#前回のあらすじ
妹 が あ ら わ れ た!
カルム村はリデア村程ではないにしても、閉鎖思考に傾いている村だ、閉鎖的といっても商人だって迎え入れるし、ある程度の外部との連携はとれる。
だが村から他の村や街等に移住したり、等と考えるものは居なかった。
それに今となっては、勇者パーティーに在籍している「賢者アリス」の故郷として、ヴァリエン王国からの加護のもと、騎士団の一部が村に常駐している為、尚更安全圏から出ようとするものは皆無だった。
村長含め村民全員、騎士団が入れば大丈夫だと、農業をしたり、店を営んだり思い思いに過ごしている。
「ネア!重心が崩れているぞ!」
「っはい!」
今や騎士団の演習場と化している、村の外れにある広場で最低限の装備を纏い、騎士団の装いをした男から振り下ろされた剣を模した木剣を同じく木剣で受け止めている少女を除けば、であるが。
カァン!と木同士がぶつかったような音を響かせて、僅かに姿勢を歪ませた少女に、相手をしている騎士団の隊長格である男が叱責を送る。
少女─ネア·アーバスは、押し込んでくる騎士団の木剣を苦悶の表情で耐え、相手の力が更に篭るタイミングを見て、素早い動きで後ろに下がった。
「お?」
体重を預ける対象が居なくなり、隊長は呆けた顔で前傾姿勢になってしまう、その様子を「とった」と確信してネアは再び素早い動きで一度は引いた距離を瞬時に木剣を振りかぶった状態で詰めた。
結果は当たり前の様に姿勢を戻した隊長によって木剣が振り払われ、そのまま首に突き付けられる形で終わったが。
悔しそうに「降参です」と木剣を落とし、両手を上げたのだった。
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「最近のネア凄いねぇ」
「ありがとうございます」
次の模擬演習が行われている中、ネアは用意されていた水筒を飲み、水分を補給しながら休憩していた所、他の騎士団の隊員の女性に誉められる。
ネアが騎士団に入ったのが、レイグがこの村を出ていく2ヶ月程前頃であるため、8ヶ月程前である。
騎士団に入隊した訳では無く、書類上の手続き?何それ状態であり、騎士学校を出ている訳でも無いので仮ではあるが、ネアはいずれ入ろうと強く願っている。
「一時期は暫く沈んでいたからね~」
「そ、その節はすいませんでした····」
入って2ヶ月、急遽とは言え騎士団に仮で入れて貰えたネアは新人で戦闘経験どころか、武器を持ったことの無い素人故に未だに筋トレしかさせて貰えなかった時期があった頃、ちょうどレイグが村から出て行った時期である。
自分の所為で出ていってしまったと感じた罪悪感と、寧ろ出ていくように促した両親に対する絶望感で不安定になることがあり、分かりやすく言えば引きこもったのである。
何でモンスターが闊歩する外に兄を追い出したのか、兄が死んでも良いのか、その不信感が芽生えてしまったのだ。
結局、一週間程経ってから見かねた父がレイグに持たせた道具袋に魔除けの草を認《したた》めていたらしく、またその効能の高さを説かれ、更にはレイグには「全て」と戦う力を身に付けて欲しいが故の追放、と頭を下げ説明されたネアはすんなりと立ち直ったのだが。
────おっせぇよ!心がぶっ壊れる一歩手前だわっ!
等と、現在村一番の美少女と名高き少女が放つとは思えない罵声に父は卒倒して、母は白目を剥いたが。
「(本当に隊長には感謝だわ)」
普通の騎士団ならとっくにクビを切られているし、出来上がった関係は木っ端微塵に粉々になっていただろう、恐る恐る戻ってきたネアに「まだ休んでるかと思ったぞ?」と不敵に笑った顔を見た時は、一目憚らず泣き、隊長は暫く女性隊員から冷たい目で見られる事になった。
今となっては良い思い出である。
そんな感じで復帰したネアは、再び訓練に身を入れるようになり、今では他の隊員随伴ではあるが夜の警邏や外回りの巡回に参加させて貰える事が出来た。
そんな日々に、一定の期間でやってくる商人がある情報を持ち込んだ、そしてその情報がネアの最近のやる気に繋がっている
「(お兄ちゃん······)」
「ストルの街に、恐ろしく強い新人が現れた」と言う情報、詳しく聞いたところ、半年程前に冒険者登録した黒髪の少年らしく、ずっと評価の低い冒険者として有名だったが、つい最近、仲間を連れて至急印クエストで暫定Bランク難易度のクエストを見事クリアしたらしい。
この話題は騎士団でも盛り上がっているらしく、ストル近くのダンジョンでの生態系の調査に派遣されている、同じく騎士団員からも似たような特徴の少年が少し前にダンジョンで凄い成果を残した、という連絡があったらしい。
──間違いなくお兄ちゃんだ!
至急印クエストとか、Bランクとか田舎者であるネアにはあんまり分からなかったが、兄が認めて貰えている事実に浮き足だった。
私も負けてらんない、とばかりに今まで以上に鍛練に力を入れたのである。
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辺りを漆黒が包み込み、遠くからは獣の遠吠えが薄ら聞こえ始める時間帯、ネアはとうとう一人で外の巡回を任せて貰える事が出来た。
幾つかの注意事項を受けたネアは、最低限の警戒と緊張を胸に、森へと入っていった。
「───ふう、ここら辺は異常無し、と····」
村の周りを徘徊していたゴブリン等の魔物を斬り捨て、鞘にパチンと剣を納めたネアは若干の高揚感を落ち着かせる為、浅く深呼吸をした。
今日は何かが起きそうだ、そんな予感が朝からネアにはあった、良いことなのか悪いことなのかは分からない、でも嫌な予感では無いのは確かだった。
お兄ちゃん、今何してるかな
初めての一人での巡回、今までの成果が表れている結果に抑えきれない高揚感故に周りが見えていなかったのだろう。
「しまった····」
気付けばネアは村から大分離れてしまった所まで来ていた。
道に出て振り返っても間違いなく肉眼では見えないし、松明でしか照らせない視界の先に広がる暗闇の世界に緊張が高まる。
何分棒立ちしていただろうか、緊張は不安に、そして静かすぎる周囲に感じる不気味さ、背中に走る冷たい何かを振り払うように、ネアは来ていた道を戻ろうとして。
「ッヒ!?」
松明で照らし出した視界の端に巨大な何かを発見した。
それは熊だった、普通の熊では無い、体長4m近くはある巨大な熊、ネアには分からないが
恐怖で動けないネアは、全く動けなかったが、全く動きを見せない熊に疑問を覚えた。
「·······?」
身動ぎひとつしない熊に怪しむ素振りを見せたネアは松明を熊全体に照らすように動かし、よく見えるように数歩近づく。
「!?」
熊は死んでいた、恐らく心臓があるであろう場所を一突き、傷の付き方から見て明らかに刺突系統の武器だった。
それも見るからに一撃である、暴れた様子も何も無い。
助かった、と言う安心感より、凄い!と言う興奮が勝った、これ程の熊、騎士団でも対応できるのは体長ぐらいだろう、自分では腕を振るった風圧に吹き飛ばされて終わりそうな気がする。
少し余裕が出てきたネアは、熊を観察するように見た後、再び村に戻ろうとして。
「んに"ゃぁああああああああああああああああ!!!!!」
「!?」
突如として、森に響き渡った悲鳴により身を強張らせた、次いで顔を険しくする。
声がした方、右手の森を見る。
何かが争う音も、モンスターの息遣いも聞こえてこない、あんな悲鳴が起きたとは思えない程の静けさにネアは顔つきを不安に染める。
確かこの先は小川が流れていた筈····と現状の把握をしながら、そちらへと足を進めた。
仮だけど自分は今は騎士団員の一人だ、危ない目にあっている人を見捨てるなんて出来ない、しかし出来るならば何も起こらないで欲しい。
そんな若干尻込みしたような様子で森を進むネア、しっかり松明で前方を照らしながら、時に辺りを照らして進んでいく。
悲鳴にしてはどこか間の抜けたような悲鳴だったなと思いつつ声を頼りに5分程、歩を進める
やがて小さくガサッと草木を揺らして、小川がある道へと出た、辺りを見渡すと焚き火が見えて、近くにはテントが見え、3人の人影が見えた。
人がいることに安心感を覚え、見たところ荒事が起きた訳でも無いと分かってホッと胸を撫で下ろした。
「(冒険者、かな?一応挨拶はしておこうかな、もしかしたらお兄ちゃんの事とか聞けるかも知れな───」
そんな期待を持ちながら歩き、近付いていくネア、女性が2人、こちらに背を向けている男性が一人の用立て、しかもその男性の後ろ姿に見覚えがある気がした。
もしかして!もしかして!
段々近付いていく過程でその姿は見覚えがあるどころじゃ無いことを悟った。
「お兄ちゃん?」
ーーーーーーーーーー
「記憶喪失····」
焚き火を囲む人数が3人から4人に増えた今日この頃、突然の妹来訪に冷静に対処したダリアとカーラと少し沈んだ様子を見せるネアを視界に収めつつレイグは
「(なんでぇ?何でここにいるの?今糞夜中だぞ!?何?この世界の親父と母さんって放任主義なの!?馬鹿なの!?え?てかてかネアが来ているプレートメイルって明らかにどっかの騎士団の物だよな!?何?そんな「らしい」エンブレム何か付けちゃって!危ない事はこのお兄ちゃんが許しませんよ!ええ!ネアの入団を認めた奴見つけてどつきまわしたらぁ!)」
状況の判断が出来ているのか出来ていないのか分からない程に困惑していた。
「····本当に分からない?」
以前にもミランダに向けられた視線がレイグを射抜いた。嘘を吐き、しかも性格は違えど前の世界では死に別れてしまった妹が目の前にいるのだ。複雑な感情を抱けどおくびにも出さずに「ああ」と答えた。
ネアはやはり傷付いた表情をしたが、でも「変わり無いようで安心したよ!」と笑顔で言った。
「記憶を失う前の俺ってどんなんだったんだ?」
とにかく間を持たせよう、とレイグが普段通りを装ってネアに話し掛けた。
前任者の事を聞いて、辻褄合わせをしたい等の打算が含まれた質問。
「お兄ちゃん!」
「はいぃぃ!?」
その質問を聞いた瞬間、クワッと目を見開いたネアがレイグに詰めより肩を握ってきた。
いきなりの展開にダリアとカーラも何事!?と驚きを顕にしている。
ネアはレイグの目を覗きこんで、口を開いた。
「お兄ちゃんはね、自分の事を「俺」じゃなくて「僕」って言うんだよ?ほら僕って言って?、小さい事かも知れないけど、切っ掛けになるかもしれないし、ほら言ってみよ?さんはい!」
「え、ちょ、ちょっと······」
「さんはい!」
「ぼ、ぼくぅ······レイグぅ·····」
まるで蚊が鳴くようなレイグの声にネアの後ろで静かに吹き出すダリアとカーラを見てレイグは「誰か俺を殺してくれ」と死んだ目で願うのだった。
ネアはそんな兄の痴態に満足したように頷き、しかしやはり変わらない様子のレイグに悲しげに眉を潜めながら、無理矢理笑って会話を繋げた。
まるで、何かを埋めるように。
「──────」
レイグにはその何かを埋めることは出来ない、してはいけない、ネアがそれを求める相手は目の前にいるレイグではないからだ。
話を聞いていたダリア達も、僅かに痛ましそうな顔でネアを見つめていた。
「ほ、ほら、次だよお兄ちゃん、お兄ちゃん昔はね····?」
「ネア」
ネアはレイグの手を払うでも無く、その手に触れ呟くように「どこにも行かないで」と言った。
やはり無理だと思った、自分の知っている妹じゃないにしても、他人の様に振る舞うなど出来る筈がなかった、しかも前の世界では愛しい妹が、会えないと思っていた妹が成長した姿で目の前にいるのだ。
「──ちゃんと、記憶を戻してやるからな」
待っててくれ、絶対に、例え成仏していたとしても、地獄にでも、何処にでも行って奴の魂引きずりだしてやるから、その時はお前の知っている俺になってる筈だから
そう想いを込めて言うと、ネアは一瞬の逡巡の後、「約束だよ?」と言ってレイグの小指と自分の小指を絡めた。
針千本は飲みたくないな、と苦笑したレイグにネアは「その苦笑い似合わないよ」と苦言を呈した後、緊張の糸が切れたように眠りに付いてしまった。
騎士団員が業務中に寝るなよ、と微笑むレイグをダリアとカーラは優しく見守っていた。
心の中のアリスさんに質問です。
アリス「··········」
Qレイグが一人称を「僕」と言うことに何か感じましたか?
アリス「エグい」
レイグ「───」ガタッ