Fate/beyond【日本史fate】   作:たたこ

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epilogue 冬来たりなば春遠からじ

 来た道と同じ道を戻り、明はうっそうと茂る林の中へと舞い戻った。木々の葉から漏れる光はまだわずかでも、東には橙色の光と温もりを感じた。

 

 たとえ誰がいなくなっていても朝は来る。微睡に包まれた樹木たちも、あと少しで今日という日を始めるだろう。一日で最も冷え込む時間ゆえ、立った霜柱を踏み潰しながら、明は祈る気持ちだった。

 

 決して無理をするなと、一成には言った。それでも彼はきっと無理をするだろうとわかっていた。強制的、かつ一度きりだが一成が接続を切る方法があることを明は承知していた。

 暗黙の裡に、あと一回なら天通眼を使えると許可していたに等しい。

 

 人数的に神父の相手をする誰かが必要だったのもあるが、明は一成に頼っていたのだ。その眼を当てにして。一成は絶対に自分の意思ですると知って。

 

(……こういうとこ、良くも悪くも私も魔術師ってかんじする)

 

 誰も不満を懐かないことがわかりきっているからいいものの、明はそう考える自分に呆れる。しかし、それは魔術師としてやっていくにあたり必要な思考あることも理解している。

 

 ――と、その時。突然地下から突くような振動。地震ではない――今まさに、セイバーが宝具を開帳した証。

 そして、明はここ数週間共にあり続けたつながりを、正真正銘失った。

 

 

 紫色に染まる西の空も、徐々に朝を受け入れながら目覚めていく。明は一度立ち止まったが――何かを振り切るように、そのまま強く神社の階段下へと急いだ。

 

 足早に林をくぐり抜け、明は元の神社の階段下に辿り着いた。まだ一成とキリエスフィールの姿はない。大聖杯は破壊され、神父の願いは絶対に叶わなくなったが、彼らの安否は。

 明は勢いよく階段の上を見上げたが、眼に入ったのは――階段から落下する一成と、彼に肩を貸された全裸のキリエスフィールだった。

 

 

「かっ……!」

 

 避ける間もなく、否避ける余裕があったとしても、避ければ一成たちが石階段に激突するため避けられなかったのだが――明は思いっきり二人を受け止めるように体当たりされ、石畳に倒れ込む羽目になった。

 

「……!一成!キリエっ!!」

 

 痛みにもんどりうちながらも、明は強く一成とキリエを叩いた。一成が伸し掛かっている形になるため、彼の体温が異様に上がっていることに気づいた。

 おそらく四十度近い発熱がある。――天眼通を使ったことによる、回路の焼き付き。

 

「……う、うすい……?」

 

 半ば焦点が合っていない眼で訊ねられ、明は容赦なくその頬を叩いた。「起きて!一成!」

 

「……おう……悪い……動くのが、きつい」

「……ッ」

 

 一成の状態をおおよそ理解している明は、とにかく一度一成の下から這い出した。予想するに神父との戦闘は一成の勝利に終わったものの辛勝で、キリエを救出したはいいものの眼の反動でそれもままならなくなっていたところに、明と遭遇したということなのだろう。

 他人の魔術師に重力操作魔術をかけるのは難しいが、一成レベルの魔術師ならうまくいくかもしれない。だがキリエはもう明が負ぶっていくしかない。しかも彼女は全裸で、まだ払暁の今のうちに家まで戻らねば人の眼が気になる。

 

「――あーもう!」

 

 明はすり減った魔力を絞って、自分たちに視線誘導の魔術をかけ、一成には重力操作の魔術をかけ、キリエを自分で背負い碓氷邸まで歩くことになってしまった。

 

 日は昇りつつあり、東の空は橙色の光を受けていた。

 セイバーが消え、想像明も消え、聖杯は破壊された。街に残された爪痕は深く、それが立ち消えるまでには長い時間を要することはわかる。

 

 今後為すべきことは山積みだが、それでも明は今、間違いなく清々しい気持ちでいた。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 最終決戦後、寝ずに待っていた悟に迎えられた明、一成、キリエの三人は結果的に全員昏倒状態だった。

 明は一時的な魔力の目減りと疲労、一成は天眼通の反動、キリエは聖杯化を免れたものの根本的に寒さに晒され続けた疲労である。

 

 明は力を振り絞り、碓氷かかりつけの医者を家に呼んでから、悟にキリエの世話など全てを丸投げして泥のように眠った。

 

 結局、キリエと明が目を覚ましたのは丸一日後だった。明は眼を醒ました後、キリエと共に一成の身体を確認していた。正確に言うと、彼の魔術回路の状態である。

 脳に対する負荷については起きてみなければわからないが、回路は確認できる。

 

 結論から言えば、疑似神経たる回路は無事だった。ただ半ばショートしかかった状態のため、一ヶ月は松葉杖生活に(目算だが)半年は魔術禁止である。あとは彼が目覚めさえすればいいのだが、決戦から丸二日たった今も眠り続けている。

 

 そして明も明で暇ではなかった。一成の世話はキリエと悟に任せてしまい、聖杯戦争の事後処理に着手していたのだ。おそらく時計塔からは今聖杯戦争の顛末について報告を求められる上に、ライダーによって破壊された碓氷邸結界の修復、それに神父不在によって放置された聖杯戦争被害の処理。

 近いうちに新たに聖堂教会に着任する神父もしくはシスターが来るだろうが、できるだけ先手を取って用意をしておきたいところである。

 

 

 ――神父は、死んだんだよね。

 

 明は自分が目覚めたその日に彼女は再び土御門神社に出向き、人払いの結界を掛けると同時に境内を確認した。その時に残っていたものは、聖杯の泥によってめちゃくちゃに破壊された本殿と木々の惨状だけで、人の死体はどこにも転がっていなかった。さらなる情報は、一成の起床をまつことになる。

 

 現在、午前十一時。低血圧で不機嫌の明は、疲労も取りきれていないまま悟が作り置きしていてくれた朝ごはんを食べていた。ニュースをつけると、いまだに春日連続殺人事件の話とテロの事件を取り扱っていた。

 

 嵐の日々が終わりを告げた。聖杯戦争が終結してまだ丸二日、丸一日眠っていた明の体感では一日。

 

 結果、聖杯戦争の関係者で生き残ったのは碓氷明、土御門一成、山内悟、キリエスフィール。

 

 聖杯戦争さえなければ、真凍咲はあのように死ななかった。キリエは生まれることすらなかっただろうが、聖杯を担わされることもなかった。美琴も巻き添えになって死ぬこともなかった。

 

 大聖杯は破壊したが――その構造の解明。再発を防ぐための施策を練らなければならない。

 

 

 春日の聖杯は冬木の聖杯を模倣したものだから、時計塔にいるであろう冬木の聖杯解体者に教えを仰ぐのがよいだろう。それにしても一朝一夕で済むことではないだろうが、やらないという選択肢はない。

 

 

「……時計塔か」

 

 いつか行くことになるだろう、とは思っていた魔術師たちの互助機関にして最高峰の魔術師たちが集まっている総本山。

 権謀術数渦巻く魔導の巣窟へ行くのは正直気がめいるのだが、どうせいつかは行くことになっていた場所である。それに、今あちらに居るはずの父――碓氷影景にも尋ねたいことがある。

 本当に父は、この地に大聖杯があることを祖父から伝えられていなかったのかどうか。真の敵は身内にあり――長年付き合っていた神父が黒幕だったことを思い出し、口の中に苦いものが広がった。

 

 

 遅い朝食を平らげて皿を洗ってから、明は一度自分の部屋に戻った。昼からはまた用事があるが、それまでに自分の部屋を片付けたかった。

 特にモノが散らかっているわけでもないが、ただ、もう使わないものがあるのだ。明の箪笥のとなりに、ちょこんと畳まれている何枚かの服がある。霊体化できないセイバーのために買った洋服だ。男物のジャケットやズボンにジャージ。

 

「……私が着れないわけじゃないんだけど」

 

 セイバーと明の背丈が似通っていた為、これらは明も着られる。だが、なんとなく気が引けると言うか、着るたびに少し悲しくなってしまうような気がするのだ。

 明は意を決して服を全て掴んだ。

 

「よし、捨てよう」

 

 リサイクルショップに売りさばくことも一案だが、むしろこの世に残らない方がいい。あとで燃えるごみで大丈夫か確認しようと心に決めた。そしてあとはこの部屋にある異物だ。

 そう、セイバーの愛した現存する宝具『この世すべての怠惰(こたつ)』である。元々明の部屋にこたつはなく、父が地下室に置いておいたものをセイバーが引っ張り出してきたという経緯がある。

 セイバーはいやにお気に召しており、世間でこたつのあまりの快楽に冬を越してもそのままにしておく人間もいるそうだが、生憎明はこたつ愛用者ではない。

 

「アキラッ!カズナリが眼を醒ましたわ!」

 

 炬燵に手を掛けた時、キリエがものすごい勢いで部屋に飛び込んできた。すっかり体調を取り戻したキリエは、顔を紅潮させて明の手を引いた。明も急いで隣の部屋、父の部屋に向かった。

 

 扉を開くとそこには、仰向けに寝転がっている一成の姿。眼ははっきりと覚醒していて、傍らに座る悟と会話をしていた。

 

「……一成!大丈夫!?」

「……生きてるっていう意味だと大丈夫だけど、体マジ動かせねーんだけど」

「それはそのうち治る。話した感じ、頭の方もまあ大丈夫そうだね。千里天眼通に関するあれこれはキリエから後で聞いて」

 

 明は父の机から椅子を移動させ、悟の隣に座った。「無事で良かった」

「お前も」

 

 明るい日差しが室内に差し込み、部屋は平穏に包まれている。様々なものを失い、様々なものを得てここにいる。明も暇な身ではない――本題に入った。

 

 

「これからの話だけど、一成に本当の義手を作らないとね。もう依頼はしてあるから、あと二三日で届くと思うけど」

「おう」

「ローンOKだから安心してね」

「……おう……」

 

 身体の検査と義手の装着で、一成は少なくともあと三日は碓氷邸にいることになる。一成は複雑な表情で明に礼を言うと、悟とキリエに水を向けた。

 

「僕はもう今日出ていきます。もともと土御門くんが眼を醒ますまで、という話を碓氷さんとしていたんです」

 

 悟はそもそも碓氷家から出て行って全く問題のない立場だ。それがここまで居残ってしまったのは、うかつに教会に行けない状態であったこととが一つ。

 二つは戦闘で満身創痍になった明と一成に代わり台所に立ったり、一成の着替えを持っていくなどかいがいしく世話を焼いていたからだ。悟からすれば彼らは命の恩人であり、当然のことだという想いもあったが、そろそろこの非日常も潮時だ。

 

 悟は、悟のなすべきこと――具体的には就職活動をしなければならない。

 

「がんばりさない、サトル・ヤマウチ。私はこの碓氷邸にずっといるわ」

 

 胸を張って宣言するキリエ。大聖杯破壊の折、英霊の魂からも解放された彼女は今やすっかり元気を取り戻していた。

 

 杯を得ると言う大望に敗れた彼女には、もはやアインツベルンにおける居場所はない。キリエ自身も冬の城に戻ることに執着してはいない。ということで、碓氷邸にて彼女は暮らすこととなった。キリエの耐用年数は本人いわく残り三年だという。

 さらなる延命を望むなら、それこそアインツベルン城に戻るべきなのだが、キリエはそれを選ばなかった。「長く生きればいいってものじゃないわ」と。

 

「ここにはアキラとカズナリがいるもの。それで十分楽しいわ」

「キリエが居れば魔術の手伝いもしてもらえるだろうし。多分、お父様もだめだとは言わない」

「……そうか」

 

 一成はほっと胸を撫で下ろした。最悪、キリエを自分のワンルームマンションに連れて行くか実家に連れて行くかを検討していたが、碓氷明がそう言ってくれるなら越したことはない。

 

 今後の話。未来の話。本当に戦いは終わったのだという実感がわいてくる。

 

 

「……俺もちゃんと高校にいかねーとな。つーか聖杯戦争あったからとはいえサボりすぎてて絶対授業わかんねェ……」

「元からあんまりわかってないんじゃないの」

「よくわかったな!……ってバカにしすぎだろ!!てか小さな声でバカズナリとかいうんじゃねえ!!」

「無駄に耳いいなぁ。というかそりゃあなた高校は行くと思うけど、魔術的にはどうするの」

 

 明は彼の突っ込みをスルーして、真面目なことを尋ねた。淡々としている彼女にツッコミを入れ続ける不毛さを知っている一成は、早々と訂正を諦めた。

 

「……うーん、御爺様は土御門の跡継ぎについては他から養子取るって言ってるから俺が魔術する必要はねーんだけど」

 

 両親は、一成が一般人として生活することを望んでいる。ここで一成が一般人になると言っても止める人間はいない。一成は根源を追い求め続ける熱意にはついていけないが、これまで学び続けてきた魔術に未練がないといえば嘘になる。

 しかし問題は魔導を学び一成が何を成すかである。

 

「……私は多分、近々時計塔に行くことになる。色々冬木聖杯のことも調べようと思うけど――帰ってきたらあの地下空洞を再調査する。手伝って」

「おう」

「そのためには眼を本当にコントロールできるようになってもらえると助かるんだけど。一成、実家に眼のことって言ってないよね」

 

 一成は沈黙した。当然眼のことを伝えていないのだが、もしこれが発覚したら実家ではややこしいことになる。彼はもう土御門家を継がないことになっているのだが、およそ五百年ぶりの千里天眼通保持者であることが発覚したため一気に覆される可能性がある。祖父・嘉昭は狂ったように喜ぶに違いない。

 

「まずい。どうにか隠し切れないか?」

「聖杯戦争が終わって魔力をもらえなくなったあなたはもう眼を使えないわ。だから今のところそのままで十分だと思うけれど。私とパスをつなぎ直せば別だけど」

 

 一成はにやり、と笑うキリエから敢えて目をそらした。今後、それぞれにやるべきことがある。真っ先に立ち上がったのは、悟だった。

 彼は動けない一成の手を毛布から出して強く握り、それから明やキリエにも手を差し出した。

 

 

「……それじゃあ、僕は行きます。碓氷さん、土御門君、キリエさん、ほんとうにありがとう」

「アキラとカズナリはともかく、私はあなたを殺そうとしたのに。そのお人よしさ、気をつけなさい」

 

 少し居心地悪げに返すキリエに、悟はにっこりとほほ笑む。

 

「こちらこそありがとうございました。仕事決まったら教えてください」

「はい。アサシンは会ってたんですけど、みんなにも娘や妻を紹介したいです」

 

 それぞれと固く握手を交わし、悟は部屋を後にする。そしてまた一人、非日常から日常へと戻っていく。

 明は嬉しそうにしていたが、扉が閉じられたことを確認してから、真面目な顔で一成に向き直った。

 

 

「――一成、神父は死んだ?」

「……ああ、死んだよ。泥に呑まれて、骨も残さず」

 

 心臓を貫く感触。倒れて動かなくなった体――その光景は、今も瞼に焼き付いている。倒さねばならぬ敵でも、己が殺した人物の最後。

 

「そう」

 

 明はそれだけ確認すると、深く追求しなかった。たとえ必要であっても人を殺したという業を背負い、明も一成も先を生きる。必要な話は終わった。

 

 一成はちらりと目だけで明を窺ったが、彼女の姿に悲しみの影はない。人と深いつながりを得ることが喜びである反面、離別の苦しみをいや増す。悲しまないよりも、いっそ派手に悲しんでいるほうがいい。

 一成が眠っている間に済ませたのか知らないが――彼女にセイバーが消えたという悲しみは、なさそうに見えた。

 

「碓氷、セイバーが消えたこと、悲しくないのか」

「悲しいよ。なんか思い出すと泣きそう。だけど、それよりもあるべき場所にもどったっていう気がする」

 

 一度出会えたことが奇跡と。その奇跡を喜べど、悲しみ続けることではない。

 

「……ほら、デパートで迷子を視つけて、一緒にお母さん探して見つけられたみたいな」

 

 そのたとえはどうだろう。一成からすれば、迷子同士が手を取り合って何とか進んでいったように思えるのだが、突っ込むのはよしておいた。

 

 しかし、思えば自分もアーチャーが消えたこともアサシンが消えたことを悲しいとは思ったが、引きずりはしなかった。悟も、キリエも悲しみつづけることはなかった。

 

 

 ――サーヴァントと駆けた日々は、ひと時の夢。

 

 まさに、嵐の半月だった。一日が一週間分あるような濃密さで過ぎて行った日々は、忘れようと思っても忘れられないだろう。

 夢のような現実は、忘れがたい思いと傷と決意を残した。

 

 

「キリエとか一成はまたアーチャーとかアサシンとかキャスターに会いたいって思うの?」

「私?そうねぇ、逢えたら、って感じかしら」

「……俺もそんなんだな。あ、でもアーチャーは一発ぶん殴るくらいのことしねーとって謎の義務感がある……けど、勘弁してやる」

 

 サーヴァントたちとは、二度と出会うことはない。出会うような現実を起こしてはいけない。でも、今を生きるマスターたちに築かれた出会いは本物で、生まれたつながりは、繋ごうと思えばまだ何度でもつなぐことができるものだ。

 

 窓から外を見れば、清澄に澄み渡った蒼い空。さぞかし吹き付ける風が寒いであろうと

 想われる冬の日。

 まだ十二月中旬で、寒さの本番はこれからだ。

 

 

 

 ――運命とは何か。本当にあるのか。

 

 一成に答は出せない。

 たとえあろうとなかろうと、自分の目的は自分で決めてそれに向かって進むだけ。

 

「生きることは戦い」だと告げたサーヴァントの言葉が蘇る。とすれば、一成の戦いも、明の戦いも、キリエの戦いもまだ始まったばかりだ。

 どう生きても、絶対に悔いは残る。悔いは残っても、最後には自分の生を認められるように生きていきたい。

 

 

 冬が来る。寒さは増して深い傷跡に震える街にも、やがて春は来る。




エピローグは一時間後に予約投稿します。

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