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初 出:書き下ろし
私の名はセリー。ドワーフ族の16歳。鍛冶師。ご主人様と私を含む愉快な仲間たちで迷宮探索をする毎日である。
前にも話したと思うが、私がまだ幼く、実家にいたころは、よく家で本を読んでいた。
私はこれでも力自慢で、同年代の子の中では、男の子も含めて村で一番力が強かった。ただそれでも、家の中で遊んでいる方が好きだった。
実家には本が十冊程度しかなかったので(それでも本は大変貴重品だから、貴族でもなければそういう家もなかなかない)、すぐさま読み終えると、おじいさまの知り合いから本を借りて来てもらって、さらに読みふけっていた。
そのころから、帝都にあるという図書館に、いつかは行ってみたいとは思っていた。家にある本は鍛冶関連のものばかりだったので、他にもいろいろな本を読みたいという気持ちが強くあったのだ。
その後わけあって奴隷として売られ、今はこうしてご主人様のもとにいる。
ご主人様の家には本が一冊もない。
ご主人様は冒険者としてクーラタルに流れて来て、今私たちが住んでいるこの家は借家だが、私が加入する少し前、ごく最近入居したものだそうだ。したがって家財などは、ほとんど後から買いそろえたものなので、当然と言えば当然である。
だが他にも理由がある。実はご主人様は字が全く読めない。ブラヒム語をあれだけ流暢に操るくせにだ。決して教養がないようには見えないのだが、常識と思えるようなことを知らないこともままあるのは、そのせいかもしれない。
本当によく分からない人だ。
***
そんなおり、帝都に初めて連れて行ってもらったときのことである。
「はー。さすがに大きいです」
帝都は広い道がまっすぐに延びており、その両脇にはレンガ色の建物がひしめいている。話には聞いていたが、街のあまりの大きさに思わず感嘆する。
「セリーは帝都は初めてか」
「はい」
「まあ俺とロクサーヌもついこの間が初めてだったが」
「そうですね」とロクサーヌさん。そうなのか。
「特に用事がなければ、普通は来ることもありませんから」
とフォローする。
「そうなのか」
でも……「昔は来たかったです」思わず呟いてしまった。
「ん?」
「あ、いえ。何でもありません」
しまった。
「今じゃ駄目なのか?」
……しょうがない。ここは正直に話すべきだろう。
「えっと。帝都には図書館があるのです。昔は行ってみたいと憧れました」
「図書館か」
「昔は家に十冊くらい本があったんです。ドワーフなので鍛冶関連の本ばかりでしたけど」
「本がある家なんてすごいですね」
「昔の話です。祖父が生きていたころは羽振りもよかったらしいです」
「なるほど。そういう本を読んで物知りになったのか」
「昔は家にいてばかりいました」
「よく鍛冶師になろうと思ったな」
「探索者になってからは、がんばって迷宮に入りました」
「昔は本が好きだったから、図書館にも行ってみたいと思ったと」
「はい」
「今は?」
え?
「えっと。今は奴隷になってしまったので」
行きたい気持ちがなくなったわけではないけれど……。
「それと行ってみたいとは別じゃないの」
「でも実際行けませんし」
「図書館って、奴隷だと利用できないのか?」
「いいえ。お金を出せば誰でも入れます。ただ、すごく高いので」
「高いのか」
「入館料の他に預託金がいるのです。本を破損したりしなければ出るときに返してもらえますが、金貨が一枚必要です」
「なるほど。まあでも、セリーには図書館に入ってもらうかもしれないが」
「え?」
なんですって?
「いや、セリーは魔物のこととか教えてくれる担当だから。分からないことがあれば、調べてもらう。せっかく図書館みたいな場所があるのだし」
「あ、ありがとうございます」
どうしよう。ドキドキしてきた。
「そういえば、セリーはブラヒム語は読めるのか」
「はい。ブラヒム語は商館で習いましたし、文字は同じですので」
「昔家にあったという本はブラヒム語じゃなかったのか」
「鍛冶関連の本なのでドワーフの言葉で書かれていました」
「セリーは偉いのですね。私は商館で文字から習いましたが」
「ロクサーヌは、どこか行きたかったところとか、ある?」
ご主人様がロクサーヌさんにも話を振る。
「いいえ。特には」
「そっか」
「あ、あの。もしあったら、連れて行ってくれますか」
あ、これはスイッチ入ったやつだ。
「そうだな。行ける場所であれば」
「えっと。ご主人様が行きたい場所が、私の行きたいところです。是非私も一緒に連れて行ってください」
前にも言ったけれども、こういうことを臆面もなく言えるところは本当にロクサーヌさんらしい。やはり私にはちょっとまねできない。
ご主人様もそのように言われたのがうれしかったのか、ロクサーヌさんの耳を撫でていた。
「分かった。ありがとう」
「はい」
「わ、私も一緒に行きたいとは思っています」
私も一応言っておかねば。こんなことを言うなんて、正直恥ずかしくてたまらないのだが、行きたい気持ちがあるのは本当のことだし。
***
その後しばらくして、ご主人様が冒険者ギルドの依頼を引き受けたときのことである。
いつものようにクーラタルの冒険者ギルドでドロップ品を買い取ってもらおうとしたとき、ご主人様がギルドの職員に呼び止められた。
その職員の話によると、クーラタルからさらに北にあるハルツ公領で今年は大雨が続き、水害が発生したという。雪融けが少し遅くなったことで、春の大雨のシーズンと重なってしまったらしい。そのために起きた大規模な洪水によって、陸路の接続が途絶えた村々への救援物資の輸送依頼が、ハルツ公から自領だけでなくクーラタルの冒険者ギルドにまでも来たようだ。緊急の要請だそうで、そのためかギルドも冒険者の人数を揃えられず、とても困っているらしい。冒険者であれば特段難しい作業ではなく、安全の面でも冒険者ギルドとの契約で、ハルツ公騎士団が責任を持ってくれるそうなので、危険もないという。
話を聞いた限りでは特に問題はなさそうだが、お願いされたご主人様が、やや困った様子で私たちの方を見る。
……なるほど。ご主人様はそもそも冒険者ではないので、もしインテリジェンスカードのチェックなどされると、そのことがバレてしまう。とはいえ冒険者でもないのにまるでそうであるかのように、普段から平気でギルドの壁から出入りを繰り返しているためなのだから、自業自得ではある。ただ確かにそのことがバレると少々まずいことになるだろう。
ご主人様が困っているのはきっとそういうことなのだろうと、私はすぐにわかったのだが、ロクサーヌさんは気づかなかったようだ。
「私たちなら大丈夫です」
とむしろ嬉しそうに答えている。どうやらご主人様が活躍するチャンスだと思っているらしい。ニコニコしている。
「……えっと」
私は思わず苦笑いをしたのだが、その様子をご主人様に見られてしまった。
結局災害救助ということで、参加者の種族や身元は一切問われない(インテリジェンスカードのチェックも特にされない)という話を聞いて、安心したご主人様が依頼を引き受けた。
クーラタルの自宅に戻ってから、ご主人様が私たちにこう言ってくる。
「明日、俺は冒険者ギルドの要請で出かけることになる。早朝にクーラタルの迷宮へ入った後は、せっかくだから二人は休みにしよう。好きにすごしていいぞ。ロクサーヌはどうしたい」
「お休みをいただけるのですか?」
「そうしよう」
「ありがとうございます。そうですね。……うーん」
ロクサーヌさんが考え込んでいる。確かに突然休日をやると言われても正直どうしていいか普通は見当もつかない。
「セリーは、図書館でいいか?」
「え? でもお金が」
この前の話は本気だったのか。……実は密かに期待はしていた。
「入館料と預託金くらいは出してやる」
「よろしいのですか?」
入館料だけでも決して安いとは言えないのに、しかも預託金には金貨が要求される。奴隷の私などに、ご主人様はそこまでしてくださるというのか。
「預託金がちゃんと返ってくるなら問題ない」
「あ、ありがとうございます」
まずい。本当にうれしくて仕方がない。思わず声の調子にも出てしまう。
というわけで結局私は図書館に行かせてもらうことになった。
「セリー、図書館の入館料は銀貨五枚もあれば足りるか?」
「私が聞いたときには百ナールでした」
「二人には明日五百ナールを渡す。好きに使ってくれ」
ちなみにロクサーヌさんはといえば、最初一人で迷宮に入って鍛錬すると言い出したのには驚いた(彼女らしい真面目ぶりではある。私のようにご主人様のお役に立ちたいとも言っていたのだが、どう考えても貢献度は彼女の方がずっと上である)。けれどもご主人様が危険なまねはせずしっかりと休むよう言ったので、結局彼女は掃除などしつつ、家でのんびり過ごすことになった。
その日の夜、ご主人様が寝ついた後、明日のことが楽しみで私が眠れずにいると、ロクサーヌさんもどうやら同じだったようで、二人でまた少し話をした。
「休日をもらえるなんて思いませんでした」
「私もです。でも急にそんなこと言われてもどう過ごしていいか分からないですよね。セリーはやはり図書館に行きたかったのですか?」
「そうですね。前から行ってみたかったですし。魔物などについて調べておけば、迷宮探索にも役立つと思います」
「それはいいですね」
「あとは装備品のこととか。それ以外でも家のこととか、生活のことに関する本なども読んでみたいです」
「面白い内容だったら後で私にも教えてくださいね」
「もちろんです。でもご主人様って本当に変わった人ですよね。奴隷を図書館に行かせてくれる人なんて聞いたことがありません」
「ご主人様ですから。でもそれだけセリーを信用して頼りにしてくれているということでしょうね。ちょっとうらやましいです」
「ロクサーヌさんも私以上に信頼されていると思います」
「ふふ、ありがとうございます。私たちもご主人様の信頼に応えていかないといけないですね」
自分としては声を潜めて話していたつもりだったのだが、翌朝ご主人様から、
「二人とも昨夜は遅かったみたいだが、大丈夫か」
と言われてしまった。どうやら二人で話をしているのが分かったらしい。
「ぼんやり子守唄みたいに聞こえていた程度だから大丈夫」
と言ってくれてはいたが、気を付けないと。別に訊かれて困る話ではないが、ご主人様の眠りを妨げてはいけない。
休日となったこの日は、昨日の話の通り早朝だけ迷宮に行って、後は自由時間となった。出かける際に、ご主人様が銀貨を5枚くれた。それも私たちにそれぞれ5枚である。どうやら一人5枚ということだったらしい。ビックリした。正直もらい過ぎだ。
「図書館の入館料はそんなにしませんけど」
「セリーも、一日いればのども渇くだろうし、好きに使え」
念のためご主人様に外套を羽織るよう勧め(これは実際現地でとても役に立ったそうだ。後からご主人様に大変感謝された)、ロクサーヌさんを置いてとりあえず二人で帝都に赴いた。
冒険者ギルドから出て、大通りを図書館の方へ歩いて行くと、大理石で作られたと思われる、とても荘厳で立派な建物がそびえていた。
「すごいです」
「確かにすごいな」
私が建物を見上げて思わずつぶやくと、ご主人様も感心していた。
建物の中に入ると、ロビーも大変広くて立派だった。すぐ奥に受付があり、そこで入館料と預託金を払うようだ。ゲートをくぐった先は閲覧室のようで、机と椅子が整然と並んでいる。そこではすでに多くの人が思い思いに本を読んでいた。
その受付の前で銀貨五枚と金貨一枚を渡される。金貨の方は預託金だ。何事もなければ返ってくる。ただ、こんな大金を持ったのは生まれて初めてのことなので(ペルマスクに鏡やコハクの取引に行くのはもう少し先の事である)、どうしてもドキドキが抑えられない。
「ありがとうございます」
「夕方すぎに迎えに来るから、それまで自由にすごしていい。日が暮れる時間になったら、あの辺りにいれば分かるだろう」
と、閲覧室の辺りで待ち合わせをすることになった。
この後ご主人様は、ロクサーヌさんを迎えにクーラタルの家に戻るのだが、すぐには行かずに私が入館していくさまを見送ってくれた。小さく手を振ると、ご主人様も手を振り返してくれた。些細な事かもしれないが、ちょっといやかなり嬉しかった。
***
帝都の図書館は外観もとても大きく立派な建物だが、ロビーだけでなく館内に入っても驚いた。この図書館は、さすがにその規模の大きさもあってか、膨大な数の蔵書を誇っている。本がぎっしり詰まった数多くの本棚が並んでおり、一日二日ではとても読みきれないほどである(稀覯本など、一般に公開されず奥の書庫に保管されている本も多いらしい)。
余談になるが、これだけ巨大な図書館を建設し蔵書を集めるというのも、初代皇帝が心血を注いだ事業の一つであるという。初代皇帝はそもそもこの帝国を樹立したのもそうだが、運河の建設や農法の改善、貴族制度の整備など現在の帝国の原型はそのほとんどが初代皇帝によって形作られたものであると言われている。本当に凄い人物である。
おっと見惚れている場合ではない。せっかくご主人様にいただいた貴重なチャンスだ。時間を無駄にするわけにはいかない。
まずは迷宮探索、魔物、ジョブやスキル関連の棚を探す。他にも鍛冶師になれたので、装備品の作製やモンスターカードの融合など、昔実家にあった本で読んだ内容を改めて確認しておくべきだろう。やるべきことはたくさんだ。
目当ての棚はすぐに見つかったのだが、途中で気になるコーナーを発見してしまった。「房中術」。すなわち、えっと、あの、その、アレの技法について書かれた書物が並んでいた。
……後でちょっと覗いてみよう。
館内の売店で筆記用具を購入し(ついでに喉が渇いたので「水」も買って)、何冊か本を手に取ると、閲覧室に赴き、書名と著者名を控えたうえで、そこに書かれている特に有益な情報を注意深く書き留めていった。
今回図書館に私を行かせるにあたって、ご主人様からもいくつか注文があった。迷宮の情報(魔物)もそうだが、とりわけジョブ関連の情報が欲しいとのこと。
特に欲しい情報や気になる点については、忘れないように図書館についてすぐにメモしておいた。
このほかご主人様の考えや、昔の偉い学者が言っていたことなども、図書館にある文献と照合していく。作業量は相当膨大なものとなるだろうが、その価値は十分にある。
本当であれば、ずっと図書館に籠っていたいぐらいだが(図書館は年中無休だし)、迷宮探索もあるのでそういうわけにもいかない。装備品の作製やモンスターカードの融合などもある。そう考えると私って結構忙しい?
なおご主人様は、筆記用具の購入費用だとかはヒツヨウケイヒ?だと言って、お小遣いとは別に出してくれるという事だったが、自分から断わった。
もらったお小遣いでも十分に賄えるし。それに迷宮探索とは無関係な本もコッソリ読んでいるので、何だか悪い気がするのだ(もし知られても、ご主人様なら笑って許してくれそうだけど)。
さすがに無関係の本を、そんなに時間をかけてゆっくり読んでいるわけにはいかないけれども。それでも家事の本をはじめ、インテリアや日常生活に関する本なども見ておきたい。個人的にはさっき見つけた房中術の本以外にも、ロマンス物とか大好物だ。
これは余談になるが、ロマンス物などは、みんなもとても関心をもって聞きたがっていたので、最近は図書館で仕入れたお話をたまに話してあげることがある。
ご主人様にその話をしたら、家でも本を何冊か買ってもいいということだった。もう少し娯楽があってもいいだろうとのこと。自分の勉強にもなると言っていた。
……房中術の方は……実践するのはさすがに躊躇われるが……どうしようかしら。
もちろんご主人様のリクエストもあったので、ジョブに関する本もちゃんと読んでますよ!
たとえば「博徒」というジョブがあることが、なぜか盗賊の項目の余白に書きこまれていた。博徒など聞いたこともないジョブだ。賞金稼ぎにも関係するようなことが書いてあったが、いたずら書きかもしれない。
本当のことかどうかも分からないので、このことについてご主人様に言おうかどうか迷ったが、とりあえず話すことにした。
『このジョブに関して真に驚くべき取得方法を私は発見したが、この余白はそれを書くには狭すぎる』
と書かれていたとご主人様に言うと、ご主人様は「フェルマーかよ……」とつぶやいた。ふぇるまー? なんだろう。
「お分かりになるのですか」
「いや。まだ分からないが。とにかくいい情報を聞いた。ありがとう」
「いえ」
ご主人様には感謝されたのだが、いったいこれはどういうことだろう。全く分からない。
……後で教えてもらったのだが、博徒になるための条件の一つが、賞金稼ぎのスキル「生死不問」(魔物や盗賊に一撃死を与えるスキルである)を成功させることなのだそうだ。
そのためには、まず賞金稼ぎのジョブを得るのに、戦士をLv30になるまで鍛えなくてはならない。その後、さらに生死不問を成功させるまで、賞金稼ぎのレベルを上げていったらしい。
ただ成功率は相当低いらしく、かなりの回数の失敗を重ねたそうだ。
その頃のことだが、そういえばある時から、迷宮を出入りするたびに必ず一階層に立ち寄って魔物を倒すようになった。今の私たちでは一階層の魔物など倒しても意味はないというのに、と疑問に思っていたのだが、しばらくして、早朝ハルバーの迷宮から帰還するとき、目の前のチープシープがいきなり崩れ落ちた。
「今までこんな実験をしていたのですか」
「このことは絶対に内密にな」
「は、はい。もちろんです」
あとからこれが生死不問のスキルであることを教えてもらったが、とんでもないスキルだった。
成功率は非常に低いらしいが、こんなスキルがどんどん決まってしまったら、確かに大変だ(もっとも相手が魔物や盗賊に限定され、普通のヒトには効かないという話だが。さすがにご主人様も普通のヒトに試すつもりはないらしい)。
ただこの時、生死不問を成功させても博徒のジョブは得られなかったそうだ。結局盗賊をLv30まで上げることによって、ようやくジョブを得ることができたという。
ご主人様ほどの成長速度が無ければ、博徒になるのは難しいだろう。おそらく生涯の大半をかけてもなれるかどうかぐらいではなかろうか。ご主人様の研究熱心さ(というより執念深さ)には本当に頭が下がる、というかあきれる。
ここまでして得た博徒のジョブだが、そのスキルも特殊であり、これを得たことで後に加入するミリアが暗殺者として大活躍することになるのだが、それはまた別の話である。
***
こんな風に、ご主人様のおかげで年に数回ある休日には、特別に図書館に行かせてもらえるようになったので、今では調べ物が非常に捗っている。迷宮探索があるのでかなわないのだが、実際毎日通いたいくらいではあるけれども。
そうして図書館で様々な文献を読み進めていくのだが、いろいろと分かることもあるけれども、かえって分からないことの方が増えていく。
迷宮の上層が一体どうなっているのか。発生後間もない迷宮であれば討伐実績も極めて豊富であるが(後に利用できるようになる解放会の資料室にはその記録が山のように積み重ねられている)、クーラタルのように成長しきった迷宮が一体どうなっているのか(記録では91階層が最上階層だが、これは初代皇帝による記録であり相当古いものである。したがって今ではさらに上の階層が生まれているはずだ)、その行きつく先は何処なのか、最上階には当然その迷宮の最終ボスが待ち構えているということだが、そこに一体何があるのか、それとも何もないのか。
ジョブについても、たとえばドワーフ族の間で伝説のジョブと言われる隻眼とはいったいいかなるジョブなのか。どんなスキルを持っているのか。ほかのジョブでも、中級職や上級職がどうなっているのか、どうすればなれるのか。
……などなど知りたいことは山ほどある。本当に調べれば調べるほど分からない事だらけだ。だけどそれが楽しい。全く興味が尽きない。
私の母は、女性は常に男性を立てるもので、出しゃばるものではないとの考えの持ち主だった。これはドワーフ族の女性が持つ一般的な考え方でもある(他の種族もそうだろうか)。私は常々そんな賢し気なことを言ってはいけないと母に叱られてばかりいた。
私は母の言うことに違和感を覚えながらも、一応はその通りにしようとしてはいたが、最初にも言ったように、疑問に思ったことは何でもはっきりさせなければ気が済まない性格だったので、自分なりにいろいろと調べたり、人に訊いて回ったりしていた。
ご主人様にその話をすると、そのような姿勢で全く問題ないし、むしろ褒められこそすれ叱られるようなことではないと言ってくれた。さらに、セリーはとても賢いし、研究熱心なことは本当にいいことだ。ジョブやスキルのこと、迷宮に関することなど、自分は分からないことだらけなので、これからもいろいろと調べて自分を助けてほしいとのこと。
それと分かったこと気づいたことなどは、自分だけでなくパーティーのみんなにも教えてやってほしいなどと言ってもらえたので、ありがたくその厚意にすがっている。
前にも書いたが、ご主人様は一般常識とはかけ離れたことをいろいろと知っている。ご主人様の言っていることと、昔の偉い学者が言っていたこととの比較検証も必要な作業だ。
そうしてこれまでのご主人様の言ったことと、実際に起きたことを考え合わせると、昔の偉い学者が言ったとされることは、やはりみな正しいのかもしれないと思うようになった。にわかには信じられないことばかりだが、突き詰めるとそう考えるほかないことも多い。
それ以外にも図書館は本当に資料が一杯で、いろいろと学ぶことが多かった。
けれども迷宮探索というテーマに限って言えば、図書館以上に帝国解放会の資料室は素晴らしい。あそこは迷宮攻略のための情報の宝庫である。
解放会の資料室にはじめて行った(ご主人様が解放会に入会した)時の話はまた別の機会にしようと思っている。
***
ところで、ご主人様もようやく不自由なく字が読めるようになってからは、ご主人様と一度一緒に図書館に行ってみたいと思うようになった。できれば解放会の資料室にも二人で行ってみたい。ご主人様と話しながら資料探しをすれば、いろいろとはかどるとは思う。……単にご主人様と二人きりで過ごすということだけでも楽しそうだ(注:図書館デートという奴ですね)。まあおそらくロクサーヌさんがもれなくついてくるとは思うが、彼女の意見も貴重だろう。
できればルティナも連れて図書館に行っておきたい。領地経営や貴族の仕来り、礼法などを知るには彼女の助言もあった方がいいだろうし。
そうなると結局みんなで行くことになるのかな……いや預託金は一人当たり金貨1枚だからこれは難しいだろう。などと思っていたらご主人様が金貨6枚ぐらいなら別に構わない、どうせ戻って来るのだろうしと言ってくれた。なんということだ……ご主人様としては、たとえ戦闘奴隷であっても広く教養を身に着けておいた方がいいだろうということらしい。奴隷をぞろぞろと引き連れて図書館にやってくる人など普通はいないだろうにとは思うのだが、みんなにとってもこれが貴重な機会となることは間違いない。
というわけで、せっかくなので迷宮探索を一日お休みにして、みんなで図書館に行くことになった。図書館の利用上の注意については、入館の際に私の方から一通り説明したのだが、くれぐれも蔵書を汚したり破いたりしないようにと、特に念押ししておいた(もし預託金が没収されるようなことがあれば、二度とこうして図書館には連れてきてもらえないだろうというと、みんな真剣な顔をして頷いていた)。
そうしてみんな揃って図書館の中に入ると、さっそくそれぞれが興味のある本を求めて、各コーナーに散っていった。ロクサーヌさんも初めはご主人様の隣でニコニコしているだけだったが、ご主人様に促されるかたちで、本を読みに行っていた。ご主人様はどうするのだろうと思ったら、歴史書のあるコーナーに行ったようだ。そういえばご主人様が、自分はこの国の歴史についてはほぼ何も知らないと常々言っていたのを思い出す。
私も自分の関心のある本を探しつつ、みんなからの相談(どんな本がお勧めかとか、こういう本はどのあたりに置いてあるのかとか……私も利用客の一人にすぎず、この図書館の司書でもなんでもないのだが)に乗っていたのだが、たとえばミリアはバーナ語の本で、しかも魚関係の本を熱心に読んでいた。ブラヒム語の本でも図鑑であれば十分読めるということで、とんでもない集中力を発揮して読みふけっていた。ベスタの姿が見えないと思ったら、ロマンス物のコーナーで、隠れるように小さくなりながらも熱心に本を読んでいた(全然隠れてなかったけれど)。ルティナは私と一緒に領地経営関連の本を選んで読み進めていた。
こうして結局みんなでその日は丸一日図書館の中で過ごすことになった。入館料を考えれば当然のことであるし、そもそも帝都の図書館などそうそう来られる場所でもない。そして閉館時間になって、私も含めみんな後ろ髪を引かれるような思いで図書館を後にしたのだが、とても充実した一日だったことは確かである。
ところが、ご主人様はこうして図書館を利用させてくれただけでなく、みんなの気に入った本があれば、購入して家に置いてもいいとまで言ってくれた(これは以前から言ってくれていたことなのだが、本気で考えていてくれたようだ)。これには本当に驚いた。本は大変貴重なもので値も張るのだが、それでもかまわないという。
冊数に特に制限は設けないとのことだったので、私がみんなの意見を聞き、リストを取りまとめたのだが、かなりの冊数・金額になってしまった。正直これは不味いと思ってご主人様に確認したのだが、ご主人様は別にかまわない、今は余裕があるからと全部買いそろえることになった。これはとてもウレシイことだった。
クーラタルにもさすがに本屋は無かったので、結局また帝都まで行き、そこの本屋でまとめて購入したのだが、最終的には白金貨が出るくらいの金額になってしまい、他のみんなも大変驚いていた。ただ一人、ご主人様だけは涼しい顔をしていた。
こうして私自身が書き溜めた分も含めて(これもまとまった分は紐で綴じて冊子にしてある)、我が家の書庫(というにはおこがましいが。一度ご主人様に、自宅には書斎と図書室をそれぞれ作りたいと言ったら、そこまで必要なのかと微妙な顔をされた。結局二つ別に作るのはさすがに無理ということで、書斎に図書コーナーを設けることにした。いずれは壁一面を書棚にしたいと思う)も充実してきた。これで私たちの勉強会もはかどるだろう(実用書だけでなく趣味の本などもいろいろ入っているのはナイショである)。
取り急ぎ。加筆・修正は随時していきます(とくに会話のところはもう少し補いたい)。
感想・評価などいただけると嬉しいです。