の様子を見て、ご主人様もさすがに青ざめていた。女性がくらっても十分痛いだろうが(経験はないけれど)、男性の場合はそれとは比べ物にならないくらいの痛さらしい。後からご主人様に、腹が立つのは十分に分かるが、あれだけは勘弁してやってくれと言われた。
それでも私の蹴りが余りに綺麗に決まったせいかは知らないが、それ以降ロクサーヌさんをはじめ、他のみんなが前蹴りの練習をし始めた。まあ別に男性の股間を蹴り上げる以外にも、近接戦闘では確かに前蹴りも攻守に有効なことは確かだろうから、これはこれでいいだろう。うん、そういうことにしておこう。
ただルティナにだけは、決してやらないように一応言っておいた。実は一番やる気を見せ、一際熱心に練習していたのが彼女である。誰とは言わないが、「あの男」に食らわせてやるんだと人一倍意気込んでいた。例の一件は自分の父親の方に責任があることは彼女も分かっているとはいえ、それでもやはり許せない存在なのだろう。実際に会う機会はおそらくほぼないとは思うが、もしそんなことがあれば、復讐は帝国法で認められた権利だけれども、これはさすがに冗談ではすまないように思うので、一応彼女にも注意しておいた。ただいざとなったらロクサーヌさんと二人で彼女を止めに入らねばなるまい。それとご主人様を通じて向こうにも一応警告しておいた方がいいかもしれない。
とりあえず一通り書けたので投稿。
原作を追いつつ、セリー視点で補っていくという作業でしたが、完成度としてはまだまだかもしれません。
ところどころにセリーならこうだろうというの入れてみましたが、いつものように今後の加筆・修正は十分にあり得ますのでご注意を。
書籍版の方は12巻で完全にオリジナルな展開になっているので、今後WEB版の方がどうなるのか全く分かりませんね。
この小噺も一応WEB版に沿っているつもりですが、どうなるのか分かりません。
当初の予定を書き終えたら一応終了するつもりではいますが。
今回の分も含めて、感想・評価などいただけると嬉しいです。
(もしあればですが)リクエストも大歓迎です。
よろしくお願いします。