本編に入れる場所がなくホロウにもツッコむ予定なしの話をぷらいべったーなどに垂れ流す悪癖があったのでサルベージ 残念ながら二つともヤマタケセイバー絡みであった
・小碓と大碓
・ある巫女の話(倭姫命)
・小碓と大碓(オウスとオオウス)
風も爽やかに鳥さえずる季節。ある晴れた日に、小碓命は兄・大碓命に呼び止められた。それは日課になっている剣の稽古の後のことであった。
「おーい小碓!ちょっと待てよ!」
自分と全く同じ顔をした少年が、彼に駆け寄ってくる。パッと見ただけではどちらがどちらか判断できないほどよく似た顔。双子だから当然である。
「なんですか兄さん」
無愛想な顔と同じく無愛想な声で、弟の小碓命は振り返った。肩で息をする兄をため息をついて視た。なぜならこういう風に兄が彼を呼びとめるとき、ロクなことを言わないのを経験からわかっているからだ。
「なあ明日の試合、わざと負けてくんね!?」
……これである。
ちなみに大碓命が言う明日の試合とは、御前試合のようなものである。とはいってもそれほど格式ばったことではなく、単に父・景行天皇が息子の成長を見る――稽古を見に来るというだけの話である。
しかし相手は現人神、尊敬すべき
大碓命は弟に向かい、両手を合わせて拝み倒さんばかりの勢いだったが、当の小碓はあっさりと言った。
「いやです」
「なんでだよ!!!この前もその前もお前が勝ってるんだから一回くらいいいだろ!!」
「この前もその前もだけではなく、僕の記憶では僕は兄さんに負けたことはありません」
「ああそうだよ!だから一回くらいいいだろ!俺だって父君にいいとこみせたい!いつもお前ばっか「小碓はできた子だ」って褒められてるじゃん!」
「それは実際、僕が兄さんよりできているからです」
無常にも、弟は厳然たる真実を兄に突き付けた。剣の鍛錬だけではなく、神々の伝承の記憶や大和の周りの国々の勉強においても、弟は兄よりも優れていた。弟の方が兄に比べ優れていることは、誰の目から見ても明らかだった。流石にそれを知っている大碓命は、地団駄を踏んで唸った。
「~~~!知ってるよ!お前もう剣の先生よりも強いしつーかお前より強い人、大人でもいるの?ほんとに俺の弟??勉強でもわからないこと積極的に聞くし!いい子か!」
「兄さんはできないのに練習もしませんね。だから父君にも嫌われるんです」
「、褒められはしないけど嫌われてない!だって前に父君が体調を崩された時、こっそりお会いしに行ったらとっても喜んでたし!」
まだあれは寒い時分だったろうか、父帝が体調を崩されて臥せっておられた時期があった。その時、周りの者からは「安静が必要なのでしばらくはお会いになれません」と言われていたはずである。小碓命は今ひとたび、兄の行状に呆れた。
「また言いつけを破ったんですね」
「う、お、怒られたけど!でも山葡萄持っていったら、父君とってもお喜びになってたからいいんだよ!お前の顔見て元気でたって言ってたから!」
「医師は「人と話すことも疲労の元」と言っていた筈です」
「そーかあの時お前も連れてけばよかったのか!お前の方がいい子だからちょっとくらい変なことしても怒られなかったかも!しまった~」
最早最初の話は何だったのかすっかり忘れ果てた様子の兄・大碓命はその場で頭を抱えて悶え始めた。正直付き合うのが面倒くさくなっていた小碓命は、元々「わざと負ける」気もさらさらなかったために兄を放置して歩き出した。
剣を下げて、特に目的もなく小碓命はそぞろ歩いていた。初夏の熱を孕んだ日差しも、風の涼やかさにやわらげられて心地よい。
――全く、兄さんは困ったやつだ。
鍛錬をさぼったり、勉強をさぼったり、いたずらをして周りを困らせたり。父帝も「何が不満なのか」と長い時間をかけて兄と話していたりする。父帝はヒマではないのだから、手を煩わせてはいけない。父帝の役に立てるように、自分たちはしっかり鍛え学んでいかなければならない。
だから自分は決して間違っていない。間違っているのは兄の方だ。
――お前の顔見て元気でたって言ってたから!
それなのに、何故なのか。あの人に迷惑ばかりかけている兄の周りには、いつも笑顔があった。いつも誰かがいた。何がいいのか全く分からないが、呆れ顔をしながらも、あの兄から遠ざかる人はいない。そして一向に素行の良くならない兄に、父帝は多くの時間を使っているように見える。
きっと、自分によりも。
小碓命は、黙って青い空を見上げた。自分の行いを振り返ってみたが、間違ったことは何一つしていない。だからこのまま、頑張ればいいのだと信じた。
・ある巫女の話
初代御杖代が高齢の為にその役目を彼女に引き継がせたのだが、まさしく彼女はその役割を全うするだけの力を持っていた。生まれ以て神霊の気配とお告げを受け取れるだけの能力を持ち合わせた彼女にとって、御杖代は天職であり神命でもあった。
神を奉る神宮は、森に囲まれており、人里離れた神聖な場所である。そこに立ち入るのであれば、相応しい手順で身を清めた者たちでなければならない。
つまりは日常人の立ち入る区域で人を相手とするのではなく、自然に宿る神々を相手とすることが彼女の役目であった。そうして、彼女もそれを望んでいた。
―――人の多い場所は、あまりにも辛すぎる。
神霊の言葉をを聞き届ける彼女は未来をも視る。彼女は今時点において、これから訪れるべき未来がどのようなものか――訪れる可能性の高い未来を知る。それはあくまで「可能性が高い」だけの話であり、いくらでもこれから変えられるものであり、形をもたないものだ。
そして、彼女が見た多くの人々の未来は――悲惨であった。明確に「人を害そう」とする気持ちがなかったとしても、お互いにとって「良かれ」と思って行動した末に悲劇が待つ。人は悪意によって不幸になるのではない。善意と、欲と、それから生まれる少しの悪意と、偶然のためだ。
そして人が多い場所では、意図せずしてそれらを視てしまう機会も増える。故に彼女は都を避け、神を奉る森閑たる場所を望んだ――しかし、それすらも、彼女が人を避けた真の原因ではない。
「人の多い場所で暮らしては、きっと私は「未来に形を与えて」しまう」
「可能性の高い未来」を見るだけならば、よかった。しかし彼女は、「彼女が望む未来」を神に問い、神の決裁を受け許可を得たならば、その未来を強制的に確定させる力さえ持っていた。
――もし人里で暮らし続け、あまりにも不幸な最期を迎える人に出会ってしまったら、きっと私は「未来に形を与えて」しまう。
それは他人の未来を、自分勝手に操り決めること。当人の意志も何もかもを無視して、彼女が「幸せ」だと思う形を他人を押しつける事だ。人の人生を自分の玩具にすることに他ならない。
たとえ彼女から見てそれは絶対に不幸だと思うことであっても、当人にとってはわからない。未来を視るだけで、当人の心を知るわけではない彼女には判断できないことだ。
神でもない巫女である自分に、そのような傲慢が許されるはずもない。
そう思いながらも、目に余るほどの残酷、悲惨、不幸を迎えるであろう人間に出会ったら、その力に手を伸ばさぬ自信がない。それゆえに、彼女は人ではなく神に仕えることを良しとした。
そうして、彼女はその力に手を付けることなく人生を終えた。
たとえ親愛なる甥が、千回生まれ変わっても、九百九十九回は不如意な死を迎えると知って居ても、彼女は「未来に形を与える」ことをしなかった。
自分の分を弁えたこともある。だが、生まれもって神命という名の運命を与えられてしまった甥に、さらに彼が自分で選ぶ余地の残る未来まで、自分の手で勝手に決めることは許されないと思った。
その判断が正しいのか、最後まで彼女にはわからなかった。
自分ではないものに勝手に決められた幸福が良いのか。苦難であっても、自分で歩く悲惨が良いのか。
自己満足かもしれない。答えは出ない。
たとえ決められた道のりであったとしても、何を思うかは自由だと。その険しき道のりで、何物かを得てほしい。
その儚くも幸せな可能性を、信じていたが為に、倭姫命は微笑んで甥を送り出したのだ。
「――幸いにも旅は、一人ではありませんから」